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虚無の使い魔と煉獄の虚神-6-後

―――北花壇警護騎士団はガリア王国の秘密部隊である。
騎士団であるからには、その団員は王国に忠誠を誓い、召集されれば必ずはせ参じなければならない。
忠誠など捧げる理由など何一つ無いタバサにとっても、その辺りの事情は同じだった。
アルビオン王党派の決戦が近い現在でも関係なく、任務は与えられる。
迎えの竜騎士に連れられて半日、タバサとグレンはヴェルサルテイル宮殿の一角、小宮殿プチ・トロワに来ていた。
タバサは今グレンを宮殿の外に待たせ、自分を呼び出したイザベル王女と会っている所だ。

王宮と言うよりも華麗な荘園といった趣のヴェルサルテイルは、今を盛りと花々が咲き乱れている。
手入れの行き届いた花壇に囲まれた焼きレンガの道を、黒いローブの男が歩く。
宮殿の様子を見回し、もし攻めるとすればどうするか、と考えるグレン・アザレイである。
尤も、本気で攻めるならそれほど苦労はすまい。
グレンはかつてこの世界とは魔法技術水準の違う魔法世界で、フラリと立ち寄った相似世界の『協会』支部、つまり相似世界最高最強の魔術機関に正面から単独で攻め入って、そこに詰めていた高位魔導師五十四大系・六百三名を殺害し、更に相似大系の文明そのものとも言える最高位魔導師を決闘で打ち破った男なのである。
宮殿に居る全ての貴族と兵士を相手に戦っても、なお無傷で居られるだけの実力をグレンは持っている。
その事実が、花を愛でる余裕さえもって闊歩するグレンに対し、誰一人誰何や制止をする事を許さない凄みとして伝わっていた。

悠々と歩むグレンが、旅をしてきた数多の世界では見ないハルケギニア独特の花を見かけて花壇へと顔を向ける。
万に達すると言われている既知魔法世界において、天体条件や動植物等は魔法による変異や改良を受けていない限り、どの世界でも同一になっている。
この世界で見るものは、旅人であったグレンにとっても新鮮な驚きで満ち溢れているのだ。
魔法世界でも特に発達した魔法文明である相似世界と比べて、人々の暮らしぶりは決して豊かだとは言えないが、動植物の相や風石、幻獣、亜人、先住魔法など、様々な資源についてはとても豊富な世界だと言える。
それに、ぶれの無い物理法則を持ちながら悪鬼の住まぬ環境。
魔法技術向上のための実験を望む魔法使いにとって、至上の環境がここにはある。
魔術師の理想郷をその花に凝縮して見た気がしてグレンは膝をつき、薔薇を飾るようにつつましく咲く可憐な花へと顔を寄せた。
その刹那。いずこかで見た顔を視界に捉えた気がして、神に似た男は顔をあげる。
あるのはただ美しく広がる花壇の花々だけ。

「―――気のせいか」

記憶の端にひっかかる、顔を包帯で隠した女の姿は何処にも見つけられなかった。


……それから数時間後、タバサとグレンは車中の人となっていた。
地方領主であるアトワール伯の誕生日を祝う園遊会へと向かう、豪華な八頭立ての大きな馬車である。
幻獣であるユニコーンに引かれたゆうに10人は乗れるような馬車には、交差した杖と「更に先へ」と書かれた紋章が描かれている。
まぎれもない王家を表すその紋章。
父王ジョゼフから王女イザベラに与えられた御座車に、二人は同乗しているのだ。
それどころか、タバサは影武者として王女のドレスに冠までかぶって座っている。
そんな馬車の車中は―――実に奇妙な雰囲気で満たされていた。

