あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

へっぽこ冒険者と虚無の魔法使い 第六話(後編)

トリステイン魔法学院の図書館は、本塔の中に存在する。
高さ三十メイルにも達する巨大な本棚が、壁際にずらりと並んでいる様は壮観の一言だ。
ここには始祖ブリミルがハルケギニアに降臨して以来の歴史が、全て詰め込まれていると言われている。
蔵書量はトリステイン有数で、教師のみに閲覧を許されるフェニアのライブラリーには、禁書と呼ばれるものも多数存在していると噂されている。
そんな巨大な図書館の一角で、ヒースは本の山と格闘していた。
本来、平民である彼はこの図書館に入ることは許されないのだが、オールド・オスマンの口利きによって入ることを許されている。
ハルケギニアに来てから二十日が経つ。
それだけの期間、文字を学んだだけにも関わらず、ヒースは完全な読み書きを可能としていた。
いくらヒースが高い知能を持っているからといえど、これは異常だ。
しかし、このことに関してヒースは余り疑問は抱いていなかった。
そもそもからして、何故か言葉が通じているのだ。
土地が変われば言葉は変わる。
アレクラスト大陸においても大陸の東西で、大きく西方語と東方語に分かれる。
さらにエルフ語やドワーフ語などを筆頭とする種族語。
上位古代語や精霊語などの魔法言語などを含めると、言葉の数は実に数十にものぼる。
同じ世界においても大きく言葉が異なると言うのに、異世界において普通、言葉が通じるわけがないのだ。
ヒースはこの現象を召喚の“ゲート”によるものだと推測している。
召喚される使い魔は多種多様。犬や猫と言った小動物ならば兎も角、中には獰猛かつ凶暴な生き物も召喚される。
だがそう言った生き物も問題なく使い魔とされている、契約に接吻が必要だと言うのに。
このことから“ゲート”を潜った時点で何らかの魔法の付与効果が発生しているのだと、ヒースは推測した。
となれば本来召喚されるはずが無い人間が呼ばれた場合、言葉が通じたり、文字をあっさり理解できたりなど可能でもおかしくはない。
それに気にしたところでどうにかなるものでもない上、現状不利益が無いのだから特に問題は無い。
そんなわけでヒースはこの特典を大いに活かし、アルビオンから帰還してから本日までの三日間、図書館に入り浸っていた。
調べているのは主に使い魔関連だ。
ルイズは呼び出した使い魔を元の場所に戻す方法は知らない、と言っていたがそれは存在しないという意味ではない。
ただ、彼女が知らないだけで存在する可能性があるため(最もオールド・オスマンすら知らないそうだが)
こうして僅かな可能性に賭け調べていた。
悪魔召喚の壷をオールド・オスマンに預けた古代王国の男や、
レコン・キスタの刺客と思われる仮面の男が何故だか魔神を使役していたり、魔力のカードと呼ばれるカストゥールのマジックアイテムを使いこなしているということも、気になりはするが、調べる方法がないためどうしようもなかった。
ハーフェン導師との定期的なやりとりでも、お互い進展なしという文面が続くだけという現状を、
打破しようとしているのだが……。
「見つからんなぁ……」
成果は芳しくなく、分かったことは使い魔の召喚はあっても召還という概念がそもそも存在していなさそう、ということ程度だ。
早い話が手詰まり。どうしようもない状態だった。
「フェニアのライブラリー覗かせて貰えれば違うかも知れんが……無理って言われたからなぁ」
流石にオールド・オスマンの一存ではそこまで許可は出ず、色々と探せそうな一角には足を踏み入れることは出来なかった。
暇を見つけてはオールド・オスマンが調べてくれているそうだが、余り時間が取れず、成果は芳しくないらしい。
「うーむ、ここで探してても見つからんとなると……別所に探しに出るか、
人使って情報集めるか、さもなきゃ研究させるか……何にしろ素寒貧じゃなぁ」
ヒースがため息を吐く。
