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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
ラ・ロシェールに着いた翌日の朝。
「ンー……、よく寝たの」
ディーキンはさすがに冒険者らしく、朝早くすっきりと目を覚ました。
昨日の長旅の疲れもまったく残っていない。
それから、まだ寝ている同行者たちを起こさないようにそっと部屋を抜け出すと、昨日ワルドが借りた部屋に向かった。
ディーキンはその空き部屋で、ジンの商人・ヴォルカリオンを呼び出して買い物をしたり、フェイルーンの仲間たちと連絡を取ったりなど、必要な作業をてきぱきとこなしていった。
ギーシュやワルドに見られると説明が面倒だし、特にワルドには今のところあまりいろいろな事を知られたくなかったので、場所を変えたのである。
せっかく余分に借りた部屋なのだから、出来る限り有効に活用させてもらおうというわけだ。
そうして当面の仕事を早朝のうちにすませてしまうと、ディーキンは最後に《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の呪文を使って、御馳走の並んだ食卓を用意し始めた。
有益な恩恵を与えてくれるこの食事は旅の間常に食べるようにしておきたいが、まさか下の階にある酒場で自前の料理をずらずらと並べるわけにもいかないので、この部屋へ皆を集めて食べようと考えたのだ。
「……あれ?」
呪文も完成して食卓の用意が整ったところで、さて皆を起こそうかと部屋を出たディーキンは、何やらあたりをきょろきょろと伺いながら廊下を歩いているワルドの姿に気が付いた。
ワルドの方でもすぐにディーキンの姿をみとめてそちらへ近づいていくと、にこやかな顔で挨拶をする。
「おはよう、使い魔君。捜したよ、昨日借りた部屋を見てみたかったのかい?」
「おはようなの、ワルドお兄さん。ディーキンはね、あの部屋にみんなの朝ごはんを用意しておいたんだ」
ディーキンは元気よく挨拶を返すとそう伝えて、自分は他の皆を呼んでくるからよければ先に食べていてくれと勧めた。
ワルドは確かに疑わしい相手ではあるが、黒だと確定しないうちは動向に注意はするものの、基本的には仲間として接するつもりでいる。
仲間である以上、一人だけ食事に招かないなどという法はないだろう。
「用意がいいね、ありがたくいただくとしよう。ああ、ところで……」
ワルドはにっこりと微笑むと、他の皆を起こしに行こうとするディーキンを呼び止めた。
「きみは、伝説の使い魔である『ガンダールヴ』なんだろう?」
「……へっ?」
ディーキンは一瞬、ワルドが何を言っているのか分からずにきょとんとした。
それから、ちょっと考えて問い返す。
「ええと、『ガンダールヴ』っていうのは、その……。ブリミルっていう人の、使い魔のこと……だよね?」
「そうだよ。我々の偉大なる始祖、ブリミルに仕えたという四人の使い魔の一人だ。君はその『ガンダールヴ』なのだろう?」
ワルドの確信を持った様子とは対照的に、ディーキンは何がなんだか分からず、困ったように頬を掻いた。
「アー……、ワルドさん? ディーキンが思うに、あんたはなにか、とてつもない勘違いをしてるんじゃないかと思うんだけど……」
そう言ってはみたものの、ワルドの確信は揺るがないようだった。
「いやいや、隠さなくともいいよ。ああ、それとも、本当に知らなかったのかな?」
彼は口の端に薄い笑みを浮かべて、肩をすくめる。
「ルイズから聞いたんだが、君の使い魔のルーンは左手の甲にあるのだろう? それこそが、伝説の『ガンダールヴ』の証なのだよ」
「…………」
ディーキンは無理にそれ以上ワルドの言い分を否定しようとはせずに、自信ありげな彼の顔を黙ってじいっと見つめた。
ややあって、口を開く。
「……ウーン。でも、左手にルーンのある使い魔なんて大勢いるんじゃないかと思うんだけど。あんたはなんで、ディーキンがその『ガンダールヴ』だって思ったの?」
そう問われたワルドは、ちょっと困ったように首をかしげた。
「……ああ。それはその、あれだ……。僕は歴史と強者に興味があってね。自然と、最強のメイジであった始祖ブリミルとその使い魔については、王立図書館などでよく勉強していたんだよ」
「オオ、王立図書館? ディーキンも見てみたいの、学院の図書館よりも、もっといっぱい本があるかな?」
