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ディセプティコン・ゼロ-12

止めてくれ、と悲痛な声が上がったのは、2隻の戦列艦へとミサイルが撃ち込まれた直後だった。

既に地表は焔に覆われ、『レキシントン』及び随伴艦の周囲は、艦体から立ち上る黒煙と3艦の砲煙に覆い尽くされている。
だが風のメイジによるものか、砲撃を行っている舷側の煙は瞬く間に晴れ、次の砲撃までの僅かな時間、20mmとミサイルによって蹂躙された無残な姿を晒していた。
もう一度、止めてくれ、と声が上がる。
それが自身に向かって放たれたものであるとルイズが気付いたのは、ブラックアウトが一斉射を受け転倒した直後だった。

「ヴァリエール嬢! もう良い! もう沢山だ! 止めてくれ!」
「あ……で、殿下?」

自身の肩を掴み揺さぶる、ウェールズの鬼気迫る形相に、ルイズは我に返ると同時に顔色を変えた。
彼は悲哀、焦燥、憤怒の感情が入り混じった表情を浮かべ、必死にルイズへと訴え続ける。

「これ以上……これ以上、アルビオンの民を殺めないでくれ!」
「……!」

その言葉に、ルイズは彼の言わんとするところを理解した。



ウェールズは、目前で繰り広げられる戦闘―――――否、『殺戮』を望んではいない。
彼が望んだのは、誇り在る『戦い』。
例え叛徒に与する者達であろうと、彼等の大多数はこのアルビオンに暮らす民である。
その中には少なからず、心ならずもレコン・キスタに与する兵達も居るに違いない。
彼等の為にも、ウェールズ達は戦いの果てに死す事を選んだのだ。
しかし―――――

ブラックアウトが、それを気に掛ける事は無い。
彼の目的は主を守る事。
その為に目前の敵、その全てを狩り尽くそうとしているのだ。

……只の一兵も残さず。



その瞬間、ルイズは悲鳴の様な声を上げた。

「止めなさい、ブラックアウト!」

間違いなくブラックアウトには、デルフを通して此方の声が聞こえている。
そう考えての行動だったが、どうやら的を射ていた様だ。
ブラックアウトは攻撃行動を中断し、城へと振り返る。

―――――しかしそれは、既に4本の矢が放たれた後の事であった。

空中に巨大な、想像を絶する程に巨大な火球が、轟音と共に出現する。
吹き飛ぶ戦列艦。
炎を纏い降り注ぐ木片。
死体すら残さず消し飛んだ、勇敢な乗員達。
彼方に不時着した艦より無数に轟く、怨嗟の声と砲声の二重奏。
それらを気に留める素振りすら見せず、悠然と戦場に背を向ける金属の巨人。
そして―――――



その胸部、縦に割れたコックピット。
中央に刻まれた紋章を取り囲む、細かな文字列―――――使い魔のルーン。
通常のルーンとは明らかに異なるそれはガラスの下を通り、鎖が囚人を拘束するかの様に四肢の一部にまで延びている。
否、それは正しく『拘束』の為に刻まれたものだった。




轟沈した戦列艦、焔に埋め尽くされた戦場、余りにも異様なルーン。
様々な理由で硬直する面々の中、デルフはただ1人、異なる理由から全身を硬直させていた。
彼の視界に映り込むのは、ブラックアウトの胸部に刻まれたルーンと、擬似視界の隅で変形を終えた同じ形のそれ。
瞬間、彼の思考中枢に遥か過去の記憶がフラッシュバックする。

「畜生……よりにもよって……」

その呟きは誰の耳にも届く事無く、中空へと掻き消えた。
デルフはゆっくりと、自身の主へと視線を移す。

相棒のルーンが、あの忌まわしい4人目―――――『4体目』と同じという事は。
予想はしていたが、やはりこの娘は。
そして―――――

記憶の奥底から拾い上げた場景。
そこからデルフ自身が忘れ去っていた……否、『忘れ去ろうとしていた』記憶達が津波の様に押し寄せる。



神の左手『ガンダールヴ』  神の右手『ヴィンダールヴ』  神の頭脳『ミョズニトニルン』  記す事すらはばかれる『4体目』
エルフと人間  先住魔法と系統魔法  機械文明と魔法文明
暴走する機械  自らの意志で動き出す『電子機器』
『聖地』  地の底に息衝く巨大な『遺跡』
舞い踊る『剣』  人を狩る『銃』  猛り狂う『車』  街を薙ぐ『船』
淘汰される『有機生命体』  反撃するエルフと人間  灰燼と化す『聖地』
先住魔法  系統魔法  科学技術  三者によって生み出された滅びの場景



