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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
「ひぃぃ! ばっ、化け物!」
「きゃああぁぁぁ!?」
突如現れた身の丈2メイル半はあろうかという異形の魔物を見て、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う一般客たち。
ヴロックのヘルマスはそんな連中を塵を見るような目で見下ろしながらも、やや怪訝そうに首を傾げた。
(はて……、ワシを呼び出したあの小娘は、どこにいる?)
彼がサキュバスのリスディスの召喚に応じるのは、これが初めてではない。
物質界の脆弱な者どもを殺戮する機会を待ちわびる彼にとって、彼女は“お得意様”の一人なのだ。
しかし今回は、いつもならばすぐにあるはずの、彼女からのテレパシーでの指示がない。
それに、こんな人込みの中にいきなり召喚するのも、これまでの彼女の流儀からは外れているように思えた。
あの美しい毒蛇は、もっと巧妙で陰湿な、ヘルマスの嗜好から言えばいささかじれったくて回りくどいやり方を好んでいたはずだ。
(面倒なことを抜きにして今すぐ皆殺しにさせてくれるというのならば、有り難いことなのだがな)
ヘルマスはひとまずその大きな翼を窮屈そうに広げて飛び立つと、客たちが逃げ出そうとしている扉の前に降り立った。
そうして獲物どもの退路を塞いでから、ゆっくりと首を巡らせて、召喚者の姿を探し始める。
ついでに人間どもへの挨拶代わりに、体を震わせて体表から胞子を噴出させてやった。
やっと扉に辿り着いたと思った瞬間、突如目の前に降り立った怪物から逃げ出すのが遅れた2人の客が、その胞子の雲に包まれる。
「……ひっ、ひぃぃいい! な、なんだこいつはぁぁ!?」
「いやあぁあ! 助けて、誰か助けてぇぇ!!」
胞子はたちまち彼らの体の奥へ食い込み、根付いて、芽を吹き始めた。
皮膚を食い破ってあちこちから醜い緑色の蔦が生え出し、彼らの体を覆っていく。
その光景に対する恐怖と激痛とで2人の客は半狂乱になり、血まみれになりながら床をのたうち回った。
その悲痛な絶叫も、奈落の魔族にとっては耳に心地の良い音楽のようなものだ。
気分よく召喚者の姿を探していたヘルマスは、血に塗れた短剣を携えたまま、呆然とこちらを見ている若い人間の足元で目を留めた。
(……ヌッ?)
そこには、急速に腐敗して融けてゆく、異形の躯が転がっていた。
何があったのか、酷く歪んで獣じみた様相を呈している上に氷柱が体を貫き、刃物で無残に切り裂かれている。
それでも、かろうじてサキュバスの屍だとわかった。
(あの小娘めが、やられたというのか?)
そう察したヘルマスの胸中で、急に怒りが湧き上がり、膨れ上がっていった。
もちろん、殺されたサキュバスに対する仲間意識などからではない。
人間ごときに後れを取った負け犬なぞ、ヘルマスの知ったことではなかった。
しかし、彼女が殺されて奈落へと送り返されたことで、自分が脆弱な物質界の住人を虐殺する機会がひとつ失われたことになる。
そうして腸を煮えくり返らせていたところへ、追い打ちをかけるように、肌に何か不快な衝撃を受けた。
痛みはなかったが、どうやら何か攻撃をされたらしい。
ヘルマスは真っ赤に燃えた目で、じろりとそちらのほうを睨んだ。
「……ひっ!」
睨まれた男は、発砲したばかりの拳銃を握ったままがたがたと震え出した。
護身用に隠し持っていたゲルマニア製の新型銃を取り出して怪物の脇腹に打ち込んだのだが、かすり傷ひとつついていない。
慌てて踵を返して逃げ出そうとしたところで、その小太りの体がふわりと宙に浮いた。
「な……、なんだぁ!?」
じたばたともがくが、足が床に届かないのでどうにもならない。
ヴロックの使った《念動力(テレキネシス)》の魔力が、男を捕えたのだ。
ヘルマスがごみを投げ捨てるかのようにぶんと腕を振ると、男は勢いよく投げ飛ばされた。
そのままバーのカウンターを越えて戸棚に叩き付けられ、食器の破片や刃物が降り注いで、全身にひどい傷を負う。
