あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

気さくな王女-12

前ページ  /  気さくな王女  /  次ページ


 尻の下の石畳は、わたしの体温を奪うだけで返してはくれない。
 汗のにじむ季節とはいえ、ドブ川のほとりはジメジメと冷たく湿っている。真夜中という時間帯も相まって薄ら寒い。
 ライトでつけたひ弱な明かりが、反吐臭い風に吹かれて揺らめいている。
 魔法というものは使い手の精神に大きく関わってくる。つまり、明かりの揺らめきはわたしの精神状態をあらわしているんだろう。
 冷静になろう、落ち着こう、と自分にお話している人間の精神は例外なく乱れていて、今のわたしもそれに当てはまる。
 傍らでは自転車によりかかり、幽霊がすやすやと寝ている。その安らかな寝顔は心底忌々しい。

 一時間前までは、まさかこんなことになろうと思っていなかった。
 忍び足と鋭い勘があれば、宮殿の隙をついてこっそりと帰還を果たすことは容易い。幽霊の手をひねるよりも簡単にできる。
 誰にも気づかれずに悠々と帰還し、街で入手した戦利品を並べ、これを使ってどんなふうにシャルロットをいじめてやろうかと思案する。
 薔薇の匂いをたたえたハーブ風呂で湯を浴び、水鳥の柔らかな羽根がたっぷり詰まったクッションに身をゆだね、鬼畜者のどす黒さと王族の高潔さを足して二で割った夢を見て眠る。

 その予定が覆されたのは……ええっと……どの時点で覆されたんだったっけ。
 まず、シルフィだ。そうそうシルフィの馬鹿だ。
 古着とはいえ一揃いの服を買わせて、食べられるだけ食べて、飲みたいだけ飲んで、ふらふら歩いた挙句に服を破いて、わたしに裁縫までさせた。
 その後も気の向くままに動いてわたしの買い物を邪魔し、そろそろ日も暮れようかというところで
「きゅいきゅいっ! お姉さまが呼んでるのね!」
 よりによって人ごみの中で叫んでくれた。
 お姉さまが呼んでるなんて言ってるけど、もちろん誰も呼んでやしない。
 一流の鬼畜者であるわたしの耳に聞こえなかったんだから、誰かが呼んでいたはずもない。
 ああ、なるほど。こいつは馬鹿じゃなくてその手のアレだったのか。納得できた。
「ごめんなさいなのね。お買い物はまた今度なのね」
 こんなことも言っていた。お前はそんな理由でついてきたわけじゃないでしょうに。
 言いたいことを言って、こちらには口を挟む隙さえ与えず、自転車を追いかけた時と同じ速度で雑踏を駆け抜けていった。
 そりゃね。そうやって走り去る方はそれでいいでしょうよ。この場からいなくなるんだから。
 残された人間は居たたまれないなんてものじゃない。ただでさえ人目を気にしなければいけないお忍びの視察だというのに。

 四方八方から平民どもの視線が降り注ぐ中、去り行くシルフィに手を振る幽霊を引っ張ってその場を後にした。
 いや、正しくは後にしようとした。なぜならその時のわたしは迷っていたから。
 シルフィという枷が無くなった今、わたし達は自由に行動することができる。
 ということは、シャルロットが引きこもり学生を更生させるために派遣された屋敷に行くこともできる。
 そうなれば当初の目論見どおり、わたしはシャルロットをいじめてやることができる。
 だけどここで考えなければならない。
 今屋敷に行けば、結局はシルフィとかち合うことになる。
 それじゃ意味が無い。では買い物を続けるか。でも必要な物はあらかた買い集めた。
 夜の街というものに興味が無くは無い。なんといっても鬼畜者の時間帯は夜をもって他にない。

 ただ、これもやはりシルフィの馬鹿のせいなんだけど、わたしはとても疲れていた。
 全力で自転車を漕ぎ続け、馬鹿が馬鹿なことをしないか気を遣い、心身ともに酷使した。
 おまけに荷物持ちの幽霊は歩きながら舟を漕ぐといった器用な真似をしている始末。
 こんな状態で夜の街を徘徊したくはない。どうせならもっと準備万端整えてから行きたい。
 以上の理由から、聡明なわたしは一事撤退すべきと判断し、宮殿に戻った。

