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封仙娘娘異世界編 零の雷 第二章 その二

 三


ヴェストリの広場は魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭である。
日中でも余り日の差さないこの場所は、まさに決闘にうってつけと言える。
そして今、二人の男が己の誇りを賭けた真剣勝負に挑もうとしている。

……と、言うことになっているようだ。

「……で、何でこんなことになっちゃってる訳……?」
丸一日振りの食事を終え、幸せの絶頂にあったルイズだったが、一気に不機嫌へと引き戻されてしまった。
殷雷はポリポリと頭を掻いた。
「まぁ、ありのまま起きたことを話すと、だ。
 そこのギーシュって奴が落とした小壜を拾ってやったと思ったら、いつの間にか決闘を挑まれていた」
「何を言ってるのか全然分かんない」
「……俺にもさっぱり分からねえ」
まぁ、ギーシュの方が一方的に絡んできた、と言うことなのかもしれない。
にしては、やけに目が虚ろに見えるのは気のせいだろうか……?
「あ、あの……ミス・ヴァリエール」
――と、メイドの少女がおずおずと話しかけてきた。さっき強引に殷雷を引っ張り込んだ娘だ。
確か、名前はシエスタだったと思う。
「ごめんなさい! 私がその方を無理矢理手伝わせてしまったばっかりに……!」
殷雷は事も無げに言った。
「俺の方は別に構わん。どうせ、俺が居なくても誰かが代わりになっただけだ」
……実のところはそうでもなかったりするのだが、彼らには与り知らぬ話である。
「本当は貴族同士の決闘は禁じられてるんだけど……一方が使い魔だったら良いのかしら?」
何故二人ともそんな平然としていられるのだろう。シエスタには信じられなかった。
「平民が貴族と戦ったりしたら、死んでしまいます!!」
ルイズは全く動じない。
「あー、大丈夫大丈夫。こいつは平民じゃないから。あれ、知らなかった?」
「え……?」
「こいつ呼ばわりかよ。まぁ、相手にもよるがな。――で、どうなんだ? あいつの実力は。
 身体能力は大したことなさそうだが、魔法の方は見てもよく分からん」
「『ドット』にしてはなかなかの使い手だって聞いてるけど……まぁ、大丈夫でしょ」
「え? え?」
「微妙な話だな。まぁ、油断するつもりはないがな」
殷雷は首をコキコキと鳴らし、ギーシュの方へと向かっていった。

――せっかくだ。もし余裕があるようなら、『あのこと』を確かめてみよう。

広場を盛大な歓声が包む。
「ふ……フン。よく逃げなかったね。それだけは誉めてやろうじゃないか!」
そう言うギーシュの顔は汗まみれだった。心なしか声も上ずっている。
「…………貴族って奴も、大変だな」
殷雷は相手にだけ聞こえる声で、呟いた。
一瞬ギーシュの顔が泣きそうに歪んだが、すぐにまた余裕の表情を取り繕う。
なんかもう、ヤケクソである。
「ではッ――ゴホン。では、行くぞ!!」
ギーシュが手に持った造花の薔薇――どうやらこれが彼の杖のようだ――を振ると、一枚の花びらが舞う。
そして、それは一瞬にして金属製の人形へと変化した。
人間と同程度の大きさの、甲冑を纏った女戦士の像。
「僕の二つ名は『青銅』――青銅のギーシュだ。君の相手はこの青銅のゴーレム、『ワルキューレ』が務めよう。
 ……卑怯とは言うまいね?」
傲岸な表情を作りつつも、その眼が「お願い。言わないで」と訴えていた。
……さすがにいい加減哀れになってきた。
だが、殷雷としてもこちらの方が好都合だった。
「俺は一向に構わん。――来い」
『ワルキューレ』の拳が、殷雷へと躍りかかった。