そう、彼は無一文なのだ。何をするにしても金が必要なため、貧乏どころではない身としてはどうしようもない。
良い金策は無いかとヒースが考えていると、ど~んという音ともに、本塔が揺れた。
その正体は言わずもがな、ルイズの爆発である。
少なくとも爆音を轟かせる存在はそれ以外にヒースは思いつかない。
「……今日はいつも以上にでかいな」
ヒースは天井を見上げる。
ぱらぱらと、埃が落ちてきた。ついでに本も。
「んなぁ!?」
本棚と建物の揺れ、この組み合わせそれ即ち本の落下。
ヒースはその避けがたい摂理の攻撃を、ものの見事にその身で受けた。
脚立に乗ってたのでぶっちゃけ回避が不可能だった。
派手な音をたて脚立から転がり落ち、本の山に埋もれる。
不幸中の幸いと言うべきか、落ちてきた本が下敷きになり怪我はなかった。
「ってぇ……はじめてみたときから思ってたが、やっぱここの本棚危ねぇ」
起き上がり、落ちてきた本をかき集めると、ヒースは本棚を見上げた。
高さ二十メイルほどの場所にぽっかりと空いている部分があった。
イリーナから幸せが逃げると注意されている、最近頻度が矢鱈と増えたため息を吐く。
ヒースが使う古代語魔法は系統魔法と違い、簡単な魔法でも精神力の消耗はそれなりに高い。
どれほど熟達していても、個人差はあるが日に十数回も使えばそれで打ち止めだ。
高さ二十メイルともなれば十メイルまでしか浮かない“レビテーション”では届かないため、
消費の激しい“フライト”を使うしかない。
ヒースは精神力が潤沢というわけではない、魔術師としては少ないほうだ。
この世界に来てから僅かな間に大きな事件に二つも巻き込まれているため、
出来うる限り無駄な消費は避けたいと考えていたが、ヒースは諦めて詠唱を開始する。
ふと、そんなヒースの目に、本と一緒に落ちてきたらしい一枚の羊皮紙が目に止まった。
詠唱を止め、それを拾うとまじまじと見つめる。
「……試してみる価値はあるな」
ハルケギニアに来てから二十日余り。始めて、実に楽しそうにヒースは顔をゆがめた。


オールド・オスマンは学院長室で一冊の本を見つめていた。
古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロで、触っただけで破れてしまいそうだ。
そっと、表紙をめくる。現れたのは色あせ、茶色にくすんだ羊皮紙のページで、何も書かれていない。
「これがトリステイン王室に伝わる始祖の祈祷書か……バッタもんじゃね?」
伝承には、かつて始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に読み上げた呪文が記されているとされているのだが、この本には呪文のルーンどころか文字一つ書かれていない。
こういった伝説の品物には、よくあることだ。
現に一冊しか存在しないはずの始祖の祈祷書は、金持ちの貴族や寺院の司祭、各国の王室に存在する。
当然、どこも自らの始祖の祈祷書が本物であると主張していた。
世界中に存在する始祖の祈祷書を集めたなら、それだけで図書館が一つ建つと言われるほどだ。
オールド・オスマンは長い年月を生きているため、始祖の祈祷書と呼ばれるものは幾度か目にしたことがあった。
それらはまだ如何にもそれっぽく体裁が整えられていたのだが……。
「いくらなんでも白紙というのはのぅ。手抜きにもほどがある」
王宮から送られてきた文字一つ書かれていないこの始祖の祈祷書を、
オールド・オスマンが偽物だと思うのは、至極当然なことだった。
一体どのような経緯で誰が見ても偽物だと分かるこの始祖の祈祷書が、トリステイン王室に渡ったのか、思考をめぐらせる。
そんなどうでもいい考えは、ノックの音で途切れることになった。
オールド・オスマンは秘書を雇わなければならぬな、有能で美人で尻撫でても怒らないねーちゃんを。
と思いながら来室を促す。
「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」
