「暗の使い魔‐03」(2015/06/07 (日) 20:12:48) の最新版変更点
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#navi(暗の使い魔)
日の光が差し込み、室内を明るく照らした。
澄んだ青空が窓から覗き、小鳥のさえずりが聞こえる。
なんとも爽やかな目覚めである、はずであった。
「なぜじゃああああああああああああっ!!」
「ああもう五月蝿いっ!!」
この喧しい、耳をつんざくほどのわめき声さえなければ。
「こ、ここはどこじゃ!?」
「私の部屋よ」
眠い目を擦りながら、ルイズは答えた。
「な、なんで小生はここに居るんじゃ!?」
「だれが、あんたをここに運んであげたと思ってるの?」
「なんで小生は簀巻きにされてるんじゃ!」
「あんたが逃げたからでしょ?」
「状況がわからん!」
「あーもー!あとで説明してあげるから待ってなさい!」
ミイラの如く、ぐるぐるに巻かれ、床に転がされたままの官兵衛。そんな彼を、ルイズは宥めていた。
ここは学生寮内のルイズの自室。
結局あの後、官兵衛は林の入り口で見つかったのである。
一際大きな大木に頭を打ちつけ、気絶している所をミセス・シュブルーズという教師が発見した。
あの後、騒ぎの詳細について聞かれたギーシュとルイズであった。
しかし、一部始終を話しても、突拍子のない話ばかり。
平民がギーシュのゴーレムを倒しただの、鉄球に掴り転がって逃げただの、信じてもらえるはずもない。
挙句の果てに「大人をからかうんじゃありません!」とこっぴどくしかられる始末であった。
一応メイドの証言で、ルイズの使い魔が逃げた、という点だけは信じてもらえたため、捜索はしてもらえた。
そしてその結果、林の入り口にて官兵衛を見つけた、というわけである。
ルイズは使い魔を逃がした上、周囲の手を煩わせた罰として、一人で彼を運ぶよう言いつけられた。
実はこっそりギーシュが運ぶのを手伝ってくれた訳だが。
その後、ルイズは官兵衛が目覚めても逃げられないようにと、簀巻きにしたのである。
「畜生ほどけ!ほどきやがれ!」
「五月蝿い!今色々説明するから大人しくなさい」
未だ抵抗する官兵衛をルイズは、数十分かけて説得した。
説明を聞くうちに、ようやく官兵衛が大人しくなる。ルイズはやれやれと肩をすくめた。
「はぁ……。昨日は本当に散々な一日だったわ」
ルイズは寝癖を直しながら、心底疲れた様子で官兵衛に一部始終を説明した。
「そうかい。だがお前さんだって悪いんじゃないか?」
「なによそれ?」
むっとした様子でルイズが尋ねる。
「来るなりいきなり帰れん、なんていわれりゃ小生だって混乱するだろう」
「帰れないなんて言ってないでしょ!ただ方法を知らないって」
「同じだろうが」
横たわったままの姿勢でツッコミを入れる官兵衛。
「だいたい初めから、帰る手段を探すとか何とか言っておけば、小生も逃げずに――」
「言う前にあんたが逃げたんでしょーが!」
ごもっともである。今回の騒動は、話を聴かずに逃げ出した官兵衛に大体非がある、と言って良かった。
「まあいい、それより早くコイツを解いてくれ。頭すら満足に掻けん」
「いやよ。だってまた逃げられたら困るもの」
髪を整え終わったルイズが、腰に手を当てながら不機嫌そうに言う。
「今更逃げんよ。よく考えたら、行くアテも無いしな」
「よく考える前に気付きなさいよ!まったく……」
そういうと、ルイズは官兵衛を拘束している布を解き始めた。
しかし全身を拘束している布全てを解くには、かなりの時間が掛かる。解いてる間、久々に静かな時間が過ぎ去る。
室内にやけに大きく、時計の音がカチコチと響き渡った。
「……ねぇ」
「何だ?」
不意にルイズが口を開く。それに対して官兵衛が短く答えた。
「あんたって、一体何者なの?」
「何だ、藪から棒に」
先程とは打って変わって、静かな雰囲気で問いかけてくるルイズに、官兵衛は怪訝な顔で返した。
「だって、昨日の夜のことよ。ギーシュの作ったゴーレムを倒したり、転がって逃げたり。」
「それがどうした?」
質問の要領を得ない、といった風に官兵衛は首をかしげた。
「おかしいわよ。ただの平民がメイジにかなう筈ないのに。それに――」
「ああそんな事か。小生の居たところじゃあ、あれくらいの事が出来るやつなんてゴロゴロいる」
「えっ!?嘘でしょ?」
さらりと、とんでもない言葉を吐いた官兵衛に、流石のルイズも驚いた。
「こんな時に嘘なんかついてどうする?」
「ふ~ん……そっか」
そう言うと、何やら考え込んだように、ルイズは静かになった。
が、やがて再び口を開くと、官兵衛の方をチラリと見ながら、こう言った。
「ねぇ……あんたって、本当に違う世界から来たの?その、ニホンだっけ?」
「少なくとも、小生のいた国に月は二つ無い」
官兵衛にとっては、ごく当たり前の事実である。
しかし、ルイズにはこちらの方が余程信用できないらしく――
「それだって嘘でしょ?月が一つなんて、考えられないわ」
官兵衛の答えに首をかしげた。
やれやれと思う官兵衛であったが、自分も逆の立場であったらそれを信じるであろうか?