逆流する記憶の波は更に勢いを増し、物理的とも認識されかねない衝撃となって思考を侵す。



追い詰められた『4体目』  鋼鉄の鞭  巨砲  撃ち出される凝縮された『破壊』そのもの  焔を吐き空を切り裂く機械の翼  赤く光る双眸
傷付いたブリミル  腕を失ったガンダールヴ  聴力を潰されたヴィンダールヴ  光と声を奪われたミョズニトニルン
開かれた『ゲート』  自らの命と引き換えに『4体目』を放逐したブリミル  ゲートの先に拡がる暗黒の空間  其処に浮かぶ青い星
機械文明の再生を拒むエルフ  代を重ね惨劇の記憶を忘れた人間  科学技術の奪取を巡る戦い  忘れ去られた侵攻の目的  摩り替えられた目的『聖地奪還』
『4体目』の身体に刻まれた紋章  『彼等』の名称  死と破壊を司る者





―――――『ディセプティコン』







「クソが……」

悪態を吐きつつ、デルフは戦場を眺める。
視線の先にはヘリへとその姿を変え、秘密港へと帰還するべく戦場を後にするブラックアウトの姿。
その装甲の一部、露出したルーンの端が、意味を成さない模様を描いている。

「ブリミル……お前さんの命、無駄になるやも知れんぜ……」

遅れて上がる悲鳴と絶叫の中、デルフは嘗ての同士へと言葉を紡ぐ。
そしてウェールズへと歩み寄ると、惨劇を前に放心する彼の様子を無視し、決断を迫った。

「ホレ、王子サマ。さっさと兵を集めな。ロサイスまでは1時間だ」





「……どう?」
「爆発音はもう止んだって……戦闘は終わったみたいだ」
「そう……」

厚い灰色の雲が垂れ込め始めたウエストウッドの午後。
自身の膝を枕に眠る子供の頭を撫ぜながら、テファは暗い表情で返事を返す。
今は昼寝の時間。
子供達は安らかな寝息を立て、夢の世界へと旅立っている。
しかし幾人か、年長の子供達は不安げに窓から空を眺めており、時たまテファと言葉を交わす才人へと視線を投げ掛けていた。



事の起こりは数時間前。
日課である見回りへと出掛けていた才人が、血相を変えて村へと戻ってきた事から始まった。
何事かと慌てるテファに、彼は一言。

「北から……爆発音が……」

その言葉にテファは、何が起こっているのかをおぼろげながら理解した。
遂に―――――遂に始まったのだ。
貴族派による、王党派への総攻撃が。

「おねえちゃん……」
「大丈夫よ、何でもないの」

不安がる子供達に微笑み掛け、テファは才人へと視線を戻して問うた。

「……聴いたのは、『彼』?」
「ああ」

頷く才人に、テファはその表情に憂いを浮かべる。
爆発音を聴いたというのが才人なのだとすれば、気の所為という事も在り得た。
事実、人間に比べれば幾分優れているテファの耳にさえ、そんな音は届いていなかったのだから。
しかし、音を捉えたのが『彼』なのだとすれば、それが間違いであるという事はまず無い。
『彼』の五感は―――――果たして自分達と同じく、五感と呼べるものかはともかく―――――脆弱な自分達のそれとは、比べ物にならない精密さを誇っているのだから。

「取り敢えず、こっちに飛び火する事は無いだろうけど……」



何とか不安を表に出さずに呟く才人に、テファも曖昧な笑みで応える。
恐らく、戦いは貴族派の圧勝を以って幕を下ろす事になるだろう。
それは良い。
初めから解りきっていた事だ。
問題はその後―――――彼等に、この地の調査に余力を注ぎ込む余裕が出来る事。
幾ら才人と『彼』が常軌を逸した戦闘能力を秘めているとはいえ、万を超える敵に立ち向かう事など出来る筈も無い。
かといって自身には、他に行く当てなど在りはしないのだ。
せめて子供達だけでも避難出来れば……