扉が開き、桃色がかったブランドの髪がオールド・オスマンの目に入る。足取り重く、やけに疲れた様子で室内へ入ってくる。
「……何の御用でしょうか、オールド・オスマン」
ぐったりとした、気だるそうな声で入ってきた人物……ルイズは声を出した。
そんな様子にオールド・オスマンは少々首を傾げつつも、とりあえず立ち上がり、両の手を上げ、歓迎の意を表する。
「あー疲れとる様子じゃの、ミス・ヴァリエール」
「いえ、大丈夫です……」
良く見ると、服の裾が煤で汚れている。
またいつもの失敗の後片付けだろうとオールド・オスマンは思い、気を取り直して咳払いをする。
「ごほん。ミス・ヴァリエール、旅の疲れは……癒せておらんようだが。兎に角、お主たちの活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は去った」
疲れからかボーっとした様子のルイズを見やり、一拍間を置いてオールド・オスマンは言葉を続ける。
「そして、来月にはゲルマニアで、無事アンリエッタ王女と、ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。君たちのおかげじゃ、胸を張りなさい」
張る胸は薄いがの、とオールド・オスマンが考えていると、ルイズは少し悲しそうな顔をして、黙って頭を下げた。
オールド・オスマンは暫く黙ってじっとルイズを見つめると、手にしていた始祖の祈祷書を差し出す。
「……これは?」
差し出された古ぼけた本を、ルイズは怪訝な表情で見つめる。
「始祖の祈祷書じゃ」
「始祖の祈祷書?これが?」
今、ルイズが嵌めている水のルビーと同じく、かつて始祖ブリミルから授けられたとされている、トリステインの国宝である。
何故そんなものをオールド・オスマンがもっていて、自分に差し出しているのだろうと、ルイズは首を傾げる。
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。
選ばれた巫女は、この始祖の祈祷書を手に、式の詔を詠みあげる慣わしになっておる」
「はぁ」
宮中の作法に詳しくもなく、興味もなかったためルイズは思わず生返事を返す。
そして、僅かな間をおいて何故オールド・オスマンがそんなことを自分に説明したのかにルイズは気が付いた。
「では、わたくしが?」
「うむ、察しが良いの。姫がの、ミス・ヴァリエール、そなたを巫女に指名したのじゃ。
そして巫女は式の前より、この始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「えええええ!詔をわたしが考えるんですか!?」
ルイズはあからさまに嫌そうな顔をした。
行き成り考えろと言われても、公の、王族の結婚式に使うような詔なんてとてもじゃないが浮かばない。
「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……。伝統と言うのは、面倒なもんじゃの。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
そりゃそうですけど、と渋い顔をしそうになり、ルイズは思い直す。
今回の結婚は完全な政略結婚だ。アンリエッタは、好きでもない相手と、夫婦になることになる。
そんな式の巫女に、せめてもと、幼い頃を共に過ごした自分を選んだ。
その想いに答えるべきだと考え、顔をあげた。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
ルイズはオールド・オスマンから、始祖の祈祷書を受け取り、表紙を捲る。
返事を受けると、オールド・オスマンは目を細めて、ルイズを見つめた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」
ほっほっほ、と笑うオールド・オスマンは、ルイズがじっと開かれた始祖の祈祷書を見ていることに気がついた。
