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幽“零”楽団 第四楽章

 使い魔の品評会まで、残すところあと一日となった日の事である。
 メルランに誘われた翌日より、姉妹と共に音楽の練習を始めたルイズ。彼女は公爵家の娘だけあり、魔法学院に入学する前は領地で英才教育を受けていた。もちろんその中には芸術科目があり、そして音楽も例外ではなかった。しかし、致命的に不器用な彼女は楽器を上手く扱う事が出来なかったため、指揮を担当する事となった。意外にも音感やリズム感は優れていたため、ある意味適材適所ともいえるだろう。
 そして、品評会へ向けての演奏練習を始めると共に、『弾幕』の使い方を三姉妹に習っていたルイズなのだが、案の定全く上手くいっていなかった。

「なんでよー!」
「……やっぱり無理があったか」
「……何でこうも失敗するんでしょうね~」

 実はルイズは己の特性ゆえに、とある系統の魔法意外にはとことん相性が悪く、やはりそれは弾幕においても変わりが無かった。もちろん、ルイズを含め姉妹達はその事を知らないために何度も失敗を繰り返した。当然失敗の結果は爆発である。
 そんなルイズを見て喜んだのがリリカだ。以前より狙っていたルイズの魔法を間近で見る事に成功したリリカは、彼女の魔法を見る度に『おおっ』だの『死にかけてる音だわ!』だのと叫び、主の機嫌を損ねていた。

「この前の曲の名前といい、そんなにあんたは私を殺したいのかっ!」
「いやいや、そうじゃないって。本当に凄い音なのよ。今にも死を迎えそうな音、既に廃れて使われなくなった音。それでいて美しい音。実に素晴らしいわ!」
「褒められてるのか貶されてるのか分かんないわよ!」

 リリカに寄れば、この学院の人間が魔法を使う時に感じる、どの音とも合致しないそれは、まさしくリリカの扱う幻想の音に非常に近い音であるそうだ。
 ルイズはリリカの言葉が何となく引っかかっていた。誰も使わず、使われず。既に廃れた幻想――伝説となった魔法の系統。それはまさか、『虚無』だとでもいうのだろうか。
 頭を振り、そんな事があるわけが無いと結論付ける。ゼロの自分と、あらゆる魔法を行使したとも言われる始祖を並べる事など、出来るはずも無い。ルイズは少し自虐的な気分になって、それを紛らわすために杖を振るった。
 小さな爆発音が、練習場として使っている中庭に連続して響く。一度の詠唱で一度の爆発ではなく、散発した小爆発がいくつも起こるようになった辺り、ある意味僅かながら進歩したとも言える。
 しかし、彼女が目指す『弾幕』のためには実体化した弾を出さなくてはいけない為に、素直には喜べないルイズだった。大体において、これもやはり失敗魔法なのだから
 そして肝心の演奏の方だったが、こちらも上手くいっているとは言い難かった。
 ルイズは一旦弾幕の練習を置いて嘆息すると、品評会の出し物である演奏の練習に入る事を姉妹に告げた。

「……いい? それじゃあ始めるわよ」
「ええ」
「はーい」
「おっけー」

 それぞれの位置についた使い魔を前にして、ルイズは大きく深呼吸し、手に持った指揮棒代わりの魔法の杖を、大胆に振りかぶった。
 泉に落ちた波紋の静けさを表したような、ルナサの深く低いヴァイオリンの旋律に始まり、太陽のように明るく力強いメルランのトランペットが続く。そこに絶妙のタイミングで合いの手を入れるリリカのパーカッション。出だしは好調だ――しかし。

