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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
しばしの後、食事を終えた一行は宿の中庭に集まった。
かつては貴族たちが集まって王族の閲兵を受けたという練兵場だったらしいが、今ではただの物置き場となっているようだ。
樽や空き箱が乱雑に積み上げられ、かつての栄華の名残を僅かに留める石製の旗立て台が苔むして佇んでいる。
「亜人の君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下にはここでよく貴族が決闘したものさ」
一行を案内してきたワルドが、自分のすぐ後ろに続くディーキンにそんな講釈を垂れた。
「オオ、そうなの?」
こんな忘れ去られたような場所の歴史についてまで詳しく知っているということは、ワルドは本当に書物などを読んで知識を集めるのが好きなのかもしれない。
まあ、ただ単に以前にもこの宿に泊まったことがあってその時に宿側の紹介で知ったとか、先輩の貴族に昔語りを聞かされたとかしただけなのかもしれないが。
「ええと……、フィリップ三世っていうのは確か、今のお姫様のおじいさんのこと……だよね?」
少し首を傾げて記憶を手繰りながら、そう確認した。
こちらに来てからまだそれほど日は経っていないが、勉強は既にかなりしている。
ディーキンはバードであるから、物語や歴史についても当然学んでいた。
「ほう、よく知ってるね」
ワルドが、やや意外そうに目を丸くして頷く。
「そうだとも、偉大な国王だった……。そして、古き良き時代だった。王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代さ」
「うん、その頃のいろんな英雄の物語があるんだよね。ええと、『烈風』カリンの話とか?」
やや芝居がかった調子で感慨深そうに講釈を続けるワルドに、ディーキンが頷きながら相槌を打つ。
ルイズはその名を聞いてぴくりと眉を持ち上げたが、特に何も言わなかった。
「その通り。かの時代には、名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあっていた。様々な物語で、そう語られている」
ワルドはそこで一旦言葉を切ってディーキンの方を見ると、ちょっと皮肉っぽく笑いながら肩を竦めた。
「……でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」
「フウン……、そうなの?」
ディーキンはじっとワルドの方を見つめ返して、首を傾げた。
この男はいかにも忠義篤い貴族のような顔をしているが、今の話からすると現在では王には力がなく、貴族の忠誠も王の元にはないと考えているようだ。
そして表情や声色などから察するに、それをとりたてて遺憾に思っているような様子もない。
しかも、婚約者の使い魔が本当に彼女を守れるような存在なのかを確かめたいなどと言い出すわりには、女性を巡っての決闘は『くだらないこと』だという。
ディーキンはバードとして、異性のために命を懸けて戦った者たちの勇ましい物語や美しい物語、悲恋の物語などをいくつも知っていた。
まあ確かに、戦いで勝つことと女性の心を掴むこととは別問題だろう。だが少なくとも、真剣な想いを胸に抱いて命がけで戦った者たちのことをくだらないとは思わない。
本気で愛する女性がいる男ならば、そのために決闘することをくだらないだなどと、一言で切って捨てられるものだろうか。
彼は本当に、表向きの態度で表しているほどにルイズを愛しているのだろうか?
