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幽“零”楽団 最終楽章

「ふむ……まさかミス・ロングビルがのう」

 破壊の杖と報告を持ち帰ったルイズ達に、オスマン氏は沈痛そうな面持ちで答えた。
 ロングビルはオスマン氏自身が秘書として雇い入れたというから、きっと思うところがあるのだろう。そう周りのものは解釈していたが、実際は『酒場でナンパした』事実を知られては拙いと、彼は内心で冷や冷やしていた。

「うむ。何はともあれ、秘宝は取り戻され、フーケは縛についた。これにて一件落着かの」

 その後ルイズにシュヴァリエの申請を出す事を表明し、オスマン氏はルイズを喜ばせた。すぐ後に使い魔達には何も無い事も言われ、少し不機嫌になった彼女だが、渋々と退出する事になった。
 学院長室には、自ら残ると言ったプリズムリバー三姉妹とオスマン氏のみ。

「さて、君たちの事じゃがな」
「どうして杖を使えたのか?」
「うむ。これは私の恩人のものでな。ハルケギニアの杖とは一線を隔しておる。普通は使い方など想像もつかないところじゃが」

 ルナサはオスマン氏に、三人同時に杖に触ったところ、急に頭の中に使い方が浮かんだ事。そして、三人一緒に攻撃をしようとした時に、ルーンが光り輝いて力が湧きあがった事を話した。
 オスマン氏は、難しい顔をして髭を撫でると、確信を持った眼で三人を見つめた。

「君たちは恐らく、伝説の虚無の使い魔『ガンダールヴ』じゃ」
「ガンダールヴ?」

 曰くありとあらゆる武器を使いこなした伝説の使い魔。
 破壊の杖を使用できたのもそのせいだという。
 虚無の下りで、リリカの眼が光った。

「しかし、何で三分割されとるのかのー?」
「それは多分……私たちが『騒霊』という一つの生き物として呼ばれたからだと思う」
「ほう」

 ハルケギニアに現れる前は、三人とも消えかかって半分は交じり合っている状態だった。
 そこを召喚されたので、一個の生命体に一つしか刻まれないはずのルーンが、契約によって三つに復活したルナサ達に三分割して刻まれてしまったのだろう。そうルナサは結論付けた。

「しかし、三人同時に事を起こさねば発動しないとは。不便じゃの」
「別に、大した問題じゃない」
「三人一緒だと、演奏してでも発動する事があるしー。何だか節操の無いルーンだわ」
「ところで学院長さん。虚無についてだけど――」
「ふむ。何かね?」

 リリカは虚無の呪文が現存しているかを聞いた。虚無の音を再現する為には、これを確認しなければならなかった。
 しかしオスマン氏の答えは『確認はされていない』だった。

「研究自体はされておるらしいがの。担い手がいない現状ではどうしようもあるまい」
「でも、私達が虚無の使い魔ってことは」
「その主、ミス・ヴァリエールはやはり虚無である可能性は高い。じゃが」

 やはり虚無の魔法を使う為には世界中に存在するという始祖の祈祷書を虱潰しに探すか、或いはルイズ自身が新たに魔法を作り出す以外は方法が無い。と、オスマン氏は言う。
 リリカは少しがっかりした様子でオスマン氏に礼を言うと、さっさと部屋を出て行った。

「さて、妹殿の力にはなれんだが、君達は何か聞きたい事などあるかね。やはり礼の一つ
 でもしておかんと気が済まんのでな」
「……それなら、フリッグの舞踏会とやらで」
「私達に演奏させて下さいな」

 その提案に、オスマン氏は少し考えさせられた。既に楽士は雇ってあるが、賑やかにしてもらえるのは歓迎だ。しかし、彼女達の奏でる音は精神に変調を来たす者が出てしまう。
 思案していたオスマン氏だったが、結局は許す事にした。恩人の杖を取り戻してくれた事には報いなければならない。

「まあ……いいじゃろう。ただし、君達の演奏は少しばかり生徒には毒となる。許可できるのは一曲だけじゃ」 
「結構」
「十分ですわー」

 部屋を出て、ルナサとメルランは廊下で待つリリカを見つけた。彼女は不貞腐れた様子で、キーボードを弄っている。

「リリカ。今夜の舞踏会でライブをする事になったわ」
「あっそ」
「その時はねー、ルイズと一緒にやろうかと思ってるのよ」
「へ? 昨日の今日じゃ、また失敗するんじゃないの」
「いえ、上手く良くと思うわ」