「む……む、むぅ……うぅん?」

 姉妹が奏でる楽器の数が増えて音が多彩になるにつれ、ルイズの指揮棒が段々と所在無く、中空をうろつき始めた。しかし演奏は止まらない。
 そもそも、指揮の経験など無いルイズに、いきなりこの役目を任す事自体が間違っているのだ。しかし主と使い魔が共に演技をしなければならない以上は、この他に当てられるポジションが無いのも事実だった。
 品評会において、本来ならばルイズ一人だけ横で見ているだけでもよかったのだが、キュルケに大見得を切ってしまったために、ルイズも演奏に参加せざるを得なくなってしまった。もっとも本人にはやる気があり、使い魔達もそれを望んだ事もある。
 ルイズが指揮を担う事になった時、彼女はルナサにこう言われた。

『あなたの感性で指揮棒を振るいなさい。私達はどんな要求にだって応えてあげるわ』

 そしてルイズの感性のまま指揮した結果、こうなった。
 ルナサは弓を持った手を残像が残るほどの速度で動かし、メルランは人間ならば息を継ぐ暇も無い間隔で闇雲に音を鳴らし続ける。リリカは四苦八苦しながらルイズの刻む拍子を読み取り、鍵盤を叩く。リズムは一定せず、滅茶苦茶に振るわれるルイズの指揮に、それでも姉妹は完璧に応えた。
 そのせいで余計に音がとんでもない事になってしまい、まさに不協和音と呼ぶに相応しい演奏が出来上がったのだった。これではとても人前で見せられない。
 そしてルイズはついに爆発した。

「あ~、もうっ! 全然上手くいかないじゃないの!」
「下手に気負う必要は無いわ。考えるんじゃないの、感じるのよ」
「分かんない!」

 三姉妹は普段指揮を必要としない。お互いの事は完全に理解しあい、息もぴったりと合っているのでその演奏には寸分のズレも無いからだ。姉妹の誰かが意図しないアドリブを加えた時でさえ、他の二人はそれすらも意に介さず、自然とお互いの演奏に絡めあう事が出来るのだ。
 しかしルイズという不確定要素はそれをさせなかった。彼女の指揮は独自的過ぎて、生み出されるものは正しく騒音となる。そもそも彼女は楽譜さえ頭に入りきっていないのだ。
 これでは自分がいない方が余程マシなのではないか。ルイズは今更ながらにそう思った。
 だが品評会までもう時間は無い。このままではキュルケにまた馬鹿にされてしまう。諦める訳にはいかないのだ。ルイズは奮起すると、もう一度杖を振りかぶって使い魔達に向き直った。

「ぬぬぬ……も、もう一回よ!」
「ええ」
「は~い」
「おっけー」 

 当然の如く、上手くいかなかった。完全に堪忍袋の尾が切れたルイズは、一言今日はこれで終わりだと吐き捨て、肩を怒らせながらその場を去っていった。
 本番は明日なのに、練習はいいのかと思わないでもなかったが、ルナサは怒れる主人をこれ以上つつくのは危険だと判断してそのまま見送った。

「さて、メルランとリリカはこれからどうするの」
「私、ルイズの所に行ってくるわ~」
「……あんまりからかっちゃ駄目よ」
「そうそう。魔法を見せてもらえなくなったら大変だからね」
「はいはーい」

 ルナサは純粋な心配から、リリカは自分の利益のために一言釘を刺した。メルランはいつもの陽気な笑顔で、ふわふわとルイズの後を追いかけていった。
 その場に残されたルナサとリリカも、特にする事が思い当たらなかったので何となく別行動をとる事にした。
 本日の練習はこれにて解散だ。

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 本塔最上階の学院長室。執務机で、学院長のオスマン氏は目の前の紙束を神妙な面持ちで眺めていた。
 それは彼が部下に命じて作らせた、ルイズの使い魔である『プリズムリバー三姉妹』についての報告書だった。
 三姉妹の人となりから始まり、最近の行動までを網羅したそれに目を通す限り、特に問題は見当たらなかった。
 精神に作用する音も、聞き続けなければどうという事も無く、また彼女達にもその音を利用してどうこうしようという意志は見受けられない。問題は無い。ただ一つを除いて。

