あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

S-O2 星の使い魔-06


「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
 決闘の舞台たるヴェストリの広場は、異様な空気に包まれていた。
 それは荘厳なまでに重々しく、静かで、孤独で。

 ああ、これこそが互いの誇りを賭けた、本当の『決闘』なのだ。
 これより始まるのは、子どもの喧嘩などでは断じてない。
 二人の少年の全身全霊を賭けた戦いに嵐を予感し、生徒たちは戦慄した。

「本当に構わないのかい、ルイズ?」
「いい機会だわ。現実と礼儀を叩き込んでやってちょうだい」
 眼前に立つ不遜なる平民、その主たる少女のお墨付きを得てギーシュは獰猛な笑みを浮かべる。
 わが一族を貶めたその罪、いかに贖わせてくれよう。

「ど、どうしてそんな言い方をするんですか……? 酷いです……」
 恨めしそうなシエスタの声に、ルイズは唇を噛む。
 自分だって使い魔のことが心配でないと言えば嘘になる。
 だが、彼女はこれ以外にこの場における言葉を知らないのだ。
 せいぜい『痛い目』止まりで済むことを祈るしかない。

「……」
 周囲のざわつきを無視して、その横でクロードは黙々とウォームアップをしている。
 指を絡めて伸びをすると、ポキリポキリと小気味良い音がした。

 糞餓鬼が、フェイズガンで粉々に吹き飛ばしてやろうか。
 ドス黒い衝動が体の奥底から湧き上がる。
 いっそ、これに身を任せられるならばどれほど楽だろう。
 だが、それは理性と感情の双方から否定される。

 下手に文明の利器に頼り、回りからゴチャゴチャと文句を言われるのは面倒だ。
 誰の目にもわかるような形で、キッチリと叩きのめして差し上げなくては。

 それにこれは、自分が努力して手に入れた力ではない。
 惑星ミロキニアの探索中に、父から預かったものでしかないじゃないか。
 自分の喧嘩に借り物の力を、ましてや父の力を使うのは、クロードのプライドが許さなかった。


「僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」
「喧嘩に卑怯も糞もあるかよ」
 あくまでも気取った態度を崩さないギーシュに、興味無さげに吐き捨てるクロード。
 これ以上の言葉のやりとりは無意味だと判断したのか、ギーシュは薔薇を振りかざし、
 花びらが一枚落ちると、何も無かった大地から戦乙女を模した青銅の像が生まれる。
 ほう、とクロードが感心したように目を丸くする。

「さっきの授業でやってた錬金の応用か」
「その通り。これが僕の、『青銅』のギーシュの力、ゴーレムのワルキューレだ」
「成る程、如何にも君らしい。好事家に見せれば良い値が付きそうだ」
「言ったな! すぐにその下賎な口を利けなくしてやる!」

 ギーシュが号令をかけると、ワルキューレは疾風のごとくクロードに踊りかかった。
 思わぬスピードに一瞬戸惑うが、咄嗟に地面を転がって避けるクロード。
 さらに連続で突き出される青銅の拳を、左右のステップで巧みに避けていく。

「どうした、逃げてばかりでは勝負にならないだろう!」
 ギーシュの挑発を聞き流し、クロードは脳内の回路をフル稼働させる。
 なるほど、速い。それにパワーもある。

 だが、それだけだ。
 確かにスピードや馬力はあるが、動きそのものは単調、大雑把で無駄が多い。
 要するに、さほど出来の宜しくない人型戦闘マシンだと思えば良い。
 素手で相手をするには厄介な相手だが、対処法が無いわけではない。
 基本は相手の自重を利用することと、構造の弱い部分を狙うこと。

 繰り返される何度目かの突撃。
 馬鹿の一つ覚えとはこのこと、既にタイミングは見切っている!