最初は仮にも国宝とされているものが白紙なのに驚いているのだと思ったが、目の動きは、明らかに文字を追っていた。
「……ミス・ヴァリエール?どうしたかね、その始祖の祈祷書は文字の一つも書かれていない白紙のはずじゃが」
ルイズが顔をあげると、怪訝な表情を浮かべた。
「白紙、ですか?きちんと書いてありますが」
「なんじゃと?一体どのような文章が?」
オールド・オスマンの眉がぴくりと動く。
「えっとですね……序文 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒よりなる。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。と、ページを捲ったらまだ続きもあるようですが」
オールド・オスマンの顔が、驚愕の色に染まる。
ルイズが、嘘を吐いているようにはとても見えなかった。
何より、自分が開いたときには何の変化も無かった始祖の祈祷書が光っていると言う事実に、嘘など見出せるはずも無かった。
「続けなさい」
そう言われ、首を傾げながらもルイズは言葉を続ける。
「神は我に更なる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒よりなる。
神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。
我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文成り。
四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」
オールド・オスマンが息を呑む。ルイズは興味深げな表情で、ページを捲った。
虚無、伝説の系統、始祖ブリミルが扱いし失われた零番目の系統。
「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。また、その詠唱を永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力さにより命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四つの系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴィルトリ。以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す……オールド・オスマン、これは」
途中から震えが混じった声で読み上げていたルイズが、混乱に揺れる瞳をオールド・オスマンに向ける。
ふと、指に嵌めている水のルビー……四つの系統のうち『水』を司る指輪を見やると、始祖の祈祷書と同じく輝いていることにルイズは気がついた。
オールド・オスマンは、暫し厳しい顔付きで瞑目すると、顔をあげた。
「ミス・ヴァリエール、その指輪と始祖の祈祷書を私に」
言われたとおり、水のルビーと始祖の祈祷書をルイズはオールド・オスマンに渡す。
指輪を嵌め、オールド・オスマンは始祖の祈祷書を開いたが、そこにあるのは変わらぬ白紙のページだけだった。
分かっていたことを確認した、といった風情でオールド・オスマンは指輪と始祖の祈祷書をルイズに返す。
ルイズは指輪を嵌めず、始祖の祈祷書を開いた。白紙だ、光もせず、何も書かれていないページだけが延々と続く。
指輪を嵌め直すと、始祖の祈祷書は光り、文字も浮かび上がった。
「ミス・ヴァリエールが虚無の担い手……いや、それならば彼女がガンダールヴだということにも説明が付く……」
「……あの、オールド・オスマン?」
困惑しているルイズの問いに、ぶつぶつと呟いていたオールド・オスマンは顔を上げた。
「ん?おお、すまなんだ、つい考え事をの。……ミス・ヴァリエール。
正直私も驚いたが、どうやらお主は虚無の担い手のようじゃ」