「結局ルーンの正体は不明のままか」 

 ガンダールヴのルーンを三分割した文様の正体は、未だ謎のままとなっている。
 案外彼女達はコルベールが言ったように三体で一つの生命体であり、一つのルーンが三分割されたのはそのせいなのかもしれない。どちらにしろ、彼女達は武器を取って戦うような事は無いだろう。ガンダールヴかどうかを確かめる手段は今のところ無い。
 三姉妹に危険は無いと判断したオスマン氏は、その件をとりあえず終わらせる事にした。今は目の前に差し迫った問題を何とかしなければならない。
「何で今年に限って、わざわざ見に来たりするんじゃろうな。全く面倒臭い」

 今年の使い魔品評会には、この国の王女であるアンリエッタが主賓として呼ばれる事となっている。しかし真相は王女自身が望んだ我侭であり、そのせいで学院中は例年よりも準備に大忙しだった。学院中の清掃に、警備に、会場の設営に。
 そして今日の午後には、王女の出迎えが待っている。
 オスマン氏が疲れた溜息をつくと、部屋にノック音が聞こえてきた。秘書のロングビルだった。彼女は部屋に入るとすぐに現在の学院の状況を報告し始めた。オスマン氏はそんな彼女に向かって、使い魔の鼠を解き放つ。彼女の足元へ。

 ――今日は何色じゃろうな~?

 数十秒後、学院長室から生々しく湿った打擲音と、擦り切れた老人の悲鳴が学院中に響き渡ったが、関係者は「またか」と思うだけで意に留めなかった。平和な学院である


「何、今の声?」
「いつもの事ですよ」

 学院中庭の噴水近くで、リリカは仕事中のシエスタにあった。
 シエスタは忙しい中にも拘らず、暇を持て余したリリカの話し相手を嫌がる事無く引き受けた。今現在の話題は明日の品評会に来るゲストの事である。

「へえ、お姫様が来るんだ」
「はい。だから品評会に出る皆さんは張り切ってるんですよ」

 優勝者には王宮から贈呈品があるらしい。主にそれを目的とする生徒もいるようだ。
 リリカともここ最近でよく話すようになったキュルケなど、その典型だった。
 シエスタはそこまで話すと、今度こそ用事があるためかリリカに一礼すると、己の仕事を果たすために去っていった。
 メイドの背中を見送り、再びする事が無くなったリリカはそれぞれに練習に励む生徒達を眺めた。
 巨大なモグラに頬を赤らめながら抱きつくギーシュ。非常に気持ちが悪い。カエルにリボンをつける巻き毛の少女。非常に趣味が悪い。梟を飛ばす太ったの少年。非常に地味だ。
 そして巨大なトカゲに火を吹かせているキュルケ。非常に派手だ。

「キュルケ、こんちわー」
「あらリリカじゃない。ルイズの面倒は見なくてもいいの?」
「いやあ、それがまた怒らせちゃって」
「あんた達も大変ねえ……」

 口では気の毒そうに言うが、キュルケの目は笑っている。日常茶飯事となったルイズの癇癪に、今更コメントする気も無いのだろう。
 ある意味主人を馬鹿にしている失礼な態度だったが、リリカは大して気にもしない。彼女だって慣れたものだ。リリカは先程の練習から気になっていた事の答えを見つけるため、キュルケにある事を頼んだ。

