あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのガンパレード 17

怖い。
怖い。
怖くてたまらない。
巨大な一枚岩から『錬金』によって作り出されたテーブルを楯にしながら、
ギーシュは奥歯がこれ以上震えぬように噛み締めた。
その頭の上を、宿に押し入ってきた傭兵と思しき者たちの放った矢が通り過ぎる。
アルビオンに渡る最後の晩ということで、ほんの少し豪勢な食事を楽しんでいたところへの奇襲である。
さいわいにして杖代わりの薔薇の造花は身に着けていたが、反撃しようにも相手は魔法の射程外である。
そもそも魔法を放つために立ち上がろうとすれば、その前に弓で撃たれてしまう。
その危険性を考えれば、今のギーシュにできることはただこうして隠れていることだけだった
彼は軍人の息子であり、しかも今はアンリエッタ王女の勅命により秘密任務についている。
ならば怪我の危険はもちろん、命を失う覚悟とて出来ている。出来ていると思っていた。
禁止されてはいたが、魔法学院では何度も決闘した。
ワルド子爵に決闘を申し込まれた時も落ち着いて戦うことが出来た。
だが実際はどうだ。
一対一の決闘ではなく、徒党を組んで襲ってくる傭兵の姿を見た時、彼はただ恐れることしか出来なかった。
ギーシュは自分を笑った。
身の危険、死の覚悟。
とうに出来ていると思ったそれは実戦を知らぬ子供の夢想でしかなく、
いざそれが近くになればこうして机の陰で震えるしかないのかと。

「参ったわね。昨日、調子に乗って博打で尻の毛までむしったのが悪かったのかしら」
「下品。それにあれは勝負。逆恨みされる覚えはない」
「される覚えがないから逆恨みっていうのよ」

熱心に化粧を直すキュルケの横で、探るように辺りに視線を向けていたタバサが頬を膨らます。
彼女たちが宿に選んだ『女神の杵』亭は、かつてはアルビオン軍に対する砦でもあった。
故に壁も厚く、食糧の備蓄もあり、籠城戦を挑むには最適の場所である。
だがそれは同時に、一度内部に入られれば逃げ場のないことも意味する。
砦や城の常として抜け道の一つや二つはあるとは思うが、今からそれを探している余裕などないし、
なにより誰よりも宿に詳しいはずの主人が視線の先で青い顔をして座り込んでいる以上は、
その抜け道も機能しているかどうかすら怪しかった。

「こんなときまで化粧だなんて、ずいぶんと余裕ね」

ワルドと大猫とで両脇を固めたルイズが呆れたように化粧を続けるキュルケを見やる。
本当に状況が解っているかと今にもくってかかりそうである。
いつもと変わらぬルイズの態度に、しかしキュルケは抑えきれぬ恐れを見て取った。
大猫の首に回され、力の入れ過ぎで震える腕。白くなるほど握り締められた拳。
キュルケは頬を緩めると、どんな時でも虚勢を張ることを止めない大嘘つきの少女に化粧道具を差し出した。

「あなたも使う? ゲルマニアの最新の口紅よ?」
「なんでこんな時に化粧なんかしなくちゃいけないのよ」
「愚問ね、ミス・ヴァリエール。こんな時だからこそよ」

そしてゲルマニアの軍人貴族、火のツェルプストー家の息女は胸を張って艶やかに笑った。

「常に優雅さを忘れず、たとえ死んでも笑いながら逝くのがツェルプストーの女の生き様よ。
 青ざめた顔で怯えて死んだりしたら、あの世でご先祖に申し訳が立たないわ」
「死してなお桜色」

横からタバサが手を伸ばし、少量の紅を自らの唇につけた。
そのまま唇を動かし、色合いを均等にする。
白皙の肌に散った朱が、妖精的な少女の美貌にある種の魔的な彩を添えた。
ルイズは笑った。
気がつけば手の震えは治まり、拳からも力が抜けている。
実にキュルケらしい遠回りな気遣いだった。
ツェルプストーである自分は死を覚悟した。ならばお前はどうだと言外に問うている。
夜会や舞踏会などでよく聞く遠まわしな賛美や嫌味などが大嫌いなルイズであり、
しかもそれを問うたのは大嫌いなツェルプストーの一族ではあったが、
それでも彼女はキュルケのその心意気を頼もしく思った。

「お生憎さま。ヴァリエールの女の死に様は、
 美しく老いさらばえて、屋敷の寝台で、何人もの子供や孫たちに囲まれてだと決まっているのよ。
 わたしの代で伝統を潰えさせるわけにはいかないわ」

キュルケもまたおかしそうに笑う。
自分の問いに、ルイズは的確に答えて見せたのだ。
自分は此処で死ぬ気はないと。
それでこそ、とキュルケは思った。
それでこそルイズ。わたしの好敵手。

