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#navi(BIOHAZARD CODE:Zero)
決闘騒ぎの翌日、ルイズはいつもより早く目を覚ました。
二度寝の誘惑を退け、足音を立てないようにベッドから下りると、そっと同居人の粗末
な寝床へと視線をやる。そこに寝ているはずの使い魔の姿が見当たらない。
――どこ行っちゃったのかしら? トイレとか?
よく分からないが、ルイズはそれを幸運と捉える事にした。自分が早起きをした事は、
出来る事なら誰にも知られたくない。
一応彼が心配しないように書置きを残し――残した所で彼女の使い魔には読めないので
はあるが――そのまま誰にも見つからないよう、忍び足で学院の中庭へと向かう。ここな
ら邪魔も入らないだろうし、広さも申し分ない。
しかし、ルイズの足は中庭の手前で止まってしまう。先客がいる。
――もう、こんな朝早くから何だってのよ。
自分の事はすっかりと棚に上げ、慌てて姿を隠そうとする。そうしなければならないは
ずなのに、気が付けばルイズはその人影を凝視していた。
人影は一人のはずだが、見えない敵が目の前にいるかのように、素早い動作で拳や蹴り
を繰り出している。まるで道化役者が行うパントマイムだ。
しばらく経って、ようやくルイズは自分がその動きに見入ってしまっていた事に気付い
た。今更隠れる気にもなれず、諦めたように人影に声を掛ける。
「流石ね。ギーシュが手も足も出ないわけだわ」
不意に声を掛けられ、レオンはトレーニングの手を止めた。
初めは体が鈍らないよう、軽く体を動かすだけのつもりだったが、知らず知らずのうち
に随分と熱くなっていたようだ。声を掛けられるまで気配にまるで気付かないとは。
「そんな大層なものじゃない。こうして体を動かしておかないと、すぐに筋肉が落ちてし
まいそうでね。もう若くないって事さ」
「それだけ動いておいて、よく言うわ。それじゃあ私達、皆お婆さんじゃない」
呆れたようにルイズがそう漏らすも、レオンはただ苦笑を浮かべるだけだった。
他者が見れば、その動きは賞賛に値する物かもしれない。レオンから見ても、特に気に
入らない点があるわけではない。
しかし、納得は出来ていない。昨日感じたあのスピードには遠く及ばないのだ。
「そんなに体鍛えてるのに、何で害虫駆除なんてやってたのよ。宝の持ち腐れじゃない」
「俺の世界のゴキブリはネズミよりデカいし、蜘蛛はサラマンダーくらいの大きさなんで
ね。害虫駆除も命懸けさ」
はいはい、とルイズは適当に相槌を打つ。この使い魔の言う事をいちいちまともに取り
合っても仕方がない。この二日間でルイズが学んだ事だ。
「それで、君はどうしてここに? 俺に会いたくなったのか?」
これもいつもの軽口だ。そう分かってはいるものの、ルイズは頬が熱くなるのを感じ、
誤魔化すように使い魔の腹部に右ストレートを打ち込んだ。決して本気で殴ったわけでは
ないが、硬い腹筋に阻まれほとんどダメージがなさそうに見えるのが少し悔しい。
「つ、使い魔風情が何調子に乗ってんのよ。私は、その……ちょっと体を動かそうと思っ
ただけよ。筋肉が落ちちゃいけないものね」
恥ずかしそうにそう言うと、ルイズはふん、とそっぽを向いた。
Chapter.4
ギーシュ・ド・グラモンの朝は意外と早い。
毎朝、使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデを散歩させ、そのついでに使い
魔のエサであるどばどばミミズを探すのが彼の日課だった。
中庭まで下りてきたギーシュは、おやと首を傾げた。先行させていたヴェルダンデがエ
サも探さず、不安そうな表情を浮かべ――他者から見れば、そのモグラがどのような表情
を浮かべようと、違いがまるで分からないのだが――オロオロとしている。
「どうしたんだね、僕の可愛いヴェルダンデ。さあ、いつものように穴を掘って、君の大
好きなエサを見つけようじゃない……か……?」
ギーシュは周囲の異変に気付き、思わず立ち尽くした。
その有様はまるでクレーターに覆われた月面――当然ギーシュは月面の様子など知る由
もないのだが――のようだった。中庭の至る所に大小様々な大きさの穴が空いている。
これを自分の使い魔がやったのだろうか。ギーシュは膝から崩れ落ちた。まさか彼がこ
こまで腹を空かせていたとは……気付けなかった自分は主人失格だ。
「あら、ギーシュじゃない。あんた、ちょうどいい所に来たわ」
あまりにもショックを受けていた為に、彼は一人の少女が近付いて来た事にさえ気付く
事が出来なかった。顔を上げると、見慣れた桃色の髪が揺れていた。
「……ああ、ルイズじゃないかね。悪いが今、僕はそれどころじゃ……」
「あんた土属性でしょ? あんたの魔法でこの穴、何とかしてくれない?」
にっこりとルイズは微笑んだ。
思えば、自分はこの少女の笑顔を見るのは初めてかもしれない。改めて見ると、目の前
