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Mr.0の使い魔 第二十三話

 昨夜から続く雨は、翌朝になってもやむ気配を見せなかった。

「まだ、降ってんのか」

 ベッドから身を起こしたクロコダイルは、窓の外を見て心底嫌そうな
表情を形作った。
 悪魔の実の能力者は、海を始め水全般を苦手とする。体の一部でも水
に浸ればその力を著しく制限され、全身が水中に没すれば浮く事も泳ぐ
事もできずに溺れてしまう。
 中でも『スナスナの実』によって砂を操るクロコダイルの場合は、雨
やシャワーといった流れる水、血液のような液体ですらも能力を封じる
大敵だ。水分を含んだ砂が凝固し、強制的に元の肉体へと戻ってしまう
のである。悪魔の実の能力を使わないでの戦闘経験もあるにはあるが、
デルフリンガーの存在を上乗せしてなお、正面きっての戦いは避けたい
のが本音だった。

「遅いお目覚めだね、旦那。天気は悪いが、気分はどうだい?」
「……最高に最悪だ」

 デルフリンガーの茶々を聞いて、クロコダイルは余計に顔を顰めた。


 Mr.0の使い魔
  —エピソード・オブ・ハルケギニア—

     第二十三話


 デルフリンガーを携えて一階の酒場に向かうと、少年少女は既に食事
を終えかけていた。特にタバサの近くには空の皿が十数枚、高々と積み
重なっている。一皿にどんな料理がどれだけ盛られていたかは知らない
が、一人で食べたのだとしたら驚きだ。おまけに、タバサは今も黙々と
サラダを口に運んでいる。他の面々は、いくらか料理の残った皿を前に
満腹になってしまったようだ。
 と、一人足りない事に気づいて、クロコダイルは首を傾げた。

「子爵はどうした?」
「桟橋の様子を見て来るって。この雨で出港が延期になるかもしれないから」

 答えたのはルイズである。

「たかがこの程度の雨で?」
「たかがじゃないわよ。フネにとって、天気は死活問題なんだから」

 「空を嘗めている」と憤慨したルイズは、クロコダイルにフネの特徴
と空の怖さを滔々と説いた。
 空を飛ぶフネというのは、海に浮かぶ船以上に気象条件に左右される
代物だ。空中に浮かべるだけの浮力は『風石』という特殊な鉱石で確保
しているが、推進機関は積んでおらず、海の船と同じくマストに張った
帆に風を受けて前進する。方向転換は普通の舵ではなく、左右の舷側に
突き出た羽を用いて行うのだ。
 それらの特徴を持つフネにとって、悪天候は直接死の危険につながる。
雲に視界を塞がれて航路を見失う、強風に煽られて船体が傾く、雨粒の
連打による下向きの加圧で風石を消費する、マストに落雷して炎上轟沈
する……等々、事故の要因には事欠かない。特に、風石はフネに浮力を
与える最重要物資である。海では何もなくとも海水によって浮力を得る
事ができるが、空では風石の消失と浮力の消滅、すなわち墜落が同義語
なのだ。余計な時間を飛んで風石がなくなれば、行き先が“冥府”に変更
されかねない。
 故に天気の悪い時は出港を中止し、船体を桟橋や大地に固定して天候
回復を待つのである。余程の急便や軍事行動の最中でもない限り、これ
は絶対の原則だった。
 こうも詳しく解説されると、クロコダイルも頷かざるを得ない。

「つまり、雨が上がるまではここで足止めか」
「こればかりはどうしようもないわ。あんまりのんびりする訳にもいかないけど」
「あら、そんなに急ぐような用事なの?」
「べ、別に何でもないわ。そもそもあんたには関係ない事よ」
「いいじゃない、少しぐらい教えてくれても」

 口を挟んだキュルケとルイズの口論をよそに、クロコダイルは空席に
腰を落ち着けた。ワルドの単独行動は気になるが、明確な敵意を示した
訳ではない。警戒は必要としても、今はまだ自分一人で十分だ。真偽の
不確かな情報は、その手綱を握って操る事にこそ価値がある。
 未だにわいわいと騒ぐルイズ達を一瞥し、クロコダイルは遅めの朝食
に手をつけた。