女主人の席に座するのは『フェイス・チェンジ』の魔法で女王に化けたタバサ。
その隣には新任の侍女という触れ込みの、変装した従姉姫イザベラ女王。
向かいの席には東薔薇花壇警護騎士バッソ・カステルモール。タバサの顔に変身の魔法をかけた、二十代前半の美髯凛々しい騎士である。
そして彼の隣に、もう一人東薔薇花壇騎士の正装に身を包んだ人物が座っていた。
円形に四角形に菱形に三角形等、様々な図形を刻み込んだ、腕ほどの長さのワンドを傍らに立てかけている。
マントの色は鮮やかな青。
ガリアでは王族の警護を任された者だけに貸与される王家の髪色にちなんだそれは、隣に座るカステルモールと揃いの品。
マント留めには紅玉をあしらった薔薇の彫銀細工を使った、何処から見ても立派な東薔薇騎士団の貴族に見えるその人物は、整った、けれど美貌ではなく叡智の深さと苛烈さこそが感じられる顔の男性、グレン・アザレイその人であった。
海の底のように深く、けれど太陽のような灼熱を宿した灰色の双眸は、今は細められ、向かいに座る二人に静かに向けられている。
その視線の先で、いつもなら無作法に行儀悪く、意地悪な言葉と行動でタバサに絡むはずのイザベラは、カチンコチンに固まっていた。

傲慢さがなりを潜め、姿勢良く座り、握った小さなこぶしを軽くスカートの上に重ね、俯きがちに頬を染めて視線を彷徨わせる姿は、元々の美しい容姿とあいまって、まるで深窓の令嬢のようだった。
と言うか実際深窓の女王さまなのだが。

「あの、ミスタ・グレンは人ぎ……シャルロットの、使い魔、なのですね?」
「然り。わたしは雪風の娘によって召喚された者である」
「平民、だともうかがいましたけど、とてもそうは見えませんわ。
 その、とても堂々となさっておいでですもの」
「遠い異邦の生まれゆえこの国の魔術とはいささか毛色が異なるが、わたしが使う魔術、相似大系における魔道の術理を極めつつあると自負している」
「そ、そうですか! そうでしょうとも! わたくしの従妹はとても優秀ですもの!
 平民なんかを召喚するはずがありませんわ! ねぇ、シャルロット?」
「………………」

言葉遣いまでまるっきり変わっている従姉の様子に、毛虫でも噛んでしまったかのような表情のタバサ。
そうすると魔法でイザベラそっくりになっている容貌が、皮肉にも更にそっくりになった。
イザベラの異様な態度の理由は判っている。
騎士に変装したグレンを最初に合わせた瞬間にイザベラの目がハートになっていたから一目瞭然だ。
半分ほど飲んでいた紅茶を床に落としても気がつかないほどで、その時からイザベラはとても変だった。

「そうだわ! わたくし、とっても良い事を思いつきましたわ!
 ミスタ・グレンも強い魔法が使えるのなら、本当に我が国の騎士になられれば良いのよ!
 ああそれが良いわ! 私からお父さまに推薦して差し上げてもかまいませんのよ?」
「使える魔法の強さなど、なんら重要とする事柄ではない。
 騎士して採り立てられるならば国を愛し、忠誠の心を持つ者を選ぶべきであろう。
 異邦人であるわたしに、残念ではあるがそのような心など無いのだから、騎士に、などとは戯れにでも言うべきでは無い事だ、女王よ」
「ミスタ・グレン……」

ぽぉっと更に頬を染め、瞳を蕩けさせるイザベラ。
いつもなら自分の誘いを断ったグレンに怒り狂うような場面だったが、まるで気にならないらしい。
むしろ魔法の腕前に感じていた劣等感をグレンに気にする必要はないと言われた気がして、ますます想いに拍車がかかったようだ。
奇妙な生き物を見るようなタバサの目が、いっそう細められる。

「…………ちょっとキモい」

聞こえないほど小声で呟いたタバサの言葉に、給仕として同乗していた数人の侍女がコックリと頷いた。
もしも巷で言われる一目惚れが、神様の仕業だとしたら。
ルイズに一目惚れしたサイトといい、今回のイザベラといい、始祖ブリミルは実に罪深くて悪趣味で―――そして残酷に違いなのだった。