 自身有り気にライブの成功を言い切るルナサに、リリカは怪訝な顔をして尋ねた。何を根拠にしているのかと。

「さっきの事だけど、ルイズは私達と感覚を共有できるようになったらしい」
「これなら、もう失敗なんてしないわよー」
「共有……」

 リリカはその言葉に、真剣な面持ちで思案しだした。
 ぶつぶつと「ルイズの心をたどれば」だの「失われた呪文は幻想の音で」だのと言っている様は、中々に不気味なものだった。
 姉二人は苦笑すると、一人の世界に入り込んだリリカの首根っこを掴んで、彼女を引きずりながらその場を離れていった。

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 同日、夜。
 アルヴィーズの食堂の上にあるホールは、舞踏会に参加する生徒達で溢れかえっていた。
 キュルケはその豪華なボディに似合う豪奢なドレスを着て、ワインの入ったグラスを片手で弄んでいた。その隣には黒いパーティドレスを来たタバサが、早くもテーブルの上の料理を相手に奮闘していた。
 頬を膨らませてもしゃもしゃと可愛らしく咀嚼する親友に、キュルケは呆れと親愛を含んだ視線を送っていた。
 その時、ホールの壮麗な門が開き、そこに控えた衛士の声が聞こえてきた。今夜の主役――ルイズの登場だ。

 ルイズは白のドレスに身を包み、髪をアップに纏め上げていた。それは高貴で可憐な装いだったが、惜しい事に体のボリュームが少しばかり足りなかった。
 主役の登場に、楽士が優雅に音楽を奏で始める。生徒たちもそれに合わせて次々と踊り始めた。ルイズにも貴族達が群がり、ダンスの申し込みをしていたが、彼女は意に介さない。辺りを見回すと、目標を見つけたのか男達を振り切って早足で歩いていった。
 キュルケの前にルイズが立った。ルイズは無い胸を思い切り張って、キュルケを睨みつけた。

「あーら、ルイズ。フーケを捕まえたんですってね」
「ええ、捕まえましたとも。噂の怪盗も大した事無かったわ」

 火花を散らすほどの睨み合いに、近づける者は誰もいなかった。例外は最初から傍にいたタバサだけである。彼女は今も料理と格闘している。

「そりゃあ、ゼロのあんたに出来るくらいだものね。相当弱かったんでしょう?」
「む。強かったわよ。あんなに大きなゴーレム、キュルケの火なんかじゃ、焦げ目も付かないわね」
「ぬ。じゃあルイズはどうやってフーケを倒したって言うの? どうせ使い魔に任せっきりだったんじゃないの?」
「ぐ。ちゃんと私が止めを刺したわよ。破壊の杖で!」

 破壊の杖での辺りで得意気に言い張るルイズに、キュルケはさらに食い下がる。
 そしてどうでもいい罵り合いが始まり、傍のタバサは迷惑そうにその場を移動した。
 いい加減悪口のレパートリーが尽き果てた時、ルイズの周りに、見慣れた少女達がいない事に気付いた。

「そういえば、あんたの使い魔はどうしたのよ」
「知らない。その辺で遊んでるんでしょ」

 つっけんどんな口調のルイズ。どうやら本当に知らないようだった。キュルケはグラスのワインを一気に飲むと、ルイズを無視して料理を貪り始めた。
 ルイズも対抗して料理に手をつける。再び睨み合いとなった。食べ比べだろうか、もう完全に二人の世界であった。
 給仕が料理を補充するペースを遥かに上回る勢いで食べるルイズとキュルケだったが、ホールの中に流れていた楽士の演奏が途切れた事に気付き、食事の手を止めた。
 その時、ざわめくホールの中に耳慣れたトランペットの音が鳴り響き、ルイズは思わず口の中の物を吹き出した。

「うわっ、汚いわねえ……」

 息苦しそうに咳込む宿敵を嫌そうに見るキュルケ。
 やたらハイテンションなトランペットの音が止むと、一度トリスタニアでも聞いた事のある口上が響いてきた。

「やあやあ、プリズムリバー楽団のライブだよ」
「楽士さん達はちょっとどいててねー」
「はいはい、嫌そうな顔しない。学院長の許可は取ってあるよー」

 キュルケは以前もライブで聞いた事のある演奏を、それなりに気に入っていた。再びそれが聞けるのは中々に楽しみな事だった。
 ルイズは明後日の方向を向いていた。口元を必死に拭っている。
 以前とは違って口上はさらに続いた。