「テファ?」

先程の遣り取りを思い返していたテファの視界に、才人の顔が大映しとなる。
どうやら反応の無いテファを心配し、様子を伺うべく顔を近付けてきたらしい。
我に返ったテファは突然の接近によって瞬時に赤面し、わたわたと慌てふためく。
その様子を怪訝に思いつつも、才人は彼女を安心させるべく優しく言葉を紡いだ。

「あんまり心配するなよ。前にも言ったろ? 俺達が居れば大丈夫だって」
「で、でも……」
「あんなオンボロ船が何隻来たって結果は同じさ。『アイツ』なら瞬きする間に片付けちまうよ」

そう言ってからからと笑う才人ではあったが、その手が僅かに震えている事をテファは見逃さなかった。

彼は自分が何を言っているのか、それを理解している。
貴族派の本隊が攻めて来れば、後は力尽きるまで戦うしかない。
自身が死ぬかもしれないという事は元より、その手が多くの命を奪う事になる―――――彼はそれを恐れている。
この世界に召喚されるまで平穏の内に暮らしてきたであろう彼にとって、人を殺すという事は重大な決断を要するものだ。
しかもその理由は彼自身の安全の為ではなく、自分と子供達を守る為。
そして、その重責を押し付けているのは、他ならぬ自分―――――

「……サイト、あのね」

テファが何事かを口にしかけた、その時―――――

「……ッ!?」
「な……」



窓の外、重い地響きと共に、南西の空が紅く染まった。







「ッ撃ぇーッ!」

降り出した雨の中、轟音と共に発射された砲弾が、1隻の戦列艦へと降り注ぐ。
停泊中のその艦は特に反撃する事も無く、甲板では着々と出帆の準備が整えられつつあった。
しかし良く見れば―――――甲板を走り回る者達の足元には、幾つかの死体が転がっている。
一刀の下に斬り伏せられたもの、魔法に引き裂かれたもの、全身を穿たれたもの。
各々異なる傷を晒すそれらの間を、複数の人影が行き交っているのだ。
その彼等目掛け、十数発の砲弾が襲い掛かる。
しかしそれらは、突如として戦列艦との間に割り込んだ、灰色の巨人が構える武器によって弾かれた。

一帯を覆う煙、粉塵、木片。
その全てを捲き込み高速で回転する、巨大な鋼鉄の6枚羽。
周囲に響き渡る不気味な風切り音は、時折吸い込まれる何らかの破片、もしくは有機体の弾ける音に彩られ、宛らパレードの様な賑やかさを演出している。
尤もそれを更に彩るものは歓声や笑い声などではなく、逃げ惑う住民と兵士達の上げる阿鼻叫喚の悲鳴であったが。

「敵、上昇ーッ!」
「退避ーッ!」

そして巨人―――――ブラックアウトは一瞬にして飛行形態を取ると、砲撃を続ける敵艦の頭上へと舞い上がる。
それを目にし、直ちに退避命令を下す仕官。
彼の下した命令は非常に的確であり、この状況に於いては最善の選択であったろう。
しかし―――――この事で彼を責めるのは酷であろうが―――――その命令を発した時期は、ブラックアウトの動きに対応するには些か遅過ぎた。

敵艦直上50メイル。
ブラックアウトはローターを畳み、一瞬にして鋼鉄の巨人へと変貌を遂げる。
再びローター基部を手に取り、折り畳まれた6枚の羽もそのままに、重力に任せ敵艦へと落下。
そして敵艦の舷側を掠める際、手にした折り畳まれたままのローターを『剣』の様に敵艦へと振り下ろす。

呻りを上げ、大気を切り裂いて振り下ろされる剛剣。
甲板からそれを見上げていた貴族派兵士達には逃げる間も、それ以外の何かを行動に移す間も無かった。

鼓膜を破らんばかりの凄まじい音と共に、木製の艦体が半ばから両断される。
破片、砲弾、食料、人間。
引き裂かれた艦体からはありとあらゆるものが零れ落ち、それらの一部が上げる耳障りな悲鳴が雨天の空に空しく響く。

