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虚無の使い魔と煉獄の虚神-5

―――使い魔サイトは地球人である。
地球人だから、この世界に順応していても「いつかは」故郷に帰りたいと願っている。
それは、もう一人の異世界人であるグレン・アザレイも同じだろう。
同じだろうから二人が地球に帰れば、きっと戦いになる。
ずっとこの世界に居続けるなら、高潔なグレンとは良い隣人で居られるだろう。
けれど元の世界に戻れば60億を殺してしまおうとするグレンの考えは、サイトにとって絶対に許せるものでは無い。
けれど―――あの底知れない男に、サイトは勝てる気がしなかった。
あれほど恐ろしい魔術を使う人間に、たかが素早く剣を振れる程度で勝てる訳が無い。
まして、空飛ぶ船に乗り込もうと桟橋を駆け上がるルイズ達を邪魔するように現われた、白い仮面の怪人物などに負ける自分では。

突如現われてルイズを攫おうとしたその白仮面だったが、ワルドの魔法でしたたかに打たれて彼女を手放した。
落ちてきたルイズをキャッチしたワルドの腕の中で、無事に抱かれている。
ワルドの腕に、という部分は気に入らないが、後は憂い無く戦えるとサイトは仮面男へと突撃した。
敵を切り裂く風のスペルが飛んで来るのを、サイトは人間離れしたスピードで回避する。
完全に殺すつもりの攻撃だ。次の呪文が完成する前に倒すと、サイトは決意した。
だが相手の方がわずかに早い。

「相棒、俺を構えろ!」

デルフリンガーをその叫びに反応してとっさに右手で掲げれば、雷撃のスペルがサイトに向かって放たれた所だった。
剣に落雷し、それを握った右腕を焦がす一撃。
その中で、サイトは痺れ焼け焦げる腕に左手を重ねて、強引に突き進む。

「無茶だ! 止めたまえサイト!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」

ギーシュの忠告もサイトの耳には届かない。負けられないという一念だけが、そこには有った。
突き刺さらんとするデルフの切っ先を、男は咄嗟に構えた長剣で受ける。
金銀の細工が施された美しいが、実用性にも長けた剣だ。
受けた体勢のまま、男はマントの下へと手を突っ込んで動かした。

「なにを―――音楽!?」

そこに楽器を隠していたのか。シャララと涼やかな音が鳴ると、全身が輝きに包まれる仮面の男。

「ヤバイぞ相棒。良くわからねーが、ありゃあ防御の魔術だぜ。剣じゃ貫けねぇかもしれん」
「魔術? だって呪文も唱えて……」

咄嗟の判断だった。
デルフを軽く投げて手を離すサイト。
その途端ガンダールヴのルーンが消えて、『悪鬼』となったサイトの観測を受けた男の防御魔法が焼き尽くされる。
白仮面が使ったのは、グレンのものと同じ魔術だったのだ。

「テメェが相似大系とかの魔術師だってんなら―――」

驚いた男の動きが止まった。
その隙を逃さず、サイトは左手でデルフをキャッチし、男へと踏み込んだ。
動揺しながらも男が咄嗟に放った『ウインドカッター』を、サイトは使い物にならなくなった右腕で受ける。

「―――こんな程度の魔術なんかにゃあ―――」

切り落とされる右手。飛び散る血潮。
ショックで死にかねない大怪我にも怯まず、右腕を囮にしたサイトは勢いのままデルフリンガーを思いっきり突き出した。

「―――負けてられねぇんだよ!!」

血が沸騰しそうなほど熱い。激しい痛みと凶暴な戦意で脳が灼熱する。
グレンと戦うべき時が来るかは、今のサイトには判らない。
それでも、その時が来た時のために、自分は強くなっていないとダメなのだ。
失血で茫洋とした頭でサイトは守るのだと決意していた。ルイズも、故郷の家族や友人も。この腕と剣が届く限り。
半ば意識を失いながら突き立てられたデルフが、仮面の男の胸鎧を貫く。
貫かれ、霞のように消える男の姿。
遅れて聞こえてきたルイズの悲鳴を背に、ドウと倒れたサイトは意識を失った。


……気を失って、気がついた時にはお城の中で寝かされていた。
ルイズ達の目的地・ニューカッスル城の中で。

「ってゆーか何で? 海賊が王子様とか、もうワケわかんねぇんだけど?」

片腕を失ったサイトを、目を真っ赤に腫らせて看病してくれたルイズによると、あの後気絶したサイトを抱えて船に乗り込んだワルド子爵は、強引に交渉して商船を出港させたのだが、途中で武装した空賊に襲われて拿捕されてしまったらしい。
ところがその空賊の船長が、アンリエッタに頼まれた「手紙」を持っているウェールズ皇太子だったので、今はこうしてニューカッスル城に来て手当てを受ける事ができのだという。