の少女はいろいろと足りない部分はあるものの、顔だけならば正直トップクラスだ。
それなのに、どうして彼女の笑顔はここまで不吉なものを感じさせるのだろう。
「え? これ、もしかして君がやったのかい?」
「えーと……ちょっとやりすぎちゃったかもね」
照れたように頭を掻くルイズを見て、ギーシュはヴェルダンデが途方に暮れていた理由
を知った。こうまで狩場を荒らされては、もはやエサを探し出す事は適わないだろう。
「何だってこんな事をしたんだね。まったく、そんなにどばどばミミズが欲しかったのな
らば、僕に一言声を掛けてくれれば分けてあげたものを……」
問答無用に鉄拳が飛び、なす術もなくギーシュは吹き飛ばされる。
「違うわよ! 何で私がミミズなんて探さないといけないのよ!? これは特訓を――」
そこまで言って、ルイズははっと口を閉ざした。
「特訓って、魔法のかね? まあ、この惨状を見るに、いつも通り失敗して爆発が起きた
ようだが……」
「いや、これで成功だ。ルイズが特訓していたのは、その爆発だからな」
いつの間にかルイズの後ろに立っていた彼女の使い魔は、彼もまたこの惨状をやりすぎ
だと感じているのか、苦笑いを浮かべていた。
「だ、だから、爆発にもいろいろあるって気付いたのよ。錬金を使おうとすれば、近くの
物を爆発させられるし、ファイヤーボールを唱えれば、遠くで爆発を起こせるの。集中す
ればするほど威力も上がるし……まあ、爆発は爆発なんだけど……」
「ほう、まさか君の爆発にそんな法則があったとは」
どうせ馬鹿にされるものと思い、小声でぼそぼそと特訓の成果を披露するルイズだった
が、ギーシュはそれを聞いて素直に感心していた。見栄っ張りな所はあるが、根は素直な
男なのである。
同時にギーシュは思う。昨日の決闘の相手が目の前の少女ではなく、彼女の使い魔で本
当によかったと。
「こうなると、もう君の事をゼロなどと笑えないな。何か別の二つ名を考えておいた方が
いいんじゃないかね? 例えば『閃光』とか……」
「な、何言ってるのよ! 私が閃光なんて恐れ多いわ!」
そんなに変な事を言っただろうか。満更でもない様子でキャーキャーと叫ぶルイズを、
ギーシュは不思議そうに眺めていた。
ギーシュは知らない。『閃光』が、ルイズの許嫁であり、幼少期の彼女の“理想の王子
さま”であった男の二つ名である事を。
そして、そんな事は当然レオンには知る由もない。
「閃光ってよりは『破壊』だな」
「……は?」
レオンの何気ない一言に、ギーシュは空気が凍り付くのを感じた。ルイズの杖を持つ手
が小刻みに震えている。まずい。何故かは分からないが、このままでは自分に何か不幸が
起こる予感がする。
「あ、あー……破壊といえば、知っているかね? 学院の宝物庫にある破壊の杖、あれを
土くれのフーケが狙っているという噂を」
「いや、初耳だな。何者だ、その土くれってのは」
何とかルイズの怒りを紛らわせようとギーシュが提示した話題に乗ってきたのは、意外
にもレオンの方だった。彼もまた目の前にある危機に気付いたのかもしれない。
「あ、ああ、そういえば君はこの辺の生まれじゃないんだったな。なら、説明しよう。土
くれのフーケというのは……」
こちらを睨んでいるルイズとなるべく目を合わさないよう気を付けながら、二人は互い
にさして興味もない話へと意識を集中させていった。
曰く、土くれのフーケとはトリステイン中の貴族を恐怖に陥れている貴族専門の大怪盗
である。ただの盗賊ならいざ知らず、トライアングルクラスのメイジだと言うのだから、
なお性質が悪い。
フーケは錬金を得意とし、壁や扉をただの土くれに変えて、獲物を盗み出す。邪魔する
者は巨大な土のゴーレムを使い蹴散らしていく。それ故についた二つ名が『土くれ』。
そして、フーケは犯行現場の壁に証拠を残し、去って行く。『秘蔵の〇〇、確かに領収
いたしました。土くれのフーケ』というふざけたサインを。
「まるでルパンだな。この世界にはホームズはいないのか?」
「あんたが捕まえればいいじゃない。衛兵だったんでしょ? 一日だけだけど」
「俺は泥棒を追い回すより、カフェの隅の席にいる方が好きなんだ」
ルイズは大きく溜息を吐いた。本当にこの使い魔の言う事はよく分からない。そりゃあ
誰もが強力なメイジを相手にするより、カフェで一服を選ぶだろう。
何にせよ、彼女の怒りは一応収まったようだ。
「ま、いくらフーケでも学院の宝物庫には入れっこないわ。壁も扉も、強力な『固定化』
の魔法がかかってるもの」
「それもそうだな。自分よりも強力なメイジによる『固定化』がかけられた物には、『錬
金』は通用しない。ここ、トリステイン魔法学院くらいになると、おそらくスクウェアク
ラスのメイジによる固定化がかけられているだろうからね」
まるで自分の手柄であるかのように、ギーシュは胸を張る。
「それで、破壊の杖っていうのは何なんだ?」
「ふむ。僕は直接見た事はないんだが、ワイバーンを一撃で吹き飛ばす程の強力な魔法が
使える杖らしい。見た者の話では、とても杖とは思えないような奇妙な形をしていたと言
