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牙狼~黄金の遣い魔 第5話(Bパート)

ジュール・ド・モットにとって、「己が貴族である」ということは「手に持っている林檎を放せば下へ落ちる」ということと同じくらい至極当然の事であった。
そこに平民が居ればすべからく皆が皆自分の快楽のために奉仕すべきであったし、平民の命を手折ることは、幼児がアリの巣に小石を詰めることくらい無自覚な行為であった。
同時に彼にとって、人間(あくまで貴族=人間だ。ここに平民は含まれていない)は自分に益をもたらすものともたらさないものに二分されていた。
例えどれほど身分が上であろうと、己の役に立つ者は評価されるし、反対に損害を生む者は謗(そし)られて当然だった。
そういう意味では、彼は別な意味で実力主義、かつ平等な精神の持ち主であると評価されるべきかもしれない。
例えば枢機卿であるマザリーニは典型的な後者であった。常日頃から彼のような貴族の行動を掣肘し、その力を削ぐよう主上に具申している。幸いにもマリアンヌ元王妃や現行のアンリエッタ王女はそれら変革にあまり乗り気ではない。マザリーニ自身が国家を私しようとしているのではないかと不審を抱いている節もあり、かの者の追及の手が自分が及ぶ事は、まだなさそうだった。
そうして、自分の目の前にいる男は、前者に属する。
ロナルド・アルマーニ・ゲイティ伯爵。現在、トリスタニア陸軍の主計を務めている男である。鍛え上げられた体から、最前線で戦って今の地位を得たと思われがちだが、それは違う。
ゲイティ家は代々武門の誉れ高い家系であった。だが彼は異なり、戦略戦術の研究に情熱を傾けるのではなく、帳簿の精査に精魂を込めた。軍の無駄を省き、それにより精鋭を産むことを望んだのだ。鍛え上げられた身体は、自分が戦争に従事する事がなかったと言う、後ろめたさの裏返しだろう。
もっとも、それらはゲイティ伯のまだ若かりし頃の姿である。
歳月はヒトを劣化させる。二十年にも及ぶ軍の財源を動かしてきた経験は、国の金と自分の金の境界線を曖昧にさせた。
端的に言えば、下級兵に支給するはずの装備費用等を削減し、浮いた分を己の懐に入れるようになったということだ。
累は友を呼ぶ。あるいは同病相哀れむというべきか。こうした不正はすぐさまモット伯の知るところとなった。そうして、モット伯の提案により軍の財源の横領はさらに緻密に大規模に、厳重に隠蔽されて行なわれるようになったのだ。
本日はそうした仕事仲間に対する、慰労も兼ねた会合であった。ゲイティ伯の仕事を将来受け継ぐ事となる、息子の顔合わせの意味も存在した。
「ふむ。これが『幻想の狂本』ですか。なかなか見事なものですな」
目の前の画集をパラパラとめくりながらモット伯はうなった。素人目にはデッサンのいびつな、氾濫する色彩の塊が飛び込んでくるだけだ。ソレがこの世界からあきらかに逸脱した、シュールレアリズムの絵画集だと誰が気付こう。噂を聞きつけて賭けの対象として手に入れたが良いが、明らかに彼の趣味から外れていた。いずれ、機会を見て誰かに売るか次の賭けの景品にするのが良いかもしれない。
一方、彼の正面のソファに腰掛けて、ゲイティ伯は己の掌の内の瓶を眺めていた。切り子細工でカットされた中には、どろりとした漆黒の液体が入っている。
「……しかし、まさか胎(はら)の中に居るのが男と女の双子とは思ってもみませんでしたな」
「まあ、今回は傷み分けという事でよろしいのでは?」
ブツブツ言う主人に、背後の風のメイジが取り成すように言った。
「こういった番狂わせは、めったに起きるものではありませんでしょう?」
「まあな。次は勝ってみせるが」
「それにしても戴いたこの薬、早く効能を確かめてみたいものですな」
景品である、人の心を破壊する秘薬を眺めながらゲイティ伯が呟いた。
「確か、今日新しいメイドが入荷するとか?どうでしょう?それで試すというのは?」
「あいにくと」
モット伯はとんでもない、という風に首を振った。
「最初のうちは“素”で試す事にしているのですよ。初めての嘆き,悲しみ、時には憎しみ。その一切合切(いっさいがっさい)が素晴らしい。まあ、一月ほど抱いて、飽きてきた頃にお渡しするのはどうでしょうか?それでしたら、この屋敷をお貸ししますよ」
「なるほど、ではそういうお約束で」
両者は合意した。そこで、モット伯のワイングラスが空になっていることに顔をしかめた。
「ふん!新しいワインを持ってこいと指示したのに、メイドどもは何をやっている?これは一つ叱らねばなりませんな」
雇い主の不興を感じ取り、風のメイジはドアへと向かった。
「今すぐメイドたちに新しい酒と酒肴を持ってこさせましょう」
「ふむ。ならば」
モット伯が顎を摘み撫でさすりながら。
「先ほど話しに出た、新しいメイドに持ってこさせなさい。もうそろそろ、身支度も終えている事だろうからな。ゲイティ伯にもお見せせねば……おお!」
