あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

牙狼~黄金の遣い魔 第5話(Cパート)

似たような造りのドアが続く廊下に、ルイズはうんざりした顔で立っていた。
キュルケとともに屋敷の中に突入したのだが、ふと目を話した隙に相方の姿を見失ってしまった。
若さとは無謀の代名詞である。多少心細くもあったが、一人逃げる気にもならず彼女は屋敷のあちこちを覗いてみた。この屋敷は奇妙な多層構造になっており、妙に現在位置がつかみにくい。どうやらあちこちに隠し部屋がもうけられているらしく、それが歩いた実感と外側から見た距離感の乖離を生じさせているらしい。
まあ、その隠し部屋とやらでナニが行なわれているか、おおよその予想はつくが。
元来ルイズは潔癖性であり、そうしたことどもに嫌悪の情を抱かずには居られない。次第に歩幅が広がり、しまいには駈ける位の早足で廊下を移動していた。
そして、次の曲がり角に来た瞬間。
「ぶっ!」
向こう側から歩いてきた誰かに、いきなりぶつかり彼女は床に引っくり返った。
「もうっ!何処見て歩いてるのよっ……って貴方」
自分がぶつかった相手を見て、ルイズは目を丸くした。
「貴方、なにやってるのよ?」
「それは、こっちのせりふよ。ルイズ・ヴァリエール」
そこに立っていたのはスレンダーな金髪少女、広いおでこの持ち主モンモランシーだった。モンモランシーは驚いた顔で、自分の胸の辺りを押さえている。さきほどルイズがぶつかったときに打ったのだろう。怒りのため少なからず顔が紅潮している。
「全く痛いわね。この、石頭」
「ふ!なななななによ!こっちの方が痛かったわよ。弾力も何も感じなかったわよその胸!それ胸?」
「言ってくれるじゃない!乳房なし即乳頭の分際で!」
お互いギギ!とかゴゴ!とか擬音が混じりそうな勢いで二人は睨み合った。なんとも場所柄をわきまえない事はなはだしい所業である。
「あのう」
だからか、双方とも頭に血が昇っているせいか、その声が聞こえてくることに最初気がつかなかった。
「あのう、もしもし」
「なによ!」
最初にその声に気付いたのは、ルイズの方であった。噛み付きそうな顔で振り向いた彼女は―。
振り向いた先に誰も居ない事に気付いた。
「あれ?えーと」
もしかして幽霊とか?幻聴って奴よね?ひょっとして、ひょっとしてホラー!?
「あはははは」
一瞬背筋に走った悪寒をごまかすように笑い、モンモランシーの方に向き直って言い合いを彼女は再開しようとした。ところが―。
「もしもし~」
ちっ!まだ声が!幻聴が聴こえやがる!
「あはは……ルイス、そこ、そこ!」
モンモランシーが乾いた笑顔で、壁の一隅を指差しているのに気がついた。
そこでルイズもようやく理解できた。
なにもないはずの壁の一隅。本来ならばいささか悪趣味な装飾が施された辺りが細く開いていた。そこから気弱そうな若者が顔を出している。
「やあ、やっと助けが来てくれたね」
自分より若い少女二人に、あきらかに胸を撫で下ろしつつ青年はそう言った。
完全な計算ミスだ。
四人の傭兵と対峙しながら、鋼牙は心の中で呟いた。
モット伯の別邸、中庭にある離れへと通じる渡り廊下である。
元々は、ルイズら4人の陽動と攻撃の合間をついて、交互に屋敷の中へ侵入するつもりだった。
だが現実は異なり、今自分は残りの傭兵を引き受ける形になってしまっている。
どうやらメイジの少女達の攻撃を逃れた彼らは、さりとて雇い主の元から逃げ出すに逃げ出せず、この中庭に集合したらしい。要はメイジはメイジに任せ、自分たちは『それでも逃げずに戦おうとしていましたよ』という態度を示そうとしたとそういうことだ。
彼らは、杖を持たない鋼牙がメイジではないと見て取った。そうして『侵入者を撃退しようとした』事実を作るべく挑んできたのだ。
「結局、残りも全部俺が倒すのか!」
『逆に考えるんだ。鋼牙。自分が戦えば、お嬢ちゃんたちが戦わなくて済む。そう考えるんだ』
なにやらアドバイスしてくる《ザルバ》を無視して鋼牙は身構えた。
四人の傭兵のうち、ボウガンを構えた一人を除き一斉に槍を構えた。
三方から包み込む形である。通常ならば逃れる事もできず、槍ぶすまに捕らえられてしまうはずである。
だが、鋼牙は迫り来る槍にいささかも恐れを示さず、足元の大地を蹴り跳躍する。
人の頭の高さまで助走なしで跳躍した鋼牙は、三本の槍の交叉する空中の一地点に降り立った。
異様とも思える身の軽さに、戦慄を隠せない傭兵を見下ろし、鋼牙は再度槍の穂先の上で跳躍、今度は空中で前転して傭兵の一人の背後に降り立つ。
