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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
ディーキンがハルケギニアに召喚されてから、数日後の深夜のこと。
トリステイン魔法学院の本塔最上階の一階下、宝物庫がある階で、息を潜めて周囲の様子を伺う人影があった。
学院長オールド・オスマンの秘書、ミス・ロングビルである。
今の彼女は、人前ではいつもかけている眼鏡を外していた。
その口元には妖艶な笑みが浮かび、目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く吊り上っている。
それは、誰にも見せたことのない彼女のもう一つの素顔であった。
彼女の本名は、マチルダ・オブ・サウスゴータ。
元々は空中に浮かぶ大陸・アルビオンの王国のさる大公家に仕える、由緒正しい貴族家の一員であった。
しかしとある事情からその大公家は取り潰しの憂き目に遭い、彼女の家系も共に没落して、貴族の名を失ったのである。
その後はすっかり荒んだ生活を送るようになり、やがて盗賊稼業にまで手を染めるようになった。
元々優秀なメイジで機転も利く彼女は新しい生活にもすぐに慣れ、様々な偽名を名乗ってあちらこちらで活動し、巧みな手口で成功を重ねていた。
現在彼女が主に活動しているトリステインでは、『土くれ』のフーケと呼ばれる性別すらも分からぬ神出鬼没の大怪盗として、貴族を震えあがらせている。
さて、そんな彼女がここトリステインの魔法学院に秘書として入り込んだのは、もちろん宝物庫に収められているお宝が狙いであった。
彼女は宝石でも絵画でもヴィンテージワインでも、価値あるものならなんでも盗むが、高名で強力なマジックアイテムの類が特に好みなのだ。
そしてこの魔法学院の宝物庫には、数多くのマジックアイテムが収められている。
無論、ここはメイジの学院である以上、盗む上で厄介な障害となり得るメイジの数は多い。
だが、所詮は未熟な学生と世間知らずの教師が大半であり、実際のところ大して危険ではないと彼女は踏んでいた。
たとえそうでなくとも、ハルケギニア全体でも有数の歴史を持つこの学院のお宝には、危険を冒して狙うだけの魅力が十分にある。
「……さて、と。そろそろ、いいかしらね」
感覚を研ぎ澄まし、本塔の中で動く者がいなくなったのを確認したフーケは、そうひとりごちた。
優秀な土メイジである彼女には、接触している建物の床からの振動を注意深く感じ取ることで、近くに動いている者がいるかどうかを把握できるのだ。
今ならば、自分の行動を誰かに見咎められる心配はあるまい。
それでも、念には念を入れることにした。
ポケットから鉛筆ほどの長さの杖を取り出すと、無造作に軽く手首を振る。
杖はするすると伸びて、見る間に指揮棒ぐらいの長さになった。
彼女はその杖を振って、低い声で『サイレント』の呪文を唱え、周囲の空気の振動を止めて音が周囲に響くのを防いだ。
さらに、続けて『暗視』の呪文を唱える。水系統のこの呪文を使えば、唱えた者は一定の時間、闇の中でも視界を得ることができるようになるのだ。
屋内は暗いが、たまたま外を通りがかった使用人などに宝物庫のあたりで灯りが動くのを見られて不審がられる可能性もあるので、照明は使わない。
今回の彼女は、何もここまでしなくてもよかろうというくらい、過剰なまでに念入りに用心を重ねていた。
わざわざ秘書として学院内に潜り込んで事前の調査を行なったりして、ここに来るまでに随分な時間と労力とを使っているのだ。