いい事を考え付いた!というように両掌を打ち合わせて。
「食堂から、裸で持ってこさせなさい。裸身を眺めつつ杯を重ねるのも悪くはない」
「かしこまりました」
風のメイジは一礼し、去っていった。閉じかけたドアから会話の続きが漏れる。
「そうそう……次の予算案では……」
香水とシャボンの香りに包まれて、シエスタは頬を上気させた。
あれから、彼女は『シャチー』と名乗る年齢不詳の女性に文字通り『磨き上げ』られた。
全身を洗われて、まるで一皮剥けた様な感じがする。
素朴な印象を消さぬ様、ナチュラルに施された化粧はシエスタを別人に見せていた。おそらく、学院の同僚が見ても誰か分からないだろう。
「あのう、この格好は?」
胸や太ももなど、かなりの部分の肌が露出したようなメイド服に戸惑い、シエスタはシャチーの顔を見つめた。
「少し、肌が出過ぎなような。それにこのスカートの部分、良くみたら中が透けて見えちゃってます」
「ごめんねえ。この屋敷のメイド服って、これしかないの」
シャチーは残念ながら、と首を左右に振った。
「下手に隠しちゃったりすると、この屋敷の貴族が怒鳴りまくるわ」
「そうですか。わかりました」
幸い、普段なら穿かないような絹製の小さな下着を身に着けている。透けても肝心の中身を見られる心配はかなり少ないだろう。
そのように思い、礼を述べようと彼女は深々と頭を下げた。
「どうもありがとうございました。シャチーさん」
「ううん。お礼なんて言わなくて良いわ。本当はそんな格好、させたくないもの」
「……」
言われて押し黙る、シエスタにシャチーは穏やかに声をかける。
「今まで、いっぱいいろんな子たちを見てきたわ」
「はい」
「どれだけ明るい、良い子でも来て一週間で絶望に染まり切った目をするようになる」
「そんな」
「希望を持つなとは言わない。でも、これからの自分の人生に救いを求めない方が良い。求めれば、求めるだけ不幸になるから」
シャチーが提示する冷たい現実に、シエスタはせっかく奮い立たせようとした心が萎えて行くのを感じる。
「救いなんて、ない」
「ええ、ここには救いはない。あるのは自分の魂ごと引き裂かれ、腐らせて行く醜い現実だけなの。それでも……」
シャチーは息を吸い、うつむくシエスタの目を覗き込んで続けた。
「それでもなお、隙を求めるならばそれは……神様なんかじゃなく、悪魔に求めなさい」
「悪魔?」
「私たちに醜い現実を強いる神様なんかより、魂一つでお願いを聞いてくれる悪魔の方がマシよ。そうは思わない?」。
それは、ホラーのことだろうか?一連の事件で当事者の一人だったシエスタは、どのように反応したら良いのか迷った。それを『悪魔』という言葉に怯えていると捉えたのか、シャチーは彼女の背後に回り、そっと抱き締めた。
「シャチーさん?」
「怯える事はないの。悪魔は……もう、来ているから」
唇がうなじを撫で、耳たぶを噛んだ。
思わず背筋を強張らせるシエスタに、シャチーの抱き締める腕はあくまで優しい。
「大丈夫。“私たち”に任せなさいな」
慈しみに満ちた声は、故郷のタルブ村に残してきた母を思い起こさせた。
「だから今は……眠りなさい。“私たち”の胸の中で」
そうして、シエスタの意識は急速に喪われた。

しばらくの間、シャチーは少女の身体を抱き締めていた。
やがて、抱き締めていた腕を放すとシエスタの身体は崩れ落ちる。
悪い夢にうなされているように眉をしかめている少女を見下ろし、シャチーは嘆息する。
「まだね。この子は、まだ絶望が足りない」
「足りない」「まだ」「絶望?」「希望を持つ?」「それでは」「ない」「喰え」「なれない」
すると、どこからか何人もの女性の声が聞こえた。
この浴室には、二人しか居ないはずである。にもかかわらず、複数の話し声が聴こえる。しかもそれは、幾人もが口々に言い合い議論するような雰囲気だった。
やがてシャチーは、それら何人もの声に結着をつけるみたいに首を左右に振った。
「この子は、置いてゆきましょう」
「……」「置いてゆくの?」「ずるい。この子だけ」「ずるくない。仕方ない」「それでいい」「この子……だけでもせめて」「よかったね」
それら複数の女たちが結論に達したのを確認すると、シャチーはシエスタに背を向けた。
そうして、静かに浴室の外へと歩んでいった。
「さあ」「始めましょう」「終わりを」「けりを」「結着を」「自分自身の」「手で」「メイジどもを」「ころせ」
様々な声のさざめき……それはシャチーの湯浴み着に隠された背中から聞こえていた。
暗闇に満たされた平原の上空を、一匹の風竜が翔んでいた。
トリステイン魔法学院から、西北の方角へ向かう街道沿いである。
なだらかな丘陵は本来は牧草地であり、昼間は羊達が群れ集っている。だが、今は完全な闇に閉ざされてうかがい知る事はできない。
その龍の上、四人のうずくまる様な影の一つが身を起こした。
「間違いない。この方角でよい」
手にした小型の六文儀を小物入れにしまいながら、蒼髪の眼鏡の少女はうなづいた。
「もうすぐ」