……その夜。
予定の通り一泊する事なにった街の一番高級な宿で、タバサを一番豪華な客室に泊まらせて、イザベラは自分の部屋とした二番目に良い客室で計画の練り直しをしていた。
アルトーワ伯爵の誕生日を祝う園遊会に招待されたのを利用して、伯爵が謀反のために自分を誘拐しようとしていると言う陰謀をデッチ上げ、その護衛としてタバサを影武者にすることで、自分で用意した刺客とタバサを戦わせるというのが、そのたくらみだった。
刺客はガリア裏社会でも恐れられるメイジ『地下水』。その正体は手にした人間を操るインテリジェント・ナイフである。
もちろんアルトーワ伯に謀反を起こす気などまったく無い。ただのイザベラによる作り話だ。
だが、なぜかそんな計画を父王であるジョゼフがもちかけ、支援までしてくれたのだ。
イザベラは『雪風』などと呼ばれる、ちょっと魔法が得意だからと生意気な従妹の醜態をしっかり楽しむつもりだった。のだが……

「と、言う訳でこのわたしが直々にグレンさまを人形娘から引き離す役をしてやるから、わたし達が夜の散歩でムーディーな感じに盛り上がってる間に、お前は生意気にもグレンさまを独占するにっくきチビを泣かせてやるんだよ?」

なんか目的が変わっていた。
そして目的が変わってもやることに変化が無いイザベラ様であった。
ともかく、イザベラは腹心の侍女を呼んで少し控えめな感じの化粧を施させ、派手では無いが品の良い服に着替えると、しずしずと階段を上り、タバサの部屋の前で警護の騎士然として立っていたグレンに話しかける。

「あの、ミスタ・グレン。今宵は二つの月が共に満ちてとても美しい夜ですわ。
 わたくし夜歩きなどしようと思うですけれど、よろしければ、ご一緒していただけないかしら?」

モジモジと両手を合わせて恥ずかしそうな上目遣いながら、女王さま勇猛果敢に攻めています。攻め攻めです。

「誘いは嬉しく思うが、わたしは今王女の護衛をおこなっている。そなたは他の者を護衛に呼ぶが良かろう」

おっとグレンさん、華麗にスルー。

「おや、王女殿下のお誘いを断るなどなんと勿体無い事を。
 騎士どの、ここは私が代わりますゆえ、どうぞお二人でお散歩へ」
「ふむ。それでは頼んだ」

ここで通りがかりの衛視Aを乗っ取ったインテリジェント・ナイフの『地下水』さんがナイスアシスト。
王女さま下向いて「計画通り!」って顔になってます。すっごい悪い顔です。

「あっ。この街、少し足元が悪いみたいだわ」

更に王女さま、宿を出たあたりで17歳にしては豊かな胸を押し付けるようにグレンさんの腕に抱きつきました。
やる気です。本気で攻めに来ています。

「気をつけよ王女。この世界では夜闇を照らす明りも少ない。
 されど夜空の美しさを愛でるときには、それもまた良いことであるな」

しかしグレンさん再びスルー。
余裕です。流石に年齢差二倍となると貫禄が違うぞグレンさん34歳独身。
腕に王女を絡みつかせたまま、悠々と夜空を見上げて目を細めます。

「王女よ。この世界に星座や星星の物語があるのなら教えてもらいたい。
 悲しいかな、わたしはこの美しい夜空に、あまりに馴染みが無いのだ」
「ええ、ええ! 喜んで教えてさしあげますしてよ!
まずあの真北にひときわ明るく輝く星が始祖ブリミルの御魂が昇天したと言う―――」

嬉々としてガリアに伝わる星座物語を語り始める、高揚して微妙に言葉のおかしくなったイザベラさま。
けれど彼女は、とても重要な事を忘れていた。
グレンはタバサの使い魔であり、通常使い魔は主人と視覚を共有できる。
つまり―――