 *

『ワルキューレ』が拳を放ち、殷雷が身を反らす。
殷雷が『ワルキューレ』の胴体に蹴りを撃ち込むが、『ワルキューレ』は構わず反撃する。
一人と一体が同時に蹴りを放ち、中央で激突する。
傍目には、それは一進一退の攻防に見えた。だが――
『ワルキューレ』を操るギーシュには分かった。圧倒的に不利なのは、自分の方だ。
『ワルキューレ』と同様、殷雷も何発か攻撃を受けている。だが、手応えがほとんど感じられない。
おそらく、打撃が命中する瞬間にわずかに身を退き、ダメージを軽減させているのだろう。
口で説明するのは簡単だが、なかなかに高等な格闘テクニックだった。
……そもそも、これほどの動きが出来るのならば、『ワルキューレ』の攻撃が当たること自体がおかしいのだ。
手を抜いて、こちらの実力を計っているのだろう。
――で、一方の『ワルキューレ』はと言うと。
動きに影響はないようだが、あちこちに細かいヒビが入っている。
青銅製のゴーレムだから良かったものの、もしこれが生身の人間――ギーシュ自身だとしたら。
身体が震えた。
……変に格好つけて、余裕を見せている場合ではない。

一方殷雷は、心の中で首を捻っていた。
幸いなことに、この『ワルキューレ』とかいう金属人形は大した脅威ではない。
だから、適当に手を抜きつつ、昨日の不思議な感覚を確かめようとしていた。

――ルイズを操り、疾走した時のこと。

殷雷刀には使い手の身体を操る能力はあっても、その力を引き出す能力は無い。
殷雷の力を百、ルイズの力を一としても、その力は百一にはならず、百のままだ。
その、はずだった。

あの時のルイズと殷雷の力は、二百を超えていた。
……おかげで制御を誤り、ルイズに怪我を負わせてしまったのだが。

今の殷雷に、あの時の異様にみなぎる力は感じられない。
あの時と今。何が違うのかは、一目瞭然であろう。
――だとすれば、やるべき事は一つ。

「このままではキリがないね……悪いが、決めさせてもらうよ」
ギーシュは造花の薔薇を振り――新たに二体のゴーレムが現れる。
一対三。殷雷の圧倒的不利に見えた。
――ここで一度、殷雷はその身を退ける。
そこには、成り行きを見守るルイズが居た。

「少し休憩するぞ。
 ――選手交代だ。行くぞ、ルイズ」

 *

「『ガンダールヴ』……か」
学院長室では、ミスタ・コルベールが興奮気味にまくし立てていた。
「その通りです! 始祖ブリミルの……伝説の使い魔!!」
オスマン氏は、コルベールに手渡された紙――奇妙な文字のような紋章がのたくっている――から視線を上げた。
「それが、例の……インテリジェンスソードの青年に刻まれたルーンと?」
「一致したのです!!」
こうして顔を真っ赤にさせていると、まさに茹で蛸じゃな……などと、つい場違いなことを考えてしまうが
もちろん口には出さない。
「――で? 君の結論は?」
「あの青年は、『ガンダールヴ』です!!」

始祖ブリミルが使役したという四体の使い魔の内の一人、『ガンダールヴ』。
始祖の使う魔法は強力ではあったが、それ故に呪文の詠唱時間も長かった。
その間無防備な主人を守護するのが『ガンダールヴ』の役目。
その力は千人の軍隊を一人で壊滅させるほどであったという。
『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなした。
その姿は不明だが、上記から推測するに、恐らく手や腕はあったのだろう。

「――しかし、おかしくはないかの?」
「何がですか?」
オスマン氏は、素朴な疑問を口にした。
「その彼が言うには、真の姿は剣の方なのじゃろう? 剣には手も足も生えてはおるまいに」
「……武器が、武器を使った、のでしょうか」
とても、納得の出来る話ではなかった。

その時、ドアがノックされた。
「誰じゃ?」
「わたくしです。オールド・オスマン」
ミス・ロングビルだった。
彼女は扉越しに話を続けた。
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒達がいるようです。止めに入ろうとした教師がいたようですが、
 興奮した生徒たちに邪魔されてしまったとか……」
「決闘ぉ? かー、暇と血の気の有り余った貴族というのはこれだから始末が悪いわい。
 で、当事者の名は?」
「ギーシュ・ド・グラモンと、もう一人は、その……」
ロングビルは口ごもった。
「グラモンの所の小僧か。またどうせ女絡みじゃろうて。
 で、相手は誰じゃ?」
「……ミス・ヴァリエールの使い魔です。噂の」
オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。
「教師たちは、『眠りの鐘』の使用許可を求めているようですが……」
「うむ。……いや、却下する。所詮は子供の喧嘩じゃろう。
 いちいち秘宝など使ってどうする。放っておきなさい」
「分かりました。では、そのように」

