「とらさまとらさま」
青い鱗のシルフィードが、背中に乗った小柄な少女に呼びかける。
しかし、その少女は答えない。シルフィードの背びれを背もたれにして、悠然と『テロヤキバッカ』を食べている。
溶けるように青い髪が風にゆれ、食べ終わった『テロヤキバッカ』の包み紙がポイと放り投げられる。
そして、少女は今日30個目の『テロヤキバッカ』に手を伸ばした。
しかし、その少女は答えない。シルフィードの背びれを背もたれにして、悠然と『テロヤキバッカ』を食べている。
溶けるように青い髪が風にゆれ、食べ終わった『テロヤキバッカ』の包み紙がポイと放り投げられる。
そして、少女は今日30個目の『テロヤキバッカ』に手を伸ばした。
「とらさま! シルフィもおなかすいた、おなかすいた。きゅいきゅいきゅい!」
先ほどから喰ってばかりの少女に、シルフィードは抗議の声をあげた。
ようやく、少女が包み紙から顔をあげる。
ようやく、少女が包み紙から顔をあげる。
「オメエは行く前にずいぶん喰ってたろうが」
「でも食べたい! きゅいきゅい」
「でも食べたい! きゅいきゅい」
しゃーねーな、と呟き、少女はシルフィードの口にぽんぽんと『テロヤキバッカ』を放り込んでやった。今日は機嫌がいいらしかった。
自分が人を乗せるのではなく、何かに乗って飛ぶのは『ヒコーキ』に乗ったとき以来だからかもしれない。
自分が人を乗せるのではなく、何かに乗って飛ぶのは『ヒコーキ』に乗ったとき以来だからかもしれない。
(くっくっく……まあ、肝心なのはそこじゃねえか……)
少女――あるいは、北花壇騎士『雪風』のタバサ――のように見える『それ』は、シルフィードの背中で忍び笑いをもらす。
メガネの下の深い青を湛えた瞳に凶暴な光が宿る。ニヤリと笑う顔は、獲物を前にした獣のそれであった。
メガネの下の深い青を湛えた瞳に凶暴な光が宿る。ニヤリと笑う顔は、獲物を前にした獣のそれであった。
「とらさま、吸血鬼は危険な相手よ! きゅいきゅい、シルフィ怖い!」
吸血鬼は太陽の光に弱い点を除けば、人間と見分けがつかない。街一つを全滅させた例もある、凶暴な存在だった。
「でも、シルフィ平気なの! とらさまは強いもの!!」
「くく……ちったあ歯ごたえがなけりゃ面白くねぇさ」
「くく……ちったあ歯ごたえがなけりゃ面白くねぇさ」
そう言いながらも、少女の青い髪のそこ、ここで、パシ、パシと電光が光る。
(前にやりあったときはヒョウの野郎が邪魔しやがったからよ……)
とことん楽しんでやろう、ととらは固く心に決めた。フーケを捕獲してから二三日たち、ちょっと退屈し始めていたところであった。
とことん楽しんでやろう、とシルフィードも固く心に誓った。なんと言っても今日はあの憎たらしい桃色がいないで、とらと二人きりである。
とことん楽しんでやろう、とシルフィードも固く心に誓った。なんと言っても今日はあの憎たらしい桃色がいないで、とらと二人きりである。
(ああ、ここで親密さをぐっと高めておくのね! お姉さま、シルフィは頑張ります。きゅいきゅい!!)