己の背後に立たれたことに怯える男の腕をねじり、前へと押し出す。間接を極められた男の体から、枯れ木を折るような乾いた音が伝わってきた。男が上げる悲鳴にかまう事無く、他の二人を押し退けて、鋼牙はボウガンを持つ傭兵へ突っ込んでいった。仲間を盾とされ、相手は矢を放つことはできない。ボウガンを構える傭兵の前まで迫った瞬間、盾となった男の背後から鋼牙が消えた。ボウガンを構え直す用兵の背後に音もなく着地。慌てて振り向こうとする相手を、鞘に入れた魔戒剣でボウガンごと叩き伏せた。弦楽器が壊れるような音とともに、装填されていた鋼矢があらぬ方向へ飛んでゆく。
残る二人の傭兵は、ようやく何が起きたかに気付いて逃げ出そうとしていた。自分たちが相手にしようとしていたのは、野良犬ではなく野生の狼であることにようやく気付いたのだ。持っていた槍を捨て、鋼牙に背を向け、裏門から逃げ出そうとした彼らの背後から足音が近づき―。
次の瞬間、彼らの頭上を飛び越え鋼牙が正面に降り立った。
「逃がすと思うか?」
静かに問う鋼牙に、追い詰められた表情の彼らは腰から剣を引き抜き襲い掛かった。
鋼牙は魔戒剣をコートの中に仕舞い、大上段に振り下ろされる剣目がけて両掌を突き出し―。
振り下ろされた刃は、鋼牙の両方の人差し指と中指の間に摘み取られた。
「!」
男たちは焦った。たった二本の指の間に挟み取られた剣は、どれほど力を込めても小揺るぎもしない。それどころかギシギシときしむ音を立てて刀身が歪んでゆく。
この世界の冶金技術の低さを証明するかのように、あっさり刀身を歪ませた鋼牙はソレをうち捨てた。武器を失い、抵抗する気力さえ失った彼らを打ち据え、その場で昏倒させる。
『まあ、こんなところか。それにしても、ずいぶんと軟(やわ)い刃物だな』
「ああ、それにしても無駄な時間を喰った。ルイズたちはもう中に入った可能性が高い。俺たちも急ぐぞ」
もはや中庭に気配が残っていないことを確認し、鋼牙は建物の中へと突入していった。

「モット伯は何処?」
杖を取り上げ、完全に相手の抵抗力を無くした後で、タバサは破壊した男の声帯を治癒した。
ようやく落ち着きを取り戻した相手に、何が起きたのか彼女は尋ねた。
「氏名と官職を」
「……」
「何故ここに居る?」
「……」
様々な質問を試みたが、相手はだんまりを決め込んで答えようとはしなかった。どうやら、尋問の相手が年端も行かない少女であることで侮(あなど)られたらしい。
これにはタバサも困惑した。元来、コミュニケーション能力は高い方ではない。相手をなだめたり、すかしたりして誘導してゆく尋問方法は一応学んだが、教官からはついぞ及第点を与えられた事がなかった。
果たして、どうしたものか?
男の身元を探るのではなく、現状の把握に努めたほうが良いだろうと彼女は判断し、もう一度質問を試みた。
「ここで、何があった?」
ここでようやく、男が反応を示した。顔面を蒼白に変え、ガタガタと震え始める。その様子に先ほどの状況の繰り返しかと、彼女が身構えた時だった。
(おん、な?)
視界の右端、ぎりぎりタバサの目に捉えられるか否か位置にヒトが立っていた。
体型から、おそらく女性だろうと判断したが、振り返るとそこには誰もいなかった。
(おかしい?)
いぶかりながら、タバサが視点を元に戻すと―。
―男の真横に、女が立っていた。
「!」
隠すよりも、露出している面積が多いメイド服をまとったその女は、静かに男を見ている。
紫がかった髪のその女の男を見る目は、あたかも路傍に転がる石ころを見るようであった。
女のその異様な様子に杖を構えようとしたタバサは、身の丈を超えるソレが全く動かない事に気付いた。
(なぜ?)
問うよりも早く、その原因が彼女の視界に入った。
(腕か!)
空中に浮かぶ漆黒の渦。その中心部分から伸びた腕が自分の杖を捕まえているのだ。がっちりと固定されており、これでは魔法を発動する事ができない。
「ひいっ!」
甲高い悲鳴に顔を向けると、男もタバサ同様空中から伸びた腕に捉えられていた。鍛えられた男の身体が、見る見るうちに持ち上げられてゆく。
黒い渦の数は次々と増えてゆき、そこから伸びてゆく腕の本数もますます増大していた。既にタバサの身体は吊り下げられているというよりも、大量の腕の中に貼り付けの状態になっていると言った方が良い。
(この女、ホラー!?)
タバサは女の容姿が通常と異なる事にようやく気付いた。上体が反転し、背中の側が男のほうを向いている。その背中の側に並ぶ様々な女性の顔が、震える男を睨みつけていた。
男は異形のメイドに向かって、懸命に命乞いと思われる言葉を連発した。
「私は何も知らなかった!まさかモット伯があんな事をしてるなんて!今日知ったばかりで!ただ偶然誘われただけなんだ!」
「……偶然誘われた?」
紫髪の女は、静かな口調で尋ねた。
「偶然貴方が誘われただけで、この子は」
そうして胸の中に並ぶ女たちの顔、その中でも一際幼いソレを指差す。
「森の中を追われ、胎を裂かれ、面白半分に子宮を抉り出されなければならなかったの?」
「そ、それ、は」
(子宮を!)