「ねぇサイト。腕、無くなっちゃったね」

涙で真っ赤になった瞳で、ルイズが語りかける。
包帯こそ巻かれているが、上腕の半ばから断ち切られた腕は『水』魔法でも生やすのは不可能だった。
悲しそうに、愛しそうに、ルイズの指が包帯をなぞってゆく。

「別に。一本ありゃあ剣だって振れる」
「ダメよ。もうこれ以上、アンタが傷付く所は見たくない。私ね、ワルドと結婚するわ」

突然の告白に、サイトは目を剥いた。その視線の先には、弱々しい笑顔を浮かべるルイズ。
意味が判らない。ルイズは何を言っているのか、サイトにはさっぱり理解できない。
婚約者なのは知っていたが、今の話題がどうしてそう飛ぶのか。
それになぜ、そんな胸が痛くなるような、せつない顔でルイズが笑っているのか。

「これからはあの人に守ってもらうの。だからもう、アンタは使い魔のお役御免よ。
私の事は忘れて、サイトは好きな所に行けばいいわ」
「なにを言って―――」
「明日、国王派に反旗を翻した貴族連合がこの城に攻め込むの。
 お城で戦える人は300人程度だから、5万人の敵と総力戦になったら多分全滅させられるわね。
 その前に、ウェールズ皇太子に見届け人になってもらって、結婚式を挙げるの。
 それから私達はワルドのグリフォンで脱出するわ。
 サイトはその前に、脱出船の『イーグル』号にのって逃げなさい。いいわね」
「逃げなさいって、おいルイズ。お前おかしいぞ!」
「じゃあねサイト。さよなら」

別れの言葉を口にして、ルイズは逃げるように部屋を出て行った。
追おうとしたサイトは、片腕のバランスに馴れていなかったために転んで床に頭をぶつけてしまう。

「あいたたたたた……」
「何をやってるんだか。ホラ、つかまりたまえ」

助け起こしてくれたのは、ルイズと入れ違いで部屋にやってきたギーシュだった。
片手にパンやワインのビンが入ったカゴを持っている。

「うう、すまねぇ」
「いやいや、なかなか大変な格好になったモンだね、キミも」
「うるせぇよ」
「なに、戦っての負傷は貴族の勲章だよ。
 ボクのお爺様なんて、片腕片足に片目でなお戦場に立って武勲を挙げたと言うからね。
 キミは貴族では無いが……その負傷は勝利の代償だ。胸をはりたまえ」
「前から思ってたけど、この世界のやつらって、けっこう野蛮だよな」
「野蛮だなどと……キミと言いミス・ヴァリエールと言い、主従共々誉れというものを理解しないねぇ」

やれやれと肩をすくめるギーシュ。
なんだよソレ、とサイトは反感を抱いた。
ルイズは理解してるじゃねえか。アイツぐらい貴族の誇りだ誉だってうるさい女はそう居ないぞ、と。
フーケ退治の時に見たルイズの美しさが、なんだかギーシュに馬鹿にされたみたいで不快だった。

「確かにワルド子爵のおっしゃるように、キミにはミス・ヴァリエールを守るには力が不足しているようだし、このまま使い魔として戦えば、そう遠くない内にサイトが命を落とすかもしれないと言う子爵の言葉も正論だよ。
 けれど、だからと言ってキミを戦場から遠ざけるために使い魔を止めさせるとか、そのためにこの場で結婚を決めるだなんて、メイジとしてどうなんだろうねぇ」

文句を言おうとして、続くギーシュの言葉にガツンと頭を殴られた気がした。
つまりルイズは、自分を怪我させた事に責任を感じて結婚するなんて言ってるのだ。
あれほど大事にしていた、メイジとしての自分を曲げてまで。
そりゃ、片腕を失くした姿は見た目にも痛々しい。
普通の精神状態なら、サイトだってもっと動揺して泣き叫んだだろう。
でも今は、戦おうと決めたから平気だった。
ルイズのために。あるいは故郷の家族のために。
なのに、当のルイズから解雇通告をされてしまったのだ。

「あのヒゲ子爵のヤロウ、余計な事吹き込みやがって……」

毒づいて、でもこれからどうするべきか途方にくれるサイト。
呆然と見上げた城の天井がぼやけて見える。

「ホラ、痛み止め代わりだ。呑みたまえ」
「サンキュー……お前って、地味にイイヤツだよな、ギーシュ」
「地味とは失礼な。ボクほど華麗で美しく良いヤツな貴族はハルケギニア中を探してもそうそう居ないとゆーのに」

渡されたワインは、なぜか塩味がした。


―――オルレアン公爵家は、名誉を奪われた貴族である。
今は亡き公爵はガリア王弟でありながら優秀で人望がありすぎたがため、兄王によって暗殺された。
その妻は娘を守るために毒を飲み、心を壊された。
唯一残された息女シャルロットは、父母のみならず公爵家の地位と権利、名誉をも剥奪され、北花壇騎士として危険な任務に借り出された。
かのシャルロットこそ雪風のタバサ。
任務にかこつけて死を願った王とその取り巻きの計画をよそに、全てを奪われた日から5年間を生き延びた娘である。
そのタバサは吸血鬼退治を終えた報告を従姉姫のイザベラに告げた後、竜騎士に送られて学院ではなく旧オルレアン領の自宅へとやって来ていた。
グレンの使う『原型の化身』ならば、母を治療できるかもしれないと考えての事だ。
老執事のペルスランに迎えられるのももどかしく、母の元へグレンを伴って向かうタバサ。
母の部屋の扉をノックしても、いつも通り返事は無い。