そう考えると、彼もこれ以上は言わなかった。
「まあ、信じる信じないはお前さんの勝手だ。っと、そろそろ解けるか?」
布の緩みを感じ、官兵衛は上体を起こそうと頭を上げる。
「解けたわ」
「そうかい、ありがとさんっと」
布が解けると、官兵衛はなんとも素直に礼を述べた。
縛ったのはルイズとはいえ、丁寧に解いてくれた事、また、言うとおり素直に解いてくれた事に対する礼も含まれていた。
「べつにいいわよ、それよりこれから何だけど」
「小生はどうすりゃいいんだ?」
すくりと立ち上がりながら、官兵衛はルイズに尋ねる。
「とりあえずあんたは、そのときが来るまで私の使い魔で居てもらうわ」
「別に構わん。が、小生、こき使われるのはまっぴら御免だからな」
官兵衛は苦々しげに、しかし仕方なさげにそういった。
「小生の帰る方法を探すってのは本当だろうな?」
「私も聞いた事は無いけど、出来る限りのことはするわ」
ルイズはやや俯き加減にこたえる。昨日の様子を見る限り、官兵衛は本当に切羽詰った状況なのだろう。
テンカがどうとか正直良く分からないし、嘘くさい。
だがルイズは、自分がこの男を送り返す義務があるのでは、ということをうっすら感じていた。
「私もあんたを送り返したら、もっと立派な使い魔を召喚しなきゃならないんだからね!」
そう思いながらも、ルイズの素直ではない性格からか、ついつい生意気な事を言ってしまう。
「そうかい。そりゃ助かるねぇ」
官兵衛が適当な返事でそれに返す。
「なによその言い方!ご主人様がせっかく探してあげるって言ってるんだから少しは光栄に思いなさいよね。」
「へいへい」
昨晩とにたようなやり取りをしながら、二人は喧しく朝の僅かな時間をすごしていた。
「って大変!もうこんな時間!あんたの縄ほどいてたせいで食事に遅れちゃうじゃない!」
「小生の所為じゃないだろうが」
官兵衛は明らかに自分の所為ではないと反論しながらも、やれやれと流した。
それよりも、彼は昨日の夜から何一つまともな食事をとっていない為、この後の食事とやらにしか興味が無かった。
急いで欲しいと、ルイズの方へ振り返った官兵衛。しかし。
「急いでくれ、小生も腹が――って!お、おいお前さん……!」
「なによ」
ルイズが不機嫌そうに尋ねる。
なんと彼女は、官兵衛の居る前で服を堂々と脱ぎはじめているではないか。
慌ててルイズに対して背を向け、官兵衛は声を荒げる。
「な、なに考えてやがる。そういうのは小生の居ないところでだな!」
「なによ、別にあんたごときに着替えを見られたところで何とも思わないわよ」
「お前さんには恥じらいってもんが無いのか!恥じらいってもんが!」
官兵衛は正直いってがっくりときた。自分がそういう対象で見られていないのか、もしくは本当に恥じらいが無いのか。
何れにせよ精神衛生上良くない、と官兵衛は思った。
黒田軍大将・黒田官兵衛、未だお見合い経験なし。
女性に縁がない場で活躍していた彼にとって、こういったシチュエーションには非常に不慣れであった。
年端も行かない少女の着替えを、ハラハラしながらやり過ごした官兵衛。
彼らは今、急ぎ足でルイズとともにアルヴィーズの食堂へと向かっていた。
官兵衛にとって重要なのは、朝食であった。
思えば官兵衛は、こちらに召喚されてからまだ、食事らしい食事をとっていなかった。
それ以前はと言えば、石垣原の坑道にて地下を掘り進める日々。まともな飯など望めるはずもない。
そんな彼が、こちらに来てようやっと、まともな食事にありつけそうなのだ。
相も変わらず鉄球をずりずりと引き摺りながら、食堂へ向かうルイズについていく。
「はぁ……」
と、ルイズが短くため息をついた。
「何だ?」
「あんたのその格好とソレ、何とかならないの?」
ルイズが官兵衛の引き摺る鉄球を指差しながら、呆れたように尋ねる。
「何とかして欲しいのは小生の方だよ!」
暢気なルイズの一言にぶっきらぼうに官兵衛は返した。
そんな官兵衛の言葉を気にも留めず、ルイズは続ける。
「でも、そんな格好じゃ普通、食堂には入れないわよ」
「何だって?」
官兵衛は耳を疑った。
「待て!小生の飯はどうなる」
「落ち着いて、あんたは、今回だけは、特別な計らいで入れてあげるわ」
「な、何だ驚かせやがって」
官兵衛はホッと胸を撫で下ろす。
「だけど、そのズルズル引き摺るのは止めなさいよね。あとなるべく目立たないようにしなさい。」
「へいへい。よっ……と。これでいいか?」
官兵衛は足元の鉄球を両の腕で抱えると、ルイズに向き直った。
「いいわ、あそこがアルヴィーズの食堂よ」
ルイズの向かう先に、何とも荘厳な大食堂の入り口が見えた。
「こいつは……」
食堂に入って早々官兵衛が口にしたのは、そんな感嘆の混じった声だった。
アルヴィーズの食堂、そこは彼がこれまで見た建造物、それの何よりも豪華絢爛な空間であった。
見上げれば高さ10数メイルはあろうかという広い空間。
壁にも、敷き詰められた長机にも、また豪奢な飾りつけがなされ、見るものを圧倒させた。
壁際には精巧な小人の彫刻がならんでおり、あれがこの食堂の名の由来であるアルヴィーズだそうだった。
「どう?」
見ればルイズがイタズラっぽく笑いながら、圧倒される官兵衛をみていた。
「こいつはすごいな……」
官兵衛にしては珍しく、素直な賞賛を口にした。
「でしょう?」
薄い胸を精一杯張りながら、ルイズは得意げに説明を始めた。
「トリステイン魔法学園で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法を持ってその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だからこそ食卓も、貴族の食卓としてふさわしくなければならないのよ」
「へいへい」
ルイズの、貴族としてのあり方の講釈を軽く聞き流しながら、官兵衛は思った。流石の秀吉もこいつには舌を巻くだろう、と。
ルイズの座る席は、三つ並んだ長机の真ん中。二年生の座席であった。
つかつかと早足で席へ向かうルイズの後ろを、重そうに鉄球を抱えながらのそのそと付き従う男。
