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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
いよいよ、王女の一行が魔法学院の正門に到着した。
整列してそれを待ちわびていた生徒たちが一斉に杖を掲げ、召使いたちは馬車から学院本塔の玄関まで鮮やかな赤色の絨毯を敷き詰める。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のご到着ーーッ!!」
呼び出しの衛士が王女の到着を高らかに告げると、馬車の扉が開いてまずは枢機卿のマザリーニが、次いで彼に手を取られたアンリエッタ王女が姿を現した。
彼女の姿を見た生徒たちから一斉に歓声があがり、王女はにっこりと微笑みながら優雅に手を振ってそれに答える。
「あれが噂のトリステインの王女? ふーん……」
キュルケは他の生徒らのやや後方のあたりから、つまらなさそうに歓迎式典の様子を眺めていた。
「……まあ、どうってこともないわね」
他国からの留学生である彼女は、他の生徒らとは違ってこの国の王族の来訪にも大して興味は持っていなかった。
そもそも、あのアンリエッタ姫は近々母国ゲルマニアの皇帝に嫁ぐらしいと噂されているのだ。
それは明らかに、今やアルビオン王国を滅ぼさんとしている革命勢力に対抗するための政略結婚であろう。
歴史と伝統はあれども実力のないトリステインは、その始祖に連なる誇り高い血筋を対価として、新興国家のゲルマニアに庇護を求めたというわけだ。
そんな衰えた、今や半ば母国ゲルマニアの従属国のような小国の姫君にお目通りすることなどは、彼女にとっては別段名誉でもなんでもないのだった。
(どっちかっていえば、あちらのお方の方が気になるわね)
キュルケは姫君から視線を外すと、今度は彼女の傍にいる枢機卿のマザリーニの方をぼんやりと見つめてみた。
なんでも元々はロマリア出身の他国者で、平民の血が混じっているとかいう噂もあるらしく、姫君と違って民衆からの人気はあまりない。
それどころか、彼の姿を見るや否やあからさまに鼻を鳴らしている者さえいた。
いくらなんでも自国の重鎮相手に無礼が過ぎないかとも思うのだが、本人は慣れているのか気にかけた様子もない。度量の大きい人物なのであろう。
その人気の無さにもかかわらず宰相の地位にあるあたり、有能であるということはもとより疑う余地もない。
飾り物の姫君よりはずっと、キュルケの関心を惹き付ける人物だと言えた。
とはいえ……。
「……もう少し色気のある御仁なら、ねえ?」
残念ながら、枢機卿は中身はともかく見た目は萎びていて、華も何もない。
ゆえに、彼にしても惚れっぽいキュルケが本気で執心するような手合いではないのだった。
もちろん彼女には、見てくれだけではなく人の中身を愛する面もある。
だから、深く知り合えばまた話は違ってくるかもしれないが……、そんな機会などあるはずもない。
そんなわけで、キュルケは結局、枢機卿からも視線を外した。
退屈な思いで、傍らの友人たちの方に目を向ける。
歓迎式典など無視して静かに読書をしているタバサは、まあいつも通りとして。
まるきり興味の無い彼女らとは対照的に、ディーキンは目を輝かせて見入っていた。
「オォー。きらきらしてて、いかにもお姫様って感じだね!」
なんというか、いかにもドラゴンに誘拐されたり、それで勇者に助け出されてお城に帰る途中で宿に泊まったり……。
あるいは女騎士と一緒に悪党に捕まったりとかしそうな人だなあ、とディーキンは考えていた。
さっきはせっかくの授業が中断されてしまってちょっと不機嫌だったが、こうして実際に英雄物語にでも出てきそうな感じのお姫様を見ると、なんだかわくわくする。
容姿や物腰だけ見ても、確かに可憐で優雅で、貴族・平民の別を問わず人気があるというのも頷ける話だった。
なお、ディーキンは《変装帽子(ハット・オヴ・ディスガイズ)》を使っていつものメイジの少年の姿に化けている。
その姿で、他国の留学生であるキュルケやタバサとともに、他の生徒らの少し後ろのあたりから式典に参列していた。
さすがに、王女の出迎えに得体の知れない亜人がいたのでは問題にされるかもしれないからだ。
知らない者が見れば、生徒の弟が何か用事があって学院に来て、たまたま王女の行幸があったので見物させてもらっているのだとでも考えるだろう。
「英雄があんなお姫様を助けたりしたら、きっとカッコいいだろうね。
ねえ、タバサもそう思わない?」
ディーキンは、自分と同じく英雄譚が好きそうなタバサに話を振ってみた。
せっかくの華やかな式典だというのに、彼女は先ほどから興味なさそうに本を広げたままなのだ。
しかしタバサは、ちらりとアンリエッタ王女の姿を見たきりで、本を広げたままそっぽを向いてしまった。
「知らない」
(あらあら?)
