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へっぽこ冒険者と虚無の魔法使い 第六話(前編)

第六話「黙ってコラえて」

アルビオンの首都、ロンディニウムはハヴィランド宮殿を一人の男が兵士に先導され、足早に歩を進めていた。
丸い球帽を被り、緑色のローブとマントを身に着けた、三十代半ばの男。
名をオリヴァー・クロムウェル。一介の司教の身でありながら、訳あってレコン・キスタの総司令官を勤めている。
普段は理知的な光をたたえた碧眼が、動揺で揺れていた。
「いや、しかし、あのワルド子爵が……信じられん」
「こちらです」
先導をしていた兵士が客間らしき部屋の前で止まり、扉を開けた。
中に入ったクロムウェルは息を呑む。
部屋の中は一人の男……ワルドが居た。否、そこにあった。
仮面を付けたまま、胸から血を流しピクリとも動かず倒れている。
素人目で見ても、死んでいるのが分かる。
「おお……まさか、まさか本当にワルド子爵が……一体誰に」
クロムェルの顔が驚愕の色に染まる。
先導をしていた兵士が躊躇しつつも口を開いた。
「ワルド子爵は……その、心臓を鋭利な刃物……恐らくは剣によって貫かれたことで、即死した模様です。
他に外傷は見当たらず出血も乏しいため、間違いないかと」
「……馬鹿な、剣?剣だと!」
それを聞いたクロムェルの驚愕が、さらに濃くなる。
「彼は!ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵は、ドットやラインではない、風のスクウェアメイジだぞ!
それをまさか、メイジでもないただの剣士が打倒したというのかね!」
兵士が押し黙る。彼自身、自らの目で確認しても、未だに信じられないのだ。
非メイジはメイジには勝てない。これは赤子でも知っている常識だ。
無論、実際は数の差やメイジの実力不足、戦術などでそんなものはひっくり返るのだが、
今倒れているのはスクウェアメイジ。
数多く存在するメイジたちの中でトップクラスの実力者であり、魔法衛士隊の隊長すら勤めている化け物なのだ。
「メイジ殺し、というやつでしょうかね。クロムウェル司教」
クロムウェルと兵士が振り返る。
部屋の入り口に、一人の男が佇んでいた。
碧緑色のローブを身に纏い、長い黒髪も合間ってふとすれば女と見間違えかねないほど美しい顔立ちだ。
額に埋め込まれた黒水晶が、異彩を放っていた。
「いや、失礼。城内が慌しく、何事かと思っていましたら司教の声が耳に届きまして。
無作法と分かりながら少々立ち聞きさせていただきました」
男が、恭しく一礼する。堂に入っているのだが、言葉と同じくどこか相手を小馬鹿にした印象が鼻に付く。
そんな態度に気付いているのか気付いていないのか、クロムウェルは歓迎するかのように両腕を広げ笑みを浮かべた。
「おお、ロシュフォール殿!これは見苦しいところをみせた!
ワルド子爵がよもや倒されるとは思っておらず、つい取り乱してしまった。
いや、それにしてもメイジ殺しとは。成る程、確かに世の中にはそのような怪物が存在するようだ!」
「ええ、全くです。いつの世も、いつの土地も、突然変異的に化け物というのは生まれるものですから」
ロシュフォールと呼ばれた男が、笑みを浮かべると、ちらりと倒れているワルドを見やった。
「差し出がましいかも知れませぬが……そちらの御仁、どうやら重用されていたご様子。
よろしければ我々が蘇らせましょうか?」
兵士がきょとんとした。この男は何を言っているのだろう、死んだ人間を蘇らせる?馬鹿げている。
しかしクロムウェルはそう思わなかったようで、笑顔で首を振る。
「いや、君たちの手を煩わせんよ。ワルド子爵は、余が蘇らせよう。余の虚無でな」
クロムェルはそういうと、腰に差した杖を引き抜き、小さな声で詠唱を開始した。
兵士が何を、と思いそれを見ていると、クロムウェルはワルドの死体へ杖を振り下ろす。
次の瞬間、兵士は悲鳴が喉から漏れそうになるのを必死で堪えた。
間違いなく死んでいたはずのワルドが、ゆっくりと身体を起こしたのだ。
ワルドが自らの手で仮面を外す。その下から現れた青白い、死体の顔が見る見るうちに生気を取り戻す。
「おはよう、ワルド君」
クロムウェルがそう呟くと起き上がったワルドは地面に膝を突き、クロムウェルに頭を垂れた。
「申し訳ありません閣下。私の力が及ばず、手紙の奪取は愚かウェールズの殺害も失敗致しました。
さらにお預かりした魔神まで失い……何なりと罰をお与えください」
「構わんよ子爵!確かに、ゲルマニアとトリステインの同盟を妨害する手紙を手に入れられなかったのは残念だ!
