もしもシエスタに「真の貴族とは誰か?」という問いを投げかければ彼女は迷わずただ一人の名前を告げるだろう。
彼女にとって恩人であり、憧れでもある名前を。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの名前を。
同僚や他の貴族に聞かれれば苦笑し、あるいは嘲笑されるであろうその名前を。
事実、口さがない学院の生徒たちが魔法が使えぬと言う一点を持ってルイズを嘲弄しているのを何度も見かけたことがある。
そんな時、彼女はいつも思うのだ。それがどうした、と。
彼女にとって恩人であり、憧れでもある名前を。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの名前を。
同僚や他の貴族に聞かれれば苦笑し、あるいは嘲笑されるであろうその名前を。
事実、口さがない学院の生徒たちが魔法が使えぬと言う一点を持ってルイズを嘲弄しているのを何度も見かけたことがある。
そんな時、彼女はいつも思うのだ。それがどうした、と。
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思い出せる限りの一番最初は、名前を聞かれたことだった。
頼まれた洗濯物を部屋に届けた時、ルイズは彼女の名前を聞いた。
シエスタは魔法学院で働く召使いの一人であり、貴族にとっては名すら覚えるに値しない平民である。
故に名を聞かれた時にシエスタは恐れた。自分は何か過ちをしでかしたのかと。
ところが、ルイズは言ったのだ。
謝罪し、頭を下げる彼女をむしろ不思議そうに見て、
頼まれた洗濯物を部屋に届けた時、ルイズは彼女の名前を聞いた。
シエスタは魔法学院で働く召使いの一人であり、貴族にとっては名すら覚えるに値しない平民である。
故に名を聞かれた時にシエスタは恐れた。自分は何か過ちをしでかしたのかと。
ところが、ルイズは言ったのだ。
謝罪し、頭を下げる彼女をむしろ不思議そうに見て、
「名前がわからないと、これから用事も頼めないじゃないの」
驚いたが、嬉しかった。
目の前の貴族は、平民に過ぎない自分を同じ人間として扱おうとしてくれる。
そんな貴族がいるということが嬉しかった。
夕飯も近かったのでスキップしながら厨房に入り、マルトー親方に報告する。
目の前の貴族は、平民に過ぎない自分を同じ人間として扱おうとしてくれる。
そんな貴族がいるということが嬉しかった。
夕飯も近かったのでスキップしながら厨房に入り、マルトー親方に報告する。
「まぁ、なんだ。貴族の中でもいい奴はいるって事だな」
うんうんと頷く親方に同意する。
横で
「ルイズってあのゼロだろ?」
「魔法が使えないから自分が貴族だって思ってないんじゃないのか?」
などと声が聞こえたがすぐに消えた。
親方が拳をさすっていたり、料理人が二人ほど頭を抱えていたような気もするが、些細なことと切って捨てた。
横で
「ルイズってあのゼロだろ?」
「魔法が使えないから自分が貴族だって思ってないんじゃないのか?」
などと声が聞こえたがすぐに消えた。
親方が拳をさすっていたり、料理人が二人ほど頭を抱えていたような気もするが、些細なことと切って捨てた。
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二つ目は、ルイズの持つ首飾りだった。
蒼い石の嵌めこまれたそれは、ルイズが幼い頃に恩人に貰った物だという。
それとほぼ同じ首飾りをシエスタは持っていた。
ほぼというのは、蒼い石の色合いが幾分かシエスタの物の方がくすんでいるからだった。
ルイズのそれが『青』ならばシエスタの物は『藍』と言っていいだろう。
だがそれ以外に違いはなかった。
どこで手に入れたのかとルイズは問いかけたが、もうずいぶん前に亡くなった曾祖父の形見だと言う答えに肩を落とした。
蒼い石の嵌めこまれたそれは、ルイズが幼い頃に恩人に貰った物だという。
それとほぼ同じ首飾りをシエスタは持っていた。
