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「ハルケギニアの騎士テッカマンゼロ-3」(2008/02/28 (木) 17:36:55) の最新版変更点
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ワルドの目の前で、信じられない光景が広がっていた。
急速上昇したルイズ――テッカマンゼロは怪物を次々と切り裂いていく。
剣や魔法をことごとく跳ね返す強固な外殻、風竜さえも凌駕するスピード、魔法衛士隊の精鋭たちでさえまるっきり歯が立たない化け物どもを。
子供の頃から知っている、あの小さなルイズが、だ。
「テックセッター……テッカマンゼロ。……あの力があれば」
ワルドは目をぎらつかせながら、戦いを見つめた。
テックランサーを回転させ、一直線に突っ込む。自身の数倍はあろうかというラダム獣の肉体に大穴が開く。
振り向きざまに分離させたテックランサーを投げつける。二本の刃はそれぞれ強固な外殻を引き裂き、二体のラダム獣を真っ二つにする。
いかに人間の力が及ばない相手であっても、テッカマンにとっては脅威ではなかった。
テックランサーが煌くたび、ラダム獣はその数を減らしていく。
しかし本当の強敵は別にいる。
テッカマンに改造された者は、他のテッカマンの存在を感知することができるのだ。
そしてその感覚がすぐ近くにいる別のテッカマンの存在を教えてくれた。
「来た!」
「やっぱり生きていたね、ゼロ」
「ギーシュ……テッカマンダガー!」
私はギーシュとそれほど仲がいいわけじゃなかった。
学年の同じ級友だけど、あまり話してもいない。ただ、キザで微妙に趣味が悪くて落ち着きがなくて詰めが甘い、という印象は残っているし、
顔も覚えている。ギーシュ・ド・グラモンという名前も知っている。
そんな相手と命のやり取りをすることになるなんて、考えたこともなかった。
彼は飛行型ラダム獣の上で、バラの花を振った。彼が魔法を使うときの杖は、あのバラの花だ。
振り方もキザで無駄に格好をつけている。そんなところも変わらない、以前のままの仕草だ。
けど……違う!
彼はもうギーシュじゃない。ギーシュはもう、あのときに死んだ。
あそこにいるのはテッカマンダガー、憎むべきラダムの尖兵で、私たちみんなの仇!
「魔法も使えず、ラダムを裏切った不完全なテッカマン。まさにゼロという名がふさわしいよ」
嘲笑するダガーの周りに七体の影が現れた。青銅の女戦士、ワルキューレ。
前と同じようにゼロの動きを止めてから始末するつもりなのだろう。
「行けっ!」
指揮棒よろしく、バラの花を向ける。同時に全てのワルキューレが一直線に突進してきた。
だが、ワンパターンな攻撃だった。
ダガーの最大の失敗は、以前のこの攻撃でゼロを倒しきれなかったことだ。
テッカマンになっても魔法が使える、この重大な事実を隠し続け、最後の最後、確実に倒せるときに、決め手として使うべきだったのだ。
ゼロ――ルイズの頭の中には、以前にやられた時のことが思い起こされている。
ワルキューレは確かに脅威だけど、その間に接近できればダガーは対応しきれない……!
「クラッシュイントルード!」
各部装甲が折りたたまれる。エネルギーフィールドに包まれたテッカマンゼロは超高速で突撃、次々とワルキューレを打ち破っていく。
「何!?」
「ダガー、これで!」
クラッシュイントルードはそのままラダム獣の上に陣取っていたダガーを弾き飛ばす。
ワルキューレの操作に集中していたダガーは反応が遅れ、直撃を喰らってしまう。
ダガーを跳ね飛ばした瞬間にゼロは折りたたまれた装甲を展開、強烈な空気の抵抗で身体がばらばらに千切れそうなほどの衝撃を受ける。
だが、これはチャンスなのだ。ダガーを倒す、千載一遇の。その一心で、ルイズは耐え抜く。
激しい空気抵抗がブレーキとなり、ゼロの身体はダガーの直上で停止した。バランスを崩し、ダメージに耐えながらもゼロは、
ダガーを貫かんとランサーを突き出す。
絶対に外しようのない、必殺のタイミングの一撃。本来なら、ここでダガーの命は潰えていたはずだった。
しかし一瞬、ダガーの頭部にギーシュの顔が被って見えた。
キザな微笑を見せ、バラの花をくわえているギーシュ。確かあの時は召喚で現れたモグラと顔を見合わせていた。
「うっ!」
思わずルイズは目を逸らす。そのせいで、わずかに狙いがずれた。
鮮血が飛び散る。
真っ赤な血が視界に飛び込み、装甲にぽつぽつと赤い斑点をつくる。
殺……したの?
