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大十字九郎サーガ‐1

 度々人の夢に現れる奇怪な生物、または悠久の太古と思しき景観は、夢でありながら計り知る事の出来ない恐ろしさと現実味を伴い現れる事がある。
 その光景はあまりにも強烈に脳裏に刻まれるものの、いざ思い返すとなると水に濡れたインクが滲むようにあやふやとなり、やがては忘却へと過ぎ去っていく。
 それは幸福な事である。
 人間にとって最も幸運な事は、人間の築いた生命科学の上で最も発達した人類の脳には、この世に散らばる切れ切れの知識や痕跡の全てを関連付ける機能が機能不全のまま与えられていている事だろう。
 故に、人間達はこの最果ての見えぬ暗黒の大宇宙に浮かぶ地球という極小のオアシスで安穏と生を謳歌できているのだ。
 では、もしこの平穏の島からはみ出てしまう事態に陥ったのなら、どうなるのか。
 ごく一部の感受性の強いが故に太古の暗黒より発せられる狂気の波動を受けてしまう人間、もしくは邪悪な意思によって精神に侵入された者は、皆等しく似たような結末を辿っている。
 時にある者は心身を狂気に犯され、時にある者は好奇心によって身を滅ぼし、時にある者は探求し異次元の恐怖に遭遇する。
 これらは皆平穏の島から、軽率というにはあまりにも原始的な人間が持つ好奇心によって暗黒の海に出て行ってしまった者達が辿った末路である。
 世の現実を強固だと信じて疑わなかった―――疑う事すらしなかった者達は、その断末において自分達が支配する世界が、実は木端のもので、外側に広がる無際限の混沌たる宇宙の一片を目撃し、未知の住人に外側へと連れて行かれるのだ。
 そして彼らの行き着いた末路は、何時我々が辿るやも知れぬ物なのである。
 何故なら現実はシャボンのように脆く、文明の光に照らされていない闇からの来訪者は容易に我々の前へとその有害な姿を晒すからだ。
 それらと対峙した時、人間はあまりにも脆弱だ。
 血肉は枯木で、心は砂上の楼閣。命は灯火。
 叩けば砕け、押せば倒れ、吹けば消える。
 この暴風雨の海に取り残された小船のように危うい存在こそ人間という種であり、瞬く間に波に飲まれてしまう運命は歴然の暴力となって降りかかってくる。
 しかし、それでもなお暗黒の運命に挑もうとするのも、人間が人間たる由縁なのかもしれない。
 何処までも闇しかない混沌の世界に、圧倒的邪悪に抗う光輝が生まれ、やがてそれは星となる。