ここまで来ておきながら些細な用心を怠ったばかりにすべて台無しになった、などということになってはつまらない。
秘書として働きながら情報を収集し、彼女が特にこれと目をつけたお宝は、学院長秘蔵の品として知られる2振りの杖であった。
今夜はついに、それを盗み出す予定なのだ。
先に施したサイレントの呪文では、空気が音を伝えるのは防げても、建物の床の振動までは防げない。
ロングビルは念には念を入れてゆっくりと静かに歩を進め、宝物庫の巨大な鉄の扉の前にやってきた。
魔法学院成立以来の秘宝が収められている宝物庫の扉には太く頑丈な閂が掛かっており、その閂はこれまた巨大な錠前で守られている。
もちろん、この宝物庫の錠前や扉は、ただ物理的に頑丈なだけではない。
錠前はスクウェアクラスのメイジが設計した魔法の鍵で、普通の鍵なら簡単に開錠できるメイジの『アンロック』の呪文を受け付けない。
扉にもやはりスクウェアクラスのメイジによる『固定化』が施されており、自然の酸化や劣化、『錬金』などの各種の魔法の影響から守られている。
物理的に破壊するにしても、扉も周囲の壁も極めて分厚く頑丈な作りで、たとえ巨大なゴーレムなどを用いても短時間のうちに壊すのはまず不可能である。
まずもって文句のつけようのない堅牢な宝物庫であり、並大抵の盗賊ではどうやってこれを破ったらよいものかと途方に暮れるところであろう。
実際、彼女自身も、初めてこの宝物庫を検分した時にはどうしたものかと少なからず頭を悩ませたものだ。
だが、その問題は既に先日、解決済みだ。
にやりと唇の端を吊り上げると、錠前に向けて小さく杖を振り、アンロックの呪文を唱える。
たちまち、かちりと小さな音を立てて錠が外れた。
タネは簡単で、先日の決闘の折に『眠りの鐘』を取りに宝物庫に入った際、ちょっとした細工を施しておいたのだ。
借りた鍵を使って本物の錠前を外した後に、自分で錬金して作った外見がそっくり同じ偽の錠前を掛けたのである。
腕利きのメイジである彼女の作った錠前は、優秀なメイジが疑って注意深く調べでもしない限り、まず偽物とは気付かれないであろう出来だった。
ちゃんと本物用の鍵を使えば開くようにも仕組んでおいたので、鍵が合わないなどで疑われる心配もまずない。
本物の錠前は錬金で作った粗悪な素材でくるんでただのガラクタ道具のように見せかけ、宝物庫の目立たない隅にある箱へ押し込んでおいた。
後は仕事が済み次第そこから取り出して元通りに掛け直し、偽の錠前の方は分解して土に還してしまえば一切の証拠は残らぬというわけだ。
(立派な宝物庫もお宝も、持ち主があんな間抜けなエロジジイじゃあ気の毒ってもんだね。
ここはひとつ、私がいただいて有効利用してやるさ……)
心の中でそんな嘲りの言葉をつぶやくと、真っ赤な舌でちろりと唇をなぞった。
最初はなかなか鍵を一人で預かることができず、かといって錬金やゴーレムによる力押しでの攻略も難しそうで、どうしたものかと悩んでいた。
宝物庫の弱点など聞き出せないかと自分に好意を寄せているらしいコルベール教員に付き合ってみたりもしたが、大した情報は得られなかった。
ところが先日の決闘の折に、何故か学院長が非常に興味を示していて上の空だったお陰で、何もかも首尾よく運んだのだ。
そういえばあの決闘をしたメイドは、最近平民の間では人気者らしく、よく噂を聞く。
決闘で貴族を負かすという、メイジの面子に泥を塗るようなことをしでかしたにもかかわらず、何故かメイジの間での評判も悪くはないようだ。
不思議なことに、決闘で平民に負けるという醜態をさらしたあのグラモン家の少年も何故か嗤いものなどにはなっておらず、評判はむしろいいらしい。
