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フーケのガンパレード 3

「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン……」

夜の闇の中に呪文を唱える声が響く。
二つの月に照らされた屋敷は静まり返り、その建物の中で目を覚ましている者は呪文を唱えている少女と、
それを見守る女性のただ二人しかいない。

「ギョーフー・ニィド・ナウシス……」

ティファニアの紡ぐ呪文を聞きながら、フーケは目の前の寝台に眠る女性を見つめた。
彼女にとっては良く見慣れた色合いの、青い髪の女性。
一度目をつぶり、そして開いた。
青のオーマのシンボルは“過去と栄光”。
この女性の現状を考えれば、これほど相応しい色も無いかも知れぬ。
だが、それがどうしたとフーケは思った。
戻らぬ過去もあれば、取り戻せる過去もある。
過去を現在から盗み取り、もう一度栄光を掴むために自分はやってきたのだと。

「ユル・エオー・イース!」

ティファニアが杖を振り、呪文が完成する。
彼女が使う“虚無”の魔法の一つ、“解除”の呪文だった。
フーケは身体を起こすと心配そうな顔つきで見つめる妹分に微笑みかけ、
自分も杖を振って“探知”の呪文を唱える。

「成功したようだね。さっきは感じた魔法の気配が見つからない。
 エルフの先住魔法も一瞬か、たいしたもんだね」

ティファニアは一瞬顔を綻ばせたが、それはすぐに失意にとって変わった。

「魔法は解除できたけど、壊れた心を治す魔法は……
 ここに指輪があればオルゴールが教えてくれたかもしれないのに」

肩を落とす妹分を慰めながら、フーケは始祖ブリミルが残した秘宝に思いを馳せた。
担い手が必要とする呪文を教える始祖の秘宝。
それはあまりに強大な力に対する予防措置なのか、それとも他に理由があるのか。

「初め、それは小さな蜥蜴だった。
 誰にも勝てず、何も守れぬ小さな生き物だった」
「姉さん?」
「だが、それは翼を求めた。泣いている誰かの元に駆けつけるために。雨に濡れた誰かにさしかけるために。
 それは鱗を求めた。誰かを守るために。誰かのための砦となって守り抜くために。
 それは牙を、爪を、炎を求めた。誰かのために戦うために。誰かのための剣となるために。
 そして、長い長い昼と夜の向こうでそれは蜥蜴ではなく竜となった」

第五世界の御伽噺を諳んじると、フーケは不思議そうな顔の妹分を抱き寄せてその頭を乱暴に撫ぜた。

「今までそれは必要じゃなかったんだ。だから憶えてなかった。それはあんたの責任じゃない。
 竜と呼ばれる奴だって、最初から何もかも出来たわけじゃないんだよ」

夜の空気の中にフーケの優しい声が溶ける。
ティファニアは目を細めて気持ちよさそうに姉の手に頭を擦り付けた。

「竜だって少しづつ、少しづつ変わっていったんだから。別に急ぐことはないよ。
 それにね、あんたは一人じゃない。ここにはわたしだっているんだ。少しは頼ってみたらどうだい?」
「それは、もちろん頼りにしてるわ」
「そうかい、嬉しいねぇ。あんたが竜になる日までは、わたしがちゃんと助けてやるから安心しな」
「……今のわたし、蜥蜴なの?」

不満そうに言う少女に笑みを見せ、フーケは寝台に近づくと懐に手を入れた。

「覆水盆に還らずとは言うけれどね、こぼれた水はまた汲めばいいのさ」

フーケには一つの案があった。
壊された心を治せないのならば、新たな心を作ればいい。
幸いにして彼女はそれをするための方法を知っていた。
使った者の価値観を、心を一度壊して新たなそれを再構築する秘宝を持っていた。
だが、それは本当に元の心なのだろうか。
そうして心を手に入れた者は、その心に苦悩しないのだろうか。
実を言えば、今でも不安に思うときがある。
わたしは本当に、マチルダ・オブ・サウスゴータなのか。
土くれのフーケなのか。ミス・ロングビルなのか。
なぜこことは別の世界の知識を持っているのか。
なぜ他の人間とは一線を画する身体能力を持っているのか。
あるいは本当のわたしはあの時、あの宝物庫で死んでいて、
ここにいるのはわたしによく似た別の誰かではないのだろうかと。