語られた凄惨な事実に、さすがのタバサも心の中を粟立たせた。
なるほど、巷で聞き及んだモット伯の評判が悪いのもうなづける。
一瞬、モット伯と同じ穴の狢である目の前の男に対する同情心を彼女は失いかけた。
無論、面(おもて)には感情は出さないが。冷徹であることを訓練された彼女でも、さすがに心を完全に鎧(よろ)わせることは不可能だった。
そして、その間にも事態が進行していた。
「くそ!化け物め、死ねっ!」
追い詰められた男は、押さえつける腕の力に抗い懸命に杖を振った。
杖の先端に先ほどの炎の独楽が現われ、女目がけて突撃する。
だが―。
「無駄よ」
女が呟くと同時に左の腕に風の渦が現われた。風の渦は炎の独楽を弾き、あらぬ方向へ飛ばす。激しい勢いで廊下の壁にぶつけられた炎の独楽は、粉々に飛び散って消えた。
(風の、魔法?)
「馬鹿な、貴様、魔法を……メイジでもないのに」
タバサと同じ驚きを男は示した。
「ええ。この子達は、メイジじゃあないわ」
胸の中に眠る、少女達の顔を指して。
「でも、今私たちにも魔法を使うことができるの」
そうして、異形の女は己の左半身をさらす。ソレを見た男は、驚きに声を失った。
「メイジと……メイジを貴様喰らったのか!」
男の言葉どおり、女の左半身、左即頭部から左肩にかけて奇妙なものが張り付いていた。最初こちらからは陰になって見えなかったが、あらためてこちらを向いたおかげではっきりとわかった。
男だ。
それもバラバラに引き裂かれ、頭部と左肩だけになった存在がレリーフのように張り付いている。タバサは知らなかったが、それはモット伯の腹心である風のメイジの身体だった。おそらく、魔法の源である精神力を生み出す脳と、発動するための腕を同化したのだろう。
「そう、今では私たちもメイジ。あなたたちと同じ魔法が使える」
「魔法が使えれば」「使えたら」「貴族だったら」「さらわれなかった」「犯されなかった」「傷つけられなかった」「幸せに生きてゆけた」
胸の中の女たちが騒ぐ。
「だから、ね」
女たちは一斉に妖しく微笑む。
「あなたも、私の一部になりなさい」
「ぐうっ!」
男を拘束していた腕に、力が込められる。
杖を握っていた腕が捻(ひね)られ、乾いた音を立てた。ぶらりと垂れたソレをさらに別の女の腕がつかみ、ぐいぐいと引っぱる。面白いように伸びたソレは、普段の倍の長さになったところでブチリと切れた。切れた断面から血が噴水のように飛び散り、男が絶叫する。と、その頭部が数本の女の腕に抱え込まれた。指がめり込み、開けられた頭蓋骨の穴から脳漿がにじみ出る。かまわずかさぶたを剥がすように、頭皮ごと顔面を引き千切る。筋肉だけになったソレを指が掻き分け、さらにむしり取ってゆく。頭蓋骨にかけられた指に力が込められ、まるで蟹の甲羅を剥がすようにまっ二つに裂いた。あらわになった灰白質の塊を指がほじり、プティングのようなソレを女たちの口へと運ぶ。
廊下に咀嚼音が響く中、女は横目でタバサのほうを見た。
先ほどからずいぶん静かだ。例え貴族であろうと女だ。目の前で繰り広げられる惨劇に、おそらく気絶しているのだろう。そう思い、覗き込んだ目に異様なもの映った。
タバサは目を開けていた。冷徹な目で全てを見届け、そして紫髪の女と目を合わせる。
「貴女も、いずれこうなる」
そう、言おうとした女にタバサは首を振る。
「私は、死なない」
深く息を吸い、渾身の力を込めて身をねじる。わずかに空いた右肩を再度戻すように反対の方向へ押し出し、同時に身体全体を回転させる。
ゴキンと音がして、タバサの右肩が外れた。右腕をつかまれたまま、身体を前方へ乗り出す。右肩から先が伸びて、かなりの隙間が開いた。結果左腕を拘束していた力が弱まり、自由となる。タバサは左腕を持ち上げ、自分の眼鏡をむしり取った。
「ウインド・カッター」
眼鏡のツル部分に仕込まれた隠し杖を振るい、己の周囲にカマイタチの渦を現出、己を捕らえていた腕を全て斬り飛ばす。その際巻き添えで自分の身体が傷ついたがかまわない。
自分を宙づりにしていた腕がなくなり、落下してゆく。その際体勢を入れ替え、右肩を先に床に叩き付けられる。
再び、ゴキンと鈍い音が響く。
「く……」
無理矢理はめ直した右腕で、己本来の杖を構えタバサは呪文を連発した。
「フライ」「エア・ハンマー」「アイシクル・ウインド」
フライの呪文で浮き、エア・ハンマーで叩いて自らの身体をぶっ飛ばす。ホラーとの間に氷の茨で障壁を張り、廊下の端までぶっ飛んだタバサは。
「エア・ニードル」
先ほど、火のメイジの独楽が炎上させた壁に、空気の剣先を突き立てた。
