第4話.水の女の巻
ガリア出身の王族の少女――タバサは思う。
トリステイン魔法学院はいつの間にやら、すっかり様変わりした気がする。
トリステイン魔法学院はいつの間にやら、すっかり様変わりした気がする。
……だが、それがイイ!
* * *
今日も今日とて虚無部の部活。
そして、今日も今日とてルイズのハリセンさばきが冴える。
そして、今日も今日とてルイズのハリセンさばきが冴える。
「こ、この大バカ者ーーーッ!!」
スパーン!! ……BOM!!
しかし、どうやら今日はいつもと違う事態が起こったようだ。
「ああっ、あ~るの首が取れた……のはいつものことだけど、今度は動かなくなったわよ!?」
「過度の衝撃による破損」
「ちちち、違うわよ、コイツがオンボロなだけよ!」
右往左往する三人娘の元に救いの手……もしくは災いの使者が現れた。
「だいぜうぶ! こんな時にうってつけの人材に心当たりがある!!」
「あ、ワルド様!」
「また夜勤明けですか?」
「うむ」
毎度のことながら、トリステイン魔法衛士隊の勤務体制に心から疑問を感じるタバサだった。
「この学院には、この手のカラクリの修理にうってつけの人材がいるぢゃないか」
「「――あ!」」
「コルベール先生」
優秀な火のメイジにして技術屋。穏やかな人格者で授業自体の評判は悪くないが、趣味が”発明”と言うのも有名な話だ。
……もっとも、その発明品の大半がほとんど役に立たないことでも知られているが。
……もっとも、その発明品の大半がほとんど役に立たないことでも知られているが。
善は急げと、とりあえず、レビテーションで浮かせてあ~るをコルベールの研究室前まで運ぶ。
「コルベールせんせー!!」
「やれやれ、なんですか、騒々しい」
「急患」
「急患って、私は火のメイジですよ……って、おお、これはミスタ・Rではないですか」
……じつは、その様子を多数の生徒たちに目撃されていたことが、のちの騒動の発端になるのである。
* * *
<トリ通(トリステイン魔法学院通信)No.1889>
[魔法学院にまぎれ込んだゴーレムの悲惨な末路!]
- ×月×日午後、
本校舎前にある物置小屋(現在、”虚無部”と自称する非公認サークルが占拠中)において、我がトリステイン魔法学院の2学年に所属する男子生徒、R・田中一郎が重傷を負い、意識不明の状態に陥るという事故が発生した。
くだんの生徒は、じつは同学年の女子生徒Lの使い魔であり、同時に今回の事態を引き起こしたのも、L嬢の度重なる暴力行為が原因と見られている……。
くだんの生徒は、じつは同学年の女子生徒Lの使い魔であり、同時に今回の事態を引き起こしたのも、L嬢の度重なる暴力行為が原因と見られている……。
* * *
生徒の自主性を重んじることを校風としているトリステイン魔法学院では、いくつかのサークルが結成されている。
いわゆるゼミのような研究会的側面の強いものもあれば、乗馬や卓上ゲームなどの趣味
の同好会的色合いの強いサークルも存在する。
いわゆるゼミのような研究会的側面の強いものもあれば、乗馬や卓上ゲームなどの趣味
の同好会的色合いの強いサークルも存在する。
「ふ……無様なことね」
それらのひとつ、”学院報道部”を名乗るサークルの部室で、ひとりの女生徒が手にした新聞―より正確には、壁新聞として張り出すたためのもの―を読みながら、独白する。
「ん? 何がだい?」
同じ部屋にいた小太りな男子が気がなさそうに声をかける。
「この事件よ。いくら我が学院が自由な気風を誇るからといって、ここまで無茶苦茶な行為が許されるものかしら?」
ふぁさっと、縦ロールにした金髪をかきあげながら、流し目をくれる女性。
おそらくは16、7歳くらいなのだろうが、そういった高慢な仕草が呆れるほど絵になっていた。
おそらくは16、7歳くらいなのだろうが、そういった高慢な仕草が呆れるほど絵になっていた。
「ねぇ、そうじゃなくて、ミスタ・ギーシュ・ド・グラモン?」
呼びかけられた男子生徒はしばしの沈黙ののち、女生徒に言葉を返した。
「メガネ……かけたら?」
「え?」
「いいから、メガネかけてみなよ」
「えぇ~、だぁって~、わたくし、ギーシュの前では、メガネをかけたくないわ~。
みっともないんですもの~」
みっともないんですもの~」
先程までの女帝っぷりがウソのような可憐な声色と仕草で頬を染める少女。
「ハッハッハ、そんなことはないよ。メガネをかけている君もチャーミングさ」
男子生徒はおだてるが、それがほとんど棒読み口調であったことに、女生徒は気づかない。
「本当? じゃあ、失礼して……」
