樊瑞と名乗った男の身体から、殺気が烈風のようにフーケに襲い掛かる。
たまらず顔を背けてしまいそうになる。
しかし、そんなことをすれば即座に自分の命が危ないことを、フーケは直感的に悟っていた。
戦場で敵から目を逸らすことは死を意味する。
しかし、一度死んだ身であるフーケでなければ、歴戦の猛者といえども顔を背けていたに違いない。
「殺しただって?」
懸命に記憶の糸を手繰るが、思い当たる節はない。なにかそういう話を聞いた事もない。
『かつて貴様の父親に、ぼろくずのように父親を殺された男だ』と樊瑞は言った。
フーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータの父親が死んだのは4年前のことである。
その名の通りサウスゴータの太守であった父は仕えていた今は亡き大公の事件に連座し、命を落とした。
主君である大公の命を受け、ある人物を匿ったのである。
ただの人間ならば、匿ってもどうにもならなかったかもしれない。そもそも大公も、匿うことを依頼しなかったはずだ。
だが、父が匿ったのはただの人間ではない。いや、人間ではない。このハルケギニアでは誰もが忌み、恐れる存在を匿ったのだ。
それが元でサウスゴータ家は取り潰され、以降フーケの流浪の人生が始まった。
世間知らずの貴族の娘は厳しい世間の荒波に揉まれ、翻弄され、ついには盗賊にまで身を堕とすはめとなる。
そのきっかけとなった事件だ。
だがフーケは、そのときの父の決断を間違っていたと考えたことは一度もない。
盗賊に身を落としたにもかかわらず、父親を恨んだことすらなかった。
しかしそれを言えるのは、父が匿ったものを風聞や伝承抜きで直に付き合うことで知っている今だからだ。
もし当時の父のように「匿って欲しい」と言われて即座に、従うことができるか、と問われるとはっきり「YES」とはいえない。
それがたとえ主君からの依頼であったとしてもである。
フーケは思う。父は忠義の人であった。しかしそれ以上に、風聞を気にせず、直に目で見たもので判断する人格者だったのだ、と。
そうでなければ……誰が匿うというのだ。
そんな父が人を殺したと樊瑞なる男は言う。おまけにボロクズのように、だ。にわかに信じることなどできようものか。
仮に話が事実ならば、父に対してとんでもない無礼を働いたのだろう。
貴族の中には平民を人とも思っていない人間が多いことはまぎれもない事実だ。しかし父に限っていえば、そんなことはないはず。
つまりそうするだけの理由があったはず。
『この男、誰かと勘違いをしているのかい?あるいは……』
フーケは頭に浮かんだ考えをすぐに打ち消す。
この男の殺気はただものではないとはいえ、平民である以上メイジにとって蚊ほどの脅威もない。
この男は銅銭を剣のようにしている。おそらく特殊なマジックアイテムを手に入れたのだろう。
それを使って罠を仕掛けようとしているのか?
たしかに奇襲や罠を仕掛けられればメイジといえど危うい。
だが常に奇襲や罠にかかってくれるはずもなく、失敗すればその時点で終了。
フーケの考えた『あるいは…』は成り立たない。おまけに、今この男はあからさまに殺気をぶつけ、正面から戦いを挑んできている。
どう考えてもフーケの独り相撲、杞憂にしか過ぎないはずだ。
「いったいどういうつもりか知らないけど、メイジ相手に平民が真正面からぶつかってくるだなんて。あからさますぎて怪しいねぇ。」
だが万一がある。カマをかけ、罠があるか否かを探ろうと試みる。
すると、逆に樊瑞は意外そうな顔をする。
「小娘。わしが左様な策を弄する人物に見えるか?」
ふん、と鼻で笑う樊瑞。さらに眼光は鋭くなり、震えるような殺気が襲い掛かってくるではないか。
樊瑞が銅銭剣を横に薙ぐ。
突風がフーケに襲い掛かる。風はローブを切り裂き、頬に鋭い傷がつく。赤い線が現れ、そこから血がにじみ出てくる。
カマイタチ、と並みのメイジならば判断するかもしれない。
だが、盗賊家業で修羅場馴れをしたフーケの目は、何が起きたのかを捉えていた。
剣を構成する銅銭が、まるで意思を持つように飛び掛ってきたのである。
魔力も何も感じない、ごく一般に流通している古銭にすぎぬものが、だ。
ぞくりと震えが背を走る。いったいこの男は何者なのか。いったい今、何をしたというのか。
そんなフーケの思考を見透かしたように、樊瑞が嗤う。
「いいことを教えてやろう。マチルダ・オブ・サウスゴータよ。わしは、貴様が考えたであろうことを実行しようとしている。そして実行するだけの力があるのだ。」」
フーケの背後から銅銭が飛び上がり、再び樊瑞の元に戻る。くるくると、木の葉のように樊瑞の周囲を回っている。
「わしの父を殺した容疑のある貴族は限られている。貴様の父親を入れても4名だ。ゆえにわしは考えた。この4名の中に犯人がいるはずなのだから皆殺しにしてやればよい、と。本人が死んでいたならば、その子を代わりに殺せばよいとな。」
それはフーケが打ち消した『あるいは…』という考えそのものであった。
たまらず顔を背けてしまいそうになる。
しかし、そんなことをすれば即座に自分の命が危ないことを、フーケは直感的に悟っていた。
戦場で敵から目を逸らすことは死を意味する。
しかし、一度死んだ身であるフーケでなければ、歴戦の猛者といえども顔を背けていたに違いない。
「殺しただって?」
懸命に記憶の糸を手繰るが、思い当たる節はない。なにかそういう話を聞いた事もない。
『かつて貴様の父親に、ぼろくずのように父親を殺された男だ』と樊瑞は言った。
フーケこと、マチルダ・オブ・サウスゴータの父親が死んだのは4年前のことである。