「てぇいっ!」
 突撃してきたワルキューレを紙一重でかわし、その膝にすれ違い様に踏み折るように蹴りを入れる。
 青銅の足がぐにゃりと曲がり、大きくバランスを崩したところで
 後ろに回り込んで反対の足を払うと、ワルキューレは重力に抗う術を失って大地へと吸い寄せられる。
 そして完全に崩れ落ちる前に後ろから当身を入れ、うつ伏せに倒れた後頭部を追い討ちで踏み潰す。

 この一連の動きは5秒に満たない。
 踏み潰されたワルキューレはクロードを乗せたまま起き上がろうと足掻くが、
 首筋を狙ったストンピングを数発入れると、やがて沈黙した。

 母さんならば3秒、それも最初の一撃で終ってるな。
 静まり返った聴衆を尻目に、己の未熟さに苦笑するクロード。
 額に浮かんだ汗を拭いながら誰にも聞こえないように呟き、ギーシュへと向き直る。
 その表情には驚きと幾許かの余裕。
 ちえっ、これはウォーミングアップかよ。
 果たして、ギーシュの手から二度、三度と薔薇が振られると、新たに6体のワルキューレが具現した。

「どうやら君を見縊っていたらしい、本気でいかせてもらおう。
 これこそが僕の全力、7体のワルキューレを使役する力さ。
 1体は君に倒されてしまったけれど、この数を相手に何処まで戦えるかな?」





「意外と頑張るわね、彼。そう思わない、タバサ?」
「……」
 上空に舞う竜の背に、対照的な体格をした女子の影二つ。
 キュルケとその友人のタバサである。
 タバサの使い魔である風竜シルフィードの背中から、二人の決闘を観戦していたのだ。
 正確にはただの風竜ではないのだが、それはここでは置いておく。

 基本的に守勢に回っているクロードであるが、
 隙を見つけては蹴りや掌底を入れ、足を払って地面に叩きつけ、ワルキューレ同士を激突させたりしている。
 金属のゴーレムを、魔法の使えない生身の人間が相手にするには、実に理に適った攻撃手段と言えるだろう。

(やっぱり、あれは特別な訓練を受けた人間の動き。素人に出来る戦い方じゃない)
 タバサの眉が微かに動き、眼鏡のフレームが陽光を受けて光る。
 タイマンの喧嘩と対多数の戦闘は根本的に別物であり、なかなか経験の無い人間が即興で対応できるものではない。
 囲まれないためのフットワーク、バックを取らせない位置取り、効果的な攻撃の選択。
 戦場を広く使い、可能な限り一対一の状況を作り出してダメージを蓄積させていく。
 腕力、瞬発力と言った基礎スペックに劣りながらこれだけの戦いを展開できることに内心で舌を巻くタバサ。
 実践経験豊富なタバサだからこそ、クロードの持つ戦闘力の高さに感心していた。
 そして、だからこそ、その先も見えてしまう。

「けれど、このままでは勝てない」
「あらら、厳しいわね」
「攻撃力が足りていない。このままでは殲滅するよりも先に体力が尽きる」

 そう呟くタバサの口調は少し悔しそうに聞こえたのは、キュルケの思い過ごしだっただろうか。
 地面が柔らかい土でなく、堅い石畳だったならば。
 素手でなく、何かしらの武器があれば、或いは。

 だが、不利とは即ち敗北を意味しない。
 安易な予想が真剣勝負においていかに危険なものか、タバサは熟知している。

 戦いはまだ、続いている。





(これで、3体目……!)
 蹴り飛ばされて動かなくなったワルキューレを横目にクロードは大きく息を吸いこみ、
 突っ込んできた別の2体のワルキューレの隙間を身を屈めて潜り抜け、
 追撃が来る前にバックステップで距離をとり、体勢を整える。

 くそっ、このままじゃジリ貧だ。
 想像以上に高い青銅のゴーレムの耐久力にクロードは舌打ちする。
 既に決闘が始まって10分近くが経過し、残りは4体。
 クロードの考えは、奇しくもと言うべきか、それとも必然と言うべきか、
 先ほどタバサの考察とほぼ同じ結論に達していた。