「はは、それはどうかわからないが……。君は、小さいのに勉強熱心なことだな」
本の方に気を惹かれた様子で目を輝かせるディーキンを見て、ワルドは上手く誤魔化せたなと目を細めて小さく頷く。
「……で、君の昨夜の戦いぶりを見て思い当たったのさ。これこそあらゆる武器を使いこなして敵と対峙し、主を守ったというあの『ガンダールヴ』に違いない、とね」
「アア、なるほど……。わかったの」
ディーキンはこくりと頷きながらそう言ったものの、内心ではまったく納得してはいなかった。
明らかにワルドが言い訳をして誤魔化そうとしたらしいのも見て取れたが、それ以外にも彼の言い分には不自然な点が多すぎる。
亜人が武器を少々上手く使ってみせた程度のことで伝説の使い魔だなどとは、あまりにも発想が飛躍しすぎてはいないか。
自分が大きな人間にとってはいかにも貧弱そうで、武器の扱いなどできなさそうに見えるというのは、ちょっと不本意ではあるがまあ理解はできる。
それが予想外に武器を上手に扱ったものだから、以前に勉強した『ガンダールヴ』をふと思い浮かべた……というところまでは、ありえなくはないかもしれない。
しかし、あるいはそうなのではないかと考えるくらいはあるにしても、そうに違いないと断定するのには根拠が薄弱すぎるだろう。
なのにどうして、『君はもしかしたらガンダールヴなのではないか』という質問形ではなく、『君はガンダールヴなんだろう』という断定形で話し始めたのか?
実際には、ディーキンは契約を結んでいない以上正式な使い魔ではないからその推測は誤りなわけだが、まったくの的外れでもない。
召喚者であるルイズが始祖ブリミルと同様の『虚無』の使い手であるという、奇妙な共通点があるのだ。
件の系統が長年に渡って失われた伝説の系統とされていることを思えば偶然の一致というには出来過ぎており、そのあたりがまた解せなかった。
この男はどうして、そんな中途半端な誤りを犯したのだろうか?
いずれにせよ、傭兵と戦うところを見て初めてそうかもしれないと思ったなどというのは嘘に違いない。
それ以外にも、明らかに何らかの根拠を掴んでいるのだ。
それは一体なんなのか……。
(……ウーン。もしかして、デルフとか?)
ディーキンは、かつてその伝説の使い魔の手に握られていたという意思を持つ剣のことを思い浮かべた。
もしもワルドが何らかの書物などであの剣のことを知っていて、見てそれだと気付いていたのだとしたら、その持ち主が『ガンダールヴ』だと推測する根拠になるだろうか?
しかし、それはまずないだろうな、とディーキンは思い直した。
あの剣はシエスタに渡し、彼女がずっと背負っていたのだから、まずそれをディーキンと結びつける理由がない。
それに、傭兵との戦いのときでもシエスタが使ったのはクロスボウだけで、あの剣は一度もワルドの前では抜かれていないのだ。
道中でもずっとグリフォンに跨ったままルイズとだけ話していたこの男が、鞘に納められたままのデルフリンガーの正体に気付いて目をつけていたとは思えない。
(ええと、じゃあ……。他に、考えられるのは……)
しかし、ワルドが話を続けてきたので、それ以上その場で考えをまとめる余裕はなかった。
「それで、だ。その伝説の実力がどれほどのものかを、ちょっと知りたいと思ってね。手合わせ願いたい」
「へっ? ……ええと、あんたとディーキンとが……手合わせ?」
ディーキンがきょとんとしているのを見て、ワルドはにやっと笑うと、自分の腰に差した杖をぽんぽんと叩いて見せた。
「そうだ。つまり、これさ。あまり堅苦しくない言い方をすれば、殴りっこ、とでもいうのかな?」
「アー……」
ディーキンは困ったように頬を掻いて、さてどうしたものかと考え込んだ。
タバサに挑まれた時と同じで、やりたいかやりたくないかと言われればもちろん後者であるのだが……。
「……その、また今度、戻って来てからじゃ駄目かな? 今は大事な頼まれごとの最中だし、余計な怪我をするようなことはしない方がいいんじゃないの?」
とりあえず無難にそう言っては見たものの、ワルドは首を振って豪快に笑ってみせた。
「心配することはない、ちょっとした手合せだよ。どっちも大怪我なんてしないし、今日は休みじゃないか。休む時間はたっぷりあるさ。……それとも、おじけづいたのかい?」
挑発するようなワルドの物言いに、ディーキンは反論するでもなく素直に頷く。
「もちろんなの。あんたは強そうだし……、ディーキンは、痛いのは好きじゃないもの」
