割れた窓ガラスから身を乗り出しギーシュの姿を探したのだけど、苛烈極まる戦闘がぼくの目に映っただけだった。
いても立ってもいられない焦燥感にかられたぼくは、呆然とぼくの姿を見つめるタバサに尋ねた。
「シルフィードは?」
タバサの使い魔である風竜の名だ。はっと正気を取り戻したタバサが答える。
「窓の外に待機している」
「じゃあ、キュルケとルイズを乗せてアルビオンを脱出してくれ。反乱軍がなだれ込んでくるのも時間の問題だからね」
タバサが訝しげな顔をした。
「あなたは…?」
「もちろん、ギーシュを助ける」
ぼくは、ぼくらしくなく毅然と言い放った。
「私も…」
「駄目だよ。君達には大切な使命がある。姫殿下に手紙を届けなくちゃいけないんだろ。それに、ぼくなら大丈夫。必ず、ギーシュを連れて帰るから…」
タバサは、しばしの沈黙を守った後、仕方なさそうに頷いた。そして、短く口笛を吹くと、窓の外に、まだ幼さの残る風竜が悠然とその姿を現す。
「シルフィード。トリステインへ」
キュルケ、ルイズと共にシルフィードの背中に飛び乗ったタバサが呟いた。
シルフィードはきゅいと一声鳴くと、トリステインの方角に転回し、飛翔していった。タバサに任せれば、安心だろう。
一つの憂いを絶ったぼくは腰に指したデルフリンガーに言った。
「よろしく頼むよ」
「任せとけ」
ぼくはデルフリンガーを引き抜き、柄を強く握り締める。
そして、眼下に広がる巨大な軍勢に向かって、単身、疾走した。
全てはギーシュを救う為に。
立ちはだかる敵は全て切り捨てた。ぼくは無我夢中で剣を振るったのだ。返り血がどんどん制服に染み込み、体が重くなっていくのを感じた。これこそが命の重みだと思うと堪え難い吐き気に襲われた。
鮮血の臭いがやたらと鼻につく。
金属の擦る音、慌ただしい軍靴の響き、悲鳴や怒号、それら戦争を演出する轟音だけが耳に入った。
気が狂いそうだった。
ギーシュ。
彼女の存在だけが、崩壊しそうなぼくの心をぎりぎりのところで繋いでいてくれた。
気付けば、多数の敵にとり囲まれていた。ぼくの実力に気付いた反乱軍は、数をもって制しようと考えたのだ。
ぼくは容赦なく光の精霊を召喚し、一人残らず掻き消す。
一瞬だけ、静寂の時が訪れた。
その時、王党派の兵士とその中心にいる一人の老人がぼくの目に飛び込んできた。
そして、老人の足元には横たわるギーシュがいた。
「ニーシュ!」
ぼくはその場に駆け寄り、ギーシュの身体を起こした。
「お主は大使殿の使い魔の…」
老人がぼくに声をかける。ぼくは、はい、とだけ返事した。
「安心せい、彼は無事じゃ。なにせこのわしが守っとったのじゃから」
そう言う老人の体は、ぼろぼろとしか形容できない有様だった。
「なぜ…?」
「他国の大使殿に何かあっては、アルビオンの恥じゃ。身をていして守るのは当然じゃろう」
老人はそう言って豪快に笑うと、杖を降った。
空から、シルフィードより巨大な竜が舞い降りる。
「わしの使い魔じゃよ。竜騎兵の相手をしてもらっとったのじゃが、場内に敵軍が侵入してきた以上、それも無意味じゃ。さ、これに乗って母国に帰還なされよ」
ぼくは頷き、ギーシュの体を優しく竜の背に乗せた。
「彼女だけでいいです。竜を飛ばして下さい」
「お主は…?」
「あなたは、ぼくの友人を助けてくれました。なんとなくだけど、それに報いなければいけない気がするんです」
ぼくの本心だった。
「さあ、早く!」
ぼくの気迫に圧された老人が竜を飛ばす。それを見届けた後、ぼくは口を開いた。