キュルケは先程までの退屈な気持ちから一転して、興味深そうに親友たちの様子を観察し始めた。
一見、いつもどおりの無愛想さだが、心なしか態度がとげとげしいのだ。
なんだかまるで、拗ねてでもいるように……。
ディーキンは彼女の傍で、困ったように目をしばたたかせている。
キュルケはにやにやしながらディーキンの傍で腰をかがめて、彼にそっと耳打ちした。
「あらあら、だめよディー君? 女の前で別の女を褒めるときは、もっと気をつけないと……」
それから、体を起こしてタバサの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「そうねえ、いかにも王女様って感じの方みたいね。
だけどそれは、王女様らしいってだけで……、魅力的ってことならタバサのほうが断然上よ。
ね、ディー君?」
あ、もちろん私もだけど。と、最後に付け加える。
話を振られたディーキンは一瞬、きょとんとして首を傾げたが……。
少し考えると、にっこりして頷いた。
「うん、そうだね。ディーキンはそう思うよ」
「……お世辞は、いい」
タバサは本から顔を上げようともせず、つまらなさそうにそう呟いた。
自分の目から見ても、アンリエッタ王女は瑞々しく華やかで、文句なく美しかった。
そして、王族として周囲の者に対して魅力的に、社交的に振舞っている。
同じ王女でも、自分の従姉妹のイザベラなどとは雲泥の差だろう。少なくとも、外面の良さでは。
対して自分は、着ているものも地味だし、化粧もしないし、めがねをかけているし……。
無愛想で、無口で、愛想のひとつも振りまけない。
体つきにしても数年前からまるで成長する兆しもなく、子供のように貧相なままだ。
誰が見たって、向こうのほうが魅力的に決まっているのだ。
あからさまなお世辞など嬉しくもない。
ディーキンは、それを聞いてまた首を傾げる。
「ンー……? ディーキンは、お世辞なんか言ってないよ?」
「嘘」
「ディーキンは嘘なんかつかないの。
だって、ディーキンはまだあの人のことをちょっと見ただけで、きれいでお姫様らしいっていう以外はぜんぜん知らないからね。
でも、タバサや、キュルケのことはよく知ってるの。とっても素敵な人だって」
「……」
タバサは返事も返さずに本を広げたままだったが、目だけはディーキンの方をちらちらと伺っている。
そんな、もっと詳しく聞かせて、と言わんばかりの様子を見て、キュルケの笑みが深くなる。
ディーキンがタバサの態度をどう解釈したものかはわからないが、彼はそれには言及せずに、そのまま話を続けた。
「たとえば、タバサはすごくおかあさん思いな人だし。文句も言わずに一人でがんばれる人だし。
とっても強いし。きれいでクールで、かっこいい感じだし。
勉強家で、物知りで、友達思いで、自分の苦労とか危険とかをいやがらない人で……」
「……。そんなこと、ないから……」
「そんな風に自分のことを自慢しないでいられる、飾らないで、黙ってすごいことをやれる人なの。
塔とか洞窟とかの中で出番が来るまでじっと待ってるだけのお姫様とは違う、本当の『ヒロイン』って感じの人なの。
ディーキンはタバサの傍にいられて、すごく嬉しいんだよ!」
ディーキンは自分のことのように誇らしげに、滔々と友人の美点を数え上げていく。
「……し、知らない……」
タバサは、仄かに紅潮した頬を誤魔化すように、大きく広げた本の中に顔を伏せて覆い隠してしまった。
大層愛らしい少年の姿に化けたディーキンが、きらきらと目を輝かせて真っ直ぐにこちらを見上げながら手放しで賞賛してくれているのだから、そりゃあ照れる。
でも、どうせなら変装などしていない元の姿で自分を見つめながら褒めてほしかったな、とタバサはふと考えた。
そんな自分の思考に気がつくとますます頬が赤くなり、彼女は一層強く本に顔を押し付けた。
端から見たら、本の上に突っ伏して居眠りでもしてるのか、それとも爆笑しそうなのを堪えてでもいるのか、といった感じである。
ディーキンはといえば、そんなタバサの様子をきょとんとした顔で見て、心配そうに背中をさすりながら具合でも悪いのかと聞いてみたりしている。
そしてキュルケは、そんな2人の様子を少しばかり苦笑しながら見守っていた。
(まったく、ディー君は素直で正直なんだから……)
こういうときくらい、お世辞でももっと色気のある褒め方をしてくれてもいいだろうに。
いつもは何かと鋭い彼にしては、察しの悪いことだが……。
まあタバサのそれは、人間の女性が爬虫類めいた亜人に対して抱く感情としては極めて異例な部類であるだろうし、悟れなくても仕方がないか。
(でもまあ、タバサも喜んでるみたいだし。今のところはこのくらいでもいいのかしらね?)
