「暗の使い魔‐04」(2015/06/07 (日) 20:14:00) の最新版変更点
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#navi(暗の使い魔)
「みなさん。授業を始めますよ」
教室の扉を開き、中年の女性が姿をあらわす。紫のローブに身を包み、帽子をかぶったふくよかな女性である。
昨晩、官兵衛達の騒ぎを聞きつけて現れた教師だった。
「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、
こうやって春の新学期に様々な使い魔をみるのがとても楽しみなのですよ」
どうやらこの教師が、昨晩気絶していた官兵衛を発見した、ミセス・シュヴルーズらしかった。
シュヴルーズがニコニコしながら教室を見渡す。と、ふいに教室の片隅にて腰掛ける官兵衛と目が合った。
「おや?」
慌ててシュヴルーズから目を逸らす官兵衛。
しばらくこちらを見つめていたシュヴルーズだが、ふとルイズの方を見ると、とぼけた声で言った。
「ミス・ヴァリエールは、随分変わった使い魔を召喚したようですね。」
教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ!召喚に失敗したからって、どっかから奴隷なんて連れて来るなよ!」
ルイズが立ち上がり、真っ赤な顔で怒鳴る。
「違うわ!ちゃんと召喚したのよ!なぜかこいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘付け!サモンサーヴァントが出来なかったんだろ!」
そういわれると、ルイズは机を叩きながら、シュヴルーズに抗議した。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱したわ!」
「だれがかぜっぴきだ!僕の二つ名は『風上』だ!風邪なんかひいてないぞ!」
マリコルヌと呼ばれた太っちょの少年が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
そんな二人の様子を見て、シュヴルーズが静かに杖を振るった。
途端、立ち上がった二人は、糸の切れた人形のようにストンと席に落ちた。
「みっともない口論はおやめなさい。お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
シュヴルーズが厳しい顔でそういうと教室内はしんと静まり返った。
「よろしい、では授業を始めましょう」
重々しい咳とともに新学期初の授業が始まった。
魔法について、一部は見ていたものの、その根幹の説明は、官兵衛にとっては非常に興味深いものであった。
『火』『水』『風』『土』の四系統に加え、今は失われし『虚無』についての説明。
シュヴルーズは土系統のメイジなので、土系統に関する説明が主ではあった。
しかしそれでも――いや、それだからこそ官兵衛は退屈しなかった。長年地下の坑道で土くれ相手に奮闘する日々。
そんな彼にとって、最も自分にとって身近にあった『土』の系統がどの様なものか、非常に興味があったのだ。
「今から皆さんには『土』系統の基本でもある『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年の時に出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度おさらいしましょう」
教卓の上に幾つかの石を取り出し、杖を構えるシュヴルーズ。
教室内がしんと静まり返る。なにが始まるんだ、と官兵衛は教卓上のそれをじっと見守った。
ジュヴルーズが短くルーンを唱え、杖を振るった瞬間、教卓の上の石ころが光り出した。
そして光がおさまると、石ころは光輝く金属にへと姿を変えていた。
「ゴゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!
キュルケが身を乗り出しながら言う。
「いいえ。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの『トライアングル』ですから」
「(こいつは、あの時の)」
この時、官兵衛は昨晩、ギーシュが地面に次々と武器を出現させていた事を思い出した。
思えば、あのゴーレムもこれと同じ原理で生み出されていたのだろう。
「(いくらでも自由に思ったものを生み出せる能力……こいつはすごい)」
官兵衛は改めて、魔法の奥深さとその利便性に感じ入っていた。
「(ん?待てよ?もしかして……)」
と、その時であった。官兵衛がある重大なことに気がついたのは。
「お、おい先生!」
がばっと立ち上がると、官兵衛はすかさず両腕を掲げた。
「はい?って……あなたはミス・ヴァリエールの……」
官兵衛に気付いたシュヴルーズが、怪訝な顔で向き合う。それと同時にルイズが立ち上がった。
「ちょっと!なにやってるのよ!」
「小生から質問がある!そ、その錬金ってのは、何でも思った形の金属を作り出せるのか?」
「なんですかいきなり……。まあいいでしょう」
予想だにしない者からの質問であったが、これも授業のためと答え出すシュヴルーズ。
「扱うメイジのクラスにもよりますが、その通りです。錬金の呪文は基本ですが、非常に奥の深い魔法なのですよ。
だからこそ土の系統は私達の生活に深く――」
「だったら!小生から頼みがある!小生のこの枷の鍵を――」
シュヴルーズが答え終わらない内に、突如、ずかずかと教卓の方へと歩き出す官兵衛。
それを見て、ルイズは顔を青くして官兵衛を取り押さえた。
「ちょっと!な、に、してるのよバカ!今は!授業中なの!」
なおのこと先生に詰め寄ろうとする官兵衛を、全身で必死に押さえつけながらルイズがいう。
「離せ!やっと小生、こいつから解放されるかもしれないんだ!離せ!」
喚く大男の身体に精一杯自分の小さな腕を回しながら、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
再び教室内からどっと笑いの渦が巻き起こった。
「この……いい加減にしなさいよ!バカ!」
あまりに聞き分けの無い官兵衛の向こう脛を、ずかん!とルイズは蹴飛ばす。
「あだあっ!」
あまりの痛みに、脛を押さえながら、ぴょんぴょんと片足で跳ね回る官兵衛。
そんな様子をみて、教室内の笑いは極度に達した。
「あっはははは!本当に面白い使い魔だこと!」
キュルケも自分の机を手で叩きながら、笑い転げていた。
「ええい!お静かに!ミス・ヴァリエール!使い魔さんの管理はしっかりなさい!」
シュヴルーズが声を荒げ、ルイズを叱った。
教室内から未だ笑い声が聞こえる。そんな中、シュヴルーズはルイズを指してこういった。
「ミス・ヴァリエール。罰としてこの錬金はあなたにやってもらう事にします。」
すると、あれほど止まなかった笑い声が、時でも止まったかのようにピタリと止んだ。
「ん?」
ようやく痛みが引いた官兵衛が、妙な空気に辺りを見回す。
見れば、生徒らの誰もが表情をこわばらせ。冷や汗らしきものをかいているではないか。
「あの、やめといた方がいいと思いますけど……」
キュルケが困ったように立ち上がった。
「どうしてですか?」
「危険です」
教室内にいるほぼ全員が、首を激しく縦に振って肯定する。
「危険?どうしてですか?」
シュヴルーズが要領を得ない、といった顔で問い返した。
官兵衛も場の妙な雰囲気に、どうしたことだろうと首を傾げていた。
そういえば、彼はこれまでルイズが魔法らしきものを使った場を見た事がなかった。
なにか関係があるのだろうか?