うが……」
「その話もどこまで本当だか。あの学院長の話だもの、眉唾よ。ほら、オールド・オスマ
ンが破壊の杖と一緒に手に入れたっていうもう一つのマジックアイテム。あれが胡散臭さ
に一層拍車をかけてるわ」
「ああ、あの何やら大仰な名前のアレか。ええと、何と言ったか……」
盛り上がる二人を見て、レオンはふうん、と気のない返事を漏らした。ワイバーンを見
た事がないレオンには、それを一撃で仕留める事の大変さが今ひとつ想像出来ない。分か
ったのは、学院長があまり子供達に慕われていない事くらいだ。
「――おお、そうだ。あれは確か、『賢者の石』だ」
「剣買いに行くわよ。準備しなさい」
毎日の日課となった早朝のトレーニング――あの日教師にこっぴどく叱られてからは、
その場所を学院の外の草原へと移してはいたが――を終えて部屋に戻ると、唐突にルイズ
が口を開いた。今日は虚無の曜日の為、授業は休みである。
「剣? 君が剣も使えるとは知らなかった」
「何馬鹿な事言ってんのよ。あんたのに決まってるでしょ」
「俺に? バースデイはまだ先なんだけどな」
ルイズはわざとらしく溜息を吐いた。
「知らないわよ、あんたの誕生日がいつかなんて。ほら、あんたの銃は凄いけど、弾切れ
を気にして使わないんじゃ意味ないじゃない。あんたには使い魔として私を守ってもらわ
ないといけないんだから。その為の剣よ」
「剣なんか使った事がないんだが……これじゃ駄目か?」
レオンはシースに収まったままのナイフをルイズに放る。
ルイズは恐る恐るといった手つきでナイフを鞘から引き抜くと、品定めを始めた。軍用
のサバイバルナイフは確かに一般のナイフと比べ大型ではあるが、それでも彼女のお眼鏡
には適わなかったようだ。
「却下。これじゃギーシュのワルキューレを相手に出来るかも危ういもの。一体二体なら
いいかもしれないけど、七体相手にしてたら、きっと途中で折れちゃうわ」
レオンはやれやれと肩を竦めた。しかし、彼女の言う事も一理ある。
「OK、優しいご主人様の好意に甘えるとしよう」
数時間後、二人はトリステインの城下町、ブルドンネ街を歩いていた。
「それにしても、君が馬に乗れるとは意外だったな」
「あんた、さっきからさりげなく私を馬鹿にしてない?」
魔法学院からブルドンネ街までは、馬で三時間。
中世のヨーロッパを想像させる白い石造りの街は、トリステインで最も大きな街という
事だが、意外にも街中を歩いているのは、その質素な身なりから平民と分かる者ばかりだ
った。
そもそも貴族というのは全人口の一割程度しかいないという。もっとも貴族の中にも様
々な理由から家を捨てる者もおり、メイジが全て貴族というわけではない。街中にも時々
魔法を使うスリが出没すると注意を受けた。
「貴族だもの。馬に乗れるのなんて当然でしょ? でも、あんたも平民にしてはそれなり
ね。あんたの世界でも移動は馬を使うの?」
「馬は子供の頃、家族で旅行した時に乗ったかな……移動はだいたい車だ」
「くるま? 何それ?」
「馬車の馬がない奴の事さ」
レオンは適当に答える。いや、正確には適当にしか答えられないというのが正しい。自
動車は使うが、自動車の仕組みについて詳しく説明出来るわけではない。
「馬がないのに何で動くのよ。あんたの世界、魔法がないんでしょ?」
が、どうやらルイズはその説明では納得してくれなかったようだ。
仕方なく自分が知る限りのエンジンについての説明を始める。それも、ルイズにも分か
るように一々噛み砕いて説明しなければならない。ジョン・タイターもこんな気持ちだっ
たのだろうか、とふと思う。彼がペテン師でなければの話だが。
「んー……あんた、私が何も知らないと思って騙そうとしてない? 何で鉄の塊が勝手に
動くのよ。絶対おかしいじゃない」
「いつか俺の国に遊びに来てくれ。その時の為に、助手席は空けておくよ」
俺だっておかしいと思うさ。でも、いいじゃないか。動く物は動くんだし、それに便利
だ。俺が乗ると、よく壊れてしまうけど。
何とか誤魔化そうと発した一言に、ルイズは慌てたように顔を逸らした。
「ば、馬鹿じゃないの? 平民のくせに何言ってるのよ……そもそも、あんたの世界に戻
る魔法なんてないって言ってるじゃない」
また顔が熱くなっている。最近の自分はどうもおかしい。
これまではそれが当たり前になっていたので気にも留めなかったが、ルイズにはこんな
風にどうでもいいような話をする相手などいなかった。キュルケと口喧嘩をするくらいが
せいぜいで、決闘騒ぎ以来ルイズを馬鹿にする者は減ったものの、仲の良い者が増えたわ
けでもない。だから、どうにも調子が狂ってしまうのだろうか。
――レオンはどうなんだろう。
当然の事だが、こちらの世界にレオンと親しい者などいない。周りは年の離れた子供ば
かりだし――しかも、彼等はこの目つきの鋭い男とあまり関わりたがらない――シエスタ
の件以来、厨房のコック長に気に入られているという話は聞いたが、どの程度の仲なのか
は分からない。