 曰く、ヴァイオリニストの持つそれは、ストラディヴァリウスも逃げ出す名器の幽霊だ。どよめく観衆。恐らく意味は分かっていない。
 曰く、トランペッターの持つそれは、多くのジャズペッターの生血を啜ってきた恐怖の幽霊だ。再びどよめく観衆。やはり意味は分かっていないだろう。
 曰く、キーボーディストの持つそれは、売れ行きが悪すぎて幻と消えた不遇の幽霊だ。三度どよめく観衆。絶対に意味は分かっていない。
 その辺りで、キュルケはどよめいている観衆が男ばかりだという事に気付いた。可愛けりゃ良いのかお前ら。口上は続く。

 曰く、指揮者の持つそれは、大して曰くは無いがそのうち有名になるメイジの杖だ。
 そこで観衆は、見当たらない指揮者を探してざわついた。
 キュルケは唖然として、隣のルイズに話しかけた。

「……ちょっと、ルイズ。呼んでるわよ」
「はぁ? 何よ」

 顔を拭くのに必死で、口上を聞いていなかったのか、振り向いたルイズは自分に集まる視線に思わず後ずさりした。
 挙動不審に辺りを見回すと、ルイズは小声でキュルケに事情を尋ねた。帰ってきた答えに、ルイズは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になった。

「あら、いかないの。そりゃ、あんな拙い指揮じゃ人前にも出られないわよねえ」
「むむむむむ……」

 ルイズは唸りながら、再び周囲を見回した。
 嘲った視線のキュルケ。非常にむかつく。
 品評会での指揮を見た事があるのか、侮った視線の生徒達。とてもむかつく。
 自分達を追い出した者の主に、迷惑そうな視線を送る楽士達。うちの使い魔が迷惑を。
 期待に溢れた視線を送ってくるルナサとメルラン、そしてリリカ。

「……やってやろうじゃないの」

 ルイズ杖を取り出し、堂々と歩き出した。

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 ホールの中心に立ったルイズに、あらゆる生徒と教師の視線が突き刺さる。動悸が速まり、冷や汗が流れる。このように目立つ事は先日に続いて二度目だが、相変わらず慣れなかった。
 ルイズは一旦目を閉じて、深く息を吐き出し、次いで大きく吸い込んだ。胸の高鳴りはそれでも治まらないが、もう覚悟は決まった。そして目の前の使い魔達に目を向ける。

 ルナサはいつも通り平然としているが、心なしかその視線は優しい。
 メルランはずっと笑顔だ。能天気な様子に少し苦笑するが、今はそれが頼もしく感じる。
 リリカは既にこちらを見ていない。真剣な様子でキーボードを睨み、主の合図を今か今かと待ち続けている。まったく、少しはこっちの心配もしてくれたらいいのに。

 ルイズが片手に持った杖を高く掲げると、静まり返ったホールに彼女のドレスから衣擦れの音が聞こえた。誰かがごくりと生唾を飲み込む。
 そして杖が、一気に振り下ろされた。
 流れるようなリリカのピアノソロが聴衆の耳に優しく浸透する。続くルナサの美しいヴァイオリンの調べ、メルランの力強いトランペットの旋律が重なり合い、演奏はゆっくりと、だが着実に盛り上がっていく。

 ――出来てる! 上手く言ってるわ!

 先のフーケ戦によって手に入れた技能によって、ルイズの指揮は劇的な変化を遂げた。ミスが全く無くなったのだ。
 その事に喜んだルイズは、額に汗を浮かべ懸命に杖を振るった。目を閉じ、息を荒げながら力強く指揮をするその姿からは、普段の子供っぽさは鳴りを潜め、ある種の蠢惑的な雰囲気を醸し出していた。
 想像もつかなかったルイズの艶やかな姿に、普段から彼女の色気の無さを馬鹿にしていたキュルケは息を呑んだ。暫く呆けていたその表情は、段々と深い笑みの形に変わっていった。

 ――それでこそ。それでこそ張り合いがあるってものだわ! ヴァリエール!

 感覚を共有している以上、彼女達の演奏を誤った方向に導く要素は無い。事実、ルイズの指揮は完璧に使い魔が得意とするメロディを感じ取り、また使い魔達もルイズが最も表現したい箇所を読み取り、奏でる。
 しかし、ルイズは何故か欲求不満を感じていた。現在演奏しているのは、姉妹達が最も得意とし、また姉妹達を象徴する曲である『幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble』だ。
 ミスは未だ無い。無いのだが、ルイズは胸の中にたぎる、耐え難い疼きに苦しんでいた。

 ――これは違う! 『私達』の音楽じゃない! あの娘達の音楽だ!