その名の通りサウスゴータの太守であった父は仕えていた今は亡き大公の事件に連座し、命を落とした。
主君である大公の命を受け、ある人物を匿ったのである。
ただの人間ならば、匿ってもどうにもならなかったかもしれない。そもそも大公も、匿うことを依頼しなかったはずだ。
だが、父が匿ったのはただの人間ではない。いや、人間ではない。このハルケギニアでは誰もが忌み、恐れる存在を匿ったのだ。
それが元でサウスゴータ家は取り潰され、以降フーケの流浪の人生が始まった。
世間知らずの貴族の娘は厳しい世間の荒波に揉まれ、翻弄され、ついには盗賊にまで身を堕とすはめとなる。
そのきっかけとなった事件だ。
だがフーケは、そのときの父の決断を間違っていたと考えたことは一度もない。
盗賊に身を落としたにもかかわらず、父親を恨んだことすらなかった。
しかしそれを言えるのは、父が匿ったものを風聞や伝承抜きで直に付き合うことで知っている今だからだ。
もし当時の父のように「匿って欲しい」と言われて即座に、従うことができるか、と問われるとはっきり「YES」とはいえない。
それがたとえ主君からの依頼であったとしてもである。
フーケは思う。父は忠義の人であった。しかしそれ以上に、風聞を気にせず、直に目で見たもので判断する人格者だったのだ、と。
そうでなければ……誰が匿うというのだ。
そんな父が人を殺したと樊瑞なる男は言う。おまけにボロクズのように、だ。にわかに信じることなどできようものか。
仮に話が事実ならば、父に対してとんでもない無礼を働いたのだろう。
貴族の中には平民を人とも思っていない人間が多いことはまぎれもない事実だ。しかし父に限っていえば、そんなことはないはず。
つまりそうするだけの理由があったはず。
『この男、誰かと勘違いをしているのかい?あるいは……』
フーケは頭に浮かんだ考えをすぐに打ち消す。
この男の殺気はただものではないとはいえ、平民である以上メイジにとって蚊ほどの脅威もない。
この男は銅銭を剣のようにしている。おそらく特殊なマジックアイテムを手に入れたのだろう。
それを使って罠を仕掛けようとしているのか?
たしかに奇襲や罠を仕掛けられればメイジといえど危うい。
だが常に奇襲や罠にかかってくれるはずもなく、失敗すればその時点で終了。
フーケの考えた『あるいは…』は成り立たない。おまけに、今この男はあからさまに殺気をぶつけ、正面から戦いを挑んできている。
どう考えてもフーケの独り相撲、杞憂にしか過ぎないはずだ。
「いったいどういうつもりか知らないけど、メイジ相手に平民が真正面からぶつかってくるだなんて。あからさますぎて怪しいねぇ。」
だが万一がある。カマをかけ、罠があるか否かを探ろうと試みる。
すると、逆に樊瑞は意外そうな顔をする。
「小娘。わしが左様な策を弄する人物に見えるか?」
ふん、と鼻で笑う樊瑞。さらに眼光は鋭くなり、震えるような殺気が襲い掛かってくるではないか。
樊瑞が銅銭剣を横に薙ぐ。
突風がフーケに襲い掛かる。風はローブを切り裂き、頬に鋭い傷がつく。赤い線が現れ、そこから血がにじみ出てくる。
カマイタチ、と並みのメイジならば判断するかもしれない。
だが、盗賊家業で修羅場馴れをしたフーケの目は、何が起きたのかを捉えていた。
剣を構成する銅銭が、まるで意思を持つように飛び掛ってきたのである。
魔力も何も感じない、ごく一般に流通している古銭にすぎぬものが、だ。
ぞくりと震えが背を走る。いったいこの男は何者なのか。いったい今、何をしたというのか。
そんなフーケの思考を見透かしたように、樊瑞が嗤う。
「いいことを教えてやろう。マチルダ・オブ・サウスゴータよ。わしは、貴様が考えたであろうことを実行しようとしている。そして実行するだけの力があるのだ。」」
フーケの背後から銅銭が飛び上がり、再び樊瑞の元に戻る。くるくると、木の葉のように樊瑞の周囲を回っている。
「わしの父を殺した容疑のある貴族は限られている。貴様の父親を入れても4名だ。ゆえにわしは考えた。この4名の中に犯人がいるはずなのだから皆殺しにしてやればよい、と。本人が死んでいたならば、その子を代わりに殺せばよいとな。」
それはフーケが打ち消した『あるいは…』という考えそのものであった。
一方、場所はうって変わってトリステイン魔法学院っ♥
季節は夏である。
地球で言えばヨーロッパに当たる経度に位置するハルケギニアは、日本と比べれば気候は穏やかである。
んが。それはあくまで比較しての話である。比べようが比べまいが、暑いものは暑いのである。
たしかに日本のように湿度の高い空気がまとわりつくような、じめっとした暑さではない。
しかし水という比熱が高い物質が存在しないということは、逆に言えば気温が上昇しやすいということである。
直に、太陽が大地を炙っているような感覚すら抱くこともままある。
もっとも、夜になれば気温も下がりやすいということだ。夕涼みに外へでれば、心地よい風が顔を撫でていく。
これで水を張ったタライを置いて、足でもつけて座っていればどんなに心地よいだろうか。
しかしそんなことをしている人間は、何百という学生を抱えるトリステイン魔法学院に1人もいない。
それもそのはず。なぜならば、今は夏。そしてここは学校。夏と学校を足して出てくる答えはただ一つ。
つまり夏休み期間中であった。イッツアサマーバケーションである。
実に2ヵ月半にも及ぶ、長い長い休みである。皆こぞって故郷に帰り、「勉強するのは愚か者だけである!」といわんばかりに遊び呆
け、思い出づくりにはげんでいるに違いない。うむ、実にうらやましい。
駄菓子菓子。いや、だがしかし。ここに夏休みにもかかわらず学院に残り、なにやら作業をしている集団がいた。