あっさりと、本当にあっさりとオールド・オスマンはルイズを虚無の担い手と判断した。
言われた本人が、そんなのでいいのか、と思ったほどに。
「で、ですがオールド・オスマン!何かの間違いという可能性も!呪文が書かれていると書いてありますが他の頁にも何も書いてありませんし!」
「何故呪文が書かれておらんのかは分からんが、それはない。実はな、お主には黙っておったことなんじゃが……。お主の使い魔は始祖ブリミルが用いたとされる伝説の使い魔、ガンダールヴなんじゃよ」
「ええええ!?」
巫女役への抜擢、実は虚無の担い手でした、使い魔が伝説の使い魔だった。
短い時間で随分と驚くことが連続するものだとルイズは頭の片隅で思った。割と混乱している。
「そういうわけでの、何故彼女がガンダールヴなのか疑問じゃったのが、これで綺麗に解けた。
ミス・ヴァリエールが虚無の担い手であるのならば、
その使い魔がガンダールヴであることに疑問を挟む余地なぞないからの」
あーすっきりした、と言わんばかりにオールド・オスマンは爽やかな笑顔を見せた。
喉に引っかかっていた骨が取れてご機嫌のようだ。
オールド・オスマンは百面相なルイズを暫く楽しそうに眺めたあと、表情をキリっと変え、威厳ある言葉を発した。
「ミス・ヴァリエール」
「は、はい!」
百面相と化していたルイズが慌てて直立姿勢をとる。
「一先ずは、お主の系統が判明したことを祝そう。じゃが、このことは誰にも言ってはならぬ。
家族にも、友人にも、おぬしの使い魔にも。勿論、姫にもじゃ」
「……なぜですか?」
「虚無じゃからじゃよ。ミス・ヴァリエール」
そういうと、オールド・オスマンはルイズの肩にぽんと手を置いた。
「伝説においても、虚無の仔細は殆ど不明じゃ。何せ六千年も昔の話じゃからの。じゃが、伝説の使い魔であるガンダールヴとなったお主の使い魔は、恐ろしく強い。並みのメイジでは数十人掛りでも返り討ちじゃろう。メイジの実力を測るには使い魔を見よとはよく言う。なれば、そんな使い魔を生み出した虚無の担い手は、どれほど強力か。そう考える輩が出てくるのは当然じゃ。実際には、どれほどのものなのかはさっぱり分からんのじゃが。しかし、僅かながらに残る虚無に関する記述が記された聖者エイジスの伝記の一章に、このような言葉がある『始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らした』とな。あくまで伝記じゃから全てを鵜呑みにするわけにもいかんが……それほどの表現になるほど、強力なものであった、ということになる」
ルイズは黙ってその言葉を聞いていた。
「これはお主のためだけでなく、トリステイン、ひいてはハルケギニアのためでもあるのじゃ。強力すぎる力は、戦乱を呼ぶ。此度のゲルマニアとの同盟や、アルビオンとの不干渉条約など、虚無の存在でどう転がるか分かったものではない。ゆえに、今は虚無のことは考えず胸の内に秘め、詔を考えることに集中せよ。虚無に関しては私のほうで調べることにする」
「……はい、分かりました」
オールド・オスマンの言葉に、ルイズは頷いた。
「一度に色々あって、疲れたじゃろう。今日は部屋へ戻り、ゆっくりと眠りなさい。
結婚式までまだ一ヶ月はある、明日からのんびりと詔を考えればよいのじゃらかな」
そう言ってオールド・オスマンは破顔した。お辞儀をし、ルイズは学院長室を去る。
部屋へ帰る途中、ルイズは思考をめぐらせる。
『虚無』、失われたとされる伝説の系統。自分がその担い手。
オールド・オスマンには眠れと言われたが、とてもじゃないが眠れそうにない。
その三十分後。
ベッドの上で始祖の祈祷書を抱きしめ着替えもせず爆睡するルイズが夜のトレーニングから戻ってきたイリーナによって目撃された。


ルイズが巫女役を拝命してから、二週間が過ぎた。
始祖の祈祷書を片手に、ベッドの上でごろごろ転がる。ごろごろごろ……ぼて。
ベッドから落ちて、逆さになりながらもルイズは始祖の祈祷書を手放さない。
何も、思いつかない。