 仮に指揮者無しで演奏したとしても、姉妹達は何の痛痒も覚えずに演奏しきってしまうだろう。現在ルイズの指揮によって、彼女達の演奏に『規律』を与えてはいるが、それは本来の独創的な演奏を小さな型に嵌めて、つまらなくしているようにルイズには思えた。
 心の中で不満を感じながらも、ルイズは無心に杖を振るった。聴衆はどよめきながら、その音に聞き入る。
 メルランのソロパートに入った。ここは最後のサビに繋がる重要な部分だ。ルイズは細心の注意を払って指揮を続けた。そんな主の姿を見て、メルランはふと苦笑すると、隣に立つ姉妹達にちらりと目配せをした。ルナサは一つ頷き、メルランのトランペットにヴァイオリンの音を重ねた。リリカも笑ってそれに続く。
 驚いたのはルイズだった。

 ――何で!? そこはまだなのに! 

 それでも聴衆に不自然さを感じさせないよう杖を振るうルイズの心の中に、姉妹達の声が届いた。

 ――あなたが感じるまま、求めるままに杖を振るえばいいの。
 ――私たちじゃ、後押しくらいしか出来ないけどね~。
 ――ルイズだけの『魔法<オンガク>』、見せてみなよ!

 謎の声援に首を傾げ、指揮を続けようとしたその時、それは来た。
 間近で聞くメルランの音が、ルイズの精神を燃え上がる太陽のように昂ぶらせる。ルナサの音は逆に、水面に揺れる月の光のような静寂をルイズに与える。
 本来なら相反する二つの効果が交じり合い、ルイズを奇妙な状態に陥れた。最後にリリカの音が、精神を深くトランスさせたルイズを『ハルケギニアの幻想』へと誘う。

 心が震える。魔力が溢れる。

 極限状態までに高まったルイズの精神に、一つの火が灯った。最初は小さかったその火は煌々と輝く炎に変わり、彼女の精神を焼き尽くさんばかりの勢いとなる。
 胸を引き裂こうとする『炎』の熱さに、ルイズが耐え切れなくなったその時、『炎』が『唄』に変化した。

『エ…ルー・…ーヌ・……ル……ルン……サ――』

 はっ、とした。どこか懐かしさを感じるその『唄』は、ルイズの全身をぞわぞわと這いずりまわる。不快ではあるが、何故か振り払う気に離れない。

 ――これ……古代ルーン?

 それを理解した瞬間、ルイズの心はもどかしさで溢れかえった。
 唱えたい。これが唱えられれば、きっと自分は魔法を使えるのだ。そういう確信がルイズにはあった。
 しかし……。

 ――聞き取れない! ルーンを上手く口に出せない!

 すぐそこに、手を伸ばせば届きそうな場所に、求め続けたモノがあるにも関わらず、あと一歩がどうしても踏み出せなかった。
 ルイズの体を流れるルーンの調べは、言葉として口から出すには不鮮明に過ぎたのだ。

『…ス・ス………リ…ル・ラド――』

 顔を苦悶に歪め、杖を持つ手を震わせながらも必死に指揮を執り続けるルイズの姿は、どこか儚い花を思わせた。演奏を聞く男子生徒の一部に溜息が漏れる。
 ルイズはルーンをどうにか聞き取ろうと、精神を一層集中させる。 
 このルーンを、激しく精神を刻むリズムを早く外へ出したい! そう思ったところでルイズは気付いた。そう、これは『リズム』なのだ。

 ――口で唱えられないのなら!

 杖を振るうリズムを変えた。ベースは元の曲のままだが、出来うる限りルーンの調べに沿わせた。使い魔達は一瞬にしてルイズの意図を読み取り、実行に移す。

 その瞬間、ホールは『爆発』した。

 圧倒的なまでの音の圧力に、ホールを包む天井がびりびりと揺れる。奏でられる『騒音』によって誰もが驚愕に目を見開いた。
 トリステインではあまり聞かれた事の無い種類の、しかし学院生にはここ最近で耳馴染みのよかったはずの幻想的な音楽。だが、それはルイズの指揮によって全く別のものへと変貌した。
 今までの演奏が小川を流れる清水のようだとするなら、今のそれは荒々しく山を削る大瀑布だった。
 聳え立つ巨大な山の圧倒的な存在感、そして全てを押し流す大河の勢いを凌ぐ疾走感。それでいて、どこか古き故郷を思い出させるその旋律は、聴衆の心を呑み込んだ。

 ――これが、私の『音楽<マホウ>』! 私達四人の『合葬』!