「うぎゃあぁぁ! 痛い、痛いぃぃ!!」
血だらけになって悲鳴を上げながらのたうち回る男の姿を見ているうちに、ヘルマスの気分はあっさりと晴れていった。
まあ、先のことは先のことだ。
それよりも今ならば、小賢しい召喚者によって制限されることもなく、存分に殺戮を愉しめるではないか。
今見えている範囲だけでも数十人はかたい、陶酔するまで血の美酒を啜ることができるだろう。
だが、すぐに皆殺しにしてもつまらない。
その気になれば1~2秒に1人のペースででもやれるのだし、時間はまだまだ、たっぷりとあるのだから。
まずはこやつらを存分に嬲り、悲鳴と命乞いの大合唱を奏でさせてからだ。
「みんな、そいつに手を出さないで! 早く離れて!」
ディーキンはそう周囲の客に呼びかけながら、慌てて先ほど胞子にやられた犠牲者の元へ駆け寄ろうとした。
戸棚に叩き付けられた男はかなりの怪我を負ったようだが、早急に救わなくてはならないのはむしろ胞子を受けた2人の方だ。
ヴロックの胞子は、取り除かなければじわじわと成長してダメージを与え続けるのだ。
今はまだ大丈夫でも、放っておいたら致命傷になる。
内心では、招来の機会を与えずに先ほどのサキュバスを仕留めることができなかったことを悔やんでいた。
予定では、透明化して斬り殺せる間合いまで近づき、問答無用で一気に仕留めようと考えていたのである。
ディーキンの近接戦闘能力なら、サキュバスなどものの数秒で、ほぼ確実に屠れる。
そうしていれば、《次元界移動拘束(ディメンジョナル・アンカー)》のスクロールを消費する必要もなかっただろう。
しかし、タバサとサキュバスの周囲には予想以上に多くの観客がいて、密かに接近するのは難しかった。
おまけにタバサが辱めを受けているのを見て逆上したトマが、先走って攻撃してしまったのである。
そうなった以上、こちらが悪役に仕立てられたりサキュバスが逃走したりする前に、なんとか事態を収拾する必要があった。
そこで敵の逃走手段を封じ、本性を暴いてこちらの正当性を証立てた上で仕留めるという方針に急遽切り替えたのだが……。
結果的にはそれが敵に招来の猶予を与えることになり、無関係の客たちまで危険に晒すことになってしまったのである。
だからといって、トマを責めることはできない。
タバサと彼とは昔馴染みで、主従の間柄でもあったと先ほど既に聞いている。
男として女性が、それも親しい女性が下劣な怪物から辱めを受けているのを見れば、義憤に駆られるのは当然であろう。
多くの人間の文化圏では、特に女性にとっては、公の場で肌を晒すことが非常に屈辱的なことだというのはディーキンも知っていた。
むしろ自分のほうにこそ否がある、とディーキンは思っていた。
ディーキンはサキュバスの正体を見抜いた時、すぐに倒すのではなく、他にもデーモンがいないかなどのより詳細な情報の把握を優先した。
そうでなければ、思わぬ落とし穴に嵌ることにもなりかねないと考えたからだ。
だからタバサがサキュバスが相手をしてくれている間にトマの術を解き、事情を聴きだした上で、奥の部屋を調べていたのだ。
敵の正体を伝えなかったのは、もちろんサキュバスに読心の能力があることを知っていたからである。
だが、まさか彼女が奥の間へ連れ込まれる前に、衆人環視の中でこのような辱めを受けるなどとは考えてもみなかった。
結果として彼女に屈辱的な思いをさせてしまった上に、このように危険な事態を招くことになったのだ。
これは明らかに、自分の責任である。
不幸中の幸いというべきか、あのヴロックはどうやら客たちを逃がさないために当面は扉の前に居座り続けるつもりらしい。
だがもし気が変わって、客たちの真っただ中に飛び込んで鉤爪や嘴を使い始めたら、十数秒のうちに死体の山が積み上がることだろう。
なんとしてでも、これ以上の惨事は防がなくては……。
「ギキィィィ……、」
ヘルマスは、自分の足元でのたうつ2人を救おうと駆け寄ってくるディーキンを嘲笑った。
嘴を醜くゆがめて、金属が擦れ合うような不快な鳴き声を漏らす。
(なんとバカな小僧だ、気でも違ったか。それとも、目が見えぬとでもいうのか?