「……全部、見えてる」

従姉姫の、普段は絶対見られない異常行動が、グレンの視点でバッチリ見えているタバサであった。
イザベラはタバサにとって父親の仇の娘ではあるが、なにもイザベラ自身が憎いわけではない。
性格的に色々と問題がある王女ではあるが、彼女なりのプライドをきちんと持っているし、魔法の勉強等も隠れて頑張っている事も知っている。
両親の事に触れられると流石に殺意を抑える事に苦労もするが、正直なところ憎悪の対象になるほど気にする相手では無かった。
母親の事。父の仇を倒す事。数は少ないが学校での友人の事。使い魔の事。後は本の世界だけが、タバサにとって興味のある全てだ。
けれどイザベラのあんな初々しい姿を見せられたら……いつかタバサの魔法が父親の胸を貫くのを見たとき、彼女がどんな苦しみを受けるかと想像すると胸が痛む。
だからこそ、タバサは多くのものに心を向けないようにしていたと言うのに。

溜め息を一つ。
タバサは身長より大きな自分の杖で『ライト』の魔法をかけ、光源と共に布団の下に潜り込んで扉が開くのを待った。
グレンと交代で見張りに立った衛視はイザベラを『王女』と呼んでいる。影武者の自分が居るこの部屋の前で。
つまりは始めからグルなのだ。通りがかりなワケが無い。
それが一目惚れした相手と一時の逢瀬を望む一心なら問題は無い。
けれど超常の魔力を持ったグレンという護衛を自分から引き離す意図を持ってなら、次は仕掛けてくるに決まっている。
案の定、ノックも無しに開かれた扉から仮面を付けた衛視が真っ暗な部屋へと入ってきた。

「お休み中ですか、姫殿下」

扉を閉めてゆっくりと、ベッドに横たわるタバサへと近づく男。
その足取りは豪華な分厚いカーテンに遮られて星明りすら入ってこない客室の暗さを気にした様子も無い確かさだ。

「お芝居は、いらない」

言って跳ね起きるタバサ。
布団を勢い良く捲り上げると、ランプとは比べ物にならない魔法の明りが客室に溢れた。
普通の人間なら眼が眩んで一瞬まともに動けなくなるはずだ。
その中で衛視――『地下水』は正確に魔法を唱えてタバサに向けて放つ。
空気の固まりが敵を撃つ『エア・ハンマー』は、素早く次の一手を撃とうとしていたタバサの魔法と偶然にも同じ。
二つの魔法がぶつかり合い、二人の中間ではじけて消える。

「お見事。さすがは北花壇騎士の『雪風』ですな。しかし何処で私の正体がばれたのやら」
「使い魔」
「なるほど。そう言えば使い魔の視覚は主人と共有される。
 人の姿の使い魔など珍しいので、すっかり忘れていましたよ。
 まぁ、あのマヌケな使い魔殿は幸いにも騙せたようですが」
「違う」
「―――!?」

背後の気配に気が付いて振り向けば、眠らされた女王を腕に抱いた相似の使い魔の姿。
闇の中にあってなお太陽の如き男は、両手の塞がったままで、視線のみを送って魔術を完成させた。

「―――ぐっ!」
「ふむ。これを耐えるとは、その身体はお前の物では無いか」

昏睡している王女の脳と相似にされた衛視の脳が、自ら睡眠状態に落ちようとするのを『地下水』はその支配力で耐え抜いた。
しかし抵抗したカラクリ自体を気取られれば自然と正体もばれよう。
慌てて逃げを打つ『地下水』だが、グレンの魔術がその足を止めた。
同一デザインで作られたガリア王軍衛視のブーツと騎士のブーツが、相似弦で結ばれているのだ。
戦闘を意識してしっかりと脱げ難く設計されているため、最早グレンが足を動かさぬ限り縫いとめられたように動く事は無い。

「降参する。武器は渡すから殺さないでくれ!」

言って、右手に握っていた衛視の杖を足元に捨て、左手のナイフは柄を前に向けて差し出す『地下水』。
両手の塞がっているグレンの代わりにそれを受け取ろうとタバサが一歩踏み出したその時。
窓ガラスを割って円環状の刃物が飛び込んで来た。