ミス・ロングビルの足音が遠くなったのを確かめると、オスマン氏は杖を振った。
壁に掛けられた大きな鏡に、ヴェストリの広場の様子が映し出された。

 *

『ちょ、ちょっとインライ! さっき言ったでしょ! 貴族同士の決闘は禁止されてるのよ!?』
『使い魔を戦わせてる時点で同じ事だろ。さっさと覚悟を決めろ。
 今度はちゃんと手を離さないようにしてある』
殷雷は刀の姿に戻り、ルイズの右手に持たせていた。――半ば無理矢理に。
しかもご丁寧なことに、ルイズのハンカチでその手をきつく固定している。
殷雷の腕力で結ばれたものなので、例えルイズが拒んだとしてもそれを解く術はない。
……一種の脅迫じゃないの、これは。
鞘を押しつけられたシエスタは、目を丸くしながら辺りを見回している。
「え? え? あれ? れ? あ、あの……あの方――インライさんはどちらに?」
ルイズは答える。
「俺ならここだ。この刀が俺の本性。今、ルイズの身体は俺が操っている」
それはルイズの声だったが、その口調はまさに殷雷のものだった。
元々吊り目がちだったその眼光は、今や猛禽類と見まごうばかりに鋭くなっている。
「ちょっとインライ。私の声で勝手に喋らないでよ」
「今の俺には口が無いのだから仕方なかろう。我慢しろ」
「あ、あんたねえ」
事情を知らない者が見れば、それは怪しげな一人芝居にしか見えなかっただろう。

ギーシュは呆然としていた。殷雷が突然爆発し、その姿を消したからだ。
恐らく、ルイズの持っている剣が、彼の本当の姿なのだろう。
話には聞いていたが、まさか本当だったとは……
――しかし、考えてみればこれはむしろ好都合なのではないか?
確かに殷雷の力は相当のものだったが、その殷雷は今は剣に姿を変えている。
それを操るのは、ルイズだ。
……これなら、勝てるのではないか。

「――さて、と。じゃあ再開するか」
ルイズの声で殷雷は喋る。
「僕には女性を傷つける趣味はないのだがね。
 君がどうしても、と言うのなら相手になってあげても良いだろう」
ギーシュの声色はさっきとは明らかに異なっていた。
ルイズは不敵に微笑んだ。そうだ。その方がこちらとしてもやりやすい。
「御託はいい。さっさと来い」
三体の『ワルキューレ』は先ほどとは違い、その手にそれぞれ大剣、槍、槍斧が握られている。
その内の一体――大剣を持ったゴーレムが襲いかかってきた。
――ルイズの左手が、強い輝きを放つ。

閃光が走る。

次の瞬間、『ワルキューレ』はその身を両断されていた。

「え」
「あれ」

辺りが静まり返る。
何が起きたのか、理解できた者はこの場には存在しなかった。
ギーシュも。――刃を振るった、ルイズ自身でさえも。
ただ一人――いや一振り。殷雷刀だけが、この状況を正確に認識できていた。
『――なるほど。うむ。大体分かった』
『な、何? 何が起きたの? 今、何をしたの!?』
『変わったことはしていない。ただ、斬っただけだ』
――ギーシュが最初に我に返った。
「ワ……『ワルキューレ』!!」
残る二体のゴーレムを突っ込ませる。
左右から迫られたルイズの身体が、わずかに左右にぶれる。

二体のゴーレムは同時に寸断された。

そしてギーシュが、己が無防備になったことを悟る暇もなく、殷雷刀が彼の喉元に突きつけられた。
「ま……まいっ」
だが、ルイズはニヤリと笑うと、彼にだけ聞こえる声で、それを遮った。
「せっかくの決闘だ。
 もう少し楽しませてやらねば、せっかく集まってくれた観衆に申し訳なかろう?」
「え――?」
「いいから、俺の言う通りにしろ。なに、悪いようにはせん」