そんな彼らを見てか、周囲の席からどよどよと驚きの声が漏れる。
それはそうだろう、貴族の食卓にいかにも怪しい囚人風の男が歩いていれば当然不審に思う。
狭い学園内で噂が広まるのが早い、とはいえ昨日の今日だ。官兵衛のことを知らない者は多かった。
「(き、気まずい……!)」
ここに来て官兵衛は、導かれるままとはいえ、軽々しく大食堂に足を踏み入れた事を後悔した、しかし。
「うおお!」
席に着くなり、官兵衛が大声で感嘆の声を漏らした。そんな僅かな後悔はその瞬間吹き飛んだ。
見れば卓上には豪華な食事の数々が山とあるではないか。
巨大な鳥の丸焼きやら、パイやら、盛り付けられた果物の山やら。下手な戦国大名も仰天する食卓であった。
「い、いつもこんなもん食ってるのか!?」
「そうよ」
当然でしょ、といわんばかりにルイズが肯定する。
「ま、マジか。ごくり……」
すかさず鉄球を下ろし、そそくさと席につく。官兵衛は異国の食器を手に、食事の開始をまだかまだかと待ち続けた。
「いいのか?小生でいいのか?」
そんな言葉を繰り返しながら、全身で喜びを表現していた官兵衛を、ちょいちょいと指がつついた。
見ると、ルイズがなにやら言いたげな顔で官兵衛を睨みつけていた。
「何だ何だ?もう待ちきれんぞ。全く小生にもやっとツキが回って――って、なんだ?こいつは?」
ルイズが下を指差していた。そして目を向けるとそこには。
「随分貧相な食事があるが?」
「そうね」
肉の破片らしきものが浮いたスープに、小さいパンのかけらが二つ。
そんな、卓上と比べると大分貧しい食事が床に置かれていた。
「まさか……」
「そう、あんたのはそれ」
天国から地獄に突き落とす、ルイズの一言であった。
「おいお前さん、小生の衣食住を面倒見るって話。ありゃなんだったんだ?」
官兵衛が肩を震わせながら言う。
「し、仕方ないじゃない!いきなりあんたが来ちゃったんだから。それしか用意してなかったのよ。」
「だからってなあ!この差はあんまりだろうが!」
官兵衛の堪忍袋の緒がとうとう切れた。
「冗談じゃない!使い魔だかなんだか知らんが、こんなもんで小生をこき使えると思ったら大間違いだ!」
そういうと官兵衛は立ち上がり、ちゃっかり床に置かれたパンを口にほお張ると、出口に向かって歩き出した。
「ちょっとどこいくのよ!」
「どちらさんかにだよ。こんな居心地の悪い場所、一秒だっていられるか。」
鉄球を引き摺るのを止めず、官兵衛は外に出て行った。
「畜生、なんてこった」
腹の虫が鳴るのを抑えながら、官兵衛は中庭の端っこで鉄球に座り込んでいた。
「こんなことなら、やっぱりあの時逃げておくんだった。いや、今からでも遅くないか?」
あまりの扱いの悪さに、嫌気が差した官兵衛は、再びの脱走を考えていた。
しかし、やはり行く当てのない自分が、この学園の外で、現状以上の状況に持っていくのは難しい。
どうしたものだろうか、と考えていた、その時。
「あの……もし?」
ふと、耳にした事のある声が、官兵衛の耳に届いた。顔を上げ、声の主を探す。
するとそこには、昨晩の騒ぎでぶつかった、黒髪の少女が立っていた。
そばかすと日本人を思わせる黒髪が特徴の、素朴で可愛らしい少女であった。
「お前さんは、昨日の……」
「はい、私シエスタって言います」
恭しく頭を下げるシエスタ。
「お、おう……そうか。小生は黒田官兵衛だ」
礼儀正しいシエスタの態度に、思わず名乗り返す官兵衛。
官兵衛は正直戸惑っていた。何せ、騒ぎがあったのは昨日の晩である。
昨晩自分が不用意にうろついた所為で、この少女にいらぬ誤解を与えてしまった。
そんな彼女が目の前にいて、どう受け応えしたものか。
そう悩んでいた官兵衛に対して、少女から思わぬ言葉が掛けられたのだ。
「あの、昨晩は、申し訳ありませんでした。貴族の方のお連れ様とは知らず、いきなり大声を上げてしまって。」
「え?」
深々と頭を下げるシエスタ。
予想だにしない謝罪の言葉に、官兵衛は驚く。むしろ謝罪すべきは、あの時驚かせてしまった自分ではないか。
「何言ってる。謝るのは小生の方だ。こんな格好でうろついてれば誰だって驚くだろう?」
「ですが――」
なおの事、引き下がらないシエスタに官兵衛は続ける。
「まあ過ぎた事だ。気にするな」
浮かない顔のシエスタに、官兵衛は笑って返した。その様子にホッとしたのか、彼女も官兵衛に微笑み返す。
「はい、ありがとうございます」
屈託の無い可愛らしい笑みだった。そんな笑みを見て、官兵衛はおもわずポリポリと頬を掻いた。。
「それより、こんな所でどうされたんですか?」
「それがだな――」
官兵衛は今何故自分がここにいるのか、掻い摘んで事情を説明した。すると
「まあ!でしたらこちらへいらして下さい」
シエスタが官兵衛を案内しようと歩き出した。
「い!?しかし小生――」
「良いですから、さあ」
少女が官兵衛の手を引く。見かけによらず強引な少女だ、と官兵衛は思った。
厨房に案内された官兵衛は、半ば強引に椅子に座らされた。そして。
「はい、どうぞ♪」
「こ、こいつは……!」
官兵衛はふるふる震えながら、シエスタによって目の前の机に置かれたものを見やった。
ほかほかと温かい湯気が立ち上る。日の本ではかいだ事のない、鼻腔をくすぐる何ともいえない香り。
みればその白いスープには鳥肉らしき物も混じっている。
「貴族の方にお出しする食事の余りで作ったシチューです」
「し、しちゅう?良く分からんが……小生に?いいのか?」
「はい、良かったら食べてください」
官兵衛は、手に握ったすぷーんという木の食器を使い、おそるおそるそのスープを口にした。
何ともいえない風味が口いっぱいに広がる。良く租借し、ゴクリとのどを通過する。
その瞬間
「うっうっうう……!」
唐突に、官兵衛はむせび泣き出した。
「ど、どうかされましたか?えーっと、カンベエさん」
シエスタが慌てて官兵衛に言葉をかける。そんなに美味しくなかったのだろうか、と彼女も心配になった。
しかし帰ってきた答えは。
「美味い、美味いんじゃ……!」
「えっ?」
「こんな、こんな美味いもん食ったの久しぶりじゃ……!」