炭化した壁は一撃で砕け、ポッカリと夜の闇が口を開ける。
廊下の果てにたたずむ女ホラーに一瞥もくれず、タバサは夜の闇に身を躍らせた。

青年はゲイティ伯の子息だと名乗った。
「誰?それ」
胡乱げな顔のルイズに、モンモランシーは解説しようとした。
「ええと、トリステイン陸軍の主計で……」
「ふうん。そいつがモット伯の屋敷に居るってことは、グルってことね。どうせ公金横領とかでしょうけれど。よりによってこんな日に出くわすとはね」
不機嫌そうなルイズの声に、モンモランシーの説明はかき消されてしまう。むなしそうにうなだれる金髪おでこ。その間にもルイズの独りオンステージは続く。
「ところで、貴方メイドを一人知らない?今日連れてこられたばっかりの。アタシたちその子を探しているのよ」
「あのう……君たちは僕たちを助けに来てくれたんじゃあ」
「あったり前じゃない!あんた、バカァ?全然会ったことない腐れ度外道を、なんでアタシたちが助けなきゃならないのよ?頭脳が間抜け?」
恐る恐る尋ねる青年を、一刀の元に切って落とすルイズ。
「さあ行きましょ。モンモランシー。とんだ時間の無駄だわ。早くシエスタ探さなきゃ」
「……って言うけど、アイツは放っといていいの?このままじゃあ」
先を急ごうとするルイズを、モンモランシーは引き止める。
「あによ?」
「いや、あのまま放って、万が一助け出されたら私たちが来た事を喋られる恐れがあるんじゃあないかなって」
モンモランシーの指摘に、ルイズはニタリと笑った。
「んじゃあ、口封じしちゃおうか?口封じ!」
「いや、それは!やめいっ!」
危うく青年へ杖を振るいかけるルイズを危うく引き止め、モンモランシーはドウドウドウ!となだめるように言う。
「説得すればいいでしょうに!あちらだって後ろ暗いところがある身なんだし、その辺り脅せば言う事聞くじゃない?」
「めんどうくさい」
「は?」
「めんどうくさい。任せた」
不機嫌そうな顔でさっさと前へ行くルイズ。その後姿を見ながら、ああやっぱり私って苦労人なんだわとの思いを深めて、モンモランシーは向き直る。
自分の運命が測られているとも知らず、先ほどから青年はノコノコと二人の後ろをついて来ている。その、締まりのない顔でモンモランシーを見つめて。
「あの、トイレ行ってきていいかな?緊張が緩んだらいっきにしたくなっちゃって」
(この、呆けがぁっ!)
思わず杖を振るいたくなるのを必死で堪えて、モンモランシーは「ああ、どうぞ。大でも小でも中でも何でもなさいよ」と許可した。

廊下を大股で歩き続けたルイズは、いつの間にか背後の気配が途絶えている事に気がついた。
「ちょっと!何処行っちゃったのよ!?」
グルグルと辺りを見回してみるが、あの特徴あるおでこはどこにも見当たらない。
ようやく自分が独りきりである事を自覚したルイズは、じりじりと後退していった。
どれほど豪語しても、広い屋敷の中に独りだけでいるのは、不安感が募るものである。
万が一、ホラーが出てきても自分だけではどうする事もできないだろう。
第一、自分には魔法の才能がない。
最近では『爆発』という、自分特有の現象を逆手に用いる事にも慣れてきたが、それでもタバサやキュルケ、モンモランシーとの隔絶は大き過ぎる。四人の中では自分が一番役立たずではないか?との思いが大きくなってきていた。
魔戒騎士 鋼牙を召喚したのが自分であると言う、半ば責任感から今まで事態に首を突っ込んでいた。だが、果たして自分は彼の役に立っているだろうか?いざ、冷静に考えると余計な負担になっているだけではないかとの思いが浮かんでくる。
そして、もう一つ気がかりな事。
時折、ホラーとの戦闘中に意識が薄れる事がある。目が覚めれば何もなく、むしろ鋼牙たちが誉めてくれる。
その事を見ると、自分は意識を喪っていると感じる間も戦闘を行なっているのだろう。
今まで無視してきたが、その事をあらためて考えると恐怖を感じてくる。
自分に、一体何が起きているのか?
鋼牙とホラーを召喚してしまった自分は、何者なのか?
特に後者に関しては、彼女の心を責め苛んでいた。ホラーがこの世界に現われなければ、ギーシュもケティもその他の大勢の人間が命を喪わずに済んだのだ。
彼女のその悩みを打ち明けられた鋼牙は、「それは異なる」と断じた。
元々呼ばれたのは自分であって、その前にホラーを倒していなかった自分にこそ責任があるのだと。
まして今回、鋼牙がこの世界に現われたときに紛れ込んだ以外のホラーが居る可能性が強い。もしかしたら、誰も知らないだけでこの世界は当の昔からホラーの脅威にさらされていたのではないか?