 残り4体のワルキューレも無傷と言うわけではないが、それはこちらも同じこと。
 捌ききれずに打撃を受けた箇所がじりじりと痛む。
 心臓が激しくのた打ち回り、酸素を取り込むたびに肩が上下しているのが自分でもわかる。
 膝と脹脛の痺れが、限界はさして遠くないことを主張している。
 ダメージはともかく、疲労を考慮に入れればこちらの旗色が悪いと言わざるを得ない。
 くそったれ、こんなことなら白兵戦の訓練をもっと真面目に受けておくんだった。

 取れる手段は、無いわけではない。
 人の持つ潜在的なエネルギー、紋章術に先んじて体系化された力。
 格闘家の肩書きも持つ、母の得意分野。
 だが、クロードは未だ訓練ですら完全な形で成功させたことは無かった。

 それでも今は、自信は無くてもやるしかない。
 このままの戦い方を続けても勝ち目は薄い。
 分が悪いことには変わりは無いが、一発に勝負を賭けるほうが確率は高い。

 足を止め、臍の下───丹田に力を篭める。
 全身の力を抜き、スゥ、と静かに息を吸い込む。
 取り込んだ酸素を全身の隅々にまで行き渡らせるように。
 心臓を通して全身を巡る血液の動きに、クロードは全身を震わせる。

「何を考えているかは知らないが、足を止めるなど!」
 その動きを好機と見たギーシュは、傍らに護衛の一体を残して突撃を敢行させる。
 殴りかかるワルキューレ、一体目は左にステップ、二体目は屈んで横を潜り抜ける。
 狙いは三体目、練り上げた気の全てを右手に集中する!



「流星掌、いけぇッ!!」

             ドガッ、ガガガッ!



 クロードの渾身の連打がワルキューレの胸板を貫き、激しく吹き飛ばした。

 めきり、ごきり、ぐしゃ。

 骨の砕ける嫌な音とともに。




「───ッ!」
 そのあまりの生々しさに、一部の生徒が目を背ける。
 錬気が不十分だったため、衝撃を吸収しきれずに拳が砕けたのだ。

「う、ぐぅっ……!」
 右手の指がありえない方向へ曲がり、襲い掛かる激痛に思わず膝を突くクロード。
 吹き飛ばされたワルキューレは動く気配も無く、土へと還っていく。
 しかし、その代償はあまりに大きかった。
 対するギーシュの表情も一瞬凍りついたものの、やがて勝利を確信した笑みに変わる。

「平民の分際で、この僕とワルキューレをここまで手こずらせるとはね……だが、これまでだ」
 賭けは、失敗だ。
 激痛と悔しさにギリ、と奥歯を噛み締めるクロード。
 そこに新たに小さな一つの人影があることに気付き、虚を突かれる。
 あれ、この背中は───

「……二人とも、そこまでよ」



「どういうつもりだい、ルイズ。神聖な決闘に割り込もうなど」
 ギーシュはあからさまに不快そうに眉を顰める。
「決着なら既についたでしょう? 右腕が砕けたのよ、もう彼は戦えないわ」
 ルイズの声は微かに震えていたが、その態度はあくまで凛々しく、毅然としていた。
 いつか見た、憧れ、追いかけ続けた背中を思い出す。
 そんなルイズの背中を見て、水面のような穏やかな心でクロードは思う。

 彼女は、強い人だ。
 かつて父は言った。戦いを上手く終らせられる者こそ、真の強者であると。
 彼女のしていることは、彼の言うとおり決闘を汚す行為。
 だが、それでも彼女は目の前にいる。
 二人の戦いを、子どもの喧嘩を止めるために。
 巻き込まれることも、誇りを傷つけて憎まれることすら恐れずに。

