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気さくな王女-16

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 性格の悪いやつではあったけど。
「王位を脅かす邪魔者同士に戦わせ、お互いが傷ついたところで双方ご退場いただくというわけで」
 仕事ぶりからは、最低限の忠誠があるように思えた。
「さすがは本物のイザベラさま、私めごときには思いもつかない残酷で効率的なやり方でございます」
 まさかこういう真似してくれるとはね。
「疑うことなく影武者になられたシャルロットさま。警備の薄さを不自然とも思わず忍んでこられた偽王女殿下。お二方とも大変に素直でいらっしゃる」
「ペラペラペラペラと聞いていないことまでよく喋ること」
「全て教えて屈辱を与えてから始末しろ、と仰せつかっております」
 完っ全になめられてるわね。
「まるで裏事情まで全部知っているように話すじゃないのさ」
「協力を求められたおりに一部始終を聞かされております。もちろんそれだけではございません」
 わたしに対して見せつけるような大仰な仕草で杖を投げ捨て、傷ついた手に握っていた地下水自身を左手に持ち替えた。
 そうか、そういえばあいつは杖を使わずに魔法を使うんだったっけ。
「報酬は以前の三倍。事が成ったあかつきには騎士団長の座を確約。待遇もよくなり、ヒステリックに怒鳴られることもございません」
「……安い理由だこと」
「信頼の証として、王家秘伝の協力詠唱を王女殿下御手ずから教授していただきました。もっとも私めには王家の血が流れていませんので、やり方を知るだけに留まりましたが」
 何てことをしているんだか。王家の秘伝を切り売りするとは。ガリアそのものをぶち壊すつもりなのクソ人形。
「で、主が人形と知りながら仕えることを選んだ、と」
「ナイフである身が仕えるに相応しい主とは思いませんか? 以前の主よりも……何と申しましょうか、大変失礼な物言いになりますが……面白うございます」
「ふん」

「もっとも偽王女殿下も、それなりに面白い方のようでございますが」
 シャルロットの右腕は下がったままだったけど、出血は止まりつつあった。
 さらに左手のナイフを軽く振るって動きを確かめている。
 腕だけでなく、左足を二度三度と踏みしめた。こちらも同様に確認しているみたいだ。
「シャルロットさまとぶつかり合い、これほどの手傷を負わせるとは」
 芝居めかした仕草、それに酔っているとしか思えない物言い。不意をついて半ば以上は目的を達成したという状況。
 油断するためのパーツは揃っていたけど、一つ一つの所作がわたしへの警戒を示していた。抜け目の無い目でわたしの一挙手一投足を観察している。
「今の北花壇騎士団にそれができる使い手が何人おりましょう」
「そう。だったら話が早いわ」
 一歩、足を踏み出した。わたしが前へ出たのに対応し、地下水が摺り足で距離をとる。腰を下げ、踵が一本の庭木に触れるまで後退した。
「今ならまだ許してあげる。もう一度わたしに忠誠を誓いなさい」
 もう一歩。さらに一歩。さりげないように見せて足を出す。地下水は庭木を背にしたまま動かない。
「おたわむれを」
 背にしていた庭木の後ろに回りこみ、盾代わりにすることで小さな体を隠してしまった。
 実力で勝っていることは明白なんだから、さっさと前に出ればいいものを。慎重もここまで来ると滑稽ね。いかにも地下水らしいわ。

 こいつの能力は概ね把握できている。
 把握しているから勝てるわけじゃないというのが悲しいところで、それどころか今にも負けを確信しそう。
 握った相手の精神をのっとり、その魔力に自身の魔力を上乗せして呪文を行使する。
 操る相手がトライアングルメイジならば、スクウェアクラスを超える使い手になるはず。
 北花壇騎士団では一番の古株で、実戦経験は数十年から数百年、もしかすると数千年。
 素人に持たせても訓練された人間と同じような体さばきを見せる。シャルロットならなおのこと。
 わたしの命令を何度となく受けてきた。わたしの性格傾向も知っているはずで、裏切りを許すような人間ではないことも知っているでしょうね。騙されてくれるとは思えない。
 特注品の鋭いナイフを使ったせいで、傷口が深いわりに血の出が少ない。左足の痺れも薄らいできたように見える。

 対するわたしは魔法の打ち止めが間近い。使用した数は相手の方が多くても、そこはドットとトライアングルの差。
 さらにもう一つ。胸の痛みが酷くなるばかり。
 ヒビが入っただけならともかく、動いて折れました、折れて刺さりました、なんてことになれば、それだけで命を落とす。

 以上の事柄をもとに考察すると、勝ち目は希薄という無情な答えが出てくる。
 ただし、あくまでも普通の人間ならね。鬼畜者は逆境にこそ強いもの。わたしの勝ちは決まっている。たぶん。

