四六〇
振り返った君は、思わず感嘆の息を漏らす。
君が目にしたものは、白いドレスをまとい、長く薄赤い髪を金色の装身具を使って後頭部でまとめ、静々と歩み寄ってくるルイズの姿だ。
以前から眼が大きく可愛らしい顔立ちだとは思っていたが、こうして着飾った姿からは、大貴族の令嬢にふさわしい洗練された気品、優雅な美しさが伝わってくる。
いつもの我儘で高慢なじゃじゃ馬とは、似ても似つかない。
女とは衣装や化粧でこうも化けるものかと、君は感じ入る。
君が舞踏会はどうしたのだとルイズに尋ねると、彼女は
「なんだか、つまんなくなって」と言う。
「今までさんざん、ゼロだ、劣等生だ、とからかってきた連中が、掌を返したように馴れ馴れしく近寄ってきて 『お嬢さん、僕と踊ってもらえませんか?』とか言ってくるのよ?
そりゃあ、最初は鼻が高かったけど、なんだかばかばかしく思えてきて。わたしがちょっと爵位を貰いそうだからって、下心丸出しで擦り寄ってくる、つまらない連中よ」
男子生徒たちが近づいてきたのは、名誉や称号よりも、彼女自身の美しさに魅かれてのことではないかと考えるが、それを面と向かって告げるのも恥ずかしいため、黙っておく。
「舞踏会の華として、ダンスのパートナーをとっかえひっかえなんてのは、キュルケに任せておけばいいわ。それで、ホールを脱け出してちょっと夜風に当たろうと思っていたら、
偶然あんたがいたわけよ」
そう言ってルイズは、君の隣に腰をおろす。
君が目にしたものは、白いドレスをまとい、長く薄赤い髪を金色の装身具を使って後頭部でまとめ、静々と歩み寄ってくるルイズの姿だ。
以前から眼が大きく可愛らしい顔立ちだとは思っていたが、こうして着飾った姿からは、大貴族の令嬢にふさわしい洗練された気品、優雅な美しさが伝わってくる。
いつもの我儘で高慢なじゃじゃ馬とは、似ても似つかない。
女とは衣装や化粧でこうも化けるものかと、君は感じ入る。
君が舞踏会はどうしたのだとルイズに尋ねると、彼女は
「なんだか、つまんなくなって」と言う。
「今までさんざん、ゼロだ、劣等生だ、とからかってきた連中が、掌を返したように馴れ馴れしく近寄ってきて 『お嬢さん、僕と踊ってもらえませんか?』とか言ってくるのよ?
そりゃあ、最初は鼻が高かったけど、なんだかばかばかしく思えてきて。わたしがちょっと爵位を貰いそうだからって、下心丸出しで擦り寄ってくる、つまらない連中よ」
男子生徒たちが近づいてきたのは、名誉や称号よりも、彼女自身の美しさに魅かれてのことではないかと考えるが、それを面と向かって告げるのも恥ずかしいため、黙っておく。
「舞踏会の華として、ダンスのパートナーをとっかえひっかえなんてのは、キュルケに任せておけばいいわ。それで、ホールを脱け出してちょっと夜風に当たろうと思っていたら、
偶然あんたがいたわけよ」
そう言ってルイズは、君の隣に腰をおろす。
互いに無言で二つの月を見上げている君たちだが、やがてルイズが沈黙を破る。
「あの闘いで、わたしは何もできなかった。あの化け物を倒したのは、あんた。わたしは蛇に巻きつかれて、あんたの足手まといになっただけ」と、
自嘲するような調子でルイズは言う。
「でも、見てなさいよ。あんたがもとの世界に帰っちゃうまでに、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールのほうが、あんたなんかよりずっと強くて、
高貴で、美しいメイジだってことを証明してあげるからね」
彼女は真剣な表情でそう言うが、あまり思いつめるのも体に悪いだろうと考えた君は、それを茶化してやることにする。
それでは当分のあいだ帰ることができないなと笑い、それまで寿命がもてばいいのだが、とつけ加える。
「あ、あんたねぇ! 使い魔の分際で、ま、またご主人様をばかにしてー!」
いつもの調子に戻ったルイズが、顔を紅潮させて怒りの声を張り上げる。
月明かりに照らし出された彼女は、美しく、生意気で、愛らしい。
もうしばらくは、この世界に居るのもいいだろう。
さまざまな驚異と、愛すべき人々に囲まれて。
「あの闘いで、わたしは何もできなかった。あの化け物を倒したのは、あんた。わたしは蛇に巻きつかれて、あんたの足手まといになっただけ」と、
自嘲するような調子でルイズは言う。
「でも、見てなさいよ。あんたがもとの世界に帰っちゃうまでに、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールのほうが、あんたなんかよりずっと強くて、
高貴で、美しいメイジだってことを証明してあげるからね」
彼女は真剣な表情でそう言うが、あまり思いつめるのも体に悪いだろうと考えた君は、それを茶化してやることにする。