「四系統の魔法を全部見せろって?」
「うん。今後の参考にしたいの」
「……ああ、無能なご主人様のために少しでも勉強してるのね。ちょっと待ってなさい」

 キュルケは随分と都合の良い勘違いをしているようだったが、リリカはあえて否定せずに彼女が人を集めるのを眺めていた。本当は主人のためではなくリリカ自身のためなのだが、事実を告げるまでもなく人が動くのなら、それはそれで良い。
 やがてリリカの前にキュルケを含めて四人の生徒が集まった。中庭で練習していたメンバーである。太った少年は何やら愚痴っていたが、リリカの姿を認めると急に背筋を伸ばして、きりりと顔を引き締めた。どうやらリリカのファンらしい。彼女は鼻息荒く話しかけてくる少年――マリコルヌを適当に軽くあしらっておいた。
 キュルケは集まった三人に先程のリリカの頼み事を話すと、まずは自分からと杖を振るった。杖の先から生まれた炎は、生き物のようにうねりながら空の上で消える。
 他の三人も怪訝な顔をしつつも、己の得意とする魔法を披露していった。ギーシュは錬金によって地面からゴーレムを作り出し、巻き毛の少女――モンモランシーは大気中の水分を抽出して小さな虹を作った。マリコルヌは張り切りすぎて突風を作り出し、女性陣のスカートを捲り上げたために袋叩きにされた。

「ふーん……」

 それぞれの系統が作り出す魔法を、リリカは頭の中で音に変換していった。そして目を瞑って、手元の鍵盤を静かに叩く。奏でられたのは炎が物質を焼き尽くす音、大地が割れて土が軋みを上げる音、川を流れる涼やかな水の音、草木をなびかせ唸りを上げる風の音。
 それぞれ馴染みのある音に、四人は目を丸くした。どう考えても楽器で生み出せるような音ではなかったからだ。

「す、凄いわね」
「おお、素晴らしい。そのような音まで出せるとは――モ、モンモランシー! 痛い!」
「色目使ってんじゃないわよギーシュ」


 尻をつねられて悲鳴を上げるギーシュと、額に井桁を浮かべたモンモランシーはそのまま連れ合って校舎の中へ入っていった。お説教タイムだろうか。
 マリコルヌはさっきからずっと話しかけているにも関わらず、つれない態度のリリカに肩を落として去っていく。
 残ったのは難しい顔のリリカとキュルケだった。

「私達の魔法は参考になったかしら?」
「うーん……なったような、ならなかったような」

 やはりどの魔法もルイズの『魔法』とは異質な音だった。本来はリリカがあまり得意ではない自然的なものである土水火風だが、魔法自体が非自然的なため音として再現するのはそう難しくはない。しかし、ルイズの魔法だけは再現が出来ない。あれほど非自然的かつ幻想の気配を感じるのにも関わらずだ。
 『完全に死んでいない音』とは言え、自分の領分に違いは無い。再現できないのはルイズ自身が彼女の魔法を表現し切れていないからだろう。
 あとはルイズ本人に聞いてみるべきか。嫌がるかもしれないけれど。

「ありがとねキュルケ」
「? ええ」

 一人で納得して勢いよく飛び去ったリリカに、キュルケは首を傾げた。

「せわしない子ねえ」

 少々呆れ気味に、キュルケは嘆息した。

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 ルイズは自室の椅子に座り込み、足を組んで唸っていた。
 演奏は上手くいかない。弾幕も結局使えない。不甲斐ない自分に対して怒りが溢れる。
 ルイズは苛立ちも露わに思い切り歯をかみ締めた。奥歯がギシリと軋みを上げる。痛い。
 明日は何としてでも、品評会の演奏を成功させなければならない。キュルケとの約束もあるが何より、『あの方』がわざわざ見に来られるのだから。

「はぁ……」
「溜息をつくと幸せが逃げるわよ~」
「うひゃあっ!」

 ルイズが俯いて溜息をついた時に、突然彼女の耳元に息が吹きかけられる。驚いたルイズは椅子から転げ落ち、頭を机の角にぶつけて悶絶した。
 まるでコントの様なリアクションを取る事となった原因であるメルランは、手を叩いて喜んでいた。ルイズは恨めし気に下からメルランを睨みつけた。

「あんたもリリカも、やっぱり私を亡き者にする気ね……?」
「それは被害妄想」

 飄々と答えながらも手を差し出す使い魔に、主はぶつぶつと文句を垂れながらその手を掴む。
 引っ張り上げられたルイズは不機嫌そうに椅子へと座り直す。メルランはそんな彼女の真ん前に立った。表情の読めない笑顔で見つめてくるメルランに、ルイズは居心地が悪そうに口を開いた。