 一転、表情を晴れやかにしたルイズは、そのまま勢いに乗って杖を振り続ける。顔から珠のから汗を落とし、激しくも繊細な指揮を全身で表現した。
 主の様子に笑顔を返した使い魔達も、それに応じてますます『騒音』をかきたてた。それぞれの左手に刻まれたルーンが、淡く光輝いている。

 感情の起伏を奏でるルナサとメルラン、そして残りの想いを奏でるリリカ、最後にその演奏へ、ルイズがとうとう発見した自分だけのマホウを混ぜ込んだ。
 ホールを踊り狂う『騒音』は大きなうねりとなり、辺りを埋め尽くさんとしていた。
 聴衆の一部はそのうねりの中に、音楽という名の巨大な生物を幻視した。彼らは目を瞬かせ、それを凝視したがよくよく見れば何もいない。首を傾げて演奏に意識を戻そうとした時、光り輝く蒼白い『何か』が、きらきらと飛び跳ねているのを目撃した。
 それは演奏に引き寄せられて来た幽霊と、演奏によって生み出された曲霊だった。霊達は嬉しそうにルイズ達の周囲を飛び回り、聴衆を驚かせた。

 ルイズの心は、言い様の無い多幸感と全能感に包まれていた。
 使い魔が操る音、聴衆のどよめき、自身の心臓の鼓動でさえ、全てがルイズを祝福する讃歌のように聞こえてならない。
 ゼロと呼ばれた自分が、今この場の全てを支配している。今の自分は何だって出来る。
 全魔力を手元の杖に集中させ、全精力をもってそれを振るう。そうすれば、自分の中の表現したいもの全てがそこに現れるのだから――音楽<マホウ>として。
 いずれこの不鮮明なルーンのリズムを解き明かし、自分は本当の魔法を使う日が来るだろう。だがその時までは、この素晴らしい音楽に身を浸し、全力を持って……。

 ――騒ぎたい!!

 ルイズの指揮はますます強く激しくなり、演奏も佳境に入ってきた。
 使い魔達は演奏に没頭するあまり、宙に浮かび上がってしまう。そして、それさえもこのライブを彩る演出となり、場を盛り上げた。


 ひたすら煩く喧しく、しかし人の心を震わせて止まないその演奏は、永遠に続くかと思われた。しかし静かに、小さな余韻を残しつつ、やがて演奏は終了した。
 熱気の冷めないホールは静寂に包まれ、唯一聞こえるのはルイズの荒い息遣いのみだ。
 ルイズは息を整えると、目の前の使い魔達に微笑を送り、最後に後ろの聴衆へと振り返った。見慣れたクラスメイトや他の生徒、教師。給仕中の使用人に、先程追い出してしまった楽士達まで。全ての人間がルイズの挙動を見守っていた。
 ルイズはドレスの裾を摘むと、見事なトリステイン式淑女の礼法を取った。ルナサ、メルラン、リリカもそれに倣う。
 沈黙に包まれていたホールに、一人の拍手が響いた。ルイズがそこに目を向けると、挑戦的に見つめてくるキュルケと目が合う。二人は同時に獰猛な笑顔を浮かべた。
 交わす言葉こそ無かったが、確かにこの時のルイズとキュルケは通じ合っていた。

 ――やるじゃない。
 ――私を誰だと思ってんの?

 拍手はやがて周囲に伝染し、ホールは万雷の拍手と歓声と口笛の音で溢れた。
 再びルイズは一礼すると、ドレスを翻して使い魔と共にホールを後にした。彼女が去っても暫くの間は、その場に拍手が止む事は無かった。


 疲れきったルイズは、使い魔達に肩を抱かれながら寮への道をゆっくりと歩いていた。
 先程は精神の消耗と、肉体の酷使で危うく倒れるところだったのだ。もう少し余韻を楽しんでいたかったが、あのまま倒れて粗相を晒す訳にもいかず、退出と相成った。
 道すがら、ルイズは口を開くのも億劫なのか、ひたすら気だるそうに三姉妹にゆっくりと話しかけた。

「……さっきのアレ、分かっててやったの?」

 アレとは、勿論ルイズの魔法の事だ。

「いいえ」
「何の事やら」
「記憶にございませーん」
「政治家答弁は止めなさい……」

 あくまで惚けた態度を崩さない使い魔達に、主人は呆れた声を出す。

「気にする事は無いわ」
「魔法の手がかり、見つかったでしょ?」
「結果オーライってやつよね」
「――はあ……。ま、いっかぁ……」

 最後に消え入りそうな声で言ったルイズは、それきり眠りについた。使い魔達は主を起こさないように、優しくその小さな体を抱き上げると、空中へ飛び上がった。
 月明かりに照らされながら寄り添う四人は、まるで仲の良い家族のようだった。

 こうして、零と霊の最初の『大合葬』は、静かに終わりを告げた。

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