 時刻は正午を少し回ったくらい。
 雨の降りしきる中、ワルドは桟橋からの帰路についていた。たっぷり
時間をかけて停泊中のフネを全て調べた結果、定期便の貨客船は夕方の
天気次第で出港か欠航かを決める、という見方らしい。他の商船もほぼ
同じだ。
 ただ、その中に二便だけ、急ぎの積荷で是が非でも今夜出港するフネ
があった。何でも貴族派が無理を言ったらしい。船員達は愚痴をこぼし
ながらも、今から風石を多めに積み込むなど念入りな出港準備を行って
いた。

「予定は変わらない、か」

 ぽつりと呟くと、ワルドは不意に横道にそれる。ほんの一、二分して
すぐ大通りに戻ったワルド。
 その路地の奥に、いつの間にか現れた二つの人影が歩み去った。


 『金の酒樽亭』の羽扉が開く。中にいた傭兵達は一斉にそちらを見て、
すぐに視線を手元に戻した。入って来たのは、黒いマントに白い仮面と
いう組み合わせの、昨日の青年と同じくらい怪しい人物だったのだ。
 その何者かは脇目もふらずに店の奥のテーブルに足を運ぶ。そこでは、
昨日依頼を持ち込んだ青年が悠々と紅茶を楽しんでいた。今はローブを
脱いで横に置いているため、派手な縦縞の上着と奇抜な髪型が目立って
仕方がない。
 が、彼はそれについて一切気にしていないようである。ティーカップ
をソーサーに置くと、仮面の人物に馴れ馴れしく声をかけた。

「ふむ、やっとお出ましカネ」
「雨が降るとは思わなかったんでな」

 仮面の——声からして男は、不愉快そうに呟いた。それを聞いた青年
も、呆れとも諦めともつかぬため息を吐いて額にしわを寄せる。彼らに
とって、天気の悪化は予想外の、歓迎できない事態だったのだ。

「お得意の魔法で何とかならんのカネ?」
「馬鹿を言うな。天候操作は並の魔法とは訳が違う」
「ちょっとしたジョークだ、そうカリカリするな。で、フネは?」

 苛立ちを滲ませた仮面の男に軽く手を振り、青年は本題を口にする。
 仮面の男は、自身を落ち着かせるように息を吐いてから返答した。

「貴族派の急便が二つ、今から出港準備を始めている。
 『マリー・ガラント』号と『ラ・デジラード』号、それぞれ硫黄と水の魔法薬を運ぶそうだ」
「行き先は、どの港カネ?」
「『マリー・ガラント』はスカボロー、『ラ・デジラード』はロサイスへ向かう」
「ならば、君が『マリー・ガラント』号、ワタシが『ラ・デジラード』号で決まりだな」

 くくっと笑うと、青年はズボンのポケットから銀貨を数枚取り出し、
テーブルに置いた。今しがたの飲食代である。再びローブで身を覆った
青年は、去り際に店の中央へ視線を向けた。その先で大きな骨付き肉を
かじっているのは、昨日彼が『まとめ役』と称したあの傭兵だ。

「すまないが、現場監督はこの仮面の彼に引き継ぐ。まぁ、しっかり働いてくれたまえ」
「言われんでもやるさ。しかし、そいつは顔を見せないのか?」
「余計な詮索は無用に願おう」

 胡散臭げな顔でじろじろと仮面の男を見ていた傭兵は、男がマントの
下から杖を抜き出すと慌てて首を振った。

「わ、わかったわかった。俺だってまだ死にたくはねぇ、言う通りにするさ」
「ふん……貴様らはこちらの言う通り動けばいい。余計な事をしなければ、な」
「あまり関係をこじらせないで欲しいガネ。では、こちらは任せたよ」

 軽く二度、仮面の男の肩を叩いて、ローブ姿の青年は『金の酒樽亭』
を後にする。後ろ姿を見送った男は、仮面の下で怜悧な光を宿した目を
細めた。


「随分時間がかかったな」
「ああ、ミスタ」

 『女神の杵亭』へ戻ったワルドに、ロビーにいたクロコダイルの声が
かかった。入ってすぐの椅子に腰掛け、のんびりと葉巻を吹かしている。
この『女神の杵亭』は、客室は臭いが染み付かないよう全室禁煙であり、
風通しのいい一階ロビー以外での喫煙は禁じられているのであった。他
にも数人、タバコやパイプを楽しむ客の姿がある。