ディーキンが気弱そうに肩をすくめてそう言うのを聞いて、ワルドは拍子抜けした様子で顔をしかめた。
「……伝説ともあろう者が、ずいぶんと弱気なことを言うじゃないか。それでよく、ルイズの使い魔が務まるね?」
「イヤ、ディーキンは大事な時にはちゃんとルイズのために戦うよ。でも、今は……」
「いやいや、今だからこそ必要なことさ! つまり……、そう、実力だ。同行者として、互いに実力を知っておくことはいざという時のために大切だろう? まさにその、大事な時のためだ!」
ワルドはやや強い口調で、そう主張した。
彼としては、まずルイズの前でこの使い魔を負かして見せることが大事だった。
どうせ今はルイズも見てはいないのだし多少強引に説き伏せることになっても構わない、まずは勝負の場に引き出すことだ。
「……それにね、僕としては、婚約者の使い魔である君が本当に頼れるものかどうかを確かめたくなったのだよ。使い魔君、さあ、君にいざという時に本当にルイズを守って戦う勇気があるのなら、今僕と戦いたまえ!」
ディーキンは、ワルドの挑戦的な物言いを聞きながら顔をしかめた。
言葉だけを聞いていると婚約者を案じて使い魔に勇ましく対抗心を燃やす男と言った風情なのだが、どうも本気でそう思っているのか疑わしい。
こうして正面から話し込んでみると、キュルケの言ったとおりだということがよく分かった。
熱のこもった言葉とは裏腹に、この男の目はまるでブラックドラゴンの瞳のように冷たいままなのだ。
敵かどうかはまだわからないが、少なくとも善人だとは思えない。
とはいえ、このまま断り続けても承服してくれそうにないので、仕方なく曖昧に頷いた。
「わかったの、考えておくよ。……でも、とにかく食事が終わってからにして欲しいの。せっかく用意したのが駄目になっちゃうし、食べてからの方が力も出るでしょ?」
「よし、いいとも。それでは、食事の後に中庭でやろう。ここはかつてアルビオンからの侵攻に備えるための砦だったからね、練兵場があるんだ」
ワルドは、これで話がまとまったと満足していた。
もとよりルイズの前で使い魔の頼りにならぬことを示してやるために持ちかけた話なのだ、彼女が起きてきて食事をとってからでなんら問題はない。
多少は実力を警戒していたが、痛いから手合せは嫌だなどと泣き言を吐いてみっともなく自己弁護をする意気地のない亜人の子供に過ぎないとわかったからには、伝説であろうが取るに足らぬ。
ディーキンは頷いてワルドと別れると、今度こそ皆を起こしに向かった……。
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「ふーん……。それはまた、妙な話ねえ?」
話を聞いたキュルケが、髪の毛を指先で弄びながら呟いた。
皆を起こして回った後、ディーキンは適当な理由をでっち上げて他の者たちを先に行かせ、キュルケとタバサだけに残ってもらって先程の件を手短に伝えたのだ。
「ねえ、2人はどうして、あの人がそんな勘違いをしたんだと思う?」
ディーキンに問われて、しばらくじっと考え込んでいたタバサが顔を上げた。
「……あの男は、ルイズが『虚無』だと知っていたのかもしれない。だから、あなたを『ガンダールヴ』だと思い込んだ」
それを聞いて、キュルケも思案気に頷く。
「ああ、そうね……。小さい頃のルイズと知り合いだったそうだし、あの子についていろいろ調べてみてその事に気付いた、ってのはありえるかもしれないわ」
「オオ、なるほど……。そうだね、そうかもしれないの」
ディーキンは、2人の考察に感心したように頷いた。
確かに、昨日会ったばかりのワルドが自分のことを詳しく知っていたというのはありそうにもないが、昔のルイズについてはよく知っていたはずだ。
となると、その関係からルイズの使い魔を務める自分を『虚無の使い魔』だと考え、たまたま武器を使ったところを見たことから『ガンダールヴ』だと推測したというのは筋が通っている。
やはり、頼れる仲間がいて何でも相談できるというのはいいものである。
「ええと、そうだとすると……。あの人は、ルイズの力を狙ってるとか? 別に、こっちの邪魔をしようとしてる敵とかじゃないってことなのかな?」
こちらの世界では伝説とされる『虚無』の力を求めてルイズに近づいた、というのなら話は分かる。
その場合、単にこの旅をきっかけに彼女の気を惹こうとしているだけだから任務の成否に関心がないのだ、ということで昨夜の不審な態度の説明もつくだろう。
