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戴天神城アースガルズッ!-3

  第三話:「わたしピンクのサウスポー」

 学院が昼の休みに入ってすぐ。
 それなりに騒がしい食堂で、ルイズはひとりで食事をとっていた。彼女にとって一人での食事はあまり苦にはならない。ときおりやってくるキュルケと舌戦を繰り広げるのも悪くないと間違って思いそうになるが。
 貴族らしい義務的な上品さで、食事を口へと運ぶ。気が急いていた。これを食べ終わってデザートのクックベリーパイがやってきたら、それを持ってアースガルズのところへ行こうと思っていた。
 アースガルズとはお喋りができない。彼に言語によるコミュニケーション能力はない。
 それを埋め合わせるように、ルイズはこれまでに様々なことを己の使い魔に語りかけていた。そしてその後で錆だらけのゴーレムに寄り添うように眠り、シエスタに揺り起こされるのが最近の日課であった。
 あの陽だまりの中で夢を見る。アースガルズの夢を見る。目覚めるたびに緞帳が下りるようにその記憶は消えていくのだが、胸に残る確かなものが彼女の歓びであった。
 それはルイズという少女を少しずつ変えていった。巨人の夢はルイズの虚勢ばかりであった内面を本物の強さに変えていった。
 お優しくなりました、というのが彼女と最も親しいメイドの少女の言である。
 そのメイドを思い浮かべてルイズはちらりと僅かに笑んだ。彼女に優しく起こされるのは悪くないと思っていた。
 うん。世界で一番、悪くないわ――――そんな捻くれた言葉を意識して呟く。本音を言うことに彼女は慣れていないのだった。
 いっそのこと学院から身分を買い取ってわたし付きのメイドにしてもいいかも。そんなことをルイズは思ってから、すこし慌てたように首を振った。シエスタが、いいって言えばだけど。
 付け足しのように思ったそれは、一般的な貴族の思考ではない。平民の意向など貴族にとって何の強制力も持たないからである。
 そのことにルイズは気付くことなく、どうやってその話を彼女に切り出そうかと考えながらスープの最後のひとすくいを飲み干した。通りかかったメイドにデザートを頼む。
 ギーシュ・ド・グラモンの怒声が聞こえてきたのはそんな時である。

「どうしてくれるんだ。君のおかげで二人の女性の名誉が傷つけられたじゃあないか!」

 また女の子に手を出して浮気がバレたのね。そう思いながら、眼を向ける。ギーシュの女好きはお世辞にも社交性があるとは言えないルイズの耳にも届いていた。
 それだけならばよかった。いつものことね、で終わる。
 だが。

「あ、あの…………」

 彼の目の前で顔を蒼白にさせている少女は、彼女が傍に置こうとしていたメイドだった。
 それがよくなかった。とてもよくなかった。看過できようはずがなかった。べきりと掌の中の木製のスプーンが折れた。
 ――――あの気障男、わたしの身内(予定)に何してやがってくれてんの?
 極力係わり合いになろうとすまいと、すまし顔でパイを持ってきた給仕のメイドに、ルイズはありがとうと声を掛ける。そのメイドは目を白黒とさせた。平民に礼を言う貴族などいない。
 そんなメイドの仕草を気にも留めず、ルイズは食べやすく切り分けられたパイの皿を左手に持ち直す。礼を言うのは当然だった。貴重な弾薬を持ってきてくれたからだ。
 とはいえ直ぐには行動に移さない。まだシエスタに本当に非がないかどうか解らないからだ。

「わ、私は、ただ小瓶を拾っただけで…………」
「僕は知らないって言ったんだ。平民のくせに僕の言葉に逆らってしつこく食い下がるからあんなことになったんだろう? 君のせいじゃないか!」

 ルイズは晴れ晴れとした表情で微笑み、ひとつ頷いた。
 うん、よし、殺す。あいつ死なす。ぶち殺す。

「あの…………私、どうしたら」
「ふん、そうだな…………まず君がふぼッ!?」


 何かを言いかけたギーシュの顔面に、理想的な放物線を宙空に描いてパイの乗った皿が激突した。静まり返っていた食堂内がさらに重苦しい沈黙に包まれた。
 ギーシュの顔から皿が滑り落ち、乾いた音を立てて床に落ちた。パイは張り付いたままだ。
 何が起こったのかよくわからない、といった表情で、ギーシュは食堂内の全ての人間が向ける視線の先へと顔を向けた。

「そこまでよギーシュ・ド・グラモン。もう少し厚化粧しないとあんたの性根は隠せないみたいね」
「ゼロのルイズ――――ッ!」

 左腕を振り下ろしたままの姿勢でルイズは嘲笑した。憤然としながらギーシュが顔にへばり付いたパイを床に叩き落した。シエスタは眼を見開いて声にならない声をあげた。
 つかつかとギーシュはルイズに歩み寄り、頭一つは低い彼女を見下ろすように睨み付けた。シエスタのことなど頭から吹き飛んでいるようだった。