餓鬼の分際で、このワシからこ奴らを救えるつもりか?)
ディーキンが既にぐったりしている女性の元に手を伸ばそうとした瞬間、ヘルマスは無造作に、右足で彼を蹴りつけた。
鋼板をも引き裂ける鋭い鉤爪が、ディーキンの喉笛に迫る。
だが、ディーキンはそれを自分の手で押さえるようにして難なく掻い潜ると、女性をさっと抱き抱えた。
そのままもう一人の男性の方に、跳ぶようにして移動する。
(……何ぃ!?)
ヘルマスは、ただの無謀な子どもと思っていたディーキンの予想外の動きに驚いた。
だが、次の瞬間には自分めがけて2本の短剣が飛んできたために、注意がそちらに逸れた。
煩げに腕を一振りしてまとめて叩き落とすと、攻撃者の方を睨む。
「くっ……!」
目を向けられたトマは、それに臆することなく真っ向から睨み返しながらも、悔しげに顔をゆがめた。
足元に駆け寄るディーキンに魔物の注意が逸れたと思った瞬間を狙って、2本の短剣を投げつけたのだが……。
魔物は予想以上に素早く反応して、簡単にそれを叩き落してしまったのだ。
恩人であるディーキンの無事にはほっとしたが、これでもう、自分には手持ちの武器がない。
もっとも、どのみち彼の攻撃では、当たったところでろくな効果は望めなかっただろう。
単なるナイフや拳銃程度の武器では、その分厚い外皮とダメージ減少能力の前にはほとんど歯が立たないのである。
事前に対サキュバス用にとディーキンが渡していた“冷たい鉄”製の短剣も、ヴロック相手にはとりたてて有効な武器ではないのだ。
(たかが血の詰まった肉袋の分際で、うっとおしい奴ばらが……)
ヘルマスは苛立たしげにトマの方を見やる。
次いで足元にもちらりと目をやって、どうしたものかと考えた。
本当ならば今すぐに飛んで行ってあの男を八つ裂きにし、腸を食いちぎって殺してやりたいところだが……。
しかし今、この扉の前から離れて、せっかくの獲物どもを逃がすリスクを負うのは面白くない。
小賢しい真似をしてくれた報いを存分に味わわせてやりたいところだが、まあ他にも獲物はいくらもいるのだし、こだわることもあるまい。
足元の小僧と残り2人は、後回しでもよかろう。
あの餓鬼はどうやら、見た目とは少々違う相手のようだが……。
どうせいくら頑張ったところで、自分の胞子が既に体内を食い荒らし初めている以上は、あの連中は助からぬ。
必死に救おうと手当をしてもどうにもならぬという無力感を存分に味わわせてから、じっくりと嬲り殺しにしてやるのも一興だ。
そう結論したヘルマスは、先程の客に対してしたのと同様に、トマに対しても《念動力》で攻撃をかけることにした。
(ちと味気ないが、貴様はこれでも食らっておけ!)