ウェールズ皇太子を殺害できなかったのも無念といえよう!
しかし!君は命懸けで、単身ニューカッスル城に乗り込み任務を果たそうとしたのだ!
その勇気を誇りたまえ!我々に必要なのは結束だ!何ものにも打ち砕けぬ鉄の結束!
あの忌まわしいエルフどもを聖地から取り戻すために結束が必要なのだ!
結束に必要なのは何か!そう、信用だ!子爵、余は命を懸けた君を信用する。
ゆえに些細な失敗は責めぬ、失態は次で取り戻せばよい」
「勿体無いお言葉です」
大げさな身振りで演説するクロムウェルに、ワルドはさらに深く頭を垂れた。
その様子を黙ってみていたロシュフォールが微笑む。
「先ほどの力が司教が手にした虚無ですか。死者蘇生とは実に素晴らしい。
これならばいくら戦死者が出ようと、死体さえ残っていれば問題ありませんな」
「何、そこまで便利なものではないよ。虚無と言えど系統魔法ということに変わりは無いのだ。
高等な魔法は連用が利かぬ、数日間を置かねばな」
ごほん、とクロムウェルは咳払いをすると、大仰な動作で声をあげた。
「さぁ、いくぞワルド君!今は攻城の真っ最中であろうが、着いた頃には後始末だ。
何せ5万対300、勝敗の行方など何も知らぬ子供でも分かること!」
そういうと、ワルドを連れクロムウェルは去っていった。
その背中を、ロシュフォールは暫く微笑んで見つめていたが視界から消えると、
顔から微笑が消え失せ、冷たい表情が張り付く。
先ほどまでとは違う言語が、彼の口から流れた。
「指輪の力に頼りきった異界の神職者風情が。
死者を蘇らせる?下らん、少々高等なブアウゾンビではないか。
しかし、虚無か。もしも実在するというのならば、我々の障害なりえるやも知れんな。
尤も、塔さえ完成すれば何人も敵ではないが」
ロシュフォールは酷薄な笑みを浮かべると、部屋を立ち去る。
血まみれの部屋に一人、呆然とした兵士だけが取り残された。


その日のトリステイン王宮はピリピリした雰囲気に包まれていた。
隣国アルビオンを制圧した反乱軍、レコン・キスタがトリステインに進攻という噂が、
城下城内問わず数日前から真しなやかに囁かれていた。
そのため、レコン・キスタからの間諜が紛れ込まぬよう、王宮を守る魔法衛士隊が厳戒態勢を布いているためだ。
フネ、幻獣問わず王宮の上空は飛行禁止令が出され、
普段は何気なく通される仕立て屋や出入りの菓子屋の主人までもが門で呼び止めらる。
身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか
『魅了』の魔法等で何者かに操られていないかなど、厳しく調べれていた。
そんなとき、上空から一匹の風竜が王宮に降下してきたため、当直であった魔法衛士隊の隊員たちは色めきたった。
当直であるマンティコア隊の隊員たちが自らの騎獣で飛び立ち、
現在飛行禁止であることを風竜に乗っている六人組に告げる。
だが、風竜は警告を無視して中庭に着陸した。
中庭に着陸した風竜を隊員たちは腰からレイピアのような杖を引き抜き、いつでも魔法を唱えられるよう警戒し、取り囲む。
風竜の背から、桃色がかったブロンドの美少女に、燃えるような赤毛の女、金髪の少年に眼鏡をかけた小柄な少女、
皮肉気な表情をした青年、最後に平民らしき少女が中庭に降りた。
平民らしき少女は腰に剣を佩いており、何故だか着ている衣服が血で真っ赤に染まっていた。
尋常ではない様子に隊員たちは警戒心を増し、髭面のマンティコア隊の隊長が大声をあげる。
「ここは王宮ぞ!杖を……」
その言葉が言い切られる前に、侵入者たちは杖と剣を捨てた。
あまりの手際のよさに、隊員たちは困惑を露にする。
「流石に二度目となると手馴れたものだね、僕達」
「どこも対応同じねー。当たり前ではあるんだけれど、面白みがないわ」
金髪の少年が苦笑し、赤毛の女がつまらなさそうにぼやいた。
隊長が戸惑いながらも口を開く。
「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」
