あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

幽“零”楽団 第三楽章

 馬を走らせる事約三時間。漸くトリステインの城下町へ到着する。馬を門の近くの駅に預けると、一行は徒歩に切り替えて目的地を目指す。
 杖も使わず飛ばれると非常に目立つため、三姉妹には歩くように命令したが、別の事で目立っていた。

「何というか、これは中々……」
「黙って案内なさい」

 後ろで楽器をかき鳴らし、列を作って進行する様はまるで大道芸人のようだった。
 ルイズは顔を真っ赤にしながら俯いているが、ギーシュは注目される事に慣れているためか、薔薇の花びらを撒きながらノリノリで歩いている。そんな彼を親の敵でも見るように睨み、しかし恥ずかしくて声を出せないルイズは黙って歩いた。
 やがて、チクトンネ街は中央広場の噴水前に到着した。サン・レミの聖堂が十四時の鐘を鳴らす。あたりは休日を楽しむ人でごった返していた。
 ここで暫く休憩を取る事にした。ギーシュは手はず通りに一旦分かれ、『切符』を買いに行かせる。
 噴水の腰掛けたルイズは、長時間の乗馬と徒歩で乱れた息を整えた。

「ねー、ルイズ。ここで何をするの?」
「……今に分かるわよ」

 怪訝そうな顔のリリカと、無表情なルナサ。メルランは楽しそうに街の中を見渡している。そこへ、先程分かれたギーシュが戻ってきた。手には紙切れが五枚。

「待たせたね。切符は無事取れたよ」
「そう。ご苦労様」
 ギーシュが持ってきた切符を手に取ると、ルイズは立ち上がって歩き始めた。
 事情の良く分からない三人に、ギーシュはルイズの後の続くようにと言う。
 そして一行が向かった先には――。

「これって劇場?」
「初めて見るわ~」
「おおー、でっかい」

 目の前には豪華な石造りの巨大な建物があった。大柄な人間が三人くらいの腕で輪を作れそうな太さの円柱が立ち並ぶその姿は、どこか古代の神殿を思わせる意匠だった。
 ここはタニアリージュ・ロワイヤル座。トリスタニアでも有数の劇場だが、そのリーズナブルな価格設定のお陰で、平民からルイズ達のような学生にまで人気のスポットだ。
 ギーシュはよくこの劇場をデートコースにする事があるため、ルイズの求めを受けて此度の案内を買って出たのだった。
 本日の演目は、とあるオーケストラの生演奏にのせた音楽劇らしい。下調べをしていなかったが、丁度良い時に訪れたようだ。ルイズは満足そうに頷いた。

「あんた達に、優しいご主人様からの贈り物よ。今日はこの劇場に音楽を鑑賞しに来たの。精一杯感謝するように」
「音楽鑑賞?」
「私達って、誰かに聞かせる事はあっても~」
「誰かの演奏を聞いた事って無かったわね。そういえば」

 メルランとリリカの反応を見て、ルイズはしめたと思った。効果は抜群だ。
 ある楽団に別の楽団の演奏を聞かせてプレゼントにしようなどと、まさか始祖ブリミルも思うまい。これは三姉妹の音楽性を刺激し、尚且つルイズも感謝されるという、彼女にとっては一石二鳥の案だった。
 興味津々の使い魔達に満足げな表情のルイズと、それを苦笑して見守るギーシュ。
 五人はそれぞれに切符を持ち、劇場内へと入っていく。彼らを追うように、二つの影が劇場へこそこそとついていったが、人ごみの中では誰も不自然になど思わなかった。
 中は薄暗く、大きな舞台には金銀の糸を縫いこめられた豪奢な緞帳が下り、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 切符に書かれた座席を見つけ、五人が丁度席に着いたその時、舞台の幕が上がった。
 ルイズはここまで上手くいった事に喜びながら、今日の試みは大成功だと確信した。きっと使い魔達も喜ぶに違いないだろう。
 しかしただ一つ、ルイズにとって誤算だったのは、プレゼントの『質』であった。