ばたばたと脚を動かす。だが、何も浮かんではこない。がしょんがしょん。
「拙い、拙いわ。いくらなんでも一節すら浮かばないっていうのは流石に拙いわ」
残るタイムリミットは15日とちょっと。時間に直して370時間ほど、草案の推敲や式の段取り把握なども含めれば300時間と言ったところか。
がしょんがしょん。
誰か得意な人に代わりに考えてもらう、というのも少しだけ考えたがそんなことをすれば姫さまを裏切ることになる。
それは出来ない、というかそれだと巫女役の意味が無い。がしょんがしょん。
例え苦手でも、考え付かなくても、考えて式に間に合わせるのだ。ああ、締め切りが怖い。がしょんがしょん。
「って、さっきからうるさいわね……」
ルイズは先ほどから聞こえる、耳障りな金属音に顔を顰めた。何だというのだ、この音は。
がしょんがしょんがしょんがしょんがしょん。
その音は、徐々に近づいてくる。
何の音だと、首を傾げていると、その音が部屋の前で止まり、扉が勢いよく開く。
扉が壁にぶつかり、蝶番が悲鳴を上げる。そのうち壊れるんじゃないだろうか。
「見てくださいルイズ!新しい鎧が届きました!!」
明るい、元気な声と共に白い甲冑ががしょんと音を鳴らす。
イリーナが、嬉しそうな顔で分厚い篭手に包まれた両手を広げるのをルイズは逆さになりながら見つめた。
「あー……そういえば、前に買ったやつは駄目になったから新しいの頼んでおいたんだっけ」
アルビオンにおける仮面の男との戦いで、イリーナが着込んでいた鎖帷子は所々千切れ、鎧としての役目を果たせなくなっていた。
そしてイリーナが新しい鎧を欲したため、街に出て、今度は板金鎧を特注したのだ。
それが、ようやく届いた。
「やっぱり、この全身に掛かるこの重み!擦れる金属音!匂う鉄臭さ!これぞ鎧です!」
ちなみに、お値段400エキュー。ルイズの今季のお小遣いの残りが全部吹っ飛んだ一品だ。錬金対策に固定化も掛かっている。
「そう、よかったわね」
ルイズは気の無い返事を返すと、ベッドへ上がり仰向けに寝転がると始祖の祈祷書を広げる。
するとひょい、と始祖の祈祷書がイリーナに取り上げられた。
視線をやると、腰に手をあてちょっと怒っているかのような雰囲気を出していた。
「駄目ですよ、そういう読み方をすると目が悪くなります」
「うるさいわね、あんたはお母さんか」
イリーナが召喚されてからかれこれ一ヶ月と少し。異国の地での生活にも慣れてきたのか、最近小言が多くなった。
着替えは自分でしろ、顔は自分で洗え、椅子に座るときは背筋を伸ばせ、爆発の後片付けをちゃんとやれ、などなど。
それぐらい別にいいだろう、とルイズが思うことに、一々小言を言ってくる。使い魔のくせに。
曰く4レベルになって信心深くなったからです、とのことだ。
何のことだかルイズにはさっぱり分からない。
聞き直したらそんなことは言っていないとも言われた、ますます分からなかった。
なお、ヒースへの小言はルイズの三倍ほどあったりもする。
兎角、最近小言が多いのだ。そう、使い魔であるイリーナが主人であるルイズに対して。
これはいけない、実にいけない。
虚無だ詔だ悩んではいるが、一旦それは横に置いて、主従関係というのをはっきりさせなければ。
ルイズは姿勢を正すと、始祖の祈祷書をペラペラと捲っているイリーナに向き直る。
「いい、イリーナ。確かにあんたは強いし、何だかんだ言って色々やってくれるから良い使い魔だと思うわ。だけど」
こんこん。扉がノックされる。
このタイミングでどこのどいつだと内心毒づきながら、ルイズは憮然としつつも開いてますよ、と返事をする。
扉が開き、入ってきたのは長い白髭を蓄えた老人、オールド・オスマンだった。
ルイズは慌ててベッドから降りて、寝っ転がっていたため乱れていた衣服を正す。
イリーナが始祖の祈祷書を机において、礼儀正しくお辞儀した。
「どうかの、詔のほうは。出来たかね?」
いいえ、全く。という言葉が思わず出そうになり、ルイズは口を噤み、首を振る。
嘘を吐いても意味が無い。