「母さま」
「誰です……そう、王宮の手先ですね! この子を奪おうと性懲りも無く!
 なんという恐ろしい事を! シャルロットが王国に反旗を翻すなど、誰が言ったのです!
 下がりなさい……下がれ! 私達は、ただ穏やかに暮らしたいだけなのです!!」

狂ったように……事実、薬で狂わされた王弟妃は叫んで、枕元にあった水差しを掴んで投げる。
骨のように痩せ細った腕の何処にそんな力があったかと驚くような勢いで、ガラスの水差しはタバサ目掛けて飛んだ。
少女は母親から与えられるのが痛みであっても受け取ろうとするかのように、避けようともしない。
ピタリと、タバサの直前で停止する水差し。
グレンの魔術で止められたのだ。

「渡しません……かわいいシャルロットを誰が渡すものですか……
 おお、シャルロット。母さまは貴女さえ無事ならどうなってもかまわないのです」

伸び放題の髪をゆらし、壊された女はそれでも愛する娘を守ろうとしていた。
その腕に抱きかかえる『シャルロット』が、かつて娘に買い与えた『タバサ』と言う名の人形だと気付けぬままで。

「不憫な。そして気高き事だ」

グレンは自分とタバサに敵意を向け続ける目に向けて手をかざす。
すると、タバサの母は糸が切れたようにベッドに倒れこんだ。

「何をしたの!?」
「恐怖と怒りに繋がる記憶の糸を一時的に封じた。多少は心に平穏を取り戻すであろう」

珍しく声を荒げたタバサに、グレンは落ち着いて答える。
近づいて見れば母の表情は、長く見ない穏やかな寝顔になっていた。
ほっと胸をなでおろすタバサ。

「水魔法の薬とやらの効果も同じだ。正しい記憶の繋げる糸を断つ毒薬。
ゆえにお前の母の心は、過去にも未来にも進めずに、薬を飲まされた瞬間に止まっているのだ」
「治せないの?」
「お前の脳と『相似』させて状態を回復させるのは容易いが、それでは洗脳と替わらぬ。お前の母に良く似た都合の良い人形が出来上がるだけだ。
 このままでは、わたしにとて手が出せぬ。
 せめて、ほんのわずかで良い、過去を思い出す切欠があれば、その動きを起点に脳の糸を相似連鎖させて元の形に紡ぎ直せるのだが」
「……そう」

人の心の領域はあまりに深い。
神に似た男と言えど、簡単に回復させる事は出来ないようだった。
だが、タバサの声はわずかに弾んでいる。
今までまったく無かった回復の見込みを見つけたのだから。
その日、タバサはグレンとペルスランを連れて飛び回った。
母が好きだった花。父が好きだった花。母が好きだった曲。父が好きだった曲。
亡き父との思い出の場所にまつわる品物や、風景画など、きっと母は、父との思い出になら心を動かすと考えて、
思いつくかぎりに集めて、意識を取り戻した母に見せてまわったのである。
目覚めた母は穏やかだったが、残念ながらそれらの品物に反応する様子は無かった。
やがて日は沈み、ペルスランの手で部屋に蝋燭が灯される。
美しい思い出の品で満たされた部屋に、うつろに微笑む痩せ細った貴婦人の姿。

「……帰る」
「良いのか? わたしはいくらでも付き合うぞ?」
「いい。いつでも来られるから。何か思いついたら、お願いする」
「そうか」

夜半になった頃、そう言ってタバサは学院の自室へと転移で帰宅した。
パタリとベッドに倒れこむと、そのまま眠りについた。
こんな時でも、タバサは使い魔にさえ涙を見せようとしない。
大切なものを取り戻すため、苦難の荒野を歩く旅人は、心を凍りつかせる事でしか歩き続ける術を知らないから。

「雪風よ。誇り高き娘よ。お前の母の心、必ずや共に取り戻そう。そなたの笑顔を奪い返そう。
 さもなくば、わたしは二度と『神に似た者』を名乗れはすまい」

大きな手が眠るタバサの髪を撫でる。
眉をしかめ、何かに耐えるような寝顔だった少女は、小さく「父さま」と寝言を漏らした。
彼女が目覚めてキュルケ達が学園に居ないと気付いたのは、翌朝になってからの事だ。


