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気さくな王女-15

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 祝い事というものは人の心を浮き立たせ、緩ませる。
 こういう時こそ上に立つ人間が引き締めてやらなきゃいけないんだけど、一番えらい爺さんが誰よりもはしゃいでいるものだから始末が悪い。
 町をあげての盛大な歓迎で王女一行――ただし偽者――を出迎え、どこもかしこもお祭り騒ぎ、飲めや歌えやでドンチャンやっている。
 さすがに屋敷の中にまで飲んでる人間はいなかったけど、油断しているという点では平民どもと何一つ変わらない。
 その油断は疲労や多忙から来るものが多いようで、どいつもこいつも景気の悪い顔でせわしなく歩き回っている。

 闇から闇、影から影に移動し、幽霊とともに荷馬車の底に張り付いて屋敷内に侵入。自転車は茂みの中に隠しておく。
 召使が起居していると思しき部屋の鍵をこじ開け、仕事着を一着拝借。サイズの都合上幽霊はそのまま。
 時には茂みの中に潜り、時には庭木の上に登り、時にはせわしく立ち働く召使に紛れ、時には厨房の木箱の中に隠れ、五感全てを活用して情報収集をした。
 外で見聞きした情報と照らし合わせ、修正すべき点は随時修正する。
 そうこうする間に夜は更け、虫の音以外は聞こえなくなり、月明かりだけでは見通せないほど闇が濃くなって……ふふふ、鬼畜者の時間がやってきた。

 厨房から廊下、廊下から庭園へと滑るように、駆けるように、それでいて音も無く。
 眠そうに目をこする歩哨に気づかれることなどけしてない。庭木の陰でやり過ごす。
「ええと、王女様が泊まってる部屋にいけばいいんだよね?」
「あ? 誰が王女だって?」
「うああっと、お人形が泊まってる部屋に行けばいいのかな?」
「決まってるでしょう。それ以外に行くべきところなんて……」
 潜んでいた茂みが風で揺れた。
 風、というか強烈な羽ばたきが茂みだけでなく、庭園の草木をバサバサと煽る。
 スキルニルの部屋から飛び出していったのは、暗い中見てもドラゴン以外の何者でもなく、そのシルエットがはっきりと見てとれた。
 姿かたちを抜きにしても、あんな飛び方をする生き物はドラゴンくらいしかいない。

「……」
「……」
 ドラゴンの背に乗った人影が見えた。
「……」
「……」
 屋敷の中で最も高い位置にある部屋に……あそこはたしかアルトーワ伯の私室だったか。入っていくのが見える。
「……どうしよう」
「むう……」
 こんな時間に何をするつもりなんだろう。ナニをするつもりなんだろうか。
 いくらなんでもそれは無いと思うけど……明日の打ち合わせ? それをわざわざ竜に乗って? 不自然にもほどがあるわよ。
「よし。わたしは屋敷の方からあの部屋に行く。お前は……そうね、ドラゴンに邪魔されたら困る。餌でもなんでも使って気をそらしなさい」
「ええええ!? そ、それ無理」
「頑張ってね。期待してるから」
「お姉ちゃん、ドラゴンなんて……お姉ちゃああああん!」
 幽霊の弱音にかかずらっている暇は無い。
 スキルニルを元の人形に戻したとしても、すでにアルトーワ伯を殺した後だった、などということになれば、非常にまずい。
 ここはなるだけ迅速な行動を心がけましょう。爺さんの命はどうでもいいけど、わたしの未来は大事ですからね。

 最上階にはごくあっさりとたどり着いた。
 妙に警備が薄すぎるような気がするけど、田舎は都会よりも警戒心が無いらしいし、こんなものなのかもね。
 目的の扉に耳をあてて中の声を盗み聞く……何かしら会話をしているらしいけど、分厚いドアに阻まれて聞こえが悪い。
 まぁその辺はどうでもいいか。スキルニルの真意が何であれ、向かい合ってしまえばそれで終わり。
 むにゃむにゃっとルーンを唱えて元の人形に戻すだけ。何を話しているかは後で爺さんから聞けばいい。
 鍵は……かかってない。よし、ノブをまわして、ガッチャ。

 中にいたのは二人。アルトーワ伯とわたし……つまりスキルニル。予想通りすぎて欠伸が出そう。
 ただし格好は予想外だった。部屋着の爺さんはともかく、ネグリジェ姿のスキルニルは……本当にそういう意図があったの?
 しかもまたえらく生地が薄いし。ご丁寧に安っぽい雪割草のコサージュを胸に飾っている。
 所構わず相手構わずか。鬼畜者としては下の下のまた下ってとこね。こんなのがわたしの分身だなんて悲しくなってくる。
「こんな時間に祖父ほど歳の離れた紳士の部屋を訪れるとはねぇ……王女殿下、少々お盛んが過ぎるのではなくて?」
 鬼畜者として演出にもこだわる。ここで髪をバサッと広げ、隠していた顔を見せつける。
「イザベラさまではありませんか! いや、しかしこちらもイザベラさまが……二人!? 何が起こっておるんですか!」
 いいわね、このリアクション。それに比べてスキルニル。
 仏頂面でただわたしを見つめるだけ。表情といい雰囲気といい「なんでお前がここにいるの?」と言っていた。
 つまり、わたしが場違いと。ふうん。そういうこと言うわけね。