そう思いながら官兵衛は、意を決したような表情で前へ進み出るルイズを眺める。
「ルイズ、やめて。」
キュルケが蒼白な顔で言う。
しかしルイズは、その一言でさらに表情を険しくした。
石に向かって、杖が構えられる。
その瞬間、ガタガタと、教室中から椅子を跳ね除ける音が聞こえた。急ぎ辺りを見回す官兵衛。
みれば、授業を受けている生徒達全員が、机の下に身を隠し頭を覆っている。
青い髪の女子生徒が、杖と本を片手に携えながら、教室から出て行くのが見えた。
「(まさか……)」
官兵衛はルイズを見やる。
官兵衛は、先程のどさくさの為、教室真ん中の机と机の間にある通路に腰掛けたままであった。
教卓との距離は約4メイル程。まずい。
「おいっ!小生も入れてくれぇ!」
官兵衛はすぐ隣の机に身を潜めた、金髪の巻き髪の女子生徒にいう。
しかしそこに官兵衛が隠れられそうなスペースは無い。
反対側の机も同様。
ルイズが短くルーンを唱え、杖を振り下した。
「よせ!やめろ!」
その瞬間。卓上の石が破裂、いや、爆発した。
至近距離にいたルイズとシュヴルーズが黒板に叩きつけられる。
教室中から悲鳴が巻き起こる。
爆発に驚いた使い魔たちが暴れ、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。そして官兵衛は。
「何故じゃああああああああっ!!」
綺麗な放物線を描きながら、教室の遥か後方にまで吹っ飛んでいった。丁度部屋のすみにあたる部分に墜落する官兵衛。
壁に強かに頭を打ちつけ、彼はその場にうずくまった。その瞬間
ずごおん!と、官兵衛の頭にとんでもない衝撃が走った。ずしりと、彼の目の前に巨大な鉄の塊が、頭から落ちる。
ルイズの爆発で吹っ飛んだ際、一緒に吹き飛ばされてきた彼の鉄球が、見事に彼の頭にヒットしたのだ。
「もう!だから言ったじゃない!ゼロのルイズにやらせるなって!」
「いつだって成功率ゼロのルイズめ!」
仄暗い意識の中、そんな言葉を最後に耳にした官兵衛は、がくりと教室の片隅でのびていた。
そこは、地平線まで続く一面の花畑であった。赤白黄色と、様々な花が咲き乱れ、その先には大小さまざまな蝶が舞う。
空は青々と澄んでおり、雲ひとつ浮かんでいない。遠くからは微かに、川のせせらぎが聞こえてくる。
そののどかな情景は、見るものの心を洗い流すかのように癒す。
官兵衛は、非常に穏やかな表情で、その花畑のど真ん中に立っていた。
「小生、やっと自由になれたんだな……」
何とも清々しい気分で、一人呟く。そんな彼の肩にポンと、優しく手が添えられる。
「そう、もはやそなたを縛る物は何も無い。我も同じく」
見るとそこには緑色の甲冑に風変わりな縦長の兜を被った、穏やかそうな青年の姿があった。
「毛利元就……」
官兵衛がその名を呟く。
「違いますよ」
今度は逆側の肩に手を置くもう一つの影。
「彼は解放されたのです。己の領地を失う恐れと、それから来る、兵達を邪険に扱う咎から……」
金髪のおかっぱの、南蛮渡来の服装に身を包んだ少年が優しく語り掛ける。
「そう彼の名はサンデー毛利。そして貴方は……」
「そう。そうだったな。小生はジョシー。ジョシー黒田……」
彼は自分の名を呟いた。そうだ、自分は解放されたのだ。枷のみならず、己の野望の心から。
二対の眼が、優しく穏やかに、ジョシーを見つめていた。
「アーアァァーーーアーアー」
美しい歌声とともに、シャンシャンと鈴の音が辺りに響き渡る。
見るとやや離れたところで、両腕にチェーンソーのような武器を携えた武将。
それと、巨大な剣を肩に担いだ、白い髭の老人が、見事な歌声を披露している。
鹿を携えた茶髪の少年が、鮮やかに鈴の音を打ち鳴らす。
「こんなに晴れ晴れした気分は、小生初めてだ」
バックのコーラスと共に、三人は一歩、また一歩と前へ踏み出した。
「さあ行きましょう!あの川のせせらぎの向こうへ……。ザビー様とともに!」
いつの間にか周りには、髭を生やした濃い顔の天使が、彼らを祝福をするかのように飛び回っていた。
「それではいきますよ!ザー!――」
「――ビザビザビザビザビザビザー!」
「ちょっと起きなさい!こら!起きてお願い!」
「ハッ!」
突如激しく身体を揺する感覚に、黒田官兵衛は目を覚ました。
「しょ、小生は一体なにを?」
頭を抑えながら上体を起こす。
見るとそこは見る影も無く壊された教室。
黒い煤で汚れた机に、割れた窓ガラス。ルイズの爆発によるものだった。
「やっと起きたわね。全く。」
腰に手を当てたまま、ルイズが不機嫌そうに官兵衛を見下ろして言った。
「なんだか、随分穏やかな夢を見ていたような……ダメだ思い出せん」
「暢気に夢なんか見てるんじゃないわよ。不気味なうわ言まで呟いて。それより早く手伝って」
「手伝うだと?」
未だ夢から覚めやらない官兵衛は、ぼんやりしながら聞き返した。
「そうよ、今からこの教室を元通りにするの。あんたは私の使い魔なんだから手伝いなさい」
「何だと!?」
官兵衛は見るも無残に荒らされた教室を見回しながら、驚きの声を上げた。
「ハァ……なんで小生まで」
枷のされた手で、器用に机の汚れをふき取りながら、官兵衛はひとりごちた。