そうしたディーキンの疑念も知らず、ワルドは彼に立ち止まっておくよう手で示しながら、ゆっくりと距離を離していった。
「さて……。なるほど君は勉強熱心のようだが、しかし使い魔の本分は主を守ることだ。その腕前の方はどうかな?」
余裕ぶってそんなことを言いながら、おおむね二十歩ほどの距離を開けて立ち止まる。
「距離はこんなものでいいか。それでは介添え人もいることだし、そろそろ始めようか」
そう宣言していよいよ手合せを始めようかとするワルドに、ルイズが苦言を呈した。
「……ねえ、ワルド。ディーキン。さっきも言ったけど、何もこんな時に手合せなんかしなくてもいいんじゃないの?」
彼女は先程の食事時にこの手合わせの話を聞いた際にも、今はそんなことをしている場合じゃないし止めておいたら、と言って反対したのだ。
「はは、そうだろうね。……でも、貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になると確かめずにはいられないのさ。特に、それが婚約者の使い魔となるとね」
「……」
ルイズはワルドの返事を聞くと、顔をしかめた。
つまりは婚約者……彼から気軽にそう呼ばれることには少し戸惑っているが……の使い魔が頼りになるものかどうか確かめたい、ということか。
想ってもらえて嬉しいような、勝手な熱を吹かないでくれと抗議したくなるような、なんともむずがゆい気分だった。
とはいえ、おそらく動機がそれだけではないことはルイズも察していた。
昨夜はディーキンが伝説の使い魔だなどと突拍子もないことを言い出したので面食らったが、どうもこの調子だと未だに、本気でそう信じているらしい。
彼が伝説の使い魔だからその力を確かめてみたい、とでも考えているのだろう。
取り決めで秘密にすることになっているから、彼はそもそも自分の使い魔ではないし、当然伝説の使い魔などでもありえないのだと伝えることができないのがもどかしかった。
「ウーン、ディーキンは痛いのはあんまり好きじゃないけど……。ワルドお兄さんがやってみたいっていうからね、お付き合いしようと思うの」
ディーキンはいろいろと考えた結果、ワルドの手合せの申し込みをそのまま素直に受けようと決めたのである。
もちろん、ディーキンはワルドとは違って、彼と自分のどちらが強いかなどということに興味はない。
個々の強さなどよりも、仲間全体としての強さのほうが冒険者にとっては重要だからだ。
そもそも強さなんてものは、その時の状況によっても変わるものである。たとえば、いくらファイターが正面切っての戦いでは強いと言っても、全員がファイターなどというパーティではまともに冒険をできるとは思えまい。
まあ……世の中は広いので、そんな試みに愚かと知りつつ挑戦するような強者たちもどこかにはいるのかもしれないが。
ともかく、タバサが自分が代わってもよいと申し出てくれもしたし、実際シエスタとギーシュの時のように彼女とワルドの決闘を横で見て歌にでもまとめる方がよほど自分の好みには合っていた。
しかしながら現在の状況から判断すると、彼女に任せるというのはどうにもあまりよい方法だとは思えなかった。
仮にそうしたとすれば、なぜ無関係な少女が横からしゃしゃり出てきたのかとワルドに訝られるだろう。
彼が味方で純粋に手合わせを望んでいるだけだったなら不満や不信感を抱かれる元になろうし、敵だとしても不自然に思われてかえって勘ぐられる結果になりかねない。
そうでなくとも、自分の気が進まないことを友人に押し付けるなどというのはあまり褒められたものではあるまい。
もし仮にワルドが特に敵というほどのものではなく純粋に手合わせを望んでいるだけか、もしくは単にルイズに対する下心があるだけなのならば……。
その場合は、特に手合わせを拒否し続ける必要もないだろう。
彼がルイズに自分の頼りになるところをアピールしたり、使い魔の頼りなさを見せつけたりしたいとでも思っているのなら、この方法は的外れだと断言できる。
