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ZERO 輝く季節から 第1話


 とても幸せだった。
 それが日常であるということを、つい忘れてしまうくらいだった。
 水溜りが撥ねて、ズボンの裾に泥がついたって、それは小さな幸せのカケラだった。
 ずっと、永遠に続くと思っていた。
 ずっと、水溜りで遊んでいられると思っていた。
 いつまでも、幸せのカケラを拾い集めていられると思っていた。
 でも、壊れるのは一瞬だった。
 永遠なんて、なかったんだ。
 知らなかった。
 そんな悲しい事を、ぼくは知らなかった。
 ……知らなかったんだ。

「えいえんはあるよ」

 誰かが言った。

「ここにあるよ」

 彼女は確かにそう言った。
 えいえんの世界。
 そこに今、ぼくは来ていた……。


 …………。
 ……。
 雨が降っている、と彼は直感的に思った。
 理由はない。ただ、そんな気がしただけだ。誰かに起こされずに目を覚ます日は、いつも雨だった気がする。重い瞼を、彼はゆっくりと開いた。
 ずいぶん長く眠っていたようだ。頭が重い。
 目を開けると、まぶしい光に目が眩んだ。青空が広がっている。

 雨は降っていなかった。

 周囲を見渡すと、そこは草原だった。どうやら仰向けに横になっているらしい。こんなところで昼寝してたかな? と彼は首をかしげた。まだ寝惚けている。
 と、自分を覗き込んでいる女の子と目が合った。

「……あんた、誰?」

 不審そうに尋ねてくる少女を、最初は長森だと思った。たいした理由はない。目覚めたとき、傍にいるのが大抵彼女だったからだ。
 次に、深山先輩かと思った。
 髪がピンク色だったからだ。
 どちらでもない、と理解して、彼はまた目を閉じた。ごろりと転がって丸くなる。

「おやすみ」
「こっ、こら! 起きなさい!」

 少女が騒ぐ。もしかしてみさおかな、と彼は意識の底で思った。これまた理由はない。

「あと3日寝かせてくれ」
「寝すぎよ! いいからとっとと起きなさい!」
「じゃあ、あと3匹寝かせてくれ……」
「意味わかんないわよっ!」
「ぐえ」

 蹴りが入った。なんてことしやがる、と思いつつ、これ幸いと気絶した振りをして彼は本格的に眠る事にする。
 遠くで、ゼロのルイズが平民を云々との囃子声があがった。どうも周囲に大勢いるらしい。

「ミスタ・コルベール! もう一度召喚させてください!」
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」

 周囲の声をさほど気にせず、彼は微睡みながら記憶を辿る。
 ああ……。そうか、オレは消えたんだな。
 ということは、ここがえいえんの世界ってわけだ。
 本当に来ちまったんだな……。
 そう思うと、心に熱いものが込み上げてくる。たくさんのものを置き去りにしてしまった。多分、みんな自分の事は忘れてしまっただろうけど。
 幸せな日常が、そこには確かにあったのだ。
 それももう、遠くへ去ってしまった。もう戻れない太陽の牙の気分である。
 ウトウトしながらメランコリーな気分に浸っていると、突然彼は襟首を掴まれ、ぐっと引き起こされた。

「ぐあ、乱暴はよせ七瀬」
「ナナセってなによ。ああもう、どうでもいいわ。あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

 少女は空いた方の手で杖を振り、呟くように文言を唱えた。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 続けて、ものすごい力で顔の両側をぐっと掴まれる。少女はきつく目を瞑り、おもむろに顔を寄せた。

「な、待――」

 抗う間もなく、唇を塞がれてしまう。彼は一瞬慌てたが、まあなんというか……折角である。
 腕を少女の肩に回し、もう一方の手は頭の後ろへ添える。そうして少女が逃げられない体勢を作り、彼は躊躇なく舌を伸ばした。

「んっ !? んむむー!」

 異変に気付いた少女が暴れるが、気にしない。そもそもキスしてきたのは少女の方である。
 しーん、と周囲は静まり返っている。
 やがて唇が離れた時には、おお~というどよめきすら起こった。
 衆生監視の中、熱烈キスシーンを演じてしまった少女は、涙目になって怒鳴った。

「あああ、あんた、コントラクト・サーヴァントの儀式で、しし、舌入れてくるなんて、ななっ、なに考えてんのよっ !!」
「なにと言われても、紳士の嗜み……かな」
「わた、わた、わたしのファーストキスだったのに……!」
「まあ落ち着け、見知らぬ少女よ。たぐい稀に見る美男子のオレに惚れるのも無理はないが、そうは言っても実はオレにはもう心に決めた――んが、ぐっ」