「何しに来たのよ」
「使い魔は主の下にいるものでしょ?」

 答えになってない答えだったが、ルイズはそれ以上の追求はやめておく事にした。
 一人で塞ぎこんでいるのは非生産的だ。せいぜい愚痴の捌け口にさせてもらおう。そして気が晴れたらまた練習だ。
 毒を吐き始めたルイズに対し、メルランは時たまのらりくらりと返事をしながら、聞き役に徹した。

 ――私には弾幕が使えない、嘘つき。使えるかもとしか言ってないわ。演奏が上手くいかない、どうしよう。騒がしければ私的には成功ね。ちゃんと聞いてるの。はいはい聞いていますよ。

 文句も言わずに自分の話を聞くメルランに、ルイズは気を良くしたのか、愚痴はいつの間にか終わっていた。そして話は最近の話題からルイズの家族へと移った。
 厳格な父、母。そして――。

「お姉さんがいるのね」
「そう。一番上のエレオノール姉様と、二番目のカトレア姉様」
「ルイズは三番目ね。リリカとおんなじだわ」

 長姉であるエレオノールは、アカデミーの研究員であるため故郷のラ・ヴァリエール領にはあまりいない事。その代わり、家には病弱なため滅多に領外に出られないルイズの次姉カトレアがいる事。エレオノールは自分に意地悪で、反対にカトレアは優しい事。
 楽しそうに家族の事を話していたルイズは、以前メルランのソロ演奏を聞いた時に考えついた事を口に出した。

「ねえ。そのうち私の実家に行って、あんた達を家族に紹介したいんだけど」
「まあ、光栄ね」
「そ、その時にね? 大分前に聞かせてもらった曲を、ちいねえさまにも聞かせてあげたいのよ。いつも屋敷にばかりいて退屈だろうから……きっと喜んでくれると思うの」
「私だけでいいの?」
「もちろんあなたのソロも、三人全員の曲も含めてよ。ちいねえさまが娯楽に触れる機会なんて、滅多に無いだろうし……いい? っていうか命令よ!」

 顔を真っ赤にしながら言うルイズを見て、けな気な娘だ、とメルランは思った。そして、そんな所がますます『末の妹』を思い起こさせるのだ。自らが作り出した幻とはいえ姉達を喜ばそうと、会話もままならない頃の騒霊三姉妹へと懸命に言葉をかけ続けてきた、レイラ・プリズムリバーに。

「四人よ」
「へ?」
「ルイズも演奏に参加して、お姉さんに見せて上げましょう。そっちの方が喜ぶわ」

 自らが指揮した時の演奏の拙さを思い出したのか、ルイズは顔を顰めた。そんなルイズも、『妹が頑張って何かをしてくれた時に、喜ばない姉はいない』と断言したメルランの説得もあってか、帰郷の際はライブで自分も演奏に参加する事を了承した。

「はぁ……とりあえず、練習しなきゃ」
「まずは品評会だものね」

 既に時刻は昼に近くなっていた。練習を再開するなら早い方が良いだろう。
 やる気を戻ったは良いが、ルイズにはあの滅茶苦茶な演奏を何とかする自信が無かった。そのため、とりあえず空元気でも出しておこうかと、メルランに景気付けの一曲を頼んだのだが……これがいけなかった。

「じゃあ、いつもよりキツいのをいっとこうかしら」

 ルイズがした話のせいか、常よりさらに躁の気が強くなったメルラン。彼女はトランペットだけでなく、ホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバを次々に取り出した。楽器を出さなくとも音は出るのだが、これはメルランの気合の表れだろうか。
 顔を青くして慌てたルイズが止める暇も無く、メルランは一人金管アンサンブルを強行した。轟く爆音、貫く悲鳴。
 彼女達、プリズムリバー三姉妹の操る音はただの音ではない。音の幽霊、曲霊とも言われるもので、人間の脆弱な精神には極めて高い効果を発揮する。
 その結果――ルイズはぶっ倒れた。