指差す方向に、来る黒々とした盛り上がりが見える。目的地のモット伯の別邸は、この森を背に建てられていた。元々は背後の森で狩猟する目的で、他の貴族が築いたものを買い取ったらしい。
「それじゃあ、手はずどおりでいい?」
四人のうち、桃髪の少女が推し量るように周囲の顔を覗き込んだ。残りの三人の少女は一も二もなくうなづいた。いつの間にか、彼女は四人の中で参謀兼まとめ役としての役割りを果していた。
「ダーリンはとっくの昔に後ろの森を出発してるんでしょ?私たちはその陽動ね」
「……それとシエスタの救出よ。鋼牙はホラーと戦うだけだからね」
「コウガが侵入すれば、警備は外から内に向かう。その際に私たちにも侵入のチャンスが生まれる。そういうことね」
四人のうち、金髪巻き毛の少女が大型の水筒を抱えていた腕に力を込めた。
「この子たちの、初陣ってわけだ」
「それじゃあ、作戦開始!」
赤毛の少女の合図と共に、風竜はその鎌首を下方へ差し伸べ、急速に高度を落とし始めた。

貴族の邸宅には、当然の事ながら警備の兵が居る。
未だ国家の治安組織が、未発達なレベルで留まり続けているハルケギニア西方である。さすがにお膝元である首都では王宮付きの近衛師団がそうした役割りを果しているものの、それ以外はせいぜい街道筋の関所の兵士くらいしか配備されていない。貴族の子弟が大勢身を寄せる魔法学院では、反対に敷地の周囲を強力な魔法結界に遮られて外側から侵入はできないようになっていた。《ザルバ》が学内のホラーの気配を察知できなかったのは、そのせいらしい。
そうして、有力貴族の一人たるモット伯の別邸にも警備の傭兵がいた。
正面の門に翼犬を従えた兵士が二名。これは逃亡者が出た場合追跡の任も負う。
門内側の詰め所にボウガンと剣を装備した兵士がそれぞれ四名。また交代で屋敷の塀内を巡回する槍を装備した兵士が六名居る(二名ずつの交代性の巡回だ)。さらに裏門に二名。こちらは閑職であり、もっとも人気がない。滅多に人の出入りがないか……あっても物言わぬ躯と成り果ててからだからだ。幾ら少女だからと言っても、死後硬直を起こした死体を抱く趣味はない。
その日の夜、警備の兵たちはいつになくだれた様子だった。
昼間この邸宅で一番幼かったメイドが始末され、その衝撃も覚めやらぬうちに夕方頃早くも新しいメイドが補充された。時たま自分たちも余禄を戴く事はあれど、事態もここまで来るとやっていられるかと厭世感ばかりが先立つ。中にはアルコールを胃の腑の中に流し込んで警備に立つ者も居た。
「ん?霧」
だから、次第に屋敷の周囲を包み込んでゆく白い闇に別段注意を払わなかったのも仕方がない。この別邸は、背後に森を持つせいでこうしたもやが発生しやすかったということも理由となる。
さらに立ち込めたもやのせいで、邸宅の外は周囲数メートル以上見通せない情況に陥った。
そして。
「この音は!」
正門側に立っていた傭兵達は、風を斬って近づいて来る異音に気がついた。
霧に閉ざされた彼方。白き闇の向こう側から急速に近づいてくるものがある。
警戒する傭兵の正面で大気が揺らぎ、オレンジ色に染まった。
見る見るオレンジ色の塊は巨大化し、弓なりの軌道を描いて門扉へとぶち当たった。
灼熱の炎の塊がぶつかった門扉は半分が吹き飛ばされ、半分が蝶番が外れて斜めに傾いだ。
それを見た傭兵達は大声で叫んだ。
「賊だ!賊が攻めてきたぞ!」
「東だ!東の方角だぁ!」
幾つもの火球が飛んできたのは、モット伯の別邸から見て北東の方角だった。

「高度……よし!そのまま」
「フレイム 降下準備」
「固定具切り離しOK」
「キュルケ・アウグスタ・ツェルプストー。降下します!」
風竜シルフィードは、街道筋を大きく回りこみモット伯の別邸の南の方角から侵入した。
徐々に高度を下げ、数メートルまで達したところで前肢と後肢で固定していた金具を外す。
次の瞬間、専用の鞍(くら)にまたがったキュルケとルイズごと、シルフィードにスリングされていた火トカゲ フレイムは地表に向かって降下していった。『レピテーション』の魔法により、質量を殺してあるから落下の衝撃波問題ない。地面に投下されたフレイムは、土煙を上げながら疾走を開始した。鋼牙の元居た世界の単位で言えば、時速30キロの巡航速度で目標に対し北北東へ急迫してゆく。
一方、フレイムを投下したシルフィードはたちまち速度を上げ、急上昇し始めた。再び大きく迂回し、今度は別邸を西の方角へ見る地点まで移動する。
(なるほどね。これはいいじゃない。こんな感じで敵の頭越しに陸上戦力を投入できたら、あっと言う間に敵陣を落とせそうだわ)
遠ざかってゆく風竜を見送りながら、キュルケは考えた。
(複数の火トカゲで構成された火力中心の部隊を、運搬専用の竜で移動投下。火力を集中して短時間で制圧して、再び竜にスリングされて後方基地へ帰還する。攻撃力はあっても、機動力は馬ほどでないサラマンダーを補う方法かあ)
ルイズの提示した、これまでにない戦術にキュルケは瞠目した。
(この子いったい、何処でそんなこと覚えたのかしら?)