「避けよ、刺客」
「うわわっ!?」

言われて咄嗟に跳ぶ『地下水』。
既に間にか足を縛り付ける魔術は解除されていたため、素早い動きで飛来する凶器の軌道から我が身を逸らす。
けれど『地下水』の動きを追うように、刃物――チャクラムの軌道が曲り、襲い掛かった。
銀の弦に結ばれたそれが、窓の外から操作されているのだ。

「相似魔術」

銀弦に目ざとく気付いたタバサが珍しく驚きの声を上げた。
ほとんど同時に飛び込んで来た、銀弦によって結ばれる同じ形のチャクラムが5本。
同じ軌跡を描く武器は、部屋の中の人間を皆殺しにする目的で放たれたに違いない。
だが、その刃は猛威を振るう前に空中に停止する。
相似魔術による物体操作など、グレン・アザレイの前では容易く操作権を奪われるのだ。
間髪入れず窓から飛び込んで来たのは、灼熱した砂の嵐と、帯電した砂鉄を含んだ雷撃。

「精霊大系の魔術で加熱した砂を因果大系の空気ピストンで送り込んだか。
 それに、相似大系で集めた砂鉄を加えた円環大系の放電魔術……四人か」

いずれも初歩的な、けれど破壊的な魔術を部屋に傷一つ付ける事無くに無効化して、グレンはその魔術大系を看破してのけた。
いずれも対熱・対電だけでは防御しきれない、物理属性を加えた複合攻撃魔術だったが、この程度で倒せるようなら『神に似た者』などと呼ばれはすまい。
そのままグレンは軽く手を握り込んで腕を引く動作を行ったが、手ごたえの無さにか首をかしげた。

「雪風の娘よ、この世界に肺から酸素を抜かれても平然としている生き物は居るか?」
「いない」

普通の生き物は酸素が無ければ生きていけないという事実は、このハルケギニアでも知られている。
低酸素下でも生存できる火トカゲや水陸両方で活動するスキュラ、酸素の薄い高空を高速で飛行する風竜なども居るが、それらの種族も魔法的な力や肺とエラの両方を持つなど、なんらかの方法で酸素を得ている。
中にはバグベアードのように呼吸しているのか不明な物や、ガーゴイルのように呼吸など最初から不要の物も存在してはいるものの、そもそもそんな連中は肺も存在していないのだ。
だが、グレンは魔術によって敵の呼吸する空気から数兆の数億乗個に及ぶ酸素分子だけを正確に掌握して抜き取った。
ならば敵は、肺が有って呼吸をしていながら酸素を必要としない奇妙な生物と云う事だ。

「そうか。面妖な事だな」
「下がる?」
「いや、もう逃げた」

主人の問いに使い魔は端的に答え、眠る女王をベッドへと横たえてから窓の外を覗く。
因果大系や精霊大系、円環大系にとっての転移は高等技術だが、
相似世界に生まれた魔導師にとってなら、きちんと教育を受けた者なら子供でも扱える初歩の魔術だ。
ただし、転移先に自分の似姿を強制的につくるようなマネは流石に段違いの高等技術で、それも一瞬で移動などグレン以外は簡単には行えない。
普通は転移先に自分や同行者と『似た』人形を置いておかなければならないし、転移先の様子を知っていなければ『跳べ』ないという制限がある。
だがこんな襲撃をする敵だ。相似魔術師が転移先を用意しない理由が無かった。
案の定、三階の窓から覗いた外には怪しい人間など居はしない。
それどころか大きな物音に気が付いて集まる野次馬の気配すら感じられなかった。
おそらく、因果魔術か精霊魔術を使って音と光を誤魔化していたのだろう。