「……あらら~?」

ξ;・∀・) ξ;・∀・) ξ;・∀・) ξ;・∀・) ξ;・∀・) ξ;・∀・) ξ;・∀・)ξ;・∀・)ξ;・∀・)

 既に深夜に近くなった頃、ルナサは主人の元に帰るべく、学院の寮へと向かっていた。
 昼前に練習を解散してから、ルナサはずっと空の上でヴァイオリンを弾いていた。気圧も高く、絶好のソロ演奏日和だったので彼女は非常に気分が良かった。
 この頃すっかりルナサの固定客となったシルフィードも交えて、楽しく演奏をしていたらいつの間にやら日が暮れていた。ルイズは怒っていないと良いが。
 考えている内に、ルイズの部屋の前へとついた。慣れた手つきで窓を開き、中へと入っていく。

「ただい――」
「こ、ここここんの、お馬鹿ああああっ!」

 ――顔を出した途端これか。

 ルナサはルイズが出したあまりの声量に、引っくり返って窓から落ちかけた。
 本人が飛べるため、落ちたってどうという事は無い。むしろこのまま落ちて、ルイズから逃げた方が得策かとルナサが考えていると、すぐさま部屋の中から小さな手が伸びて、彼女の手を掴んで引っ張り上げた。部屋に引き戻され、伸ばされた手の先を見るとそれはリリカだった。

「別にルナサ姉さんに怒ってるわけじゃないから、逃げなくてもいいよ」
「……何事?」

 よくよく観察してみれば、ルイズの怒りを受けているのは、彼女の対面に正座するメルランだった。反省しているのか、陽気なメルランにしては珍しく神妙な顔をしている。
 ルナサは大体の事情をそれで察した。程々にしろといったのに……。

「もう! 練習は出来ないし、姫殿下のお出迎えにはいけないし」
「ごめんなさ~い……」

 ルナサがリリカに聞くところによると、メルランの度を過ぎた演奏でルイズが倒れたという。その後すぐに気絶から覚めたは良いが、一時的に精神をやられたルイズはつい先程まで頭が「ぱー」な事になっていたらしい。
 程々にしておけと忠告したのに、とルナサは呆れた。
 夕方前にリリカが戻ってきた時も、メルランは「ぱー」になったルイズの前でオロオロしていた。結局ルナサが戻ってくる直前に、漸く正気を取り戻して今に至るそうだ。

「姫殿下とやらの出迎えっていうのは?」
「この国の王女様が学院に来たの。昼過ぎに校門近くに人がいっぱい集まってたでしょ」

 そういえばと思い出す。ルナサは大体その時間に地上に、それらしき集団を見かけた覚えがあった。彼女は演奏に集中していたせいでよく見ていなかったが、そこにあった豪華な馬車に王女が乗っていたのだという。
 延々と説教と八つ当たりが続く中、メルランが目線で必死に助けを求めてきた。
 以前、主人が怒った時は助けてやると言った手前、何もしないわけにはいかない。ルナサはやれやれと肩を竦めると、二人に向かって落ち着くようにと声をかけようとした。
 ルナサが口を開く直前、ノック音が響いた。夜中にもかかわらず来客のようだ。

「はいはーい」

 手の空いているリリカが応対に出て扉を開けると、フードを目深に被った明らかに不審な人物が部屋の中へと潜り込んできた。その人物が何事か呟くと、魔法を行使したと思われる音がルナサの耳に聞こえてきた。