精神を集中させ、内なる“力”を呼び起こす。
ただそれだけで、トマ自身が先程サキュバスに対して投げたナイフや、散乱した瓶やフォークなどが、ふわりと浮かび上がる。
気分的に声を出したり腕を振るったりすることはあるが、本来疑似呪文能力にはなんの詠唱も動作も必要ないのだ。
それらの即席の矢弾は、次の瞬間、ヘルマスの意志に従って四方八方からトマに襲い掛かった。
トマは寸前で気が付いて慌てて身をかわそうとするが、周囲全方向からの攻撃は避けきれるものではない。
それらの矢弾が彼を襲おうとした、まさにその瞬間。
突然屋内には似つかわしくない突風が吹きつけ、攻撃の軌道を逸らせて、彼の身を守った。
「ぐ……っ!」
だが、屋内ゆえに『風』の魔法が十全な威力を発揮しきれなかったのか。
一陣の突風が過ぎ去った後、逸らし損ねた一本のナイフがトマの左腕に浅く突き刺さっていた。
先程のサキュバスとの戦いでも肩に傷を受けていた彼は、苦痛に呻いてその場に膝を落とす。
「トーマス!」
先程の突風を吹かせたタバサが、トマの本当の名を呼んで彼の下に駆け寄った。
彼女は既に、その給仕が子どもの頃に自分とよく遊んでくれていた、兄のようだった年上の使用人であることに気が付いていた。
懐かしい思い出が胸をよぎったが、今は昔話に興じていられるような状況ではない。
「すぐに手当てを」
傍に駆けつけると、怪物の視界に入らないように彼を机の陰に引き寄せて、『水』の治癒魔法をかけようとする。
しかし、トーマスは無理に笑顔を浮かべると、それを手で制した。
「私のような者のことを覚えていてくださって光栄です、シャルロットお嬢様。ですが、私は大丈夫です。
それよりもディーキンス様を。あの化物を相手に、お一人では……」
タバサはそう言われて、はっとした。
そうだ、彼を手伝わなくては。
他の客たちを助けようとして、今も頑張っているはずだ。
相手が何者であれ、あの人だけに危険な仕事をさせておくことはできない。
トーマスの方は、もう大丈夫だ。命に関わるほどの怪我ではない。
「わかった、あなたはここで待っていて」
「そうなのね、お姉さま。
早くこれを着て、お兄さまのお手伝いをするのね!」
そういって先程脱いだシャツやマントを運んできてくれたシルフィードに対して、タバサは首を横に振った。
「そんな暇はない」
確かに今のシュミーズ姿のままでいることは恥ずかしいが、物事には優先順位というものがある。
彼女の気遣いは嬉しいが、トーマスを助けるためならまだしも、着替えなどをするために行動を遅らせるわけにはいかない。
結局、あの女の正体……自分にはいまだによく分かっていないが、何かの怪物……を暴いて、実質的に片を付けてくれたのはあの人だった。
トーマスがこうして自分の元に来てくれたのも、きっと彼のお陰なのに違いない。
本来ならば、これは自分の任務だというのに、だ。
(また、あの人に大きな借りができた……)
だからこそ、このまま彼の世話になりっぱなしでいたくない。
なんとかして、彼の力になりたい。
本来ならば自分の力など、必要ないのだとしても……。
タバサはそんな決意を胸に、ぐっと杖を握り直して立ち上がった。
一方、何らかの邪魔が入ったためにトーマスを仕留め損ねたヘルマスは、苛立たしげに舌打ちをした。
だが、さらに追撃をかけようかと思った、その時。
自分が目を逸らしていた隙に、足元でディーキンが妙な動きをしていたのに気がついた。
いつのまにか荷物を探って取り出したらしい小瓶の中の液体を、ぐったりした女性の全身にふりかけていたのだ。
彼女の全身に絡みついた醜い蔦は、その液体に塗れるや否や、急速に枯れて崩れ去っていった。
(こやつ……!)
まさか、聖別された水によって自分の胞子を取り払えるということを知っていたとは。
一時的に助け出されるくらいどうでもよいといえばよいのだが、だからといってこのままみすみす取り逃がすのは面白くない。
ヘルマスはディーキンが助け出したばかりの女性と、もう一人の男とに止めを刺すべく、両足の鉤爪で2人を踏み躙ってやろうと考えた。
しかし、彼がまさに2人の胸を押し潰そうとして足を持ち上げた、その瞬間。
「《ソード・オヴ・カフレイ》!」
ディーキンは彼らの手をしっかりと握って、すばやく《次元扉(ディメンジョン・ドア)》の呪文を完成させた。
「……タバサ、ディーキンはすぐに戻るから!