教室を吹き飛ばした張本人はルイズなのに、なんで自分だけが重労働を強いられるのだろう。
そもそもこの枷で出来る事は大分限られるのだから、少しは免除してほしいくらいである。
そう思いながら、官兵衛はルイズを見やった。
ルイズは机に腰掛け、足をぶらぶらさせながら俯いている。心なしか元気も無いように思える。
「どうしたんだ?小生だけこき使ってないで、お前さんも手伝ってくれ」
官兵衛がルイズに語りかける。どうにもおかしい。
喧しいルイズが先程から一言も発せずにいるのだ。その沈黙に耐えかね、なおのこと呼びかける官兵衛。
「おい、聞いてるのか?小生この枷なんだから、ガラス運びでも手伝ってくれ。」
官兵衛がそういうと、ルイズは黙々とガラスを運ぶのを手伝い出した。
一言も発せず、作業を手伝うルイズは、彼にとって逆に不気味であった。
ガラスをはめ、全ての机を拭き終わると、ようやっと教室の補修は完了した。時刻はもう昼に近くなっていた。
飯にするか、と学園の食堂に向かおうとする官兵衛。
「ねぇ」
と、唐突にルイズが口を開いた。やはり何時もに比べ元気の無い声色だった。
「何だ?」
振り返りながら官兵衛が尋ねる。
「やっぱりあんただってバカにしてるんでしょ?魔法の使えないこの私を」
「何?いきなり何だってんだ」
ルイズのいきなりの自虐的な言葉に、官兵衛はルイズに向き合った。
「魔法を唱えるたびに失敗、爆発。何度やったって上手くいかない。失敗して失敗して、挙句ついたあだ名が『ゼロ』」
とめどなくルイズの口から流れる言葉の数々。これは良くない、と官兵衛はルイズを宥めるように声を掛けた。
「まあまあ、落ち着け。失敗なんて誰にでもあるだろう。失敗を続けても諦めなきゃそのうち――」
「したわよ!何回も何回も!諦めないって思った!努力も他の生徒の何百倍も努力したわ!」
しかし、とうとうルイズの感情が爆発した。とめどなく滝のように流れる感情的な言葉の数々。
ルイズは顔を真っ赤にしながら、声を荒げた。
「それでもだめ!結局爆発なんてなんの役にも立たないし!どうせ私なんか!」
ルイズが再び俯きかけたその時。
「そうでもないだろう?」
官兵衛は至って平静に、なにをいっているんだ、といった様子で言った。俯きかけた視線を再び官兵衛へと戻すルイズ。
「何よ、何も判らないくせに」
「小生だったら大歓迎なんだがな、その魔法は。ガレキや固い岩盤ふっ飛ばすのに便利だ」
「な、なんですって?」
と、突如、キッとした表情でルイズが官兵衛を睨みつけた。その迫力に、思わずたじろぐ官兵衛。
「いやまて、何でそんな顔する。小生は小生なりにだな――」
必死に言葉を取り繕う官兵衛だったが。
ばちん!
激しい音とともに、左頬に痛みが走った。視界が突如右へとブレる。
見ると、ルイズが瞳いっぱいに涙をため、肩を震わせていた。
「バカッ!あんたなんてもう知らない!勝手にどこへなりと行っちゃえばいいのよ!」
そう言ってルイズは駆け出すと、長い長い廊下の奥へと消えていった。
ルイズのいた後には、小さな水の雫による水溜りが点々と出来ていた。
「……小生なりに褒めたつもりだったんだがな」
これまでに受けた何よりも痛む一撃であった。ヒリヒリする頬を擦る官兵衛。彼は足取り重く、仕方なしにと、シエスタのいる厨房へと向かったのであった。
トリステイン魔法学院は、中央にそびえる巨大な本塔と、それを囲むようにして聳え立つ五つの塔によって構成された建物である。
その五つの塔と本塔同士をつなぐ壁によって、魔法学園の敷地内にはいくつかの広場が存在する。
その広場のうちの一つに、アウストリという広場がある。
今日この日、この時間、アウストリの広場には、授業を終えた生徒達と使い魔たちが集まっていた。
呼び出した使い魔との交流を図る目的で設置されたこの時間は、生徒達にとって骨を休める時間でもある。
多くの生徒達が、用意された白いテーブルと椅子に腰掛け、使い魔とともに食事を楽しんでいた。
そんな広場の片隅に、官兵衛はいた。彼が斧を振るうと、スコンと小気味のいい音が響く。
と、太い丸太の上に置かれた薪が木目に沿って、綺麗に左右へと割れる。
官兵衛は、朝シエスタに約束した通りに、力仕事である薪割りの作業を手伝っていたのだ。
遠くから生徒達の歓談の声が響き渡ってくる。
多くの生徒達が騒ぐ中での作業は、お世辞にもやりやすいとは言えなかったが、それでも官兵衛は作業に集中していた。
『何よ、なにも判らないくせに』『バカッ!あんたなんてもう知らない!』
先程のルイズの言葉が思い出される度に、官兵衛はそれを打ち払うように斧を振るった。
「さすがに、坑道作業を引き合いにだしたのは不味かったか?」
流石の官兵衛も、ルイズの流した悔し涙と、駆けて行く後姿を思い出すと、あの時の自分の言動をちょっぴり後悔した。
官兵衛にとって、ルイズはハッキリいって気に食わない小娘である。
メシは貧しい物しか出さず、自分を勝手に下僕扱い。本来なら彼が一番関わりたくないタイプの人間であった。
しかし、このままでは彼が日本に帰る手立ても掴めない。何よりもこのまま放っておくのは気が引けた。