例え慰めであっても(ルイズはそのように感じた)、鋼牙がそんな言葉を口にしてくれるのは嬉しかったし、心の痛みを軽くする事ができた。
そんな鋼牙の言葉に応えようとして、自分は今ここに居る。
遣い魔とか、主とかそんな事はもう頭の中からなくなってしまっている。
今はただ、この使命感の命じるままにルイズは戦っていこうと思い定めていた。
……ハルケギニアの人間、しかも貴族にあるまじきルイズのこの意識について、懐疑の念を示す者はこの時点では存在していなかった。これらの事も含めて、ルイズと鋼牙、それぞれがお互いの事に疑念を抱くのはずい分後の事となる。
「!」
考えにふけったまま、たたずんでいたルイズの耳に、女性の悲鳴が届いた。
「まさか!モンモランシー」
慌てて来た道を駈け戻り、その途中で新たな人影を見つけた。
「鋼牙!」
頼もしい自分の遣い魔に再会し、表情を弛めるルイズ。白きコートの魔戒騎士は、凛とした表情を崩さずうなづいた。
「今、悲鳴が聞こえたが?」
「多分、モンモランシーだと思うわ。あの子、この屋敷の人と一緒だったんだけど」
共に肩を並べて廊下を走る主従二人。
「そうか。だが俺はここまで誰も会わなかった。この屋敷の中は人気(ひとけ)がない。召使の一人もいなかったのはおかしい」
「相手は、モット伯の招待客らしかったけどね」
お互いの事を報告しあう二人。
やがてルイズは、モンモランシーと分かれた辺りと思われる場所に到達した。
「モンモランシー!」
何故だか知らないが、開け放たれた扉の前にモンモランシーは呆然と立ち尽くしている。とりあえず仲間が無事だったことに、ルイズは安堵した。
だが、もう一人足りない。先ほど遭遇した青年の姿を探してルイズが尋ねると、モンモランシーは蒼白な顔で扉の向こうを指差した。
近づいてゆく鋼牙。だが、その面はすぐさま緊張を浮かべ、魔戒剣を引き抜いた。
「どうしたの?鋼牙」
近づこうとするルイズに、鋼牙は厳しい表情で首を振った。
ソレと同時に《ザルバ》の警告の声が響く。
『気をつけろ!来るぞ!』
次の瞬間、周囲の空気が一斉にざわめいた。

用を足し終えた青年は、安堵の表情で洗面台に立った。
水のメイジが主人の邸宅である。水周りは、一般的な家屋に比べてかなり高度な整備がなされていた。屋敷全体に石造りの上水道が張り巡らされていて、洗面台には滾々(こんこん)と泉のような水が湧き出ている。
それで手を荒い、顔を洗った。かじかむような地下水のつめたさに、ようやくひとごこちがつく。
正直、青年には何が起きたか全く分かっていなかった。
血相を変えた父親がいきなり現われて、逃げるように命令されたのだ。一も二もなくその指示に従い、屋敷から出ようと右往左往して小一時間。その間誰とも遭遇せず、しまいには心細くなって隠し部屋に逃げ込んだ。裏金などの隠し財産、表沙汰にはできない行為を隠すために、こうした部屋が屋敷じゅういたる所にあったのだ。
「全く、どうして僕がこんな目に遭わなくちゃあいけないんだろ?」
洗面台に手を付き、ため息をつくこと数回。
気を取り直そうと頭を振って、ようやく思いつく。
「そういえば、あの子たちどうしてこの屋敷に来たんだろう?」
制服から、トリステイン魔法学院の生徒だと分かる。彼自身、数年前まで在籍していたからだ。
「二人とも可愛かったな。うん」
低く喉を鳴らしながら、想像の翼を広げて。
「ここに居るってことは、何か後ろ暗い事があるってことだよね」
その事をネタに、言うことをきかせられないだろうか?少なくとも一人は只者ではない。自分たちより格が上だ。
桃色の髪の、気の強そうな少女を意のままにすることを夢想して彼が悦に入っているときだった。
「見つけた」
柔らかな声が、“前方”から聞こえた。
「へ?」
驚いて、青年は“正面にある”鏡を見つめる。そうして、言葉を失った。
鏡には、当然ながら自分が映っている。当たり前だ。
だが、“自分より前側に映っている”女性の姿は何だ?