自分が望んだはずの事態。その結果にルイズは打ちのめされ、戦闘中だというのに茫然自失となり、空中で止まってしまう。
しかし、突き出されたランサーはダガーの回避行動とあいまって目標を外していた。
「うわあぁぁぁっ!」
顔を貫かれたダガーは動きを止めたゼロを蹴り飛ばし、顔を押さえて絶叫する。
彼の顔は右半分が痛々しく切り裂かれ、指の間からも血が流れ出している。
「ゼロ、よくも!」
ダガーは残された左目を憎悪で燃やした。しかし、さすがに状況が不利だと悟ったのだろうか、襲撃してきたラダム獣の生き残りを集結させ、
それらを囮として後退する。
蹴られたショックでやっと立ち直ったルイズは、後退するダガーを睨みつけた。
まだ、まだ間に合う!
ゼロは肩の装甲を展開させ、必殺の一撃の体勢に入る。
「ボル……!」
ここでも後退するダガーの後姿にギーシュの顔が重なって見えた。ここでボルテッカを放てば、間違いなく殺してしまう。
顔の知っている、どんな人間かも知っている相手を。何より自分のせいであんな姿へと変えてしまった級友を。
そんな思いが、彼女を一瞬躊躇させてしまうが、ルイズは首を振ってそれを振り払う。
あいつはラダム……ラダム!
「ボルテッカァーッ!」
必殺の一撃が発射される。フェルミオンの奔流が幾多のラダム獣を飲み込んでいくが、所詮はタイミングを逸した一撃。ダガーには
かすりもせず、そのまま見失ってしまった。
追撃しようにも、ボルテッカを撃ったおかげで体力は限界だ。
ゆっくりと地上に降り立つ。地面に両足を置き、浮遊のための推進機関を停止させた。
途端にゼロは糸の切れたマリオネットのようにへたり込み、地面に両手を着く。同時に、テックセットも解除された。
そこにいるのはもはやラダム獣を手玉に取り、テッカマンダガーを追い詰めた戦士、テッカマンゼロではない。
ただ運命に翻弄されるだけの、小さな少女だ。
「では何も知らない、覚えていないというのかね。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール?」
ルイズは何も答えない。ただ目を伏せ、じっとしている。
テックセットを解除したルイズは、すぐさま武装された兵士たちに包囲された。しかし彼女は何の抵抗も示さず、そのまま拘束された。
今はマザリーニ枢機卿じきじきの尋問を受けている。
「君がトリステイン魔法学院の生徒で、あのヴァリエール公爵家の息女だということは分かっている。ワルド子爵やミス・ロングビルの
証言からも明らかであり、君もそれは認めている。しかし、私の知りたいのはあの化け物たちのことだ」
そこで一息つき、ルイズの反応をうかがう。全く変わらなかった。
「君は化け物の事をラダムと呼び、君自身も姿を変えた。何か知っているのだろう」
何かに耐えるように目を伏せたまま、ただ静かに首を横に振る。マザリーニは嘆息しながらも、辛抱強く説得を続ける。
「君は知っているかな? 君のいた魔法学院を中心として、トリステインの半分は既に化け物によって占拠されてしまっている。
そうでない地域にもあの化け物たち、君の言うラダムは侵攻し、植物を植えつけている。これはトリステインだけの問題ではない。
既にハルケギニア全土に及んでいる。我々は何としてもラダムを駆逐し、このハルケギニアを取り戻さなければならない。だが、
情報はあまりにも少ない。教えてもらえないかね? 君の事、ラダムのこと、そして君の変身したテッカマンの事を。それに
、敵にも
君と同じようなテッカマンがいたね。どんな小さなことでも構わない。何か……」
「何も……覚えてません」
ルイズの反応は変わらない。それでも、マザリーニは諦めるようなことはしなかった。やっと、怪物――ラダムに対抗するための
手がかりを見つけたのだ。何があろうと諦めるわけにはいかない。しかしあまり強く迫るわけにもいかなかった。