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 カーテンコールも終了し、舞台は幕を閉じた。
 劇場を出ると既に夕刻に差し掛かっているためか、辺りは夕日に赤く染まっていた。
 すぐ近くの噴水前で、一行には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
 劇場を出て以来一言も話さないルイズと、そんな彼女に向けて何か言おうとするが、言葉が出てこないギーシュ。使い魔達も黙ったままだった。
 どうしてこんな事になったかと言えば、単純に、劇の内容がお粗末だったからだ。
 地方出身で、こういった芸能に触れた経験の少ないルイズにとっては、今回の音楽劇はとても新鮮に映り、事実最初は楽しめた。しかし、内容が進むにつれ、その気持ちは醒めていった。役者は大根、舞台装置はみすぼらしく、何よりメインの目的であった音楽が最悪だった。
 ここ最近、三姉妹の演奏で耳の肥えていたルイズにとって、リズムが所々狂い、三十秒に一度は音を外すこの音楽とも言えないものは、聞くに堪えなかった。
 おまけに指揮者のマナーが最悪で、演奏中に大あくびをかました時は、隣のギーシュが必死に杖を持つルイズの手を押さえていなかったら、怒りのあまり得意の魔法が炸裂していたかもしれない。
 ギーシュはその時、死人が出なくて本当に良かったと思っていた。
 ルイズにとって我慢ならなかったのが、使い魔達の反応だ。始まりから終わりまで終始無言で通し、終劇までメルランすら鉄面皮のままだったのだ。

 ――どうせなら、はっきりつまらなかったと言ってくれればいいのに。
 今回は大失敗だ。来なければ良かった。
 ルイズは歯を食いしばって、悔しさで涙が出そうになるのを堪えた。
 そこへ現れたのが。

「あーあー。つまんなかったわねえ本当。あんた達、わざわざこんなのを見に来たの?」
「キュルケ!?」

 後ろから声をかけてきたのは、何処から湧いて出てきたのか、ルイズの宿敵キュルケとクラスメイトの小さな少女――タバサだ。

「デートかと思ってきてみれば、何か違う見たいだしぃ。折角お金払って劇場にまで入ったのに面白くないしぃ。今日は最悪だわ」
「同感」

 思うがままに愚痴を垂れる二人を前に、ルイズの肩は震え始め、そしてギーシュが「あ、やばい」と思った時にはもう遅かった。

「う、うう、うるさいうるさいうるさい!」
「ちょ、ちょっと、ルイズ?」

 突然怒りだしたルイズは、目の前のキュルケを罵倒し始めたかと思うと、そのまま踵を返して走り出した。一同が唖然としているうちに、ルイズの姿は雑踏の中へと消えた。
 そんな様子を見て、ギーシュはつい呟いた。

「空気を読みたまえよ。キュルケ」
「えっと。私、何か悪い事したの?」

 悪びれる様子さえないキュルケにギーシュは溜息をついた。
 とりあえず、今はルイズを追わなければならない。夜が近づいてきた以上、裏通りの多いこのチクトンネ街では道に迷ったり、悪人に拐わかされる危険もある。それに、傷ついた乙女の心を癒すのも薔薇の務めだ。
 その場を離れようとするギーシュに、ルナサ達が問いかけた。

「ねえ。ルイズは何を怒っていたの?」
「君まで分からないのかい? 先程の演奏が全てさ」
「どうしてよ? 良かったじゃない、さっきの」
「ほ、本気で言っているのかね」

 あくまで真面目な顔のルナサとリリカに、ギーシュは冷や汗を流して説明した。
 使い魔へのプレゼントが最悪なものになって、ルイズは拗ねているのだと。

「ふーん。貴方達は耳でしか聞けないから、分からなかったのね」
「あんなに良い演奏だったのにね~」
「ともかく、ルイズを探さないといけないわ」

 自己完結する三姉妹に、ついていけないギーシュ達。
 今の演奏の何処が良かったのだ? 彼らには理解は出来なかったが、最後の言葉には同意した。ルイズが離れてから少し時間が経っている。急がなくてはいけない。だが、辺りの人間はかなりの数で、小さなルイズを探すのは骨が折れそうだ。

「虚無の曜日だったのが裏目に出たわねえ。ルイズったら踏み潰されてないかしら」
「それは無い」

 キュルケの笑えない冗談に、冷静に突っ込みを入れるタバサ。
 こいつら駄目だ、自分が何とかしないと。そう思ったギーシュは三姉妹に向けて、早くルイズの捜索を始めようと進言した。しかし。

「この混雑じゃ、一人の人間を探し出すのは無理ね」
「で、ではどうするというんだ」
「こっちから見つけられないなら、あっちから見つけてもらえばいいのよ~」
「はあ?」
 要領を得ない返答に疑問の声を返すが、三姉妹は自分達だけが分かる言葉で話し合いを始めた。もうこうなったら自分一人で探すしかあるまい。そう思ったギーシュの耳に、彼のトラウマを刺激するトランペットの音が響いた。