 突如、焼け付くような痛みを胸に感じ、彼はうずくまって悶絶した。

「うっ、ぐぉ……なんだ…… !?」
「貴族に粗相したバチよ! 多分、使い魔のルーンが刻まれてるだけだから、我慢しなさい」
「ばかっ、刻むのはタマネギ、だけに、しとけっ……」

 熱い。たまらなく熱く、そして痛い。
 胸の痛みなんて慣れていたはずなのに、物理的なそれは耐えられないほど痛かった。
 全身から汗がどっと噴き出す。激しく厭な予感がする。
 なにか取り返しの付かないことになりそうなその予感に戦慄しながら、彼はその痛みに耐えていた。

 やがて――。

 痛みは唐突に、嘘のように消えた。
 ふう、と彼は嘆息し、大の字になって転がった。息を整えようと、深呼吸を繰り返す。
 見上げる空は青く、白い雲が流れている。平和な光景だ。さっきまでの厭な予感も、嘘のように消え去っていた。
 周囲は再び騒がしくなっている。先程の少女がなにやら誰かと言い争っているらしかった。

 じゃり、という音がして、すぐ傍に誰かがやって来たのがわかった。見上げると、中年の男性が立っている。生え際がずいぶん可哀想な事になっていた。

「……あだ名はタマネギ太郎か、うでたまご先生か、どっちがいい?」
「なにを言ってるのかね? 私の二つ名は炎蛇だが……」

 ようやく、彼は気付いた。さっきの少女もそうだったが、みんな衣装がおかしい。
 漫画ならともかく、現実にマントなんて着ている人間を、彼は初めて見た。こっちの世界の習慣かな、と彼は思う。
 かっこ悪いから、できれば着たくないな、とも。
 そんな彼の思考を他所に、中年の男性は膝を曲げ、彼の身体をジロジロと眺めて言った。

「ふむ、胸を押さえていたね。ルーンは大抵身体の末端に刻まれるものだが……どれ、見せてみなさい」
「は? 見せて、と言うと?」
「脱いで」

 がばっと起き上がって胸元を押さえ、彼は声を裏返した。

「え、えっち!」
「ばか言ってないの!」

 いつの間にか戻って来ていた例の少女が、横から彼を怒鳴りつける。

「すまないが、使い魔に刻まれたルーンを確認して分類するのも私の仕事でね。見せてもらうだけだよ」

 ノリが悪いな、と思いつつ、仕方なく彼はシャツのボタンをはずした。
 最後の日は学校をサボっていたため、彼は私服である。地味なチェックの長袖シャツだった。
 胸を見ると、七つの奇妙な模様があった。文字のようにも見える。

「あーくそ。親からもらった大事な身体を傷物にしやがって。グレたらどーするんだ」
「ふむ……。珍しいルーンだな」

 そう言いながら、中年男性は手帳のようなものにサラサラとそれを書き写す。
 彼の呟きは無視されたようだった。
 模写が済むと、中年男性は振り返り、声を張り上げて周囲に呼びかけた。

「じゃあみんな、教室に戻るぞ」

 そして、杖を振って宙に浮いた。
 続いて、周囲にいた大勢の少年少女たちも同様に浮いた。
 さしもの彼も、これには驚いた。
 浮いたのみならず、少年少女たちは口々になにやら呼びかけながら、遠くへ飛び去っていく。あんぐりと口を開けてそれを見送った彼には、言葉の内容は届かなかった。
 後には彼と、例の少女だけが残された。

「……すげーな。ひこう少年とひこう少女の集団か。おそるべし、えいえんの世界」

 唖然と呟く。見ると、遠くには石造りの大きな建物が見える。どうやらみんなはそこへ向かったようだった。
 中年が「教室」と言っていたから、学校だろうか。えいえんの世界にも学校はあるのだろうか。
 そんなことを考えながら視線を巡らすと、例の少女が地面に蹲りながら、なにやらぶつぶつと呟いているのが見えた。
 正直、あまり声を掛けたくない風情である。しかし残念ながら、ここにはもう他に誰もいない。うーん、と彼は頭をひねった。
 多分、あの建物に向かえばいいんだろうとは思う。他は果てしなく地平線の広がる草原だ。さすがの彼も、弁当一つ持たずに当て所ない地の果てへ冒険に出るほど、考えナシではない。
 仕方なく彼は、イッちゃった目つきで地面と会話している少女に、恐る恐る声を掛けた。

「あー、見知らぬ少女よ、メッカはそっちにはないぞ、多分。時にあれはどうやるんだ? 飛べるんならオレも飛びたいんだが」
「……」
「いや、歩いてきゃいいんだろうが、飛べりゃそれに越したことはないし。楽するためにはどんな労力も厭わないというか……聞いてるか? おーい」