ルイズ、テッカマンゼロは人間ではあるが、味方かどうかは分からない。下手なことをして彼女を敵に回しては、取り返しがつかない。
「では、何か欲しいものはないかね。君はあのラダムを蹴散らしてくれた。礼も含めて、可能な限り用意させよう」
マザリーニは作戦を変えることにした。見え見えの懐柔だが、何もしないよりはいい。
「……では、何か食べ物をいただけますか?」
ルイズは少し顔を赤らめながら、小さな声で言った。
程なくして、給仕と共にワルドが部屋に入ってきた。入れ替わるようにマザリーニ枢機卿は部屋を出て行く。
給仕も配膳を終えたら、一礼をして部屋を出て行った。
これで、部屋にいるのはルイズとワルドだけとなった。これも間違いなく懐柔策の一環だろう。
ワルドとルイズが昔馴染みであるなら、説得も情報を得るにも都合がいい。
それに気付いたルイズは、一心不乱に目の前の食事に手をつけた。テックセットのおかげで非常に空腹だったせいで、既にかなりの量
を平らげている。
「よく食べるね」
ルイズの食事を見ていたワルドは、感心したように呟いた。その言葉にルイズは手を止め、慌てる。
「す、すみませんワルド様! 目の前で何とはしたないことを……」
「いや、いいんだ。ちょっと驚いただけだよ。それに、そんな他人行儀はやめてくれないか? さっきみたいな感じで構わないよ」
「あれは、いきなりのことで動転してしまってあんな失礼な態度を……、申し訳ありません!」
「あれでいいんだよ。だって僕たちは婚約者じゃないか」
「こ、婚約者だなんて親が勝手に決めたことじゃない!」
ついこのような口調になってしまった。しゃべって初めて、ワルドのペースに乗せられたことに気付く。
「おや、小さなルイズは僕のことが嫌いになってしまったのかい?」
短い沈黙、やがて聞き取れるか取れないかぎりぎりの小さな声でルイズが口を開いた。
「嫌いなわけ、ないじゃない」
「よかった。君に嫌われていたとしたら、ショックで死んでしまうところだったよ」
完全にワルドのペースだった。いかにテッカマンといえど、ルイズ自身はこの間まで学生だった、ただの少女だ。魔法衛士隊として、
貴族として酸いも甘いもかみ分けてきたワルドに勝てるはずがない。
ルイズは「テックセットはものすごく体力を使ってお腹が減るのよ」と言い訳がましいことを口にしてから、食事を再開する。
「それで、ワルドもやっぱりラダムのこと聞きに来たの?」
「枢機卿にはそう言われてきたけどね。僕の一番の目的は君と話がしたかったからだよ」
「え……そんな」
ルイズは顔を赤らめる。手応えを感じたワルドは立て続けに聞いた。
「それにしても驚いたよ。君が目の前で変身したのを見たときは。あれは一体何なんだい?」
「……その辺りは覚えてないわ。いつの間にかこのシステムボックスを持ってて、テックセットできるようになってたの。ラダムのことも同じで、何も知らないわ」
ここは嘘だった。あの悪夢を忘れられるわけがない。ただ、誰にも言いたくないだけだ。
そのままルイズは食事をも止め、何も言わなくなった。
口を閉ざしたルイズを前にして、突然ワルドが何かを思い出したかのように言った。
「そうだ。あとでヴァリエール公爵領を訪ねてみようか」
「えっ、無事なの!?」
「少なくともあの辺りにはまだラダムは確認されていないよ。僕のグリフォンなら、すぐに行けるさ」
「けど……無理よ」
「何でだい? ラダムのことなら大丈夫だよ。君があれだけ痛めつけたんだ。そんなすぐには襲ってこないよ」
「でも……」
渋るルイズだが、行きたがっている。ワルドの目には明らかだった。
「それに、君が生きていたんだ。魔法学院の者の生存は絶望的だといわれていたからね。ヴァリエール公爵様たちにも報告しなくちゃ。
きっと喜ぶよ」
返事がない。その隙にワルドは一方的に宣言する。
「よしっ、決まりだ。明日すぐに僕のグリフォンで行こうじゃないか」