風竜の背から降り立った、桃色がかったブロンドの少女が一歩前に進み出て恭しく礼をする。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。
怪しいものではありません。姫殿下への取次ぎを願いたいわ」
「ラ・ヴァリエール公爵の三女とな?」
「如何にも」
杖を下ろし、隊長は髭を捻りながらその少女を見つめた。
ラ・ヴァリエール公爵夫妻ならば知っている。
高名な貴族であり、特にラ・ヴァリエール公爵夫人はマンティコア隊の前隊長、つまりかつて上官だった人物だ。
烈風カリンと呼ばれたあの女性のことは、嫌というほど知っている。
彼の中で逆らってはいけないものランキング堂々の第一位にランクインしているほどだ。
無い胸を張り、毅然と真っ直ぐ見つめてくるルイズの目を、隊長が見つめ返す。
「なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」
ルイズが首を横に振る。
「それはいえません。密命なのです」
「では殿下に取り次ぐわけには行かぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日には、こちらの首が飛びかねんからな」
ぼりぼりと髭を掻きながら、困った声で隊長が言った。
「責任はわたしが取ります。ルイズ・フランソワーズが参ったと、そう姫殿下に伝えてくださるだけで結構なのです」
「いや、ラ・ヴァリエール嬢に責任を取ってもらうと言われてもな……」
話が平行線を辿る。隊員たちの間に弛緩した空気が流れ、どうしたものかと皆顔を見合わせる。
小柄な少女……タバサなど地面に座り本を読み始めている。
取り次いでください。そう言われても。という応酬が暫く続き、イリーナの口からとりあえず一度帰りましょう、
という言葉が出そうになったとき、宮殿の入り口からひょっこりとアンリエッタが姿を現した。
魔法衛士隊に囲まれ押し問答をしているルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。
「ルイズ!」
駆け寄るアンリエッタの姿を見て、いい加減押し問答に疲れていたルイズの顔が、
薔薇を巻き散らしたかのようにぱあっと輝いた。
「姫さま!」
二人は一行と魔法衛士隊が見守る中、ひしっと抱き合う。
隊員たちの、もう警備に戻っていいっすか?と言いたげな視線が隊長に集まる。
「ああ、無事に帰ってきたのね。うれしいわ、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……」
「姫さま……」
暫し抱き合った後、シャツの胸ポケットから手紙を取り出す。
「件の手紙は、無事、この通りでございます」
アンリエッタは大きく頷いてそれを受け取ると、ルイズの手を固く握り締めた。
「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」
「勿体無いお言葉です、姫さま」
しかし、一行にウェールズの姿が見えないことに気付いたアンリエッタは顔を曇らせる
「……ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」
ルイズは俯いて頷く。
「そう、ですか……。して、ワルド子爵は?姿が見えませんが。別行動をとっているのかしら?
それとも……まさか……敵の手にかかって?そんな、あの子爵に限ってそんなはずは……」
一行が、顔を見合わせる。
「ワルドって誰でしょうか?」
「確か……魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長だよ。聞いたことがある」
「何でそんなやつの名前が出てくるんだ?」
「……もしかしてシルフィードだったからグリフォンじゃ追いつけず置いて行っちゃったのかしら」
きゅいきゅいとシルフィードが自慢げに鳴き、アンリエッタが固まる。
そういえばワルド子爵をついていかせると知らせるのを忘れていた。
今頃は必死でトリステインに戻っているのだろうか?それともアルビオンでルイズたちを探しているのだろうか?