―――サイトはルイズを守る者である。
なのに、守るべき者であるはずのルイズは目も合わせてくれない。
城のホールで開かれたパーティーで、サイトは所在無く立ち尽くしていた。
明日には戦って死ぬというのに、誰もが明るく振舞っている。
即席の簡易玉座に座った老王が逃げろと告げるのを、見るからに忠臣といった厳めしい外見の貴族が聞こえないフリをする。
貴族である事を張り続ける男達は、戦って死ぬ事だけを望んでいた。
明日には未亡人になる女達は、そんな男達を微笑みを浮かべて送り出そうとしていた。
誰一人涙など流すまいとする姿が、サイトには辛い。

それだけでも辛いのに、ルイズはワルド子爵の傍らから離れようとせず、
目が合ってもプイと明後日に顔を向けてしまうのだからたまらない。
近づこうにも、そこで拒絶されたら立ち直れなくなりそうで、恐くて行けなかった。
感極まったギーシュが「この勇敢なアルビオン貴族こそが、まことの貴族であると、
トリステインでは永く永く語り継がれるでしょう」とか何とか叫んでいたが、もう聞いていられない。
アルビオン万歳という誰かの唱和を背に、サイトは逃げるように与えられた部屋へ帰りベッドに突っ伏した。


翌朝……
決戦の時を迎える城から疎開する人々の列には最後に加われば良いと、サイトとギーシュはゆっくりと仕度をして廊下に出た。
鍾乳洞に隠された船着場へと向かう途中偶然、自室のドアを開けた皇太子に出会う。

「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔の少年だね。君も結婚式に参列するのかい?」
「いえ……俺は……」
「そうかい。では急いで避難したまえ。もうすぐ戦いが始まる。
 私も結婚式の媒酌人を務めたら、急いで戦場に向かわねばならない」

優しい笑みを浮かべて、ウェールズ皇太子はサイトの肩を押した。
死を覚悟した王子様の穏やかさに、サイトの胸が痛む。

「あの、失礼ですが恐くは無いんですか?」

思わず聞いてしまったのは気の迷いだろう。聞いた所で、サイトに何ができるワケでも無いのだから。
それでもウェールズは真摯に答えをくれた。
死ぬのは恐い。誰だって恐いに決まっている。
けれど、守るべき物がある以上、逃げ出す事は出来ないのだと。
守るべき人、守るべき国、守るべき誇りのために、敵に背を向けない者を貴族と言う。
その筆頭である王族である自分にとって、ここで戦う事は義務なのだ。
たとえ死ぬ事になろうとも、と。
それから、思い出したように皇太子は部屋に戻り、古くなってボロボロの小箱を持って来て、サイトに手渡した。

「これは王家の秘宝でね。むざむざレコン・キスタなどに奪われるのもつまらない。
 君達で守って、トリステインまで持って行ってくれたまえ」

そう言って、サイトとギーシュに脱出を促す。
ウェールズは今のサイトが守るべき者が欠けていて、そのせいでチカラが抜けてしまっているのだと見抜いたのだろう。
だからこんなボロい小箱を秘宝などと言って託したのだとサイトは思った。
ほんの少しでも、守る物と逃げる力を与えようとして。これから死地に赴こうという人が。

「さ、急いで脱出船に乗り込もう、サイト」

ギーシュにも促され、パーカーの腹ポケットに小箱を押し込んで船に向かう。
自分が情けないと、サイトは自己嫌悪に押し潰されそうだ。
だから。
飛空船でルイズのピンチを知った時、サイト迷わず甲板から船着場へと飛んだ。
ワルドが裏切り者であり、ルイズを殺そうとしている光景が、左目に映ったのである。
見えてしまえば、ためらいなど無い。
ルイズが自分を呼ぶ声も、確かに聞いたのだ。
その瞬間、カラッポだった魂が燃え上がった。固まっていた心が確かに震えた。
サイトは残る左腕でデルフを引き抜き、ルイズとワルドが結婚式を挙げていた礼拝堂へと人を超越した疾風となって駆ける。

「おおい、待ってくれたまえサイト! 何処へ行くのかねー!」
「ルイズが危ねえ!」

後からフライの魔法を使ったギーシュが追いかけてくる。
それを尻目に目の前の大きな扉を蹴破れば、ワルドがルイズ目掛けて雷撃の魔法を放つ所だった。
己の身を盾にせんと、サイトはルイズの前に飛び込んだ。

「ルイズ!」
「サイト!? 来ちゃダメ!」
「ここはボクに任せたまえ!」

放たれる『ライトニング・クラウド』。
目をつぶって衝撃に備えるサイトだったが、思っていたような痛みが来ない。
恐る恐る目を開けると、雷を受けてグズグズに溶けたギーシュの青銅ゴーレムの姿があった。
あやうく死を免れたサイトをワルド子爵―――否、レコン・キスタのワルドが哂う。

「ふん。ドットメイジと片腕の剣士が、今更来た所で何ができる?」
「ルイズを守れるさ」

胸に穴をあけられて死んでいる皇太子に悼む視線を向けてから、サイトはワルドへと向き合った。

「私に勝てるつもりかね?」
「裏切り者なんかにゃあ、負けねぇ!」
「そっ、その通りだよワルド子爵! 2対1だが、卑怯とは言うまいね?」
「残念だが、4対2だよ、グラモン元帥のご子息」