「そ、そんな! 勝手に決めないでよ!」
「じゃあ、やめるかい?」
ワルドはわざと意地悪く言った。目を伏せたルイズは長い……長い沈黙のすえに顔を真っ赤にして小さく呟いた。
「……行くわよ」
それでも言われるがままで悔しいルイズは、苦し紛れの言い訳を口にする。
「でもワルドが言ったからじゃなくて、とうさまたちが心配だから行くだけなんだからね!」
「分かってるよ、僕の可愛いルイズ」
しかしワルドは動じることなく鷹揚に応える。その余裕に満ちた態度が、ルイズの顔をますます赤く染め上げた。
全ての始まりであり、今はラダムの本拠地となってしまった土地。
もともとはトリステイン魔法学院であった場所に戻ったダガーは、顔の右側を押さえつつ呪詛の言葉を吐いた。
「ゼロ……出来損ないが、この僕に!」
そこへどこからともなく遠雷のような声が響いた。その声にダガーは顔を上げる。
「やはりあなたでは、ゼロを倒しきれないようね」
口調は丁寧だが、圧倒的な威圧感。声だけで、その底知れない力と貫禄を感じさせる。
テッカマンオメガ。テッカマンの頂点に立つ存在であり、ラダムそのもの。低く抑えた声からは、性別はうかがい知れない。
「オメガ様、あなたは僕があのゼロに劣ると!?」
「こうして負けて戻ってきたことが、何よりの証拠よ。次は別の者にやらせるわ」
冷たく言い放たれる。それはダガーの自尊心、プライドを著しく傷つけた。
「待ってください、オメガ様! もう一度僕に機会を、この傷の礼をさせてください! 次こそはゼロを仕留めてみせます!」
声の端々から、復讐心がにじみ出ている。
「自信があるようね、分かりました。しかし、これが最後のチャンスよ。もはや失敗は許されません」
「はい。このバラに誓って」
ギーシュの姿へと戻ったダガーはバラを天へ掲げた。美しい顔は右目を失い、残された左目にも復讐の炎が宿る。
これなら、いけるかもしれない。
ダガーの様子を見たオメガは、見えない唇を歪ませた。
#navi(ハルケギニアの騎士テッカマンゼロ)
ワルドの目の前で、信じられない光景が広がっていた。
急速上昇したルイズ――テッカマンゼロは怪物を次々と切り裂いていく。
剣や魔法をことごとく跳ね返す強固な外殻、風竜さえも凌駕するスピード、魔法衛士隊の精鋭たちでさえまるっきり歯が立たない化け物どもを。
子供の頃から知っている、あの小さなルイズが、だ。
「テックセッター……テッカマンゼロ。……あの力があれば」
ワルドは目をぎらつかせながら、戦いを見つめた。
テックランサーを回転させ、一直線に突っ込む。自身の数倍はあろうかというラダム獣の肉体に大穴が開く。
振り向きざまに分離させたテックランサーを投げつける。二本の刃はそれぞれ強固な外殻を引き裂き、二体のラダム獣を真っ二つにする。
いかに人間の力が及ばない相手であっても、テッカマンにとっては脅威ではなかった。
テックランサーが煌くたび、ラダム獣はその数を減らしていく。
しかし本当の強敵は別にいる。
テッカマンに改造された者は、他のテッカマンの存在を感知することができるのだ。
そしてその感覚がすぐ近くにいる別のテッカマンの存在を教えてくれた。
「来た!」
「やっぱり生きていたね、ゼロ」
「ギーシュ……テッカマンダガー!」
私はギーシュとそれほど仲がいいわけじゃなかった。
学年の同じ級友だけど、あまり話してもいない。ただ、キザで微妙に趣味が悪くて落ち着きがなくて詰めが甘い、という印象は残っているし、
顔も覚えている。ギーシュ・ド・グラモンという名前も知っている。
そんな相手と命のやり取りをすることになるなんて、考えたこともなかった。
彼は飛行型ラダム獣の上で、バラの花を振った。彼が魔法を使うときの杖は、あのバラの花だ。
振り方もキザで無駄に格好をつけている。そんなところも変わらない、以前のままの仕草だ。
けど……違う!