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 ここはチクトンネ街から少し離れたブルドンネ街。
 そこの片隅にある寂れた武器屋の店主は、今物凄く困っていた。
 今日も客は訪れず、暗くなってきた空にそろそろ看板を下ろそうかと思っていた矢先の事だ。突然貴族と思われる少女が走って飛び込んできたのだ。
 どう見ても客ではない。その上話しかけても、うんともすんとも言わない。ただ仏頂面でじっと座り込み、黙って目の前を睨みつけているだけだ。
 貴族に下手な真似をすれば、比喩ではなく首が飛ぶのはこちらの方だ。先程から宥め、賺し、やがては堪忍袋の尾が切れて怒鳴りつけて、すぐに顔を青くしながら謝ってみたりしたが反応は無い。
 既に店主は諦めの様子で、開き直って店に飾られた武器のセールスを始めていた。

「こちらはかの高名なゲルマニアの錬金魔術師、シュペー卿が鍛えたといわれる業物でさ」
「……」
「どんな敵も一刀両断! 今噂の土くれのフーケだって、この剣がありゃあ恐れる事はありやせん」
「……」
「今なら、このレイピアもつけてたったの新金貨四千枚! お買い得ですぜえ、旦那」
「……」
「……はあ」

 店主は自称業物を乱雑に仕舞うと、脇に置いてあったパイプに火をつけ、思い切り吸った。そして肺一杯に溜め込んだ煙を一息に吐き出し、少女を見やる。

「旦那、貴族の旦那。何があったのか聞きやしませんが、こちとら真面目に商売してるんでさあ。居座られるとこっちも迷惑。こうなりゃ憲兵の詰所に通報しかありませんがね」
『おいおい。おめー、そりゃあ可哀想だろうよ』
「てめえは黙ってろ、デルフ!」
「……インテリジェンスソード?」

 初めて声を出した少女に、解決の糸口を見出した店主はすかさずカウンターを乗り越えて、喋る魔剣デルフリンガーを掴んだ。すかさずカウンターに戻り、目の前に叩きつけて先程の様な商売口調で話し始めた。

「こいつはお目が高い! この剣は魔剣デルフリンガーと言いまして、何と始祖ブリミルが直接鍛えたといわれる名剣でさあ!」
「へぇ……」
『ぶぁっはっはっは! こいつはおでれーた! おめーどの口でそんな事言いやがんだ?』

 デルフリンガーのからかいに返答せず、店主はさらに口上を続けた。曰く空を割る魔剣。曰く持ち主に幸運をもたらす魔剣。曰く魔法を吸い取ってしまう魔剣。曰く家内安全無病息災の魔剣。エトセトラエトセトラ。
 あまりの誇大広告に、デルフリンガー本人(剣?)は絶句した。少女は呆気に取られて、やがて堪え切れなかったのか、くすくすと笑い出した。

「今ならエキュー金貨でたったの100枚! どうです貴族様?」
「悪いけど、剣は使わないの。メイジだもの」

 微笑を浮かべて購入を断る少女に、店主はニヤリと笑ってデルフリンガーを後ろに放り
 投げた。抗議の声をあげる彼を無視し、店主は口を開く。

「元気は出ましたかい。旦那」

 店主の言葉に、少女はバツが悪そうに俯いた。
 今まで咥えていたパイプに残った灰を床に落とすと、店主は少女に向き直り、穏やかな口調で言った。
「もうすぐ日が暮れますぜ。王家のお膝元とはいえ、夜になったら治安も悪い。さっさとお帰りになった方が身のためでさ」
『なんてこった。五十がらみの独身中年が、こんな色気の無い餓鬼を口説いてやがるぜ。この店が儲からねえわけだ!』
「じゃかあしい!」

 口論を始める店主と剣を他所に、少女――ルイズは先程までの自分の行いを恥じていた。貴族にあるまじき行動だ。つまらない癇癪を起こした上、使い魔から逃げ出すなんてあってはならない事だ。おまけにその姿をツェルプストーにまで見られるなんて……。
 走り続けていた為に乱れた服装を整え、ルイズは未だ口論を続ける店主の前に立った。