その集団の特徴を一言であらわすなら、「オヤジ臭い」である。
オヤジ臭い、だけで全ての説明が事足りるような雰囲気がある。集団を構成するあらゆるもの全てがオヤジ臭い。
空気もオヤジ臭かった。
放たれる言葉の一つ一つがオヤジ臭かった。
そしてなにより、濃かった。
「あー!もー!なんで乙女の部屋が加齢臭に満ち満ちていなきゃいけないのよ!」
ついに部屋の主である少女がかんしゃくを起こした。手にしていた前衛芸術的なオブジェと、針糸が宙に舞う。
ピンクブロンドの髪を持つ、発展途上国ッと表現するのが適切なボディの少女だ。
何を隠そう、いや隠す気なんてないのだが、この少女こそ物語の主人公
にして伝説の虚無の魔法を使いこなすメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。
「今日は3時間で爆発したか」
もうルイズの癇癪には慣れたといわんばかりに、目もくれず針を動かす学生服の少年。
ルイズにより、使い魔としてこの世界に召喚された、正義の超能力少年バビル2世である。
今は偽名として使う「ビッグ・ファイア」の名で呼ばれることも多い。
「昨日は昼前にはもう2回癇癪が爆発していたから、だいぶ成長したようだね。」
「うっさい!」
ベッドの上にいたルイズが、枕を掴んで投げつける。
「元はといえばあんたがどんどん野良を拾ってくるのが原因でしょう!」
「野良?」
窓際で、同じように針糸と格闘していた男が顔を上げる。
「わしらを動物扱いする気か、小娘。」
ルイズを睨みつける男。モノクルという片眼鏡をつけた、中年の男だ。
風体はまるで執事であるが、全体の雰囲気は軍人や格闘者だ。全身が燃えているような錯覚を抱くほど、強い生気が漲っている。
そんな男に睨みつけられ、ルイズは思わず……普通は手洗いですべきことをベッドの上でしそうになってしまう。
手元に杖があれば間違いなくすでに何十発とエクスプローションを放っていることだろう。
「まあ、そういきりたつなアルベルトよ。」
ピリピリとした男をなだめるように、柔和だか力強く、野太い声がする。
声の方向にいたのは老人だ。この年齢になると手元が見えにくいのだろう。老眼鏡を嵌め、同じように縫い物をしている。
「わしらが野良だったのは事実ではないかね?」
にやっと嗤う老人。いい笑顔だ。おもわずつられて微笑んでしまう、そういう笑顔だ。
この2人は人間ではない。遥か昔に、遠い星からやってきた人間が作り出した無性生殖人間なのだ。
人造人間地球監視者、アルベルトとカワラザキだ。中年のほうがアルベルトで、老人のほうがカワラザキである。
もっとも2人には本来名前などない。あくまで、便宜上つけられた名前である。
老人の言葉に気を抜かれたのか、アルベルトはフンと鼻息を鳴らし視線を外すと、再び針糸と格闘を再開する。
「そんなことより」と、枕を掴んで顔から離すバビル2世。
「ルイズの服は縫い終わったのかい?」
痛いところを突かれたといわんばかりに、ウッと息が詰まるルイズ。その様子を見て、顔を背けた3人がクスクスと笑う。
「で、できたわよ。というか、わたしは別に服を繕いなおす必要なんてないんだから、あれでいいのよ。」
明らかに負け惜しみです、と顔に書いてあるルイズ。
「そうなのかい?たしか最初は、『こんなボロッちい服なんて、着たくない』って言っていたような…」
「気が変わったのよ!悪い!?」
ふー、ふー、と噛み付きそうな勢いで怒鳴るルイズ。これ以上触れると本当に噛み付いてくると、バビル2世はからかうのを止める。
大の男が3人、揃いも揃って何をしているのかというと、古着屋で買ってきたもののなかから自分に合う服を見繕い、仕立て直してい
るのである。
季節は夏である。
地球で言えばヨーロッパに当たる経度に位置するハルケギニアは、日本と比べれば気候は穏やかである。
んが。それはあくまで比較しての話である。比べようが比べまいが、暑いものは暑いのである。
たしかに日本のように湿度の高い空気がまとわりつくような、じめっとした暑さではない。
しかし水という比熱が高い物質が存在しないということは、逆に言えば気温が上昇しやすいということである。
直に、太陽が大地を炙っているような感覚すら抱くこともままある。
もっとも、夜になれば気温も下がりやすいということだ。夕涼みに外へでれば、心地よい風が顔を撫でていく。
これで水を張ったタライを置いて、足でもつけて座っていればどんなに心地よいだろうか。
しかしそんなことをしている人間は、何百という学生を抱えるトリステイン魔法学院に1人もいない。
それもそのはず。なぜならば、今は夏。そしてここは学校。夏と学校を足して出てくる答えはただ一つ。
つまり夏休み期間中であった。イッツアサマーバケーションである。
実に2ヵ月半にも及ぶ、長い長い休みである。皆こぞって故郷に帰り、「勉強するのは愚か者だけである!」といわんばかりに遊び呆
け、思い出づくりにはげんでいるに違いない。うむ、実にうらやましい。
駄菓子菓子。いや、だがしかし。ここに夏休みにもかかわらず学院に残り、なにやら作業をしている集団がいた。
その集団の特徴を一言であらわすなら、「オヤジ臭い」である。
オヤジ臭い、だけで全ての説明が事足りるような雰囲気がある。集団を構成するあらゆるもの全てがオヤジ臭い。
空気もオヤジ臭かった。
放たれる言葉の一つ一つがオヤジ臭かった。
そしてなにより、濃かった。
「あー!もー!なんで乙女の部屋が加齢臭に満ち満ちていなきゃいけないのよ!」
ついに部屋の主である少女がかんしゃくを起こした。手にしていた前衛芸術的なオブジェと、針糸が宙に舞う。
ピンクブロンドの髪を持つ、発展途上国ッと表現するのが適切なボディの少女だ。