よく考えれば、ルイズはレオンの事を何も知らない。
最初の数日は魔法について知りたいからと授業にも同席していたが、最近は毎回同席し
ているわけでもない。コックと親しくなったからといって、その時間ずっと厨房にいるわ
けでもないだろう。
「あんた、最近授業に出てない時は何してるの?」
「だいたい図書館にいるな」
「ふうん。読書好きなんて何か意外ね。って、あんたこっちの文字読めたの?」
「いや。それを勉強しようと思ったんだが、やはり独学じゃ時間がかかりそうだ」
「な、何で私に教わろうとしないのよ!」
突然ルイズが大声を上げた。
レオンの主として、自分が頼りにされていない事が気に入らなかったのだが、それが分
からないレオンは困ったような表情を浮かべている。
「君は朝は特訓、昼は授業、夜は授業の復習だろ? 迷惑じゃないかと思ってな」
「ほ、本当は復習なんてやらなくても大丈夫なのよ。特にやる事もないからやってただけ
で……あんたを呼び出したのは私なんだから、あんたがこっちで生活出来るように計らう
のは主の義務だわ!」
「そうか。俺も教えてくれる人がいると助かる。今後は君にお願いするよ」
ルイズの表情がパッと明るくなる。しかし、それもレオンが次の言葉を紡ぐまでの僅か
な間だけだった。
「これで元の世界に戻る方法を探せるな」
ルイズの表情が目に見えて曇っていく。
「そんなに元の世界に戻りたい? ……やっぱり私の使い魔は、嫌?」
「そういうわけじゃないさ。最近は食事もマシになったし、ご主人様は努力家で意外と使
い魔思いだ」
失言に気付いたレオンは冗談めかして微笑むも、ルイズは俯いたまま答えない。
この世界も、使い魔としての生活も、特に不満があるわけではない。不意に訪れた戦い
から解放された日々や、少し我儘な少女との交流がレオンの心に久しく忘れていた平穏を
思い出させてくれた事も事実だ。それでも――
「……それでも、俺にはあっちの世界でやらなければならない事がある」
ルイズにというより、自分自身に言い聞かせるようなレオンの言葉。それなのに、その
言葉は自分に向けられたもの以上にルイズの心に刺さる。
キュルケにも言われた通り、彼は幻獣ではなく人間だ。あちらの世界には当然彼の生活
があり、事情だってあるのだろう。勝手に別の世界に呼び出されて、迷惑していないはず
がない。
それなのに、レオンは怒るどころか自分を励ましてくれた。自分の為にギーシュと決闘
までしてくれた。
礼を言わなければいけない。謝罪しなければいけない。
分かってはいるのに、貴族としてのプライドと、それを口にしてしまえば彼が本当に元
の世界へと消えてしまいそうな不安から、ルイズは素直になれずにいる。
「ふ、ふん。やらなきゃいけない事って、どうせ害虫駆除でしょ?」
「大変なんだ。この前はゴーレムくらいの蝿が出た」
レオンに笑みを向けられ、ルイズは少しだけ気持ちが楽になった。
「ほら、武器屋はもうすぐよ! 行きましょ!」
「新金貨三千枚って、立派な家と森つきの庭が買えるじゃない!!」
昼間だというのに薄暗く、埃くさい室内に、ルイズの声が響いた。
「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安いもんでさ」
世間知らずの貴族の抗議など意に介さずといった風に、五十がらみの武器屋の店主は平
然と言ってのける。その道のプロにこうまで強気に出られては、剣の相場についてなど生
まれてこの方考えた事すらないルイズは黙るしかない。
レオンはというと、主の拙い交渉術に口を挟む事もなく、先程店主が持って来た“新金
貨三千枚”らしい“店一番の業物”を眺めていた。なるほど、鞘や柄に豪華な装飾が施さ
れ、ところどころ宝石が散りばめられているこの大剣は、それだけの価値があっても不思
議ではない。
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。貴族のお
供をさせるなら、このくらいは腰から下げて欲しいものですなぁ」
店主に煽られ、ルイズは考え込んでしまう。
剣に新金貨三千枚もつぎ込むなんて馬鹿げている。でも、どうせなら自分の使い魔には
いい剣を持ってもらいたいし、店一番という響きも魅力的だ。
ルイズはギーシュを見栄っ張りと言うが、貴族なんて皆多かれ少なかれ見栄を張ってい
る。そんな貴族の性格など、この老獪な店主には全てお見通しなのだろう。
「……小切手でいいかしら? 新金貨で百しか持って来てないの」
ルイズはようやく覚悟を決めた。
絶対に口にはしないが、そもそもレオンに剣を買おうと思ったのは、日頃の礼を兼ねて
の事だ。妥協しては意味がない。
「――もう少しマシな剣はないのか?」
だからこそ、ルイズは自分の決意に水を差した使い魔を、ただ呆然と見上げる事しか出
来なかった。
人が奮発して最上級の剣を買ってやろうというのに、何が気に入らないと言うのか。戸
惑うルイズの心情を店主が代弁する。
「いや、旦那。先程も申し上げた通り、こいつが店一番の――」