「その様子じゃと、まだのようじゃの」
「申し訳ありません」
ルイズが、言葉通り申し訳なさそうに俯く。イリーナが驚いた声をあげた。
「詔、まだ出来てなかったんですか?」
「だって……詩的とか言われても、困っちゃうわ。私、詩人なんかじゃないし」
うー、とルイズが唸る。その様子を見たオールド・オスマンは楽しそうに笑った。
「ほっほっほ、まぁとはいえ全く出来ていないわけではないじゃろう。どれ、今出来ているところだけで構わんから言ってみなさい。こういうものは、出来の良し悪しを自分で判断するのは難しいからの。他者の評価が重要じゃ」
いや、全く出来ていないんですが。と、また言葉が出そうになるのを、我慢して飲み込む。
ルイズは、とりあえず時間稼ぎのため詔の前文を詠みはじめた。
「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る……」
それからルイズは、黙ってしまった。そんな様子にイリーナは首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「これから、次に火に対する感謝、水に対する感謝……、
順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげるんだけど……」
「なるほど、五大神に順に祈るようなものですね。それで、どういう言葉を考え付いたんですか?」
ルイズは必死に頭を回転させ、何とか詔を捻り出す。
「笑わないでよ?」
「笑いませんよ」
その言葉の通り、確かにイリーナは笑わなかった。
「……炎は熱いので、気をつけること」
「それ、単なる注意じゃ?」
イリーナが思わず口を挟む。
「うるさいわね。風が吹いたら、樽屋が儲かる」
「諺じゃろ、それ」
あまりの酷さに、オールド・オスマンが額を押さえた。
出来の良し悪し以前の問題だ。
顔を真っ赤にしてルイズが俯く。
「あー、あれじゃ。始めてなら誰でもこんなものじゃろ。まだ式まで二週間ある。それまでに考え付けばよい」
「そ、そうですよ!まだ半月もあるんですから!」
オールド・オスマンとイリーナが、慌ててフォローを入れた。内心、駄目くせぇと思ってるのがバレバレだった。
それを感じ取ったルイズが半泣きで今にも爆発する瞬間、またコンコンとノックの音がした。
返事を待たずに扉が開く。
「おー、ここに居たかイリーナ。あ?なんだ、オスマンの爺までいるのか」
女性の部屋だと分かっていないのか、分かっていてやっているのか。
相も変らぬ傍若無人な男、ヒースがどかどかと部屋に入ってくる。
脇にはなにやら羊皮紙の束が挟まれていた。
「ちょっと!すぐ開けたらノックの意味無いでしょ!それにオールド・オスマンをじじじじ爺って失礼にもほどが!!」
「よいよい、ミス・ヴァリエール」
真っ赤な顔をさらに赤くするルイズを、オールド・オスマンが宥める。
ヒースの横柄な態度を一々気にしていてはキリが無い。
そもそもオールド・オスマンは、そういうことに余り頓着する性格ではなかった。
「ん、イリーナ新しい鎧届いたのか」
「はい!」
イリーナが嬉しそうに軽く飛び跳ねる。がしゃん!という金属音と共に木張りの床が大きく軋んだ音を立てた。
トリステインの有力貴族の子弟が通う魔法学院の学生寮なため作りは非常にしっかりしているはずなのだが。
鎧は見た目よりもかなり重いようだ。
そんな妹分に、ヒースは羊皮紙の束を押し付けた。受け取ったイリーナがそれを見て、首を傾げる。
「何ですかこれ?……地図?」
「おう。しかもただの地図じゃない、宝の地図だ」
「宝の地図~?なんだってそんなものを」
宝と聞いて目を輝かせるイリーナとは対照的に、ルイズは胡散臭げな声をあげた。
「俺様がフォーセリアに戻る手立てを探してるのは知っているだろうが、何をするにしても金が無いとどうにもならん、今素寒貧だしな。そこで手っ取り早く金を稼げる宝探しで一攫千金、というわけだ。何せ当たれば一財産だ!イリーナ!資金不足で買えなかった新しいグレートソードに手が届くぞ!それも何本でも!!銀の鎧もばっちりだ!」