何を隠そう、いや隠す気なんてないのだが、この少女こそ物語の主人公
にして伝説の虚無の魔法を使いこなすメイジ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。
「今日は3時間で爆発したか」
もうルイズの癇癪には慣れたといわんばかりに、目もくれず針を動かす学生服の少年。
ルイズにより、使い魔としてこの世界に召喚された、正義の超能力少年バビル2世である。
今は偽名として使う「ビッグ・ファイア」の名で呼ばれることも多い。
「昨日は昼前にはもう2回癇癪が爆発していたから、だいぶ成長したようだね。」
「うっさい!」
ベッドの上にいたルイズが、枕を掴んで投げつける。
「元はといえばあんたがどんどん野良を拾ってくるのが原因でしょう!」
「野良?」
窓際で、同じように針糸と格闘していた男が顔を上げる。
「わしらを動物扱いする気か、小娘。」
ルイズを睨みつける男。モノクルという片眼鏡をつけた、中年の男だ。
風体はまるで執事であるが、全体の雰囲気は軍人や格闘者だ。全身が燃えているような錯覚を抱くほど、強い生気が漲っている。
そんな男に睨みつけられ、ルイズは思わず……普通は手洗いですべきことをベッドの上でしそうになってしまう。
手元に杖があれば間違いなくすでに何十発とエクスプローションを放っていることだろう。
「まあ、そういきりたつなアルベルトよ。」
ピリピリとした男をなだめるように、柔和だか力強く、野太い声がする。
声の方向にいたのは老人だ。この年齢になると手元が見えにくいのだろう。老眼鏡を嵌め、同じように縫い物をしている。
「わしらが野良だったのは事実ではないかね?」
にやっと嗤う老人。いい笑顔だ。おもわずつられて微笑んでしまう、そういう笑顔だ。
この2人は人間ではない。遥か昔に、遠い星からやってきた人間が作り出した無性生殖人間なのだ。
人造人間地球監視者、アルベルトとカワラザキだ。中年のほうがアルベルトで、老人のほうがカワラザキである。
もっとも2人には本来名前などない。あくまで、便宜上つけられた名前である。
老人の言葉に気を抜かれたのか、アルベルトはフンと鼻息を鳴らし視線を外すと、再び針糸と格闘を再開する。
「そんなことより」と、枕を掴んで顔から離すバビル2世。
「ルイズの服は縫い終わったのかい?」
痛いところを突かれたといわんばかりに、ウッと息が詰まるルイズ。その様子を見て、顔を背けた3人がクスクスと笑う。
「で、できたわよ。というか、わたしは別に服を繕いなおす必要なんてないんだから、あれでいいのよ。」
明らかに負け惜しみです、と顔に書いてあるルイズ。
「そうなのかい?たしか最初は、『こんなボロッちい服なんて、着たくない』って言っていたような…」
「気が変わったのよ!悪い!?」
ふー、ふー、と噛み付きそうな勢いで怒鳴るルイズ。これ以上触れると本当に噛み付いてくると、バビル2世はからかうのを止める。
大の男が3人、揃いも揃って何をしているのかというと、古着屋で買ってきたもののなかから自分に合う服を見繕い、仕立て直してい
るのである。
なぜこのようなことをしているのか、多少の説明が必要だろう。
それは3日前のことである。
さあ、明日から夏休みよ!と鼻息も荒いルイズの前に、一羽の伝書フクロウが現れたことが全ての始まりであった。
そのフクロウが運んできたのはアンリエッタからの秘密指令であった。身分を隠して情報収集をして欲しいというのだ。
「名づけて影丸旅日記作戦」とわざわざ直筆で書かれていたのは少し気になる。王女様は意外とお茶目なようだ。
最初は、
「なんだか、地味な仕事ね…。」
とあまり乗り気ではないルイズであったが、バビル2世に、
「ならやらないのかい?」
といわれるやふふんと鼻を鳴らし、
「御宸翰を受け取った以上、臣下の身としては謹んで拝領する以外に道なんてあるわけないでしょ!」
即座にトリスタニアへ出発したのである。
そこでまず財務庁を訪ね、同封されていた手形を現金に換えた。新金貨で600枚、合計400エキューもの大金だ。
その金で古着屋で服を何着も購入。再度学院まで戻り、現在ほつれや破れ、ほころびを修繕し、仕立て直しているのである。
なにしろこの世界、既製品の服などというものは存在しない。
平民にとって、服は母親が適当に作るか、ちょっと金があれば仕立て屋に頼み着たきりスズメになるか、あるいは盗んでくるかぐらいしか入手方法がないのだ。
当然、服は体の形にピッタリになる。
なぜならば服が破れたとして、新しいものを作り直したり、買いなおしたりなどということはできるないからだ。
当然その部分にツギをあてたり、修繕をしていくことになる。
そうしていくうちに服は形を変え、自然と着ている者の体の形になっていくのである。
なぜならばやぶれるということは、そこが身体に比べて小さいということである。
そこを直そうとすれば、少し服が余裕を持つように修繕してやるしか方法はない。
それを繰り返していいくうちに、どんどん服は着ている人間の体の形になっていく、というわけである。
つまり卸したてでもない服を着ているのに服が身体の形にあっていなければ、それだけで怪しいということである。
カンの鋭い人間、観察力のある人間はそれだけで警戒する。よく受け取ってもらえてこそ泥、悪ければ正体がばれて水死体もありうる。
これから身分を隠し情報収集しようという人間がそれでは如何ともしがたい。というか情報を仕入れる以前の問題だ。
というわけで、自分の身体に合うように服を直しているのであった。
さて、賢明なる読者諸君はここで、バビル2世はともかくなぜアルベルトたちも服を治しているのか、という疑問をもつだろう。