「どういうつもりだいヴァリエール。何の関係もない君が口どころか手を出す話でもないだろう」
「関係おおありよ。そこのメイドは私のメイドだもの」

 押し売りまがいの事後承諾だが仕方ない。こうでも言わないと事態に巻き込『まれる』ことができないのだった。
 戸惑うように瞬きをするシエスタに、にこりと笑いかけてルイズはギーシュに眼を向け直す。見上げるような態勢であるのに、その眼はまるで絶対的な高みから見下すようであった。
 両手を上に向けてやれやれと肩をすくめる。

「それからねギーシュ――――私のクックベリーパイを無駄にした罪は万死に値するわよ」

 ギーシュはぱくぱくと酸素の足りない魚類のように口元をわななかせた。公衆の面前でお前の価値はパイ以下だと断言されたことを理解したのだった。

「け――――、」

 そこまで言ってギーシュは大きく息を吸い、胸に差した造花のバラを引き抜くとルイズに向かって突きつけた。
 ルイズもそれに応えた。すぐさま彼女も杖を取り出す。

「――――決闘だッ!」
「望むところよッ!」

 ルイズとギーシュの間で、杖と杖が交差した。


■□■□■□


 ヴェストリの広場。
 アースガルズは身を屈めたまま微動だにしない。常ならば周囲に群がっているはずの他の使い魔たちも、彼の前に立つ少女の雰囲気にあてられたのか寄り付くものはいなかった。

「――――――――――――――――」
「――――――――――――――――」

 巨人を見上げたまま少女は何も言わない。険しい表情のまま引き結んだ唇から、小さな歯軋りが漏れた。胸に置いた掌が小さく震えていた。
 アースガルズの眼が何かを問うように燈り、少女は項垂れて首を振った。投げやりだがどこか清々しげな表情だった。
 それだけで何かを察したのか、ゴーレムは再び沈黙に戻った。錆びた装甲の欠片を零しながら、その巨大な拳を少女に伸ばす。
 少女はゆっくりと、何かを確かめるようにその鉄塊を細い指先でなぞった。くすりと笑う。少なくとも怖れだけはこれから隠せるだろうと思った。
 最後にこつんと小さな拳で巨大な拳に合わせると、少女は鮮やかに外套を翻して前を向く。彼女は思い上がった子供そのものの仕草を己の意思でやってのけた。
 腕を組み、せいぜい傲慢に見えるようにつんと顎を逸らす。今の彼女は貴族を嫌う平民の思い描く通りの貴族であった。
 どこからか喧騒が響いた。それは確かにこの場に近付いていた。
 決闘だ、と。血気に逸る声が一際高く届く。
 現れた集団を、彼女は鼻を鳴らして睥睨した。



「――――――――ふん。逃げ出さなかったことだけは褒めてやるわ、ギーシュ・ド・グラモン」
「この期におよんでまだそんな言葉が吐けるのかい、ヴァリエール」

 クイックドロウ。
 美しさすら思わせる洗練された仕草で腰から杖を取り出すと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは笑みを浮かべた。そこに恐怖はない。少なくとも表面上は。
 ギーシュと呼ばれた少年もまた、仕方ないとでも言いたげな溜息と共に杖を取り出した。

「解せないな。いくら気に入ってるからといって、あんなどうでもいい平民にそこまで君が肩入れするのはどうしてなんだい?」
「どうでもよさの基準があんたみたいな下衆とは違うのよ」

 胸を張ってルイズはそう言った。ギーシュの眼が細まり、彼の不快感を伝える。
 ギーシュはがバラを模した杖を振るった。同時にその花弁が散らばり、次の瞬間には戦女神をかたどったゴーレムとなった。錬金と呼ばれる魔法であった。

「やはり君はゼロのルイズだな。魔法が使えない者どうし、仲良しこよしということかい――――君のメイドの不始末は、君自身に支払ってもらおうか」

 そう言ってギーシュは莫迦にするように笑った。追従するように周囲からも笑いが起きる。この笑いこそが今の貴族というものを現していた。

「ミス・ヴァリエール!」

 醜悪な笑いを浮かべる集団の後方から、人影が飛び出してルイズの前に立つ。学院付きのメイド、シエスタであった。

「およしください、ミス・ヴァリエール。貴族どうしの決闘は禁止されているはずですッ!」
「決闘じゃないわ。ちょっと決闘っぽいような……気のする……よくあるような……ただの子供の喧嘩よ」

 口を尖らせてそっぽを向くルイズに取り合わず、シエスタは泣き出しかけた顔付きでルイズの手を取った。どうしてこのような事態になっているのか彼女には理解できなかった。
 何かが暴力的なほどの勢いで彼女の表層を突き上げて、シエスタはルイズの掌を己の頬に押し付けた。ルイズはそれを受け入れた。シエスタは思わず微笑みそうになった。よかった、振り払われはしないみたい。
 子供に言い聞かせるように、言葉を選びながらゆっくりとルイズへ語りかける。