「ディテクトマジック……? あ、あなた誰よ?」

 謎の人物は誰何するルイズの声に応えず、フードを取り捨てて彼女に抱きついた。
 状況を良く掴めていない三姉妹は、目を丸くしてそれを見守っている。

「久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ!」
「ひ、姫殿下?!」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「ああ! あの時は二人で粗相を仕出かして、池のほとりで震えながら隠れていましたね」
「そう、そうです姫殿下! お懐かしゅうございます!」

 ルナサの奏でるヴァイオリンの旋律に合わせ、目の前の二人はいちいちオーバーアクションな芝居がかった仕草で、思い出話に花を咲かせていた。
 先程、王女が部屋に入ってきてから延々と続けられるそれは、本来ならばもっと早く終わったものだったのかもしれない。しかし三姉妹が変に気を回して幼馴染の再会を『演出』してしまったせいでややこしい事になった。

「おおルイズ! あの頃の輝いていた時に戻りたいわ! 黄金の子供時代に!」
「いけません、いけませんわ姫殿下! 私達はもう大人! 何もかもが自由だったあの頃とは違うのです!」

 やたら悲劇的に過去の出来事を回想する様子に、ルナサはそれに相応しいだろう曲を奏でる。楽しい思い出の時はメルランが、今のような愚痴っぽい話ではルナサが演奏し、リリカは日常風景の描写を担当している。
 余程過去が素晴らしかったのか、或いは現在に不満があるのか。現在も昔語りは終わる事無く続いていたが、最初に比べると勢いは落ちた。いい加減ネタが切れてきたのかも知れない。
 それにしてもこの王女ノリノリである。為政者がこれ程までに雰囲気に呑まれやすくて、この国の政治は大丈夫なのだろうか。

「ふぅ……何だか、こんなに話したのは久しぶりだわ」
「ええ、私も。……ん? ……あんたらかーっ!」

 ルイズはバックで楽器を構える使い魔達に怒鳴りつけた。彼女もノリノリで小芝居を続けていたため、今まで伴奏があった事に気付いていなかったようだ。
 王女――アンリエッタはその時初めて、部屋の中にいた自分とルイズ以外の存在に気が付いた。今彼女達は部屋の天井の高さまで浮かび上がり、ルイズの手から逃れようとしている。

「まあ、お友達がいたのね。私ったら恥ずかしいわ」
「使い魔ですっ!」

 即座に上げられた否定の声に、アンリエッタは目を丸くする。宙を飛ぶ三人はどうみても幻獣などには見えない。まさかメイジかと思えば杖も持っていない。
 昔からどこか人とは違う所を感じる友人だったが、そんな彼女が呼び出す使い魔もやはり尋常の者ではあり得なかったようだ。アンリエッタは感心しながらそう思った。

「いい使い魔を持ったようですね。ルイズ」
「めめ滅相もございません!」

 あくまで謙遜する姿勢を崩そうとしない友人に苦笑し、アンリエッタは今回の訪問の旨を伝えた。父王の死以降、王宮のどこにも彼女にとって心安らぐ話し相手がいなかった。そんな時、学院で開かれる品評会に幼馴染が参加すると聞き、是非会いたくなったのだと。

「明日は頑張って下さいね。……これを言うのに随分時間がかかってしまった気がするわ」
「申し訳ありません。私の使い魔のせいで……」
「いいのよ。それと使い魔さん達も、ルイズの事をよろしくね」

 王女の労いに三姉妹はいつものマイペースで答え、さらにルイズは「無礼者!」と怒る。そんな様子を面白そうに眺めていたアンリエッタは、元気な幼馴染に一言挨拶を残して辞去した。
 残されたのは息を荒げるルイズと、無表情なルナサ、笑顔の戻ったメルラン、ニヤつくリリカだ。その中でもまず口を開いたのはリリカだった。

「期待されてるね」

 たったの一言だったが、それはルイズの胸を深く刺し貫いた。彼女はその可愛らしい頬をわなわなと震えさせ、額に脂汗を流しながら唸った。

 ――練習全然やってないのに!