デルフを構えるサイトと、造花の薔薇の形をした魔法の杖を構えるギーシュ。
ワルドの余裕は崩れない。
呪文を唱えれば、その姿が4つに分かれる。

「一つ一つが私自身と同じ力と魔力を持った風の『遍在』だ。
 昨日倒された一つはまだ復活していないが、今の君達相手ならこれで十分過ぎる」
「昨日のヤツはお前の分身だったのかよ、ワルド!」
「くそっ、やれ! ボクのワルキューレ!!」

薔薇の花弁が散ったかと思うと、現われる6体のワルキューレ。
現われた途端、4人のワルドが放った『風』に切り刻まれた。

「うわーだめだー」
「いいや、よくやったぜギーシュ!」

魔法を放つ隙こそ好期。
疾風の速さで奔ったサイトが、遍在の一体を切り裂き、消滅させる。
動揺に付け込んで更に一体。
デルフリンガーを叩きつけ―――その刃が弾かれた。

「なんだと!?」

鎧に阻まれたのではない。光りがワルドを包み、その身体を守っているのだ。

「まさかこの『閃光』が全力を出す事になろうとは……見せてやろう、この世界の外、
 聖地の向こう側からもたらされた神音大系魔法の圧倒的な力を」

ワルドがマントを跳ね上げると、楔のような模様が刻まれた胸鎧を着込んでいた。
その楔をなぞって指輪を走らせると、楽器のように音を立てる。
丁度模様と指輪がオルゴールのように作られているためだった。
その音が、神の奇跡を呼び覚ます。
鎧が光の羽と光の輪を生み出す。サイトの世界で『天使』の原型となった、神音魔術師鉄壁の防御魔術『背光(ハロウ)』。
剣を擦れば生み出される『炎剣』の魔術が剣を輝かせる。

「そんな馬鹿な! 飛行と防御、それに攻撃の魔法まで同時に使うなんて!!」

ギーシュ達が使う系統魔術では、一度に行使できる魔術は一種と決まっている。
空を飛びながら別の魔法を使うなど、スクウェア・クラスのメイジにも不可能な事。
その原則を、ワルドの魔術は完全に裏切っていた。
一昨日のサイトが相似大系の魔術だと思ったその力は、音を奏でる事により魔法を使う神音大系の魔術。
神無き地獄に住む地球人に『神』への信仰を伝え、天使や御使いの伝説の原型となった魔術師達の秘蹟である。
輝く翼を背に黒衣を纏った三人の神音使いから矢継ぎ早に攻められるサイトは、剣を手放すタイミングを得られない。
手放せば、実体を持つ剣によって突き殺される。ガンダールヴとしての力を使いながらでは、魔法を消去できないのだ。

「くそっ……こんなコトなら、ちゃんとガンダールヴの力をコントロールできるように特訓しとくんだった」

ぼやいても今更どうしようも無いし、それ以上に片腕なのだから不利なのも仕方ない。
正面から、防御を捨てて全力で攻めてくるワルドの遍在。
守りは光輪に任せきりにしているからだが、それでも傷一つ付けられないほど、その防御魔術は強かった。
気がつけば防戦一方に追い込まれている。
完全に受けに回ったサイトへ、上空から二人のワルドが攻撃神音を放ってきた。
手甲に仕込まれた神音楽器を指輪でなぞる事で発動する追尾光弾だ。
設定された標的を追い続ける奇跡の弾丸は、避ける事が出来ない死の宣告。

「相棒、上だ!」

咄嗟にデルフリンガーを突き出せば、その途端光り輝く刀身。
一瞬のうちに打たれたばかりのように輝く刃となったデルフリンガーは、飛んできた告死の魔法を吸い込んだ。

「思い出したぜガンダールヴ! これが俺の本当の姿だ!
 それにテメーの事もな、神音魔術師! 神聖騎士団のホーリー・アベンジャー!
 一万年の贖罪を戦う聖なる罪人の末裔!」
「聖なる罪人?」
「―――そうだインテリジェンイス・ソード。私の母はこの世界の外側から来た聖騎士だった。
 母は贖罪の場、地獄と呼ばれる『約束の地』への帰還を最後まで望んでいたよ。
 我と我がはらからが犯した罪を償うためにな。
 私は母の望みを叶えねばならない。
 聖地のエルフどもを倒し、『約束の地』へと繋がる『神の門』を開き帰還せねばならない。
 これは、レコン・キスタの勝利は、そのための第一歩なのだ!」

輝きを背負い飛翔した高みから異世界の少年を見下ろして、三人のワルドが風の刃を放つ。
その攻撃を、サイトは完全に見切っていた。

「ふざけんな! 贖罪だか何だかしらねぇが、そんなモンが王子さんやルイズを殺す理由になんかなるもんかよ!」

飛んで来る魔法に向かってデルフリンガーを投げつけるサイト。
一直線に飛んだ剣は交差した三つの魔法を吸収し、正面のワルドを貫く勢いで飛んだ。
それを容易く阻むはずの、神音魔術の『背光』。
それが、炎を上げて消し去られる。