自分が勝とうが負けようが、そんなことでルイズが仲間に幻滅したりワルドを今より高く買ったりすることはありえない。
ただその場合には、昨日の傭兵を雇った敵が別にいることになるのでそれに対する備えという意味ではいくらか体力などを消耗するであろうから若干不利益にはなるが、まあ許容できないほどのものではあるまい。
逆に、ワルドが懸念する通り本当に敵だったとすれば……。
さすがに手合わせ中の事故にかこつけて殺すなどといったあからさまな行為にまでは及ぶまいが、こちらの実力を探ろうという程度の狙いはあるのかもしれない。
しかし、逆にこちらもワルドの手の内を多少なりと探ることはできるし、上手くすればこちらの戦力について誤解を与えることもできるだろう。
それに彼が敵であればどの道この後も様々な手を打って来るに相違なく、今回の提案を断固として拒否してみたところで、根本的な解決にはなっていない。
以上のようにいろいろなケースについて総合的に考えてみると、彼が敵だった場合でもそうでなかった場合でも、手合わせをあくまで拒否し続けるメリットはほとんどないように思えた。
戦い方に多少気を配る必要はあるだろうが、素直に受けておけばまず大きな問題はないだろう。
多数のメイジを擁する魔法国家において王族を守る衛士隊長だというからには強いのだろうし、大した必要もないのに痛い目に遭うのは嫌なのだが、それはもう仕方あるまい。
「もう……」
ルイズはディーキンにそう言われてもまだ納得がいかないようで、むっつりしている。
今日は休日だとはいえ、仮にも大事な任務の最中なのにそんなことで体力を使ったり、あまつさえ怪我をしたりするのは彼女にはおよそ馬鹿げたことに思えたのだ。
とはいえ彼が自分の正式な使い魔ではない以上、本人がやってもいいというのなら中止をそれ以上強く要求するわけにもいかなかった。
「その代わり、試合が終わったらここで決闘したって言う人たちの話を聞かせてくれる? ディーキンはそういうのが好きだよ!」
「はは、いいとも。まあ、大した話はないがね。……それでは、他の皆は離れていてくれ」
わくわくと目を輝かせながらねだるディーキンに対して薄い笑みを浮かべると、ワルドは軽く頷きながら腰から杖を引き抜いた。
短めの細剣(レイピア)のような形状をした鉄拵えの杖は普通のメイジのそれとは一線を画しており、いかにも軍人らしい。
それを受けて、他の者たちは試合の邪魔にならないように中庭の端の方へ離れていく。
ディーキンも戦いに備えて、荷物袋の中から六尺棒(クォータースタッフ)を取り出そうとした。
「……ン?」
その時、タバサが後からくいくいとディーキンの腕を引いた。
ディーキンが振り返ると、彼女はかがみ込んで顔の高さを合わせ、彼の耳元で小さく呟くように声をかける。
「がんばって。まけないで……」
「ア……、ありがとうなの。ディーキンはがんばるよ!」
にっと笑ったディーキンに小さく頷くと、タバサは黙ってくるりときびすを返した。
そのままとことことキュルケたちの元に歩いて行き、彼女らと一緒に観戦する体勢に入る。
「タバサ、何かディー君に作戦でもあげてたの?」
キュルケの問いに首を振ると、タバサは独り言のようにぽつりと呟いた。
「おねがい。……と、おまじない……」
それを耳聡く聞きとめたキュルケは、にやにやしながらタバサを後ろから抱き締めた。
「ははあ、おまじないねえ? あなたみたいなお姫様の応援を受けたからには、ディー君の勝ちは決まったようなものよね!」
僅かに頬を赤らめながら親友にうりうりと弄られているタバサをよそに、ギーシュはシエスタと勝敗の行方について話し合っていた。
「やれやれ。彼がどのくらい強いのかは知らないが魔法衛士隊はメイジの中でもエリート揃い、ましてや子爵はその隊長だ。到底勝負にはならないだろうに、どうして子爵は手合わせをしたいなんて言い出したんだろうね?」
「それは……そうかもしれません。けど、私は先生なら、きっと引けは取られないと思いますわ!」