「まぁそれ置いといて」
「置いとくの!?」 
「だって、今更姉さん達と私だけでやるって言っても、どうせルイズは聞かないでしょ?」
「いや、まあ、そうだけど……」

 今回だけは姉妹に任せた方がいいかな、と思いかけていたルイズだが出鼻を挫かれてしまった。それを少し眉を顰めたルナサが咎めた。

「そういう言い方は無しよ、リリカ」
「はいはいごめんなさいね。ところでルイズに聞きたい事があるんだけど」

 こんな時に何だろうかと聞いてみれば、またルイズの魔法の話だった。
 不機嫌そうにリリカの仮説を聞く内に、ルイズの顔は段々と真剣になっていった。

「というわけで、ルイズの魔法は四系統のどれにも相当しない」
「……へえ。それで? まさか私が伝説の系統だとでも言うわけ?」
「伝説? 何それ?」
「虚無よ。始祖ブリミル以外は、今まで誰も使えた事が無いけどね」

 曰く、失われた最後の系統魔法。
 使い手は六千年前の始祖ブリミルを除いて誰も記録に残っておらず、現在も使える者はいない。誰もが知っていて、それでいて誰も見た事が無い。これが『死にかけている音』の秘密だったのだ。四系統のどの音にも合致しない以上、ルイズが虚無の資質を持っている可能性は高い。
 リリカは笑みを深めた。そうなれば話は早い。音を再現するためには、ルイズに使わせてみればいいのだ――虚無の魔法を。
 今までは失敗魔法だったから、音としても不完全なものだった。完全なるそれなら、きっと自分も噛み砕きモノに出来るに違いない。最も、ルイズが虚無を使った瞬間にそれは幻想ではなくなり、リリカの求める音とは違ったものになるかもしれないが。
 それにしたって興味は尽きない。リリカは自身が知らない音ほど興味が引かれるのだ。

「そう、それだよきっと! だからさあ、ルイズ」
「無理よ」
「まだ何にも言ってないのに……」
「言わなくても分かるわよ。四系統でなけりゃ虚無。だから虚無の魔法を使えって言いたいんでしょう?」
「う……」

 項垂れるリリカに冷たい視線を送るルイズ。リリカは負けじと上目遣いに涙を浮かべてルイズを見上げた。余談だが、リリカの身長はルイズの鼻先程度までしかなく、とても小さい。本人の可愛らしい容姿と相俟って、その上目遣いは女性ならば母性を刺激されるのは必定だっただろう。
 だがルイズは歯を食いしばってそれに耐えた。出来ないものは出来ないのだ。

「ぐぐぐ……無理だって言ってるでしょ! 仮に私が虚無だとしても、呪文なんて知らないんだもの」
「えー何でー?」
「失われた系統の呪文を誰でも知ってたら、伝説になんてならないわよ」

 当然といえば当然の事だった。始祖ブリミルに関する逸話は数あるが、始祖の使った魔法を書いた書物など、偽者しかこのハルケギニアには存在しないといわれている。

「そうだ、無ければ作ればいいのよ!」
「それも無理。新しい呪文の研究なんてアカデミーの仕事よ。学生の私には難しすぎるわ。そもそも、虚無自体がどんなものかも分かってないんだから」
「うあー」

 頭を抱えたリリカに溜息をつき、ルイズは他の二人へと向き直った。

「……明日は早めに起きて、演奏の練習よ」
「分かったわ」
「はーい」

 ルイズがベッドに潜り込むと、ルナサが静かにヴァイオリンを弾き始める。眠りに着く前はこれが一番だ。メルランは近くの椅子に座ってその様子を見守っている。
 やがてルイズが小さな寝息を立て始めた。ヴァイオリンをしまったルナサは、未だに唸るリリカに向かってこう言う。

「あなたも早く寝なさい」
「あうー」

 情けない妹の姿を生温かい視線を送ったルナサは、そっと目を閉じて休息に入った。
 こうして品評会前の夜はふけていった。

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