 うん。ここまでは特に問題が無いわね。我ながら最適な選択肢を選んでこれたものだと思う。
 問題があったのはこの直後よ。

 わたしは宮殿に入るため堀の中へ潜ろうとしたが、兵士が手持ち無沙汰を隠そうともせずにぶらついていた。
 仕方ない、別ルートで行こう。壁沿いに忍び寄ろうとしたけど、そこでは二人の兵士が談笑していた。
 どうにも間が悪い。これはとっときの抜け穴を使うしかないだろう。
 そう考え、抜け穴を目指したが、やはり兵士が立ち番をしていた。
 ここでようやく気がついた……なんてことはなく、わたしは少し不審に思うだけだった。
 っていうかね、もうちょっと早く気がつくべきだったと思うのよ。
 そりゃ気がつくのが早いか遅いかなんて微々たる差でしか無かったかもしれないけど、心構えが違うもの。

「何よこれ」
「なにって……ボクに言われても」
 警備が厳重になっている。要所要所に兵を配置し、出てくる前までは確実に存在していた「隙」を潰している。
 わたしがいない間に何か変事があったのか。例えば怪盗の予告があったとか、父上が誰かに刺されたとか。
 後者なんかはいつ起きてもおかしくはないことなんだけど、それにしては兵士達の態度が気になった。
 全く緊張感を欠いている。だらけてるのは宮殿の兵士全般にいえることとはいえ、いくらなんでも王が刺されたりすれば多少は緊張するはずなのに。
 つまり、警備が厳重になり、かつ、兵士達がやる気にならない何かが起きた。
 これらのことから導き出されることは一つだけ。留守を任せたスキルニルがヘマをして、わたしの脱走が露見した。
 クソッ、無能な木偶人形が! だから人形なんてものは頼りにならないのよ。

 随分と能天気なことを考えていたものだと思う。
 スキルニルはわたしの全てをコピーする。つまり、無能であろうはずがない。
 むしろ有能と言ってもいいくらい。あいつは確かに有能で、有能なりの働きをした。

 わたしは情報収集をすべきと考えた。
 いくら注意力散漫とはいえ、兵士達の前を通って宮殿に侵入することはできない。たぶん幽霊にだってむずかしい。
 だけど、鬼畜者特有の鋭い感覚を活かして世間話、噂話を盗み聞きすることはできる。
 幽霊と二手に別れ、闇に紛れて兵士達の無駄口に耳をそばだてた。

 この時点では、父上が命じたことだと思っていた。
 こっそりと戻ろうとしたわたしを捕まえさせ、罪人のように広間へ引っ立て、ちくりと皮肉を言って解放する。
 あの人ならいかにもやりそうなことだ。そしてわたしはそんな目にあいたくない。
 兵士達の無駄話からお父さまの本気具合を推し量り、突破口を見出そうとしていた。ああ、なんて的外れなこと。

 兵士達は女のこと、酒のこと、上司の悪口、宮殿内の噂話、とにかく程度の低い話題一色で、宮殿勤めとしては品性下劣、鬼畜者としては中途半端。
 ただでさえ疲れている身だというのに、聞いてるだけでげっそりとしてくる。
 とにかく我慢、こんなやつらは後でいかようにでもできると自分を慰め、わたしはやつらの会話を逐一記憶した。

 時間にして数十分後。
 雑事は省くとして、手に入った情報の主たるものとしては、仕事に関する不平不満があった。
 自分達の無能を棚に上げ、上の者への悪口に花を咲かせること咲かせること。これが本当の花壇騎士団ってふざけるなたわけ者ども。
 直属の上司である兵士長のえこひいきから、ガリア王家の悪い噂までとめどなく噴出し続ける。
 曰く「イザベラさまのせいでいらぬ仕事が増えた」
 曰く「どうせまた気まぐれでいい加減なこと言ってるんだヒステリーめ」
 曰く「オレらへの嫌がらせでなけりゃ妄想狂だ」
 曰く「この調子じゃ城下まで探しに行けと言われかねん」
 曰く「偽者の件が嘘だろうと本当だろうとガリア王家も長くない」
 意味はいまいちつかみかねたけど、悪口を言っているということだけはよぉく分かった。
 二人の顔を頭の中に刻み込み、侮辱罪で死ぬより酷い目を見せてやることを誓い、わたしは潜伏場所を後にした。