そう思い見ていると、気付いたのかルイズは最近良く見せるようになった『ヒトを安心させる笑顔』でうなづいた。
「霧は……出てきたのね?」
モット迫の別邸辺りを見据え、キュルケはうなづいた。屋敷は、森ごと濃密な霧に包まれつつあった。タバサとモンモランシーによるかく乱用の霧である。
「それじゃあ、いきますか!」
キュルケはルイズに指示されたとおりの方角へサラマンダーの火球を放った。
すなわち、目標の別邸からやや東側へかすめる方向、このままならば当たらないだろう位置へだ。
しかもかなりの急角度で、このままならば霧の立ち込めた高度よりさらに上で放物線の頂点を描くであろう。
案の定、火球は霧を貫いてさらに上空へと躍り出る。
だが、驚くべきことにその高度まで上がった火球は、西の方向へ引きずられるように大きく弧を描いた。
結果的に再び霧の中へ没するときには、火球はモット伯の別邸から見て東の方角から放たれたように着弾した。
チカリ!と上空の風竜から魔法の明かりで合図が送られる。霧の上空に強く吹く、風の魔法による火球の誘導が上手くいったという信号だ。
今頃、別邸に詰めている警備の傭兵たちは、全然関係ない方角からの襲撃に備えているだろう。しかも闇雲にボウガンを放っても、決して当たらない場所からキュルケは攻撃しているのだ。
「このまましばらくの間、攻撃を続けてちょうだい。その間に、鋼牙が裏側の森から屋敷の中に侵入するわ」
あらかじめここへ来る前に、反対側の森の入り口で魔戒騎士を下ろしておいたのだ。表側の騒ぎが最高潮に達したときを見計らい、鋼牙は突入するというのがルイズの立てた作戦だった。
「オーケー。風竜に運ばれたおかげで、こっちは余力がまだまだあるわ。幾らでも攻撃できるわよ。フレイム……ファイエル!」
次々と火球が放たれ、霧の向こう側へ消えて行った。

冴島鋼牙は、森の中を『翔んで』いた。
文字通りの意味である。森のあちこちに伸びている、大木の幹を蹴りつけて木々の間を移動しているのだ。森の地表面に生えた潅木や、潅木のために見ることができない地面の起伏を避けるために取った移動方法だ。
そのため、鋼牙の移動速度は驚くほど速い。もしもその様子を夜の森の中で目撃する者が居れば、鋼牙のことを化生(けしょう)のものであると断じたかもしれない。
「む!」
やがて鋼牙は、奇妙な風景に遭遇した。うっそうと茂る森の中央。本来ならば木々が一番被い茂っているはずの場所がポッカリ空いた様になっていたからだ。
「なんだここは?」
跳躍を止め、空き地に降り立った鋼牙は慎重に見回した。最初は伐採した跡かと思ったが、そうではないらしい。地表にはところどころ穿り返したような痕跡が残っている。その数は何十のオーダーに登る。良く見れば穴が穿たれた時期はまちまちで、数ヶ月から数日の範囲に及んでいるようだった。……おそらく、探せば年単位のものもあるのだろう。だが風雪がその痕跡を覆い隠し、確認しにくい状況となっている。
鋼牙はそれらの痕跡のうち、一番新しいものへ近づいていった。
『こいつは』
どう見積もっても数時間前。つい今しがた埋め戻したように見える穴の痕跡だった。魔戒剣の鞘の先で土を払いのけると、そこから出てきたのは小さな小さな指だった。
さらに掘り進める。すると現われ出たのは。
年の頃は十二、三歳くらいか。まだ幼さの残る、それは少女の遺体だった。
『なるほど、ここがホラーの発生場所か』
推測する魔導輪《ザルバ》。鋼牙もそれに同意した。