自分なら種族差という大きな障害がある以上、多少強引にでも関係を変えるためにさっさと部屋に連れ込んでもっと積極的にアタックするだろう。
が……、こと男女の間柄に関しては初心であろうタバサにそうしろと嗾けるのは、まだまだ早いのかもしれない。
とはいえ、あまりもたもたしていては先を越されてしまうのではないか、という懸念もあった。
(見たところ、あのメイドのシエスタもかなりディー君にべったりで怪しい感じだし。
それにもしかしたら、ルイズも……)
学院のメイドであるシエスタは歓迎式典のための準備に駆り出されていて、今この場にはいない。
ルイズはすぐ近くで他の生徒に混じって並んでいるとはいえ、彼女もトリステインの貴族である以上、王女の方に注意を向けているはずで関与はしてこれないだろう。
(せっかくの好機なんだから、もうちょっと大胆にいっても罰は当たらないわよ?)
せめて褒めてくれたお礼とか言って、キスのひとつくらいもしてみなさいよ。女は度胸よタバサ。
と、キュルケは胸中で親友をせっついていた。
いっそ押し倒せといいたいところだが、まあさすがにタバサにはこんな場所でそんなことができるはずもないだろうし。
自分ならやるけど。
だって、お互いに声を押し殺して気付かれないようにとか、興奮するじゃない?
などとやきもきしながらも若干変態的なことを妄想していたキュルケは、ふとルイズが今、何をしているのかが気になった。
最近あまり癇癪を起さなくなってはきたが、それでも自分のパートナーがこうしてタバサといちゃついているのに気が付いていれば、式典の終わった後で文句のひとつも言ってくるかもしれない。
その時はまた、上手く宥めてくれるようにディーキンに頼んでおかなくては……。
キュルケがそんなことを考えながら、ルイズの方に目を向けると。
(……あら?)
真面目なルイズのことだから、大方しゃんと立って王女の一行を見つめているか……。
ディーキンとタバサの様子に気が付いていれば、そちらの方を不機嫌そうにちらちらと伺いながらもやはり黙って立っているか、といったところだろうと思っていたのだが。
どうも、様子がおかしい。
ルイズは何故か顔を赤らめて、ぼんやりと王女らの方を見つめていた。
彼女にしては、ずいぶんと珍しい表情である。
まるで恋する乙女のようだった。
しかし、ルイズには同性愛の傾向は無かったはずだし、いくらきれいだろうと王女を眺めてうっとりしているなどということはあるまい。
すると一体、誰を見ているのだろう?
王女の他にいるのは、あの萎びた枢機卿と、それから王女を護衛する魔法衛視隊の面々だが……。
キュルケは、ルイズの視線の向いている先を確かめてみた。
そしてその正体に気付くと、自分も頬を赤らめる。
(あら……、いい男じゃないの!)
そこにあったのは、見事な羽帽子をかぶった、凛々しい貴族の姿であった。
彼は鷲の頭と獅子の胴体を持った優美で屈強な幻獣、グリフォンに跨っている。
まだ若々しいが、立ち位置などから察するに、どうやら王女を護衛している部隊の隊長であるらしい。
若くしてそのような重責を任せられているからには、相当の実力者なのであろう。
つまりは外見も実力も、まず申し分のない男だということだ。
王女と枢機卿にばかり注意がいっていて、こんないい男の存在を見逃していたとは迂闊だった。
最近はあまりいい相手がいなくて、しばらく男を部屋に呼んでいないし。
これは親友の恋の行方ばかり応援している場合じゃなくなったかもしれないわね、とキュルケは内心でほくそ笑む。
彼女は、その男がルイズやディーキンが先日作り出した幻覚の中に出てきた青年の成長した姿だとは気が付かなかった。
まあ、口髭などを蓄えたために当時とは大分見た目が変わっているので、無理もあるまい。
そんなこんなで、一部の者たちの胸中に若干の想いを残しはしたものの、歓迎式典はとりたてて大事もなく終了したのだった。
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場所は変わって、ここはトリステイン魔法学院の学院長室。
学院長オールド・オスマンは、式典の終わった後、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿を部屋に迎えて接待していた。
先日辞めることになったミス・ロングビルに代わる秘書がまだ見つかっていないので、学院長が手ずからお茶を淹れて、茶菓子と共に2人に差し出す。
「急なことで大したもてなしもできませんが、どうかゆっくりと寛いで、ゲルマニア訪問の疲れを癒していってくだされ」
「いやいや、結構なおもてなしで……」
「ありがとうございます、オールド・オスマン」
2人は各々礼を言って茶を口に運び、一息つく。
それから互いに顔を見合わせて頷き合うと、枢機卿の方から、さっそく今回の訪問の本題を切り出した。
「……ところで、学院長殿。こちらの方には、最近天使が降臨したという噂が流れておるようですが……」
マザリーニは、いかにも気のない様子だった。
天使だなどと、どうせ期待するだけ無駄というものだろう。
ならばさっさと終わらせて、城に戻ったほうがよい。
自分には片付けなければならない職務が、他にいくらでもあるのだから。
それを聞いたオスマンはしかし、ぴくりと片眉を動かした。
(さてさて、どう説明したものかのう……。それとも、誤魔化すか……?)
いずれにせよ、これは面倒なことになったかもしれぬ。
齢三百歳とも言われる偉大なメイジは、ゆっくりと髭をさすりながら、返答について考えをめぐらせた……。
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