「まさか! 彼はまだ、ほんの子どもじゃないか。そりゃあ、変わった先住魔法を使えるようだし、武器もかなり扱えるようだが、さすがに戦闘訓練を積んだ魔法衛士には……」
ギーシュとシエスタがそんな風に議論していたところへ、タバサを抱きかかえながら運んできたキュルケが口を挟んだ。
「そういえばあなたは、ディー君が戦うところは見たことがないんだっけ。きっと面白いものが見られるわよ」
「キュルケ、君まで? まさかそんな、冗談だろう……」
「……」
タバサは仲間たちのそんな気楽な会話を聞きながら、先ほどの『おねがい』について少し後悔していた。
ディーキンに負けないでほしいというのは、結局のところ自分の願みであって彼のためを思って出た言葉ではなかったかもしれない。
自分は彼の負けるところなど見たくないが、彼自身にはおそらく、そんなこだわりはないのではないだろうか。
ならばワルドの警戒を解くためにも、不審に思われない程度に適当に戦って負けてしまったほうが賢明だったのではないか。
なのにあんなことを頼んだら、彼の性格ではせっかく仲間に応援してもらったのだから多少不利益になっても勝たなくては、と思ってしまうかもしれない。
実際、勝つと明言こそしなかったものの、がんばるとは言ってくれていたし……。
「あら、じゃあ賭けてみる? 私はディー君が勝つ方に5エキューね。シエスタは?」
「え? ……あ、その。も、もちろん私は、先生が勝たれるって信じていますけど、賭け事はちょっと……」
「私もそんな賭けはしないわよ、もう! とにかく、早く終わって欲しいものだわ……」
申し訳なさそうに辞退するシエスタと、一人楽しげにしているキュルケを白い目で睨むルイズ。
彼女らの方をぼんやり眺めながら、タバサは今、くよくよと悩んでも仕方がないと思い直した。
もう言ってしまったものは、今さら仕方あるまい。
それよりも、とりあえず今、やるべきことは。
「……私も、あの人が勝つ方に10エキューで」
この機会に金を稼いでおくことだった。
だって、宿代もかかるし。
新しい本も、買いたいし。
そんな仲間たちの楽しげな会話をよそに、ディーキンは今度こそ六尺棒を構えてワルドと向き合った。
魔力も何もなく、武器というよりは雑多な用途に使う道具のようなものだが、大事な仕事の最中に手合わせなどで大怪我をしかねない刃物をやたらに振り回すものでもあるまい。
もちろん、メインウェポンを抜かないことで手の内を隠すという意味合いも多少ある。
この手のいわゆる棍のような武器は普段あまり使わないが、不信感を持たれないであろう程度には自在に扱えるつもりだ。
タバサの懸念は実のところまったくの杞憂で、わざとワルドに負けておこうなどという気はディーキンには元々なかった。
向こうは自分のことを『ガンダールヴ』とやらだと信じているようなので、その誤解を保つべく呪文や呪歌などは使わずに武器だけを駆使してそれらしく戦うつもりでいたのだ。
相手に万が一にも不信感を持たれないためにも、その制限の範囲内では真面目に勝負したほうがよいだろう。
ワルドもまた、杖を前方に突き出して構えをとった。
「さあ、全力で来たまえ」
ワルドは幼児のごとく小柄な相手を見下しながら、余裕たっぷりにそう宣言する。
(ウーン……)
さてこの人は、フェイルーンでいうとどのようなクラスに相当する相手なのだろうか、とディーキンは考えてみた。
先手を打とうとするでもなく距離を取ろうとするでもなく、わざわざ相手の攻撃を待ち受けて武器で斬り結ぶつもりらしい。
こちらを侮っているというのもあるのだろうが、武器での戦いにもかなりの自信をもっているようだ。
同じ武闘派のメイジであるタバサは、積極的に武器で斬り結ぼうとはせず、素早く動き回って相手との距離を保ちながら呪文で急所を突こうとする戦い方だった。
体格的な違いもあるだろうが、進んで武器で挑んでくるということは彼女よりも武器を用いた近接戦を得意にしているのだろうか。
だとすれば、ダスクブレード(黄昏の剣)やへクスブレード(呪詛剣士)のようなものだろうか?