「だが、陰我の密度が薄い。もう発生してしばらく経つようだ。既に例の屋敷内に居るんだろう」
『ああ、どうやらそのようだ』
「ならば急がねばな」
すばやく少女の遺体に土をかぶせ、鋼牙は屋敷の方角へ向かった。最後に空き地を一瞥し、再び跳躍を開始する。
モット伯の元で命を閉じた、何十人ものメイドたちの遺体も埋められているだろう空き地は、森の木々に飲み込まれ見えなくなった。

爆音が轟いたとき、モット伯の別邸裏門に詰めていた警備の用兵は浮き足立った。
どうやら巡回の兵士も表側に回ったらしい。一体何があったのか、正確な情報を知ろうと二人のうち一方が提案した。
「賊は表側から攻めて来てるんだ。俺たちも応援に行くべきだ」
「いや、こんなときこそ持ち場を離れないほうがいい」
「馬鹿!ここにじっと立ったままでいてみろ。後で『賊が攻めて来た時、貴様らは何もしなかった』とか言って責められるのが落ちだ。俺たちも駆けつけたほうが良い!」
二人の議論は平行線を描き、ついに一方が表側へ駆け出していった。
「全く……馬鹿が」
残った一方が忌々しげにはき捨てたとき、ソレは起こった。
「!」
いきなり正面の森の奥から、白い人影が飛び出し彼の前に立った。
「あ?へ?」
あまりに突然の出来事に、傭兵は武器を構えるのも忘れて呆然とした。
鋼牙は素早く相手に密着し、魔戒剣の柄をみぞおちに叩き込む。ついで身を折ってがら空きになった相手の後頭部に躊躇なく肘を叩き込んだ。
意識どころか、魂まで手放しかけた相手を森の木陰まで引きずり、腐葉土の中に隠す。
「悪く思うな」
『仕える主人が悪かったと思って、まああきらめるんだな』
もう一度周囲の気配を確かめ、門扉を押し開けた鋼牙は素早く屋敷の中に身を滑り込ませた。

「一体、あいつらは何処に行ったのだ!」
モット伯の腹心を務める、風のメイジは憤っていた。
切れたワインと酒肴を用意するよう、厨房に居るはずのメイドに命じようとした。
だがそこには誰も居らず、他の場所を探しても人影一つ発見できなかったのだ。
信じられない事態だった。今日一人殺したとは言え、この屋敷には後数名メイドが居るはずなのだ。トリスタニアの本邸に比べれば少ないが、それでも限られた屋敷の敷地の中見つけられないのはおかしかった。
「まさか」
一つの推測に思い至って、風のメイジは表情を歪めた。
「逃げたのか?一斉に」
考えられないわけではないが、可能性は極めて乏しい。いくら街道筋に程近いとはいえ、夜中に身一つで飛び出て生きながらえるのは不可能に近い。ましてや警備の兵の中には、こういった事に慣れた者も居る。翼つきの犬―ウインドドッグならばたちまち追い付いて血祭りにあげるはずである。
「ならばどこかに隠れているのか?小ざかしい」
フン!と鼻を鳴らして、杖を掲げる。風の魔法の中には、大気を伝播して相手を感知する技もある。ソレを用いていなくなったメイドを探そうというのだ。
砲撃の(ような)音が響き始めたのは、そのときだった。
「何事だ!?」
突然の異常事態に、表門の方へ行こうときびずを返しかけた彼はようやく気付いた。

一人のメイドが、先ほどから自分の背後に立っていたことに。

「むう?」
そのメイドの名を呼ぼうとして、風のメイジは詰まった。
少なくとも見たことがない顔である。屋敷に居るメイドの顔と名前は、ほぼ把握している。だが、今目の前に居るものには記憶がなかった。
いや、見たことがあるのか?