その疑問はもっともである。よって、ここで簡単に解説をする。
先日のルイズ誘拐未遂のせいだ。
なぜならばそれはヨミがルイズの重要性、危険性に気づいたということに他ならないからだ。
タルブ草原の戦いにおいて、突如現れアルビオン艦隊を撃滅した謎の光。あの威力を目の当たりにして恐れぬものはいないだろう。
ヨミのロボットを全て破壊した恐ろしい『光』。船の光は消え、動いている機械は全て止まり。
あの『光』は艦隊すべてのエネルギーを吸いとったように大きくなり、そして爆発した。
その『光の球』こそが、ルイズの創ったもの。恐るべき最強の力『虚無』なのだ。
おそらくヨミは光球の正体を探ったに違いない。そして、とうとうルイズにたどり着いた。
それは予想できたことだ。なぜならばヨミの部下にはペドというルイズの元婚約者がいる。
あのペドという男は、ルイズが虚無の使い手であるということを知っていたという。
そしてバビル2世の正体と、ガンダールヴなるものについても、知っていた。
常識的に考えて、ペドのそういった報告はヨミの手元に渡っているはずだ。
なんらかの手違いで渡っていなくとも、あのときルイズが呪文を詠唱している姿を目撃されていた可能性は高い。
そこまでの情報が揃っていて、ルイズと光を結び付けぬようなヨミではない。間違っていて元々、と誘拐を指示して不思議ではない。
そもそもルイズを誘拐することにはかなりのメリットがあったのだ。
なぜなら、ルイズはバビル2世を使い魔として召喚した人間だ。人質にすれば、これほど強力な武器はない。
そこにさらに誘拐をこころみるべき材料が加わったのだ。たとえヨミでなくともルイズを誘拐しろ、と檄を飛ばすだろう
前回は運よく何者かがルイズを助けてくれたおかげで事なきを得た。しかし2度、3度と続くわけがない。
そんなことはコーラを飲めばげっぷが出ることよりも確実だ。放置しておくのは、誘拐してくださいと頼み込むようなものである。
と、いうことでバビル2世たちによるルイズの護衛が始まったのである。
バビル2世1人ならば前のように虚をついて誘拐される危険性がある。
しかし、3人、4人といればその危険性は激減する。おまけにこのメンバーだ。
誘拐できるならしてみやがれべらぼうめ!って感じである。
そんなこんなで古着屋で適当に買い求めた服の仕立て直しが始まったのであったった。
しかし揃いも揃って針糸など持ったことがないという親父ばっかりであったため、作業は困難を極めた。
縫っては戻り、戻っては縫いを繰り返し、どうにか3人の作業に終わりが見えて来たのは今朝の8時を回ったころであった。
それは3日前のことである。
さあ、明日から夏休みよ!と鼻息も荒いルイズの前に、一羽の伝書フクロウが現れたことが全ての始まりであった。
そのフクロウが運んできたのはアンリエッタからの秘密指令であった。身分を隠して情報収集をして欲しいというのだ。
「名づけて影丸旅日記作戦」とわざわざ直筆で書かれていたのは少し気になる。王女様は意外とお茶目なようだ。
最初は、
「なんだか、地味な仕事ね…。」
とあまり乗り気ではないルイズであったが、バビル2世に、
「ならやらないのかい?」
といわれるやふふんと鼻を鳴らし、
「御宸翰を受け取った以上、臣下の身としては謹んで拝領する以外に道なんてあるわけないでしょ!」
即座にトリスタニアへ出発したのである。
そこでまず財務庁を訪ね、同封されていた手形を現金に換えた。新金貨で600枚、合計400エキューもの大金だ。
その金で古着屋で服を何着も購入。再度学院まで戻り、現在ほつれや破れ、ほころびを修繕し、仕立て直しているのである。
なにしろこの世界、既製品の服などというものは存在しない。
平民にとって、服は母親が適当に作るか、ちょっと金があれば仕立て屋に頼み着たきりスズメになるか、あるいは盗んでくるかぐらいしか入手方法がないのだ。
当然、服は体の形にピッタリになる。
なぜならば服が破れたとして、新しいものを作り直したり、買いなおしたりなどということはできるないからだ。
当然その部分にツギをあてたり、修繕をしていくことになる。
そうしていくうちに服は形を変え、自然と着ている者の体の形になっていくのである。
なぜならばやぶれるということは、そこが身体に比べて小さいということである。
そこを直そうとすれば、少し服が余裕を持つように修繕してやるしか方法はない。
それを繰り返していいくうちに、どんどん服は着ている人間の体の形になっていく、というわけである。
つまり卸したてでもない服を着ているのに服が身体の形にあっていなければ、それだけで怪しいということである。
カンの鋭い人間、観察力のある人間はそれだけで警戒する。よく受け取ってもらえてこそ泥、悪ければ正体がばれて水死体もありうる。
これから身分を隠し情報収集しようという人間がそれでは如何ともしがたい。というか情報を仕入れる以前の問題だ。
というわけで、自分の身体に合うように服を直しているのであった。
さて、賢明なる読者諸君はここで、バビル2世はともかくなぜアルベルトたちも服を治しているのか、という疑問をもつだろう。
その疑問はもっともである。よって、ここで簡単に解説をする。
先日のルイズ誘拐未遂のせいだ。
なぜならばそれはヨミがルイズの重要性、危険性に気づいたということに他ならないからだ。
タルブ草原の戦いにおいて、突如現れアルビオン艦隊を撃滅した謎の光。あの威力を目の当たりにして恐れぬものはいないだろう。
ヨミのロボットを全て破壊した恐ろしい『光』。船の光は消え、動いている機械は全て止まり。
あの『光』は艦隊すべてのエネルギーを吸いとったように大きくなり、そして爆発した。
