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気さくな王女-8

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 今日という日が良い意味で記念すべき日になることを祈る。
 昨日は夜を徹して練習に、途中からは特訓に勤しんだけど、わたしの体力はまだまだ残っている。
 前回のように許容範囲を超えることさえなければ、きっと最後までやり通せるはずよ。
 頭の中で数十、数百繰り返してきた手順を今一度確認する。練習であれだけ上手くやれたんだから本番で上手くいかないわけがない。わけがないんだったら。
 眼鏡の処理、力の加減、体格差の考慮、呼吸法、歩調、よどみの無い動作。絶対にやれる。

 自分の青い髪を指で梳く。ガリア王家の貴い血と、鬼畜者が培ってきた技術と精神が融合した今、わたしに不可能は無い。
 十八歳未満であっても問題なく追い込んでみせる……ふぅ。ああ、くそ、なんでため息が出るのよ。

 空は高く、柔らかな陽が大地を照らす。黄金色の草原が風になびき、小鳥が愛の言葉を交し合う。
 この時期にのみ許された、所謂「すごしやすい気候」というやつだろう。
 立ちっぱなしを強いられる警備の騎士も、緊張に顔を歪めることが多い侍女達も、涼しげな顔ですましている。
 そんな中、椅子に座ったわたしのみが額に汗の粒を浮かべていた。拭っても後から後から止まらない。
 ……ふぅ。ああ、またため息。

 改めて確認するまでもなく、初夜を目前にした生娘のように緊張している。ガリア王国の正当継承者であるこのわたしが。
 威風堂々を身上とし、王女の中の王女として内外に知られた存在であるこのわたしがだ。強がることもできやしない。
 少しでも緊張を抑えるため、「王族であるわたしが馬の骨に謁見を許すだけで手に汗を握る必要は無い」と自身を叱咤するが、それでも掌は汗を握っていた。
 胃が縮み、反吐が出そうなこの緊張感。この感覚に心地よさを感じるくらいじゃなきゃいけないのに。
 前回を思い出すたび鼓動が高鳴り、あの恥辱がわたしを雁字搦めにして動かそうとしない。
 大丈夫。大丈夫よイザベラ。幽霊をつき合わせてあれだけ練習したじゃないの。幽霊が眠った後も一人で鬼畜道見極めの書を読んだじゃないの。本番でもきっと上手くやれるわ。

「シャルロットさまが参られました」
 ……とうとうやってきたわね。
 入り口に控えた騎士が人形娘の来訪を告げた。こんなことでビクリと震えてしまった自分が恥ずかしい。
 いつもなら「シャルロット」の名を口にしたことを咎めるところだけど、今日のわたしにそこまでの余裕は無い。

 人形娘はそろそろとカーテンのヒダをくぐって部屋に入ってきた。
 事後報告のために呼ばれたことなんて、今まで一度だってなかったから警戒しているみたいね。
 少々無理のある口実で呼びつけたために、ターゲットはかなり攻略し難い状態になっている。あいつに油断は無い。前回よりも厳しいかもしれない。
 ……ダメ。弱気になってはダメ。
 わたしは女王。あらゆるものの頂点に立つ者。
 わたしは鬼畜。全てを追いつめせせら笑う者。
 こんな小娘相手に二の足を踏んでどうするの。まず一歩。前に踏み出さなければ。

 一歩踏み出し、厳かに「そこで動くな」と命令した。この第一声を受け、人形娘は動きを止めた。
 忠実なように見せかけておいて、その実わたしのことは見てもいない。何も見ていない目を前に向けているだけだ。
 騎士や侍女たちも動きを止めた。困惑が見える。いつもとは違うわたしの真意をはかるべく注視している。
 いいわよ。今からわたしが何をなすのか、よーく見ていなさい。
 息を吐く。息を吸う。掌を握る。開く。
 こいつはわたしのことを歯牙にもかけていない。出来損ないの分際で。
 一歩。もう一歩。さらに一歩。なるだけ優雅な動作を心がけ、わたしは進む。
 目前まで来た。それでも人形娘はわたしを見ていない。わたしの後ろにある何かを見ている。
 意識して、深く、長い呼吸を繰り返す。気がつけば掌の汗はひいていた。わたしの中に君臨する王女を、同じくわたしの中に巣食う鬼畜が覆い隠していく。
 怒りと本能が充溢する。わたしの中でサディスティックかつヒステリックに叫ぶ。「解放せよ!」と。
 人形娘の頭に向けて右手を伸ばした。それでもこいつはわたしを見ていない。
 ああ、そう。将来を嘱望されているトライアングルのメイジ様は、一国の王女ごときどうでもいいの。ふーん。そうよね。優秀だものね。
 わたしは王女の証である冠を外し、椅子の上へとほうった。
 お前の肉体に教えてやるよ。鬼畜者がどれだけねばっこい執念を持っているのか、嫌になるくらい見せてやる。

 くしゃくしゃっと頭を撫でた。無造作な髪をかき混ぜるようにしてから整える。
 なるだけ指を絡ませるように、だけどけして引っかからないよう、そして指使いが官能的になり過ぎないよう気をつけて。
 人形娘は上目使いでわたしを見上げていた。表情はいつもと変わらない。まだまだ。