こうして、一匹の風韻竜と一匹の金色の幻獣は、タバサの受けた任務を果たすために、一路ヴェルサルテル宮殿へと急ぐのであった。
るいずととら番外編 『雷撃のタバサ』
話は今朝に遡る。
「行けないー!? なんでよタバサ! 今日はあなたの精霊勲章授与式でしょうが!」
キュルケの声がタバサの部屋に響いた。
フーケ討伐の手柄を評価され、宮殿からはルイズとキュルケに『シュヴァリエ』の爵位が、タバサには精霊勲章がそれぞれ与えられることになったのだった。
今日はその授与式で、三人は昼から王宮に向かうはずであったのだが……
フーケ討伐の手柄を評価され、宮殿からはルイズとキュルケに『シュヴァリエ』の爵位が、タバサには精霊勲章がそれぞれ与えられることになったのだった。
今日はその授与式で、三人は昼から王宮に向かうはずであったのだが……
「タバサ、せめて理由を言ってよ」
急に「行けない」と言い出したタバサに、キュルケもルイズも困惑していた。二人はまだ北花壇騎士としてのタバサを知らないのであった。
「用事」
「あーもー、だから何の用事よ?」
「……それは――」
「あーもー、だから何の用事よ?」
「……それは――」
口ごもるタバサに、じれったそうにするルイズ。そのルイズの頭の上で、とらがあくびをしながらあっさりと言う。
「吸血鬼退治だろうが? たばさ」
『吸血鬼』という単語を聞いて、キュルケとルイズに衝撃がはしった。
「―――ッ! 吸血鬼!? ままままさか、ああああの吸血鬼なの!?」
「…………」
「…………」
タバサは「誰から聞いたの?」と言わんばかりに、とらをその深い青を湛えた瞳で見つめる。
「ふん、しるふぃーどに聞いたのよ」
「と、とらさま! 言わない約束なのね! きゅい!!」
「と、とらさま! 言わない約束なのね! きゅい!!」
あせるシルフィードが――先ほどから人間の姿で部屋に寝転んでいたのだが――しぃっと指を口に立てる。タバサはじろりと使い魔をにらみ、短く一言
「ごはん抜き」
「お願い、お姉さま、シルフィはお願いします。きゅいきゅい……」
「食べさせてあげなさいよタバサ、使い魔の食事は主人の義務よ。わたしなんか実家に送金してもらったんだから……とらの食費でッ……!!」
「お願い、お姉さま、シルフィはお願いします。きゅいきゅい……」
「食べさせてあげなさいよタバサ、使い魔の食事は主人の義務よ。わたしなんか実家に送金してもらったんだから……とらの食費でッ……!!」
そう言ったルイズはギリギリと拳を握る。
『テロヤキバッカ』を食べまくるとらの食費が、16歳の貴族にして乙女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの目下の悩みであった。
そんなやりとりを見ていたとらは、不意に低く笑い出した。そして、ふわりとルイズの頭から降りる。
『テロヤキバッカ』を食べまくるとらの食費が、16歳の貴族にして乙女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの目下の悩みであった。
そんなやりとりを見ていたとらは、不意に低く笑い出した。そして、ふわりとルイズの頭から降りる。
「くっくっくっく……おい、たばさ。そのケンカよ――」
きゅむ、と、とらの巨体がねじくれ、縮み、姿を変えていく。見る間にとらは、タバサそっくりの青い髪に青い瞳の小柄な少女に変化していた。
「――わしに代わりな!」
にっと笑ったその顔は、タバサに似つかわしくない凶暴な笑顔であった。
「……よかったわ。おかげで、おねえさまは友だちのキュルキュルや桃色と一緒に宮殿に行けたし、ごはん食べさせてくれたし、シルフィはとらさまと一緒!
るーるる、るるる、るーるる、るーるーるーるーるー!」
るーるる、るるる、るーるる、るーるーるーるーるー!」
奇妙な節をつけながら、はしゃいでシルフィードが歌う。
ふん、と鼻息を鳴らしながら、とらは再び『テロヤキバッカ』に噛り付く。ぽいと包み紙を捨てながら、とらはタバサのことを考えていた。
ふん、と鼻息を鳴らしながら、とらは再び『テロヤキバッカ』に噛り付く。ぽいと包み紙を捨てながら、とらはタバサのことを考えていた。
(アイツの眼……あの青い眼を見てると、ヒョウのヤツを思い出すな……浄眼を持った符咒師をよ……)
それは、あの瞳の色が連想させるのだろうか? それとも、復讐を誓った人間の、寂しそうな背中の持つ匂いをとらが感じ取ったのだろうか……
しかし、学院最強のトライアングル・メイジと、最強の符咒師を連想していたとらの思考は、到着を告げるシルフィードの声で破られた。
しかし、学院最強のトライアングル・メイジと、最強の符咒師を連想していたとらの思考は、到着を告げるシルフィードの声で破られた。
「見えた、とらさま、ヴェルサルテルだわ!」
ガリアの首都リュティスは、人口30万を誇るハルケギニア最大の都市である。その東の端に、ガリア王家の人々の暮らす宮殿、ヴェルサルテルがあった。
王ジョセフ一世が政治を行うグラン・トロワから離れたプチ・トロワ。薄桃色の小宮殿では、王女イザベラが上機嫌でタバサの到着を待ちかねていた。