「失敗ばかりねえ……」
ルイズの痛み、苦しみ、悲しみ。それが官兵衛には分からないでもなかった。
自分も、何をしても全てが裏目に出る星の元に生まれついて、後悔しない日は無かった。
しかし、枷を付けられようと、穴倉に放り込まれようと、今日まで彼がやってこれたのは、決して諦めなかった為である。
いつか天下をとる、という夢を。
彼はルイズに、そんな前向きな気持ちを少しでも分けられればと思い、あの発言をしたのだ。
「どうしたもんかね」
斧を片手に官兵衛がひとりごちっていた、その時であった。
「おい」
突如、鉄球に座り込んでいた官兵衛に声が掛けられた。
みると、黒いマントを羽織った男子生徒が、険しい顔で官兵衛を見下ろしていた。
「今、僕達は使い魔との大事な時間を過ごしているんだ。平民の作業はうるさくて適わない。よそでやりたまえ」
男子生徒のいきなりの尊大な態度に、むっとした官兵衛が思わず反論する。
「何だ?ちゃんと隅っこでやってるだろう。何の問題がある?」
「わからない奴だな。お前のような薄汚い奴隷紛いは、居るだけで迷惑だ、と言ってるんだ」
あまりに、傲慢かつ自分勝手な言い分であった。奴隷扱いだけならまだしも、居るだけで迷惑とは随分である。
しかし、官兵衛は黙ってその場に座り込み続ける。
そんな彼の態度が気に障ったのか、鼻を鳴らしながら少年は続けた。
「全く、ゼロのルイズめ。毎度厄介な物を持ち込んでくれるな」
と、少年は唐突にルイズの名を引き合いに出してきた。官兵衛の眉がピクリと動いた。
「だが今度こそゼロのルイズも終わりだろう、奴隷を使い魔にしたとあってはな。ははっ」
そして、そう捨て台詞を吐くと、男子生徒は遠く離れた生徒達の喧騒の中へと消えていった。
そんな男子生徒の様子を、官兵衛はただひたすらに、黙って見ていた。
使い魔とのふれあいの時間が半ば過ぎた頃である。
ギーシュ・ド・グラモンは、呼び出したばかりの使い魔である巨大なモグラと、優雅なひと時を過ごしていた。
人間大ほどもあるその巨大なモグラは、ジャイアントモールのヴェルダンテ。
彼は、ヴェルダンテに抱きつきながら、その素晴らしさについてあれやこれやと褒めちぎる事で、
このふれあいの時間の大半を過ごしていた。
「ああヴェルダンテ!この鮮やかな毛並み!その知的な瞳!なんて素晴らしいんだ!」
そんなギーシュの過度なスキンシップに、心底迷惑そうに鼻を動かすヴェルダンテ。
傍から見れば、実に異様な光景であった。
「やあ、ギーシュ」
そんなギーシュの元に、ある人物が現れた。
「やあ、ヴィリエ」
ヴィリエと呼ばれたその少年。それは、先程薪割りをしている官兵衛につっかかった尊大な態度の少年。
ヴィリエ・ド・ロレーヌであった。
「一つ尋ねたいことがあるんだがね」
「なにかね?」
ギーシュが膝の上にヴェルダンテを乗せたまま言う。
「君が、あのゼロのルイズの使い魔と戦って負けた、というのは本当かね?」
「なっ、なんだね急に」
突然の質問に、ギーシュは慌てた様子で答えた。ギーシュの顔に冷や汗が走る。なぜそんな事を言い出すのだろう。
昨晩のことは、自分とルイズと使い魔の官兵衛しか知らないはずであった。
「いや何。風の噂で耳にしたものでね」
ヴィリエが目を細め、小ばかにしたような態度で言う。
「ま、まさか!なにを言い出すんだね一体!」
ははは、と笑いながらギーシュは必死で平静を取り繕う。
「まあ、そんな事ある筈ないか。あるとすれば貴族としてこれ以上ない失態だな。この学園にいられるかどうかも怪しい!」
「はは……!確かに!」
ギーシュが乾いた笑い声を出しながらそういうと、ヴィリエも同じく笑い出した。
「なんてったって『ゼロ』の使い魔相手だからな!はっは!」
辺りにも聞こえそうな大声で、ヴィリエは笑った。
その時であった。ヴィリエの肩に唐突にポンと手が置かれた。なんだなんだと振り返った彼の額に、衝撃が走った。
「ぶっ!」
ヴィリエの目の前に星が飛んだ。そのままギーシュの目の前に置かれた机にぶつかって後ろへ倒れるヴィリエ。
彼の目の前には、先程まき割りをしていた官兵衛がいた。
官兵衛が、振り向きざまのヴィリエに強烈な頭突きを食らわしたのだ。平然と、倒れた彼を見下ろす官兵衛。
「おのれ!何をする!」
ヴィリエが立ち上がり額を擦りながら怒鳴った。
「さっきから喧しいんだよ、小僧」
それに対して、官兵衛は低く唸るような声で答えながら、ヴィリエを睨みつけた。その迫力に、彼は一瞬ひるんだ。
「き、貴族相手にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!」
精一杯の虚勢を張りながら、ヴィリエは声を荒げる。しかし、官兵衛はこう続けた。
「タダで済むとは思っちゃいないさ」
と、官兵衛は一歩二歩とヴィリエに歩み寄った。そして、その場に居た誰もが驚く言葉を吐いた。
「お前さんに決闘を申し込む」
「何だって?」
ヴィリエは自分の耳を疑った。
この奴隷は何を言っているのだろう。
いきなり現れ、自分に、貴族に対して無礼を働き、あまつさえ決闘を申し込むと言ってきたのだ。
これをおかしいと思わずしてどうする?