その紫の髪のメイドの顔を、メイジは何度も目をしばたいて見つめ直した。
見た事がある。だが、見た事がない。
そんな矛盾に彼の頭の中は激しく混乱した。
否、認めたくなかったのかもしれない。
そのメイドが、『自分が殺してきたメイドたち全て』に似ているということを。
「なん……だ、お前?」
震える指で、彼は相手を指した。
「お前、何者なんだ?」
「お忘れですか?」
その、シエスタに『シャチー』と名乗った女性はいっそ楽しげな口調で尋ね返した。
「おかしいですね?あなたたち、あんなに『私たち』を弄んだじゃあないですか……壊れてしまうまで」
「なん、だと!」
風のメイジの額に汗が浮かぶ。はっきりと見て分かるほど、彼は顔色を青ざめさせた。
「弄んだ!?壊した!?いや、知らない!知らないぞ!貴様のような女は、この屋敷に居た記憶がない!第一……」
ここで、メイジの言葉が止んだ。まるでこれ以上は語ってはならない、というように口を噤(つぐ)む。
「だいいち?」
シャチーは、風のメイジのそんな言葉尻を捉え、微笑んだ。そして続ける。
「そう……『第一、この屋敷から生きて出ていったメイドはいない』……そのはずですものねえ」
「くそっ!」
風のメイジは、ののしりの声を上げながら杖を振り上げた。
「何処の手の者だ?枢機卿か?近衛師団の密偵ではあるまいな?今すぐその両腕両脚斬り飛ばし、たっぷりと尋問してやる」
「両腕を斬り飛ばす?」
シャチーは不思議そうな顔をした。首を九十度傾けて、カラクリ人形のような足取りで歩み寄ってゆく。風のメイジは震えながら呪文を詠唱し、杖を下ろそうとして―何故だか下ろせない事に気付いた。
「腕を切り裂くなんて、できないわねえ」
「な、なぜだ!?」
驚き怪しむ風のメイジ。そのすぐ前に立ったシャチーは覗き込むようにしながら。
「だって、ねえ」
ささやくように語り掛ける。
「だって、私の腕は、ここにはないんだもの」
「!」
見れば、シャチーのひじから先端。指の先までが消えていた。否、なにやら黒い渦のようなものが空中にあり、その中に潜り込んでしまっている状態なのだ。
一体、相手の腕は何処へ行ってしまったのか?
恐怖で半ば痺れかけた脳で考え、ようやく彼は気付いた。
先ほどから、何かが杖を振ろうとした自分の腕を捉まえている。
しっかりと自分の手首を握り締めて動かないようにしているのだ。
恐る恐る自分の腕を見た風のメイジは「ああ、やっぱり」と心の中で呟いた。
いつの間にか、自分の周囲に黒い渦のようなものが浮かんでいた。その黒い渦の中、奥の奥の中心部から伸びた、生白い女の腕が自分の腕を捉まえていた。
「化け物」
歯をガチガチと鳴らしながら、風のメイジは叫んだ。否、叫んだつもりだった。だが震える唇の隙間から漏れ出る音はかすれ、ほとんど聞き取れる声にならない。
「化け物め!さっきから誰も居ない!みんな殺したのか?この屋敷に居るものを、この屋敷のメイドを、そして今度は、この我々を殺すのか!?」
「殺してなんか、いないわよ」
「な、なに?」
「ここに、いるわ」
息を呑むほど艶やかに、シャチーは男に向かって微笑みかけた。何もかも救われた、救い切ったことに満足する慈母の顔で。
「一緒になったの。この屋敷のメイドは。みいんな一緒。辛いから。悲しいから。もうこれ以上苦しみたくないから。貴方達に傷付けられたくないから。犯されたくないから。だから一つとなった。私に、私たちの中に。今は全員。これで幸せ」
風のメイジの目の前で。
女の身体は、首から下、腰から上がゆっくりと回転し始めた。
まるで機械仕掛けの人形のように、上体部分だけが裏返ってゆく。
そうして―。
大きく開けたデザインのメイド服の背中側が彼の方を向く。
その背中側には。
「痛かった」「死にたかった」「犯されたとき」「忌まわしかった」「もう」「でも」「それも終わり」「終わりは始まり」「あなたたちの終わりの始まり」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」
幾つもの、幾つもの女達の顔があった。
「お前たち」
風のメイジは、その一つ一つに見覚えがあった。
幾つかは、今日の今日まで屋敷に居たメイドだった。だがその大多数は、今はいない、かってはいた者たち。この屋敷に来て、自分たちに犯されて、殺されて埋められた何人もの何人もの女たち女たち。
「どうして、ころしたの?」
その一つ。
「痛かった、よ」
首筋に程近いところにある顔。
「お腹を裂かれて、すごくすごく、痛かったよ」
この中で一番幼く。
「あたしのおなかの中から、ナニを取り出したの?」
この中で一番あどけない顔をした少女が彼を見つめる。
「あたしは生きたかったあの故郷で生きたかったあのヒトと一緒に居たかったそれだけだったなのにあなたたちはあたしから何もかも奪った生きること愛することすべてすべてすべてすべて」
「だから」
こちらに向いた背中から上。こちらに向いた紫髪の女。全ての女を飲み込んだシャチーは、風のメイジにささやいて言う。
「貴方も、死んで」
次の瞬間、風のメイジの周囲に幾つもの黒い渦が生まれた。
先ほどとまるっきり同じそれの中から、同じ様に腕が現われて伸びてつかむ。
何本も、何十本も、何人分とも何十人分ともわからないソレは、みな女の腕だ。
あるものは若く、あるものは傷だらけで、あるものは艶かしく、あるものは小さく幼い。
それが全て、自分たちが殺してきた女たちの腕であることに彼は気付く。
女たちの指は髪に眼孔に喉首に肩に肘に親指に腹に太ももに足首に、食い込み突き立てられ引き千切り。
「ああ、ああ」
涙が頬を伝い流れ落ちてゆく。
それが後悔によるものか、これから自分に襲い掛かる運命に対するものなのかは彼にはわからなかった。