 その優しさが、強さが眩しくて。
 嬉しさとともに悔しさが込み上げる。
 彼女の小さな背中が、父の大きな背中と重なる。

 いつの間にか、ギーシュへの憎しみが消えていることに気付く。
 ならば、この戦いはやめるべきだろうか。
 普通に考えるならばそうなのだろう。だが──────

「……続けよう、ギーシュ」
 クロードはそれを良しとせず、立ち上がった。
 観衆からはどよめきが上がり、ルイズは驚愕に目を見開いて振り返る。
 その目が微かに潤んでいるように見えたのは、激痛が見せた幻だろうか。

「あんた、正気!? そんな手で、どうやって戦うって言うのよ!?」
「まだ、こっちが残ってるさ」 
 おどけるように左手をかざすクロード。
 今度ははっきりと目の端に涙が浮かんでいるのが解る。
 本当に優しい子なんだな、と今更ながらクロードは思う。

「なんで、どうして!? あんたはもう十分に戦ったじゃない!
 誰もあんたのことを責めたりなんかしないわ!」
「僕が責める」
「……っ!」
 ルイズが言葉に詰まる。

「ここで退いたら、僕は君の使い魔でいることに胸を張れない」

 誰かに守られることにはもう飽きた。
 誰かを守れるような人間になりたい。
 父のように、ルイズのように。
 だから、決着は自分の手で。

 偽らざるクロードの本心。
 それに、気付いてしまったから。

「……馬鹿よ、あんた」
 ルイズには、止められなかった。

 言葉の代わりに、幾千万の思いを籠めてクロードは無事な左手を俯くルイズの肩に乗せる。
 僕は君のように優しくも強くもない、小さな小さな臆病者だから。
 ここで君の優しさを受け入れてしまったら、それに甘えてしまう。
 二度と自分の足で立てなくなってしまう。
 そんな腰抜けに、使い魔として君の傍らに居る資格なんて無い。

 ……ごめんね。そして、ありがとう。

 震える足で大地を踏み、砕けた右手を握り締める。
 痛みで意識が覚醒し、搾り出した力が全身に行き渡る。
 眼前に立つワルキューレは3体。
 状況は最悪を通り越して絶望的。
 けれど、心はこれまでに無いほど澄み渡っていた。

 いつか聞いた物語、笑って死地へ向かったと言う戦士たち。
 彼らを愚者と笑うも自由、勇者と称えるも自由。
 彼らはこんな気持ちだったのだろうか。
 僕はそんな人たちに、少しでも近づけたのだろうか。





 気に入らない。
 気に入らない、気に入らない、気に入らない!

 これだけ絶望的な状況にあって、なぜこの男は笑っていられる?
 何時の間にか、聴衆は皆クロードに同情、或いは賞賛の意を向けている。
 これではまるで、自分は引き立て役じゃないか!

「……潰せ、ワルキューレ」
 苛立ちに任せ、ワルキューレに突撃を命じる。
 見ろ、左手一本では碌に戦うことも出来ず、逃げ回るだけじゃないか。
 そうら、踊れ、踊るんだ。僕の気を晴らすために。
 跪け、這い蹲れ、無様に哀れみを請え。我が一族を侮辱した愚か者め!

 ギーシュは気付いていない。
 湧き上がる衝動に任せて杖を振るう自分の顔が、狂気に醜く歪んでいることに。
 その顔を見た一部の女子が、恐怖で目を背けていたことに。




 殴られる。
 よろめく。

 蹴飛ばされる。
 倒れる。
 左手一本で起き上がる。


 一体、何度繰り返しただろう。
 既に服は土と血でドロドロになり、元の色の判別は困難だ。
 立ち上がっても重心は定まらず、バランスを保てずにふらついている。
 それでも、痛々しく腫れあがった顔の奥に光る目だけが敗北を拒絶している。

 もう止めて。これ以上続けたら、本当に死んでしまう。
 ギャラリーから悲鳴に近い野次が飛ぶ。
 正視に耐えず、視線を逸らしているのは一人や二人ではない。
 シエスタに至っては、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽と謝罪を繰り返すばかり。
 ごめんなさい、ごめんなさい。私が余計な事をしたばっかりに。