 *

その場にいる誰もが決着がついた、と思ったその時。
――ルイズの身体は後方へと大きく弾き飛ばされた。
何度も地面を転がり、その勢いのまま跳ね起きる。
「……やるじゃない。まだこんな力を残していたとは、油断したわ」
ルイズは不敵に笑う。それは殷雷刀の笑みだった。
ギーシュも笑う。そして、造花の薔薇を掲げた。
「僕のこの薔薇には、まだあと四枚の花びらが残っている。
 ――それが、何を意味するか分かるかい?」
ルイズは驚きに目を見開く。
「ま…まさか!」
「そう。まだ僕は、四体の『ワルキューレ』を残しているのさ!!」
ギーシュが薔薇を振り、四枚の花びらが舞う。
そして、現れるのは四体のゴーレム。
「くうっ……!」
ルイズはギリリと歯を鳴らす。絶体絶命のピンチが訪れていた。
観衆は息を呑み、この死闘をただ見守るばかり。

……一方、それを冷ややかに見つめる女が一人。
『……よく言うわ』
ルイズである。
『これくらいの演出があった方が盛り上がるだろう』
『確かに盛り上がってはいるけどね……私としてはむしろ寒いわ』
『少しは辛抱しろ。これは、あのギーシュって奴へのちょっとした礼だ』
礼? ……この茶番劇が? ……そもそも何の?
四体の『ワルキューレ』は間近に迫っていた。

一体目のゴーレムが大剣を振り下ろし、ルイズは殷雷刀でそれを受け止める。
その背後から、二体目のゴーレムが肩に担ぎ上げた戦斧を袈裟懸けに振り下ろす。
一体目の押し込む大剣の軌道をルイズは刀でずらし、その膝を借りて真横へと飛んだ。
耳の横を戦斧の一撃が掠める。
錐揉み回転したルイズは側頭部そして肩で着地し、同時に脚を回してまるで駒のような垂直倒立を披露する。
純白の下着が衆目に晒されたかと思うと、戦斧を持ったゴーレムが体勢を崩した。
見れば、両足首が寸断されている。
倒れかけたゴーレムを後押しするかのように、倒立から両膝をそろえてゴーレムの後頭部に叩き込んだ。
地面と膝の挟撃に堪えきれず、青銅の兜が音を上げて割れた。
あと三体。
拳から棘の生えた三体目のゴーレムがルイズを追い込むように素早い連撃を撃ち込む。
ルイズはそれを回避し、時には捌くが段々と後退を余儀なくされていく。
背後には槍を持って待ち構える四体目。
青銅の甲冑の重みを十二分に載せた踏み込みが、そのまま槍の威力となって突き出される。
ルイズは身を捻り、槍はその腹を掠めて通り過ぎる。
空を切った槍に空いた手を添え、強く地面を蹴り一瞬だがその上に飛び乗った。
槍を足場に正面のゴーレムを飛び越え、手から地面につければ身体を折りたたむように身を縮める。
縮めきったその力が逃げぬうちに、腕立てをするように地面を手で押し、背後に向かって蹴りだす。
逆蹴りを背中に受けた三体目のゴーレムは、突き出された槍に飛び込む形で腹部を貫かれた。
四体目のゴーレムが同胞ごと槍を手放すが、武器を失った者は最早敵でもない。
その時には既に体勢を立て直していたルイズは、殷雷刀でその胴体を両断した。
あと一体。
最初の、大剣を持ったゴーレムである。
距離を取り、攻めあぐねるルイズにゴーレムが襲いかかる。
上段から振り下ろす剣に対し、ルイズは殷雷刀を下段から振り上げた。
剣が飛ぶ。
腕の無くなったゴーレムの顔面に、ルイズは光り輝く左拳を叩き込んだ。
頭部を砕かれ、最後のゴーレムは地に崩れ落ちた。

一瞬の隙も逃さず、ルイズはギーシュへと突貫する。

――そして。

ルイズとギーシュ。二人の刃は、互いの心臓に同時に突きつけられていた。
ギーシュの持つ剣は、最後のゴーレムが持っていた物だ。
弾き飛ばされた大剣は、ギーシュの手の中に収まっていたのだ。

やがて、どちらからともなく刃を退いた。
「引き分け――だな」

――うぉおおおおおおおおおおおっ!!