そういうと官兵衛は、両手で器を抱え、がつがつとシチューをかっ込んだ。
大の大人が、わき目も振らず泣き出しながら飯をほお張る。
そんな様子に、シエスタは若干驚きながらも、ニッコリとその様子を見ていた。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいです。まだまだお代わりありますから」
「かたじけないな……!」
この食事は、官兵衛にとってここ数年で一番美味い飯だったであろう。
「そんなにお腹空いてたんですか?」
「ああ……ここ数年、まともな飯なんざ食った覚えがない。」
「そうだったんですか……」
シエスタは無意識に、官兵衛のしている枷と鉄球を見やった。
「ふぅ!ご馳走さん!美味かった。」
「ふふっ。いえ、どういたしまして」
深々と頭を下げる官兵衛。それにたいしてにこやかに返すシエスタ。
「しかし、タダ飯ぐらいってのも申し訳ないな。小生に出来る事は無いか?」
「いえいえそんな……。悪いですわ。」
官兵衛の突然の提案に慌てて手を振るシエスタ。
しかし、官兵衛からしてみれば、久々に生きた心地のする食事を味あわせてくれた彼女に対して、
なにもせずに場を去るなどということはしたくはなかった。
一歩も引かぬ官兵衛に対してシエスタは提案する。
「でしたら、お昼ごろで結構ですから、まき割りをお願いしてもよろしいですか?」
手枷の官兵衛でも出来そうな力仕事を、シエスタは頼んだ。
「ちょっとあんた!どこ行ってたのよ!」
昼に会う約束をし、厨房から出てきたところで、官兵衛はルイズに捕まった。
「どこに居ようと小生の勝手だろう」
官兵衛からしたら、ルイズとはイマイチ関わり合いになりたくなかったが、元の世界に帰る手がかりでもある。
ぶっきらぼうに官兵衛は言った。
「勝手じゃないわよ。あんたは私の使い魔なんだから」
「またそれか。言ったはずだぞ、あんなんで小生をこき使おうなんざ思わないことだ、と」
「朝食については悪かったわよ。次はもうちょっと違うものを厨房に頼んで用意させるわ」
意外とすんなり謝り、待遇の改善を提案してきたルイズ。しかし官兵衛からしたら腹の虫が治まらず。
「是非そう願いたいもんだな」
ルイズに対して冷たい態度で接していた。
二人の間に、非常に気まずい空気が漂っていた。
とりあえず授業について来いという事で、官兵衛はルイズとともに講義が行われる教室へとたどり着いた。
官兵衛も、この世界について何も知らない事もあり、少しでも情報を得ようと思ったのだ。
一番後ろの扉から中に入る二人。すると、中に居た生徒らの何人かが一斉に振り向き、くすくすと笑った。
何だ何だと辺りを見回す官兵衛。
見ればその嘲笑は、大半がルイズに向けられているものと思われた。
その時点で、彼は疑問に思った。自分はこんな成りだ、お偉い貴族様からみれば格好の笑いのネタだろう。
しかしルイズは何故であろう。自分のような人間を引き連れているからか。もしくは他に何か理由があるのだろうか。
おそらく前者だろうと考えたが、官兵衛にはそれが引っ掛かった。
「あらルイズ、おはよう」
そのとき、教室の中央で、男子生徒らに囲まれていた少女が、その群れを掻き分け、声を掛けてきた。
褐色の肌と燃えるような赤い髪が目を引く。
背はルイズよりも頭一つ分程も高く、メロンのように大きな胸をゆらしながら、こちらに歩み寄る。
何とも艶かしい風貌の少女であった。
なにやらニヤニヤしながらルイズに話しかける。
「おはようキュルケ」
ルイズはあからさまに顔をしかめながら、キュルケと呼ばれた少女に向き合った。
「あなたの使い魔って、それ?」
小バカにしたような表情で、キュルケは官兵衛を差した。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
キュルケにつられて、教室の所々から笑いが起こった。
「くぅ~~っ!」
ルイズの頬が赤く染まった。悔しそうに歯噛みしながらキュルケをみやる。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケがそういうと、やや離れた椅子の下から、真っ赤な塊がのしのしと歩いてきた。
「うぉっ!こいつはすごい!」
それは、虎ほどの大きさもある巨大なトカゲであった。
あまりの大きさと、口からちろちろと飛び出す炎に、官兵衛はおもわず驚きの声を上げた。
「あら?貴方はこの子の価値がわかるのね」
「そうだな、こいつがいりゃあ薄暗い発掘作業も楽々だな」
官兵衛は心底関心したように、外れた感想を述べた。
頭をなでてやると、フレイムはキュルキュルと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「ちょっと!なにキュルケの使い魔と戯れてるのよ!」
「あっはっは!貴方なかなか面白いわね!」
そういうとキュルケは、上から下へと、官兵衛をジロジロと見回した。
「なっ、なんだ?」
「それにしてもフレイムに物怖じしないなんて。あなた、名前は?」
「小生は、黒田官兵衛だ」
「クロダカンベエ?変な名前ね」
「失敬な」
昨日に引き続き、自分の名前を貶されたことに反論する官兵衛。
しかし、キュルケは意に介した様子も無く、官兵衛の顔をじっと見定めながら続けた。
「ふ~ん……。あなた、身なりを整えれば結構いい感じになりそうね?」
「そ、そうか?あんま面と向かってそういう事言われると小生――あだあっ!」
キュルケの言葉に、思わず鼻の下が伸びていた官兵衛。そんな彼の足に、急遽激痛が走った。
みるとつま先に、ルイズのかかとが乗っかっている。
「いてえ!何しやがる!」
「キュルケごときにデレデレしてるんじゃ無いわよ!」
ルイズが官兵衛の目を見ずに、頬を膨らませて言った。どうやら、彼のキュルケに対する態度が気に入らなかったらしい。
なんで少しデレデレしただけで、自分をここまで痛い目にあわせるのか。すこぶる納得が行かない官兵衛であった。
「全くトリステインの女はこれだから……」
そういうとキュルケは踵を返した。そして……