「マチルダ姉さん?」

夜の風に、少女の声が優しく溶ける。
その口から告げられた一言だけで、フーケはその身を焦がす焦燥を忘れることが出来た。
世界中の誰もが自分を否定していても、例え自分自身が信じられなくなったとしても。
この子がわたしを姉と呼んでくれるのならば。
自分はきっと、あのマチルダ・オブ・サウスゴータのままでいることができるのだろう。

「……ティファニア」
「なに?」
「――――ありがとう」

だから、大丈夫。
わたしがわたしであるように。
この女性も、きっとこの女性のままでいられるだろう。
頷き、フーケは懐から一つの布袋を取り出すと、それを優しく女性の鼻先に押し当てた。



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オルレアン公家の執事、ペルスランの朝は早い。
まずは屋敷の窓を開け空気を入れ替えると、まずは主人のお召し物を用意する。
それが終わったら厨房にて主人の食事の準備である。
通いの料理人が昨夜の内に準備しておいてくれるために、出来立ての温かい食事というわけにもいかないが、
幸いにして彼の主人はそのような事で文句を言うことはない。
返事がないのは承知だが、それでも礼儀を忘れず主人の自室をノックし、
来る筈のない返事を待たずに扉を開いた彼の眼が驚きに見開かれた。

「お、奥さま……?」
「あら、ペルスラン。お早う。ちょうど良かったわ。お茶を三つ用意してくださらない?」

落ち着いた声だった。
この五年という歳月の間、一度も聞くことが出来なかった声だった。
既に失われ、もう二度と聞くことが出来ないと思っていた声だった。

「はい、はい奥さま……!」

あふれそうになる涙を隠すように頭をたれ、そっと袖で拭うと、
もはや会えぬだろうと諦めていた自らの主人に声をかけた。

「改めまして。お帰りなさいませ、奥さま」

青い髪の女主人は優雅に笑みを浮かべ、五年前と変わらぬ声で忠実な老僕に答えた。

「ただいま、ペルスラン」



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長年、何の手入れもされないまま放っておかれたであろう伸ばし放題の髪をブラシで梳かす。

「おばさま、痛かったら言ってくださいね」
「大丈夫よ。あなたの手はとても優しいから」

目の前の光景にペルスランの瞳が和む。
彼の瞳は、女主人の髪を梳かす少女の尖った耳を捉えてはいたが、
しかし彼はそのことについては一言も口に出す気はなかった。
尖った耳はエルフの証だと言う。
しかし今の彼にはそんなことは気にならなかった。
何しろ、奥さまを治してくれたのだ。
例えそれが悪魔の仕業でも感謝するつもりだった。
忠実な執事は会釈し、椅子に座ってその光景を見るもう一人の女性に声をかけた。

「お嬢さま、お茶のお代わりはいかがですか?」
「ありがとう、いただくよ」

フーケとティファニアと名乗ったこの二人が女主人を治してくれたのは間違いない。
どんな手段を使ったのかと興味はわいたが、女性も少女もそれについては答えず、
主人もまた曖昧に笑うだけだった。
少女の額に大粒の汗が浮かんでいたところから考えれば、ご禁制の薬かアイテムを使ったのだろう。
ならば聞かぬのも礼儀である。
主人の恩人に無礼なことなど出来よう筈もない。

「………………!」

何かを堪えるような声が上がる。
何事かと見てみれば、先ほどまで髪を梳いていた少女が、女主人の背中に顔を押し付けて肩を震わせていた。

「そっとしておいてあげて。
 あの子の母親はね、あの子を庇って殺されたの。
 ――――あの子の目の前でね」

慌てて駆け寄ろうとした老僕の機先を制するかのように、フーケが言った。

「……良かった……今度は、今度は、ちゃんと助けられた……!」

女主人は、無言で嗚咽する少女の手をそっと抱きしめた。
遠い昔、ティファニアの母がそうやって自分の娘にしてあげたように。



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ややあって、落ち着いたティファニアは赤面した頬を隠すように頭を下げた。