当然、こちら側の自分と鏡の間には誰も立っていない。
その、紫の髪の女性はにっこりと微笑むと。
「お父さんが待っていますよ」
鏡の向こう側から腕を伸ばして。
「だから貴方も、早く逝って上げてください」
青年の頭を捕まえた。
「わ、わあっ!」
鏡の中の女に、両腕で頭を抱え上げられて、青年は悲鳴を上げた。
ゆっくりと、高く、その身体は洗面台の上に持ち上げられる。
次の瞬間、洗面台の周囲に何十本も腕が“咲いた”。わら、わら、わらと蠢くソレは、青年を誘うように大きく広がっていった。
「ひ!やめ……」
頭を抱えた女の腕が緩み、青年の身体は重力に従って落ちてゆく。
鈍い衝撃と共に落ちた瞬間、青年は無数の指に絡め取られた。
所詮は女の力、そう思い懸命に抗うも腕の数は青年の力を凌駕しており、たちまち頭を先端にして洗面台の内に引きずり込まれてしまった。
「あ、ああ」
頭上には、洗面台の中央にポッカリ開いた排水口の暗い穴。
普通ならば、手首すら入らないはずの大きさのソレにゆっくりと、確実に近づいてゆく。
頭部の先端が排水口に付いた。普通ならばそこで停まる。だが青年を押し込もうとする力はそれでも終わらない。
きしむ音がして、頭骨の先端が砕けた。ぐじゅぐじゅと柔らかくなったそれが狭い穴に押し込められてゆく。
さらに、さらに、さらに、さらに―。
顔面が叩き潰され、肉と小骨と血の袋と化した。それをギュッと絞って無理矢理詰め込む。幅の広い肩を砕き、裂き、ササラのような肉の欠片へと変えてゆく。内臓をつかみ出し、小腸を引き千切り、大腸に詰まった大便を絞り出して血肉と混ぜ合わせる。
汚泥のようになった“かって青年だったもの”の真ん中に二本の足だけがきょ立している。
それは、畑の真ん中に置き去りにされた案山子のように滑稽(こっけい)な姿だった。

「ちょっと、いつまで入ってるのよ?」
我らが金髪おでこ……もといモンモランシーはトイレの扉の前で待ちわびていた。
「緊張感がなくなったら催してきました」宣言の後、ゲイティ伯の息子が中に入ってからずい分たつ。いい加減いらだってきて、目の前の扉を思い切り蹴りたくなってきた。
(この感覚はあれだわ。ギーシュとデートしたときの感覚。自分のことに夢中になって、置いてかれたことにムカついたあのときの感覚!)
なんと言うか、月に向かって吠えたくなるような苛立ちを押さえようとして、モンモランンシーは大きく深呼吸をした。
(吸って、吸って、吐いて―じゃないっ!)
ヒーヒーハーとかわけの分からない呼吸法を取りやめ、扉に向き直るモンモランシー。
その瞳は、硬い決意の光を宿していた。
「やるしか、ないわね」
グッと顎に力を入れて、顔を上げるとモンモランシーは己の遣い魔の名前を呼んだ。
「陰、陽……来なさい」
サラサラと軽い音を鳴らしながら、腰のベルトに下げた水筒の中から半透明の蛇が現われる。両頭の蛇は彼女の肩越しに、ちょうどケープを羽織るような感じで巻きついてゆく。
広げた両腕に、化蛇の二つの頭が来るよう巻きつけ、モンモランシーは構えた。
「水よ」
自分の周囲に水を飛び出し、後は遣い魔の制御に任せる。鋼牙の世界で数十リットルの単位で数えられる水が少女の周囲で渦巻いた。
やがてその渦は、モンモランシーの両腕の前方である形を成した。
先端が尖った、高速回転する螺旋型の形状である。
左腕のドリルを右回転!
右腕のドリルを左回転!
この二つのドリルの間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的水嵐の小宇宙!
両腕のドリルを、モンモランシーはためらう事無くトイレの扉へ叩き付ける。
「!」
粉々に吹き飛んだ扉から中に入ろうとしたモンモランシーの見たもの。
それは噴水のように血を噴出しながら、人間の両足を飲み込んでゆく洗面台だった。
何本もの腕が一斉に動き、無理矢理極小の空間に詰め込もうと蠢いている。その様子は、生白い女の腕を蝕手代わりに持つイソギンチャクのようであった。時折脚がビクンビクンと震えるのは、残った神経が時折筋肉を刺激するからだろう。
肉と骨の磨り潰される音を響かせながら、洗面台に血の色の間欠泉が吹き上がってゆく。
「モンモランシー!」
立ち尽くすモンモランシーに、安堵の表情を浮かべたルイズが駆け寄ってくる。その背後にもう一人、魔戒騎士の姿があった。どうやら鋼牙と無事合流できたらしい。
ルイズに青年の事を尋ねられて、モンモランシーは蒼白な顔で扉の向こうを指差した。
近づいてゆく鋼牙。だが、その面はすぐさま緊張を浮かべ、魔戒剣を引き抜いた。
「どうしたの?鋼牙」
近づこうとするルイズに、鋼牙は厳しい表情で首を振った。
ソレと同時に《ザルバ》の警告の声が響く。
『気をつけろ!来るぞ!』
次の瞬間、周囲の空気が一斉にざわめいた。黒き渦が次々と現われ、中から女の腕が生えてくる。
ウネウネと蠢くそれらは、青年を排水口の中に引きずり込んだのと同じものだ。