彼はもうギーシュじゃない。ギーシュはもう、あのときに死んだ。
あそこにいるのはテッカマンダガー、憎むべきラダムの尖兵で、私たちみんなの仇!
「魔法も使えず、ラダムを裏切った不完全なテッカマン。まさにゼロという名がふさわしいよ」
嘲笑するダガーの周りに七体の影が現れた。青銅の女戦士、ワルキューレ。
前と同じようにゼロの動きを止めてから始末するつもりなのだろう。
「行けっ!」
指揮棒よろしく、バラの花を向ける。同時に全てのワルキューレが一直線に突進してきた。
だが、ワンパターンな攻撃だった。
ダガーの最大の失敗は、以前のこの攻撃でゼロを倒しきれなかったことだ。
テッカマンになっても魔法が使える、この重大な事実を隠し続け、最後の最後、確実に倒せるときに、決め手として使うべきだったのだ。
ゼロ――ルイズの頭の中には、以前にやられた時のことが思い起こされている。
ワルキューレは確かに脅威だけど、その間に接近できればダガーは対応しきれない……!
「クラッシュイントルード!」
各部装甲が折りたたまれる。エネルギーフィールドに包まれたテッカマンゼロは超高速で突撃、次々とワルキューレを打ち破っていく。
「何!?」
「ダガー、これで!」
クラッシュイントルードはそのままラダム獣の上に陣取っていたダガーを弾き飛ばす。
ワルキューレの操作に集中していたダガーは反応が遅れ、直撃を喰らってしまう。
ダガーを跳ね飛ばした瞬間にゼロは折りたたまれた装甲を展開、強烈な空気の抵抗で身体がばらばらに千切れそうなほどの衝撃を受ける。
だが、これはチャンスなのだ。ダガーを倒す、千載一遇の。その一心で、ルイズは耐え抜く。
激しい空気抵抗がブレーキとなり、ゼロの身体はダガーの直上で停止した。バランスを崩し、ダメージに耐えながらもゼロは、
ダガーを貫かんとランサーを突き出す。
絶対に外しようのない、必殺のタイミングの一撃。本来なら、ここでダガーの命は潰えていたはずだった。
しかし一瞬、ダガーの頭部にギーシュの顔が被って見えた。
キザな微笑を見せ、バラの花をくわえているギーシュ。確かあの時は召喚で現れたモグラと顔を見合わせていた。
「うっ!」
思わずルイズは目を逸らす。そのせいで、わずかに狙いがずれた。
鮮血が飛び散る。
真っ赤な血が視界に飛び込み、装甲にぽつぽつと赤い斑点をつくる。
殺……したの?
自分が望んだはずの事態。その結果にルイズは打ちのめされ、戦闘中だというのに茫然自失となり、空中で止まってしまう。
しかし、突き出されたランサーはダガーの回避行動とあいまって目標を外していた。
「うわあぁぁぁっ!」
顔を貫かれたダガーは動きを止めたゼロを蹴り飛ばし、顔を押さえて絶叫する。
彼の顔は右半分が痛々しく切り裂かれ、指の間からも血が流れ出している。
「ゼロ、よくも!」
ダガーは残された左目を憎悪で燃やした。しかし、さすがに状況が不利だと悟ったのだろうか、襲撃してきたラダム獣の生き残りを集結させ、
それらを囮として後退する。
蹴られたショックでやっと立ち直ったルイズは、後退するダガーを睨みつけた。
まだ、まだ間に合う!
ゼロは肩の装甲を展開させ、必殺の一撃の体勢に入る。
「ボル……!」
ここでも後退するダガーの後姿にギーシュの顔が重なって見えた。ここでボルテッカを放てば、間違いなく殺してしまう。
顔の知っている、どんな人間かも知っている相手を。何より自分のせいであんな姿へと変えてしまった級友を。
そんな思いが、彼女を一瞬躊躇させてしまうが、ルイズは首を振ってそれを振り払う。
あいつはラダム……ラダム!