「迷惑をかけたわね。帰るわ」
「――こんの駄剣が! って、はぁ。そうですかい。出来たら次は客として来てくだせえ」
「考えとくわ。……ここに楽器は置いてないのかしら?」
「旦那ぁ、ここは武器屋ですぜ?」
「……そうだった。そりゃ普通は売ってないわ。じゃあね」

 店主は魔剣を踏み付けたまま、マントを翻して出口に向かう貴族の少女を見送った。
 まるで楽器は武器であるかの様に呟いた少女を見て、店主は思った。どこかに楽器で戦う戦士でもいるのかと。

「……武器しか売ってないから、客が来ないのかねえ」
『おめーが阿漕な商売ばっかしてるからじゃねーの?』

 彼は突っ込みを入れてくるデルフリンガーを無視して拾い上げ、元の場所に戻した。そして看板を下ろすために外へ出る。その時、ふと彼は気付いた。何やら大通りの向こうが賑やかだ。こんな時間に大道芸人でもいるのだろうか。
 耳に入る騒がしい音に、店主はやれやれと肩を竦めて店内に戻った。

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 元の場所へ戻ろうと走っていたルイズの耳に、聞き覚えのあるメロディが届いた。
 嫌な予感を覚えたルイズは、急いで音が聞こえた方向へ走り出す。そして、唖然とした。
 ルイズの視線の向こうには、彼女の使い魔であるプリズムリバー三姉妹が、楽器を手に建物の上で騒いでいたのだ。

「あ、あいつら何やってんの!?」

 あんな所で許可無しに騒いでは、憲兵がやってきて逮捕されてしまう。彼女達を止めようと慌てて近づこうとするが、集まった人波に揉まれて近寄れない。
 その時、真ん中に立っているメルランとルイズの目があった。メルランは笑みを浮かべて、手に持ったトランペットを大通り中に響き渡れとばかり、高らかに吹き鳴らした。
 一斉に視線を集めた姉妹の中で、まず口火を切ったのはルナサだった。

「さあさあお立会い。プリズムリバー騒霊楽団のゲリラライブだ」
「仕事にお疲れのお父さんも、遊び疲れたお坊ちゃんも。寄ってらっしゃい見てらっしゃい~」
「無許可営業どんとこい! 今回は一曲のみの演奏だよー!」

 突然始まったライブとやらに、ブルドンネ街の大通りは騒然とした。
 面白がって拍手を送るもの、あまりの五月蝿さに野次を飛ばすもの。集まった人々の出す様々な音に、周辺は混迷の様子を見せた。

「はあ。探したよ、ルイズ」
「世話のかかる子ね全く」
 聞こえてきた声にルイズがふと横を見れば、いつの間にやらギーシュとキュルケの姿があった。ルイズは泡を食ってこの事態の釈明を求める。

「何って、君を探していたんじゃないか」
「だからって、あんな目立つ事をしなくても!」
「あの娘達も必死だったんでしょ。心配してたわよ?」

 そう言われてはルイズには反論できない。彼女は言葉を詰まらせて唸り始めた。
 再び『会場』の上から三姉妹の言葉が聞こえてくる。

「この曲は私達の主人へ送ります」
「命を助けられた恩と、日頃の感謝を込めて」
「では本日最初で最後の一曲、『亡き主人のためのセプテット』!」

 曲名を聴いた瞬間、感謝を込めて勝手に殺すな! とルイズは叫びかけたが、演奏が始まった途端にその声は喉の奥に引っ込んでしまった。
 どこかで聞いた事のある曲だった。それも、ごく最近に。

「さっきの、音楽劇の曲?」

 そう。その曲は、ルイズがそのあまりの出来に憤慨した劇中に流れていた、劇の主題曲とも言えるものだった。
 元の劇は喜劇だったので、この曲の今のタイトルとその内容は全く離れていると言っても良かった。明るく楽しげな旋律は聴く者の心を揺さぶり、夢中にさせた。ある者はリズムに合わせて体を揺らし、またある者は手拍子を加えて自らも演奏に参加した。

 ――ふん。日頃の感謝だなんて、使い魔の癖に生意気よ……。

 奇妙な気分だった。今日はルイズから贈り物をするはずだったのに、いつの間にやら立場が逆になっている。七重奏にアレンジされたその曲は、ルイズの心を暖かく包み込み、困惑していた表情を優しく蕩けさせた。
 この『会場』はまるでお祭りのような盛り上がりを見せている。半ば白けた雰囲気の漂っていた先程の舞台とは大違いだった。