「そもそもミスタ・グラモンの言うとおり私が彼に――――」
「やめときなさい。あのスケベそうな面構えから見るに何となく想像がつくから」
「しかし私などのために」
「思いあがらないでシエスタ」

 なおも言葉を続けようとしたシエスタをぴしゃりと押さえつけ、ルイズは笑った。笑えていればいいと思った。


「わたしはあんたのために戦うんじゃないの。わたしはただムカつく奴をぶっ飛ばしたいだけなの」
「ミス・ヴァリエールッ!!」
「ああもう、うっさいわよ! 当事者はすっこんでなさいッ!!」
「な――――ッ!」

 あまりにも無体な言葉に思わず絶句したシエスタを押しのけて、ルイズはギーシュのゴーレムの前に立った。己の杖を強く握り締める。どうか震えていることを見抜かれませんように。

「ミス・ヴァリエール…………」
「――――――――――――――――」

 背中に二つの視線を感じた。シエスタとアースガルズのものだろうと彼女は思った。おかしなことにそう思うと震えは消えていた。彼らの目の前で弱さを見せることだけは、どうしても出来そうになかった。
 シエスタのちいさな呼びかけに、振り返ることなく声を返す。

「なによ。やめろったって平民の言うことなんか聞かないわよ」

 いいえ、と囁いてシエスタは微笑んだ。悲痛な表情では今のルイズを穢すと彼女は思った。だから微笑んだ。

「ありがとうございます、ミス・ヴァリエール。――――――――あなたのその心が、ジャスティーンに愛されますように」

 とくりとルイズの心臓が高鳴った。
 そう。ルイズは言葉を出さずに頷いた。そう、これが、勇気ってやつなのね。
 よろしい、おおいによろしい、よろしいわ。悪くない。これも世界で一番悪くない。

「…………ギーシュ、貴族の決闘が平民なんかを賭けるなんてつまらないわ。負けた方はこの騒ぎの責任を一人で取るってことでどうかしら?」
「あくまでもそのメイドを庇うってことかい。まあいいさ、どうせ勝つのは僕だ――――君がもうすこし賢ければそもそもこんな騒ぎにならなかったんだしね」
「そんなのは小賢しいって言うのよ」

 やれやれ、と呟いてギーシュは杖を振った。適当にぽかりとやって終わらせようと思っていた。いくら魔法の使えない名ばかりの貴族とはいえ、レディに、公爵家の令嬢に怪我をさせてはいけないという分別はあった。

「君は魔法が使えないそうだが、殴り合いなんて貴族にあるまじき行為だからね。僕は使わせてもらうよ――――まさか卑怯とは言うまいね?」
「くだらない御託はどうだっていいのよギーシュ。とっとと掛かってきなさい」
「――――やれ、《ワルキューレ》ッ!」

 ギーシュの命に応え、ワルキューレが突進する。彼の二つ名である《青銅》で作られたゴーレムは、金属で造られたとは思えぬほどの滑らかさでルイズとの距離を詰めた。
 彼女の手の中の杖を落とそうと拳が振るわれる。杖を落とした者が敗北だというのがメイジの決闘のしきたりだった。
 周囲からあがる歓声。そして、爆音。


 …………爆音?

「――――――――何?」

 誰もが眼を疑った。粉々になった青銅の欠片が芝生の上に転がり、空しく土に還っていく。
 綺麗に上半身が消し飛んでいる目の前のワルキューレを蹴倒して、ルイズはそれを踏みつけた。おとぎ話の魔女のような凶悪さだった。
 静まり返るその場に、彼女の押し殺した笑いはよく響いた。

「狙いは甘いんだけどね――――そっちから近寄ってくれるなら、ねえ?」

 魔法の失敗。その爆発。
 それがワルキューレを打ち負かしたルイズの手段であった。
 唖然とする周囲をよそに、ルイズは首を傾げていた。どうにも使い魔を召喚してから爆発の規模がますます派手になっているような気がしたのだった。彼女としてもここまでうまくいくとは思ってもいなかった。
 ギーシュが喘ぐ。

「そんな、無様なやりかたで……ッ」
「ええ、無様ね。でもいいんじゃないかしら、そんな無様な私にこれから負けちゃうあんたの方がもっと無様だし」
「無茶苦茶だッ!」
「無茶や良しッ!」

 あまりにもふてぶてしく、ルイズはくるりと杖を掌の中で回転させてからギーシュに突きつけた。

「舐めないで。こと失敗に関しちゃ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは誰よりも極めてるわ」

 ――――――――後世、ハルケギニア全土に名を轟かせることになるひとりのメイジの、それが最初の名乗りであった。




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