「今の音はいったい!? 女王陛下はご無事であられるか……」

だが、宿の中には音が聞こえていたのだろう。
宿の外での警備を申し付けられてはいたが、王女とグレンが二人で出て行ったのを見て、これはタバサに会う好機だと、この部屋へと向かう途中だったカステルモール卿が、あわを喰って飛び込んできた。
なにせ影武者であるタバサは彼にとって真の王女であるべきシャルロット姫。
その身が危機にさらされたとなれば、慌てるのも無理は無い。
飛び込んできて、そのまま言葉を失う若き薔薇花壇騎士。
割れた窓と立ち尽くす衛視、油断無く窓の外を覗いていたタバサとグレンまでは良いとして、そこにベッドの上でスヤスヤと寝息を立てる本物の王女が加わっては、何が起こっているのか到底把握できなかったからだ。

「な、なにが起こっているのだ? グレン殿はいったい何時の間に部屋に戻られた?」

そんなカステルモールをおいてきぼりにして、グレンがタバサに告げる。

「少なくとも四人、多ければ六人以上の魔術師による襲撃であったようだな、それも本物の王女を巻き込んでもかまわぬという者達だ」
「…………」

コクリと無言で頷くタバサ。
イザベラや『地下水』とは別口の刺客。それもグレンと同じ異界の魔術の使い手による襲撃だ。
本当にイザベラが狙われているのなら、今の警備体制は十全では無いし、なにより刺客ごっこで遊んでいる場合では無い。
今から必要なのは真に厳重な警備を敷くための、イザベラ達との協力。
二人が視線を向けた先で、『地下水』はバンザイをするように降伏の意思を表していた。

目が覚めて見慣れない天井を見上げて居ると云う事は、イザベラにとって珍しい事では無い。
一国の王女たるもの、多忙な上に趣味人な父王に替わって式典や祝典に招待される事がよくあり、そのために今回のような小旅行に出る機会も自然と多くなるからだ。
今日はアルトーワ伯の誕生日を祝う園遊会に出席するために出立して二日目。
その途上で宿泊した宿の部屋だと、覚醒しつつある脳から思い出してゆくイザベラ。
いつも通りのつまらない公務だが、退屈を紛らわせるための楽しい遊びと、胸をドキドキさせる出会いがあった事も加えて思い出した。
その事を考えてニンマリと笑みを浮かべて、ふと何かに抱きつかれている事に気がついた。
重い。
まさかあの後グレン様とめくるめく一夜を過ごしたのかと、ドキドキしながら横を見て硬直する。
自分と少しだけ似た顔立ちの、青い髪をした小さな少女。
北花壇騎士七号タバサこと、従妹であるシャルロットがあどけない表情で眠っていたのだ。

「母さま……」

その小さな娘が、苦しそうに寝言を吐き出していた。
イザベラのドレスをギュッと掴んで、額に汗を浮かせて。

「母さま、それを食べちゃ……ダメ、母さま……」

ドレスを掴む手の力が更に強くなる。
どうしたものかと流石のイザベラも困ってしまった。
タバサの母親が謀反の咎で名誉と貴族の権利を剥奪されている事は知っている。
父親である、イザベラにとっては優しい伯父であったオレルアン公が事故で死んでいるという事もだ。
だが、どんな風に謀反を企んでいたなどの詳しい話は知らされていなかった。
女官や家庭教師に聞いても、なぜか話を逸らされるからだ。
だから元の所領だった王国直轄地の邸で、蟄居を命じられているというタバサの母親がどんな状態なのか、イザベラは知らない。

「フ……フン。寝ぼけて母親の名前を呼ぶなんて、人形娘も所詮子供よね」

だから普段無表情を通すこの従妹が、こんなに辛そうな、切なそうな顔を見せる事に驚いてしまう。
憎まれ口を叩きながら、自由になる頭を助けを求めるようにめぐらせるイザベラ。
そのせいで、自分の右手が握っている物に気がついてしまった。
白刃を輝かせる鋭利なナイフが、自分の手にしっかりと握られていたのだ。