「それは値段が店一番って話だろう? どうやらあんたは勘違いしてるらしい。今日買い
に来たのは彼女の邸宅に飾る剣じゃなく、俺が実際に使う剣だ」
それを聞いたきり、店主は一言も発さなくなってしまう。未だに状況が理解出来ず、お
ろおろと二人の顔を見比べているルイズに気付き、レオンは言葉を足した。
「エージェント養成所でも剣の目利きは教わらなかったが、それでも実戦用の剣と観賞用
の剣の違いくらいは分かるさ。まさか武器屋の主がこいつを店一番の業物なんて言うはず
がないよな」
レオンは手にした大剣を店主に手渡し、気さくな笑みを向ける。しかし、その目がまる
で笑っていない事に気付いた店主の顔は青ざめた。
鴨がネギを背負って来たと思っていたが、大きな勘違いだった。貴族相手に口八丁でな
まくらを売り付けようとしたのだ。どのような罰を受けるか分からない。例え見逃しても
らえたとしても、この事が知れれば店の信用は地に落ちるだろう。
「おでれーた! まさかこんな店の客に剣の良し悪しが分かるたぁな」
突然、低い男の声が聞こえ、二人は辺りを見回した。店の中には自分達しかおらず、新
たな客が入って来た形跡もない。
「やい、デル公! 誰がこんな店だと!?」
そんな二人を尻目に、店主は当前のように乱雑に剣が積んである売り場へと近付くと、
その中から一本の剣を引き抜いた。
錆の浮いたボロボロの片刃の剣。そのハバキについた金具が、まるで喋っているかのよ
うにカタカタと動いている。
「路地裏にあるこんな汚ぇ店に客なんか来るかってんだ! おめえのせいでこちとら何年
も埃被るハメになってるんじゃねーか!」
「そりゃお前の口の悪さと、客にまで喧嘩売る性格が原因だ! さんざん商売の邪魔しや
がって!」
半ば自棄になっているのか、客前だというのに店主は売り物の剣と口喧嘩を始めてしま
う。その様子を見て、一瞬瞠目したレオンだったが、すぐに考えを改めた。そう、ここは
ファンタジーの世界なのだ。剣が喋っても不思議はない。
「なるほど、この世界の武器は喋るのか」
「そんなわけないじゃない。あれ、インテリジェンスソードよ。魔術師が魔力を吹き込ん
だ、意思を持つ剣」
一人納得するレオンを見て、ルイズは呆れたように首を振った。その背後で、相変わら
ずインテリジェンスソードが大声でわめき散らしている。
「そう、インテリジェンスソードのデルフリンガー様よ! ところでおめえ、剣を探して
るんだって? だったら、俺を買え。損はさせねえ」
「……と、言われてもな」
レオンは仕方なしに、店主から喋る剣を受け取った。刀身が錆びついてとても剣として
の役割を果たせそうには見えない。これでは、鉄の棒を振るのと大差ないのではないか。
――こいつは……
レオンの眉が微かに動いた。左手のルーンが僅かだが光を放っている。
柄を両手で握り直し、何度か振ってみる。不思議な程に手に馴染む。それに、長さ1.5
メイルにも及ぶ長剣にしては、思っていたよりずっと軽い。
軽いのは剣だけではなかった。どういう仕組みか、レオンの体までもがまるで羽のよう
に軽く感じられる。そう、昨日のあの瞬間のように――
「いくらだ?」
「え? あんた、もしかしてそれ買う気!?」
「ああ、気に入った。どうせ俺にもどれが名剣かなんて分からないんだ。それなら、使い
易い物を選んだ方がいい」
ルイズは不満そうな顔をしていたが、レオンは構わず“使い魔の仕事”として持たされ
ていた財布を取り出す。
「へ、へえ、そいつでしたら、新金貨で百枚……」
「今度は目利きは確かか?」
「ろ、六十……い、いえ、ただで結構でさ。厄介払いみたいなもんで。はは……」
「なら、間を取って五十だな」
財布から金貨五十枚を取り出し、机の上に置くと、レオンはそのまま店を出て行った。
残されたルイズはしばらく店主を睨んでいたが、やがて使い魔の後を追って走り出す。
店の中にはポカンと口を開いたままの店主だけが残されていた。
「――プハァ!!」
グラスになみなみと注がれたワインを一息で空にしたルイズを見て、レオンは肩を竦め
た。
金貨が余ったおかげでこうして酒場に立ち寄れたのは、レオンにとって望外の喜びだっ
たが、彼の主は店を出た辺りからどうにも機嫌が悪い。
「若いうちからアルコールを摂取すると、発育が悪くなるぞ」
「そりゃてーへんだ。この娘っ子、ただでさえ成長は望めそうにねえってのに」
魔法の才能に次ぐ――或いはそれ以上のコンプレックスを刺激され、ルイズは手にした
ワイングラスを勢いよくテーブルへと叩き付けた。そして、人の気も知らない無神経な使
い魔と、テーブルの上に抜き身で置かれているそもそもの原因であるボロ剣をギロリと睨
む。
素直に謝罪や感謝が出来ないなら、せめてレオンが望む物を買ってあげたい。それが今
日の目的だったはずだ。それなのに購入したのがこんなボロ剣だというのが――そもそも
ルイズの手持ちではこれ以上の剣は買えなかったのだが――どうしても気に入らない。
――やっぱりこんな失礼で小汚い剣、即刻返品すべきよ!