 どうせこれでお仕舞いなんだから、最後に嫌味の一つくらいは言ってやろう。
「出来損ないの人形風情がよくもまぁご主人様に歯向かえたものね。親の顔が見てやりたいわ」
 お? スキルニルが肩を震わせている。さあ、もっと言ってやらないと。
「ああ、お前には親なんていなかったっけ。ごめんなさいね、人形だってこと忘れてたわ。子供のお人形遊びにお付き合いするっていうのがせいぜいってとこじゃない?」
 スキルニルの顔に赤みが差した。眉根に皺を寄せ、肩を震わせて憎々しげな表情でわたしを睨む。
 なぁに? ひょっとして脅しているつもり? はん、滑稽で見てられないわ。これから元の人形に戻されるっていうのに。
 スキルニルが杖を構えるもよりも速く、わたしは三語分からなるルーンをつぶやいた。
 これで元の人形に戻らないため万事解決しない。……あれ? おかしくない?
 もう一度、今度は一語ずつ確認しながらしっかりと発音した。スキルニルは元の人形に戻らず、わたしの姿をとったまま変わらない。
 おかしい。なぜ。どうして。ひょっとしてルーンを間違えて覚えてた、とか。あり得る……あり得るけど、そんなの困る。
 人形はわたしに向かって杖を構え、妙な……何というか、顔を隠すような仕草で呪文を唱えようとしている。
 ええい、ルーンを忘れたくらいで負けるものか。同じ力量なら鬼畜性の差でわたしの方に分があるはずよ。
 抜き撃ち! 腰に提げていた杖を抜き、数十羽のカラスを叩き落してきたエア・ハンマーを打ち込んだ。

 わたしのエア・ハンマーはスキルニルが発射した氷の矢に迎撃され……わたし、ウィンディ・アイシクルなんて使えたっけ?
 しかも一本や二本じゃない。三本、四本、五本、六本……す、すごい! わたしがこんな実力を秘めていたなんて!
 一本一本の矢が強く、速い。絨毯に突き刺さり、装飾を突き崩して氷の矢が縦横無尽に飛び交う。
 隙間の無い弾幕に追い立てられ、椅子を蹴り、爺さんを突き飛ばし、机を盾にした。まだ逃げられない。
 水差しやワインの瓶を叩き落して隅に逃げたところで青い閃光が部屋の中を照らした。
 同時に水やワインが渦になって巻き上がり、氷の粒になって猛り狂う風にのり……えええええ!? アイス・ストーム!?
 なんで!? どうして!? わたしがこんな魔法使っ、えるっ、あぶっ、あっぶぬおおおおお!

 身を翻し、窓ガラスを破って外に飛び出した。
 レビテーションを……いやここはフライだ。のんびりしてれば空中で狙い撃ちにされる。
 戦場とすべきは庭園。やたらと植えてある背の高い庭木のおかげで遮蔽物には事欠かない。室内よりは有利に戦うことができるはず。
 それにしても……まさかスキルニルがトライアングル並の力を身につけているとは思わなかった。
 それに、あの妙な詠唱法。口の動きを敵に見せないようやっているというわけね。
 騎士や貴族にできる戦い方じゃない。実践一辺倒、かつ後ろ暗い……暗殺者に相応しい戦い方だ。
 鬼畜者にも通じるものがあるかもしれない。人形とはいえ、腐ってもわたしの複製ということか。

 壊れかけた窓を抜け、星明りの下、ガラス片をキラキラと散らしてスキルニルが追いすがる。フライ唱えてやがるわね。
 速いというだけじゃなく、機敏に動く。足元の土を蹴り上げたけど、空中一回転で避けられた。猫やカラスといった野生動物と比べても遜色が無い。
 一回転の勢いそのままに懐へ飛び込まれた。魔法で迎撃? そうじゃない。わたしの詠唱よりも向こうが速い。
 杖の動きを止めるため、空いた左手でナイフを掴んでスキルニルの右手を刺し貫いた。
 肉に刃の埋まる感触……骨に達した。なのに、怒りで痛みを感じていないのか、スキルニルは全く怯まない。
 飛び散る血の量はかなりのものだ。これだけ深く刺せばどんな動物でも動揺くらいはするはずなのに。

 わたしの攻撃とほぼ同時に、スキルニルがエア・ハンマーを唱え終えた。ほぼゼロ距離でわたしの腹めがけて、空気、の、塊、が、飛んでぇぇぇぇぇ……身をっ捻っ、避けた!
 よーしよしよしよし! さすがわたし! 獣相手に鍛えた反射神経をなめるなっての!
 すかさず一歩踏み出し、足の甲を踵で踏みつけ、靴越しに骨を砕く勢いで押しつぶす。
 さらに反対側の膝を振るってスキルニルの内臓を蹴り抜いてやろうとしたわたしの胸の前に長く大きくねじくれた杖が突きつけられていた。
 ……つまりなによ。腕を刺されようが足を踏まれようが、全部無視して詠唱を完成させたってこと? なるほどね。人形だけに神経通ってないんだわ。