決闘の際の双方の潔い態度もさることながら、ヴァリエール家の少女の、あの奇妙な使い魔の披露した詩歌がとてもよかったという噂だが……。
(……まあ、私にゃあ関係ないね。
あのガキどものお陰で万事上手くいったことには、感謝するけどねえ)
自分も機会があれば一度その詩歌とやらを聞いてみたいものではあるが、今はそんな事を考えている場合でもあるまい。
それよりも、苦労して手にしようとしてきたお宝が、ついに自分のものになるのだ。
フーケはとりとめのない思考を打ち切ると、いそいそと宝物庫の中へ入っていった。
そこには、実に様々な宝物があった。
片っ端から盗んでやるのも気味がいいだろうが、それは自分の流儀ではない。
今回の狙いはただ2つ、『破壊の杖』と『守護の杖』だけだ。
所在は、前に宝物庫に入った際に既に調べてある。フーケは真っ直ぐにそこへ向かった。
宝物庫の奥まったところに様々な杖が壁にかかった一画があり、その中に一本、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。
全長は一メイルほどの長さで、優秀な土メイジであるフーケでさえ、見たことのない金属でできている。
その下にかけられた鉄製のプレートには、『破壊の杖。持ち出し不可』と書いてあった。
用途もよく分からないし、『ディテクト・マジック』をかけてみても、魔力の反応は全く感じられない。
しかし、強力なマジックアイテムであれば、正体を探りにくいよう魔力を隠蔽してあるということも考えられる。
材質が自分でさえ知らない未知の金属であるというだけでも、確かに大したお宝に違いないことは確信していた。
その隣にもう一つ、こちらはいかにも魔法の杖という形の品があった。
木製の長杖で、石突きは鉄でできており、見たことのない奇妙な形の印形やルーンらしきものが無数に彫り込まれている。
その下にかけられた鉄製のプレートには、『守護の杖。持ち出し不可』と書いてあった。
一見すると高価そうには見えないし、これもまた使用法はよく分からない。
だが、こちらはディテクト・マジックをかけてみると、目が眩むほどの強烈な魔力の輝きが感知できた。
これほど凄まじい魔力を帯びた品は、様々な魔法のお宝を盗んできた自分でさえ、見たことがなかった。
(……まあ、使い道はあとで、何としてでも探り出してやるさ。
とにかくこいつらは、王宮にさえないようなとんでもない値打ちものに間違いないからねえ……)
フーケはほくそ笑みながら、その2つを壁から取り外した。
さてこれらの杖は、どちらもさほど重くはない……むしろ破壊の杖などは、予想より遥かに軽くて驚いたくらいだ。
とはいえ、2つとも持ち運ぶには少々かさばる。
それよりなにより、宝物庫のお宝を持ち歩いているところを誰かに見られては厄介なことになるだろう。
そこで、杖を振ってゴーレムを一体出現させる。
ギーシュの使っているワルキューレと似たような青銅ゴーレムで、ただ身の丈はもう少し大きく2メイル半ほどあり、体格もがっしりしていた。
ここでは自分は平凡なラインメイジで通しているので、このくらいのサイズが妥当だろう。
フーケはこのゴーレムの体の中の空洞部分に、盗み出した2本の杖を収納させた。
さらに音がしないよう、周囲に錬金で詰め物をする。
もし帰り道で誰かに出会って聞かれたら、少し遅くまで仕事をしていて暗くなってしまったのだといえばよい。
このゴーレムは夜も遅いし、学院内とはいえ万一を考えて護衛用に連れ歩いているのだと説明すれば、まず疑われる心配もあるまい。
これで、帰り道でお宝が見つかる恐れはなくなったわけだ。
(さあて、あとは仕上げだね。
仕込みはちゃんと上手くいってるかね?)