「……何故だ。何故、戦いを続ける!?
 何が君を、そうまでして立ち上がらせるんだ!?」

 血を吐くようにギーシュが叫ぶ。
 決闘が始まって既に数十分、ずっとワルキューレを使役し続けてきた精神は消耗し、
 その顔からは血の気が引き、冷たい汗が全身を濡らしている。
 否。それが疲労によるものだけでないことに、ギーシュ自身も既に感づき始めていた。

 どれほど痛めつけても、地に伏させても、決して折れない心。
 光の消えない瞳の奥底にある強い魂。
 物理的な痛みでは決して倒れることの無い、高潔で美しい命の輝き。
 ああ、それこそは時を越え、場所を越えて、人の心を貫いて感銘を与える光ではないか。

 既に聴衆は完全にクロード贔屓に傾き、自分はすっかり悪役に成り下がっている。
 このことに気付いた時点で、ギーシュは自分の負けを認めるべきだった。
 だが、幼さゆえの無知と、貴族としての誇りがそれを許さない。
 一方的に攻勢をとっているはずの、貴族である自分が、
 やられっぱなしの平民に負けを認める決闘など、あるわけがないじゃないか!

「ハァ、ハァ、ハァ……」
 対するクロードはもはや言葉を発することすら出来ず、返ってくるのは荒い息遣いばかり。
 俯いた顔からは表情は伺えなかったが、握り締められた左手から意思だけは伝わってくる。
 まだ、決闘は終っていない。まだ負けていない、と。

 ギーシュは唇を噛む。
 どちらかが負けを認めない限り、決闘は終らない。
 震える声でワルキューレに命令を下す。
 聴衆から非難の声が飛ぶ。

 だったらどうしろって言うんだ。
 どうすればこの戦いを終らせられるんだよ。
 僕にだってわからないんだ。

 頭の中を色々な思いがぐるぐると回る。
 だから、ギーシュは気付かなかった。
 クロードの残された左拳が纏う光に。



 何だ、ちゃんと出来たじゃないか。
 殆ど塞がった視界の端、吹き飛ばされるワルキューレを見て、クロードは他人事のように思う。
 これが本当に最後の最後、自分の全身に残された力を搾り出し、掻き集めて放った流星掌。
 青銅の戦乙女は胴を打ち抜かれ、大地へと崩れ落ちていく。

 ああ、これで本当に僕は空っぽだ。
 もう僕には何も出来ない。 
 軽く小突かれただけで支えを失い、倒れたらそのまま二度と立ち上がれないだろう。
 残ったワルキューレは何体だったっけ。
 頭がぐらぐらして、そんな簡単な計算すら解らない。
 君の勝ちだ、ギーシュ。

 ルイズ、シエスタ、ごめん。
 約束、守れなかったよ。

 目の前に迫るワルキューレの姿がひどくゆっくりに見える。
 ああ、この一撃でこの喧嘩は終る。


 ──────えっ?







 ごめんね、シエスタ。もっと早くこうするべきだったのに。

 ごめんね、ギーシュ。貴方の誇りを踏みにじる真似をして。

 ごめんね、クロード。これ以上見ていられなかった。


 ルイズはクロードの前に立つ。
 両手を一杯に広げて、目に涙を一杯に溜めて。
 魔法の使えない彼女には、こうする以外に方法は無い。

 ルイズは全てを受け入れ、全てを覚悟して目を瞑る。
 ギーシュは慌てて薔薇を振り、下僕を制止する。
 シエスタは惨劇の予感に、絶叫する。


 そのどれよりも、迅く。





「──────燃えろッ!」

               パァンッ





 肩越しに、光が弾けた。

 誰もが目を疑った。
 光が晴れた後には、頭と上半身の右半分を失ったワルキューレ。
 クロードの左手に構えられているのは、陽光に鈍く輝く見慣れぬ杖────杖なのだろうか?
 あまりに予想を超えた展開に、時間が止まる。