ブラックアウト、ローター展開。
落下速度を緩めると同時、反動で回りだす身体もそのままに20mmを連射。
擬似視界内を流れ行く場景の中、複数の敵艦へと正確に弾雨を浴びせ掛ける。
緩やかに降下、一瞬だけローターを畳み、更に下方に位置する敵艦甲板へと強行着艦。
複数の乗組員を踏み潰し、マストと甲板の一部を破壊して停止。
浴びせられる魔法と銃弾すら無視して、展開したローターを回転させつつ甲板上の構造物全てを薙ぎ払う。
中甲板が抉れ飛び、マストが根元から吹き飛ばされ、逃げ惑う兵達が次々に紅い華と化す。
更にブラックアウトはローターを前面に構え、後甲板の段差をカタパルトに艦体前方へと向かって突進。
艦体の半分以上をローターで解体しつつ、更に周囲の敵艦へと向かってミサイルを発射、その戦闘能力を奪うと共に敵総戦力の低下を狙う。
そして爆発音。



その一連の戦闘を、奪い取った戦列艦『ビクトリー』号の後甲板より眺めつつ、ウェールズ・テューダーは心底より湧き上がる恐怖と嫌悪、そして敵愾心を抑える事に腐心していた。
しかし新たに3隻の敵艦が火を噴いた時、その努力もかなぐり捨てて喚きだしたいという衝動に駆られる。





『アレ』は味方だ。
ヴァリエール嬢の使い魔。
我等の退路を確保するべく、敵戦力の減衰に力を注いでいるのだ。



そう、強く己に言い聞かせる。
でなければ今にも、己の横で死神の狂宴を見詰める亜人へと掴み掛かってしまいそうだった。

『……、……』

人のものではない言語にて、何事かを呟いている異形の亜人―――――デルフリンガー。
その目に映るのは炎上する敵艦か、倒れ行く製鉄所の煙突か、それとも絶望と怨嗟の声を上げて息絶えてゆく人間達か―――――

「おい」

突然の呼び掛け。
ウェールズは瞬時に我へと返り、それまでの内心での葛藤を微塵も滲ませずにデルフへと言葉を返した。

「何かね」
「出帆まではまだ掛かるのか? 残る目標っつーと、後は市街しか無ぇんだが」
「……!」

デルフが言葉を吐き終えると同時、ウェールズは射殺す様な視線を傍らの亜人へと向ける。
しかし、視線を向けられたデルフはそんな事など気にも留めず、ただただ燃え逝く造船施設を眺めていた。
ウェールズは何とか心を落ち着けると、押し殺した声で状況を伝える。

「……あと5分も掛かるまい。風石も弾薬も、十分に積み込まれている」
「そりゃ良かった」

それだけの遣り取りの後、沈黙する2人。
暫しの後、口を開いたのはウェールズだった。

「民間人に……」
「あん?」

突然の言葉に怪訝そうな声を上げるデルフ。
ウェールズはそれを無視し、呟く様に言葉を繋げる。

「民間人に、被害は?」

それこそが、ウェールズにとって目下最大の関心事だった。
何せ戦場となっているのは、軍港とはいえ町なのだ。
当然の事ながら、其処には多くの民間人が犇いている。
事実、ウェールズの視線の先、造船所を越えた先の市街では、無数の人々が焔から逃げ惑っていた。
彼等を戦闘に巻き込む事は、極力避けねばならないのだが。

「今んトコ大した数じゃねぇな。3,40人ってトコか」
「……」
「そう睨むなよ。墜ちた船や敵の流れ弾まで責任持てねーっての」

ウェールズから発せられた殺気を飄々と受け流し、デルフは小さく声を洩らして笑う。
その様子を目にしたウェールズは自身の中で、何かが在るべき場所へと落ち着くのを自覚した。





嗚呼、そうか。
自分は何を憤っていたのだろう。
この奇怪な姿をした亜人に、一体何を求めていたのか。
彼の本質は『剣』なのだ。
人を殺す為に創造された、純然たる『武器』なのだ。

周りを見ろ、ウェールズ・テューダー。
お前の足元に転がっているものは何だ?