「ごめんなさい、取り乱しちゃって……」
「あら、いいのよ。あなた方はわたしの恩人だもの」

優しげに笑うと、女主人は背筋を伸ばして二人を見やり、
席を立つと深々と頭を下げた。

「改めて御礼を言わせていただくわ。
 あなた方の恩義、我が夫である故オルレアン公の名において忘れません。
 始祖ブリミルに誓ってこの恩は返させていただきます」

仰々しいまでの言葉に、気にするなとばかりにフーケは手を振った。

「タバサ……ああ、シャルロットだっけ?
 彼女も満更知らない間柄じゃないし、ティファニアがそれを望んだしね」

それにこれが一番重要なんだけど、と彼女は面白そうに声を潜めて。

「わたしは魔法学院を退職した身でね。
 戻ろうと思ったら手土産の一つもないとカッコがつかないだろう?」
「あら、わたしは手土産ですか?
 いいですよ、早くシャルロットに会って、元気な姿を見せてあげたいですから」

ペルスランが一歩進み出て、そのことですがと懐から一通の書状を取り出した。
昨日の夕方、オルレアン公派と言われる貴族の使いが届けたトリステインからの密書の写しである。
本来ならばジョゼフ派に向けて当てられたモノではあるが、
その写しをオルレアン公派が入手することが出来たのは僥倖であった。
それにはシャルロットことタバサが内乱激しいアルビオンに向かった旨の報告が、
トリステイン王国宰相マザリーニ枢機卿の名で記されていた。

「アルビオンに一人で向かったの?」
「いえ、何人か同行者がいるようです。
 詳しくはこちらを」

入れ違いになったか、と舌打ちしながらフーケはペルスランの差し出した書類を横から覗き込んだ。
調べたのがジョゼフ派かオルレアン公派かは解らないが、そこには見知った幾つかの名前が書かれている。

「あら、これは……そう、彼女の……」

ふむと頷いて女主人は首を傾げて暫し考え、何事かを決めたように口を開いた。

「ペルスラン。わたしはシャルロットを迎えに行きます。
 あなたは夫に従ってくれた貴族たちにこの事を伝えなさい」

これにはフーケも老僕も驚いた。
アルビオンは内乱中であり、そこに向かうのには危険が伴う。
戦場から離れているウエストウッドやシティオブサウスゴータならまだしも、
彼女の娘が向かったのは戦雲収まらぬアルビオン王城なのである。

「別にわたし一人で赴くわけではありません。
 トリステインにいるお友だちに助力を頼むつもりです」
「しかしですな、奥さま。ガリア王族である奥さまが無断で国境を越えれば……」
「面白いことを言うのね、ペルスラン。王族である権利は不名誉印によって奪われているわ。
 そもそも、母が娘に会うのを邪魔する資格なんて誰にもないわよ。それにね?」

艶やかに微笑み、彼女は一泊置いて爆弾を投下した。

「このことであのジョゼフがトリステインやアルビオンに何か文句を言われたとしても、
 わたしはむしろいい気味だとしか思わないわよ?」

老僕が固まり、フーケが溜まらず吹き出した。
いやはや、これはまた型破りな貴族がいた者だ。だが、友人としては最高かもしれない。
そう言えば、彼女はかつては女傑として知られた女性だったか。
娘を守り毒をあおった時の毅然とした態度と言葉は、遠くアルビオンまで届いたものである。
笑いながら、フーケは運命の不思議さを感じずにはいられなかった。
まだ自分がマチルダだった頃、父が話してくれた噂話。
あっぱれ貴族の妻の鑑よと語ってくれた逸話の主人公とこうして顔を合わせることが出来るなんて。

「素晴らしいですわね、奥さま。
 その件、わたしも一枚噛まさせていただきますわ」



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後日、この屋敷を訪れたガリア王ジョゼフの配下の騎士は、玄関に刻まれた署名に愕然とすることになる。


『オルレアン公妃の身柄、確かに領収いたしました。

                     ――――土くれのフーケ』



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