「な、なにを言い出すんだ君は!」
隣でヴェルダンテを抱きかかえながら、唖然としていたギーシュがようやく口を開いた。
バカは止めたまえ、とでも言いたげな口調であった。しかし官兵衛は耳を貸さず、ヴィリエに向き合う。
「ふん!平民の奴隷め。止めておいたほうがいい。ケガではすまないよ?」
「怖いのか?」
「なっ……!」
ヴィリエの顔が引きつる。
ギーシュが青ざめた顔でそのやり取りを見つめていた。
いつの間にか、彼らの周りには生徒達が群れを作り、その様子を興味深げに見守っていた。
「いいだろう!そこまで言うならこの決闘受けて立とうじゃあないか」
顔をヒクつかせながら、ヴィリエは声高々に言い放った。
#navi(暗の使い魔)
#navi(暗の使い魔)
「みなさん。授業を始めますよ」
教室の扉を開き、中年の女性が姿をあらわす。紫のローブに身を包み、帽子をかぶったふくよかな女性である。
昨晩、官兵衛達の騒ぎを聞きつけて現れた教師だった。
「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、
こうやって春の新学期に様々な使い魔をみるのがとても楽しみなのですよ」
どうやらこの教師が、昨晩気絶していた官兵衛を発見した、ミセス・シュヴルーズらしかった。
シュヴルーズがニコニコしながら教室を見渡す。と、ふいに教室の片隅にて腰掛ける官兵衛と目が合った。
「おや?」
慌ててシュヴルーズから目を逸らす官兵衛。
しばらくこちらを見つめていたシュヴルーズだが、ふとルイズの方を見ると、とぼけた声で言った。
「ミス・ヴァリエールは、随分変わった使い魔を召喚したようですね。」
教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ!召喚に失敗したからって、どっかから奴隷なんて連れて来るなよ!」
ルイズが立ち上がり、真っ赤な顔で怒鳴る。
「違うわ!ちゃんと召喚したのよ!なぜかこいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘付け!サモンサーヴァントが出来なかったんだろ!」
そういわれると、ルイズは机を叩きながら、シュヴルーズに抗議した。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱したわ!」
「だれがかぜっぴきだ!僕の二つ名は『風上』だ!風邪なんかひいてないぞ!」
マリコルヌと呼ばれた太っちょの少年が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
そんな二人の様子を見て、シュヴルーズが静かに杖を振るった。
途端、立ち上がった二人は、糸の切れた人形のようにストンと席に落ちた。
「みっともない口論はおやめなさい。お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
シュヴルーズが厳しい顔でそういうと教室内はしんと静まり返った。
「よろしい、では授業を始めましょう」
重々しい咳とともに新学期初の授業が始まった。
暗の使い魔 第四話 『ゼロのルイズ』
魔法について、一部は見ていたものの、その根幹の説明は、官兵衛にとっては非常に興味深いものであった。
『火』『水』『風』『土』の四系統に加え、今は失われし『虚無』についての説明。
シュヴルーズは土系統のメイジなので、土系統に関する説明が主ではあった。
しかしそれでも――いや、それだからこそ官兵衛は退屈しなかった。長年地下の坑道で土くれ相手に奮闘する日々。
そんな彼にとって、最も自分にとって身近にあった『土』の系統がどの様なものか、非常に興味があったのだ。
「今から皆さんには『土』系統の基本でもある『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年の時に出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度おさらいしましょう」
教卓の上に幾つかの石を取り出し、杖を構えるシュヴルーズ。
教室内がしんと静まり返る。なにが始まるんだ、と官兵衛は教卓上のそれをじっと見守った。
ジュヴルーズが短くルーンを唱え、杖を振るった瞬間、教卓の上の石ころが光り出した。
そして光がおさまると、石ころは光輝く金属にへと姿を変えていた。
「ゴゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!
キュルケが身を乗り出しながら言う。
「いいえ。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの『トライアングル』ですから」
「(こいつは、あの時の)」
この時、官兵衛は昨晩、ギーシュが地面に次々と武器を出現させていた事を思い出した。
思えば、あのゴーレムもこれと同じ原理で生み出されていたのだろう。
「(いくらでも自由に思ったものを生み出せる能力……こいつはすごい)」
官兵衛は改めて、魔法の奥深さとその利便性に感じ入っていた。
「(ん?待てよ?もしかして……)」
と、その時であった。官兵衛がある重大なことに気がついたのは。
「お、おい先生!」
がばっと立ち上がると、官兵衛はすかさず両腕を掲げた。
「はい?って……あなたはミス・ヴァリエールの……」
官兵衛に気付いたシュヴルーズが、怪訝な顔で向き合う。それと同時にルイズが立ち上がった。
「ちょっと!なにやってるのよ!」
「小生から質問がある!そ、その錬金ってのは、何でも思った形の金属を作り出せるのか?」
「なんですかいきなり……。まあいいでしょう」
予想だにしない者からの質問であったが、これも授業のためと答え出すシュヴルーズ。
「扱うメイジのクラスにもよりますが、その通りです。錬金の呪文は基本ですが、非常に奥の深い魔法なのですよ。
だからこそ土の系統は私達の生活に深く――」
「だったら!小生から頼みがある!小生のこの枷の鍵を――」
シュヴルーズが答え終わらない内に、突如、ずかずかと教卓の方へと歩き出す官兵衛。
それを見て、ルイズは顔を青くして官兵衛を取り押さえた。
「ちょっと!な、に、してるのよバカ!今は!授業中なの!」
なおのこと先生に詰め寄ろうとする官兵衛を、全身で必死に押さえつけながらルイズがいう。
「離せ!やっと小生、こいつから解放されるかもしれないんだ!離せ!」
喚く大男の身体に精一杯自分の小さな腕を回しながら、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
再び教室内からどっと笑いの渦が巻き起こった。
「この……いい加減にしなさいよ!バカ!」
あまりに聞き分けの無い官兵衛の向こう脛を、ずかん!とルイズは蹴飛ばす。
「あだあっ!」
あまりの痛みに、脛を押さえながら、ぴょんぴょんと片足で跳ね回る官兵衛。
そんな様子をみて、教室内の笑いは極度に達した。
「あっはははは!本当に面白い使い魔だこと!」
キュルケも自分の机を手で叩きながら、笑い転げていた。
「ええい!お静かに!ミス・ヴァリエール!使い魔さんの管理はしっかりなさい!」
シュヴルーズが声を荒げ、ルイズを叱った。
教室内から未だ笑い声が聞こえる。そんな中、シュヴルーズはルイズを指してこういった。
「ミス・ヴァリエール。罰としてこの錬金はあなたにやってもらう事にします。」
すると、あれほど止まなかった笑い声が、時でも止まったかのようにピタリと止んだ。
「ん?」
ようやく痛みが引いた官兵衛が、妙な空気に辺りを見回す。
見れば、生徒らの誰もが表情をこわばらせ。冷や汗らしきものをかいているではないか。
「あの、やめといた方がいいと思いますけど……」
キュルケが困ったように立ち上がった。
「どうしてですか?」
「危険です」
教室内にいるほぼ全員が、首を激しく縦に振って肯定する。
「危険?どうしてですか?」
シュヴルーズが要領を得ない、といった顔で問い返した。
官兵衛も場の妙な雰囲気に、どうしたことだろうと首を傾げていた。
そういえば、彼はこれまでルイズが魔法らしきものを使った場を見た事がなかった。
なにか関係があるのだろうか?