「『ゼロのルイズ』の使い魔が嫌になったら、いつでもいらっしゃいな?まあ歓迎してあげる」
官兵衛に対して目配せしながら、再び男子生徒の群れの中へと戻っていった。
群れの中の男子生徒何人かが、明らかに、官兵衛に対して敵意の視線を向ける。それに官兵衛は。
「(やっぱ美人とは関わり合いになるべきじゃないな)」
と、そう思うのだった。
「しかしそれにしても……」
「(ゼロのルイズ?)」
官兵衛はふと、キュルケが先程口にした聞きなれない単語に、疑問符を浮かべた。ルイズの二つ名であろうか。
そういえば、昨晩戦ったギーシュも、青銅という二つ名を名乗っていた。メイジらにはその個人特有の二つ名があるのだろう。
ゼロのルイズというのもそれに違いない、官兵衛はそう思った。
しかし何故であろう。それにしては、キュルケのルイズに対する言い方が引っかかった。
それは二つ名のような胸を張れる呼称とは違う、侮蔑の含まれた何か。
そう、自分がかつて『暗の官兵衛』と呼ばれていたように。
『ゼロのルイズ』。その呼び名に、彼は自分と似たような何かを感じとっていた。
#navi(暗の使い魔)
#navi(暗の使い魔)
日の光が差し込み、室内を明るく照らした。
澄んだ青空が窓から覗き、小鳥のさえずりが聞こえる。
なんとも爽やかな目覚めである、はずであった。
「なぜじゃああああああああああああっ!!」
「ああもう五月蝿いっ!!」
この喧しい、耳をつんざくほどのわめき声さえなければ。
暗の使い魔 第三話 『トリステイン魔法学院』
「こ、ここはどこじゃ!?」
「私の部屋よ」
眠い目を擦りながら、ルイズは答えた。
「な、なんで小生はここに居るんじゃ!?」
「だれが、あんたをここに運んであげたと思ってるの?」
「なんで小生は簀巻きにされてるんじゃ!」
「あんたが逃げたからでしょ?」
「状況がわからん!」
「あーもー!あとで説明してあげるから待ってなさい!」
ミイラの如く、ぐるぐるに巻かれ、床に転がされたままの官兵衛。そんな彼を、ルイズは宥めていた。
ここは学生寮内のルイズの自室。
結局あの後、官兵衛は林の入り口で見つかったのである。
一際大きな大木に頭を打ちつけ、気絶している所をミセス・シュブルーズという教師が発見した。
あの後、騒ぎの詳細について聞かれたギーシュとルイズであった。
しかし、一部始終を話しても、突拍子のない話ばかり。
平民がギーシュのゴーレムを倒しただの、鉄球に掴り転がって逃げただの、信じてもらえるはずもない。
挙句の果てに「大人をからかうんじゃありません!」とこっぴどくしかられる始末であった。
一応メイドの証言で、ルイズの使い魔が逃げた、という点だけは信じてもらえたため、捜索はしてもらえた。
そしてその結果、林の入り口にて官兵衛を見つけた、というわけである。
ルイズは使い魔を逃がした上、周囲の手を煩わせた罰として、一人で彼を運ぶよう言いつけられた。
実はこっそりギーシュが運ぶのを手伝ってくれた訳だが。
その後、ルイズは官兵衛が目覚めても逃げられないようにと、簀巻きにしたのである。
「畜生ほどけ!ほどきやがれ!」
「五月蝿い!今色々説明するから大人しくなさい」
未だ抵抗する官兵衛をルイズは、数十分かけて説得した。
説明を聞くうちに、ようやく官兵衛が大人しくなる。ルイズはやれやれと肩をすくめた。
「はぁ……。昨日は本当に散々な一日だったわ」
ルイズは寝癖を直しながら、心底疲れた様子で官兵衛に一部始終を説明した。
「そうかい。だがお前さんだって悪いんじゃないか?」
「なによそれ?」
むっとした様子でルイズが尋ねる。
「来るなりいきなり帰れん、なんていわれりゃ小生だって混乱するだろう」
「帰れないなんて言ってないでしょ!ただ方法を知らないって」
「同じだろうが」
横たわったままの姿勢でツッコミを入れる官兵衛。
「だいたい初めから、帰る手段を探すとか何とか言っておけば、小生も逃げずに――」
「言う前にあんたが逃げたんでしょーが!」
ごもっともである。今回の騒動は、話を聴かずに逃げ出した官兵衛に大体非がある、と言って良かった。
「まあいい、それより早くコイツを解いてくれ。頭すら満足に掻けん」
「いやよ。だってまた逃げられたら困るもの」
髪を整え終わったルイズが、腰に手を当てながら不機嫌そうに言う。
「今更逃げんよ。よく考えたら、行くアテも無いしな」
「よく考える前に気付きなさいよ!まったく……」
そういうと、ルイズは官兵衛を拘束している布を解き始めた。
しかし全身を拘束している布全てを解くには、かなりの時間が掛かる。解いてる間、久々に静かな時間が過ぎ去る。
室内にやけに大きく、時計の音がカチコチと響き渡った。
「……ねぇ」
「何だ?」
不意にルイズが口を開く。それに対して官兵衛が短く答えた。
「あんたって、一体何者なの?」
「何だ、藪から棒に」
先程とは打って変わって、静かな雰囲気で問いかけてくるルイズに、官兵衛は怪訝な顔で返した。
「だって、昨日の夜のことよ。ギーシュの作ったゴーレムを倒したり、転がって逃げたり。」
「それがどうした?」
質問の要領を得ない、といった風に官兵衛は首をかしげた。
「おかしいわよ。ただの平民がメイジにかなう筈ないのに。それに――」
「ああそんな事か。小生の居たところじゃあ、あれくらいの事が出来るやつなんてゴロゴロいる」
「えっ!?嘘でしょ?」
さらりと、とんでもない言葉を吐いた官兵衛に、流石のルイズも驚いた。
「こんな時に嘘なんかついてどうする?」
「ふ~ん……そっか」
そう言うと、何やら考え込んだように、ルイズは静かになった。
が、やがて再び口を開くと、官兵衛の方をチラリと見ながら、こう言った。
「ねぇ……あんたって、本当に違う世界から来たの?その、ニホンだっけ?」
「少なくとも、小生のいた国に月は二つ無い」
官兵衛にとっては、ごく当たり前の事実である。
しかし、ルイズにはこちらの方が余程信用できないらしく――
「それだって嘘でしょ?月が一つなんて、考えられないわ」
官兵衛の答えに首をかしげた。
やれやれと思う官兵衛であったが、自分も逆の立場であったらそれを信じるであろうか?