『ホラー ラゴラは“千手を持つモノ”とも呼ばれている。斬っても斬っても腕は生えてくるぞ。本体を探し出して討つのが一番だ』
「それを早く言いなさいよ!」
次々と空中に花咲かせる腕に、爆発の魔法を放ちながらルイズが叫ぶ。
「ここから離脱するぞ。《ザルバ》の言うとおり、本体を探す」
ルイズの足首を捉まえようとした腕を蹴り飛ばし、鋼牙が告げた。
モンモランシーもそれには同意する。
「こんな薄気味悪いところに、いつまでも居たくないものね。私が穴を開けるわ。殿(しんがり)をお願いできるかしら?」
「ああ」
鋼牙がうなづくのを見て、モンモランシーは己の遣い魔に語りかける。
「頼んだわよ。陰、陽。初陣だけど頑張って」
すると一際、両腕の水流ドリルが回転を増した。
それを前方に構え、金髪おでこ少女は蠢く腕の森に雄雄しく立ち向かう。
「行っっっっっけええええええええいっ!」
両腕のドリルが腕を切り裂き、引き千切り瞬く間に前方へ穴を穿つ。
その中へ身体を割り込ませるように、モンモランシーはひたすら突っ込んでゆく。
その周囲にはルイズの爆発魔法の渦が巻き起こり、さらに被害の拡大をつとめた。
最後に鋼牙が魔戒剣を振るい、追いかけようとする腕を切り飛ばして三人はその場を後にした。

何処か遠くから爆発音が聞こえてくる。
聴き覚えのあるソレに、キュルケは微苦笑を浮かべて足を一歩踏み出した。
湿った生温い空気が、特徴的な赤毛を揺らした。
その中に混じった、シャボンと香水の匂いを嗅いで彼女は居小さく嘆息する。
「あーさっさと帰ってお風呂入りたいわねえ。こー横に男を侍らせて、お酌をさせながら身体を磨かせたら最高ねえ。今度学院のお風呂、一晩貸切にできないかしら」
モット伯の別邸、地下一階部分にある浴室部分である。地下から湧き出る冷泉を火の魔法で温め直したソレは、温泉特有の異臭は少ない。この辺りの地盤の関係で、極めて軟水であり湯色は透明である。
おまけにイロイロな用途に使うせいか、浴室は複数有り、中にはキュルケ好みのマニアックな仕様もあった。
ソレを見て、より一層欲望を刺激されたキュルケである。おまけに先日の事件でベリッソン以下愛人を軒並み失った後だ。正直、今の彼女の身体は“性欲を持て余す”状態だった。
「んー、一日ぐらいダーリン貸してくれないかしらねえ。仲間の健康管理って意味合いで、ヴァエリエールも融通利かせてくれてもいいのに」
身勝手というより、欲望に忠実なだけである。しかもソレを素直に口にするものだから何かと物議をかもし出す事になる。分かっているが止められない。それがキュルケのキュルケたる性分だった。
しばらく石畳の廊下を歩いていたキュルケだが、不意に立ち止まり背後に目線を向けた。
「何か用かしら?さっきから後ろを付け回って、言いたいことがあるなら、姿を現しなさい」
すると、地下階の基礎を支える大きな柱の陰から、一人の女性が姿を現した。
「……貴女……」
しばらく眉をひそめていたキュルケだが、不意に顔色を変えるとその紫の髪の女性へ突進していった。
「いいデザインじゃないその服!セクシーかつ斬新!そんな格好だったら、ダーリンを誘惑できるかしら?」
思わず身構えた紫髪の女性の手をとり、しきりに「いいわあ。これ」などと呟くキュルケ。完全に相手は気を呑まれて呆然としてしまっている。
「ふうん。いい生地使ってるわねえ。わあ、ここが透けてるのねえ。この切れ込み、お酌するとき、チラリと覗くようになってるのかあ。う~ん。どこかに一式残ってないかしら?是非とも持って帰りたいわ」
「あ、あの」
ベタベタと自分の身体を撫で回すキュルケから、紫の髪の女―シャチーは必死になって身を離した。
「ん?あによ」
「こんなところに、私が居る事を奇妙だと思わないのですか?」
なぜか敬語である。シャチーの言葉を聞いて、キュルケは「ああそう言えば」などとうなづいた。
「でもねえ。この屋敷のメイドさんの格好でしょ?居てもおかしくないんじゃない?それとも」
ニタリと、不敵な笑みを浮かべて。
「貴女が、ホラーなのかしら?」
「!」
再度身構えるシャチー。困惑を面に現しながら口を開く。
「分かっててどうして?無防備にも程がありますよ?」
ソレに対して頭をボリボリ掻きながらキュルケは―。
「あーやっぱり、私の勘通りかー」
無造作に言い放つ。そうして―。
「まあ、いいじゃない。そっちだっていきなり襲い掛かろうとはしなかったみたいだし。で、どーするの?」
再度不敵な笑みを浮かべながら、おもむろに杖を持ち出した彼女は、いっそ優しげな雰囲気で艶やかに問うた。
「やっぱり殺りあう?」
「ええ」
それに対し、うつむきながらシャチーも同意する。
「貴女は、メイジだから……メイジは滅ぼさなくちゃ、ならない」
キッ!と顔を持ち上げて、キュルケを睨み据える。その面には、先ほどまでのたおやかな風はない。純粋にホラーとしての狂相が浮かんでいた。
