「空?」
「そ。雲さんぎょーさん居る、でっかい空や」
「格好つけた名前ね。まあ、見た目通り、フワフワ軽薄そうな所はいかにも――――」
「そ。雲さんぎょーさん居る、でっかい空や」
「格好つけた名前ね。まあ、見た目通り、フワフワ軽薄そうな所はいかにも――――」
ルイズは言葉を切った。ニコニコと笑みを浮かべていた空の顔から、急に表情が抜け落ちたからだ。
「なんや、あれ」
空の指さす先では、生徒達が飛行魔法を使い、一足先に教室を目指していた。
「ルイズ!お前は歩いて来いよ!」
「あいつ、フライはおろか、レビテーションさえまともに使えないんだぜ」
「あいつ、フライはおろか、レビテーションさえまともに使えないんだぜ」
口々に悪態をつきながら、去って行く生徒達。
「飛んでるわ」
どこか、憮然とした口調だった。
「そりゃあ、メイジだもの」
「気に入らんわあ」
「何が?」
「あいつら飛んでる癖に、ちっとも気持ち良さそうやあらへん」
「飛べるのなんて、当たり前だからでしょ」
「当たり前なあ……」
「気に入らんわあ」
「何が?」
「あいつら飛んでる癖に、ちっとも気持ち良さそうやあらへん」
「飛べるのなんて、当たり前だからでしょ」
「当たり前なあ……」
空はため息を漏らす。
「昔、イカロス、ちゅう小僧が居ってな」
「何よ、いきなり」
「空が飛びたくて、飛びたくて仕方無かった男の話や」
「フライの魔法を使えばいいじゃない」
「そいつは、そないな物知らんかった。住んどった国にも無かったしな」
「後れた国だったのね」
「イカロスは蝋で固めた羽で天を目指した。それにごっつ怒った太陽の神はんが、蝋溶かしよってな。偽物の翼折れたイカロスは、海に落ちて死によったんや」
「昔、とんでもない馬鹿が居た、て事だけはよく判ったわ」
「何よ、いきなり」
「空が飛びたくて、飛びたくて仕方無かった男の話や」
「フライの魔法を使えばいいじゃない」
「そいつは、そないな物知らんかった。住んどった国にも無かったしな」
「後れた国だったのね」
「イカロスは蝋で固めた羽で天を目指した。それにごっつ怒った太陽の神はんが、蝋溶かしよってな。偽物の翼折れたイカロスは、海に落ちて死によったんや」
「昔、とんでもない馬鹿が居た、て事だけはよく判ったわ」
空はまた、憮然とした。スピットファイアが聞いたら、なんと言うだろう。
(ま、しゃあないわ)
『昔ギリシアの イカロスは
ろうで固めた 鳥の羽根
両手に持って 飛び立った
雲より高く まだ遠く
勇気一つを友にして』
ろうで固めた 鳥の羽根
両手に持って 飛び立った
雲より高く まだ遠く
勇気一つを友にして』
「なに、その歌?」
「ワイの国の歌や」
「ワイの国の歌や」
そう。あくまで和製の歌だ。神話のイカロスは幽閉された“塔”から脱走しようと飛んだ。翼を作り、与えたダイダロスは、太陽に近付き過ぎないよう、忠告を与えていた。だが、飛ぶ喜びに取り憑かれた少年は父の言葉を忘れてしまった。
自分の脚を見つめる。翼が折れようと、生き延びたイカロスのすべき事は決まっている。“塔”に帰る事だ。置き去りにしたものを取り戻す事だ。
自分の脚を見つめる。翼が折れようと、生き延びたイカロスのすべき事は決まっている。“塔”に帰る事だ。置き去りにしたものを取り戻す事だ。
「話は馬鹿みたいだけど、歌は悪くないじゃない」
「おおきに」
「おおきに」
空は肩を竦める。長年温めて来た計画は、どうも思わぬ所で頓挫しそうだった。
「さて、では行きましょうか」
コルベールは二人を促した。生徒を未契約の使い魔と二人切りに出来ない。自分には監督の義務が有る。そう言って、この場に残ったのだ。
本当にそれだけか?
ルイズは内心で疑念を向ける。車椅子を当然の様に押しているのも、単純な善意だけではあるまい。このメイジとしても、教師としても十分優秀な男が、聊かおかしな研究にのめり込んでいるのは、厨房の小僧だって知っている。
「所でミスタ・空。先刻の――――その、魔法を使わずに飛んだ、平民の話ですが……」
「ああ、あれは御伽話や。そないな阿呆、いくらなんでも、居る訳無いわ」
「ああ、あれは御伽話や。そないな阿呆、いくらなんでも、居る訳無いわ」
コルベールはがっくりと肩を落とした。ルイズは呆れる。魔法が無くては飛べない。この世界には引力と言う物が有るのだ。そんな事は、当たり前ではないか。
「ま、イカロスは与太やけどな。空飛ぶ乗り物なら、山と有るで」
「それは風石を使った物ですか?」
「なんや、それ?よう判らへんけど、十分な揚力なり推力なりが有れば、物は飛ぶやろ」
「揚力?」
「そやな。例えば――――」
「それは風石を使った物ですか?」
「なんや、それ?よう判らへんけど、十分な揚力なり推力なりが有れば、物は飛ぶやろ」
「揚力?」
「そやな。例えば――――」
どうやら、空はコルベールの同類だったらしい。二人の共通言語が、ルイズにはさっぱり判らなかった。彼等の知識は、四系統のいずれにも属さぬ、極めて特殊かつ難解な物であり、その上、どんな権能も約束してくれそうも無かった。
何?ヒコーキ?鉄の塊が、風石も無しに宙に浮くなどと、この二人は本気で信じているのか?