それでは当分のあいだ帰ることができないなと笑い、それまで寿命がもてばいいのだが、とつけ加える。
「あ、あんたねぇ! 使い魔の分際で、ま、またご主人様をばかにしてー!」
いつもの調子に戻ったルイズが、顔を紅潮させて怒りの声を張り上げる。
月明かりに照らし出された彼女は、美しく、生意気で、愛らしい。
もうしばらくは、この世界に居るのもいいだろう。
さまざまな驚異と、愛すべき人々に囲まれて。
しかし、君は自らの内側に起こっている異変に気づいてはいない。
任務を完遂し祖国を救おうという義務感が、望郷の念が、いや、極めたはずの魔法の知識さえもが、波に洗われる石のように、徐々に磨り減っていることを……
任務を完遂し祖国を救おうという義務感が、望郷の念が、いや、極めたはずの魔法の知識さえもが、波に洗われる石のように、徐々に磨り減っていることを……
君は武器を構え、六体の青銅ゴーレムに立ち向かうが、同時に繰り出される六本の槍をかわすことなど不可能だ。
一本が腕を貫き、もう一本が脚に突き刺さる。
しかし君は、悲鳴も苦悶の唸り声も上げない。
三本目の槍が、喉を貫通したからだ。
目の前が暗くなり、全身の力が抜け、その場にひざまずく。
君が最後に聞いたのは、自身の喉がごぼごぼと鳴る音と、
「か……彼が! 君が悪いんだ! ぼくは殺すつもりは……」と叫ぶ、
狼狽したギーシュの声だ。
もはや君が、アナランドに戻ることはない。
一本が腕を貫き、もう一本が脚に突き刺さる。
しかし君は、悲鳴も苦悶の唸り声も上げない。
三本目の槍が、喉を貫通したからだ。
目の前が暗くなり、全身の力が抜け、その場にひざまずく。
君が最後に聞いたのは、自身の喉がごぼごぼと鳴る音と、
「か……彼が! 君が悪いんだ! ぼくは殺すつもりは……」と叫ぶ、
狼狽したギーシュの声だ。
もはや君が、アナランドに戻ることはない。
逃走のために背を向けるが、土ゴーレムはもう、すぐそこまで迫っている。
相手は君をつかもうと、大木ほどもある腕を伸ばす。
よけきれず、わしづかみにされた君を耐え難い激痛が襲うが、どうすることもできない。
≪土塊のフーケ≫は、盗みを邪魔しようとする相手に慈悲をかけることはないのだ。
土ゴーレムは君を握りつぶす……
相手は君をつかもうと、大木ほどもある腕を伸ばす。
よけきれず、わしづかみにされた君を耐え難い激痛が襲うが、どうすることもできない。
≪土塊のフーケ≫は、盗みを邪魔しようとする相手に慈悲をかけることはないのだ。
土ゴーレムは君を握りつぶす……
体力点一を失う。
石粉は持っているか?
なければこの術は効かない。
持っていれば、標的を選び、その標的を石に変えてよい。
だが、土ゴーレムを石に変えたところでなんの意味がある?
フーケがたちまちのうちに、石を土に変えるだけの話だ。
君が術を使っているあいだに、残りの二体が近づき巨大な腕を振り下ろす。
術に集中していた君は、その一撃に気づくのが遅すぎた。
≪土塊のフーケ≫は、盗みのためなら殺人もいとわぬのだ。
痛みを感じる暇もなかったのが、不幸中の幸いだ……
石粉は持っているか?
なければこの術は効かない。
持っていれば、標的を選び、その標的を石に変えてよい。
だが、土ゴーレムを石に変えたところでなんの意味がある?
フーケがたちまちのうちに、石を土に変えるだけの話だ。
君が術を使っているあいだに、残りの二体が近づき巨大な腕を振り下ろす。
術に集中していた君は、その一撃に気づくのが遅すぎた。
≪土塊のフーケ≫は、盗みのためなら殺人もいとわぬのだ。
痛みを感じる暇もなかったのが、不幸中の幸いだ……
武器を構えて月大蛇に打ちかかろうとするが、怪物のほうが先に動く。
月大蛇がルイズを全力で絞めあげると、彼女の全身から骨の砕ける鈍い音が響く!
目の前の光景に半狂乱になり、絶叫して大蛇に斬りかかる君だが、突然、左手の甲に刻まれた紋様の輝きが強まったことに驚き、
足を止める。
紋様の光はすぐに薄れ、それに合わせるかのように、君の意識も暗闇に飲み込まれていく。
その場に倒れ伏したときには、心臓の鼓動が止まっている。
月大蛇がルイズを全力で絞めあげると、彼女の全身から骨の砕ける鈍い音が響く!
目の前の光景に半狂乱になり、絶叫して大蛇に斬りかかる君だが、突然、左手の甲に刻まれた紋様の輝きが強まったことに驚き、
足を止める。
紋様の光はすぐに薄れ、それに合わせるかのように、君の意識も暗闇に飲み込まれていく。
その場に倒れ伏したときには、心臓の鼓動が止まっている。
君に刻まれた≪ルーン≫は非常に特殊なものであり、主人を守りきれぬ無能な≪使い魔≫には、しかるべき報いを与えるのだ……