肩口から腰に掛けて、一刀の下に両断された死体。
心臓、喉、額と、3箇所を見事なまでに規則正しく、銃弾によって撃ち抜かれた死体。
構えた杖ごと、顔面を左右に断たれた死体。
お前はそれらが、この亜人によって作り出される瞬間を目の当たりにしたではないか。
一欠けらの躊躇も慈悲も無く、ものの数秒で6人のメイジを惨殺する瞬間を。

そんな存在が自らの意志を持ち、自らの思想のままに闊歩する。
そんな存在が矮小な人間を遥かに超える実戦経験を基に、敵を打ち破るべく行動しているのだ。



そんな存在が―――――人の道徳など解するものか。



ウェールズの目が、冷然とした光を帯びる。
聴き慣れた砲声と共に、数十発の砲弾がブラックアウトへと降り注いだのは、その時だった。





黒く焼け焦げた中甲板、薄汚れた羽帽子で身体に付いた煤を掃おうとしたその人物は、既にそれが雨によって服へとこびり付いている事に気付き、諦めの吐息と共に帽子を被り直した。
そして眼下の光景―――――燃え盛る業火の熱に傾いた桟橋の根元、停泊していた戦列艦の残骸上に立ち此方を見上げる巨人へと目を遣る。

「効かないか」
「ええ」

独り言の様な呟きに、隣に立つ砲術長が声を返す。
数時間前に地獄の様な戦闘を潜り抜けてきたばかりにも拘らず、彼等の表情には恐れも怒りも無く、眼下の怪物を如何にして仕留めるか、ただそれだけに思考を傾けていた。
周囲を見渡せば、甲板上には無数の兵士達が臨戦態勢にて待機している。
彼等の目もまた、恐怖など微塵も浮かべては居なかった。
そして、それは階下の砲兵達も同様だろう。
彼等の目に浮かぶのは、純粋な闘志と殺意。
今、この艦―――――『レキシントン』―――――に乗り組んだ兵達の心を占めるものは、ただひとつ。



―――――報復を。



「砲は一時的に動きを封じるのが精々、魔法は言わずもがな。さて、どうする」

無感情に言葉を繋げる羽帽子の男―――――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
そちらに目を向ける事すらせずに、実質上『レキシントン』最高指揮官となった砲術長は、此方も感情の伺えない声でもって答えを返した。

「友軍艦の砲撃にて敵の行動を制限、後は……」



続く声は砲声に遮られ、周囲の兵達には届かない。
しかしワルドはその言葉を正確に受け取り、砲術長へと視線を移した。

「正気か?」
「他に手は在りますまい」

大気を切り裂き、手負いのレキシントンへと数百発の砲弾が襲い掛かる。
弾け飛ぶ舷側、折れ落ちるフォアマスト。
しかし悲鳴は上がらず、誰もが持ち場から5メイル程離れ、冷静に状況の推移を観察している。

如何なる状況にも即座に対応し、冷静な観察眼で以って状況を見極め、尤も効率的な戦法で戦況を有利に運ぶ。
嘗てのアルビオン王立空軍に於いて、末端の兵士に至るまで叩き込まれていた戦闘理念である。
この艦の乗組員達は、その理念を骨の髄まで染み渡らせた猛者達だった。
上官が反乱に加担する事さえなければ、最後までアルビオン王家に殉じたであろう、誇り高き兵士達。
王国より託されたこの艦に乗り組んだ事を、何よりも誇りとする空の男。
それを理解しているからこそ、ワルドはこう問うた。

「艦を失う事になるぞ」

返されるは、決然とした声。

「敵を撃ち滅ぼせぬ軍艦など、それこそ無用の長物」

暫しの沈黙。
何故か砲弾の嵐は鳴りを潜め、鉄の巨人は『レキシントン』を見上げたまま動きを停止している。
数秒後、ワルドは視線を逸らし、やはり感情の感じられない声で呟いた。

「私は艦隊戦に関しては門外漢だ。君に任せよう」
「言われずとも―――――」

巨人を見据えつつ、答えを返す。
その時、再び砲術長の言葉が途切れ―――――

「……化け物め、やってくれる!」

ややあって、彼は忌々しげに吐き捨てる。
そして隣に佇むワルドの内心もまた、彼と同じ様なものだった。



……どうやら、決着はお預けの様だ。



周囲が閃光に埋め尽くされ、次いで鼓膜が破けんばかりの轟音が響き渡る。
彼等の視線の先には紅く染まるロサイス郊外の森と、青く光る砲身を町へと翳し微動だにしないブラックアウトの姿が在った。





ロサイスを離れ東へと向かう『ビクトリー』号の甲板で、ウェールズはデルフと向かい合っていた。
その目には最早隠しようも無い程の怒りと嫌悪が浮かんでおり、語気も荒く目の前の亜人へと食って掛かる。