無論、お宝の入手という目的は、既に達成したわけだが……。
しかしこのままでは、貴重な杖の盗難が露見したときに、先日鍵を預かった自分が真っ先に疑われる対象に入ってしまうだろう。
一旦疑いをもたれてこれまでの経歴などを調べられはじめれば、まず誤魔化し切れまい。
よしんばこの場では捕まらなかったとしても、顔が割れてしまっている以上、今後の仕事には確実に支障が出る。
ゆえにもう一工夫、自分が容疑者から上手く外れられるような細工が必要だった。
そのための仕込みも先日、既にしてある。
フーケはその成果を確認するべく、宝物庫の別の一角へ向かった……。
・
・
・
しばしの後、仕込みが首尾よくいっていることを確認したフーケは、意気揚々と宝物庫を後にした。
これで後は、予定通り明日の夜に仕上げを済ませれば完璧だ。
無論その前に宝物庫に誰かが入り、お宝がなくなっていることに気付かれれば計画は破綻してしまうわけだが……。
翌日が休日である『虚無の曜日』なことを考えれば、まずその心配もないはずだ。
彼女は本塔から外に出る前に、抜け目なく眼鏡を掛けなおすと、気分を切り替えて生真面目そうな表情と態度を取り繕った。
人目があるかも知れない場所では、彼女は常に怪盗のフーケではなく、秘書のロングビルなのだ。
そうしてから、先程作ったゴーレムを伴って、自分の宿舎へ向かう。
それでも、内心の浮かれた気持ちが多少なりとも態度に現れて、足取りがいささか軽くなってはいたが。
「………あら?」
その途中、ふと妙な気配を感じて、空を見上げる。
明るい2つの月明かりの中、一頭の比較的小柄な青い竜が、女子生徒らの寮塔の方から学院の外へと向かって行くのが見えた。
あれはたしか、最近の使い魔召喚の儀で召喚された竜だったはずだ。
背中に、何人かの人影が見えたが……。
ロングビルは、内心で苦笑した。
いいところのお嬢様たちのくせに、明日が虚無の曜日だから、夜遊びに出ようというわけか。
まったく、普段はお行儀よくしていても最近の若い少女というものは。
自分があの子らくらいの年の頃は、貴族の娘としてもっとお行儀よくしていたものだ。
まあ、内心、もっと奔放に遊びたい気持ちも無かったと言えば嘘にはなるが。
故郷に残してきた大切な妹も、あの子らくらい元気に明るく、おおっぴらに遊び回れるようになれば、それは嬉しいだろうし……。
「……まあ、よいでしょう。私は教師ではありませんので」
彼女は肩を竦めてそんな言い訳じみたことを呟くと、特に呼び止めて注意をするでもなく、そのまま宿舎へ戻っていった。
#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
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ディーキンがハルケギニアに召喚されてから、十日あまりが経った日の深夜のこと。
トリステイン魔法学院の本塔最上階の一階下、宝物庫がある階で、息を潜めて周囲の様子を伺う人影があった。
学院長オールド・オスマンの秘書、ミス・ロングビルである。
今の彼女は、人前ではいつもかけている眼鏡を外していた。
その口元には妖艶な笑みが浮かび、目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く吊り上っている。
それは、誰にも見せたことのない彼女のもう一つの素顔であった。
彼女の本名は、マチルダ・オブ・サウスゴータ。
元々は空中に浮かぶ大陸・アルビオンの王国のさる大公家に仕える、由緒正しい貴族家の一員であった。
しかしとある事情からその大公家は取り潰しの憂き目に遭い、彼女の家系も共に没落して、貴族の名を失ったのである。
その後はすっかり荒んだ生活を送るようになり、やがて盗賊稼業にまで手を染めるようになった。
元々優秀なメイジで機転も利く彼女は新しい生活にもすぐに慣れ、様々な偽名を名乗ってあちらこちらで活動し、巧みな手口で成功を重ねていた。