 肩をガクガクと揺さぶると、不意にガバリと少女は立ち上がった。首を廻らせ、少女は歯を剥いて彼を睨む。
 完全に目が据わっている。
 彼は思わず後ずさった。この迫力は、怒りを通り越して呆れたを通り越して、もう一度怒りに戻ってきた七瀬の如き威容だ。

「うるさいわね! わたしは今、世の不条理を嘆いて始祖さまに直訴してるところなんだから邪魔しないでっ! だいたい、わたしは飛べないの! ほっといてよっ!」
「あーなんだ、つまり飛べるやつと飛べないやつがいるってことか。えっと、オレは飛べないのか?」
「わたしが知るわけないでしょっ。あんたが貴族で飛び方知ってりゃ飛べるんじゃないの !? 自分で考えなさい! わたしに魔法の使い方なんか訊かないで!」
「魔法? ああ、魔法なのか。そうかそうか、魔法か。……魔法かよ!」

 びしっ、と彼はツッコミを入れる。
 しかし如何せん、彼はツッコミ属性ではなかった。弱い。
 案の定、あっさりとそれはスルーされた。

「だいたいあんたはなんなのよっ! 人間だし! 平民だし! わ、わたっ、わたしのファーストキス奪うしっ!」
「いや、奪われたのオレの方だし。あいにくファーストじゃないがな。あと、人間だって事に文句言われても困る」
「なんでノコノコ召喚されたのよっ !?」
「召喚? この世界に来た理由か? それこそ困るな。オレにはどうしようもない事だった……」

 若干眉を寄せながら、彼は答えた。
 それは彼にとって、根幹的な問題だった。抗えない事態だった。原因はなにかと問われれば、どうしても神妙な口調になる。
 二人の間を、微妙な空気が漂った。
 少女もなんとなくそれを察し、毒気を抜かれたらしい。怒らせていた肩を落とすと、薄い胸に手を当てて深呼吸をした。

「……いいわ。落ち着きましょ。貴族は人前で取り乱したりしないの」
「いや、むちゃくちゃ取り乱してたけどな」
「黙りなさい。――歩くわよ。結構かかるから」

 そう言うと、少女はさっさと踵を返して歩き出した。
 やれやれ、と肩をすくめて、彼もその後を続いた。

 二人並んで草原を歩く。向かうのはやはり、あの石造りの建物だった。
 午後だったのだろう。さっきと比べると、太陽が低くなっているのがわかった。
 草むらからは虫の声がする。季節はいつなんだろう、と彼は思った。慥か自分が消えたのは、三月だったはずだ。こっちにも季節があるのなら、今もそのくらいだろうか。
 しかし、えいえんの世界に季節があるというのも、何か妙な気がした。
 しばらく歩いていると、少女が話しかけてきた。

「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。で、あんたは?」

 自己紹介だった。そういえばまだだったな、と思う。
 しかし寿限無じゃあるまいし、と彼は思った。あまりにも長すぎる名前だ。

「オレはコーヘー。コーヘー・アマイモノスキー・トゥ・ワッフル・ザ・オリハラスター。で、お前は?」

 足は止めず、歩きながら答える。
 ルイズと名乗った少女は不愉快そうに眉を寄せた。

「言ったでしょ?」
「もう一回。ワンモア」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ! もう、何度も言わせないで!」
「おお……。偽名ではなかったか」
「当たり前でしょっ!」
「すまん、オレのほうは適当言った」

 ぴたり、と隣を歩く足音が止まった。
 振り向くと、ピンク色の鬼がいた。ややうつむき加減になり、杖を掲げた手は微かに震えている。

「……真面目に名乗りなさい。わたしの忍耐が尽きる前に。迅速に。素早く。丁寧に」
「姓は折原。名は浩平。字は孔明。出身は美男子星だ」

 さらりと浩平は答える。

「オリハラ? コーヘーコーメ? なんて呼べばいいのよ」
「浩平様と呼べ。あと孔明は憶えなくていい。忘れろ」
「コーヘー様ね。わかったわ。いいこと? もう二度とふざけないで」

 ギロリと睨みつけるルイズに、

「それは難しいな」

 と素っ気なく浩平は返した。
 再び、広い草原を並んで歩く。
 しばらく無言の行進が続いた。
 陽はすでに大きく傾いている。遮蔽物がないせいか、やけに夕陽が大きく感じる。浩平の採点では、75点の夕焼けだった。

「――って、なんでわたしが自分の使い魔に様付けすんのよ!」
「うおっ、時間差ツッコミか !? なかなかやるな……って」

 浩平は二三度瞬きしながら首を傾げ、今のセリフで少々気になった点を質問した。

「……使い魔って、なんだ?」
「そこから説明しなきゃなんないのね……」

 はぁ、とルイズは大きくため息をついた。

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