「馬鹿な!?」

大きく目を剥いて、胸を貫通された遍在が消えた。
光の翼も、剣の炎も、サイトに『視ら』れた全ての奇跡が魔炎となって儚く燃え尽きる。
ヒラガ・サイトは地獄の悪鬼。
神の恵みたる魔法の奇跡を焼き尽くす、あらゆる魔術師の天敵たる存在。

「神の音が、奇跡が、消えるはずが無い! そんな、そんな事が許されるはずが―――この、悪魔め!」
「いいぜ。お前みたいなヤツを倒せるなら、ルイズを守る事が出来るなら―――」

怒りが、愛情が、サイトの心を震わせる。サイトの身体に力を与える。
再びデルフを手にし、ぶざまに地へ落ちた遍在を切り捨てる片腕の悪鬼。
残るは本体一人のみ。

「―――俺は、悪魔にだって悪鬼にだって、なってやるさ」

追い詰められたワルドが、サイトの迫力に押されて後ずさる。
神音を使おうとする余裕すら、今は無い。

「くそっ、『染血公主』、見ているのだろう! こいつを殺せ! 俺を助けろ!」
「誰に言ってやがる。何処にもお前の味方なんか居な―――」

「ガンダールヴ・才人の左手を名づけて【剣鬼】。定義済み概念【鋼】を加算す」

瞬間、サイトの一本しかない手が鉄に変わった。
当然の事ながらグーのまま固定された鉄の手では剣を手放す事も出来ず、しかも重い。
こうなっては魔法消去の力も使えなかった。

「そんな、人間の身体に『錬金』をかけるなんて、できるワケが無いぞ!」
「っつ―――誰だ!?」

礼拝堂の影から姿を現したのは、アルビオン仕立ての真紅のドレスを纏った黒髪の美女。
整った顔立ちの美女ではあるが、同時に濃密な不吉さを纏った女。
ラ・ロシェールで一行を襲った傭兵の雇い主、ジェルヴェーヌであった。
クスクスと笑うたびに、完璧な美貌から一歩踏み出した華やかさが現われるような女だ。

「なんだ、お前は……」
「おでれーた。宣名大系の……それもトンデモねぇ高位魔術師だぜ、このねーちゃんは。
 悪いが相棒、宣名魔術じゃ俺にゃぁ吸い込めねぇぞ」
「妾は『染血公主』ジェルヴェーヌ・ロッソ。はじめましてやなぁ、お子様―――そんで、サヨナラや」

完全にサイトの世界の京都弁で喋る、異世界の女魔術師。
童女のように邪気の無い笑顔を浮かべ、ジェルヴェーヌは残虐極まりない魔術を宣名する。

「平賀才人と『青銅』のギーシュを名付けて【案山子】、定義済み概念【傀儡】を加算。変数域に【後家蜘蛛】を代入―――」

それは対象の人格を剥奪し、蜘蛛のような節足を備えた怪物へと変成する魔術。
人間の尊厳を奪い取る、悪魔の技だ。
サイトとギーシュが苦悶の声を上げて身体を軋ませながら、全身から血を噴き出させて異形の節足が生える。
だが、その変成はなかなか完成しない。
二人はただ意思の力で変化を撥ね退けようとしているのだ。
悪夢のような光景に、耐え切れなかったルイズが泣き叫ぶ。

「嫌ぁ! サイト! サイト!!」
「無駄や無駄や。早よぉ諦めて楽になりぃや。
 ほなワルドはん、そのルイズたら言う小娘連れてここからおさらばするえ」
「連れて行くのか?」
「お上品な神音サンは作らはらへんかったみたいやけどなぁ、
 宣名大系には、人の心を操る魔術かてぎょうさん有るのんよ
 その小娘の使い道、ジョゼフ王サンやったらいくらでも思いつかはるやろ」
「俺は母の遺品を使う事しか出来ない偽物だ。本物の神音魔術の事など何も知らん」

言いながら、ルイズの身柄を確保しようとするワルド。
せめて抵抗しようと、床に落ちていた杖に手を伸ばしたルイズの目の前で、その杖を蹴り飛ばす。
キッと睨みつける少女を黙らせようと、ワルドは手のひらを高く振り上げ―――その眼前に、灰色のローブを纏った男が立ち塞がっていた。

「誰だ!?」

寸前まで誰も居なかったはずだ。
なのに、そこに確かに立つ男。人の形に固めた太陽のような魔術師。

「『神に似た者』グレン・アザレイ! 相似大系の至宝ゆわれた男が、なんでこの世界に!?」

元魔術協会の高官であった高位魔導師ジェルヴェーヌはその男を知っていた。
危機感に煽られ、『染血公主』が飛び下がる。
その時には既にサイトとギーシュを捉えていた魔術は解除されていた。
それどころか、サイトの左手は元の肉になり、失われたはずの右腕すら生えている。
これこそ人の心体を操る『原型の化身』の力。