何?ヒコーキ?鉄の塊が、風石も無しに宙に浮くなどと、この二人は本気で信じているのか?
(馬鹿みたい!)
ルイズは内心で口を尖らせた。一人、会話に入り込む事も出来ずに放置とあっては、面白い筈も無い。
少年時代、空は“研究所”のデータや未公開技術を特許として売り払いながら資金を稼ぎ、“塔”の機能回復に当たっていた。その知識は、コルベールにとって垂涎物だ。夢見る少年の目をした教師の姿に、ルイズは何も言えずに、無言で足を進める。
何時の間には、話題は空を飛ぶ事から、地上を走る事に変わっていた。空曰く、彼の国には馬を必要とせず、馬より数倍速く、一度に大量の荷物を運べる馬車が在る、と。
コルベールの足取りは目に見えて遅くなっている。話に夢中だ。ルイズは注意しようとして、止めた。夢見る少年の目は、恋する乙女の目に変わっていた。
空の話もエスカレートする。彼の国には、“馬を必要としない馬車”が、トリステインの人口よりも多く走っている、と。法螺を吹くにも限度と言う物が有るだろうに。ルイズは呆れ返る。
少年時代、空は“研究所”のデータや未公開技術を特許として売り払いながら資金を稼ぎ、“塔”の機能回復に当たっていた。その知識は、コルベールにとって垂涎物だ。夢見る少年の目をした教師の姿に、ルイズは何も言えずに、無言で足を進める。
何時の間には、話題は空を飛ぶ事から、地上を走る事に変わっていた。空曰く、彼の国には馬を必要とせず、馬より数倍速く、一度に大量の荷物を運べる馬車が在る、と。
コルベールの足取りは目に見えて遅くなっている。話に夢中だ。ルイズは注意しようとして、止めた。夢見る少年の目は、恋する乙女の目に変わっていた。
空の話もエスカレートする。彼の国には、“馬を必要としない馬車”が、トリステインの人口よりも多く走っている、と。法螺を吹くにも限度と言う物が有るだろうに。ルイズは呆れ返る。
「ま、そうなると、事故の危険が大きくなるからな。国の免許が無いと運転出来へんのやけど……」
「なるほど。技術の進歩に併せて、法も変わる訳ですな!」
「なるほど。技術の進歩に併せて、法も変わる訳ですな!」
マズイ――――
無邪気に興奮するコルベールと対照的に、ルイズは青くなった。空。こいつは本物だ。本物のキ印だ。言う事が必要以上にもっともらしい。嘘つきの自覚が無い妄想狂の典型ではないか。
「しかし、遠い異国で私が取り組んでいる研究が実現し、社会に広く普及しているとは!実は私も――――」
マズイ。マズ過ぎる――――
コルベールは空と同類だ。完全な同類だ。同類に出会う事で、本性が出た。一見、優秀な魔法学院の教師が、真性のキ印だった。全く冗談では無い。これは、本家に連絡するべきか、それとも、まずは学園長に相談するべきだろうか。
「ミスタ・コルベール!」
道も半ばを進んで所で、ルイズは声を上げた。どうせ、次の授業にはもう遅刻だ。足が遅々として進まない事くらいは、我慢出来る。だが、完全に足が止まっては、さすがに黙ってはいられない。
「や、嬢ちゃん。スマン」
コルベールよりも先に、空が詫びた。
「つい、男同士で話し込んでもうてな。女の子に失礼やったわ」
「あんたの辞書にも、失礼なんて言葉が有るのね」
「こう見えても、紳士やで?」
「私は先を急ぎたいだけよ。別に話したい事なんて無いんだから」
「まあ、そうツンツンせんと。とりすていん、てどんな学校なんや?」
「行けば判るわよ。さ、早く行きましょ」
「あんたの辞書にも、失礼なんて言葉が有るのね」
「こう見えても、紳士やで?」
「私は先を急ぎたいだけよ。別に話したい事なんて無いんだから」
「まあ、そうツンツンせんと。とりすていん、てどんな学校なんや?」
「行けば判るわよ。さ、早く行きましょ」
一同は再び歩き出した。
「予想。とりすていん、て地方の小さい学校やろ」
「何でそう思うの?」
「ワイの国にも、学校は沢山あるけど、やっぱり田舎んなると、クラスが少ないわ。全学年で一クラスなんて所とかな」
「トリステイン魔法学園は王都のすぐ側。国外から留学生も集まる由緒正しい学院よ」
「んー?……さっきの連中、全員同クラスやろ?年齢バラバラやん。スキップ?」