◆□■◇□◆■◇◆□■◇□◆■◇



 降り積もった雪は既に溶けて消え、冬の終わりが来ていた。
 もう直ぐ春である。
 だがやはり気温はまだそう上がってはおらず、風が隣を通り抜ける度に身を震わせる日が続いていた。
 城下町の居酒屋には仕事が終わり、夜の寒さから逃れようと集まってきた者たちが席を埋め尽くして噂話や雑談に花を咲かせていた。
 もっぱら此処最近の旬の話題といえば、此処からそう遠くない少し分け入った山奥に出るという透明の怪物の話だろうか。
 この化物の噂は、街と街とを行き交う商人の一人が偶然木に付着した強烈な悪臭を放つタール状の粘液を見つけたことに発端する。
 粘液は木だけに留まらず地面にも付着しており、まるで何か大きな動物が通ったような痕跡―――大樽のような足跡と思われるものと、それに伴って転々と零れ付着している粘液に、薙ぎ倒されている草木―――がはっきりと残っていた。
 痕跡を残す謎の生物は移動しているらしく、始めに見付かった痕跡はこの城下町から近くない場所だったのだが、つい先月にはこの城下町の城壁から妙な音がすると報告を受けた衛士が様子を見に行ったところ、城壁の一部が例のタール状の粘液が付着した状態で崩されており、そこから例の大樽の様な足跡が不規則は歩幅で続いていた。
 悪臭を放つ謎の粘液と共に現れる既存の動物では付く筈のない筈のない不規則な足跡を見た城下町に住む人々は、その不規則さと悪臭に言い知れぬ恐ろしさを感じ、夕日に照らされて赤と黒に染まる城下町の見慣れたはずの光景が血色に塗りたくられた二次元じみた異次元の世界であるかのような錯覚に陥ったという。
 そして現在、囁かれる噂によればこの城下町から遠く離れたとある村に怪物は留まっているらしく、その村こそ化物の生まれた場所だというのがもっぱらの通説となっている。
 耳打ちのように交わされる噂の混ざる雑談の合間を縫うように、居酒屋内を移動する女性の給仕は忙しそうに酒や料理を運んでいた。
 店内は暖炉と客の熱気でやや熱い位で、動き回る給仕達はほんのりと汗ばんでいる。
 そこに突然冷たい風が吹き、火照り気味の身体に心地よい清涼感を与えた。
 風は一人の客が来店し、その際開いた扉から入ってきた物だった。
 女性の給仕は汗で少しずれた眼鏡の位置を直し、思わず今入ってきた少し風変わりな客を見つめた。
 客は二十代前半で、戦士のような筋肉質の身体をした青年だった。
 風変わりと評したのは彼が戦士のような身体とは逆に、メイジの着る黒いマントを纏っていたからだ。
 それに加え、そのマントは蝙蝠の翼に似た形の奇妙なデザインで、靡かせて歩く姿は陰惨な黒魔術師めいた物なのだが、青年の持つ陽性の空気がその暗い雰囲気を打ち消していた。
 青年は空席を探しているのか、辺りを見回した後、自分を見つめていた給仕に気がつき近寄り声を掛けた。

「あのー、すんません。どこか空いてる席ってありますか?」

「え? あっ、誠にすいませんが、今は何処も満席となっております」

 自分がぼぅと見つめていた時に声を掛けられて女性の給仕はあたふたとするも、何とか営業スマイルを繕い返事を返す。

「あ~そっか。じゃあこのまま暫く待ってますわ」

 そう言うと青年は腕を組み口を尖らせて「ついてね~な~」と小さく愚痴を零した。
 黒魔術師みたいな格好のくせに愛嬌のある仕草をする青年の姿は、やはり可笑しな物だった。
 女性の給仕は営業スマイルを続けるのを忘れ、思わず口元に微笑が浮かぶのを感じた。

「おいそこの若いの。どうじゃ。ワシと一杯やらんか?」

 突然かけられた声に青年と女性の給仕が声のしたほうを向くと、ほろ酔いの老人が酒の入ったコップを片手にこちらを見ていた。
 老人の向かい側の席が一つ空いている。

「いいのかい爺さん?」

「ワシの愚痴に付き合ってくれるなら喜んで」

 その言葉に青年は苦笑し「やれやれ」と肩をすくめると、老人の提供してくれた席に座った。

「待ち合わせをしてるんで、あまり長い間は付き合えませんよ」

「かまわんよ」

 青年は女性の給仕にコーヒーとこの店で一番安いサンドイッチを注文した。

「なんじゃい。此処は居酒屋じゃぞ。そんなモーニングセットなんぞ注文せずに酒でも頼まんかい」

「金があまりないんですよ。此処まで来る旅費に殆ど消えちまってね」

「ほう、それは難儀じゃの」

「まったくです。出る前に友人が旅費はもっと多いほうがいいと忠告してくれたんだが、貧乏性なもんでケチっちまってこうですよ」

「自業自得、というわけじゃな。
 ところでつまらぬ事を聞くが、旅費に殆ど消えたと言ったが君は何処から来たんじゃ?
 見たところメイジのようじゃが」

「ローラン・ド・マリニー子爵の所で蔵書の管理をさせてもらってる者で、大十字九郎という者です」

 確かエティエンヌ‐ローラン・ド・マリニー子爵が当主の所だっけ、と老人は思い起こす。
 ド・マリニー子爵は書物マニアとして知られており、彼の蔵書の中には始祖ブリミルが書いたとされる古い書物から樽に三角錐の突起物の付いた腕の生えたみたいな何かの設計図のような物まで多種多様の書があると言われている。
 これと同時にド・マリニー子爵はオカルトマニアとしても知られていて、若い頃には子爵の友人が神隠しに会ったかのように謎の失踪を遂げている事は、当時の貴族達の暇潰しの話題となっていた。
 そんな事と一緒にド・マリニー子爵の子息であるアンリ‐ローラン・ド・マリニーが青年と同じくらいの歳だった事も思い出し、おそらくその友人だろうと老人は思った。