そう考えると、彼もこれ以上は言わなかった。
「まあ、信じる信じないはお前さんの勝手だ。っと、そろそろ解けるか?」
布の緩みを感じ、官兵衛は上体を起こそうと頭を上げる。
「解けたわ」
「そうかい、ありがとさんっと」
布が解けると、官兵衛はなんとも素直に礼を述べた。
縛ったのはルイズとはいえ、丁寧に解いてくれた事、また、言うとおり素直に解いてくれた事に対する礼も含まれていた。
「べつにいいわよ、それよりこれから何だけど」
「小生はどうすりゃいいんだ?」
すくりと立ち上がりながら、官兵衛はルイズに尋ねる。
「とりあえずあんたは、そのときが来るまで私の使い魔で居てもらうわ」
「別に構わん。が、小生、こき使われるのはまっぴら御免だからな」
官兵衛は苦々しげに、しかし仕方なさげにそういった。
「小生の帰る方法を探すってのは本当だろうな?」
「私も聞いた事は無いけど、出来る限りのことはするわ」
ルイズはやや俯き加減にこたえる。昨日の様子を見る限り、官兵衛は本当に切羽詰った状況なのだろう。
テンカがどうとか正直良く分からないし、嘘くさい。
だがルイズは、自分がこの男を送り返す義務があるのでは、ということをうっすら感じていた。
「私もあんたを送り返したら、もっと立派な使い魔を召喚しなきゃならないんだからね!」
そう思いながらも、ルイズの素直ではない性格からか、ついつい生意気な事を言ってしまう。
「そうかい。そりゃ助かるねぇ」
官兵衛が適当な返事でそれに返す。
「なによその言い方!ご主人様がせっかく探してあげるって言ってるんだから少しは光栄に思いなさいよね。」
「へいへい」
昨晩とにたようなやり取りをしながら、二人は喧しく朝の僅かな時間をすごしていた。
「って大変!もうこんな時間!あんたの縄ほどいてたせいで食事に遅れちゃうじゃない!」
「小生の所為じゃないだろうが」
官兵衛は明らかに自分の所為ではないと反論しながらも、やれやれと流した。
それよりも、彼は昨日の夜から何一つまともな食事をとっていない為、この後の食事とやらにしか興味が無かった。
急いで欲しいと、ルイズの方へ振り返った官兵衛。しかし。
「急いでくれ、小生も腹が――って!お、おいお前さん……!」
「なによ」
ルイズが不機嫌そうに尋ねる。
なんと彼女は、官兵衛の居る前で服を堂々と脱ぎはじめているではないか。
慌ててルイズに対して背を向け、官兵衛は声を荒げる。
「な、なに考えてやがる。そういうのは小生の居ないところでだな!」
「なによ、別にあんたごときに着替えを見られたところで何とも思わないわよ」
「お前さんには恥じらいってもんが無いのか!恥じらいってもんが!」
官兵衛は正直いってがっくりときた。自分がそういう対象で見られていないのか、もしくは本当に恥じらいが無いのか。
何れにせよ精神衛生上良くない、と官兵衛は思った。
黒田軍大将・黒田官兵衛、未だお見合い経験なし。
女性に縁がない場で活躍していた彼にとって、こういったシチュエーションには非常に不慣れであった。
年端も行かない少女の着替えを、ハラハラしながらやり過ごした官兵衛。
彼らは今、急ぎ足でルイズとともにアルヴィーズの食堂へと向かっていた。
官兵衛にとって重要なのは、朝食であった。
思えば官兵衛は、こちらに召喚されてからまだ、食事らしい食事をとっていなかった。
それ以前はと言えば、石垣原の坑道にて地下を掘り進める日々。まともな飯など望めるはずもない。
そんな彼が、こちらに来てようやっと、まともな食事にありつけそうなのだ。
相も変わらず鉄球をずりずりと引き摺りながら、食堂へ向かうルイズについていく。
「はぁ……」
と、ルイズが短くため息をついた。
「何だ?」
「あんたのその格好とソレ、何とかならないの?」
ルイズが官兵衛の引き摺る鉄球を指差しながら、呆れたように尋ねる。
「何とかして欲しいのは小生の方だよ!」
暢気なルイズの一言にぶっきらぼうに官兵衛は返した。
そんな官兵衛の言葉を気にも留めず、ルイズは続ける。
「でも、そんな格好じゃ普通、食堂には入れないわよ」
「何だって?」
官兵衛は耳を疑った。
「待て!小生の飯はどうなる」
「落ち着いて、あんたは、今回だけは、特別な計らいで入れてあげるわ」
「な、何だ驚かせやがって」
官兵衛はホッと胸を撫で下ろす。
「だけど、そのズルズル引き摺るのは止めなさいよね。あとなるべく目立たないようにしなさい。」
「へいへい。よっ……と。これでいいか?」
官兵衛は足元の鉄球を両の腕で抱えると、ルイズに向き直った。
「いいわ、あそこがアルヴィーズの食堂よ」
ルイズの向かう先に、何とも荘厳な大食堂の入り口が見えた。
「こいつは……」
食堂に入って早々官兵衛が口にしたのは、そんな感嘆の混じった声だった。
アルヴィーズの食堂、そこは彼がこれまで見た建造物、それの何よりも豪華絢爛な空間であった。
見上げれば高さ10数メイルはあろうかという広い空間。
壁にも、敷き詰められた長机にも、また豪奢な飾りつけがなされ、見るものを圧倒させた。
壁際には精巧な小人の彫刻がならんでおり、あれがこの食堂の名の由来であるアルヴィーズだそうだった。
「どう?」
見ればルイズがイタズラっぽく笑いながら、圧倒される官兵衛をみていた。
「こいつはすごいな……」
官兵衛にしては珍しく、素直な賞賛を口にした。
「でしょう?」
薄い胸を精一杯張りながら、ルイズは得意げに説明を始めた。
「トリステイン魔法学園で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法を持ってその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だからこそ食卓も、貴族の食卓としてふさわしくなければならないのよ」
「へいへい」
ルイズの、貴族としてのあり方の講釈を軽く聞き流しながら、官兵衛は思った。流石の秀吉もこいつには舌を巻くだろう、と。
ルイズの座る席は、三つ並んだ長机の真ん中。二年生の座席であった。
つかつかと早足で席へ向かうルイズの後ろを、重そうに鉄球を抱えながらのそのそと付き従う男。
そんな彼らを見てか、周囲の席からどよどよと驚きの声が漏れる。