王ジョセフ一世が政治を行うグラン・トロワから離れたプチ・トロワ。薄桃色の小宮殿では、王女イザベラが上機嫌でタバサの到着を待ちかねていた。
「あの子、きっと震えながらやってくるわ。いい気味!」
と、満面の笑みでわめいている。イザベラは、侍女たちに意地悪く目を細めた。
「あのガーゴイル娘に教えてやったんだよ! 今度のお前の相手は吸血鬼だってね! これだけ恐い相手もそういないだろ? そうだろ?」
『吸血鬼』と聞いて侍女たちは震え上がる。
それもそのはず、あらゆる魔法を駆使してもその正体を暴けないため、人と見分けがつかない吸血鬼は、ハルケギニア最悪の妖魔であった。
イザベラは端正な顔を下品な笑みでゆがめる。タバサが怖がっていると想像するのが、この王女の最大の楽しみであった。
それもそのはず、あらゆる魔法を駆使してもその正体を暴けないため、人と見分けがつかない吸血鬼は、ハルケギニア最悪の妖魔であった。
イザベラは端正な顔を下品な笑みでゆがめる。タバサが怖がっていると想像するのが、この王女の最大の楽しみであった。
「七号さま、参られました」
「通して」
「通して」
入り口に立った騎士がタバサの来訪を告げる。イザベラは残忍な笑みを浮かべた。今日こそはタバサの恐怖でゆがんだ顔を……。
「え?」
現れたタバサを見て、イザベラはぽかんと口を開けた。
タバサはいつもの無表情――では、なかった。確かにゆがんでいた、恐怖ではなく、歓喜によって……。
タバサはいつもの無表情――では、なかった。確かにゆがんでいた、恐怖ではなく、歓喜によって……。
「くっくっくっくっく……」
メガネの向こうの青い瞳は、おどろおどろしい殺気に満ちている。いつものような、非情で冷静な色はどこにもない。
ぎしぃ……
戦いの期待に吊り上った口元からは、獰猛に剥き出された白い歯が覗いている。
ぎしぃ……
戦いの期待に吊り上った口元からは、獰猛に剥き出された白い歯が覗いている。
みるみるうちに恐怖にゆがんだのは、イザベラの顔であった。
(こ、こいつ……ひょっとして、狂ったのかしら!?)
タバサは、『雪風』の異名をとる、北花壇騎士でも傑出したトライアングル・メイジである。もしそのタバサが、気が狂って攻撃してきたら……!
(ももももし、今こいつが攻撃魔法をかけてきたら…………こ、殺されるッ……!!)
魔法の才能ではるかに劣るイザベラが辿るであろう末路は、決まったようなものであった。
殺気を振りまきながら、ずい、と近づいてくるタバサに、イザベラはビク! と体を震わせる。
殺気を振りまきながら、ずい、と近づいてくるタバサに、イザベラはビク! と体を震わせる。
「よお、相手は吸血鬼だってな……」
「ひ、ひぎぃ!!」
「ひ、ひぎぃ!!」
イザベラの口から、王女らしからぬ無様な悲鳴が漏れた。タバサはそんなイザベラは気にとめず、嬉しそうに凶暴な笑みを作る。
「くっくっく……ちったあ手ごたえがありそうじゃねえか……わしはこういうのを待ってたのよ……!」
「ここ、これ、目的地が……書いてあるから……」
「ここ、これ、目的地が……書いてあるから……」
イザベラが震える手で差し出す書簡を、タバサはぴっとつまむ。そして、背を向けるとさっさと歩き出した。
「こ、これが最後の任務にならなきゃいいね、シャルロット――――!!」
イザベラが、その小さな背中に向かって懇親の勇気を振り絞った捨て台詞を叫ぶ。腹に力をこめていないと失禁しそうであった。
……と、タバサが、ぎろりと振り向く。その殺気を帯びた鋭い眼光にイザベラは射すくめられてしまった。へたへたと力が抜ける。
……と、タバサが、ぎろりと振り向く。その殺気を帯びた鋭い眼光にイザベラは射すくめられてしまった。へたへたと力が抜ける。
「しゃるろっとぉ……? おい、ニンゲン、間違えるんじゃねぇ……!!」
そうドスの聞いた声で喋るタバサの青い髪が、パリパリと小さな稲光を放った。
(ひい、なんで、なんで、間違えてないのにぃ――――!?)
タバサの一瞥で腰が抜けたイザベラに追い討ちをかけるように、目に凶悪な光を宿したタバサが言葉を投げつけてくる。
「わしの名は、たばさよ――――!!」
こうして、たばさ(?)が出て行ったあとには、失禁すると同時に失神したイザベラと侍女たち、そして慌てふためく騎士たちが残されたのだった。
「どうだった、とらさま?」
「上出来だったぜ……ナマエを間違えられたときには、きっちり直してやったしよ」
「わあ、さすがとらさまなの! おねえさまも喜ぶわ!! きゅいきゅい!」
「上出来だったぜ……ナマエを間違えられたときには、きっちり直してやったしよ」
「わあ、さすがとらさまなの! おねえさまも喜ぶわ!! きゅいきゅい!」
るーるる、るるる、るーるる、と歌いだすシルフィードの背中で、とらは書簡を開く。そこには、目的地である『サビエラ村』の所在が書いてあるのだが……
「読めねえな……ち、しかたねぇ、しるふぃーど、ちょっと引き返せ。あの王女とやらに聞いてくるからよ――」
……数分後、プチ・トロワに再びイザベラの絶叫がこだまするのであった。