「ボルテッカァーッ!」
必殺の一撃が発射される。フェルミオンの奔流が幾多のラダム獣を飲み込んでいくが、所詮はタイミングを逸した一撃。ダガーには
かすりもせず、そのまま見失ってしまった。
追撃しようにも、ボルテッカを撃ったおかげで体力は限界だ。
ゆっくりと地上に降り立つ。地面に両足を置き、浮遊のための推進機関を停止させた。
途端にゼロは糸の切れたマリオネットのようにへたり込み、地面に両手を着く。同時に、テックセットも解除された。
そこにいるのはもはやラダム獣を手玉に取り、テッカマンダガーを追い詰めた戦士、テッカマンゼロではない。
ただ運命に翻弄されるだけの、小さな少女だ。
「では何も知らない、覚えていないというのかね。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール?」
ルイズは何も答えない。ただ目を伏せ、じっとしている。
テックセットを解除したルイズは、すぐさま武装された兵士たちに包囲された。しかし彼女は何の抵抗も示さず、そのまま拘束された。
今はマザリーニ枢機卿じきじきの尋問を受けている。
「君がトリステイン魔法学院の生徒で、あのヴァリエール公爵家の息女だということは分かっている。ワルド子爵やミス・ロングビルの
証言からも明らかであり、君もそれは認めている。しかし、私の知りたいのはあの化け物たちのことだ」
そこで一息つき、ルイズの反応をうかがう。全く変わらなかった。
「君は化け物の事をラダムと呼び、君自身も姿を変えた。何か知っているのだろう」
何かに耐えるように目を伏せたまま、ただ静かに首を横に振る。マザリーニは嘆息しながらも、辛抱強く説得を続ける。
「君は知っているかな? 君のいた魔法学院を中心として、トリステインの半分は既に化け物によって占拠されてしまっている。
そうでない地域にもあの化け物たち、君の言うラダムは侵攻し、植物を植えつけている。これはトリステインだけの問題ではない。
既にハルケギニア全土に及んでいる。我々は何としてもラダムを駆逐し、このハルケギニアを取り戻さなければならない。だが、
情報はあまりにも少ない。教えてもらえないかね? 君の事、ラダムのこと、そして君の変身したテッカマンの事を。それに
、敵にも
君と同じようなテッカマンがいたね。どんな小さなことでも構わない。何か……」
「何も……覚えてません」
ルイズの反応は変わらない。それでも、マザリーニは諦めるようなことはしなかった。やっと、怪物――ラダムに対抗するための
手がかりを見つけたのだ。何があろうと諦めるわけにはいかない。しかしあまり強く迫るわけにもいかなかった。
ルイズ、テッカマンゼロは人間ではあるが、味方かどうかは分からない。下手なことをして彼女を敵に回しては、取り返しがつかない。
「では、何か欲しいものはないかね。君はあのラダムを蹴散らしてくれた。礼も含めて、可能な限り用意させよう」
マザリーニは作戦を変えることにした。見え見えの懐柔だが、何もしないよりはいい。
「……では、何か食べ物をいただけますか?」
ルイズは少し顔を赤らめながら、小さな声で言った。
程なくして、給仕と共にワルドが部屋に入ってきた。入れ替わるようにマザリーニ枢機卿は部屋を出て行く。
給仕も配膳を終えたら、一礼をして部屋を出て行った。
これで、部屋にいるのはルイズとワルドだけとなった。これも間違いなく懐柔策の一環だろう。
ワルドとルイズが昔馴染みであるなら、説得も情報を得るにも都合がいい。
それに気付いたルイズは、一心不乱に目の前の食事に手をつけた。テックセットのおかげで非常に空腹だったせいで、既にかなりの量
を平らげている。
「よく食べるね」
ルイズの食事を見ていたワルドは、感心したように呟いた。その言葉にルイズは手を止め、慌てる。
「す、すみませんワルド様! 目の前で何とはしたないことを……」
「いや、いいんだ。ちょっと驚いただけだよ。それに、そんな他人行儀はやめてくれないか? さっきみたいな感じで構わないよ」
「あれは、いきなりのことで動転してしまってあんな失礼な態度を……、申し訳ありません!」
「あれでいいんだよ。だって僕たちは婚約者じゃないか」
「こ、婚約者だなんて親が勝手に決めたことじゃない!」
ついこのような口調になってしまった。しゃべって初めて、ワルドのペースに乗せられたことに気付く。