「ひっ!?」

状況を考えるとこれはダメだった。ダメダメすぎだ。
自分が潜り込んだのか、相手がそうなのかは判然としないが、シャルロットと同衾している自分の手にナイフ。
いくらなんでも従妹を自分の手で刺し殺そうなどと考えるほど憎んでいるワケでは無いし、そんな度胸も無い。
しかし状況証拠が、まるで自分がタバサを殺そうとしているようにしか見えないのだ。

「ちょ、なによこんなナイフ、わたしは知らないわよ!」
『それはつれないお言葉ではありませんか、姫殿下』
「地下水!?」

心の中に直接響いた言葉にイザベラはナイフの招待に思い至った。

『万が一に備えて姫殿下を守れるようにこうして待機していたと言うのに、知らないなどとは心外です』
「万が一? 守る? なにをワケの判らない事を言ってるのよ?」
『昨夜正体不明の刺客に襲撃を受けたのですよ。
 その場に居た私も影武者も殿下もまとめて吹き飛ばすような魔法を使って、ね』
「冗談じゃないわ! 刺客ですって!? アルトーワ伯の仕業なの!?
 それとも国内の反乱勢力の仕業? あるいはアルビオンで王制打倒を叫んでる連中が?
 ともかく誰だろうと王女を狙うなんて許されないわよ! 即刻捕縛して首を刎ねなさい!」
「正体不明」

イザベラの声が大きかったためか、ムクリと起き上がったタバサが短くそう告げた。
汗は既にぬぐったのか、いつもと変わらぬ氷の彫像のような無表情だった。

「敵はとても強力。もう刺客ごっこで遊んでいる余裕は無い」
「ししし刺客ごっこ? 言いがかりをつけるなんて、さすが謀反者の――」
「『地下水』から全部聞いた」
「うぐっ!?」
「でも改めて狙われている貴女から聞きたい。アルトーワ伯は本当に怪しいの?」

じっと自分を見つめてくる湖水のような透明な瞳。
その圧力に負けそうになるが、ここで素直になるにはイザベラのプライドは高すぎた。

「な、なによ。アンタはもう王族じゃないのよ。わかってるの?
 そのアンタが王女を詰問するなんて、許される事じゃないんだからね!
 ちょっと魔法ができるからって、調子に乗るなんて身の程知らずもいいところよ」

脅すようにそう言うが、湖水の瞳は小揺るぎもしなかった。
吐息が触れそうな距離で、タバサがポツリと付け加える。

「刺客の魔法は私なんかよりはるかに強い」

息を呑む王女。
普段散々貶してはいるが、この従妹の魔法の腕が本物だという事は十分に知っている。

「それも、場合によっては私達の人数より多い」

それが決定打だった。
タバサの言葉は、いざとなったら守り切れない恐れもあるという意味だ。
吸血鬼を難なく討伐してきたような北花壇騎士以上の魔法の使い手などに襲われたらひとたまりも無い。
相手の目的がイザベラの命なら、他の仲間にタバサ達が足止めされている間に簡単に殺されるだろう。
ならば少しでも犯人特定を早めなければいけない事ぐらい、ワガママ王女にだって判る事だ。

「アルトーワ伯は白よ。もう真っ白。
 王都の動向も気にせずに田舎で平和に過ごしてる、ただの平凡な地方貴族よ」
「そう」

コクリと頷くタバサ。
その短い言葉に、咎も無く謀反人にでっち上げられた伯爵への憐憫と、イザベラへの静かな怒りが込められている事に気がついたか。
イザベラはふと思いついたようにタバサに聞く。

「ところで人形娘。私達って、誰から誰までの事なのよ?」
「私と『地下水』とグレンとカステルモール卿の4人」
「では、今後の警備をいかにするか考えるとしよう」

タバサが答えた途端、部屋の窓側にグレンが、入り口の前にはカステルモールが現われた。
自分の背後と前面の光を『相似』にする魔術で隠れていたのだ。

「ググググ、グレンさ……ミスタ・グレン!?」
「存外普段の態度は快活なのだな女王よ。そのような元気さも好ましい」

フォローを入れるグレンの言葉に、ボッと顔を赤くするイザベラ。
頭の中では「好ましい」の一言がグルグルと渦巻いていた。
そんなイザベラ様子を、わかっていながら余裕で流してグレンは告げる。