そう思いながら官兵衛は、意を決したような表情で前へ進み出るルイズを眺める。
「ルイズ、やめて。」
キュルケが蒼白な顔で言う。
しかしルイズは、その一言でさらに表情を険しくした。
石に向かって、杖が構えられる。
その瞬間、ガタガタと、教室中から椅子を跳ね除ける音が聞こえた。急ぎ辺りを見回す官兵衛。
みれば、授業を受けている生徒達全員が、机の下に身を隠し頭を覆っている。
青い髪の女子生徒が、杖と本を片手に携えながら、教室から出て行くのが見えた。
「(まさか……)」
官兵衛はルイズを見やる。
官兵衛は、先程のどさくさの為、教室真ん中の机と机の間にある通路に腰掛けたままであった。
教卓との距離は約4メイル程。まずい。
「おいっ!小生も入れてくれぇ!」
官兵衛はすぐ隣の机に身を潜めた、金髪の巻き髪の女子生徒にいう。
しかしそこに官兵衛が隠れられそうなスペースは無い。
反対側の机も同様。
ルイズが短くルーンを唱え、杖を振り下した。
「よせ!やめろ!」
その瞬間。卓上の石が破裂、いや、爆発した。
至近距離にいたルイズとシュヴルーズが黒板に叩きつけられる。
教室中から悲鳴が巻き起こる。
爆発に驚いた使い魔たちが暴れ、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。そして官兵衛は。
「何故じゃああああああああっ!!」
綺麗な放物線を描きながら、教室の遥か後方にまで吹っ飛んでいった。丁度部屋のすみにあたる部分に墜落する官兵衛。
壁に強かに頭を打ちつけ、彼はその場にうずくまった。その瞬間
ずごおん!と、官兵衛の頭にとんでもない衝撃が走った。ずしりと、彼の目の前に巨大な鉄の塊が、頭から落ちる。
ルイズの爆発で吹っ飛んだ際、一緒に吹き飛ばされてきた彼の鉄球が、見事に彼の頭にヒットしたのだ。
「もう!だから言ったじゃない!ゼロのルイズにやらせるなって!」
「いつだって成功率ゼロのルイズめ!」
仄暗い意識の中、そんな言葉を最後に耳にした官兵衛は、がくりと教室の片隅でのびていた。
そこは、地平線まで続く一面の花畑であった。赤白黄色と、様々な花が咲き乱れ、その先には大小さまざまな蝶が舞う。
空は青々と澄んでおり、雲ひとつ浮かんでいない。遠くからは微かに、川のせせらぎが聞こえてくる。
そののどかな情景は、見るものの心を洗い流すかのように癒す。
官兵衛は、非常に穏やかな表情で、その花畑のど真ん中に立っていた。
「小生、やっと自由になれたんだな……」
何とも清々しい気分で、一人呟く。そんな彼の肩にポンと、優しく手が添えられる。
「そう、もはやそなたを縛る物は何も無い。我も同じく」
見るとそこには緑色の甲冑に風変わりな縦長の兜を被った、穏やかそうな青年の姿があった。
「毛利元就……」
官兵衛がその名を呟く。
「違いますよ」
今度は逆側の肩に手を置くもう一つの影。
「彼は解放されたのです。己の領地を失う恐れと、それから来る、兵達を邪険に扱う咎から……」
金髪のおかっぱの、南蛮渡来の服装に身を包んだ少年が優しく語り掛ける。
「そう彼の名はサンデー毛利。そして貴方は……」
「そう。そうだったな。小生はジョシー。ジョシー黒田……」
彼は自分の名を呟いた。そうだ、自分は解放されたのだ。枷のみならず、己の野望の心から。
二対の眼が、優しく穏やかに、ジョシーを見つめていた。
「アーアァァーーーアーアー」
美しい歌声とともに、シャンシャンと鈴の音が辺りに響き渡る。
見るとやや離れたところで、両腕にチェーンソーのような武器を携えた武将。
それと、巨大な剣を肩に担いだ、白い髭の老人が、見事な歌声を披露している。
鹿を携えた茶髪の少年が、鮮やかに鈴の音を打ち鳴らす。
「こんなに晴れ晴れした気分は、小生初めてだ」
バックのコーラスと共に、三人は一歩、また一歩と前へ踏み出した。
「さあ行きましょう!あの川のせせらぎの向こうへ……。ザビー様とともに!」
いつの間にか周りには、髭を生やした濃い顔の天使が、彼らを祝福をするかのように飛び回っていた。
「それではいきますよ!ザー!――」
「――ビザビザビザビザビザビザー!」
「ちょっと起きなさい!こら!起きてお願い!」
「ハッ!」
突如激しく身体を揺する感覚に、黒田官兵衛は目を覚ました。
「しょ、小生は一体なにを?」
頭を抑えながら上体を起こす。
見るとそこは見る影も無く壊された教室。
黒い煤で汚れた机に、割れた窓ガラス。ルイズの爆発によるものだった。
「やっと起きたわね。全く。」
腰に手を当てたまま、ルイズが不機嫌そうに官兵衛を見下ろして言った。
「なんだか、随分穏やかな夢を見ていたような……ダメだ思い出せん」
「暢気に夢なんか見てるんじゃないわよ。不気味なうわ言まで呟いて。それより早く手伝って」
「手伝うだと?」
未だ夢から覚めやらない官兵衛は、ぼんやりしながら聞き返した。
「そうよ、今からこの教室を元通りにするの。あんたは私の使い魔なんだから手伝いなさい」
「何だと!?」
官兵衛は見るも無残に荒らされた教室を見回しながら、驚きの声を上げた。
「ハァ……なんで小生まで」
枷のされた手で、器用に机の汚れをふき取りながら、官兵衛はひとりごちた。
教室を吹き飛ばした張本人はルイズなのに、なんで自分だけが重労働を強いられるのだろう。
そもそもこの枷で出来る事は大分限られるのだから、少しは免除してほしいくらいである。
そう思いながら、官兵衛はルイズを見やった。