「私は……私たちは!メイジの力を手に入れた!もう、力なき平民じゃあ、ないのっ!」
メキメキと音を立てて、シャチーの上体部分が裏返ってゆく。裏返った背中側には、大勢の少女達の顔がレリーフのように浮かんでいる。
「もう、平民じゃない」「違う」「メイジの力」「だからメイジ」「魔法、使う?」「メイジ、殺す」「できる」
さらに女性の後頭部、左側面に別の顔が浮かび上がった。胸の少女達と違い、ある程度歳を食った男の顔だ。キュルケは知らなかったが、それはモット伯配下の風のメイジとゲイティ伯だった。
「そう……もう誰にも、何にも私たちは傷付けられないっ!」
「傷つけられない」「犯されない」「倒せ」「犯される前に」「殺せ」「傷付けられる前に」「倒せ」「幸せに」「なるために」
後頭部と即頭部の男たちの口から、呪文の詠唱が紡がれる。
次の瞬間、凄まじい暴風と炎の独楽がキュルケを襲った。
風に巻きあげられ勢いを増した炎が、全てを飲み込んでゆく。だが―。
「燃えて、いない?」
燃え盛る紅蓮の炎の中、キュルケは火傷一つなく立っていた。頭上に杖を高く掲げている。その杖の先端から金属光沢の奇妙なリボンが一条、キュルケの身体を包み込むようにクルクルと輪を描いていた。シャチーの放った攻撃は、ことごとくリボンに阻まれキュルケ本体に届かなかったのだ。
「魔法の腕は悪くはないわね……おや、“吸収したメイジの”を付け加えるべきかしら?」
二ィと笑みを浮かべながら、キュルケは杖を前方へ突き出す。杖の先端についたリボンは、今度はシャチーの方角へ螺旋を描いて伸びていった。
「でも、相性が悪すぎるわ。炎のトライアングルの私に、風と火の魔法で攻撃しようなんてこと自体が無謀よ。風は炎をあおり、炎は炎に吸収されてこちらの力になるだけ。甘いなんてものじゃあないわ。ソレに」
杖の先端、今も回転中のリボンに目を遣り。
「その程度の熱じゃあ、この耐熱性金属でできたリボンを焼き切るなんてこと、到底無理ね」
「耐熱性、金属?」
超合金スーパーアロイ 二ッケルを基本として鉄やコバルトをブレンドして作られる耐熱・耐腐食性の高い合金のことである。こちらの世界では主にジェットエンジンのタービン等に用いられるソレと同等の素材で、キュルケは己の杖を新調していた。ハルケギニア西方で最も優れた工業技術を誇る、ゲルマニア出身らしい装備だと言えよう。
「燃え盛る炎を身にまとい、さらにさらに燃え上がり燃やし尽くす!この私の攻撃をとくと味わいなさいっ!」
キュルケは『ヒート・エンチャント』の呪文を唱えた。本来、武器などに炎の属性を付与する補助系呪文である。掲げた杖の先端が炎をまとい、リボン全体が赤熱化した。
「逝っけえええええええいっ!」
高温を放つリボンが蛇のように伸びて、シャチーへと向かう。シャチーはとっさに黒い渦を呼び、その中に腕を突っ込んだ。リボンの進路に渦が生まれ、何本もの腕が盾となってその前進を妨げた。
「まだまだっ!」
キュルケはリボンを横なぎに振るった。大きく鈍い音が響き、石造りの廊下の壁に線が走る。シャチーの前に展開された腕が切り裂かれて、バラバラになって落ちた。
「く!」
シャチーは渦の中から腕を引き抜いて後退した。もはや自分とキュルケとの間を妨げるものは何もない。
「さあ、覚悟なさい」
ウフフと喉を鳴らして、キュルケは一歩足を踏み出した。
「手も脚も切り落として、身動きできないようにしてダーリンに渡してあげるから。その後でシエスタを探し出せば済む事だわ」
「シエスタ?」
恐れ慄きながら、シャチーはその名前を呟いた。
「貴女、シエスタを探しに来たの?」
「ええ、そうよ」
キュルケは一旦リボンを手元に戻し、うなづいた。
「本来の目的はそっちなのよ。こっちとしちゃあシエスタさえ助けだせればそれでいいの。あなた方ホラーの面倒は別の人が見るわ」
「そんな……どうしてあなた方、貴族が平民なんかを」
「決まってるじゃない!あの子が私たちの友達だからよ!」
(まー、正確には友達の友達は皆友達だー!のレベルなんだけどねー嘘言ってないしー)
堂々と胸を張りそう宣言する。ユサリタユリと揺れる胸を眩しそうに見ながら、シャチーは小さく吐息した。
うつむいて、もう一度上げた顔は晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「わかったわ」
シャチーは元の姿に戻り、キュルケに背中を向けた。
「ん?あによ。もう戦わないの?」
「ええ」
うなづく紫髪の女。階上へ向かう階段の前で足を停めて。
「シエスタを、あの子を連れて帰ってくれるという、あなたの言葉を信じます」
そうしてあらためてキュルケの方を向いて、シャチーは深々と頭を下げた。
「どうかあの子を、よろしくお願いします」
その行動は、完全にホラーの行動原理からは逸脱していた。

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