手持ちはなくとも、小切手はある。シュペー卿とやらの剣はともかく、もう少しは見栄
えもよく、絶対に喋らない剣を購入しよう。
ルイズは決意と共に、グラスの底に僅かに残ったワインを飲み干した。
「おい店主、誰が他の客に迷惑だと!?」
不意に怒声が響き、再び決意に水を差されたルイズは声のした方を睨み付けた。
先程からやたらと大声で盛り上がっている二人組がいる事は気付いていた。いくらここ
が酒場とはいえ、客は彼等だけではない。おそらくは店主がたしなめに行き、そして絡ま
れたのだろう。
先日のギーシュの一件と似たような状況だが、二人組の服装に気付いたルイズは、思わ
ず目を逸らしてしまう。
「お前は俺達を誰だと思っているんだ? まさか、このマントが目に入らぬわけではある
まい」
「そ、それは……その……」
「お前等が平穏無事に商売出来てるのは誰のおかげだ? ん? その俺達がようやく陛下か
ら頂いた非番を有意義に過ごせるよう計らうのがお前の仕事だろう。分かったら、口を閉
じて仕事に戻りな」
何も言い返せず、すごすごと引き下がる店主を見て、二人はまた馬鹿笑いを始めた。そ
の様子に、レオンは眉をひそめる。
「何だ、あいつらは?」
「面倒だから目を合わせないようにしなさい。あいつら、魔法衛士隊の隊員よ」
「その割には、あまり育ちが良くなさそうだな」
「全く同感だけど……お願いだから、聞こえるような声でそういう事言わないで。今、隣
国のアルビオンで内戦が起きてるらしいの。その結果次第では、トリステインも無関係で
はいられない。それで、あいつらもピリピリしてるのよ」
「分かった、気を付けるよ。次があればな」
嫌な予感を受け、ルイズは振り返る。予想していた通りに、大声を上げていた二人組が
ニヤニヤと口元に薄笑いを浮かべながら歩いてくる姿が見え、ルイズは溜息を吐いた。
「美しい貴族のお嬢さん、君を是非我等の食卓へと案内したいのだが」
「へ? 私?」
「はっはっは、他に誰がいるというのだ。我々に釣り合うような女性など、他に一人もい
ないではないか」
まさか彼等の狙いが自分だったとは。ルイズは予想外の展開に、目を瞬かせた。
美しいと言われては、ルイズも決して悪い気分ではない。それに、二十代半ばに見える
二人組は、魔法衛士隊の隊員で、顔も決して悪くないのだ。それなのに、彼等について行
こうと思えないのは、単に彼等の性格のせいだけだろうか。
ルイズは自分の使い魔をチラリと見やる。その表情は先程までと何ら変わらない。
――何よ。私が連れて行かれてもいいっての?
一瞬ムッとするも、すぐに考えを改める。先日のギーシュの件とは違い、今回はルイズ
に危機が迫っているわけではない。主であるルイズが拒絶の意を示していない現状で意見
をするのは、むしろ使い魔の役目から逸脱した行為だ。
レオンは使い魔としての役目を全うしている。それに、ルイズとて自分の使い魔と衛士
の間で諍いが起きる事を望んでいるわけではない。
それなのに、どうしてこんなに心がざわつくのだろう。
「あ、あの、失礼だけど――」
「見て分からないか? 先約があるんだ」
その一言に、衛士達は一瞬驚いたような表情を浮かべた。貴族の少女の飾り程度にしか
思っていなかった平民が、魔法衛士隊の隊員である自分達に意見したのだ。しかし、その
表情はすぐに蔑みをはらんだ薄笑いへと変わる。この妙な格好をした平民は魔法衛士隊の
存在すら知らぬ田舎者で、相手の力量も測れぬ愚者なのだ。
「ほう、それはつまり、欲しければ力付くで奪ってみろという事かな?」
「そう聞こえたなら、医者に行った方がいい。もう手遅れかもしれないが」
その平民のふてぶてしい態度に、流石に衛士達の表情から笑みが消えた。男達に代わる
ように冷笑を浮かべたレオンの鼻先に、レイピアに似た形状の杖が突き付けられる。
「口を慎んだ方がいいぞ、平民。貴様は見た所、異国の者だろう。我々は陛下の禁令によ
り私闘を禁じられている。しかし、異国人の貴様が相手となれば、煮ようが焼こうが誰に
も裁く事は出来ん」
「やれやれ、また決闘か。貴族ってのもよっぽど暇なんだな」
レオンが椅子から立ち上がろうとした瞬間、彼のいた空間が消滅した。
周囲にあったテーブルや椅子ごと遥か後方の壁へと叩き付けられたのだ。彼のいたはず
の空間には、もはや塵一つ残っていない。
「卑怯よ! 決闘の際にはまず名乗るのが作法じゃない!」
怒りに任せ引き抜いたルイズの杖を、旋風が奪い去った。気が付けば、ルイズの杖はも