先ほどまで静まりかえっていた観衆が、賞賛の大歓声を贈る。
死闘を演じたルイズとギーシュは、固い握手を交わすのだった。

 *

盛大な拍手と歓声の嵐に沸くヴェストリの広場。
オスマン氏は『遠見の鏡』を解除した。『鏡』はただの鏡へと戻る。
「オールド・オスマン」
コルベールが震えながら口を開く。
「あれが、『ガンダールヴ』の力なのでしょうか……?」
「……それを言い出したのは君の方じゃぞ、ミスタ」
二人にも、この事態を理解できたとは言い難かった。
「……気付いたかね? ミスタ・コルベール」
「ミス・ヴァリエールの左手の事……でしょうか」
殷雷刀を握った時、彼女の左手の甲は確かに輝いていた。
しかも、殷雷に刻まれたルーンと同じ形に。
「ありとあらゆる武器を使いこなす伝説の使い魔、『ガンダールヴ』。
 その正体は主人の身体を操り、己を武器として扱わせる魔剣だった……そういうことなのでしょうか」
「主人そのものを武器扱いしているのかもしれん。……まぁ、同じ事じゃがな」
これが事実なら、伝説を根底から揺るがすことにもなりかねない。
「……ま、かつての『ガンダールヴ』が全く同じような存在だった、とも言い切れんがの。
 もしかしたらただの突然変異かもしれん」
それはそれで、とんでもない話には違いないのだが。
「この一件……王室に報告するべきでしょうか」
「それはやめておけ」
オスマン氏は即答した。
「どうせ、戦の道具として利用されるのがオチじゃろうて。
 宮廷の連中は戦争好きじゃからのう」
「……分かりました。ではこの件は、内密に」

(…………『ガンダールヴ』。伝説の使い魔、ね……フフッ)
――気配を殺し、部屋の外で聞き耳を立てている人物の存在に、二人は気付いていなかった。

 *

未だ賞賛の雨の降り注ぐ中、どうにも白けた顔が一つ。
「何だかねぇ……」
ルイズは呆れとも照れともつかない複雑な表情を浮かべるばかりだった。
「誉められてるんだ。素直に喜べ」
殷雷は既に人の姿に戻っている。
「僕としては、礼を言った方が良いのかな?」
観衆に手を振っていたギーシュが、小声で話しかけてきた。
「本来なら、問答無用で叩き伏せられても文句は言えない状況だったのに
 ……何故、僕に花を持たせるような真似を?」
それはルイズにとっても大きな疑問だった。
殷雷は肩をすくめて答えた。
「何。武器の宝貝として、己の能力を把握するのは重要だからな。
 早い内に気づかせてもらえた礼だよ」
……殷雷の言ってることは二人には理解できない。
その時、観衆の中の、金髪縦ロールの女生徒とギーシュの目が合った。
「……モンモランシー」
もしかして、ずっと見ていてくれたのだろうか。
モンモランシーはすぐに目をそらしたが、よく見ると顔が赤い。
殷雷が黙って肩に手を置く。
「……ありがとう、インライ。いつか、恩返しをさせてもらうよ」
「期待しないで待っていよう」
殷雷は笑う。ギーシュも笑う。
――ルイズは、笑っていなかった。
「盛り上がってるところ悪いんだけど」
何やら、非常に不穏な空気。
「――この制服、どうしてくれるのよ!!」
彼女の制服はズタボロだった。ゴーレムの攻撃を常に紙一重で躱していた代償である。
……生々しい、戦禍の傷跡であった。

しかも、考えてみれば今日これで二度目ではないか。

「……何かを成すために、犠牲は避けられないのか。
 その答えを見つけることが俺の、人生の課題だ」
「全然綺麗にまとまってない!!」

……やっぱり駄目か。


 四


時は夕刻。
シエスタに誘われ、厨房へと足を踏み入れた殷雷を迎えたのは、料理人たちだった。
その中の代表者は恰幅の良い中年。料理長のマルトーである。
「おお!『我らの包丁』だ! 『我らの包丁』が来たぞ!!」
――殷雷が披露したのは見事な足ズッコケだった。
殷雷はガクガクと震えながら立ち上がり、これまたガクガクと震える声で懇願した。
「……た、頼む。そのほ、包丁というのだけは、勘弁してくれ」
「謙遜するこたぁねえさ! 昼間のお前さんの包丁捌き、俺は惚れ惚れしたね!
 ――おっと、昼間は悪かったなぁ。こき使っちまって」
謙遜ではない。断じて謙遜ではない。
「……せめて、『我らの刀』で頼む」
殷雷に対し、『包丁』は禁句であった。