「ワシはオスマンというしがない老人じゃ。
 しかし、なんでまたこの城下町に態々足を運んだのじゃ?
 ド・マリニー子爵の領地からは、此処はちと遠かろうに。
 何か人に言えない理由でも?」

「人を御尋ね者みたいに言わんでください。まあ……しいて言うなら仕事で来ました。
 ちょっと頼まれごとをしましてね」

「仕事と言うと、お主はどんな職に?」

「探偵です」

「探偵?」

「もっと言うなら魔導探偵かな。
 迷子ペットの捜索から魔術―――もとい魔法関連の厄介ごとまで、幅広く扱っております、はい」

 そう言うと九郎はニヤリと笑った。
 夏の陽射しを思わせる、不敵で快活の陽性の笑みだった。

「ふむ。魔導探偵と言うからには、今町で流行っとる噂の事に関係しておるのかな?」

「鋭いですね。まあそうですけど、何も言いませんよ。一応守秘義務ってモンがありますんで」

「カァーッ! なんじゃ、つまらんのう。若い内からそんな秘密を抱えておると将来禿げるぞ」

「余計お世話だ」

 格好の話のネタを目の前にぶら下げておきながら口を閉ざす九郎にオスマンは機嫌を損ねた顔でそっぽを向くと、酒をグラスに注がずにビンに入ったままラッパ飲みをした。
 なんとも大人気ない行動だった。
 酒を飲み干して近くに居た給仕にもう一本酒を注文した時、オスマンはある疑問が湧いた。

「お主は探偵とやっておるとさっき言ったが、ド・マリニー子爵の蔵書の管理をしておるんじゃなかったのか?」

「それは兼業してるんですよ。
 始めは探偵だけやってたけど、アンリと知り合ってから子爵とも縁が出来て、そんで司書というか蔵書の管理をやらないかって誘われたんです。
 ちょうど探偵だけじゃ食っていくのに厳しかったんで受けたんですけど、飽く迄本業は探偵のつもりですがね」

「なるほど。確かに探偵が必要な時なんぞ殆どないからな。食っていくのに困るのは必然じゃな。
 と言うか、居っても居らんでも変わりないし」

「探偵としての俺の存在を全否定かよ!
 言っとくけどなあ、これでも近所のお婆ちゃんの迷子になった飼い猫を探し出したり、女の子が大切にしていた小鳥が逃げたのを捕まえたり、馬の出産の手伝いなんかをして結構役に立ってんだぞ!」

「それは探偵の仕事じゃないの」

 オスマンの言葉が九郎に刺さる。
 だいたいホルモンの辺りに。
 マキシマムに痛かった。

「くぬぅぅ。言ってる事が真っ当すぎて返す言葉が無い。
 負けるな大十字九郎。挫けるな大十字九郎。
 例え不必要と言われても、清く正しく慎ましく質素で謙虚に生きていけば、きっと神様もこの哀れなパンピーに救いの手を―――」

 九郎の脳裏でナイアが手を振った。
 九郎の脳裏でナイアが微笑んだ。
 九郎の脳裏でナイアが近寄ってきた。
 九郎の脳裏でナイアが胸を押し当ててきた。
 九郎の脳裏でナイアが「気持ち言い事をしようよ」と囁いた。
 九郎の脳裏でナイアが服を脱ぎ捨てた。
 九郎の脳裏でナイアが跨ってきて跨ってきて跨ってきて跨ってきて跨ってきて跨ってきて跨ってきてててててててててててててtt


 ウェスパシアヌス「オハヨウ、お兄ちゃん」


 残酷メルヘンでオハ★ラッキー!