「まぁ、子供についてはワルド子爵に頑張って貰うことにしましょうか」
「いきなり何を言ってるんだね、ミス・ツェルプストー」

とても戦場にいるとは思えぬ呑気なやりとりにワルドが思わず口を挟む。
その気持ちは誰も同じだったと見えて、
やはり机の陰にやカウンターの奥に避難している客や店員も呆れたような顔で少女たちの方を向いている。
その内の幾つかの視線、具体的に言えば店員の女性たちのそれを自覚したギーシュは、思わずと言う風に天を仰いだ。

参ったなぉ。
ああ、本当に参った。
ぼくは臆病者だぞ?
実戦なんて、一度もしたことがないんだ。
なのに、なんでなんだ。
相手は本物の傭兵で、一歩間違えれば死ぬかもしれないのに。
参ったなぁ。
こんなに観客がいると、ぼくは駄目なんだ。
かっこつけないと気がすまないんだ。
ぼくは馬鹿だ、大馬鹿だ。

そこまで考え、その唇に笑みを佩く。
まさになにを今更、だ。
ルイズ症候群に罹患した以上、馬鹿でない筈がないと、今朝方確認したばかりだと言うのに。
青銅の薔薇を額にあて、愛すべき彼の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデに指示を出す。
もはや何も怖くはなかった。なぜなら彼はルイズ症候群の重症患者であった。

「いいか諸君」

気を取り直したようにワルドが低い声で告げた。

「このような任務は、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる」
「囮というわけですか」

ギーシュの確認にワルドは頷くと、自分以外の三人を指名し、囮として残るように頼んだ。

「軍ではこのような場合、自己推薦が基本なのでは?」
「君の父君や兄君がどうかは知らないがね、ギーシュ君。
 僕は、そのようなおためごかしで自分の責任を軽くしようとする者を好まない。
 およそ軍人であるのならば、指揮官はその部下に関する全責任を負うべきだ」

なにを思い出したのか顔をしかめながらのワルドの言葉に、
ルイズは彼がマザリーニ枢機卿のお気に入りだという事実を思い出した。

「なるほど、その姿勢は尊敬に値しますね、ワルド子爵。
 しかし、囮の件は断らさせていただきますよ」
「ほう? なぜだね?」
「まずは一つ。相手の戦力の全貌がわかりません。
 この時点での戦力の分散は、各個撃破の機会を相手に与えるだけです」
「確かに、その可能性もあるな」

やや悔しそうにワルドは認めた。
彼の案ではルイズと彼自身は裏口から脱出する予定だったのだが、
ギーシュの言う通りそちら方面に別働隊がいれば袋の鼠になるだけである。

「そしてもう一つ。
 あるいはこれが全てといって過言ではありませんが」

思わせぶりに言葉を止めるギーシュに、机の陰にいる者たち全ての視線が集まる。
その視線を存分に楽しみ、彼は笑顔でその理由を口にした。

「簡単なことです。
 友人を囮に使うなど、ぼくたちの趣味ではありません」

戦術的な見地からの提言だと思っていたワルドはその言葉に絶句する。
その様子に隣の机の陰にいた店員の一人が思わず吹き出し、
その笑みは瞬く間に客や店員たちに広まった。
ブータも満足げに喉を鳴らし、弟子の変化を喜ぶ。
自らの趣味で戦争を語るか。やれやれ、ギーシュも随分とあの一族に近づいてきたわい。

「確かにそうね、ギーシュ。
 でもね、ここでみんな揃って玉砕なんてのもわたしの趣味ではないわ。
 一体どうするつもり?」

周囲の変化を好ましく思いながらルイズが問うた。
店員たちも客も笑い、一時的にでも恐怖を忘れている。
確かにそれは一時的で、あと数秒も過ぎれば我に返って恐怖に押し流されてしまうだけのものではあったが、
だがそれでも、人々に一瞬でも笑顔を取り戻させたギーシュをルイズは誇らしく思った。
身に迫る危険と恐怖を抑え、人々に笑顔を与えた彼に共感を覚えた。
守るべき人々の一瞬の笑顔のために、貴族は何粒の涙を流し、幾度歯を食いしばるのか。
だがそれが、それこそが貴族の人生。誇り高き我らが生き様よ。

「決まっているとも、ルイズ。
 撤退だ。敵の中央を駆け抜け、桟橋へ。
 正々堂々、孫の代まで語り草になるだろう撤退戦だ。
 まさに武門の本懐ここに極まれり、だ。
 素晴らしいだろう?」

笑っていた客や店員たちの笑みが固まった。
あまりの答えに、思考が停止したのだ。

「前衛はタバサ、デルフリンガー、“地下水”」
「承知」
「へへ、やっと出番かい」
「おう、まかせといてくんな」

告げられた名前にワルドの眉が顰められ、どこからともなく聞こえた声に周囲を見回した。
彼はその名前を知っていた。裏世界で囁かれる姿なき暗殺者。ガリアを中心として暴れまわった傭兵メイジ。
だがなぜここでその名前が告げられ、しかもそれに答える声があるのか。