「ダーリン、ご無事だったかしら」
「なんだい、ここってニューカッスル城じゃないのさ」
「ギュギュー」
「大丈夫?」

そして転送されていた、キュルケとフーケとヴェルダンデとタバサ。
キュルケの不在を知ったタバサがグレンの空間転移によって合流し、そのまま城まで転移して来たのだ。
最早どう考えてもワルドに勝ち目は無い。
それでも、ジェルヴェーヌは彼等を纏めて吹き飛ばそうと呪を唱える。

「『染血公主』ジェルヴェーヌ・ロッソが『神に似た者』グレン・アザレイを【太陽】と名付ける!
 構築済み概念【緋牡丹】を代入! はじけ―――」

敵の肉体を爆発させる魔術を唱えようとして、ジェルヴェーヌはそれを中断した。
本来、宣名魔術はイメージ上の第二の自分である『貧欲の化身』によって相手を掌握し、そこから流し込んだイメージによって目標を変化させる魔術大系だ。
だが、ジェルヴェーヌは自分が同時にグレンの『原型の化身』によって掌握されている事を感知した。
このまま魔術を行使すれば、自分も相手に『相似』させられた火薬になって爆発してしまう。
そのくせ、グレンは他の人間を参照して変成をキャンセルしてしまうのだ。
それは双方の魔法大系の差では無い。
術者としての、圧倒的な魔術行使能力と速度の差。

「くっ……窓を名付けて【竜門】と定義。定義済み概念【噴井】を加算、
 変数域に【城中】を代入―――この場は逃げるえ、子爵はん!」

叫んで礼拝堂の窓を『転送扉』に変えて飛び込む。
敵味方がよく判っていないグレンもタバサも、それを手出しせずに見送った。
ワルドは風のスペルを目くらましに放って後を追う。
舞い上がるつむじ風が視界を覆い、カマイタチがサイト達に襲いかかった。
それすら一瞬で制圧し、無風となった礼拝堂の中央に何事も無かったように佇むグレン・アザレイ。

「逃げたか」
「た、助かった……のか?」

カクンと膝をついたのは、怪物に変えられそうだったギーシュ。
緊張が解け、剣を手放したサイトもへたり込みながら、やはり今の自分ではこの男の足元にも及ばないと自覚する。
戦うつもりなら、もっともっと強くならなければならないのだと。

「ああそうだ君達、早くここから逃げないと! レコン・キスタの総攻撃が始まるんだ!」

ホッとする一同の中、モグラとの再会を喜んでいたギーシュが騒ぎ出した。
何の事だか分からない他の面々に、彼は手早く纏めて状況を説明する。
それを聞いて、グレンは礼拝堂の扉から出て行こうとした。

「グレン・アザレイ。アンタ何処に行くつもりだよ?」
「悪鬼の少年よ、決してここから出ないように―――恥知らずどもに報いを与えて来る」

グレンはそう告げると、タバサを伴って戦場へと向かう。
そして、ニューカッスル城に居た敵味方全ての兵が聞いた。
ある者は戦艦の甲板で。ある者は魔術と矢が飛び交う前線で。ある者は負傷をして隠れた瓦礫の陰で。
それは5万と300の人間全ての耳小骨を結びつける事で伝達された、グレンからの宣言。

<この戦場に集う者達よ、聞け。
 王党派の旗印、ウェールズ皇太子は死んだ。卑劣なる裏切り者の手にかかって。
 戦場にて勝敗を決さんとする者に善も悪も無い。
 王家とレコン・キスタ、どちらが正義であるかなど、我は問わぬ。
 だが、決戦の時を指定し最後の戦いに挑む者達の将を、暗殺者を送り込んで殺害しようとする者は、誇りを捨て去った畜生である。
 レコン・キスタの将兵よ、我は誇りを知ると思う者はこの場より一時去れ。
 そしてもう一度、正々堂々と雌雄を決するが良い。
 だが去らぬ者は、これより一切の区別と情け容赦無く、尽く我が手が滅ぼすものと知れ。
 わたしはグレン・アザレイ。『神に近き者』と呼ばれている。そなたらもそうせよ>

そして、数百の壁が城中に現われる。
灰色の壁は、物体を『相似』したもう一つの壁へと転移させる移送扉だ。
ニューカッスル城へと攻め込んでいた兵士の全員が、問答無用で元の軍船へと送り届けられた。
多くの将兵が呆然とし、神か悪魔としか思えない魔法の技に打たれる中、グレンはタバサを傍らに居並ぶ船の間へと、空中を悠然と歩み進んだ。
レコン・キスタの船は動かない。
義を知り勇を知る貴族はわずかに居たが、ここで後退すれば軍規違反として処罰をうけるのだから。
むしろ大言壮語を嘲笑い、大砲や魔法をグレンに向ける者や、恐れから逃れるための攻撃に転じる者の方が多かった。
轟音を立てて放たれる砲弾。飛翔して襲い掛かる竜のブレス。火の弾や氷の槍が、唸りを上げる。
超巨大戦艦『レキシントン』号の右舷砲門54門が吠える。
艦隊から向けられる砲門の総数は二百を超え、放たれた砲弾は千にも及ぼうか。
全軍五万の中二十人に一人、約二千五百人の貴族による魔法攻撃もまた苛烈を極め、
実際に有効射程距離にグレンを捉えたメイジや竜騎士の攻撃魔術だけでも百は下るまい。