「この世は邪悪で満ち尽くしてるよドチクショウ」

「君はさっきから何を言っておるのだね。
 まったく最近の奴らはたわ言ばかりを吐きよって。ワシを舐めとんのかまったく」

「い…いや、別に舐めてる訳じゃなくて、一時的にSAM値がどえらく下がっただけです。
 つーか、今回の依頼はちゃんとした探偵の仕事だろうが。正真正銘魔導探偵の出番だろうが。どうだ、恐れ入ったか参ったか!」

「黙れ若造ッ! カーーペッ!」

「うぉわっ、汚ぇ!?」 

 注文した新しい酒も来て、いい感じに酒が回ってきて本格的にぶっ飛び始めてきたオスマンだったが、出入り口が開いて吹き込んだ冷風を受けることによって蒸し上がろうとしていた脳味噌の温度が下げられる事になった。
 誰じゃ空気の読めぬ奴は、とオスマンが出入り口を睨むように向くと、そこには見知ったハゲ頭が立っていた。
 ミスタ・コルベールである。
 ここでオスマンは、コルベールの目の下に濃い隈があるのを見つけた。
 思い起こすと、最近のコルベールは元気がないというか疲れ気味であった。
 頬もやつれていて、足取りもどこかおぼつかない。
 コルベールは店内を誰かを探すように見回すと、九郎を目にすると近づこうとし、続いてオスマンを目にして驚いて足を止めた。

「ミスタ・コルベール。妙な所で会ったもんじゃな」

「え、ええ。オールド・オスマン、彼とは知り合いで?」

「いやいや。見てのとおり満席で座るところがワシと相席しかなかったので、愚痴を聞いてもらおうと誘ったんじゃよ。
 どうやら九郎君が待っておったのは君のようじゃが、一体お主はこの探偵にどんなことを依頼したんじゃ?」

「ちょっと今話題になっている噂に関係があるのか分かりませんが気になる事があったんで、魔法関連の事までやってくれる彼に依頼したんですよ。」

 話を進める二人に、九郎は置いてけぼりになっていた。

「あの~、お二人はお知り合いで?」

「ああ。九郎君、紹介するよ。こちらは私の勤めるトリスタイン魔法学院の院長をやっておられるオールド・オスマンです」

「え!? 爺さん、トリステイン魔法学院の院長だったの!!?」

「うむ。隠す必要はなかったのじゃが、畏まれるとコッチもやりにくくての。
 しかし、どうするのじゃコルベール君。君が座れる席は何処にも無いのじゃが」

「あっ、俺が変わりましょうか? なんだか、えらく疲れてるみたいだし」

「そんな気を使ってもらわなくても結構ですよ。どうぞ座っていてください。
 それでは、送った手紙に依頼する事の殆どは書いておきましたが、もう少し詳しく説明させてもらいます」

「それはいいんだが、爺さ…じゃなくて院長さんはどうするんだ?」

「かまいませんよ。実を言うとオールド・オスマンにも同席してもらおうと考えていたんです。最近の噂、私はあれが唯の噂で終わるとはとうてい思えないんです」

「どういうことじゃコルベール君。何か思い当たる事でも?」

 コルベールは緩慢な動きで瞼の上から目を揉むと、非常に口に出したくなさそうな苦しげな声色で話し始めた。

「実はほんの数日前に、ある人物が学院のある本を閲覧したい言って訪ねてきたんです。
 対応にでは私は、思わずウッと息を詰まらせました。
 はっきり言いますと、私はその訪ねてきた人を見た瞬間に吐き気と嫌悪感を覚えました。
 あのような人間などこれまで生きてきて一度も見たことは無かったし聞いた事もありませんでした。
 いや、奴は本当に人間じゃなかったのかもしれません。
 おおよその人間ではありえない3メイルという巨体で薄汚い身なりの、まるで色黒の山羊面の怪獣が似もしてない人間を真似をしているようで、本当に悍しいモノでした。
 男は持参にて来た本を私に見せると、これと同じ題名の本がここにあると聞いて訪れたと説明しました。
 何でも、今持っている本は所々内容の欠けている粗悪な写本だとか。
 それでこの学院の図書館に置いてある本を閲覧したいと。
 ここまでは私も平常の心を保てていたし、いくら目の前の客人が怪物めいているからといってぞんざいな対応は決していたしません。
 それくらいの常識と教養は十分備えている―――つもりでした。
 幸いな事に、私は男が求める本を前に一度読んだ事があったのです。
 これは本当に幸いな事でした。
 何せその本の内容は語る事は勿論、記憶に止める事さえ憚られるような、世にも悍しい内容だったからです。
 邪悪、とも形容したほうがよいでしょうか。
 ですから致し方なかったのです。あれが一番よかったのです。
 あの忌まわしいナリをした男を学院に二度と入れないためには、火を放って服と体の表面の一部を少し焦がして追い返すのが最善だったのです!」