「……ヴァリエール嬢は『あの兵器』の使用を禁じていた筈だ! 何故撃った!」
「脅しだ。次は町に撃ち込むってな。お蔭で1発も撃たれずにロサイスを出られただろ」
「惚けるな! 見えなかったとは言わせん! あそこには避難する住民の一団が居たのだぞ!」
「知ってるよ」




掴み掛かるウェールズの腕を払い除け、デルフは心底から褪め切った声を返す。
興醒めと言わんばかりのその様子はまるで、劇の趣向を理解しない観衆を見下す評論家にも似た空気を纏っていた。

「ならどうしろっていうんだ? 幾ら相棒でも全方位から撃ち掛けられる砲弾から、何時までもアンタらを守り切れるほど万能じゃねぇ。かといって敵艦の撃沈も娘っ子から禁じられている。八方塞だ。牽制の1発くらい大目に見て欲しいもんだな」
「その為に……その為に無辜の民を殺めてもか」
「たかが16人だろ?」

その言葉に、思わず収めた杖を抜き掛けたウェールズだったが、何とかその衝動を押さえ込む。

「大体な、他の方向に撃ったらあんなもんじゃ済まなかったぞ? あとはどっちを向いても住人だらけだ」

デルフの声を耳にしつつ、ウェールズは必死に暴れ出しそうな己が心と闘っていた。



彼の言っている事は正しい。
あの状況下で、しかもニューカッスルより撤退した『レキシントン』までが敵艦隊に加われば、通常の方法での脱出は困難を極めたであろう。
ヴァリエール嬢の使い魔が、『あの兵器』―――――青い光の壁を生み出す砲―――――の威力を見せ付けた上で恫喝を行ったからこそ、『ビクトリー』は砲撃を受ける事も無く、ロサイスを飛び立つ事が出来たのだ。

しかし、だからといってその行動が許容出来るかと問われれば―――――答えは否。
認められる訳が無い。
無関係の住民達を死体も残さず消し去り、更にその事を欠片も気に留めていない、この亜人。

彼等が己とは異なる概念を持つ存在とは理解しつつも、抑え切れない嫌悪感が心身を埋め尽くしてゆく。
全身全霊が目の前の存在を否定しろと、声高に叫んでいる。



これは、『敵』だ。
人間の―――――否、命在るもの、その全ての。
決して共存など出来ない、同じ世界に存在してはならない『何か』。
消さねばならない。
何れの事となるかは解らないが―――――確実に、必ず。



不穏な空気に包まれたまま、『ビクトリー』号は雲海へとその姿を沈め行く。
数分後にその場を通り過ぎ、直線航路でニューカッスルへと向かうブラックアウトの擬似視界内には、ロサイス郊外50リーグ地点にて観測されたエネルギーについての分析結果が表示されていた。







アルビオンへと向かう『アケロン』号の船上で、フーケは沸き起こる嫌な予感を捻じ伏せる事に苦労していた。
宛がわれた船室内を落ち着き無く歩き回り、苛々と頭を掻き毟る。
凡そ淑女とは言い難い振る舞いだったが、当の本人はそんな事に構っていられる心境ではなかった。

何も無いのならいい。
先の不安こそ在れど、ともかく今は無事でさえいてくれれば。
だが―――――

フーケは無意識に、己の喉へと手を遣る。
其処には、白い肌に薄く浮かび上がる、横一文字に引かれた細い線の痕。
何者かによって引き裂かれた、喉の傷。

―――――この傷痕が疼いて仕方が無いのだ。
何か異常な事が―――――自身には計り知れない異常な何かが、あの子を襲う予感。
それが思考に付き纏って離れない。
今のウエストウッドは、異常な状況に置かれている。
否、ウエストウッドだけではなく、アルビオン全土が。

奇妙な確信と共に、フーケは無理やりベッドへと潜り込むとローブで顔までを覆い尽くす。
その姿はまるで、嵐の音に怯える幼子の様であった。



そして翌日の早朝―――――『アケロン』号はスカボローへと入港する。





王党派の全てを乗せた『ビクトリー』号が縦穴へと消えてゆくのを見送り、ルイズ達はローターを回転させたまま待機していたブラックアウトの機内へと乗り込む。
しかし一同の動きは幾分ぎこちなく、まるで巨大な怪物の腹にでも入り込むかの様な緊張に包まれていた。
機内には既に乗り込んでいたギーシュの姿と、その傍らに置かれた2つの銃。
ルイズはコックピットへと乗り込む事を躊躇し、他の3人と同じく兵員輸送室へと腰を下ろした。
スコルポノックの回収は、既に終えている。
そして、離陸。