ルイズは机に腰掛け、足をぶらぶらさせながら俯いている。心なしか元気も無いように思える。
「どうしたんだ?小生だけこき使ってないで、お前さんも手伝ってくれ」
官兵衛がルイズに語りかける。どうにもおかしい。
喧しいルイズが先程から一言も発せずにいるのだ。その沈黙に耐えかね、なおのこと呼びかける官兵衛。
「おい、聞いてるのか?小生この枷なんだから、ガラス運びでも手伝ってくれ。」
官兵衛がそういうと、ルイズは黙々とガラスを運ぶのを手伝い出した。
一言も発せず、作業を手伝うルイズは、彼にとって逆に不気味であった。
ガラスをはめ、全ての机を拭き終わると、ようやっと教室の補修は完了した。時刻はもう昼に近くなっていた。
飯にするか、と学園の食堂に向かおうとする官兵衛。
「ねぇ」
と、唐突にルイズが口を開いた。やはり何時もに比べ元気の無い声色だった。
「何だ?」
振り返りながら官兵衛が尋ねる。
「やっぱりあんただってバカにしてるんでしょ?魔法の使えないこの私を」
「何?いきなり何だってんだ」
ルイズのいきなりの自虐的な言葉に、官兵衛はルイズに向き合った。
「魔法を唱えるたびに失敗、爆発。何度やったって上手くいかない。失敗して失敗して、挙句ついたあだ名が『ゼロ』」
とめどなくルイズの口から流れる言葉の数々。これは良くない、と官兵衛はルイズを宥めるように声を掛けた。
「まあまあ、落ち着け。失敗なんて誰にでもあるだろう。失敗を続けても諦めなきゃそのうち――」
「したわよ!何回も何回も!諦めないって思った!努力も他の生徒の何百倍も努力したわ!」
しかし、とうとうルイズの感情が爆発した。とめどなく滝のように流れる感情的な言葉の数々。
ルイズは顔を真っ赤にしながら、声を荒げた。
「それでもだめ!結局爆発なんてなんの役にも立たないし!どうせ私なんか!」
ルイズが再び俯きかけたその時。
「そうでもないだろう?」
官兵衛は至って平静に、なにをいっているんだ、といった様子で言った。俯きかけた視線を再び官兵衛へと戻すルイズ。
「何よ、何も判らないくせに」
「小生だったら大歓迎なんだがな、その魔法は。ガレキや固い岩盤ふっ飛ばすのに便利だ」
「な、なんですって?」
と、突如、キッとした表情でルイズが官兵衛を睨みつけた。その迫力に、思わずたじろぐ官兵衛。
「いやまて、何でそんな顔する。小生は小生なりにだな――」
必死に言葉を取り繕う官兵衛だったが。
ばちん!
激しい音とともに、左頬に痛みが走った。視界が突如右へとブレる。
見ると、ルイズが瞳いっぱいに涙をため、肩を震わせていた。
「バカッ!あんたなんてもう知らない!勝手にどこへなりと行っちゃえばいいのよ!」
そう言ってルイズは駆け出すと、長い長い廊下の奥へと消えていった。
ルイズのいた後には、小さな水の雫による水溜りが点々と出来ていた。
「……小生なりに褒めたつもりだったんだがな」
これまでに受けた何よりも痛む一撃であった。ヒリヒリする頬を擦る官兵衛。彼は足取り重く、仕方なしにと、シエスタのいる厨房へと向かったのであった。
トリステイン魔法学院は、中央にそびえる巨大な本塔と、それを囲むようにして聳え立つ五つの塔によって構成された建物である。
その五つの塔と本塔同士をつなぐ壁によって、魔法学園の敷地内にはいくつかの広場が存在する。
その広場のうちの一つに、アウストリという広場がある。
今日この日、この時間、アウストリの広場には、授業を終えた生徒達と使い魔たちが集まっていた。
呼び出した使い魔との交流を図る目的で設置されたこの時間は、生徒達にとって骨を休める時間でもある。
多くの生徒達が、用意された白いテーブルと椅子に腰掛け、使い魔とともに食事を楽しんでいた。
そんな広場の片隅に、官兵衛はいた。彼が斧を振るうと、スコンと小気味のいい音が響く。
と、太い丸太の上に置かれた薪が木目に沿って、綺麗に左右へと割れる。
官兵衛は、朝シエスタに約束した通りに、力仕事である薪割りの作業を手伝っていたのだ。
遠くから生徒達の歓談の声が響き渡ってくる。
多くの生徒達が騒ぐ中での作業は、お世辞にもやりやすいとは言えなかったが、それでも官兵衛は作業に集中していた。
『何よ、なにも判らないくせに』『バカッ!あんたなんてもう知らない!』
先程のルイズの言葉が思い出される度に、官兵衛はそれを打ち払うように斧を振るった。
「さすがに、坑道作業を引き合いにだしたのは不味かったか?」
流石の官兵衛も、ルイズの流した悔し涙と、駆けて行く後姿を思い出すと、あの時の自分の言動をちょっぴり後悔した。
官兵衛にとって、ルイズはハッキリいって気に食わない小娘である。
メシは貧しい物しか出さず、自分を勝手に下僕扱い。本来なら彼が一番関わりたくないタイプの人間であった。
しかし、このままでは彼が日本に帰る手立ても掴めない。何よりもこのまま放っておくのは気が引けた。
「失敗ばかりねえ……」
ルイズの痛み、苦しみ、悲しみ。それが官兵衛には分からないでもなかった。
自分も、何をしても全てが裏目に出る星の元に生まれついて、後悔しない日は無かった。
しかし、枷を付けられようと、穴倉に放り込まれようと、今日まで彼がやってこれたのは、決して諦めなかった為である。
いつか天下をとる、という夢を。
彼はルイズに、そんな前向きな気持ちを少しでも分けられればと思い、あの発言をしたのだ。
「どうしたもんかね」
斧を片手に官兵衛がひとりごちっていた、その時であった。