その『光の球』こそが、ルイズの創ったもの。恐るべき最強の力『虚無』なのだ。
おそらくヨミは光球の正体を探ったに違いない。そして、とうとうルイズにたどり着いた。
それは予想できたことだ。なぜならばヨミの部下にはペドというルイズの元婚約者がいる。
あのペドという男は、ルイズが虚無の使い手であるということを知っていたという。
そしてバビル2世の正体と、ガンダールヴなるものについても、知っていた。
常識的に考えて、ペドのそういった報告はヨミの手元に渡っているはずだ。
なんらかの手違いで渡っていなくとも、あのときルイズが呪文を詠唱している姿を目撃されていた可能性は高い。
そこまでの情報が揃っていて、ルイズと光を結び付けぬようなヨミではない。間違っていて元々、と誘拐を指示して不思議ではない。
そもそもルイズを誘拐することにはかなりのメリットがあったのだ。
なぜなら、ルイズはバビル2世を使い魔として召喚した人間だ。人質にすれば、これほど強力な武器はない。
そこにさらに誘拐をこころみるべき材料が加わったのだ。たとえヨミでなくともルイズを誘拐しろ、と檄を飛ばすだろう
前回は運よく何者かがルイズを助けてくれたおかげで事なきを得た。しかし2度、3度と続くわけがない。
そんなことはコーラを飲めばげっぷが出ることよりも確実だ。放置しておくのは、誘拐してくださいと頼み込むようなものである。
と、いうことでバビル2世たちによるルイズの護衛が始まったのである。
バビル2世1人ならば前のように虚をついて誘拐される危険性がある。
しかし、3人、4人といればその危険性は激減する。おまけにこのメンバーだ。
誘拐できるならしてみやがれべらぼうめ!って感じである。
そんなこんなで古着屋で適当に買い求めた服の仕立て直しが始まったのであったった。
しかし揃いも揃って針糸など持ったことがないという親父ばっかりであったため、作業は困難を極めた。
縫っては戻り、戻っては縫いを繰り返し、どうにか3人の作業に終わりが見えて来たのは今朝の8時を回ったころであった。
はぁー、と深くため息をついてルイズが立ち上がる。服はこの3日着たきりスズメである。一々着替えている暇がなかったのだ。
ルイズは魔法が使えない、と思われていたため幼少のころから、母親によりテッテ的に針糸の使い方を仕込まれた。
しかし、縫い物には魔法以上に才能がなかった、と酷評されたほど、ルイズの指は針を持つことに向いていないらしかった。
ここまで魔法のように順調に古着を布切れに変え続けている。
先ほどの癇癪の原因も、オヤジ臭さがというよりは遅々として進まないどころかむしろ後退している感のある仕立て直し作業に我慢できなくなって、というほうが適切だろう。
立ち上がったルイズはズカズカと大股開きで扉まで歩いていく。そしてドアノブを掴み、捻って押す。
「どこにいくんだい?」
バビル2世が尋ねる。
「気分転換。あんたらが出て行って作業するわけに行かないから、こっちが出て行くしかないでしょ。」
そう。この任務は極秘なため、仕立て直しすら外部の目に触れぬよう作業を行う必要性があったのだ。
何度も言うが季節は夏である。
しかし万一にも虫や鳥を使い魔にした人間に作業を見られてはいけないと、窓や扉を締め切り、カーテンを閉じているのだった。
カワラザキが冷凍能力を持っているため室温自体はそれほど高くないものの、内部は空気が滞留し非常に息苦しい。
部屋から抜け出たルイズは大きく深呼吸をする。夏の太陽に温められた空気が、肺一杯に吸い込まれる。
だが、非常に美味しく感じる。
この空気を吸ったルイズが考えたのは、よくあんな空気の部屋に長時間いれたものだ、というものだった。
「たぶん中の環境が悪いせいでわたしの本来の力が発揮できなかったんだわ。」
突然妙な結論にぶっ飛ぶルイズ。
どうやら中で上手く縫い物ができなかったのは自分のせいではなく、中の空気が汚れていたからだといいわけしたいらしい。
「うーん。でも、中に入らないと縫い物はできないし、困ったわね。」
わざとらしいルイズ。どうやらなにかを企んでいるようだ。チラッチラッと誰かを探しているように、視線を周囲に送る。
ルイズが探しているのは変態仮面こと、白昼の残月であった。
なぜか、残月は妙に針仕事が上手かったのである。本人曰く、「空軍は男所帯ゆえ、破れた服は自分で繕うしかないと、幼少のころから針運びを叩き込まれた」からだという。
しかし、幼少のころから叩き込まれたのはルイズも同じはず。
むしろ仕込んだ人間が仕込んだ人間なのでより厳しかったのではないだろうか。いや、間違いなく厳しかった。あれは虐待に近かった。
「たぶん厳しく教えられすぎて拒否反応を起こしたのよ」
と述懐するのはルイズである。都合の良い考えだが、案外そうなのかもしれない。
「というか、わたしは貴族なんだし、こういう針仕事なんてメイドや仕立て屋に任せるものよね。そりゃあ昔は勉強したけど、あれはまだ
虚無の魔法が目覚めなかったころで、身を立てる手段として教え込まれたに過ぎないわけだし。魔法が使えるようになった今は、もう針が使えなくても問題ないわよね。」
そんなことを呟きながら残月を探し回るルイズ。なんのことはない、残月に自分の服を直させるつもりなのだ。
今の呟きはわかりやすく言うと自分へのいいわけである。
寮の窓から外を見る。閑散としていて人の気配はない。
しかし、自分たち以外にも何人か生徒は何名か残っているらしいのは知っている。
そんなルイズの視界にどこかで見た変な帽子と覆面が飛び込んできた。
「あ、いた。……って、ギーシュとマリコルヌ?」
寮の廊下の窓から、外を覗く。眼下、アルヴィーズの食堂の前に陣幕が張られ、その中で料理を囲んで残月とギーシュ、そしてマリ