やばい、どうしよう。
「あー……殿下?」
隊長に声をかけられ、アンリエッタははっとして気を取り直すと誤魔化しも兼ねて慌てて説明した。
「か、彼らはわたくしの客人ですわ。隊長殿」
「さようですか」
隊長はアンリエッタの言葉で納得すると、隊員たちを促し、再び持ち場へ去っていった。
アンリエッタはこほん、と咳払いをするとルイズに向き直る。
「と、とりあえずです。道中、何があったのか教えてくださいまし。ここではなんですから、わたくしの部屋でお話をしましょう。
他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」


キュルケとタバサ、ギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはルイズとイリーナを自分の居室へ入れた。
ヒースも当然とばかりについてくる。
アンリエッタの居室は、流石一国のお姫様の部屋と言うべきか、
何気ない家具一つからして如何にも高級品という気配が出ている。
小さいながらも精巧なレリーフが象られた椅子に座り、アンリエッタは机に肘をつくと、ルイズはことの次第を説明した。
包み隠さず話したため、スカボローでのドジやニューカッスルへの突入の仕方を聞いて、
アンリエッタが少々頬を引きつらせていたが。
兎角、手紙は取り戻し、ハルケギニア統一と聖地奪還というレコン・キスタの大それた野望は二歩目から躓いたのだ。
説明が終わるとルイズは、躊躇しながらも懐から指輪を取り出しアンリエッタに手渡す。
ウェールズから預かった風のルビーだ。
「これは……?」
「ウェールズ皇太子から姫さまに、と。
……ウェールズは勇敢に戦い、そして勇敢に死んでいった、と伝えてくれとも、言っておりました」
その言葉を聞くと、アンリエッタは指輪を抱きしめるように抱え、はらはらと涙を流す。
「姫さま……」
ルイズが、そっとアンリエッタの手を握る。
「あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら?ねぇ、ルイズ」
ルイズは頷いた。
「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」
「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのですね」
アンリエッタは、寂しげに首を振った。
「では、やはり……皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」
風のルビーを指に嵌め、愛しそうに撫でながら、アンリエッタは頷いた。
「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ。わたくし」
それから、アンリエッタは寂しそうに微笑むとつぶやいた。
「わたくしより、名誉のほうが大事だったのかしら」
沈黙が流れる。
ルイズは言うべき言葉が見つからず、イリーナは必死で何か言おうとしているが良い言葉が思いつかないようだ。
ヒースに至っては腕を組んで目を瞑っており、最初から何も言うつもりは無いとしか思えない。
暫く沈黙が続いたのち、ルイズが口を開く。
「姫さま……。わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」
アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうに呟くルイズの手を握った。
「いいのよ、ルイズ。あなたは立派にお役目どおり、手紙を取り戻してきたのです。
あなたが気にする必要はどこにもないのよ。
それにわたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」
努めて明るい声でそういうと、アンリエッタはにっこりと笑った。誰が見ても、無理をしているのが分かる。
ルイズは、嵌めていた水のルビーを抜きアンリエッタに差し出す。
「姫さま。これ、お返しします」
アンリエッタは首を振って受け取ると、ルイズの指にそれを嵌め直した。
「これはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」
「そんな、トリステインの国宝ですよ?そんな大切なものを頂くわけには……」