「素晴らしい演奏だ。彼女達には正式に謝罪しなければいけないな」
「……はあ?」

 惚けた表情で聞き入っていたルイズだが、聞き捨てなら無いギーシュの言葉へ反射的に聞き返した。まだ以前の事を謝っていなかったらしい。ルイズは呆れを含んだ胡乱な瞳でギーシュを見た。

「そう怖い顔しないでくれたまえ。この一週間、恐ろしくて近づく事も出来なかったんだ」
「あ、そう」

 ルイズはそれきりギーシュとの会話を打ち切り、再び演奏に集中しようとした。そういえばキュルケがやけに静かだと思い、横を見てみると彼女も足でリズムを取りながら曲に聞き入っていた。
 目を閉じれば、先程の劇の内容が思い浮かぶ。しかし、演奏は三姉妹のものだが。なるほど、音楽が良ければ大根芝居でも中々見られるものになる。ルイズは苦笑を浮かべた。

 このゲリラライブは事態に気付いた憲兵隊が突入するまで行われ、逮捕される直前に、姉妹とルイズ達は上空で待機していたシルフィードによって救出された。

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 既に夕日も沈みきり、辺りを闇が支配し始めた頃。
 一行はタバサの使い魔シルフィードの上で学院への帰路についていた。ただしギーシュのみは、学院から乗り付けた馬を駅で受け取ったため別行動だ。現在はゆっくりと飛んでいるシルフィードの下を、馬二頭で駆けている。
 最初はルイズも馬に乗ろうとしていたのだが、ギーシュは乗り心地の悪い馬に疲れきった女性を乗せることを良しとしなかった。本人曰く、『女性同士で積もる話もあるだろうさ』との事だ。モテるだけあって、中々に気の回る男だった。
 タバサは本人の幽霊嫌いもあってか、三姉妹を乗せる事にかなり難色を示していたのだが、キュルケの説得によって何とか同乗を許した。ただ、今も後ろにキュルケを挟んで絶対に姉妹達に近づこうとしないのだが。
 ルイズはそんなタバサの様子に少し呆れながら、己の使い魔達に説教をしていた。

「もうちょっとこの竜が遅かったら捕まってる所だったのよ? あんな事は二度としないで。
 大体何よ『亡き主人』って!? 私を亡き者にしたいわけ?」

 声は怒っているが、耳まで顔を真っ赤に染めていては全く怖さを感じなかった。三姉妹はそんな主人を微笑ましく見守りながら、大人しく説教を聴き続けるのだった。
 ひとしきり言いたい事を言い終えたのか、ルイズはため息を吐いた。
 そして今度は勿体ぶりながら、握った拳に一度咳をついて口を開く。

「……さっきの演奏。私を探すためだったんでしょ。えっと、その……ありがとう」
「礼を言うのはこちらの方よ。今回の体験は新鮮だった」
「人間の奏でる音ってのも、良い物だったわあ」
「ま、私達には敵わないけどねー」

 けらけらと笑う姉妹の言葉に「そりゃあんた達に敵う音楽家はいないだろう」と心中で呟き、はっとした。あの酷い演奏が、新鮮で良い物だった?
 ルイズは即座に問い質した。あんな演奏に満足したのかと。

「もちろん。確かに技術は無かったけれど、音に乗せた魂は良いものだったわ。きっと良い演奏団になるわよ、彼ら」
「指揮者はアレだったけどねー。それに、私達の知らない曲ってのも良かったわね」
「だから今日はありがとう~」

 その言葉に改めて彼女達の規格外ぶりに呆れたルイズだった。初めて聞いた曲を、あの短時間でアレンジした上に、演奏してみせるなんて事は滅多に出来ないだろう。
 どちらにしろ、今日の催しが失敗だと思ったルイズの考えは杞憂だったということだ。
 ルイズは自分が早とちりをしていたのだと気付き、同時に「ありがとう」の言葉に照れて、再び顔をリンゴのように赤く染めた。

「それにね、彼らの演奏を聞いていたら、私達もつい昔の事を思い出したんだ」
「最初はへたっぴーだったからね~、私達」
「ルナサ姉さんのヴァイオリンなんて聞けたもんじゃなかったね」

 ルナサは無言でリリカの頭に拳骨を落とした。
 頭を抑えて悶絶するリリカに生温かい視線を送ったメルランは、『ぷぺーっ』とトランペットを鳴らしながらルイズに話しかけた。どこの世界を探しても、楽器の吹き語りなんて出来るのはこの娘だけだろう。