「……」

誰も、何ひとつ言葉を口にしない。
口にすべき事など無い。
ただ1体、床へと転がるインテリジェンスソードを除いては。

「相棒が恐ぇか、娘っ子」
「……」

デルフの声に、言葉が返される事は無い。
誰もが沈黙し、金属音を鳴らす剣を瞬きすらせずに見詰めている。

「他に方法は無かった。迎撃の件も、ロサイスでの件もな。それでも相棒のやり方が気に入らないってんなら―――――」
「デルフ」

酷く冷たい声で語り掛けるインテリジェンスソードの声を遮り、ルイズは穏やかにその名を呼んだ。
続けて発せられたのは、デルフが予想だにしなかった言葉。

「見縊らないで。私はアンタ達の御主人様なんだから。ただちょっと……驚いただけよ」
「……」



沈黙するデルフ。
ルイズは軽く息を吐き、中空を見詰めながら言葉を繋げる。

「アンタは剣だし……ブラックアウトも異世界の兵器だって事は解ってた……いえ、解っていたつもりだったのよ。アンタ達にとっての敵って、打ち破るべきものでしかないって……その事を理解してなかったのね」
「ルイズ……」

キュルケが、痛ましげにルイズの名を呼ぶ。
しかしルイズは、彼女へと安心させる様な笑みを返すと、力強く声を発した。

「でもね、だから何だっていうの? アンタもブラックアウトも、私を守る為に全力を尽くしてくれた。感謝こそすれ、恐がる理由なんて無いわ。他の誰が何と言おうと、アンタ達は私にとって最高の使い魔よ。他の人間の評価なんて『知ったこっちゃない』わ」

その言葉にデルフは一度だけ鍔を鳴らし、沈黙を保った。
人間に例えれば、予想外の言葉を聞き、口をあんぐりと開けている様子にも見える。
そしてルイズのその言葉に、追従する様に声を放つ者が在った。

「同感だね」

ギーシュである。

「僕はアルビオンの人間じゃないからね……正直、皇太子達の気持ちは理解出来るけど、かといって君達を敵視する理由が無い」

彼はにやりと笑みを浮かべ、悪戯小僧の様な口調で言葉を続けた。

「……何より、君達とつるむのは楽しいしね。身勝手だけど、彼等が君達の事を幾ら敵視しようと、そんな事は『知ったこっちゃない』」

更に、タバサまでもがそれに続く。

「……別に、アルビオンがどうなろうと『知ったこっちゃない』」

そんな彼等を呆然と眺めていたキュルケだったが、大きく溜息をひとつ、彼女もまたそれに続いた。

「ま、言われてみればそうよね。この子はルイズを、延いては私達を守ってくれただけだし。確かにイイ男だけど、皇太子の心境なんか『知ったこっちゃない』わね」

一同が言いたい事を言い終えると、機内は沈黙とローター音に埋め尽くされる。
皆、この空飛ぶ鋼鉄の巨人と、一振りのインテリジェンスソードの反応を、ただ静かに待っていた。
やがて―――――

「ふ、ふふふ……」

小さな吐息に続き、盛大な笑い声が上がった。
かちゃかちゃと五月蝿く鍔を鳴らし、デルフは可笑しくて堪らないと言わんばかりに笑い続ける。
それを見遣る4人の顔にも、薄い笑みが浮かんでいた。



「ははは……バ、バカだぜオメェら! 底抜けのバカだ!」
「何よ、失礼ねー。本心を言っただけじゃない」
「全くだ。失敬にも程が在る」
「バカって言う方がバカ」
「この『微熱』を掴まえてバカとは言ってくれるじゃない」
「ああ悪ィ、俺もオメェらも大バカだ!」

くすくすと笑いながら、彼等もまた笑みを深くする。
やがてそれは声高な笑い声となり、ローター音を掻き消した。



ブラックアウトは雲を突き破り、アルビオンの上層へと躍り出る。
そして昨日の戦闘からどうにか持ち直した貴族派が、ニューカッスル城へと向かい決死の突撃を行う頭上を悠々と飛び抜け、そのまま南へと進路を変更した。
途端に恐慌に陥る貴族派陣営を無視し、ブラックアウトは最高速度にまで加速する。
やがて、大陸の端に沿って飛んでいる事に気付いたキュルケが、デルフへと疑問の声を投げ掛けた。