それはそうだろう、貴族の食卓にいかにも怪しい囚人風の男が歩いていれば当然不審に思う。
狭い学園内で噂が広まるのが早い、とはいえ昨日の今日だ。官兵衛のことを知らない者は多かった。
「(き、気まずい……!)」
ここに来て官兵衛は、導かれるままとはいえ、軽々しく大食堂に足を踏み入れた事を後悔した、しかし。
「うおお!」
席に着くなり、官兵衛が大声で感嘆の声を漏らした。そんな僅かな後悔はその瞬間吹き飛んだ。
見れば卓上には豪華な食事の数々が山とあるではないか。
巨大な鳥の丸焼きやら、パイやら、盛り付けられた果物の山やら。下手な戦国大名も仰天する食卓であった。
「い、いつもこんなもん食ってるのか!?」
「そうよ」
当然でしょ、といわんばかりにルイズが肯定する。
「ま、マジか。ごくり……」
すかさず鉄球を下ろし、そそくさと席につく。官兵衛は異国の食器を手に、食事の開始をまだかまだかと待ち続けた。
「いいのか?小生でいいのか?」
そんな言葉を繰り返しながら、全身で喜びを表現していた官兵衛を、ちょいちょいと指がつついた。
見ると、ルイズがなにやら言いたげな顔で官兵衛を睨みつけていた。
「何だ何だ?もう待ちきれんぞ。全く小生にもやっとツキが回って――って、なんだ?こいつは?」
ルイズが下を指差していた。そして目を向けるとそこには。
「随分貧相な食事があるが?」
「そうね」
肉の破片らしきものが浮いたスープに、小さいパンのかけらが二つ。
そんな、卓上と比べると大分貧しい食事が床に置かれていた。
「まさか……」
「そう、あんたのはそれ」
天国から地獄に突き落とす、ルイズの一言であった。
「おいお前さん、小生の衣食住を面倒見るって話。ありゃなんだったんだ?」
官兵衛が肩を震わせながら言う。
「し、仕方ないじゃない!いきなりあんたが来ちゃったんだから。それしか用意してなかったのよ。」
「だからってなあ!この差はあんまりだろうが!」
官兵衛の堪忍袋の緒がとうとう切れた。
「冗談じゃない!使い魔だかなんだか知らんが、こんなもんで小生をこき使えると思ったら大間違いだ!」
そういうと官兵衛は立ち上がり、ちゃっかり床に置かれたパンを口にほお張ると、出口に向かって歩き出した。
「ちょっとどこいくのよ!」
「どちらさんかにだよ。こんな居心地の悪い場所、一秒だっていられるか。」
鉄球を引き摺るのを止めず、官兵衛は外に出て行った。
「畜生、なんてこった」
腹の虫が鳴るのを抑えながら、官兵衛は中庭の端っこで鉄球に座り込んでいた。
「こんなことなら、やっぱりあの時逃げておくんだった。いや、今からでも遅くないか?」
あまりの扱いの悪さに、嫌気が差した官兵衛は、再びの脱走を考えていた。
しかし、やはり行く当てのない自分が、この学園の外で、現状以上の状況に持っていくのは難しい。
どうしたものだろうか、と考えていた、その時。
「あの……もし?」
ふと、耳にした事のある声が、官兵衛の耳に届いた。顔を上げ、声の主を探す。
するとそこには、昨晩の騒ぎでぶつかった、黒髪の少女が立っていた。
そばかすと日本人を思わせる黒髪が特徴の、素朴で可愛らしい少女であった。
「お前さんは、昨日の……」
「はい、私シエスタって言います」
恭しく頭を下げるシエスタ。
「お、おう……そうか。小生は黒田官兵衛だ」
礼儀正しいシエスタの態度に、思わず名乗り返す官兵衛。
官兵衛は正直戸惑っていた。何せ、騒ぎがあったのは昨日の晩である。
昨晩自分が不用意にうろついた所為で、この少女にいらぬ誤解を与えてしまった。
そんな彼女が目の前にいて、どう受け応えしたものか。
そう悩んでいた官兵衛に対して、少女から思わぬ言葉が掛けられたのだ。
「あの、昨晩は、申し訳ありませんでした。貴族の方のお連れ様とは知らず、いきなり大声を上げてしまって。」
「え?」
深々と頭を下げるシエスタ。
予想だにしない謝罪の言葉に、官兵衛は驚く。むしろ謝罪すべきは、あの時驚かせてしまった自分ではないか。
「何言ってる。謝るのは小生の方だ。こんな格好でうろついてれば誰だって驚くだろう?」
「ですが――」
なおの事、引き下がらないシエスタに官兵衛は続ける。
「まあ過ぎた事だ。気にするな」
浮かない顔のシエスタに、官兵衛は笑って返した。その様子にホッとしたのか、彼女も官兵衛に微笑み返す。
「はい、ありがとうございます」
屈託の無い可愛らしい笑みだった。そんな笑みを見て、官兵衛はおもわずポリポリと頬を掻いた。。
「それより、こんな所でどうされたんですか?」
「それがだな――」
官兵衛は今何故自分がここにいるのか、掻い摘んで事情を説明した。すると
「まあ!でしたらこちらへいらして下さい」
シエスタが官兵衛を案内しようと歩き出した。
「い!?しかし小生――」
「良いですから、さあ」
少女が官兵衛の手を引く。見かけによらず強引な少女だ、と官兵衛は思った。
厨房に案内された官兵衛は、半ば強引に椅子に座らされた。そして。
「はい、どうぞ♪」
「こ、こいつは……!」
官兵衛はふるふる震えながら、シエスタによって目の前の机に置かれたものを見やった。
ほかほかと温かい湯気が立ち上る。日の本ではかいだ事のない、鼻腔をくすぐる何ともいえない香り。
みればその白いスープには鳥肉らしき物も混じっている。
「貴族の方にお出しする食事の余りで作ったシチューです」
「し、しちゅう?良く分からんが……小生に?いいのか?」
「はい、良かったら食べてください」
官兵衛は、手に握ったすぷーんという木の食器を使い、おそるおそるそのスープを口にした。
何ともいえない風味が口いっぱいに広がる。良く租借し、ゴクリとのどを通過する。
その瞬間
「うっうっうう……!」
唐突に、官兵衛はむせび泣き出した。
「ど、どうかされましたか?えーっと、カンベエさん」
シエスタが慌てて官兵衛に言葉をかける。そんなに美味しくなかったのだろうか、と彼女も心配になった。
しかし帰ってきた答えは。
「美味い、美味いんじゃ……!」
「えっ?」
「こんな、こんな美味いもん食ったの久しぶりじゃ……!」
そういうと官兵衛は、両手で器を抱え、がつがつとシチューをかっ込んだ。