 よっぽど顔を出して
「誰の悪口で盛り上がっているのかしら?」
 と嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったけど、ぎりぎりと両頬をねじり上げて、痛みでごまかしなんとか耐えた。
 もしここで顔を出していたとしたら、今頃わたしは地下牢で拷問吏のおもちゃにされていたでしょうね。
 よく我慢したわたし。本当にほんっとうにえらい。
 正門付近の茂みの中で幽霊と合流し、情報を確認した。
 寝ぼけまなこをこすりこすり探りにいった幽霊が、帰ってきた時にはどこか緊張した面持ちになっていた。
 後々考えてみると、これはいつもの「嫌なことを言うかもしれないけど、ボクが悪いんじゃないからね?」というやつだったんだろう。ああ忌々しい。
 幽霊が手に入れた情報は以下の通り。
「兵士達は王女の命令でいつも以上に厳重に警備している」
「警備の位置まで王女の指示があった」
「賊を取り逃がすようなことがあれば一族郎党首をはねられる」

「……どういうこと?」
「だから、ボクに言われても」
「わたしはそんな命令を下した覚えが無いんだけど」
 わたしがいない間に王女として命を下せる人間は一人しかいない。実のところ人間ではないけど、周りの愚物どもには見抜けない。
「だよね」
「ならどうしてこんなことになってるのよ」
「ボクは知らないよ」
「だいたい偽王女って誰?」
 幽霊は下を向いた。
「誰が偽王女? どうして偽王女? 言ってみなさいよ」
「だって……言ったら怒るでしょ」
「怒らないから言いなさい。むしろ言わなきゃ怒る」
 やつを作った時のことを思い出す。
 反抗的な目。なってない口のきき方。人を小馬鹿にしたような態度。
 わたしの血を吸って生まれたということは、やつもまた鬼畜者になっているということ。
 わたしを偽王女とし、捕らえようと追い詰める。鬼畜者の人形がこんなことをする理由は一つしかない。

 幽霊は自分自身の頬を撫で、頭をかき、力なく笑い、うかがうようにわたしの顔を見た。
 わたしは無表情を貫いて幽霊に応える。
「さあ。早く言いなさい」
 幽霊は右を見て左を見た。少し間を置きもう一度同じことをした。馬鹿ね。お前を助けてくれる人間なんていないのに。
 つま先を地面にこすりつけ、後ろで手を組み、
「あのね。えっとね。うんとね。留守番のお人形がね。お姉ちゃんをニセモノって言ってるんじゃないかなー」
「なるほどね」
「お姉ちゃんと入れ替われたらラッキー、みたいな」
「さすがは鬼畜者の分身、主人を陥れるくらいはお茶の子さいさいってわけね」
「う……そう……だね」
「まったく楽しいことしてくれるわ。ああ本当に楽しい」
「そうかな」
「ええ、本当に楽しいのよ。楽しすぎて反吐を吐いてしまいそう」
 握り締めた拳骨を幽霊の頭頂部に叩きつけた。頭を押さえてうずくまる幽霊にかまわずわたしは叫んだ。
「クッソ人形の分際でええぇ!」

 至る現在。
 宮殿から離れたものの、偽王女狩りが実行されるかもしれないことを考えれば、木賃宿に泊まることさえできない。
 誰も来ないであろうドブ川のほとりで、目と耳と鼻を鋭く尖らせ、近づく者の気配を感じ取ろう、もし誰かが来たら一目散に逃げてやろうとびくびくしているだけ。
 何よこの小動物人生。一国の王女ともあろう者が。いったい何の因果でクソ人形。ああクソクソクソ。人形ってのは本当にもうわたしに呪いを運んでくる。
 この世の中のあらゆる人形を集めて油をかけて火でもつけてやったらどれだけ気が晴れることだろう。

 頭をさすりながら恨み言をぶつぶつとつぶやいていた幽霊はすでに寝た。
 ライトの明かりは儚げに揺らめいている。その明かりは今にも消えてしまいそう。こんな精神状態でまともに魔法が唱えられるはずないものね。
 こんな……煮えたぎった馬糞のように腹が立っている状態ではね。
 忘れるなよスキルニル。野に放たれた一匹の鬼がお前を狙っているんだからね。
「ううん……もう食べられないよお姉ちゃん……」
 ふう。まったく……こんな所でまで寝言だなんて。どこまでのんきに生きてるんだか。
 その無防備なわき腹を全力で蹴りあげてドブ川に飛び込ませて……やるのも面倒くさくなり、寝ている幽霊を枕代わりにして石畳の上に寝転んだ。ふん。


前ページ  /  気さくな王女  /  次ページ

新着情報

取得中です。