現在彼女が主に活動しているトリステインでは、『土くれ』のフーケと呼ばれる性別すらも分からぬ神出鬼没の大怪盗として、貴族を震えあがらせている。
さて、そんな彼女がここトリステインの魔法学院に秘書として入り込んだのは、もちろん宝物庫に収められているお宝が狙いであった。
彼女は宝石でも絵画でもヴィンテージワインでも、価値あるものならなんでも盗むが、高名で強力なマジックアイテムの類が特に好みなのだ。
そしてこの魔法学院の宝物庫には、数多くのマジックアイテムが収められている。
無論、ここはメイジの学院である以上、盗む上で厄介な障害となり得るメイジの数は多い。
だが、所詮は未熟な学生と世間知らずの教師が大半であり、実際のところ大して危険ではないと彼女は踏んでいた。
たとえそうでなくとも、ハルケギニア全体でも有数の歴史を持つこの学院のお宝には、危険を冒して狙うだけの魅力が十分にある。
「……さて、と。そろそろ、いいかしらね」
感覚を研ぎ澄まし、本塔の中で動く者がいなくなったのを確認したフーケは、そうひとりごちた。
優秀な土メイジである彼女には、接触している建物の床からの振動を注意深く感じ取ることで、近くに動いている者がいるかどうかを把握できるのだ。
今ならば、自分の行動を誰かに見咎められる心配はあるまい。
それでも、念には念を入れることにした。
ポケットから鉛筆ほどの長さの杖を取り出すと、無造作に軽く手首を振る。
杖はするすると伸びて、見る間に指揮棒ぐらいの長さになった。
彼女はその杖を振って、低い声で『サイレント』の呪文を唱え、周囲の空気の振動を止めて音が周囲に響くのを防いだ。
さらに、続けて『暗視』の呪文を唱える。水系統のこの呪文を使えば、唱えた者は一定の時間、闇の中でも視界を得ることができるようになるのだ。
屋内は暗いが、たまたま外を通りがかった使用人などに宝物庫のあたりで灯りが動くのを見られて不審がられる可能性もあるので、照明は使わない。
今回の彼女は、何もここまでしなくてもよかろうというくらい、過剰なまでに念入りに用心を重ねていた。
わざわざ秘書として学院内に潜り込んで事前の調査を行なったりして、ここに来るまでに随分な時間と労力とを使っているのだ。
ここまで来ておきながら些細な用心を怠ったばかりにすべて台無しになった、などということになってはつまらない。
秘書として働きながら情報を収集し、彼女が特にこれと目をつけたお宝は、学院長秘蔵の品として知られる2振りの杖であった。
今夜はついに、それを盗み出す予定なのだ。
先に施したサイレントの呪文では、空気が音を伝えるのは防げても、建物の床の振動までは防げない。
ロングビルは念には念を入れてゆっくりと静かに歩を進め、宝物庫の巨大な鉄の扉の前にやってきた。
魔法学院成立以来の秘宝が収められている宝物庫の扉には太く頑丈な閂が掛かっており、その閂はこれまた巨大な錠前で守られている。
もちろん、この宝物庫の錠前や扉は、ただ物理的に頑丈なだけではない。
錠前はスクウェアクラスのメイジが設計した魔法の鍵で、普通の鍵なら簡単に開錠できるメイジの『アンロック』の呪文を受け付けない。
扉にもやはりスクウェアクラスのメイジによる『固定化』が施されており、自然の酸化や劣化、『錬金』などの各種の魔法の影響から守られている。
物理的に破壊するにしても、扉も周囲の壁も極めて分厚く頑丈な作りで、たとえ巨大なゴーレムなどを用いても短時間のうちに壊すのはまず不可能である。
まずもって文句のつけようのない堅牢な宝物庫であり、並大抵の盗賊ではどうやってこれを破ったらよいものかと途方に暮れるところであろう。
実際、彼女自身も、初めてこの宝物庫を検分した時にはどうしたものかと少なからず頭を悩ませたものだ。
だが、その問題は既に先日、解決済みだ。
にやりと唇の端を吊り上げると、錠前に向けて小さく杖を振り、アンロックの呪文を唱える。
たちまち、かちりと小さな音を立てて錠が外れた。
タネは簡単で、先日の決闘の折に『眠りの鐘』を取りに宝物庫に入った際、ちょっとした細工を施しておいたのだ。
借りた鍵を使って本物の錠前を外した後に、自分で錬金して作った外見がそっくり同じ偽の錠前を掛けたのである。