「驚いてる?」
「え、ええ。あんた達にも下手な時期があったんだ……」
「そりゃそうよ。月並みな話だけど、一朝一夕にいく様なものじゃなかったわ。……別に、音楽に限った話じゃないけどね」

 相手を見透かすようなメルランの言葉の意味を、ルイズは何となく理解していた。彼女は、自分の魔法の事を言っているのだろうと。
 確かにルイズの魔法は一朝一夕どころではない。生まれてこの方、成功した魔法なんてサモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントしかないのだから。

「ねぇ、ルイズ」
「……何よ」
 先程までは良い雰囲気だったのだが、魔法の事を臭わされてはルイズの機嫌も悪くなる。
 ニコニコ顔のメルランとは対照的にルイズの表情は暗かった。

「音楽、やらない?」
「はあ?」

 突然の申し出に、ルイズは目を皿のように丸くした。姉妹との会話中は珍しく茶々を入れてこなかったキュルケと、ずっと黙っていたタバサも、ルイズの方を向いて興味を示している。
 ルイズは当然の如く疑問を返した。

「何で?」
「だって、ルイズは魔法が使えないんでしょ?」
「それと音楽をやる事がどう繋がるのよ……」

 まさか、メイジの道を捨てて楽士にでもなれというのだろうか。いくらなんでもそれはルイズのプライドが許さないし、彼女の家族に顔向けが出来ない。誉れ高き公爵家の名折れだ。
 馬鹿にするなと怒りに肩を震わせるルイズに、メルランは自分の発言に何の問題点があるのか理解できていない様相だった。そんな二人にルナサ達から助け舟が出された。

「多分、メルランが言いたいのは、メイジをやめろとかって事ではない……と思う」
「じゃあ何なのよ!」
「今メルラン姉さんが言ってる『音楽』は、楽器を使う方じゃなくて『弾幕』だと思うよ……多分ね」
「何、ダンマク?」
「まぁ、見てなって」

 リリカはそう言うと、片手でキーボードを奏でながら、もう一方の手を地上にいるギーシュに向けた。
 怪訝そうな顔をするルイズにウインクを送り、リリカは人差し指を弾いた。その瞬間、リリカの指尖から『音符記号の形をした何か』が放たれ、ギーシュへ向かって飛んでいった。

「先住魔法!?」

 どう見ても四系統のいずれにも属さないであろうそれは、ルイズの目から見れば間違いなく先住魔法以外の何者でもなかった。
 ルイズは空を飛ぶシルフィードが、一瞬姿勢を崩すほどの大声を上げて驚いた。その様子を見ていたキュルケとタバサも驚愕の面持ちである。
 空飛ぶ音符記号は、そのままギーシュの駆る馬の尻に激突し、驚いた馬は暴走を始めた。
 ギーシュの悲痛な叫び声が上空まで聞こえてくる。彼はそのまま、凄まじい速さで走る馬と共に夜の大地へと消えた。

「あ、あああんた達! 先住魔法は使えないって言ってたじゃない!」
「え。これって先住魔法なの?」

 心底意外そうな顔をするリリカ。杖を使わず、自然や精霊の力を借りる魔法は一般的に、先住魔法と呼ばれる事実を教えていなかったのをルイズは思い出した。
 ルイズはただ、『使えるか』と聞いて『使えない』と答えられたため、失念していた。そもそも相手が先住魔法の何たるかを理解していなければ、意味の無い質問だったのだ。
 あまりにも初歩的なミスに、ルイズは頭を抱えながら先住魔法について説明した。
 しかし――

「ああ、ならこれは先住魔法じゃないわね。別に自然の力なんて借りてないし」
「私達の場合は、音楽に乗せて自分の力を弾幕として飛ばしているのよ」
「だからぁ、ルイズも一緒に音楽をやれば、同じ事が出来るかもしれないでしょう? 力はあるみたいだし。それに、あなたの不思議な音と私達の音楽がセッションしたら、きっと凄い演奏になる。テンション上がるわー」
 ルナサとリリカの説明に、我が意を得たりとばかりにメルランがまくし立てる。
 ルイズは困惑していた。本人達は先住魔法では無いというが、傍目から見れば先住に分類されるのは間違いが無い。それを、自分が使えるかもしれないという。ゼロの自分が。