その全てが、完全に無効化されていた。

グレンの周囲に常に展開される多重減衰結界は、攻撃のエネルギーを周囲の何も無い空間と相似させる事で無効化する相似魔術だ。
それはかつて最高位円環大系魔導師の放った百二十八条の自由電子レーザーをも受けきった鉄壁の守り。
砲弾は運動エネルギーを失って落ち、ブレスや魔法など存在すら出来ずに消滅する。
グレンと、彼に守られたタバサには傷一つ無い。
その間にもグレンは持ち歩いていた「空気の粒」を相似複製して周囲にばら撒いていた。
固めたままで圧縮を解除した空気は、粒というよりも身長ほどもある空気のボールだ。
複製されたボールが自動化されたプログラムに従って更に複製を作る自己増殖プロセスによって増え、増えたボールが更に空気を捉えて増殖し、またたく間に数億を超える数が周辺空域を満たす。
数分、グレン自身に目に見える動きは無い。
矢玉と魔法が雨のように降り注ぐ中、怯えた様子も無いタバサと共にただ宙に立つのみ。

「退く者はおらぬか。ならば容赦なし」

グレンは離脱する船が無い事を確認すると、おもむろに握った右手を軽く上げた。
その手を、ゆっくりと回す。
周囲に風がおこった。
相似魔術による物体の操作は、操作元と目標のサイズ差がそのまま速度に比例して伝わる。
グレンが手にした操作元の圧縮空気と空気塊の大きさの比率はおよそ600倍。
至極ゆったりと回転させるグレン腕の先の速度の、600倍速で空気塊は動くのだ。
それたけでも十分な凶器だが、それだけで終わることは無い。
相似弦で結ばれた空気塊はもう一つのプログラムに従って別の空気を捉える。
捉えられた空気は、また別の空気と自動的に繋がった。
やがて塊となった空気は、巨大で強烈な渦へと成長する。
かつてグレンは、同じ方法を海水に使う事で成層圏に達する高度20キロの津波を生み出すと試算されていた。
日本列島を丸ごと呑み尽くす、極大の大津波。
その規模と比べれば、艦隊を崩壊させる竜巻など児戯にも等しい。
神に近き男の腕に操られた空気の回転は、グレンとタバサを中心とした嵐となる。
浮かぶべき空を攪拌されては、軍船など攻撃はおろか止まる事すら困難だった。
巨大な神の手に弄ばれるように回転させられる無数の船。
魂を搾り出すような悲鳴と怒号と罵声が、ことごとく風にかき消された。
平民などには及ばない魔法を操るメイジ達が、必死なにって甲板にしがみ付いているのが見える。
風の音を聞いたサイトに魔法を消去されないように、音と風を遮断する空気壁が竜巻の周囲に張られていたが、城からその光景を見る王党派の貴族にとっては、悪い夢の光景にしか見えなかった。
ひざまずき、始祖ブリミルに祈り始める貴族も居る。

それはまさに、神の如き御業。
だが、グレンの神罰はそれで終わりでは無い。
一際高々と掲げられる右腕に操られ、大気は強烈な上昇気流となって船を持ち上げた。
大きく揺すられるレコン・キスタの船。
超々巨大戦艦である『レキシントン』号ですら、風に舞う落ち葉よりも容易く飛ばされる。
次の瞬間、船団に強烈なダウンバーストが襲い掛かった。
グレンが振り上げた腕を一気に振り下ろし、操作の源となっていた空気の粒を投げ落としたのだ。
最早完全に舵を失っていた船団には『音速の十倍の風速』で襲い掛かる風などという非常識な現象に抵抗する術など無く、艦隊は一隻も残す事無く強制的な死のダイブを敢行させられた。
空中で粉砕される船、衝撃で圧殺される竜騎士すら多数。
艦隊の多くは遥か下の地面に激突し、将兵に生き残りは殆ど居なかったと言う。
この日、レコン・キスタの航空兵力の半分が失われた。


空は青く高い。
雲すら千切り飛ばされ、浮かぶ者はグレンとタバサだけとなったニューカッスルの空で、神の如き使い魔は己が主人に告げる。

「行きがけだ。レコン・キスタとやらを滅ぼしてゆこう」

まるで散歩に行くとでも告げるように気負いも躊躇も無く。
恐るべき男の言葉に、タバサはただ無言であった。







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