「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」
ルイズは頷くと、大切そうに指輪を撫でた。
アンリエッタはイリーナとヒースに向き直る。
「あなたたちも、ご苦労様でした。使い魔さんと、ええと……」
「ヒースクリフだ。一応この筋肉娘の保護者」
そういってヒースはイリーナの頭をぽんぽんと軽く叩く。
誰が筋肉娘ですか!とイリーナがヒースの首を絞める。
アンリエッタはその様子に少しだけ楽しそうに微笑むと、風のルビーを見つめた。
「ねえ、ルイズ。あの人は、勇敢に死んでいったと。そう言われましたね」
ルイズは黙って頷く。
「ならば……わたくしも、あの人のように勇敢に生きてみようと思います」


王城から、魔法学院に向かう途中、シルフィードの背中の上は実に静かなものだった。
皆、疲れからか口数が少なく、ギーシュはぐーすか眠っている。
別にウェールズから取り戻してきた手紙の内容を、キュルケが聞きだそうとしたりもしていない。
話の流れや態度から、ウェールズとアンリエッタの関係や手紙の内容は誰もが推測できていたからだ。ギーシュ以外。
むしろ、キュルケの興味は最後に出てきた化け物……魔神に移っていた。
「ねえ、貴方あのまじんとかいう化け物のこと知ってるみたいだけれど……あれ、何なの?」
腕を組んでじっと考え事をしていたヒースが、少しの間をおいて自分が話しかけられたと気付く。
「ん、あー……うーむ……まぁいいか。あれはな、暗黒神ファラリスが創造したとされている異界の住人だ。
剣持ってたのがグルネル、羽生えてたのがザルバード。どっちも魔神としては最弱の部類に入る」
「邪悪な化け物です!」
新しい鎧を欲しがったが流石に血まみれの服のまま街を歩いた日には衛兵が飛んできかねないので、
却下されしょぼくれていたイリーナがヒースの説明に付け足すように叫ぶ。
異界と言う言葉に、キュルケが目を丸くした。
「異界って……まさかそんなのが実在するわけ」
「するぞ、俺様とイリーナも異世界から来たんだから」
耳をほじりながらさらりと告げられたことに、素で気付いていなかったイリーナが声を上げた。
「えええええええええ!?ここ異世界だったんですか!」
「いや、気づけ、脳筋娘。月が二つあるとかどう考えてもおかしいだろう。
それ以外にもカストゥールの文明跡が無いにも関わらず、
カストゥール時代に作られた魔獣に似た生物が居たり、竜の生態が異なってたり、おかしなところだらけだぞ」
瞑目し、必死で色々思い出そうとしているイリーナの頭から煙が噴出す。
竜の生態なんてものはイリーナはさっぱり知らない。
ふらふら揺れ、シルフィードの背から落ちそうになったところを慌ててキュルケが支えた。
「ねえ、ヴァリエール。あなたは知ってたの?二人が異世界から来たって」
王城を出てからずっと黙りこくっているルイズに問いかける。反応がない。
「ヴァリエールってば!ルイズ!ゼロのルイズ!何無視してるのよ!」
キュルケがルイズに掴みかかり、がくんがくんと揺さぶる。
そうされて初めて、ようやく気付いたかのようにルイズはキュルケに向き直った。
「何するのよ!危ないじゃない!」
がくん、と急にシルフィードが高度を落す。キュルケが暴れたため、バランスを崩したのだ。
皆慌てて風竜の背中にしがみ付く。
眠っていたギーシュはそんなことが出来ず、風竜から放り出された。その衝撃で目が覚める。
「あ」
イリーナが思わず声をあげる。一瞬目が合い、次の瞬間ギーシュは悲鳴をあげながら地上へ落下していった。
タバサが面倒そうに、本当に面倒そうに杖を振りギーシュにレビテーションをかけた。
地面に激突する前に、ギーシュが宙に浮く。
「だから!二人が異世界から召喚されたってこと知ってたかどうか聞いてるのよ!」
そんなギーシュのことを完全に無視してキュルケはルイズに詰め寄る。
ルイズは実にうざったそうに顔を顰めた。
「別に、知らなかったわよ。
ただ話し聞く限りじゃ単にロバ・アル・カリイエよりも遠い場所から来ただけじゃない、っていうのは思ってたけど。
神さまの声聞いて魔法使ったりなんて、普通じゃないもの。イリーナが嘘吐くわけがないし、ヒースは兎も角」
その言葉を聞いて、キュルケがふと思い直す。
イリーナは嘘を吐かない、ヒースは嘘を吐く、ということは。
「ってことは異世界とかはいつもの法螺ってことかしら」
ヒースを除いた四人がなるほど、と手を打った。