「――それにしても、爽快だったよなぁ!!」
ギーシュとの決闘の話だった。
「あのクソ生意気な貴族の小僧を、あそこまで派手にのしちまうとは、信じられねえぜ!!
 大したもんだなぁ、インテリジェンスソードってのは!」
「……あれは、引き分けだ」
「なーに言ってんだ! へっへっ、臭い芝居しやがって!!」
……バレている。まぁ、殷雷は武器の宝貝であって、演技は本職ではないのだ。
少しくらいは大目に見ていただきたい。
――と、そこへシエスタが料理の入った皿を運んできた。
白い汁物と、これまた白く、ふかふかとした物。
どちらも良い香りがする。
「これは?」
「俺のおごりだ。遠慮せずに食いな」
「……ではなく、料理の名前を聞きたかった」
どちらも、異世界出身の殷雷には馴染みの無い物だった。
シエスタがくすりと笑いつつも教えてくれた。
「こちらはマルトーさんの特製シチュー。こっちはパンです」
匙を手に取り、シチューを口に入れる。
「美味い……」
そう言えば、物を食べるのは何日振りだろう。
宝貝回収の旅の最中は、割りと食事には気を遣っていたが、仙界に戻ってからは何も食べていない。
元々、宝貝である殷雷に食事を摂る必要はないのだが。
言ってみれば、これは一つの趣味である。

――殷雷って、結構道楽な宝貝だよね。

かつての相棒の言葉が殷雷の心をえぐる。
違う。違うぞ。武器の宝貝として、時には人間の振りをしなければならないことがある。
その時、食事の作法が分からないでは話にならないではないか。
現に今も、目の前の料理の名前が分からなかった。
だからこれも、武器の宝貝としての一つの鍛錬なのだ。
……心の中でつい言い訳してしまうのは、やましいことがあるからか。

などと考えていると、マルトーが何かを思い出したように手を打った。
「そうだ! 忘れるところだった! シエスタ、アレを持ってきてくれ」
シエスタは頷くと、大きな酒壜を持ってきた。
マルトーは上機嫌で続けた。
「へっへっへ。昨日、ウチの若い奴らが買ってきたんだがな。これがまた――おっとっと」
酒を壜から透明な湯呑み(グラス、と言うらしい)へと注ぎ、殷雷の前へと差し出す。
「酒は飲める方かい?」
「いくらでもな」
「じゃ、一気に!」
勧められるまま、かすかに燐色の帯びたその液体をあおる。

グビリ。

殷雷の動きが止まる。
「どうだ。すげえだろこの酒。いや、俺もついさっき初めて飲んだんだがな。ビックリしたぜ!
 こんなうめえ酒があるなんてよ。今まで俺は何を飲んできたんだって、ちょっと絶望しちまったね」
グラスを持つ手がかすかに震える。
「喉越しの良さに後味の清涼感。それにこのかすかに漂う薔薇の香りが――どうした?」
殷雷の様子がおかしい。
機嫌良く笑っていたはずの表情からは、何も読み取れなくなっていた。
重々しく口を開く。
「これを買ってきたのは、誰だ……?」
「ん? あぁ……あ! そういえばあいつら! 一体何してやがるんだ、急に無断で休みやがって!!
 おかげで今日は忙しすぎて死ぬかと思った!!」
「誰が買ってきたんだ……?」
「いや、ここにはおらんよ。昨日買い出しに行った奴ら、全員無断欠勤しやがったのさ。
 全員だぞ!? 全くよぉ」
「そうか……」
殷雷は一度目を閉じた。

しばしの逡巡の後、目を見開き、厨房中に告げた。
「連帯責任だ。お前ら全員飲め」


――翌日、アルヴィーズの食堂は臨時休業した。

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