コルヌがいるのだ。
「……なにやってんのよ、あいつら」
思わず頭が痛くなるルイズ。頭痛が痛くて嫌な予感を感じるのだ。
ルイズは魔法が使えない、と思われていたため幼少のころから、母親によりテッテ的に針糸の使い方を仕込まれた。
しかし、縫い物には魔法以上に才能がなかった、と酷評されたほど、ルイズの指は針を持つことに向いていないらしかった。
ここまで魔法のように順調に古着を布切れに変え続けている。
先ほどの癇癪の原因も、オヤジ臭さがというよりは遅々として進まないどころかむしろ後退している感のある仕立て直し作業に我慢できなくなって、というほうが適切だろう。
立ち上がったルイズはズカズカと大股開きで扉まで歩いていく。そしてドアノブを掴み、捻って押す。
「どこにいくんだい?」
バビル2世が尋ねる。
「気分転換。あんたらが出て行って作業するわけに行かないから、こっちが出て行くしかないでしょ。」
そう。この任務は極秘なため、仕立て直しすら外部の目に触れぬよう作業を行う必要性があったのだ。
何度も言うが季節は夏である。
しかし万一にも虫や鳥を使い魔にした人間に作業を見られてはいけないと、窓や扉を締め切り、カーテンを閉じているのだった。
カワラザキが冷凍能力を持っているため室温自体はそれほど高くないものの、内部は空気が滞留し非常に息苦しい。
部屋から抜け出たルイズは大きく深呼吸をする。夏の太陽に温められた空気が、肺一杯に吸い込まれる。
だが、非常に美味しく感じる。
この空気を吸ったルイズが考えたのは、よくあんな空気の部屋に長時間いれたものだ、というものだった。
「たぶん中の環境が悪いせいでわたしの本来の力が発揮できなかったんだわ。」
突然妙な結論にぶっ飛ぶルイズ。
どうやら中で上手く縫い物ができなかったのは自分のせいではなく、中の空気が汚れていたからだといいわけしたいらしい。
「うーん。でも、中に入らないと縫い物はできないし、困ったわね。」
わざとらしいルイズ。どうやらなにかを企んでいるようだ。チラッチラッと誰かを探しているように、視線を周囲に送る。
ルイズが探しているのは変態仮面こと、白昼の残月であった。
なぜか、残月は妙に針仕事が上手かったのである。本人曰く、「空軍は男所帯ゆえ、破れた服は自分で繕うしかないと、幼少のころから針運びを叩き込まれた」からだという。
しかし、幼少のころから叩き込まれたのはルイズも同じはず。
むしろ仕込んだ人間が仕込んだ人間なのでより厳しかったのではないだろうか。いや、間違いなく厳しかった。あれは虐待に近かった。
「たぶん厳しく教えられすぎて拒否反応を起こしたのよ」
と述懐するのはルイズである。都合の良い考えだが、案外そうなのかもしれない。
「というか、わたしは貴族なんだし、こういう針仕事なんてメイドや仕立て屋に任せるものよね。そりゃあ昔は勉強したけど、あれはまだ
虚無の魔法が目覚めなかったころで、身を立てる手段として教え込まれたに過ぎないわけだし。魔法が使えるようになった今は、もう針が使えなくても問題ないわよね。」
そんなことを呟きながら残月を探し回るルイズ。なんのことはない、残月に自分の服を直させるつもりなのだ。
今の呟きはわかりやすく言うと自分へのいいわけである。
寮の窓から外を見る。閑散としていて人の気配はない。
しかし、自分たち以外にも何人か生徒は何名か残っているらしいのは知っている。
そんなルイズの視界にどこかで見た変な帽子と覆面が飛び込んできた。
「あ、いた。……って、ギーシュとマリコルヌ?」
寮の廊下の窓から、外を覗く。眼下、アルヴィーズの食堂の前に陣幕が張られ、その中で料理を囲んで残月とギーシュ、そしてマリ
コルヌがいるのだ。
「……なにやってんのよ、あいつら」
思わず頭が痛くなるルイズ。頭痛が痛くて嫌な予感を感じるのだ。
豪勢な料理を囲み、3人が杯を掲げている。
その3人の傍に一つの服が置かれていた。
アルビオン空軍などで水兵が着ている服だ。
ただすこし違ったのは、それはスカートがつけられており女性向けに改造されているということだ。
この服は古着屋で買ってきたものの中に紛れ込んでいたのである。
それを見てバビル2世が、つい懐かしくセーラー服の話をしたのがそもそもの間違いであった。
本能的にその話からなにかを嗅ぎつけた残月は、さっさと自分用の服を仕立て直すと、即座に水兵服の改良を行ったのである。
そして完成した服を、頼み込んでシエスタに着てもらったのである。
普段から曽祖父が世話になっていることを知っているシエスタは『うわ、うぜぇ』と心底思ったが、恩もあることだし我慢して着たのである。
残月はその姿を見て、「ああ、従姉妹にふられても、これが見えたからいいや」などと思っていた。実にダメ人間であった。
後に残月はそのときの感想を聞かれこう語っている。
「水兵服と、女の子。今まで想像もしなかった絶妙な組み合わせです。しかし、まさかあれほどの威力があるとは……正直言って、想定外でした。まるで、そう、まるであの服には魅了の魔法がかかっているようでした。」
そこに現れたのが、ギーシュとマリコルヌであった。
「なんだこのけしからん衣装は!」といいつつ食い入るようにシエスタを見つめる二人を見て、残月は全てを理解していた。
ギーシュとマリコルヌもまた、言葉を交わさぬとも全てを理解した。
我々は同士だ、と。
ちなみに、これ以上頭が痛いのが増えてはたまらないと、シエスタは当の昔にスタコラさっさであった。
その3人の傍に一つの服が置かれていた。
アルビオン空軍などで水兵が着ている服だ。
ただすこし違ったのは、それはスカートがつけられており女性向けに改造されているということだ。