 もう一歩。今度はゆっくりと、いつでも走り出せるように。アバラがミシリと鳴った。脂汗が額から鼻筋にかけて一しずく流れ落ちる。
「お辛いご様子で」
「お互いね」

 出鼻がかち合った。いや、若干こちらが速い。わたしから見て右側、予想通り飛び出した地下水に向かって走り寄る。
 牽制丸出しのエア・カッターは軽く無視、マントを引っ掴んで視界を塞ぐために前方へ広げた。
 後方から飛来するウィンディ・アイシクルのうち二本をタオルで叩き落し、残りは庭木を盾にして防ぐ。
 太股の一部が氷の矢に抉り取られた。痛いけど痛くない。まだ動く。行くべき場所は前。退くという行為も後ろという場所も存在しないと思え。
 左右の矢は一跳びで置き去りにし、前転しながらマントの下を潜って、目標を確認しないうちにエア・ハンマーの詠唱を完成させた。
 杖を向けた先にはドンピシャで地下水がいる。勘働きは絶好調、野生の鬼畜者をなめるんじゃないってね。

 わたしのエア・ハンマーが放たれるのと同時に、地下水の呪文詠唱が完了した。
 このタイミングならわたしの勝ちだ。空気の塊がナイフを持つ手を強かに打ち、古ぼけたナイフが月明かりの下、高々と弾き飛ばされた。
 瞬き半回分遅く発動したエア・カッターは、バランスを崩した状態で発射された。そんなことで当たるわけがない。
 空気の刃がわたしの頬を深く裂き、あるいは肩を、袖口を切り裂いた。浅い浅い。こんなもの、ちょっと撫でられた程度でしかない。
 精神を操っていた地下水が飛ばされたことで、シャルロットが右膝をついた。
 さらに左膝もつき、両手をついて、顔から打ち倒れようとし、空気に溶け込み消えうせた。

 消えうせた。素早い動きや目くらましではなく、比喩や暗喩なんてものでもなく、言葉通りの意味で煙になって空気に溶けた。
 唖然とする。それ以外どうにもできない。いや他にどうしてろっていうの。
 勝利から一転の唐突な怪事を前に驚く暇も与えられず、わたしの第六感が逃げろと叫んだ。
 背後から飛来した氷の矢を伏せて避け、振り向きざま、今度は右手から飛んできた氷の矢をタオルで弾いた。
 三発目はさすがに避けきれず、右腕に深い裂傷が走り、振り損ねたタオルが飛んでいく。四発目と五発目を庭木でやり過ごし、六発目を避けたところでバランスを崩した。
 七発目が左肩を傷つけ、八発目が足元に突き刺さり、胸を狙った九発目は腕を犠牲にして受けた。
 わたしが取り落とした杖を十発目の氷の矢がへし折って、
「いやはや。これだけ撃って両腕と杖をいただいただけとは。まるで猫の子のように動く」
 木の陰からシャルロット……を操る地下水が顔を出した。

「これは重畳。偽王女殿下は風の遍在をご存知なかったようですな」
 ……うるさいわね。ちょっと忘れてただけじゃない。
「野良猫の死因が勉強不足とは皮肉なものです」
 勝手に殺すんじゃない。わたしは月のものがあがるまで鬼畜を続ける予定なんだよ。こんな肥臭い辺境の地で死んでたまるか。

 確認しよう。右腕は動く。ただし握力がほとんど無い。ナイフを握るなんてとんでもない。
 左腕も似たようなものね。物を掴むということができない。組み合いを挑めばチビ相手でも押さえ込まれる。
 どくどくと血が流れ出ている。おまけに冷たい。痛くて冷たい。この魔法を生み出したメイジはきっと鬼畜者ね。
 太股の傷もいよいよ痛みを増してきた。アバラは限界を超えて久しい。動くたびにヒビが広がっているような気がする。

 これならまだいける。ああ痛い。確かに痛い。でも痛みのおかげで意識がはっきりとする。
 意識の輪が広がっていく。耳が、目が、鼻が、皮膚が、研ぎ澄まされる。
 どこで何が起きているのか、わたしの中に伝達される。もう遍在ごときに騙されたりはしない。
 さあ気合を入れなさいイザベラ。こっちは気息奄々、血が出るわ杖が折れるわ頼みのタオルまで飛んでいった。
 ただし、相手も同じこと。先ほどまでの油断も隙も無かった地下水はもういない。
 腕を切り裂き、刺し貫き、杖を叩き折って武器を奪い、無力な小娘を前にして油断しきっている馬鹿がいるだけのこと。
 どんなに不利な状況であったとしても……うっ。アバラが軋む。大丈夫大丈夫。痛くない痛くない。痛くないよぉ。全然痛くない。
 ふう……どんなに不利な状況であったとしても、相手が油断してくれているなら勝負する目はある。

 もうすぐ好機が訪れる。
「それでは幕引きといきましょうか」
 鬱陶しい好機がやって来る。恐ろしい速さで向かってきている。
「ここまでの奮戦、実にお見事でございました」
 わたしの耳は、鼻は、十五秒ほど前からやつの来訪を感知していた。
 幸いなことに、警戒心を慢心に塗り替えていた地下水は気づいていない。わたしのみを注視して近づいてくる。
「それではごきげんよう。あちらの世界で幸せになら……」
「二人とも待つのね! 戦っちゃダメぇっ!」
 地下水が声の方――猛スピードで駆けつけた風竜……声が聞こえたことから判断するにシルフィの馬鹿も乗っているはず――に体を返した。この時を待っていたのよ。
 爪先で土を蹴り上げ、一瞬でも速く、速く、速く、足を動かす。一切の痛みをこの間だけ無視してわたしは駆けた。
 あらゆる武器を失ってもわたしが鬼畜者であるということに揺るぎはない。つまり、勝ち筋は一つだけ残されている。







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