「敵はこの国のものとは別の魔法大系を操る魔導師複数人。
 姿を変える魔術や人の心を改竄する魔術を操る者も居る。
 わたしとて離れた場所に分かれた二人を同時には守りきれるとは言えぬゆえ、
 これより我等5人、常に行動を共にするとしよう」

その言葉に3人がコクリと頷いた。
ただし、イザベラが頷いたのは『地下水』が同意を表したからだ。
肝心なイザベラ自身は「いつも一緒……いつも一緒だなんて……キャー」とうわごとのように呟くばかりだった。



同じ頃、ガリア王宮。
玉座に座した青い美髯の偉丈夫に、しなだれかかる女が一人。

「ホンマにワルいお人やなぁ。自分の娘に惚れ薬を盛るやなんて……しかも刺客まで送って「殺しても良い」やなんて、トンでもない悪党やぁ」
「なに、それで神の如き男を縛り付けられるのなら、安いものであろう?」

ガリア王ジョゼフは、笑いすらせずにそう言い切った。
自分の娘すら、謀略の駒でしか無いのだと。

「あの薬はアンドバリの指輪を使ってシェフィールドが調合した特別の薬。 まず数年は効果が切れたりはせぬ」
「そんでも、あの男はんは目的のために殺せる男や。たとえ自分に惚れてる相手でもなぁ」

大きく胸元の開いたガリア仕立のドレスを着たジェルヴェーヌ・ロッソが警告する。
彼の『地獄』でのおこないなど知らずとも関係ない。
一目でもあの太陽のような男をみれば、魔術師になら誰でも理解できる。
物質文明という名の寄り合い所帯を作り上げて、集団で情や愛を交わして社会を構築して、集団になる事で世界と相対して生き延びようとする地獄人やこの世界の住人とは違うのだ。
魔法使いとは、自身が身につけた奇跡によってのみ、ただ独り世界と相対する者。
情愛などで曲げられない、強く苛烈な意思持つ者の頂点に、グレン・アザレイは立っている。

「かまわぬとも。鎖になどならずとも、わずかに絡みつく糸となるのであればな。アルビオンで踊る道化どもが、もうしばらく拙い芸を見せる時間が稼げればそれでよい」

そんな事は重々承知しているとでも言うように、ジョゼフ王は答えた。
彼もまた、たった一人知略をもって世界の全てに戦いを挑んだ男なのだから。
全ての争いの糸を引く、瞳に狂気を浮かべた人形遣いは独白する。

「その結果お前が殺されたなら、我が謀略の駒として死んだとしたら、おれの心はどれほど痛むのであろうな? 血を分けた一人娘の死が、どんな痛みを与えてくれるのか。
 おれは今から、それが楽しみでならないのだよ、我が愛するイザベラよ」

歓喜と悲哀に満ちた言葉が吐息のように零れ落ちた。
待ち望むように、忌避するように、狂える王は来るべき未来を見通すように目を上げる。

「ミューズよ、余のミューズよ、聞こえているだろう?
 刺客を送るのだ。休ませるな。疑いを向けさせてはならん。
 彼等が恐るべき悪意にイザベラと我が姪が狙われていると思うように、本当に殺すつもりで襲わせるがいい」

虚空に響く指令は、確かに誰かに届いたのか。
その場に居るジェルヴェーヌにはただウツロであるように聞こえる。

「ヒドイお人やなぁ。そうやって、なんもかんもワヤにしてまうおつもりかいな?」
「どうせ全てが造られたモノなら、全て滅んで何の差しさわりがあろうものか……なぁ、シャルル?」

今は居ない誰かに向けられた王の言葉も、宮殿の高い天井へと消えてゆくだけだ。







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