「ぼくは伝説の使い魔ガンダールヴです。だから、始祖ブリミルの末裔が治めるアルビオンの危機を見逃してはいけない気がするんです」
老人の目が、見開かれる。
「お主が…?では、軍勢を消し去ったあの光も…」
ぼくは頷く。
「ガンダールヴゆえの力です」
これは嘘だ。だけど、時には嘘も必要だ。
「始祖ブリミルのご加護は僕たちにこそあります」
老人が叫んだ。
「なんと良き日だ!皆の者聞いたか!?伝説のガンダールヴが我等の前に降臨した!」
敵味方共に動揺が走った。
「各々方、よく聞け!始祖ブリミルのご加護は我等にあり!繰り返す!始祖ブリミルのご加護は我等にあり!!!」
王党派の貴族達から歓声がわいた。
しかし、所詮は多勢に無勢。
王軍は、そのほとんどがメイジで護衛の兵を持たなかった。王軍のメイジ達は、群がるアリのような名も無き兵士達に、一人、また一人と討ち取られ、散っていった。
気がつけば、反乱軍に刃を向ける存在はぼく一人だけになっていた。
ぼくに向けられる言葉は、「死ね!」とか「殺してやる!」だの、耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりで、度重なる精霊召喚の為に磨耗した心がよりいっそう削られていてくのを痛いほどに実感していた。
ぼくはウェールズ皇太子のような勇敢な人にはなれなかった。
死ぬことが怖くて仕方なかったのだ。
だから、ぼくは涙ながらに剣を振るった。端から見れば実に滑稽な姿だったと思う。
それでも、ぼくは戦い続けなければならない。
ギーシュの命を救ってくれた英霊の為にも。
そして、ぼくがこの手で奪った数多くの未来の為にも。
いても立ってもいられない焦燥感にかられたぼくは、呆然とぼくの姿を見つめるタバサに尋ねた。
「シルフィードは?」
タバサの使い魔である風竜の名だ。はっと正気を取り戻したタバサが答える。
「窓の外に待機している」
「じゃあ、キュルケとルイズを乗せてアルビオンを脱出してくれ。反乱軍がなだれ込んでくるのも時間の問題だからね」
タバサが訝しげな顔をした。
「あなたは…?」
「もちろん、ギーシュを助ける」
ぼくは、ぼくらしくなく毅然と言い放った。
「私も…」
「駄目だよ。君達には大切な使命がある。姫殿下に手紙を届けなくちゃいけないんだろ。それに、ぼくなら大丈夫。必ず、ギーシュを連れて帰るから…」
タバサは、しばしの沈黙を守った後、仕方なさそうに頷いた。そして、短く口笛を吹くと、窓の外に、まだ幼さの残る風竜が悠然とその姿を現す。
「シルフィード。トリステインへ」
キュルケ、ルイズと共にシルフィードの背中に飛び乗ったタバサが呟いた。
シルフィードはきゅいと一声鳴くと、トリステインの方角に転回し、飛翔していった。タバサに任せれば、安心だろう。
一つの憂いを絶ったぼくは腰に指したデルフリンガーに言った。
「よろしく頼むよ」
「任せとけ」
ぼくはデルフリンガーを引き抜き、柄を強く握り締める。
そして、眼下に広がる巨大な軍勢に向かって、単身、疾走した。
全てはギーシュを救う為に。
立ちはだかる敵は全て切り捨てた。ぼくは無我夢中で剣を振るったのだ。返り血がどんどん制服に染み込み、体が重くなっていくのを感じた。これこそが命の重みだと思うと堪え難い吐き気に襲われた。
鮮血の臭いがやたらと鼻につく。
金属の擦る音、慌ただしい軍靴の響き、悲鳴や怒号、それら戦争を演出する轟音だけが耳に入った。
気が狂いそうだった。
ギーシュ。