ほぼというのは、蒼い石の色合いが幾分かシエスタの物の方がくすんでいるからだった。
ルイズのそれが『青』ならばシエスタの物は『藍』と言っていいだろう。
だがそれ以外に違いはなかった。
どこで手に入れたのかとルイズは問いかけたが、もうずいぶん前に亡くなった曾祖父の形見だと言う答えに肩を落とした。
「あの、これがどうかしたのですか」
あまりの気落ち振りにたまらず声をかける。
「……わたしは、あの人にお礼を言ってないの。だからシエスタがそれをどこで手に入れたのか解れば、もう一度会えると思ったんだけど……」
気長に探すわよと笑うルイズを見ながらシエスタは微笑んだ。
この人は本当に義理堅いのだなとそう思った。
この人は本当に義理堅いのだなとそう思った。
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そして最後の、そして最大の出来事は春の使い魔召喚の儀の少し前に起こった。
たまたま学院に勅使として訪れた貴族に見初められ、召抱えられることになったのだ。
幾ら風評が悪く、その悪趣味が知れ渡っていても貴族は貴族。
平民であるシエスタやマルトーにはどうすることも出来なかった。
ところが、どこから聞きつけたのかルイズがやってきて貴族の使いにこう言った。
たまたま学院に勅使として訪れた貴族に見初められ、召抱えられることになったのだ。
幾ら風評が悪く、その悪趣味が知れ渡っていても貴族は貴族。
平民であるシエスタやマルトーにはどうすることも出来なかった。
ところが、どこから聞きつけたのかルイズがやってきて貴族の使いにこう言った。
「そこのシエスタはわたし付きの召使いで、学院を卒業したら一緒に屋敷に連れて行こうと思っていたの。ここは退いて頂けるかしら」
胡散臭げに使者は鼻を鳴らし、モット伯爵に逆らうおつもりですかと唇を歪めたが、続くルイズの一言でその顔を強張らせた。
「それがどうした」
胸を張り、貴族のお手本のような姿勢でルイズは言った。
「そちらこそ、ヴァリエール公爵家に逆らうつもりなのかしら?」
それで全て方がついた。はっきり言って伯爵と公爵では格が違う。
貴族の使いは忌々しげに後悔なさるなと言ったが、それは少女の薄い胸板に弾かれて消えた。
貴族の使いは忌々しげに後悔なさるなと言ったが、それは少女の薄い胸板に弾かれて消えた。
曰く、“貴族に後悔はない”
その夜、礼に訪れたマルトーとシエスタにルイズは気にするなと手を振った。
単に権力を笠に着て、平民なら何をしてもいいと思っている奴が嫌いなだけだと。
マルトーはそう言う小さな貴族の耳が微かに朱に染まっているのに気が付いた。
単に権力を笠に着て、平民なら何をしてもいいと思っている奴が嫌いなだけだと。
マルトーはそう言う小さな貴族の耳が微かに朱に染まっているのに気が付いた。
「でも、お貴族様と私たち平民では生まれからして違うんですから仕方ないと……」
「―――シエスタ」
ルイズが彼女の唇に指を当てて黙らせる。
そして小さな貴族は胸を張り、世の真理を民草に伝える女王のような表情でこう告げた。
そして小さな貴族は胸を張り、世の真理を民草に伝える女王のような表情でこう告げた。
「憶えておきなさい、シエスタ。貴族として生まれる人なんて誰もいないわ。人は自分の意思で貴族になるのよ」
それは誇り。
魔法が使えず、誰からも貴族として認められず、それでも貴族であろうとし続ける少女の誇りだった。
シエスタは思った。
例え世界の誰からも認められなくても、この人は本当の貴族なのだと。
魔法が使えず、誰からも貴族として認められず、それでも貴族であろうとし続ける少女の誇りだった。
シエスタは思った。
例え世界の誰からも認められなくても、この人は本当の貴族なのだと。
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後の世に伝えられる二人の伝説の、これが始まり。
それは諦めることを止めた、ある少女たちの物語――――。