「撹乱はキュルケ。一発大きいのをお願いするよ」
「まかせて」
「殿軍はぼくが。ワルド子爵は不測の事態に備えての遊撃をお願いします」
「あ、ああ。承知した」

つい同意してから拙いとは思ったが、もう遅い。
思考を切り替え、ギーシュの作戦を聞くことにした。
姿を見せない暗殺者の存在は気がかりであり、よもや自分の企てにも気づかれているのかとも思うが、
今はここを脱出することに専念すべきではあった。

「ギーシュ、わたしは?」

ただ一人、役割を与えられなかった少女が尋ねた。
頭では解っている。魔法が使えず、タバサやワルドのように剣も持たぬ自分は、足手まといに過ぎぬのだと。
だがそれでも、ルイズはそれを認めたくはなかった。
しかし、それから目をそらすのはもっと嫌だった。
だからこそ彼女はギーシュに問うた。
足手まといだと、何もすることがないと言われるのを覚悟の上で。
そしてそれを言われた時の心の痛みを、不甲斐ない自分への罰とするために。

「ルイズ、君にももちろん役目があるとも。
 それもこの中の誰よりも重大な役目がね」

その葛藤に気づかぬ振りをしながら、ギーシュはなんでもないことのようにそう告げた。

「檄を飛ばして欲しい。
 それもやる気がみなぎるような熱い奴をよろしく頼む。
 御伽噺の終わりが『めでたし、めでたし』なのと同じくらいに、
 戦いの始まりには開戦の詔が必要だ」

なにしろと彼は笑い、後世の人々がギーシュ・ド・グラモンを語る際に必ず語るその言葉を唇に浮かべた。

「誇り高き独立愚連隊、我らがルイズ小隊の初陣だ。
 隊長殿が訓示するのは当然だろう?」

ルイズは絶句し、やがて泣き出しそうな顔で微笑んだ。
一つ息を吐き、遠まわしに自分を守ってくれる友人たちに心の中で感謝する。
隊の名前に憤慨しながらも、それでもそれを黙認するキュルケ。
自分が泣きたい時、くじけそうな時、彼女の挑発が、その嘲りが、どれだけ自分を奮い立たせてくれたことか。
無言で剣を構え、ルイズの言葉を待つタバサ。
思えば、学院の同期生の中で、彼女だけはルイズを馬鹿にしなかった。
その存在が、どれだけ自分の心を安らげてくれたか。
薔薇を咥え、優しく見つめるギーシュ。
今まで自分を馬鹿にしてきた彼が態度を改めてくれた時、どれだけの喜びが心に刻まれたか。
心配そうにしているワルド。
ゼロの自分には勿体無いくらいの、強くて優しいわたしの婚約者。
あなたの隣に並べるようになるために。その思いが自分を強くしてくれた。
そしてブータ。
わたしの使い魔。異世界からやってきて、わたしにたくさんの贈り物をくれた優しい猫神。

「エステルヴァラオームイスラボート!」

タバサに握られた剣、デルフリンガーが唐突に言葉を発した。
ワルドはその声がどこから聞こえたかを察して驚き、それ以外の者はその言葉の意味に唇を綻ばせた。

「エステルヴァラオームイスラボート」
「エステルヴァラオームイスラボート」

タバサと“地下水”がそれを唱える。
それは神々の合言葉。
生まれた国も種族も違う神々が、互いに呼び合う誓いの言葉。

「エステルヴァラオームイスラボート」
「エステルヴァラオームイスラボート!」

キュルケが、ギーシュが唱和した。
余分な言葉は要らなかった。
彼らはただ一言のみを持って、ルイズが自らの旗印であることを高らかに告げたのだ。

「エステルヴァラオームイスラボート!」

ルイズもそれに答え、もう一度周囲を見回した。
心に浮かんだ檄文をもう一度胸の中で反芻し、訂正する。
ブータの名前を出すのはまずい。
自分の使い魔が猫神であることは、未だ仲間たちの中だけの秘密なのだから。
ならばと考え、別の机の陰やカウンターからの視線に気がつく。
それは願っていた。
それは望んでいた。
この状況をルイズたちならなんとかしてくれるのではないかと期待していた。
そこにはもはや恐怖はなく、むしろ物語の始まりを待つ子供のような色だけがあった。
ルイズは微笑み、大きく息を吸って、吐いた。
ブータに聞いた異世界の伝説が頭を過ぎる。
人々の涙を笑みに。
痛みを喜びに。
不幸を幸福に。
そのためにこそ何度でも立ち上がり、血を流し続ける誇り高き一族。
けして敗北を認めず、災禍を狩る災厄としてあしきゆめと戦う孤高の民。
いつか肩を並べ、その一翼を担いたいと夢想した戦士の名。
ルイズは胸を張り、いつかそこに加わる誓いとして、その名を持って開戦の辞となした。

「では始めましょうか、わたしの小隊。
 あのならず者たちに、シバムラの戦い方を教育してあげましょう」


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