「ふんっ……。つまりはあの子の力が欲しくて、今さらになって婚約者面して擦り寄ってきたってことかしら? やっぱり、ろくでもない男ね!」
ディーキンの推測を聞いて、キュルケは嫌悪感も露わに吐き捨てた。
仮にあの男が敵でなかったにしても、少なくとも『虚無』の力について気が付いていたというのなら、それを知っていながら落ちこぼれ扱いされて苦しむルイズに何も教えずにずっと放っておいたのは確かだ。
それでルイズを愛しているだなどと、どの面を下げてそんなことが言えるのだろうか。
とはいえ……、もちろんそんな利己心しかない男にルイズに近づいてほしくはないのだが、もしそれだけだとすれば不快な男ではあるが敵というほどのものではない、ということになろう。
「そうとも限らない。敵でもあるかもしれない」
立腹する親友とは対照的に、タバサはいつも通り淡々とそう指摘して、注意を促した。
「アルビオンの首魁も、自分は『虚無』だと主張している。それが本当であの男がアルビオンの手の者なら、2人の共通点に気が付いたからこそルイズが『虚無』だと思った、ということも考えられる」
「ウーン、そうか……そうだね……」
「いずれにしろ推測、今はまだ断定できない。……それよりも、そろそろ食事に行くべき」
タバサはそう話をまとめると、立ち上がって部屋の外へ向かった。
いい加減に食事に行かなくてはならない、あまり遅れればワルドに何か勘ぐられないとも限らないのだから。
まあ、単純にお腹が空いたのでさっさと食べたかった、というのもあるが。
「アア、そうだね。食事が消えちゃったら困るの」
ディーキンもそう言って、キュルケを促して急いで食事に向かうことにした。
ワルドに勘ぐられるからということもあるが、さっさと食べないと《英雄達の饗宴》の呪文の時間切れで食事が消えてしまうのである。
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「それで……。結局ディー君は、あの男に挑まれたっていう手合せだかを受ける気なのかしら?」
キュルケも2人に続きながら、ふと思い出したようにそう質問した。
「私としては、あの男がルイズの前で見事に負かされて大恥をかくところとか見てみたいものだけど、ねえ?」
タバサはそれを聞くと僅かに眉をひそめて、意地の悪い笑みを浮かべながらディーキンをけしかけようとする親友に注意した。
「敵の可能性が高いものに、手の内を見せるのは得策でない」
ディーキンには、こちらの世界で知られていない未知の呪文や予想外の能力を持っているという大きな強みがある。
また、相手が今のところかなりこちらのことを見下しているらしいということも有利な点のひとつだ。
タバサとしても正直、ワルドがディーキンに打ち負かされるところを見られたら爽快だろうなとは思うが、くだらない手合わせなどで彼の手の内を公開し、相手に警戒させてしまうのは馬鹿げたことである。
だからといって、ディーキンにわざと負けてほしくもない。
彼があんな不愉快な男に負けるなんて、たとえお芝居でもそんなところは見たくない。
そんなことを、するくらいなら……。
「……どうしても相手が戦いたがるのなら、代わりに私がやってもいい」
タバサは、そう提案してみた。
それによって自分が見た目ほど無力でないことは知られてしまうが、代わりに自分を要警戒対象だと感じさせることで、ディーキンから相手の注意を逸らせることができるかもしれない。
そうすれば、彼にとっては有利になろうというものだ。
あの不快な男を自分の手で負かしてやりたいという気持ちも、ちょっぴりある。
昨日は黙って走り続けたが、決して不満に思っていなかったわけでも疲れていなかったわけでもないのだ。
相手は魔法衛士隊の隊長でおそらくはスクウェアクラスなのだろうが、自分はまだトライアングルとはいえ北花壇騎士として数々の汚れ仕事をこなしてきた。
お行儀のいい戦いしか経験していないような王宮務めの魔法衛士などに、それもこちらを見くびって油断しきった愚か者などに負けるつもりはない。
……本当は勝たない方がいいのかもしれないが、何気にタバサはかなりの負けず嫌いなのだった。
「そうだね。ディーキンは、いろいろ考えてみたんだけど――――」
そう前置きして、ディーキンは自分の考えを口にした……。
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