もしそうだとすると、仮に互いの技量が同程度であったなら、バードが呪歌も用いずに武器対武器での戦闘をするのは非常に分が悪い。
もちろん、ワルドがどの程度本気で戦うつもりでいるのかにもよるが……。
「どうした、来ないのか? いいだろう、君に仕掛ける踏ん切りがつかないのであれば、ではこちらからいこう!」
構えたままなかなかかかってこない相手に痺れを切らしたのか、ワルドはそう宣言すると姿勢を低くして一直線にディーキンに飛び掛かっていった。
真っ直ぐに狙い定めて、細剣杖で突きを繰り出す。
ディーキンはその一撃を棍ではねあげて反らしたが、それを十分に予測していたワルドは次の瞬間には頭上で武器をくるりとひねって敵に向け直し、激しく突き下ろしてきた。
それは力強く、訓練に訓練を重ねて洗練された完璧な動きだった。
しかるにその攻撃を向けられたディーキンは、いささか拍子抜けしたような思いを抱いていた。
ワルドの攻撃はごく初歩的な手順で、あまりにも基本に忠実すぎたのだ。
(ディーキンを油断させておいて、隙を突くつもりかも……)
そう考えて慎重に判断を保留すると、上からの攻撃を棍をひねって逆側の端で受け流した後に安易に反撃に出るのを避け、一旦飛び退いて距離を置いた。
ワルドは相手を逃すまいと追いすがり、さらに何発かの突きを繰り出す。
そのいずれもが、ただ基本をしっかりと押さえたというだけの、独自性も何もないありきたりで素直すぎる攻撃だった。
ディーキンは反撃に転じることこそなかったが、棍を巧みに操ってそれらを危なげなく防いでいく。
罠ではなく、正しくこれが目の前の相手の武器の技量なのだということをディーキンが確信できるまで、そう時間はかからなかった。
この男の近接戦闘技術は、メイジとして見れば確かにかなりのものだろう。
少なくとも昨夜襲ってきたようなありきたりの傭兵程度の相手であれば、魔法を使わずとも問題になるまい。
並みの傭兵が1回斬り付けてくる間にこの男ならそれを避けた上で2発は突きを叩き込み返すことができるだろう、そのくらいには実力が違っている。
この世界では魔法が重要視され、戦士の能力が総じて低いらしいということも考え合わせれば、トップレベルでさえあるかもしれない。
しかし、ディーキンにはこの男が2度突きを繰り出す間に3回は斬り付けることができる自信があったし、ボスやヴァレンならば少なくとも4回はいけるだろうと思えた。
なかなかの武器の妙技であり、素人同然の相手ならば多少パワーやスピードで後れを取っていても容易くいなして手玉に取れるだけの腕前はあろうが、逆に言えばただそれだけなのだ。
確かに十分に訓練を積んだ完璧な動きではあるが、あくまでも基本をしっかり修めたというレベルでの完璧だった。
前線で敵と斬り結ぶ役目は概ねボスやヴァレンが引き受けてくれていたので、ディーキンはたまに敵の数が多すぎる時に余った相手と後衛を守って打ち合う程度だったが、それでもこの男よりも腕の立つ戦士と戦った経験は幾度もあった。
一例をあげるなら、アンダーダークで戦ったドロウ軍の精鋭兵たちである。
以前はその地の貴族であったという仲間のナシーラによれば、ドロウの大都市メンゾベランザンで戦士を志す貴族の子息は、まず各貴族家お抱えの剣匠(ソードマスター)の元で20歳まで厳しい訓練を受けるらしい。
その後、白兵院(メイレイ・マグセア)と呼ばれる戦士学校に入学して10年の間休みなく鍛えられ続け、30歳にしてようやく一人前の戦士として卒業し、それぞれの能力に応じた地位に就くのだという。