この服は古着屋で買ってきたものの中に紛れ込んでいたのである。
それを見てバビル2世が、つい懐かしくセーラー服の話をしたのがそもそもの間違いであった。
本能的にその話からなにかを嗅ぎつけた残月は、さっさと自分用の服を仕立て直すと、即座に水兵服の改良を行ったのである。
そして完成した服を、頼み込んでシエスタに着てもらったのである。
普段から曽祖父が世話になっていることを知っているシエスタは『うわ、うぜぇ』と心底思ったが、恩もあることだし我慢して着たのである。
残月はその姿を見て、「ああ、従姉妹にふられても、これが見えたからいいや」などと思っていた。実にダメ人間であった。
後に残月はそのときの感想を聞かれこう語っている。
「水兵服と、女の子。今まで想像もしなかった絶妙な組み合わせです。しかし、まさかあれほどの威力があるとは……正直言って、想定外でした。まるで、そう、まるであの服には魅了の魔法がかかっているようでした。」
そこに現れたのが、ギーシュとマリコルヌであった。
「なんだこのけしからん衣装は!」といいつつ食い入るようにシエスタを見つめる二人を見て、残月は全てを理解していた。
ギーシュとマリコルヌもまた、言葉を交わさぬとも全てを理解した。
我々は同士だ、と。
ちなみに、これ以上頭が痛いのが増えてはたまらないと、シエスタは当の昔にスタコラさっさであった。
チヤッポー
と、水に石が落ちたような音。
アルヴィーズ食堂の前、急遽作られた陣幕。
そこにマルトーを脅して無理矢理作らせた料理が運ばれてくる。
あたりにはどこから運んできたのか、花をつけた桃の木が何十と植えられている。
その料理を囲み、3人が席に着く。
「ここにいる3名は、薔薇だ。薔薇は女性を守るためにある。」
ギーシュが口を開いた。
「つまり我らは、世界中のかわいい女の子を守るために存在しているといっても過言ではないだろう。」
残月が頷く。
「そうしていれば、いつか彼女ができるよね!?」
マリコルヌが続けた。
「当然だ!」
「だが、1人に絞ることは難しいかもしれない…」
ギーシュがため息をつく。
「それはそれで仕方がない。1人に絞り、多くのご婦人を悲しませるのは悪だ。」
「つまり浮気も仕方がない!」
「当然だ!」
ドンと机を叩く残月。
「むしろ、浮気は正義だ。我々にとっては。」
「でも、いま彼女はいるのかい?」
マリコルヌが、自分だけ仲間はずれかと怯えながら問う。
途端に沈黙する2人。
「それがし思うに。今は準備の時期なのだろう。」
「準備?」
「うむ。より高いところに昇るために身体を慣らすように、ジャンプするときにいったん腰をかがめるように、何もない時期はあるのだ。」
「そうだ。今、ぼくに彼女がいないのは準備の時期なんだ。」
ギーシュが力強くマリコルヌの手を握る。
「マリコルヌも、そのはずだ。いつかモテ期がやってきて、対処できなくなるに違いないんだ。」
「大変だ。」
「だがこれも宿命。いまのつかの間の休みを教授すべきだろう。」
残月の言葉に深く頷く2人。
「どうだろう。女の子のためにある我ら薔薇3人で、義兄弟の盃を交わしてみては。」
「ふむ。おもしろい。我ら3人で、女の子の美しさをより深く追求していこうというのだな。」
「あるときは熱く、あるときは静かに、優雅に語り合う義兄弟だ。」
「おう。」
3人が、盃を取り、掲げた。
「我ら天に誓う。我ら生まれた日は違えども、死すときは同じ日、同じ時を願わん!」
そして中の酒を一気に飲み干した。
後に名高くもなんともない義兄弟の契りであった。
アルヴィーズ食堂の前、急遽作られた陣幕。
そこにマルトーを脅して無理矢理作らせた料理が運ばれてくる。
あたりにはどこから運んできたのか、花をつけた桃の木が何十と植えられている。
その料理を囲み、3人が席に着く。
「ここにいる3名は、薔薇だ。薔薇は女性を守るためにある。」
ギーシュが口を開いた。
「つまり我らは、世界中のかわいい女の子を守るために存在しているといっても過言ではないだろう。」
残月が頷く。
「そうしていれば、いつか彼女ができるよね!?」
マリコルヌが続けた。
「当然だ!」
「だが、1人に絞ることは難しいかもしれない…」
ギーシュがため息をつく。
「それはそれで仕方がない。1人に絞り、多くのご婦人を悲しませるのは悪だ。」
「つまり浮気も仕方がない!」
「当然だ!」
ドンと机を叩く残月。
「むしろ、浮気は正義だ。我々にとっては。」
「でも、いま彼女はいるのかい?」
マリコルヌが、自分だけ仲間はずれかと怯えながら問う。
途端に沈黙する2人。
「それがし思うに。今は準備の時期なのだろう。」
「準備?」
「うむ。より高いところに昇るために身体を慣らすように、ジャンプするときにいったん腰をかがめるように、何もない時期はあるのだ。」
「そうだ。今、ぼくに彼女がいないのは準備の時期なんだ。」
ギーシュが力強くマリコルヌの手を握る。
「マリコルヌも、そのはずだ。いつかモテ期がやってきて、対処できなくなるに違いないんだ。」
「大変だ。」
「だがこれも宿命。いまのつかの間の休みを教授すべきだろう。」
残月の言葉に深く頷く2人。
「どうだろう。女の子のためにある我ら薔薇3人で、義兄弟の盃を交わしてみては。」
「ふむ。おもしろい。我ら3人で、女の子の美しさをより深く追求していこうというのだな。」
「あるときは熱く、あるときは静かに、優雅に語り合う義兄弟だ。」
「おう。」
3人が、盃を取り、掲げた。
「我ら天に誓う。我ら生まれた日は違えども、死すときは同じ日、同じ時を願わん!」
そして中の酒を一気に飲み干した。
後に名高くもなんともない義兄弟の契りであった。