女たちの腕に力が込められる。
上下左右全ての方向から。同時に均等に同じ力で引き寄せられ引っぱられて。
男の身体は生きたままバラバラに引き裂かれた。

「錬金!」
飛び込んできた翼犬をルイズは錬金の呪文で迎え撃った。
牙をむき出しキュルケの首筋を狙おうとしたそれは、内側から膨張して四散する。
自分に向かって降りかかる血肉の雨を、間一発炎で焼くことに成功したキュルケは、呆れ顔でルイズを顧みた。
「危ういところ、助けてもらったのはお礼を言うけどね。もう少しで血まみれのイイ女になるところだったじゃない。もっと遠くで倒して欲しかったわね」
「しょうがないじゃない!霧の中、まさか匂いだけで追いかけてくるとは思わなかったんんだもの。まあ、たぶんこれで最後でしょ」
プクッと頬を膨らませてルイズはそっぽを向く。ヤレヤレと肩をすくめながら、キュルケは屋敷の気配を探った。
どうやら、ルイズの言った通りだった。モット伯の別邸正面に居たはずの傭兵の姿がない。おそらく、鋼牙の侵入に気付いて屋敷内に移動したのか―これが一番望ましい形なのだが―一命を賭してまで守る必要はないと逃亡したのかだ。
「フレイム。『放熱』しながら前進」
キュルケの指示に従い、前方に超高熱の障壁を展開しながらフレイムは前進を開始した。これは超高熱を発することで大気に乱流を発生させ、弓矢などの攻撃を逸らすものだ。また陽炎のような現象を起こして、敵の照準をつけにくくする効果もある。
先ほどは霧やこうしたカモフラージュの隙をついて、翼犬の襲撃に遭った。やはり犬だけあって、臭覚で居所を気付かれたらしい。
既に作戦は次の段階を迎えていた。鋼牙の突入に同調するようにモット伯の屋敷に急迫、再度攻撃を仕掛けながら隙を狙い、自分たちも邸内に侵入する。そうして捕らえられているシエスタを救助して、この屋敷を離脱するのだ。自分たちはホラーと直接対決せず、鋼牙に任せようという方針だった。
ルイズが再び錬金の呪文を唱え始めた。霧の中から見えてきた、屋敷のあちらこちらに爆発の華が咲いた。キュルケ自身はフレイムの操作と炎魔法による防御に専念する。一度、二度矢が飛んできたが、それを空中で燃やしてからは目立った動きはなかった。
「タバサ?」
風竜が霧の中から姿を現し、屋敷の中央辺りに降下しようとした。だが槍を持った兵士が突き上げて、着陸を防ごうとする。何度も着地を試みて、結局風竜はあきらめたかのように再び上昇を開始した。
キュルケは哂(わら)った。どうやらタバサとモンモランシーは無事屋敷の中へ侵入したらしい。
大体、重要な輸送手段である風竜でどうして着陸を強行する必要がある。既に二人は風竜を降りて、屋敷の側面部に張り付いていた。風竜は単なるブラフであり、実際は接近に浮き足立った警備の隙を突き、側面から突破する作戦だったのだ。
「よしっ!」
自分の頬をバン!と叩いて、改めて気合を入れた。先を越された事に不満顔のルイズを促し、キュルケは突撃の指示をフレイムに与えた。
「アノ子達に負けちゃあ、女が廃るってものよ。私たちも屋敷の中に入りましょう!」
再度炎と爆発が屋敷を襲い、その段階で逃げ腰だった傭兵たちはちりぢりに逃げ出した。

(はぐれてしまった、か)
モット伯の屋敷内。外延部をグルリと取り囲む形の廊下をタバサは歩いていた。
警備の者達がシルフィードとキュルケたちに気を取られている間に、側面部をついて彼女達は屋敷内の侵入に成功した。だがその時点でモンモランシーとはぐれてしまい、今はタバサ一人きりである。
「この状態は危険」
現在の状況をそのように判断した。
別段“自分が”危機にあると言っているわけではない。トリステイン魔法学院の一留学生。その正体はガリア北花壇警護騎士団“七号”シャルロット・オルレアンにとって、今の状況はそれほどまで危機感をあおるものでない。問題は自分と共に侵入した相方、同じトリステイン魔法学院の生徒であるモンモランシーにとってだった。
正直、モンモランシーは戦闘に慣れていない。言うならば素人に毛が生えたようなものである。前回のホラーと対峙した経験を買い連れてきたが、自分がついていてどうにかなるというレベルだった。
(早く見つけなければならない)
作戦目標であるシエスタ、モンモランシー共に無事であれば良いのだが。
それらの懸念は意識の端に留め置いたまま、タバサは廊下を進んでいった。途中幾つかドアがあったが、外側から探知系の魔法を用いた限りではヒトの存在は感知できなかった。
ようやく次の曲がり角に着いたタバサは、素早く呪文を唱え、風と水の複合魔法を発動した。
「アイス・ミラー」
風が緩やかに動き、空気中の水分が結実した。タバサの居る位置と廊下の角のちょうど中間地点、向こう側がほぼ見通せる位置に銀色の板状の物体が産まれた。
すなわち、氷で作られた反射鏡である。
何の支えもなしに空中に浮いたソレは、曲がり角の向こう側の風景を映し出す。
(人間……男……ホラーではない。メイジのよう)
水の鏡に反射された、向こう側の光景を見ながらタバサは冷静に分析した。
廊下の反対側から、一人の男が歩いてきた。華美ではないが、仕立ての良い服を着ている。杖を握っていることから、やはり傭兵ではなくメイジらしい。顔は良く分からない。おそらく四十代後半だろう。ピンと張った背筋と鍛えられた体、規則正しい歩調から軍関係者だろうと思われた。
この屋敷の主人モット伯ではない。おそらく客人の一人だろう。一連の騒ぎでパニックを起こして廊下に飛び出したのだ……とここまで判断して奇妙な事に気付いた。
男は後方を気にしていた。何かに怯えているような。だが、その何かが分からない。メイジを怯えさせるものとは何か?