むろん、入学した生徒の一部は過酷な訓練の過程で見込みなしとして放校になったり、競い合う級友たちからの謀殺などによって卒業の前に命を落としたりするのだ。
かの名高いドロウの英雄ドリッズト・ドゥアーデンはかつてその学院を主席で卒業したというが、たとえ末席での卒業者であっても並みの人間の傭兵など及びもつかないほど洗練された技量を有しているであろうことは疑いようもない。
どうやらワルドは、ダスクブレードやへクスブレードというよりはむしろウォーメイジ(戦の魔道師)あたりに近いタイプのようだ、とディーキンは踏んだ。
主力はあくまでも魔法であり、近接戦の技術はそれで相手を倒すためというよりは、距離を詰められた時に攻撃を避けつつ詠唱を完成させたり敵をいなして間合いを取ったりするためだけのもののようだ。
剣と魔法との融合による互いの高め合いなどという境地にはほど遠く、単なる戦場での必要性から魔法が武器に対して示した冷たい妥協、冷ややかな敬意。その域に留まっており、それ以上の特別な戦闘技術などを習得しているわけではない。
革鎧の隙間を狙ったごく軽い突きなどを時折交えてくるあたりからも、明らかに武器を用いた実戦経験が足りていないのが察せられた。
そのような突きは肉が柔らかいためにごく軽く当てるだけでも容易に怯ませられる人間などに対する牽制に適したもので、全身を硬い鱗に覆われたディーキンのような相手に対して用いても威力不足で効果が期待できない代物なのだ。
同じ人間相手の訓練はよく積んでいるのだろうが、亜人や幻獣などの類に出会ったときにわざわざ武器で攻撃することはまずないだろうから、相手の性質に応じて臨機応変に戦い方を変えるなどということにはおそらくあまり馴染みがないに違いない。
この程度の技術でわざわざ自分から武器戦闘に持ち込むということは、あくまでも手合わせだからということもあろうが、とどのつまりはこちらを完全に見くびっているのだろう。
もしもワルドが敵なのだとすればそれは結構なことではあるし、他人から侮られるのにも慣れてはいるが、そうはいってもやはり少しはむっとした。
一方で、対戦相手であるワルドの方も、僅かながら焦りと苛立ちとを覚え始めていた。
(く……! さすがは『ガンダールヴ』といったところか!)
手合わせとして不自然のない程度の範囲で魔法を交えて戦ってもよいが、武器対武器の戦闘でも自分の方がずっと強いことを示せればいうことはない。
いかに伝説とはいえ所詮は小さな亜人の子供、使い魔として得た高い能力があるにもせよ技術は甘く荒いことだろう。
ゆえに、修練に修練を重ねて洗練された自分の剣技をもってすれば容易く手玉に取れるはずだ……。
そう思って、ワルドは先程から自分が知る限りの様々な型の攻撃を駆使して打ち込み、突き、払い、相手の守りを崩そうとしてきた。
だが、これが一向に功を奏さないのだ。
敵の技巧が思ったより高い上、試合前の気弱な発言の割にはこちらの攻撃に怯えている様子もない。
おまけにこれまで戦ったことがないほど小柄な体格の相手で、実際に立ち合ってみると想像以上に戦いにくかった。
もう諦めて、魔法を使ってさっさと片をつけてしまおうか?
いや、それも癪だ。
それに、剣で敵わぬものだから魔法に頼ったなどと、ルイズから思われてもつまらない。
(向こうは先程から一切反撃もせずに守りに徹している、俺に奴の守りが打ち破れんのはそのために過ぎん!)