 逃げられないよう背中へ右手を回し、左手を人形娘の顎にかけ、こころもち上げさせた。
 化粧けはない。それどころか身支度もせずに現場から直接やってきたように見える。少し汗臭い。
 だが無礼を責めることはせず、次の動作に移行する。
 流れるように眼鏡を外し、右手に軽く握りこむ。眼鏡に関しては直前になって気がついた。練習不足の感はあったけど、滞りなく外すことができた。よし。

 少し屈み、額に口付けをする。見ていた騎士と侍女が息を呑んだ。ふん、この程度で何を騒いでいるんだか。
 そして鼻。さらに右頬、もういちど鼻、左頬。
 産毛を軽く撫でる程度の感覚で、吸おうとか唾液をつけようとかしてはいけない。これも完璧。
 濃い紅をつけてきただけのことはあって、軽く当てただけでも鼻、両頬、額に赤い印がついていた。みっともないこと。
 人形娘の様子は……ようし、わずかだか目が見開かれている。顔も上気しているみたい。
 これは、わたしの気勢にはなじろんでいると見て間違いない。

 さあ畳み掛けるわよ。
 小柄……貧相な相手とはいえ、幽霊との体格差はそれなりにある。目測をあやまらないよう注意して……抱きしめる。
 力を入れすぎず、かといって抜いてはいけない。
 お互いの体温を移し合うようにして……こいつ体温低いわね。幽霊より冷たいってまずいんじゃないの? まあ冷血漢ってことは知ってたけど。

 ただ抱くだけでは芸が無い。マントの内側に手を忍ばせて背中を撫でてやる。とん、とん、と軽く叩く。
 ここで手間を惜しんではならない。最後にして最も重要な局面だ。ミス一つ、手抜き一つで趨勢を決する。
 時間配分もたっぷりと割り振る。体内時計でおよそ五分。計り間違えないように気をつけるべし。
 抱き終える瞬間もけして気を抜いちゃいけない。急に放り出すのではなく、少しずつ少しずつ慎重に離れる。離れ際、さりげなく外した眼鏡をかけ直す。
 右手でもう一度頭を撫でてやるが、今度はゆっくりと情感を込めて丁寧に、頭全体を撫でてやる。
 撫で終えたら三歩後退し、椅子の上の冠をとり、かぶり直し、座る。
 ……これで全工程終了。どっと疲れた。騎士も侍女も唖然としてわたしを見ている。

 限られたオプションの中で、取捨選択を繰り返し、組み合わせについて幽霊と話し合った結果、この連携が最良であるという結論に達した。
 さあ、人形娘はどうなった?
 目が細められている。顔の筋肉がが強張っているようだ。いいわね。いい反応よ。
「帰っていいわよ」
 まだ動こうとしない。いや、動けないのか。明らかに困惑している。わたしの行為を掴みきれずに警戒している。
「聞こえなかったの? 用事はすんだから帰っていいわよ」
 ぎこちない仕草でおっかなびっくり足を退く。カーテンの向こうに消える直前までわたしから目を放さなかった。
 放さなかった、というより放せなかったといった方が正解みたいね。
 あの人形娘が、腐った卵を投げられても、罵詈雑言を浴びせられても、どこ吹く風だった無神経なやつが、このわたしに怯えていた。
 そうだ、怯えだ。あれはわたしに恐怖してた。その恐怖心を必死になって揉み消そうとしていたのよ。きっとそう。
 ふふふ……ははははは、あっははははははははは! わたしが勝った! あいつを追い込んでやったんだ。

 家臣の前では内心の快哉を見せずに平静を装い、部屋に戻ってから祝杯をあげた。
 相手が幽霊だけってのはちょっとさびしいけど、実験台にもご褒美くらいはあげなくちゃね。
「そこで間髪いれずに接吻してやったのよ。もちろん眼鏡は外してね」
 いかにして人形娘を追い込んでやったのか、身振り手振りを交えて幽霊に話してやった。
 幽霊としても気になって仕方がなかったでしょうからね。ああ、わたしって優しいわ。
「ふうん。それでシャルロットちゃんはびっくりしちゃったんだね」
「ええ。顔は真っ赤、目は驚愕に見開き、口からは涎がつたい、体中が瘧にでもかかったかのように震え……二三滴くらいは失禁していたかもしれないわね。いい年齢をして恥ずかしいこと。おほほほほほ」
 思い出すだけで気分がいい。これを肴にすればワイン一瓶、あっという間に空にしてしまいそう。
 幽霊はわたしの活躍を聞き、合間合間に首肯しながら、新鮮な桃りんごの絞り汁をちびちびと飲んでいた。
「あのさ、なにか間違ってる気がするんだけど。気のせいかなぁ?」
「何一つ間違ってないわよ。わたしの大勝利にけちつけようっていうの?」
「そうじゃないけど」
 これで終わらせる気はさらさらない。
 これを期にさらなる追い込みをかけ、人形娘を恐怖のどん底に突き落としてやる。
「お姉ちゃんってさ……素直じゃないよね」
「素直? 何が?」
「ううん。……鬼畜モンってみんなカッコいいなぁって」
「何を今更分かりきったことを。さあさ、もっと飲みなさい。今宵のわたしは機嫌がいいのよ」


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