腕利きのメイジである彼女の作った錠前は、優秀なメイジが疑って注意深く調べでもしない限り、まず偽物とは気付かれないであろう出来だった。
ちゃんと本物用の鍵を使えば開くようにも仕組んでおいたので、鍵が合わないなどで疑われる心配もまずない。
本物の錠前は錬金で作った粗悪な素材でくるんでただのガラクタ道具のように見せかけ、宝物庫の目立たない隅にある箱へ押し込んでおいた。
後は仕事が済み次第そこから取り出して元通りに掛け直し、偽の錠前の方は分解して土に還してしまえば一切の証拠は残らぬというわけだ。
(立派な宝物庫もお宝も、持ち主があんな間抜けなエロジジイじゃあ気の毒ってもんだね。
ここはひとつ、私がいただいて有効利用してやるさ……)
心の中でそんな嘲りの言葉をつぶやくと、真っ赤な舌でちろりと唇をなぞった。
最初はなかなか鍵を一人で預かることができず、かといって錬金やゴーレムによる力押しでの攻略も難しそうで、どうしたものかと悩んでいた。
宝物庫の弱点など聞き出せないかと自分に好意を寄せているらしいコルベール教員に付き合ってみたりもしたが、大した情報は得られなかった。
ところが先日の決闘の折に、何故か学院長が非常に興味を示していて上の空だったお陰で、何もかも首尾よく運んだのだ。
そういえばあの決闘をしたメイドは、最近平民の間では人気者らしく、よく噂を聞く。
決闘で貴族を負かすという、メイジの面子に泥を塗るようなことをしでかしたにもかかわらず、何故かメイジの間での評判も悪くはないようだ。
不思議なことに、決闘で平民に負けるという醜態をさらしたあのグラモン家の少年も何故か嗤いものなどにはなっておらず、評判はむしろいいらしい。
決闘の際の双方の潔い態度もさることながら、ヴァリエール家の少女の、あの奇妙な使い魔の披露した詩歌がとてもよかったという噂だが……。
(……まあ、私にゃあ関係ないね。
あのガキどものお陰で万事上手くいったことには、感謝するけどねえ)
自分も機会があれば一度その詩歌とやらを聞いてみたいものではあるが、今はそんな事を考えている場合でもあるまい。
それよりも、苦労して手にしようとしてきたお宝が、ついに自分のものになるのだ。
フーケはとりとめのない思考を打ち切ると、いそいそと宝物庫の中へ入っていった。
そこには、実に様々な宝物があった。
片っ端から盗んでやるのも気味がいいだろうが、それは自分の流儀ではない。
今回の狙いはただ2つ、『破壊の杖』と『守護の杖』だけだ。
所在は、前に宝物庫に入った際に既に調べてある。フーケは真っ直ぐにそこへ向かった。
宝物庫の奥まったところに様々な杖が壁にかかった一画があり、その中に一本、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。
全長は一メイルほどの長さで、優秀な土メイジであるフーケでさえ、見たことのない金属でできている。
その下にかけられた鉄製のプレートには、『破壊の杖。持ち出し不可』と書いてあった。
用途もよく分からないし、『ディテクト・マジック』をかけてみても、魔力の反応は全く感じられない。
しかし、強力なマジックアイテムであれば、正体を探りにくいよう魔力を隠蔽してあるということも考えられる。
材質が自分でさえ知らない未知の金属であるというだけでも、確かに大したお宝に違いないことは確信していた。
その隣にもう一つ、こちらはいかにも魔法の杖という形の品があった。
木製の長杖で、石突きは鉄でできており、見たことのない奇妙な形の印形やルーンらしきものが無数に彫り込まれている。
その下にかけられた鉄製のプレートには、『守護の杖。持ち出し不可』と書いてあった。
一見すると高価そうには見えないし、これもまた使用法はよく分からない。
だが、こちらはディテクト・マジックをかけてみると、目が眩むほどの強烈な魔力の輝きが感知できた。
これほど凄まじい魔力を帯びた品は、様々な魔法のお宝を盗んできた自分でさえ、見たことがなかった。