「フネは出るのか?」
「定期便は様子見だそうですが、この分だと欠航になるかもしれませんね」

 クロコダイルの問いに、ワルドは扉の外に目をやりつつ答えた。雨脚
は、弱まるどころか逆に激しくなっている。夜中までに止めばいいが、
望みは薄そうだ。

「二隻、急便で出港する商船がありますが……貴族派の依頼で、向かう先はどちらも軍港です」
「あまりあてにはせん方がいいな」

 王党派の壊滅が時間の問題である以上、できるだけ早く目的の品物を
回収したい所ではある。が、こちらは六人の大所帯、しかも子供四人と
いう悪目立ちする編成だ。定期便ならばともかく、商船では他の客の中
に姿を紛れ込ませる事ができない。それどころか、向こうの港に着いた
途端に警備隊に通報され、捕縛される可能性もある。王党派の協力者だ
と発覚すれば全てお終いだ。
 この任務でそんなリスクの高い賭けをする気など、クロコダイルには
毛頭なかった。同時に、お宝を諦めるつもりもない。

「最悪ガキ共を送り返して、子爵とおれだけでその商船に乗り込むか」
「その方がいいかもしれませんね。
 僕なら“貴族派の一員”として行動できますし、ミスタは傭兵と言えば通るでしょう」

 安堵の表情を見せるワルド。同時に、クロコダイルの中にある疑念が
ますます膨らんだ。今のワルドには、それほど焦った様子は見られない。
彼が気にしている、もしくは気にしていた事は、一体何か。
 昨日は丸一日気分を乱していた。しかしその前、クロコダイルが巻き
込まれた当初は、特にどうという事はなく平常そのものだったのだ。
 子供達が加わって貴族派として動けないから焦っていた、というのは
考えにくい。ギーシュの参加が決まった時の態度を見れば、それは確実
である。あの時、ワルドは特に反対意見を口にしなかった。ギーシュは
ワルドのように敵の信用を得てはいないし、クロコダイルのように傭兵
と言って誤摩化す事も難しい。気圧されていた事を差し引いても、その
ような人間の参加に否定的ではなかったのだ。すぐ後にルイズが「行く」
と言った時は渋い顔をしていたが、貴族派の肩書きが使えなくなる点を
考慮すればギーシュの場合も同じ筈である。

(……待てよ)

 クロコダイルは今の思いつきを反芻した。ルイズが参戦を告げた時、
ワルドは歓迎していなかった。おまけに、ワルドとルイズは幼馴染みだ
そうだ。クロコダイルはその辺りの事情をまるで知らないが、それでも
二人の間柄とワルドの焦りには関連性がありそうだと思える。ルイズが
危険な任務に参加する事を気にして、心に焦りが生まれたのだろうか。

(辻褄は合うが、確定とはいかんな)

 どうにも情報が少なすぎる。任務が終わって、ロングビルの調査報告
を聞けばもう少し事実に近しい推測もできるだろうが、今はこの程度が
限界だ。

「お帰りなさい、ワルド」

 ふと、上からルイズの声がかかった。二階からワルドの姿を見つけた
ルイズは、階段を下りてこちらに近づいて来る。

「桟橋はどう?」
「定期便は欠航になるかもしれない。急ぎの商船が二隻、出港準備をしていただけだ」
「そうなんだ。それじゃ、その商船に乗せてもらう方がいいんじゃない?」
「残念ながら、フネは二つとも貴族派の依頼で動くそうでね。しかも、どちらも戦地に近い軍港行きだ」
「貴族派の——」

 思う所があったのか、ルイズの表情が何とも言えないものに変わる。
それを見たワルドは僅かに苦笑して、ルイズの頭を優しく撫でた。

「ほらほら、そんな顔をしてるとレディが台無しだぞ」
「むぅ、また子供扱いして」

 他愛ない会話。傍目には仲のいい兄妹か、あるいは親戚とでも映るの
だろう。ただ一人、ワルドに疑いを持つクロコダイルを除いて。

「子爵、さっきの話だが」

 葉巻を傍らの水桶に放り込み、クロコダイルが声を発した、次の瞬間。


 玄関口から飛び込んだ一本の矢が、その水桶をぶち抜いた。


   ...TO BE CONTINUED

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