 至近距離で放たれたウインド・ブレイクによって彼方に吹き飛ばされ……させるか!
 庭木とすれ違いざま、枝にタオルを巻きつけ勢いを殺した。枝は耐え切れずに折れたけど、わたしは無事に着地成功。
 痛オーケー痛オーケー痛。ウインド・痛ブレイクで痛思い切りアバラに痛ヒビ入ったけど、まだ大丈夫。痛。

 およそ十メイルの距離を開けて再び対峙する二人のわたし。双方息は荒い。
 スキルニルは右腕に構えていた杖を左手に移している。だらしなく下がった右腕からは血が滴り、薄い寝巻きを下品な赤色で汚していた。
 左足も、骨は砕けなかったにしても痛いだけじゃ済まなかったはずだ。機動力はフライに頼らざるをえない。
 わたしの方は、もう呼吸するだけでもつらい。鬼畜者でなければとっくに倒れている。
 鬼畜者なりにナイーヴなわたしと違い、スキルニルは人形だけあって自分のダメージを一切気にしていない。
 魔法の腕は二枚も三枚も向こうが上。なぜか実戦経験を感じさせる体術に、鬼畜者と同等かそれ以上の体力。
 それに加え、恐怖心を始めとした心の揺れがない。それじゃつけこみようがない。
 あらゆる状況がわたしの不利を示してたのに、クソッたれがダメ押しをしてくれた。

「曲者!」
 そりゃそうよね。こんな所でドンパチやってれば警護の騎士が来ないわけないものね。
 でもね、カステルモール。お前はもう少し空気を読みなさい。
 普段あれだけわたしに媚びへつらっていて、本物と偽者の違いも分からず、真の主に杖を向けるってけっこう問題よ。
「おのれ! よくもシャルロットさまを!」
 ああん? シャルロット?
 大馬鹿者め、誰と勘違いしてるんだかあのクソ騎士様は。偽者には違いないけどね、あれはシャルロットじゃなくてスキルニル。
 髪の色くらいしか共通点ないじゃない。どうすればこの状況で間違えられるんだか。
 ほら、どう見ても……どう見ても……え? どう見ても……シャルロットがいる。え? え? え?

 さっきまではたしかにわたしの顔だった。フェイス・チェンジ? どうしてそんなことを?
 いや、でも、シャルロットだとしたら……ルーンで人形に戻るはずがないし、トライアングルの実力を持っている。
 何から何まで符合する。実戦経験だってそりゃあるでしょうよ。
 そうだ、それに雪割草のコサージュ。思い出した。あれはシルフィが露店で買ったものだ。
 どうして? 理由が分からない。シャルロットであることは理解できたけど、それ以外がまるで分からない。
 スキルニルはどこに? シャルロットがなぜ? 狙いは何? どういうこと? 鬼畜脳を全開に働かせても謎が解けない。

 幸いというか何というか、わたしの困惑は相手にも伝わったらしい。
 構えた杖こそ下ろさないものの、攻撃して打ち滅ぼしてやろうという気配が薄れた。
 激情するカステルモールを傷ついた右手で制し、いぶかしげにわたしを見ている。
「おお、シャルロットさま! お怪我をされているではありませんか!」
 こいつだけは唯一空気を読まない。わたしが王女に戻ったあかつきには平騎士に降格してやるから。
「ささ、これをお持ちください」
 当然治療をするものだろうと思っていた。
 薬を塗るなり、布を巻くなり、呪文を唱えるなり、出血を止めるための行動にうつるだろうと予想していた。
 なぜその娘を治療する、わたしの方がよほど大怪我なのに、と怒鳴りつけてやるつもりだった。
 さすがの愚鈍な騎士も声を聞けばわたしが誰か分かるでしょう。

 でも違った。カステルモールは目の前に差し出されていた血塗れの手に一本のナイフを握らせた。
 前時代的な装飾が施された年代物の短剣。刀身が月明かりを照り返して銀一色に光る。わたしはそのナイフを知っていた。
 何が起きたのか理解したのは敵の目論見が成功した後だった。

 ナイフを渡したカステルモールが受身も取らずに崩れ落ちた。
 受け取ったシャルロットは倒れた騎士にちらとも目も向けず、古臭いナイフに見入っている。
 間を置かず、茫漠としていた瞳に色が戻り、口元に笑みが浮かんだ。
 わたしの知るシャルロットならけしてあんな笑い方はしない。そもそも笑ったりしない。
 あの笑い……いやらしく、残忍で、卑劣な、鬼畜者にこそ相応しい笑顔だ。これもまた見覚えがある。
「地下水……!」
 怒りの炎で燃え盛る胸の内からなんとか搾り出したわたしの呼びかけに対し、シャルロットが……今は操られて意識の無いシャルロットの体が、胸に手をあて、一礼。
 慇懃無礼というものを絵に描けばこうなるでしょうね。クソ。錆びかけた人斬り包丁の分際で。

「お久しぶりでございます王女殿下。いや、今は偽王女でしたか」


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