(……まあ、使い道はあとで、何としてでも探り出してやるさ。
とにかくこいつらは、王宮にさえないようなとんでもない値打ちものに間違いないからねえ……)
フーケはほくそ笑みながら、その2つを壁から取り外した。
さてこれらの杖は、どちらもさほど重くはない……むしろ破壊の杖などは、予想より遥かに軽くて驚いたくらいだ。
とはいえ、2つとも持ち運ぶには少々かさばる。
それよりなにより、宝物庫のお宝を持ち歩いているところを誰かに見られては厄介なことになるだろう。
そこで、杖を振ってゴーレムを一体出現させる。
ギーシュの使っているワルキューレと似たような青銅ゴーレムで、ただ身の丈はもう少し大きく2メイル半ほどあり、体格もがっしりしていた。
ここでは自分は平凡なラインメイジで通しているので、このくらいのサイズが妥当だろう。
フーケはこのゴーレムの体の中の空洞部分に、盗み出した2本の杖を収納させた。
さらに音がしないよう、周囲に錬金で詰め物をする。
もし帰り道で誰かに出会って聞かれたら、少し遅くまで仕事をしていて暗くなってしまったのだといえばよい。
このゴーレムは夜も遅いし、学院内とはいえ万一を考えて護衛用に連れ歩いているのだと説明すれば、まず疑われる心配もあるまい。
これで、帰り道でお宝が見つかる恐れはなくなったわけだ。
(さあて、あとは仕上げだね。
仕込みはちゃんと上手くいってるかね?)
無論、お宝の入手という目的は、既に達成したわけだが……。
しかしこのままでは、貴重な杖の盗難が露見したときに、先日鍵を預かった自分が真っ先に疑われる対象に入ってしまうだろう。
一旦疑いをもたれてこれまでの経歴などを調べられはじめれば、まず誤魔化し切れまい。
よしんばこの場では捕まらなかったとしても、顔が割れてしまっている以上、今後の仕事には確実に支障が出る。
ゆえにもう一工夫、自分が容疑者から上手く外れられるような細工が必要だった。
そのための仕込みも先日、既にしてある。
フーケはその成果を確認するべく、宝物庫の別の一角へ向かった……。
・
・
・
しばしの後、仕込みが首尾よくいっていることを確認したフーケは、意気揚々と宝物庫を後にした。
これで後は、予定通り明日の夜に仕上げを済ませれば完璧だ。
無論その前に宝物庫に誰かが入り、お宝がなくなっていることに気付かれれば計画は破綻してしまうわけだが……。
翌日が休日である『虚無の曜日』なことを考えれば、まずその心配もないはずだ。
彼女は本塔から外に出る前に、抜け目なく眼鏡を掛けなおすと、気分を切り替えて生真面目そうな表情と態度を取り繕った。
人目があるかも知れない場所では、彼女は常に怪盗のフーケではなく、秘書のロングビルなのだ。
そうしてから、先程作ったゴーレムを伴って、自分の宿舎へ向かう。
それでも、内心の浮かれた気持ちが多少なりとも態度に現れて、足取りがいささか軽くなってはいたが。
「………あら?」
その途中、ふと妙な気配を感じて、空を見上げる。
明るい2つの月明かりの中、一頭の比較的小柄な青い竜が、女子生徒らの寮塔の方から学院の外へと向かって行くのが見えた。
あれはたしか、最近の使い魔召喚の儀で召喚された竜だったはずだ。
背中に、何人かの人影が見えたが……。
ロングビルは、内心で苦笑した。
いいところのお嬢様たちのくせに、明日が虚無の曜日だから、夜遊びに出ようというわけか。
まったく、普段はお行儀よくしていても最近の若い少女というものは。
自分があの子らくらいの年の頃は、貴族の娘としてもっとお行儀よくしていたものだ。
まあ、内心、もっと奔放に遊びたい気持ちも無かったと言えば嘘にはなるが。
故郷に残してきた大切な妹も、あの子らくらい元気に明るく、おおっぴらに遊び回れるようになれば、それは嬉しいだろうし……。
「……まあ、よいでしょう。私は教師ではありませんので」
彼女は肩を竦めてそんな言い訳じみたことを呟くと、特に呼び止めて注意をするでもなく、そのまま宿舎へ戻っていった。
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