(何でだろう、体が軽いや)
 本格的に死にかけているのだろうか。
 右手の感覚はとっくに無くなり、全身の痛みも感じない。

 そして何より、不思議なほど手に馴染むフェイズガン。
 実際に使うのは初めてのはずなのに、何故か外す気がしない。
 目の前にルイズの背中が見えて、咄嗟に抜き放って撃った、さっきの一発でさえ。
 どの程度の出力でどの程度の破壊が起こるか、まるで参考VTRでも見ているかのように鮮明に解る。

 もう一体のワルキューレに照準を合わせ、引き金を引く。
 後ろに聴衆がいるが、躊躇することはない。
 大丈夫、この出力ならば周りに被害は出ないはずだ。
 果たして、爆風とともにワルキューレの胸に人の頭ほどの風穴が空き、その場に倒れ伏す。
 ほら、周りに被害は出ていない、ならば問題は無いな。

 ええっと、これで確か7体全部倒したはずだ。
 あとは、やるべきことだけはやっておかないと。
 フェイル・セイフ・ロック、確認……よし、これでいい。

 あ、ルイズじゃないか。
 何か言ってるな、答えなきゃ─────




「勝っちまった、平民が貴族に勝っちまったぞ!」
「今のは何だよ!? あんな魔法、見たこと無いぞ!」
「大体、なんで平民が魔法を使えるんだ!?」

 まさかまさかの大逆転劇に、ギャラリーが騒ぎ始める。
 一部は勝者を称え、或いは逆転の一打となった最後の現象について議論を始める。

 それらの輪の中、精神力が尽きてへたり込むギーシュ。
 その表情は憑き物が落ちたようで、本来の花を愛する優男のそれに戻っている。
 どうしてだろう。決闘に負けたっていうのに、こんなに気持ちが清々しいなんて。
 そんなことを考えながら、自分の手を見つめる。
 勝っていたのならば、こんな風にすっきりと終らなかっただろう。
 きっと、この決闘は負けるべくして負けたのだ。

 穏やかな笑み───そう、先ほどの表情からは想像も出来ないほどの穏やかな笑みとともに、
 勝者を称えるべくクロードの方へ向き直る。
 と、そこには彼の主が誰よりも先に陣取り、けたたましく捲くし立てていた。
 ギーシュは苦笑する。やれやれ、落ち着きの無いことだ。

「こンの大馬鹿! あんな魔法が使えるんなら、なんで最初から使わなかったのよ!」
「……違う」
「えっ?」
 クロードから発せられた短い否定に、思わずルイズの言葉が詰まる。
 腫れあがり、俯いたままのクロードからは殆ど表情が見えない。
 今更何を言い出すつもりなのだ、この下僕は。
 せ、折角心配してやってるっていうのに。

「これは、魔法じゃ、ない───」

 それだけ言い終わると、クロードの左手がだらり、と落ちる。
 その手にはしっかりとフェイズガンが握られたまま。
 上空に舞う竜が校舎のほうへ向かったようだが、誰もそれに気付かなかった。

「え、ちょっと、どういうことなのよ、それ」
「……」
 クロードは、答えない。

「ちょっと、無視すんなっ! 主が聞いてるんだから、ちゃんと答えなさいよ!」
「……」
 クロードは、何も言わない。

「ねえ……? 何か言いなさいよ。 クロードってば、ほら!」
「……」
 周囲がざわつきはじめるが、ルイズの耳には届かない。

「嘘、嘘よ……ねえ、冗談でしょ? 何か言ってよ。言いなさいよ、クロード!」
「……」
 ギーシュの顔からいよいよ生気が消え、シエスタが愕然として膝から崩れ落ちるが、ルイズの目には映らない。



「クロード…………クロードぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 絶叫が、トリステイン魔法学院を震わせた。


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