モット伯でなければ、尋ねてみる余地があるかもしれない。そう、判断したタバサは角を曲がり、男の前に姿を現した。
「待ちなさい」
「ひ、ひいっ!女ッ」
男の反応は激烈だった。
タバサの姿を認めるや否や、いきなり杖を振って攻撃を仕掛けてきたのだ。
男の周囲に炎の渦が巻き、独楽の様に回転しながらタバサ目がけて突っ込んでいった。
あやうく角の向こう側に逃れたタバサの背後で、炎の独楽が廊下の壁にぶち当たり、グルグルと渦を巻いた。一瞬で対象を焼くのではなく、渦の中心に取り込んで焼くというあまり見た事がない技だ。おそらく、男のオリジナル・スペルだろう。風と火・火のトライアングルクラスか。
角を曲がってこちら側を攻撃されては面倒だ。そうなる前に男の抵抗を奪わなくてはならない。そう、判断したタバサはある呪文を唱えた。
「レピテーション」
北花壇騎士団の活動には、反乱したメイジの鎮圧なども含まれる。それを想定した演習にはタバサも参加していた。その際、学んだ事は唯一つだった。
すなわち、単純な魔力の力押しだけでは勝てない。最後の最後に残された精神力の余力で勝負が決することも多いのだ。可能な限り高効率で魔法を発動させ、相手の魔法発動を阻む。それが北花壇騎士団流対魔法戦闘術だ。
最も簡単なコモン・マジックの一つ、レピテーション。精神力の消費も最低レベルなソレで、タバサの小柄な身体が浮いた。未だ維持された氷の鏡で相手の位置を確認すると、彼女は壁を蹴って角の向こう側へ飛び出した。
「!」
案の定、相手はパニックに陥りながら炎の独楽を繰り出してきた。
宙を浮いたまま突進したタバサは、次に斜め前方に来た壁を体勢を入れかえて蹴りつけた。
無重力状態で、壁を次々蹴る事によっていっそうの加速力を得て飛翔する。狭い廊下をジグザグに飛ぶことで、相手の魔法攻撃をかわし、至近距離まで到達する。魔法を用いた屋内戦闘、特に廊下や室内で有効な戦術だった。
壁を蹴り、天井と廊下をジグザグに行き来して男の眼前に降り立つ。男は未だ自分の直下に降りてきたタバサに対処できないでいた。
自分の身の丈より長い、杖の石突の部分を相手に向けてタバサは再度床を蹴る。
魔法の発動を阻み、メイジを制圧する。その場合、考えられる方法は二つある。
すなわち、呪文の詠唱の阻止と杖の強奪である。
決闘などで、大概の者が後者を選ぶ。確かに腕を攻撃して杖を落とさせるという方法は、一番無難で簡単だ。だが、対魔法戦闘においてこの方法は一番の下策とあるとされた。なぜならば、手甲などにより腕への攻撃は容易に阻止し得るし、万が一相手が複数の杖を持っていれば元の木阿弥と化す可能性が大だからだ。
従って、北花壇騎士団の者は別の場所を狙う。
すなわち、相手の喉下(のどもと)である。
手や足は簡単に動かし得るのに対して、身体の正中線、つまり人体を二等分する軸は運動中でもぶれる事は少ない。なぜならば人体はすべからく安定性を求めるものだからだ。そのために『避けにくい』場所が存在する。
例えばそれは人中など必殺のポイントとなる。メイジの場合、呪文の詠唱の阻止が一番に求められるため、まっ先の攻撃目標が『喉元』となるわけだ。
床を蹴り上げた反動を利用し、勢いをつけて跳んだタバサの杖の先端は、相手の喉下を確実に捉え、その声帯を破壊することに成功した。

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