「おや、小さなルイズは僕のことが嫌いになってしまったのかい?」
短い沈黙、やがて聞き取れるか取れないかぎりぎりの小さな声でルイズが口を開いた。
「嫌いなわけ、ないじゃない」
「よかった。君に嫌われていたとしたら、ショックで死んでしまうところだったよ」
完全にワルドのペースだった。いかにテッカマンといえど、ルイズ自身はこの間まで学生だった、ただの少女だ。魔法衛士隊として、
貴族として酸いも甘いもかみ分けてきたワルドに勝てるはずがない。
ルイズは「テックセットはものすごく体力を使ってお腹が減るのよ」と言い訳がましいことを口にしてから、食事を再開する。
「それで、ワルドもやっぱりラダムのこと聞きに来たの?」
「枢機卿にはそう言われてきたけどね。僕の一番の目的は君と話がしたかったからだよ」
「え……そんな」
ルイズは顔を赤らめる。手応えを感じたワルドは立て続けに聞いた。
「それにしても驚いたよ。君が目の前で変身したのを見たときは。あれは一体何なんだい?」
「……その辺りは覚えてないわ。いつの間にかこのシステムボックスを持ってて、テックセットできるようになってたの。ラダムのことも同じで、何も知らないわ」
ここは嘘だった。あの悪夢を忘れられるわけがない。ただ、誰にも言いたくないだけだ。
そのままルイズは食事をも止め、何も言わなくなった。
口を閉ざしたルイズを前にして、突然ワルドが何かを思い出したかのように言った。
「そうだ。あとでヴァリエール公爵領を訪ねてみようか」
「えっ、無事なの!?」
「少なくともあの辺りにはまだラダムは確認されていないよ。僕のグリフォンなら、すぐに行けるさ」
「けど……無理よ」
「何でだい? ラダムのことなら大丈夫だよ。君があれだけ痛めつけたんだ。そんなすぐには襲ってこないよ」
「でも……」
渋るルイズだが、行きたがっている。ワルドの目には明らかだった。
「それに、君が生きていたんだ。魔法学院の者の生存は絶望的だといわれていたからね。ヴァリエール公爵様たちにも報告しなくちゃ。
きっと喜ぶよ」
返事がない。その隙にワルドは一方的に宣言する。
「よしっ、決まりだ。明日すぐに僕のグリフォンで行こうじゃないか」
「そ、そんな! 勝手に決めないでよ!」
「じゃあ、やめるかい?」
ワルドはわざと意地悪く言った。目を伏せたルイズは長い……長い沈黙のすえに顔を真っ赤にして小さく呟いた。
「……行くわよ」
それでも言われるがままで悔しいルイズは、苦し紛れの言い訳を口にする。
「でもワルドが言ったからじゃなくて、とうさまたちが心配だから行くだけなんだからね!」
「分かってるよ、僕の可愛いルイズ」
しかしワルドは動じることなく鷹揚に応える。その余裕に満ちた態度が、ルイズの顔をますます赤く染め上げた。
全ての始まりであり、今はラダムの本拠地となってしまった土地。
もともとはトリステイン魔法学院であった場所に戻ったダガーは、顔の右側を押さえつつ呪詛の言葉を吐いた。
「ゼロ……出来損ないが、この僕に!」
そこへどこからともなく遠雷のような声が響いた。その声にダガーは顔を上げる。
「やはりあなたでは、ゼロを倒しきれないようね」
口調は丁寧だが、圧倒的な威圧感。声だけで、その底知れない力と貫禄を感じさせる。
テッカマンオメガ。テッカマンの頂点に立つ存在であり、ラダムそのもの。低く抑えた声からは、性別はうかがい知れない。
「オメガ様、あなたは僕があのゼロに劣ると!?」
「こうして負けて戻ってきたことが、何よりの証拠よ。次は別の者にやらせるわ」
冷たく言い放たれる。それはダガーの自尊心、プライドを著しく傷つけた。
「待ってください、オメガ様! もう一度僕に機会を、この傷の礼をさせてください! 次こそはゼロを仕留めてみせます!」
声の端々から、復讐心がにじみ出ている。
「自信があるようね、分かりました。しかし、これが最後のチャンスよ。もはや失敗は許されません」
「はい。このバラに誓って」
ギーシュの姿へと戻ったダガーはバラを天へ掲げた。美しい顔は右目を失い、残された左目にも復讐の炎が宿る。
これなら、いけるかもしれない。
ダガーの様子を見たオメガは、見えない唇を歪ませた。
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