う一人の男の手の中に収まっている。
「すまないね、お嬢さん。我々の名はあのような平民風情に名乗る程、安くはないのだ。
何、貴女にはちゃんと名乗るから心配しなくともよい。さあ、続きは我々の席で話そうで
はないか」
レベルが違い過ぎる。どれ程酔っていようと、性根が腐っていようと、彼等はトリステ
インに三隊しか存在しない魔法衛士隊の隊員なのだ。
杖を奪われたルイズには、悔しそうに唇を噛みしめる事しか出来なかった。
テーブルや椅子の残骸が降り注ぐ中、レオンは倒れたまま起き上がれずにいた。
起き上がれないだけの怪我を負ったわけではない。衝撃に備え咄嗟に体を丸めた為、ダ
メージ自体は少なかった。しかし、気が付けば足が地を離れていた。何をされたのか皆目
見当がつかないのだ。
自分がまだ動けると分かれば、敵は更なる攻撃を繰り出すだろう。だからと言って、こ
のまま倒れていても事態が好転しようはずもない。得体の知れない相手とどう戦うべきか
を頭の中で必死に思案する。
もちろん銃を抜けば勝利する事自体は容易いのだが、このような街中で発砲、しかも相
手が衛士隊の隊員となれば、仮に勝利したとしても多大な責任が自分だけでなくルイズに
まで及ぶ事となる。それはレオンの望む所ではない。
「おい、色男」
不意に耳元で声が響いた。テーブルに置いていた為に一緒に飛ばされたのであろうイン
テリジェンスソードの姿がそこにあった。
「おい、返事しろ。聞こえてんだろ」
これでは何の為にやられたふりをしているのか分からない。周囲に気付かれないよう瞳
だけ動かし睨み付けるも、まるで意に介さぬ様子のその剣に、レオンは仕方なく小声で応
じる。
「取り込み中だ。後にしてくれないか?」
「今の魔法はエア・ハンマー。名前の通り、空気を固めて見えないハンマーとして放つ魔
法だ。風属性の魔法にゃもっとヤベェのがいくつもあるが――」
「参考になった」
言葉を遮るようにデルフリンガーを掴むと、レオンは立ち上がると同時に、決闘相手へ
と一直線に駆け出した。
――ほう、魔法も使わずにこのスピードか。貴族に盾突くだけはある、が。
倒したと思ったはずの相手が立ち上がろうと、その平民の常人離れしたスピードを前に
しても、男は余裕の表情を崩す事はなかった。自分は魔法衛士隊の隊員としてそれなりの
修羅場を潜っており、大概の状況には対応出来るという自負がある。そんな自分が平民相
手に後れを取る事など、万に一つもありえない。
事実、彼はレオンが距離を詰めるより先に詠唱を完成させ、杖を振り下ろしてみせた。
風の槌が平民がいたはずの空間を削り取った。
そう、レオンの姿は既にそこにはなかった。
魔法は強力になればなる程、詠唱の時間も長くなるという事は、学院の授業で聞いて知
っていた。また、相手にも魔法衛士隊としてのプライドがあるだろう。平民風情に強力な
魔法を使う事は憚られるはずだ。ならば、奴の使う魔法は――
男が杖を振り下ろすと同時に、レオンは大きく真横に跳ねた。真横で鳴り響く轟音、そ
れによる惨状には目もくれず、再度敵に向かい跳ねる。
眼前に迫った男の顔に、もはや笑みはない。
再度詠唱を行うだけの時間は与えられなかった。次の瞬間には、横一文字に薙ぎ払われ
たデルフリンガーが男の杖がへし折っていた。
「ちょっと! 決闘は一対一のはずでしょ!」
主の声に反応し、レオンは声の方向へと向き直る。ルイズを拘束していた男が杖を振り
下ろそうとするのを視界に捉え、合わせるように剣を振り上げる。
「……あ?」
遅れて落下した杖がカラカラと音を立てるのと、ようやく手の中から杖が消えている事
に気付いた男が間の抜けた声を上げたのは、ほとんど同時だった。
「――貴様っ!!」
繰り出された大振りの拳を、レオンは難なく躱す。すれ違いざまに足を引っ掛けられ、
男は派手に転倒した。続いて殴りかかろうとしたもう一人の男も、鼻先に剣を突き付けら
れ、動きを止める。
「杖を叩き落とすのが決闘のスマートな勝ち方だと習ったんだが、違ったかな?」
「少なくとも、決闘を挑んでおいて不意打ちを仕掛けるような奴や、二体一で戦おうとす
る恥知らずを相手にするにゃあ上等すぎる勝ち方には違いねぇ」
男の目の前でデルフリンガーがカタカタと音を立てた。それを合図に、周囲からは拍手
と衛士達に対する罵声が飛び交う。この場に彼等の味方は一人もいなかった。
「だ、黙れ、平民風情がっ!!」
顔を真っ赤に染め、衛士は怒りの矛先を騒ぎ立てる店の客へと向けた。ルイズから奪っ
た杖を客に向かい振り上げる。