彼女の存在だけが、崩壊しそうなぼくの心をぎりぎりのところで繋いでいてくれた。
気付けば、多数の敵にとり囲まれていた。ぼくの実力に気付いた反乱軍は、数をもって制しようと考えたのだ。
ぼくは容赦なく光の精霊を召喚し、一人残らず掻き消す。
一瞬だけ、静寂の時が訪れた。
その時、王党派の兵士とその中心にいる一人の老人がぼくの目に飛び込んできた。
そして、老人の足元には横たわるギーシュがいた。
「ニーシュ!」
ぼくはその場に駆け寄り、ギーシュの身体を起こした。
「お主は大使殿の使い魔の…」
老人がぼくに声をかける。ぼくは、はい、とだけ返事した。
「安心せい、彼は無事じゃ。なにせこのわしが守っとったのじゃから」
そう言う老人の体は、ぼろぼろとしか形容できない有様だった。
「なぜ…?」
「他国の大使殿に何かあっては、アルビオンの恥じゃ。身をていして守るのは当然じゃろう」
老人はそう言って豪快に笑うと、杖を降った。
空から、シルフィードより巨大な竜が舞い降りる。
「わしの使い魔じゃよ。竜騎兵の相手をしてもらっとったのじゃが、場内に敵軍が侵入してきた以上、それも無意味じゃ。さ、これに乗って母国に帰還なされよ」
ぼくは頷き、ギーシュの体を優しく竜の背に乗せた。
「彼女だけでいいです。竜を飛ばして下さい」
「お主は…?」
「あなたは、ぼくの友人を助けてくれました。なんとなくだけど、それに報いなければいけない気がするんです」
ぼくの本心だった。
「さあ、早く!」
ぼくの気迫に圧された老人が竜を飛ばす。それを見届けた後、ぼくは口を開いた。
「ぼくは伝説の使い魔ガンダールヴです。だから、始祖ブリミルの末裔が治めるアルビオンの危機を見逃してはいけない気がするんです」
老人の目が、見開かれる。
「お主が…?では、軍勢を消し去ったあの光も…」
ぼくは頷く。
「ガンダールヴゆえの力です」
これは嘘だ。だけど、時には嘘も必要だ。
「始祖ブリミルのご加護は僕たちにこそあります」
老人が叫んだ。
「なんと良き日だ!皆の者聞いたか!?伝説のガンダールヴが我等の前に降臨した!」
敵味方共に動揺が走った。
「各々方、よく聞け!始祖ブリミルのご加護は我等にあり!繰り返す!始祖ブリミルのご加護は我等にあり!!!」
王党派の貴族達から歓声がわいた。
しかし、所詮は多勢に無勢。
王軍は、そのほとんどがメイジで護衛の兵を持たなかった。王軍のメイジ達は、群がるアリのような名も無き兵士達に、一人、また一人と討ち取られ、散っていった。
気がつけば、反乱軍に刃を向ける存在はぼく一人だけになっていた。
ぼくに向けられる言葉は、「死ね!」とか「殺してやる!」だの、耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりで、度重なる精霊召喚の為に磨耗した心がよりいっそう削られていてくのを痛いほどに実感していた。
ぼくはウェールズ皇太子のような勇敢な人にはなれなかった。
死ぬことが怖くて仕方なかったのだ。
だから、ぼくは涙ながらに剣を振るった。端から見れば実に滑稽な姿だったと思う。
それでも、ぼくは戦い続けなければならない。
ギーシュの命を救ってくれた英霊の為にも。
そして、ぼくがこの手で奪った数多くの未来の為にも。
【ぼくは、今日、ここで死ぬ】
そんな予感にかられた。
ぼくは戦い続ける。来たるべき死の瞬間まで。
「I die today, for your tomorrow.」
気付けば、そう呟いていた。