「そ、それは素晴らしいですヒース兄さん!行きましょう!宝探しです!」
普段は物欲がそれほど無いイリーナも、剣や鎧のことになると途端目の色を変える悪癖があった。
それを聞いてルイズが呆れた顔をする。
「そんなの当たるわけ無いじゃない、外ればかりに決まってるわ。第一、お金ないくせしてどうやってそれだけの地図集めたのよ」
「図書館からに決まってるだろう」
「学院の所有物じゃない!」
ルイズが頭を抱えた。何勝手に持ち出してるんだこの男は。
「司書は誰も探しに行かないから好きにしろつってたぞ。きちんと許可は貰ってる。ついでだ、オスマンの爺も許可くれ許可」
「ふむ……いいじゃろ、許可する」
「オールド・オスマン!」
あっさりと許可が出され、イリーナとヒースが喜んで手を打ち合った。
キラキラと目を輝かせ、イリーナがルイズに詰め寄る。
相変わらず顔が近い。
「行ってきてもいいですよね?ね?っていうか一緒に行きましょう!気分転換にもなるでしょうし!」
「何でよ!私は詔考えなくちゃいけないし授業だって」
「構わんよ、行ってきなさいミス・ヴァリエール。休学届けは私のほうで許可を出そう」
またも、あっさりと許可が出る。オールド・オスマンの判子は随分と軽いようだ。というか教育者としてそれでいいのか。
おずおずとしながらもルイズが口を開く。
「ですが……詔のほうは?」
「彼女の言うとおり部屋に閉じ篭って考えるより、別の場所に行き気分転換したほうがまだマシじゃろて。王室から迎えが来る式の二日前までに戻ってくればよい。ただし始祖の祈祷書はなくしてはならんぞ?」
そんなものだろうかと考えながら、ルイズは不承不承頷く。
「つーわけでだ。ルイズ、旅費よろしく」
「私が出すの!?」
ヒースが親指を立てながら笑顔で告げる。歯がきらりと光りそうなほど爽やかな笑みが実に腹が立つ。
「ごめんなさい。お金ないですから、私達」
しょんぼりとしてイリーナが俯いた。
ルイズはこっちだってあんたの装備にお金かけたから殆ど無いわよ!と叫びそうになるのをぐっと我慢する。
さっきから我慢してばっかりだ。
「わかったわよ!出せば良いんでしょ出せば!正し!出るもの出たら折半よ」
びしっとヒースに指を突きつける。
はて、とイリーナが頬に人差し指を当てて首を傾げた。
「えっと、私、ヒース兄さん、ルイズ……。折半って半分こってことですよね?一人ハブにされちゃいますよ?」
「何言ってるのよ。私、ヒースで折半すれば問題ないじゃない」
「私の分は!?」
当然とばかりに言ったルイズにイリーナが悲鳴をあげる。
「あんた使い魔、私ご主人様。使い魔のものはご主人様のもの、ご主人様のものはご主人様のもの」
後の世で、ヴァリエニズムと呼ばれるようになる思想が、この瞬間生まれた。


用語解説
ブアウゾンビ:古代語魔法、モンスター名。腐敗が凄く遅いぴちぴちゾンビ、
魔法や呪歌は使えないが、それ以外の技能であれば全て生前同様に保有する。
ただし頭がちょっと悪く、やっぱりゾンビなので動きが鈍いのが玉にキズ。
独自に物事を判断する知能を有するが、自我も精神もない。
アノス:国名。アレクラスト極東に存在する宗教国家。
至高神ファリスを国教とし、ファリス教団の最高司祭であるものが王を兼ね、法王を名乗る。
ファリス神官ならば一度は赴いて修行したい場所。早い話が規模がでっかいヴァチカン。
ジェニ:人名。剣の姫の異名を持つマイリー教団の最高司祭。
かつて国を一つ滅ぼした邪竜を仲間と共に倒した竜殺しの一人。若い頃は凄い美人だったが独身。
レビテーション:古代語魔法。自らが接地してる地点から10m浮くことが可能になる初歩の魔法。
10mと言う絶妙な高さが使い難いと大評判。
ヴァリエニズム:語呂悪いね。ルイズムのほうがいいだろうか。

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