攻撃してくれば、その時に必ずや隙が生じるはず。
そこを突くことで現状を打開してやろうと、ワルドは一旦飛び退いてディーキンを挑発してみた。
「どうした使い魔君、防戦一方かね? 伝説の名が泣くぞ、遠慮なく反撃してきたまえ!」
「ン……、わかったの」
ちょうど少しばかりいらだっていたディーキンは、素直に頷いてその誘いに乗ることにした。
どの道、いつまでも守ってばかりはいられないのだ。
反撃して魔法も使わせれば、相手の実力をまたいくらか計ることができるだろう。
「いくよ!」
棍を構え直して少し姿勢を低くすると、ディーキンは一気に飛び出してワルド目がけて打ち掛かった。
一足飛びに間合いを詰めて棍を下から振るい、ワルドの頭に叩きつけようとする。
(ふん、扱いやすい子供だ)
ワルドは内心でほくそ笑むと、杖を持ち上げてディーキンの攻撃を正面から受け止めようとした。
その後、棍を上方に逸らして隙だらけになった胴体に蹴りを叩き込み、地面に転がしてやった上で杖を返して突き下ろすつもりだった。
「……ぐぅっ!?」
だが、その小柄な体格からは想像もできないほど重い一撃に、ワルドは思わず顔をしかめた。
腕に渾身の力を込めて、かろうじて杖を弾かれずに受けきるのが精一杯で、蹴りを出して反撃に転じる余裕などない。
「ぬう、……っ、うぉぉっ!?」
ディーキンはワルドに最初の一撃を受け止められるや、すかさず体をひねって棍の逆側で足元に向けて追撃を繰り出していた。
腕の痺れを堪えながら、ワルドは間一髪その一撃をかわして後ろに飛び退く。
しかし、ディーキンはさらにそれを追うように片手に棍を握り直して思い切り体を伸ばし、ワルドの胴体目がけて突きを叩き込んだ。
「がっ!!」
その3撃目を避けきれずにもろに食らったワルドは、悶絶してよろめく。
しかし、さすがは魔法衛士隊の隊長というべきか。
ディーキンが突き出した棍を手元に引き寄せて握り直し、更に追撃をかけようとした時には、既に苦痛をこらえて呪文を完成させていた。
今まさに自分へかかって来ようとする相手の目の前で素早く横薙ぎに杖を振り、『ウインド・ブレイク』を炸裂させる。
その突風をまともに受けて、ディーキンは後方へ吹き飛ばされた。
「オオ……」
咄嗟に翼を広げてブレーキをかけ、数メートルの後退で踏み止まったものの、さすがに魔法の腕前は確かなものだとディーキンは内心で納得していた。
この詠唱の速さは、明らかに先日対戦したタバサの最速の詠唱と同等か、それよりもなお上でさえあるかも知れない。
となると、この男はフェイルーンでいうところの《呪文高速化(クイックン・スペル)》や《即時呪文高速化(サドン・クイックン)》のような技術を習得しているのだろうか……。
ディーキンは知らないことだったが、事実ワルドの持つ『閃光』の二つ名は、その詠唱速度の速さを讃えて贈られたものだった。
ワルドは敵が押し退けられている間にどうにか攻撃のダメージからは立ち直ったものの、精神的なショックは肉体的なダメージなどよりもはるかに大きかった。
魔法衛士隊の隊長を務めるこの自分が、伝説とはいえたかが亜人の子供ごときに、ほんの数秒の一連の攻撃で魔法を“使わさせられた”のである。
それもただの呪文ではなく、『閃光』の二つ名で讃えられ、誇りとしている奥の手の『高速詠唱』をだ。
もしそうしなければ、あのまま打ち倒されてしまっていたに違いない。
(おのれ、『ガンダールヴ』……!)
この屈辱は、いずれ必ず倍にして返してやるぞ。
ワルドはそう心に決めながら、心中の怒りと屈辱とを努めて押し隠し、不敵な笑みを繕ってみせると羽根帽子を被り直した。
「……どうやら僕は、君を侮っていたようだね。君のその武器の腕前に敬意を表して、僕もここからはメイジとして魔法を使わさせてもらうとしよう」
「わかったの。じゃあ、まだやるってことなんだね?」
先程攻撃を受けた彼の身を案じて念のために聞いただけだったのだが、屈辱に心をかき乱されているワルドにはそれが自分に対する嘲りのように思えたらしく、目に僅かに怒りの色を浮かべた。
「当然だ、あの程度で勝ち誇らないでもらおう。僕たち魔法衛士隊の本領はこれからだよ、使い魔君」
ディーキンは黙って頷くと、あらためて棍を構え直した。
戦いは、まだまだこれからのようだ……。
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