「おい」
突如、鉄球に座り込んでいた官兵衛に声が掛けられた。
みると、黒いマントを羽織った男子生徒が、険しい顔で官兵衛を見下ろしていた。
「今、僕達は使い魔との大事な時間を過ごしているんだ。平民の作業はうるさくて適わない。よそでやりたまえ」
男子生徒のいきなりの尊大な態度に、むっとした官兵衛が思わず反論する。
「何だ?ちゃんと隅っこでやってるだろう。何の問題がある?」
「わからない奴だな。お前のような薄汚い奴隷紛いは、居るだけで迷惑だ、と言ってるんだ」
あまりに、傲慢かつ自分勝手な言い分であった。奴隷扱いだけならまだしも、居るだけで迷惑とは随分である。
しかし、官兵衛は黙ってその場に座り込み続ける。
そんな彼の態度が気に障ったのか、鼻を鳴らしながら少年は続けた。
「全く、ゼロのルイズめ。毎度厄介な物を持ち込んでくれるな」
と、少年は唐突にルイズの名を引き合いに出してきた。官兵衛の眉がピクリと動いた。
「だが今度こそゼロのルイズも終わりだろう、奴隷を使い魔にしたとあってはな。ははっ」
そして、そう捨て台詞を吐くと、男子生徒は遠く離れた生徒達の喧騒の中へと消えていった。
そんな男子生徒の様子を、官兵衛はただひたすらに、黙って見ていた。
使い魔とのふれあいの時間が半ば過ぎた頃である。
ギーシュ・ド・グラモンは、呼び出したばかりの使い魔である巨大なモグラと、優雅なひと時を過ごしていた。
人間大ほどもあるその巨大なモグラは、ジャイアントモールのヴェルダンテ。
彼は、ヴェルダンテに抱きつきながら、その素晴らしさについてあれやこれやと褒めちぎる事で、
このふれあいの時間の大半を過ごしていた。
「ああヴェルダンテ!この鮮やかな毛並み!その知的な瞳!なんて素晴らしいんだ!」
そんなギーシュの過度なスキンシップに、心底迷惑そうに鼻を動かすヴェルダンテ。
傍から見れば、実に異様な光景であった。
「やあ、ギーシュ」
そんなギーシュの元に、ある人物が現れた。
「やあ、ヴィリエ」
ヴィリエと呼ばれたその少年。それは、先程薪割りをしている官兵衛につっかかった尊大な態度の少年。
ヴィリエ・ド・ロレーヌであった。
「一つ尋ねたいことがあるんだがね」
「なにかね?」
ギーシュが膝の上にヴェルダンテを乗せたまま言う。
「君が、あのゼロのルイズの使い魔と戦って負けた、というのは本当かね?」
「なっ、なんだね急に」
突然の質問に、ギーシュは慌てた様子で答えた。ギーシュの顔に冷や汗が走る。なぜそんな事を言い出すのだろう。
昨晩のことは、自分とルイズと使い魔の官兵衛しか知らないはずであった。
「いや何。風の噂で耳にしたものでね」
ヴィリエが目を細め、小ばかにしたような態度で言う。
「ま、まさか!なにを言い出すんだね一体!」
ははは、と笑いながらギーシュは必死で平静を取り繕う。
「まあ、そんな事ある筈ないか。あるとすれば貴族としてこれ以上ない失態だな。この学園にいられるかどうかも怪しい!」
「はは……!確かに!」
ギーシュが乾いた笑い声を出しながらそういうと、ヴィリエも同じく笑い出した。
「なんてったって『ゼロ』の使い魔相手だからな!はっは!」
辺りにも聞こえそうな大声で、ヴィリエは笑った。
その時であった。ヴィリエの肩に唐突にポンと手が置かれた。なんだなんだと振り返った彼の額に、衝撃が走った。
「ぶっ!」
ヴィリエの目の前に星が飛んだ。そのままギーシュの目の前に置かれた机にぶつかって後ろへ倒れるヴィリエ。
彼の目の前には、先程まき割りをしていた官兵衛がいた。
官兵衛が、振り向きざまのヴィリエに強烈な頭突きを食らわしたのだ。平然と、倒れた彼を見下ろす官兵衛。
「おのれ!何をする!」
ヴィリエが立ち上がり額を擦りながら怒鳴った。
「さっきから喧しいんだよ、小僧」
それに対して、官兵衛は低く唸るような声で答えながら、ヴィリエを睨みつけた。その迫力に、彼は一瞬ひるんだ。
「き、貴族相手にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!」
精一杯の虚勢を張りながら、ヴィリエは声を荒げる。しかし、官兵衛はこう続けた。
「タダで済むとは思っちゃいないさ」
と、官兵衛は一歩二歩とヴィリエに歩み寄った。そして、その場に居た誰もが驚く言葉を吐いた。
「お前さんに決闘を申し込む」
「何だって?」
ヴィリエは自分の耳を疑った。
この奴隷は何を言っているのだろう。
いきなり現れ、自分に、貴族に対して無礼を働き、あまつさえ決闘を申し込むと言ってきたのだ。
これをおかしいと思わずしてどうする?
「な、なにを言い出すんだ君は!」
隣でヴェルダンテを抱きかかえながら、唖然としていたギーシュがようやく口を開いた。
バカは止めたまえ、とでも言いたげな口調であった。しかし官兵衛は耳を貸さず、ヴィリエに向き合う。
「ふん!平民の奴隷め。止めておいたほうがいい。ケガではすまないよ?」
「怖いのか?」
「なっ……!」
ヴィリエの顔が引きつる。
ギーシュが青ざめた顔でそのやり取りを見つめていた。
いつの間にか、彼らの周りには生徒達が群れを作り、その様子を興味深げに見守っていた。
「いいだろう!そこまで言うならこの決闘受けて立とうじゃあないか」
顔をヒクつかせながら、ヴィリエは声高々に言い放った。
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