「ねえ、何処に向かってるの? こっちは南よ?」
「嘘!?」

その言葉に、慌ててコックピットへと駆け込もうとするルイズ。
しかし、デルフはそれを制す。

「まあ待て、娘っ子。今、説明してやる……この大陸に来た時な、相棒の感覚におかしな反応が在ったんだ。んで、昨日ロサイスから戻る時も、ほぼ同じ地点に反応が在った。しかもそいつの波長はな、相棒の発するエネルギーの波長にそっくりだったんだ」
「それって……」

デルフの言わんとする事を察したのか、ルイズ達は驚愕に目を見開く。
その反応に満足したのか、デルフは楽しそうに続けた。



「ひょっとすると、相棒の『お友達』かもしれんぜ」





今朝方までの雨に濡れた森の中、テファと才人は彼方の空を見詰め、無言のままに佇んでいた。
昨日の午後にロサイス近郊で発生した突発的な戦闘は収束したらしく、雲に覆われた空を照らしていた紅い光も深夜に消え、今は不気味な静寂のみが周囲に垂れ込めている。
幼い子供達は怯えて部屋から出ようとせず、年長の子供達が何とか宥めている有様だ。

無理も無い。
戦闘の際、ロサイスから響いてきた振動と轟音は、テファと才人ですら一度たりとも経験した事が無い程のものだった。
一度、青い光が瞬いた瞬間など、余りの振動にガラスが砕け散った程だ。
一時は戦域が拡大しているのかと危惧したが、程なくして振動が止んだ為、子供達を寝かし付けて2人はそのまま様子を窺い続けた。
爆発音などが止んだ後も地鳴りの様な音は響き続け、彼方の空は紅く染まったまま。
子供達の前でこそ不安など微塵も無いかの様に振舞ってはいたが、内心では2人とも先の展望に暗い影が浮かぶのを抑えられず、眠りに就く事も出来ずに時間が過ぎるのを待っていたのだ。
しかし、そんな2人を勇気付けてくれる者が居た。





才人とテファが腰を下ろす銀のボディ。
力強い響きと共に伝わる、高出力エンジンの駆動音。
地を駆ける鋼の騎馬。
ポンティアック・ソルスティス。



その真の名を―――――



「様子はどうなんだ、『ジャズ』?」



―――――『ジャズ』。



『……』

返事は無い。
普段は陽気で楽天家な彼が、まるで途轍もない危機的状況下にでも在るかの様に、何処か張り詰めた沈黙を保ったままエンジンの音だけを響かせている。
流石に才人とテファも異常を感じ取ったのか、訝しげな表情で問い掛けた。

「なあ、ホントにどうしたんだよ」
「ジャズさん?」

次の瞬間、ポンティアックの車体が跳ね上がり、一瞬にして人型へと変形すると、宙返りをして地面へと降り立った。
余りに瞬間的な出来事に、才人達は呆気に取られてジャズを見上げる。
そんな2人に向かって、機械音声の警告が飛ぶ。



『ここから離れろ! 急げ!』



その言葉に2人が反応する間も無く、ジャズはその右腕より、彼の全高の半分程も在る砲身を伸ばし、肩膝を突いて彼方へと狙いを定める。
擬似視界内に映り込むのは、此方へと一直線に向かい来る飛行物体の姿。
自らと同じく、この世界に存在する筈の無い、科学によって構築された鋼鉄の鳥。
それだけならば、まだ良い。
不幸にもこのハルケギニアに迷い込んだ、憐れな遭難者という可能性も在る。
……しかし。



この視界の端に映る、頭部を模した紋章が。
失われた記憶の片隅に巣食う『何か』が。
目標の傍らに表示された、己のものとは異なる禍々しい紋章が。

こう、囁くのだ。



『滅ぼせ』、と。





「ジャズ!?」
「ぅあッ!?」

閃光の様な砲火と共に、高エネルギー体の銃弾が放たれる。
大気を揺るがす砲声、そして木々が薙ぎ倒される音の後、遥か彼方の空に紅蓮の華が咲き―――――



ウエストウッドの空を、轟音が埋め尽くした。

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