「ちょっとまてい!今回は俺様嘘ついてないぞ!」
「えー?」
桃色がかったブロンドと赤毛の髪の間から、信じられない、という想いがみっちり篭った視線が飛ぶ。
イリーナがヒースに向き直り、神の力の一端を自らの身体を通して行使するための言語、神聖語を呟いた。
「……悪意は感じられません。嘘は吐いてないみたいです」
「わざわざ“センス・イービル”使ってまで確かめるな!そんなに俺様の言うことが信用出来んか!」
当然、とばかりに全員が頷く。バランスの悪い風竜の背中の上で、器用にもヒースは膝を抱えた。
目尻の端に少し光るものが見えるのは気のせいったら気のせいだ。
女性陣はそんなヒースをスマートに無視した。酷い女達である。
「アルビオンで傷治した時も驚いたけど、今のも神聖魔法っていうやつ?何をしたのかわからなかったけれど」
「あ、はい。今使ったのは“センス・イービル”って言いまして、ファリス様の神官だけが使える奇跡です。
ファリス様が定める秩序に反する考え、分かりやすく言えば悪いことですね。
それを考えているとき、この呪文掛けると分かるんです。
ただしどんな悪いことを考えているかまでは分かりませんし、
極悪人でもそのとき悪いこと考えてないと分かりませんから、使いどころが難しいんです。
さっきヒース兄さんに使ったときは、嘘を吐いてるかどうかを判別するために使いました。
ファリス様の教義には虚言を弄するな、というのがありますし、誰かを騙そうとするのは邪悪ですから。
ですけど安心してくださいヒース兄さん。私はヒース兄さんが本気で嘘を吐いてるなんてこれっぽっちも思っていませんから」
ファリスの聖印である、神聖なる光十字が刻まれたペンダントを握り締め、イリーナはにっこりと笑顔で答える。
一応、ヒースもそれなりに敬虔なファリス信者である。
そのため基本的に法螺は吹くが嘘は吐かない。ただ日頃の大法螺で信用がないだけだ。
嘘吐いてないと思うのなら魔法使ってまで確かめるなよ、とヒースは心の中で盛大に泣いた。
「便利ねぇ……治療とその悪いこと感知するの以外、他に何が出来るの?」
「高位の司祭様になれば欠損した手足や眼球とかの体機能も再生できますし、死んだ人も生き返らせることができますよ。
そこまで出来るのは大陸全土でも十人と居ませんし、私だと解毒が限界ですけど……」
「死人生き返らせるって……何でもありね」
キュルケが驚いて口をあんぐりと開く。
ハルケギニアにおいて死んだらそれまで、というのは常識だ。
詐欺師などが魔法で生き返らせるなどと偽って藁にも縋る平民から金品を騙し取ることは、稀にある。
だが本当に生き返らせることが出来るものなど、一人も居ない。
本を読んでいたタバサの手が、ぴたりと止まった。本に落とされていた視線が、イリーナに向き直る。
その顔は、いつも通りの感情を読ませないものだが、どこか鬼気迫る雰囲気があった。
「どんな毒でも解毒は可能?」
「はい、どんな毒であれ解毒は出来ます。
ですけど、毒にも強さがありますから、その毒の強さを上回る魔力が無いと解毒が出来ないんです。
私の力だと、あんまり強力な毒はちょっと……アノスの法王様やジェニ様ならどんな毒でも解けると思いますけど」
そう、と呟くとタバサは本に再度目を落とした。
親友のただならぬ様子に何故解毒に拘るのだろう、と首を傾げつつもキュルケはその疑問を口には出さなかった。
年齢も性格も全く違う二人が友人になり、今でもその関係が続いているのは妙にウマが合うだけでなく、
お互い詮索したりしないからだ。
わざわざその友情に無意味な罅を入れる必要などどこにもない。
キュルケはこのことを頭からすっぱりと消し去った。
「ところで……魔神とかいうのが異界の化け物なら、何であの仮面の男が操ってたのかしら?実は同郷だったり?」
「ハルケギニアの魔法使ってたみたいですし、同郷って言うのは無いと思いますけど……そういえば、何ででしょう?」
イリーナとキュルケが首を捻る。二人の視線が、膝を抱えてるーるるーとか呟いているヒースに向いた。
その視線に気付いたヒースが、疲れたような声色で返した。
「んなもん俺様が教えて欲しいわい」
その後、キュルケに役に立たないなどと言われて、さらに拗ねたヒースの機嫌を取り直すのにイリーナは随分と苦労した。

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