しかし、その杖が振り下ろされる事はなかった。振り上げた男の腕は、何者かにしっか
りと掴まれていた。
――この男、いつの間に……
レオンはいつの間にかそこに立っていた、堂々たる体躯の男へと視線を向ける。いくら
喧騒に気を取られていたとはいえ、これほど目立つ者が誰にも気付かれず入って来たとい
うのだろうか。
「た、隊長……!」
衛士が安堵の声を上げた。隊長と呼ばれた男と、レオンの視線が交差する。
なるほど、確かに視線の先の男は衛士達と同じ刺繍の入ったマントを羽織っている。魔
法衛士隊の隊長であれば、ただ立っているだけで伝わってくる威圧感にも納得がいく。そ
して、隊長であれば、部下をやられて黙っているというわけにもいかないのだろう。
レオンは剣を構え直した。
瞬間、安堵に包まれていたはずの衛士の表情が苦痛に歪んだ。隊長と呼ばれた男が、掴
んでいた腕を捻り上げたのだ。男はルイズのものであった杖を部下の手から奪うと、ルイ
ズへと差し出した。
「た、隊長、何を――!?」
「――馬鹿者っ!!」
男が吼えた。地に響くような、重く太い声だった。
「民の安全を守るはずの魔法衛士隊の隊員が、自ら民を脅かしてなんとする!」
隊長に睨まれ、衛士達はようやく酔いが醒めた様子で目を伏せる。
その様子に溜息を吐いた衛士隊の隊長は、次いでレオンへと向き直ると、その髭に覆わ
れた厳めしい顔を困ったように歪め、深々と頭を下げた。
「部下が迷惑をかけたようだ。申し訳ない」
レオンとルイズは呆然と顔を見合わせた。
マンティコア隊隊長と名乗った男は、二人に何かお詫びをしたいと食い下がったが、レ
オンは「この店の弁償は任せていいか?」とだけ告げ、ルイズの手を引き、逃げるように
街を出た。これ以上厄介事に巻き込まれるのは御免だった。
「折角の休みを台無しにされたんだ。やっぱり、一番高いワインでも奢ってもらうべきだ
ったかな?」
先程から暗い表情のまま馬の背に揺られているルイズを見兼ねて、レオンはおどけたよ
うに声を掛けた。
「そうね……」
ルイズはその声に反応して顔を上げると、力なく笑みを浮かべる。
「不意打ちで杖を奪われたんじゃ仕方ないさ。それに、相手は魔法衛士隊の隊員だろう?
その道のプロだ」
「……うん、そうよね。でも……」
――あんたはそんな奴でも簡単に倒しちゃうのよね。
言いかけた言葉を飲み込んだ。
ただの平民だと失望したはずの使い魔は、自分が願った通りの神聖で美しい――かどう
かはともかく、強力で他の使い魔にも引けを取らない存在だった。それなのに、今のルイ
ズはそれを素直に喜べずにいる。
また自分は何も出来なかった。主を守るのが使い魔の役割とはいえ、果たして自分はそ
れに足るだけの存在なのだろうか。本来ならば、今すぐにでも元の世界に戻る方法を探し
に行きたいはずなのに、それでも自分に付き合ってくれる使い魔の為に、何もしてやれな
いような自分が――
気が付けば、武器屋に向かうまでと同じ事を考えている。堂々巡りに陥ったルイズの思
考は、不意に掛けられた言葉によって現実へと引き戻された。
「それに、俺が勝てたのは君のおかげだ」
「え? な、何が?」
わけが分からない。助けられたのは自分の方だ。私は助けるどころか、ただ足手纏いに
なっただけなのに。
「君がこいつを買ってくれてなければ、俺は今頃病院のベッドの上さ」
レオンは背負った鞘から大剣を引き抜いた。その手にしっかりと握られたデルフリンガ
ーが、金具をせわしなく動かしている。
「そうだろ、そうだろ! こう見えて俺様、六千年くらい生きてんだ! きっといろいろ役
に立つぜ!」
「とりあえず、辞書代わりにはなりそうだな」
「おでれーた! 伝説の剣を辞書代わりに使おうとは、てーしたやつだ! まあいい、まあ
いい。何だって聞いてくれ! よろしくな、相棒!!」
剣のくせにやたらと雄弁にカタカタと楽しそうに音を立てるデルフリンガーを見て、レ
オンも若干呆れを含みながらも笑みを浮かべる。
そんな二人を見て、ルイズは力が抜けていくのを感じた。単純に喜べばいいのか、そん
な理由かと呆れればいいのか、はたまた気を使わせてしまったと落ち込めばいいのか……
悩んだ末に、ルイズはレオンの言葉をありのままに受け取る事にした。
――まあ……今日の目的はとりあえず達成出来たのかな。
楽し気に笑う二人に釣られるように、気が付けばルイズも微笑んでいた。
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