だからちょっとの間だけ、こいつの相手をお願いするよ!」
最後にディーキンがそう言った、その直後に3人の姿は空間に開いた扉の奥に飲み込まれて、その場から消え去った。
ディーキンとしては、本当は逃げ出したりせずに、この場で直ちにヴロックを片付けたかった。
しかし、その間にヴロックが倒れている2人の方を目標にする可能性も高く、危険が大きい。まずは、無関係の客の命を救うのが最優先だ。
ゆえに、一刻を争う状態の女性の方を聖水で治療した後、2人を連れて一旦退くことを決断したのである。
場所を変えて残る男性の方からも胞子を取り払い、彼らに最低限の治療を施して、命の危険が無くなり次第すぐに戻って来るつもりだった。
ディーキンはこの事態の責任が自分にあるとは思っていても、だから自分一人で戦うべきだ、などとは決して考えない。
そんな独り善がりな責任の取り方をしようとすれば、往々にして余計に事態を悪化させ、かえって仲間に迷惑を掛けることになる。
もちろん、タバサらに負担をかけることに対して、心苦しい思いはある。
だが、互いに支え合うのが仲間だ。自分は自分の責任を果たし、その間、他の仕事については仲間を信頼する。それが冒険者というものだ。
ヘルマスは、驚きと困惑とで3人がいた辺りをまじまじと見つめながら、しばし物思いに耽っていた。
(あの小僧……)
ワシの能力の性質を知っておる上に、《次元扉》の呪文まで扱えるほどの術者であったのか。
さてはあ奴も、リスディスめを仕留めたらしい先ほどの男の仲間か?
確かに先程の男だけでは、あの小娘を屠るにはいささか力不足のように思えたが……。
そう考えていた時、ふと妙な気配を感じた。
(ぬ?)
怪訝に思って顔を上げると、長い杖を持った、小柄な薄着の少女の姿が目に入る。
その少女は、次の瞬間杖の先に絡み付かせた槍のような氷柱を、こちらに向かって放ってきた。
ヘルマスは咄嗟に体を捻って、その攻撃を間一髪で避ける。
氷柱は背後の扉に命中して、その表面を大きくへこませた。
(小癪な……!)
今の攻撃が何かは分からなかったが、おそらくは秘術呪文の使い手か。
さては先程、ナイフ使いの男を仕留めようとした時に邪魔を入れたのも、この小娘だったのか。
ならば、どこへ消えたのかわからぬ小僧は後回しだ。
(貴様から先に、八つ裂きにしてくれるわ!)
ヘルマスは嘴の端を歪めて、タバサの方へ向き直った。
攻撃を避けられたにもかかわらず、タバサの気分はむしろ高揚していた。
(あの人は、私に“お願いする”と言ってくれた)
別に、勇気を鼓舞する詩を歌われたわけではない。励まされたのですらない。
ただ一言、そういわれただけなのだが。
正直なところ、彼は自分の力など、必要としていないのではないかと思っていたのだ。
だが、彼は私にこの場を頼むと言ってくれた。
彼は私を信頼してくれていたのだ。気持ちの面だけではなく、力の面でも。
ならば、私はそれに答えるまでだ。
敵は謎めいた術を使う、正体不明の魔物だ。果たして自分が勝てる相手かどうかも分からない。
そんな状況であるにもかかわらず、タバサはかすかな笑みを浮かべてさえいた。
恐怖はない。かといって、これまでそうしてきたように、心を雪風で凍てつかせているわけでもない。
ただ、不思議と高揚しているのだ。状況を考えれば、不謹慎なほどに。
タバサが任務の時にそんな気分になったことは、これまで一度もなかった……。
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