口では謙遜しながらも、内心はそう言って欲しかったのだろう。女生徒はいそいそと机のひきだしから取り出したメガネをかける。
「ああぁっ、美しい、なんて美しいんだ! すてきだ、びゅーてぃふる!!」
かけた瞬間は一瞬視界がボヤケたものの、すぐに裸眼よりハッキリ見えるようになり、男子生徒の方に向き直って笑いかけた、女生徒の表情が凍りつく。
「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ! 君は美の女神だ!」
「どわわわわわわわーーーーーーーっ! あんた、マリコルヌじゃない!」
整理していた書類を机に置き、ヤレヤレという顔で肩をすくめる少年、マリコルヌ・ド・グランドプレ。
「人の近眼につけこんでからかいやがったわね!」
激昂する女生徒、モンモランシーにアッサリ切り返す。
「ほらほら、その性格、うかつに人前で出すと不利だよ」
「う……」
慌てて口を抑えるモンモランシー。
「つぎの生徒会長に立候補するんだろう? 言動には注意したほうがいいと思うよ」
マリコルヌの言うことはいちいち癇に障るが、もっともだ。
(落ち着くのよ、モンモランシー。こういうときこそ、素数を数えてリラックスリラックス……)
すぅはぁと深呼吸し、メガネを外してこめかみをマッサージすると、自制心を取り戻す。
「――で、何の話だったかしら?」
きゃるん、と擬音がしそうな愛らしいスマイルを浮かべて見せるモンモン。
(……女はコワい)
などと思いながらも、マリコルヌは話題を元に戻す。
「それで、虚無部がどうしたって?」
「ええ、いつの間にやらゴーレムなんかが転校してきて、あげくのはてに、こんな騒ぎを起こすなんて、伝統あるこの学院であってはならないことだわ!!」
「その通りだとも!」
と言う言葉とともに、逆光の中に浮かび上がる影。
報道部室に入ってきたのは、彼らと同年代の金髪の少年だった。
報道部室に入ってきたのは、彼らと同年代の金髪の少年だった。
「モンモランシー、君の言うことはいつも正しく、機知に富んでいる!」
爽やか(だと本人が思っている妙に軽薄)な笑みを浮かべつつ、少年は背後に薔薇を浮かべながら、モンモランシーに一礼する。
「さあ、ぜひ生徒会長になりたまえ! ボクはそのための協力を惜しまないよ!!」
トリステイン魔法学院において、”生徒会長”というのは、それほどたいした権限を得られるわけではない。主立ったものはふたつ。
ひとつは、学生寮の寮則の決定権。ただし、草案は各学年で寮長を務める人間たちが合議して提出するため、事実上は承認権だと言ってもよいし、これまでよほど無茶な寮則でない限りは認められてきた。
(その”よほど無茶な寮則”を提出した数少ない例が、ワルドが現役学生だったときの代だ、ということを付け加えておく)
(その”よほど無茶な寮則”を提出した数少ない例が、ワルドが現役学生だったときの代だ、ということを付け加えておく)
もうひとつは、各サークル間のトラブルの調整、および部室の割り当てだ。こちらは生徒のモチベーションにとって地味に影響する、なかなか重要な仕事だと言えよう。
あとは、入学式などでの生徒代表としての挨拶や、普通は教職員にしか認められない施設や設備の使用を条件付きながら許可される、というものもある。とくに水系統のメイジで秘薬作りを趣味にしているモンモンとしては、後者は非常に魅力的な特権だった。
そして少年も、そんなモンモランシーの気持ちを十二分に理解していた。
「このギーシュ・ド・グラモン、君のためなら、死ねる!」
勢いに任せて、ギュッと少女の手を両手で握りしめる。
(ふっ、決まった……これで、彼女もボクにメロメロさ)
自己陶酔気味な妄想をギーシュが展開するが、モンモンは落ち着いた素振りで魔法の杖を取り出し、おもむろに詠唱を始める。
ポンッ! バシャァーーーーッ!!
「? うわちちちちちちちちぃーーーーっ!!」
水メイジらしくバケツいっぱいのほどの水……いや、お湯をギーシュの頭上に出現させた模様。
「いい加減にしなさい、マリコルヌ」
そのまま、倒れたギーシュを蹴っ飛ばすモンモランシー。
どうやら、メガネを外していたせいでギーシュ本人とはわからず、さっきのセリフもマリコルヌのおちょくりだと思ったらしい。
どうやら、メガネを外していたせいでギーシュ本人とはわからず、さっきのセリフもマリコルヌのおちょくりだと思ったらしい。
わけがわからないまま悲鳴をあげて逃げ惑うギーシュと、プンスカ怒りながらそれを追いかけるモンモンを尻目に、マリコルヌは資料の整理を続ける。
「それにしても……平和だねぇ」
それが嵐の前の静けさだとは、この時誰も気づいた者はいなかった。
~「第5話.ウケるが勝ち!の巻」につづく~