 『貴族社会に一陣の風の如く颯爽と登場した先住魔法の使い手、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。彼女の魔法は強力無比。右に並ぶ者は誰もいない。ダンマクの一声を上げれば、その前に立つ物全ては塵芥と化すのだ!』

 大口を開けながらそこまで妄想したところで、ルイズは自分を見つめる視線に気付いた。ニヤニヤと嫌らしい顔で笑うのは、憎きツェルプストーの女キュルケだった。
 口の端から垂れた唾液を拭うルイズを見て、キュルケは笑い声を上げた。

「あっはっは! ゼロのあんたが先住魔法ですって? 出来るわけ無いじゃない!」
「なあんですってぇ!?」

 姦しく言い合いを始める二人と、少し迷惑そうな顔のタバサ。そんな彼女達をリリカは喧しく音を奏でながら無責任に煽っていた。
 大騒ぎする彼女達をよそに、笑顔でその様子を見つめるメルランに向かって、ルナサは真剣な面持ちで尋ねた。

「……あんな無責任な事を言っていいの? 彼女の力は私達騒霊とは異質。音楽をやっても弾幕が身に付くとは限らないわよ」
「出来ないかも知れないけど、出来るかも知れない。どこかの巫女や魔女だって、音楽無しに弾幕を張るわ。それに――」

 いつに無く意志の読めない表情の妹を、ルナサは何となく居心地悪げに見つめる。

「……それに?」
「――あの子、レイラにそっくりだもの。なんだか放っておけないわ」
「そんなに、似てるかしら?
「ええ。寂しがりやなところとか、意地っ張りなところとか。……顔は全然似てないけどね~」

 気まぐれな妹にしては、主人とはいえやけに懐いていると思ったら、今は亡き創造主の『面影』をルイズに見ていたとは。
 ルナサは大きく溜息を吐くと、小声でメルランに言った。

「癇癪持ちのあの子の事だ。変に期待を持たせておいて、弾幕まで使えないとなったら、きっと私達に対して当り散らすでしょうね」
「それは……凄く、とても、騒がしそうだわ」
「でしょうね」

 騒霊にとって騒がしさは望むところだ。その時は主人と一緒になって、盛大に騒ぐとしよう。今この会話に参加していないリリカも、きっと喜んで騒ぎに加わるだろう。

「あんまり怒るようだったら、一緒に謝ってね。姉さん」
「……困った妹ね」 
「ふふ。あの娘と演奏するの、楽しみ~」

 嬉しそうに笑顔で話すメルランに、ルナサは苦笑しながらも了承の意を伝える。
 そして最後の一言に関してはルナサも同意見だった。普段から喧しい主人は、演奏において一体どのような騒がしさを自分達に見せてくれるのか。その騒がしさと自分達姉妹のそれが合わさった時、どれ程の騒音―オンガク―が生まれるのか。想像が付かない。

「大体ねえルイズ。あなたに音楽なんて出来るの?」
「で、出来るわよそのくらい! 私の見事な演奏に聞き惚れるといいわ!」
「ふーん。それじゃあ、今度の使い魔品評会も、あんたの使い魔と一緒に演奏するのかしら?」
「ももも、もちろんそうよ! 楽しみにしてなさい!」
「ほほほ! 優勝は私とフレイムが華麗な演技で頂くわ。精々無駄な努力をすることね」
「い、いいい今に吠え面かか、かかかせてやるんだからあ!」

 いつの間にやら、今後の方針も決定したようだった。
 ルナサはルイズ達の話に加わりに行ったメルランから視線を外すと、いつの間にか空に上りきっていた赤と青に眩しく輝く双つの月を見上げた。
 今宵は良い月だ。この月を肴に、一時の演奏に浸るとしよう。ルナサが目の前の喧しい集団から目を背け、そして静かにヴァイオリンを首に当てた時である。
 彼女はふと気付いた。

「そう言えば、ギーシュは?」

 その後ルナサの進言により、暴走した馬に連れ去られたギーシュを捜索し始めた。結果、彼女達は学院近くの草原で寝転がる彼を発見した。
 ちなみに二頭の馬は、すぐ近くで暢気に草を食んでいた。
 『馬は嫌、音符怖い』と呟く彼の姿に、一同は気まずくなりお互いの顔を見合わせる。
 どうやら今回の出来事は、新たなトラウマを彼に植え付けてしまったようだった。

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