 普段のおおらかなコルベールとはかけ離れた、ヒステリーじみた言動にオスマンは言葉が出てこずにいた。
 袖で半ば隠れているコルベールの手は白くなるほど強く握られていて、それは震えを隠すものである。
 そして同じように拳を強く握り、九郎は震えを隠していた。
 最近噂される悪臭を放つタール状の粘液を残す見えざる怪生物に、人間ではありえない体躯で学院の図書を閲覧を望んで訪れる男。
 悪寒がする。
 過ぎ去った筈の悪臭が九郎の鼻腔を付いた。
 この噂を耳にした時、九郎は真っ先にある事件を思い浮かべてた。
 忘れる筈もない。
 まだ自分が無知でいた頃、禁断の術を学び世界が手中にあるという他愛もない錯覚を持てていたあの学生時代。
 ミスカトニック大学の秘密図書館に現れた、邪悪なる外宇宙の神より産み落とされたこの世ならざる忌まわしき双子の片割れ。
 記憶の奥底に今なお巣くう恐怖の中で、ウィルバー・ウェイトリーの色黒の山羊面が這い寄って――――――――――――
 鳴き声がした。
 九郎はハッとして顔を上げる。
 どこからか、夜鷹の鳴き声が聞こえてきた。





◆□■◇□◆■◇◆□■◇□◆■◇




「ご注文のコーヒーとサンドイッチをお持ちしました」

 注文した品を運んできた女性の給仕の声は九郎達にとってまさに慈雨であった。
 暗い雰囲気が蔓延していた3人は大きく息を吐き出すと、騒ぐ周りの客を見て安堵する。

「あの、どうかなさいましたか?」

「あ、いや、なんでもないです」

 曖昧な返事を九郎はする。

「なんでもない、なんて風には三人とも見えませんわ。顔が蒼白ですよ。
 いったいどうしたんですか?」

「ほほ、君は優しいのぅ。名前はなんと言うんじゃ?」

「オールド・オスマン!
 こんな時にナンパなどして、一体どういうつもりですか!」

「コルベール君。一応断っておくが、これは決してナンパなどではなく、一介の客であるワシらを心配してくれる心優しい給仕の
 名前を是非にでも知りたいと思い聞いただけなのじゃよ。他意は無い」

「そんな言い訳にすらなってない事を、よくもまぁいけしゃあしゃあと……」

「まったく、君はちと真面目過ぎはしないか。のお……え~っと…」

「ロングビルですわ、オールド・オスマン」

「おお、ロングビルというのか。ええ名前じゃの」

 オスマンの鼻の下は伸びている。
 エロジジイだ。
 しかもオスマンの片方の手は九郎とコルベールには見えない位置からロングビルの尻を撫で回していた。

「もう、程ほどにしてください」

 そう言うとロングビルは怒ろうともせず、寧ろ微笑んで軽くオスマンの手を払っただけで済ましてしまう。
 よって、

「うほほほほ」

 オスマンは付け上がった。

「……院長さんは、いつもこんな調子で?」

「ええ、まあ…………。エロジジイですから」

 コルベールの吐いた毒に、九郎はオスマンに対する認識を若干修正した。

「え~~と、話がどえらく脱線しちまったが、コルベールさんの話を聞いてだいたいの事は分かりました。
 で、確認したい事があるんですが……」

 九郎は顔を引き締め、今頭に浮かんでいる十中八九間違いないだろう予想を念のために聞く。

「何ですか?」

「学院を訪ねた男が閲覧を希望した本って、一体なんですか?」

 九郎の問いに、コルベールは顔を近づけると、小声で確かに告げた。

「フェニアのライブラリーという教師のみが閲覧可能な本が置かれている区画に在る『死霊秘法<ネクロノミコン>』という題の相当の古書です」

 決定的だった。
 噂の怪物の正体も、訪ねて来た男の目的も、何もかも九郎には理解できた。
 正しく、今回の怪事件はあの『ダンウィッチの怪』の再現である。
 冷たく暗い、嫌な予感が九郎の背筋に走る。
 男がわざわざ学院に閲覧しに来たと言う事は、今現在奴らは目的を達成するための呪文が記されている魔導書を持っていないという事。
 同じだ。
 何から何まで同じである。
 なら、男が次にとる手段は―――