「言っている意味、判らないけど、皆大体同年代よ」
「嘘やー」
「何でそう思うの?」
「ワイの国にも、学校は沢山あるけど、やっぱり田舎んなると、クラスが少ないわ。全学年で一クラスなんて所とかな」
「トリステイン魔法学園は王都のすぐ側。国外から留学生も集まる由緒正しい学院よ」
「んー?……さっきの連中、全員同クラスやろ?年齢バラバラやん。スキップ?」
「言っている意味、判らないけど、皆大体同年代よ」
「嘘やー」
空は笑った。
「帽子を拾ってくれた、あの嬢ちゃん。十歳そこそこやろ。車椅子座るの手伝ってくれた兄ちゃんは17、8?あの色気ムンムンの姉ちゃんかて、ピチピチの肌からして二十歳前。そして嬢ちゃんは……」
空はルイズを頭の天辺から、爪先まで眺めると、
「ま、本人前に言う事やないわ。やめとこ」
ルイズのこめかみで、血管に罅が入った。この男は、自分をギーシュやキュルケと同年代と見ていない。態度で判る。
「私 は 1 6 よ」
「はぁー……意外やなあ。18辺りかと思ってたわ」
「本気で言っている?」
「冗談は言わんタチやねん」
「はぁー……意外やなあ。18辺りかと思ってたわ」
「本気で言っている?」
「冗談は言わんタチやねん」
ルイズは膨れる。何だか、軽く見られている気がした。
「それにしても、ミスタ・空。この車椅子は実に素晴らしい!」
コルベールが浮かれた声を上げる。それは、ルイズの様子に気付いて、それとなく話を変えようとした――――為では無かった。
「本体が軽ければ、車輪の動きも軽い。これほどの品は、ゲルマニアにも無いでしょう。それに、幾つか不可解な装置が付いている様ですが、これは一体――――?」
興奮状態の発明狂は空気を全く読んでいなかった。その頭にあるのは、異国の人間と、その知識に対する好奇心と、残り僅かな毛髪だけだ。
「まあ、こいつは特別製やさかい。色々普通は付いとらん物も、付いとるけど――――例えば、これとか」
空は駆動補助モーターのスウィッチを入れる。コルベールはつんのめりかけた。突然、車椅子の重さが消えた。意志を持つかの様に車輪が回り出す。
コルベールは瞠目する。押せば、押すほど、車椅子が軽くなる。みるみる速度が上がる。空気が壁となって顔にぶち当たる。
膝が空転する。押した分の、倍速、倍の距離を走る車椅子が、中年の体を振り回す。それでも、確かにこの機械は自動では無く、自分が動かしているのだ、と言う実感が有った。無意識に笑みが零れる。
コルベールは瞠目する。押せば、押すほど、車椅子が軽くなる。みるみる速度が上がる。空気が壁となって顔にぶち当たる。
膝が空転する。押した分の、倍速、倍の距離を走る車椅子が、中年の体を振り回す。それでも、確かにこの機械は自動では無く、自分が動かしているのだ、と言う実感が有った。無意識に笑みが零れる。
「サラマンダーより、はやーい!」
コルベールは歓声を上げる。猛然と抗議するルイズの声は、とうとうその背中に届かなかった。
道程の残り半分を、コルベールはそれまでの1/10の時間で駆け抜けた。
「お、置き去りはあんまりです!……ミスタ・コルベール」
息を切らしたルイズが追いすがった時、コルベールもまた、車椅子に縋って、膝を踊らせていた。
「み、ミス・ヴァリエール……大人になると言う事は、とても辛い事なのだよ……」
「ええ。それはもう、よく判りますが」
「いや、全く」
「ええ。それはもう、よく判りますが」
「いや、全く」
ルイズと空の目線が、コルベールの頭頂部で交錯する。
光の向こうに、空は尖塔を見上げた。
高くぶ厚い城壁に、本塔を囲んで聳える5つの塔。白亜の城郭から目を転じれば、巨大な門が口を開く。
光の向こうに、空は尖塔を見上げた。
高くぶ厚い城壁に、本塔を囲んで聳える5つの塔。白亜の城郭から目を転じれば、巨大な門が口を開く。
「で、ここかい?」
「え、ええ。ここが、我がトリステイン魔法学院です。ようこそ、ミスタ・空」
「え、ええ。ここが、我がトリステイン魔法学院です。ようこそ、ミスタ・空」
――――To be continued
『』内
「勇気一つを友にして(作詞:片岡 輝)」より引用
「勇気一つを友にして(作詞:片岡 輝)」より引用