「九郎君!?」

 突然乱暴に立ち上がった九郎にコルベールは驚きの声を上げ、オスマンとロングビルも唐突な行動に目を向ける。

「もう一つ確認しますが、学院に大きな黒い番犬がいたりは?」

「いいえ、衛士はいますが番犬はいません。それが何か?」

 なら、男が噛み殺される、何てことは起きない。

「学院に行くんだ。急いで!」

「どうしたんですか急に」

「嫌な予感がするんだ。もしかすると図書館に忍び込まれるかもしれない」

「まさか!? 学院には見回りは勿論、メイジである先生方もいるのですよ。そう易々と侵入されるわけがないでしょう」

「コルベールさんが話してくれた男はまっとうな人間じゃありません。おそらく、噂の怪物の兄弟か何かでしょう」

「どうしてそんな事が分かるのですか。実際に会ってもいないのに。何の確信を持ってそう言い切るのですか!」

「今回の事とまったく同じ事例があるんです。気持ち悪いくらい似ている事例がね。
 まったく、誰かの作意すら感じるよ。
 コルベールさん、最後に聞きます。学院を訪れた男、名前はウィルバー・ウェイトリーと言いませんか?」

 そう言うと九郎はにたりと笑った。
 皮肉と苦渋の色が混ざる笑みだった。

「……何故、知っているんですか」





◆□■◇□◆■◇◆□■◇□◆■◇





 その村の入り口は城下町に続く街道に度々在る分かれ道の一つで、入るとやがて地面がぼこぼことしたものになり、雑草や低木のはびこる森林地帯が目に付く数の少ないやせた畑が見えてくると、それは村に着いた事を意味する。
 ぽつぽつと点在する家屋は老朽化の激しい物ばかりで、村全体には廃れた空気が蔓延している。
 実際、この村の住人は代々近親相姦を重ねて頽廃しているので、そのような空気で満ちる事は当然の成り行きと言うべきか。
 ぱっと見るだけでは廃村のように思われるが、暫く見続けていればときどき村民の動く姿が見受けられる筈だ。
 もし旅人などがこの村を訪れたなら、この上ない居心地の悪さを感じるだろう。
 村人には人目を忍ぶような節が見受けられ、あたかもこちらが何か悪い事をしたような気分になるからだ。
 更に道を進んでいくと埋めるように立つ木々の森の向こうに山並みが見えてきて、山の頂は何者かの作為を感じさせるきれいな形を成していて、自然本来の歪さのないその頂が異様な不気味さを漂わせている。
 しかも殆どの山の頂には何故存在するのか分からない奇妙な円形に配置された石柱が立ち並んでおり、遺跡と呼ぶには余りにも単純なそれらは青空を背景に見ると黒々と穴が開いたようだった。
 この村の近くで口を開く大峡谷には、かつての原住民の悪魔崇拝にも勝る邪悪な召喚儀式などの不気味な伝承が数多く残されている。
 おそらく頂の環状列石はその痕跡だろう。
 その廃れた農村である日、飼い犬達が一斉にが滅茶苦茶に吼え始め、野生動物の気配も消え失せた。
 村人達はその奇怪な行動に何か起きる前触れなのではないかと不安を募らせた。
 そしてその不安は的中する。
 平穏を保たれていたトリステインに、後世にまで語られるトリステイン史上稀な呪わしい怪事件が勃発する。
 それは人々が経験した事無い恐怖であり、大十字九郎にとって二度目の出会い―――再会であった。



 どこかそう遠くない場所から、夜鷹の鳴き声が聞こえてきた。

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