大の大人が、わき目も振らず泣き出しながら飯をほお張る。
そんな様子に、シエスタは若干驚きながらも、ニッコリとその様子を見ていた。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいです。まだまだお代わりありますから」
「かたじけないな……!」
この食事は、官兵衛にとってここ数年で一番美味い飯だったであろう。
「そんなにお腹空いてたんですか?」
「ああ……ここ数年、まともな飯なんざ食った覚えがない。」
「そうだったんですか……」
シエスタは無意識に、官兵衛のしている枷と鉄球を見やった。
「ふぅ!ご馳走さん!美味かった。」
「ふふっ。いえ、どういたしまして」
深々と頭を下げる官兵衛。それにたいしてにこやかに返すシエスタ。
「しかし、タダ飯ぐらいってのも申し訳ないな。小生に出来る事は無いか?」
「いえいえそんな……。悪いですわ。」
官兵衛の突然の提案に慌てて手を振るシエスタ。
しかし、官兵衛からしてみれば、久々に生きた心地のする食事を味あわせてくれた彼女に対して、
なにもせずに場を去るなどということはしたくはなかった。
一歩も引かぬ官兵衛に対してシエスタは提案する。
「でしたら、お昼ごろで結構ですから、まき割りをお願いしてもよろしいですか?」
手枷の官兵衛でも出来そうな力仕事を、シエスタは頼んだ。
「ちょっとあんた!どこ行ってたのよ!」
昼に会う約束をし、厨房から出てきたところで、官兵衛はルイズに捕まった。
「どこに居ようと小生の勝手だろう」
官兵衛からしたら、ルイズとはイマイチ関わり合いになりたくなかったが、元の世界に帰る手がかりでもある。
ぶっきらぼうに官兵衛は言った。
「勝手じゃないわよ。あんたは私の使い魔なんだから」
「またそれか。言ったはずだぞ、あんなんで小生をこき使おうなんざ思わないことだ、と」
「朝食については悪かったわよ。次はもうちょっと違うものを厨房に頼んで用意させるわ」
意外とすんなり謝り、待遇の改善を提案してきたルイズ。しかし官兵衛からしたら腹の虫が治まらず。
「是非そう願いたいもんだな」
ルイズに対して冷たい態度で接していた。
二人の間に、非常に気まずい空気が漂っていた。
とりあえず授業について来いという事で、官兵衛はルイズとともに講義が行われる教室へとたどり着いた。
官兵衛も、この世界について何も知らない事もあり、少しでも情報を得ようと思ったのだ。
一番後ろの扉から中に入る二人。すると、中に居た生徒らの何人かが一斉に振り向き、くすくすと笑った。
何だ何だと辺りを見回す官兵衛。
見ればその嘲笑は、大半がルイズに向けられているものと思われた。
その時点で、彼は疑問に思った。自分はこんな成りだ、お偉い貴族様からみれば格好の笑いのネタだろう。
しかしルイズは何故であろう。自分のような人間を引き連れているからか。もしくは他に何か理由があるのだろうか。
おそらく前者だろうと考えたが、官兵衛にはそれが引っ掛かった。
「あらルイズ、おはよう」
そのとき、教室の中央で、男子生徒らに囲まれていた少女が、その群れを掻き分け、声を掛けてきた。
褐色の肌と燃えるような赤い髪が目を引く。
背はルイズよりも頭一つ分程も高く、メロンのように大きな胸をゆらしながら、こちらに歩み寄る。
何とも艶かしい風貌の少女であった。
なにやらニヤニヤしながらルイズに話しかける。
「おはようキュルケ」
ルイズはあからさまに顔をしかめながら、キュルケと呼ばれた少女に向き合った。
「あなたの使い魔って、それ?」
小バカにしたような表情で、キュルケは官兵衛を差した。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
キュルケにつられて、教室の所々から笑いが起こった。
「くぅ~~っ!」
ルイズの頬が赤く染まった。悔しそうに歯噛みしながらキュルケをみやる。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケがそういうと、やや離れた椅子の下から、真っ赤な塊がのしのしと歩いてきた。
「うぉっ!こいつはすごい!」
それは、虎ほどの大きさもある巨大なトカゲであった。
あまりの大きさと、口からちろちろと飛び出す炎に、官兵衛はおもわず驚きの声を上げた。
「あら?貴方はこの子の価値がわかるのね」
「そうだな、こいつがいりゃあ薄暗い発掘作業も楽々だな」
官兵衛は心底関心したように、外れた感想を述べた。
頭をなでてやると、フレイムはキュルキュルと気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「ちょっと!なにキュルケの使い魔と戯れてるのよ!」
「あっはっは!貴方なかなか面白いわね!」
そういうとキュルケは、上から下へと、官兵衛をジロジロと見回した。
「なっ、なんだ?」
「それにしてもフレイムに物怖じしないなんて。あなた、名前は?」
「小生は、黒田官兵衛だ」
「クロダカンベエ?変な名前ね」
「失敬な」
昨日に引き続き、自分の名前を貶されたことに反論する官兵衛。
しかし、キュルケは意に介した様子も無く、官兵衛の顔をじっと見定めながら続けた。
「ふ~ん……。あなた、身なりを整えれば結構いい感じになりそうね?」
「そ、そうか?あんま面と向かってそういう事言われると小生――あだあっ!」
キュルケの言葉に、思わず鼻の下が伸びていた官兵衛。そんな彼の足に、急遽激痛が走った。
みるとつま先に、ルイズのかかとが乗っかっている。
「いてえ!何しやがる!」
「キュルケごときにデレデレしてるんじゃ無いわよ!」
ルイズが官兵衛の目を見ずに、頬を膨らませて言った。どうやら、彼のキュルケに対する態度が気に入らなかったらしい。
なんで少しデレデレしただけで、自分をここまで痛い目にあわせるのか。すこぶる納得が行かない官兵衛であった。
「全くトリステインの女はこれだから……」
そういうとキュルケは踵を返した。そして……
「『ゼロのルイズ』の使い魔が嫌になったら、いつでもいらっしゃいな?まあ歓迎してあげる」
官兵衛に対して目配せしながら、再び男子生徒の群れの中へと戻っていった。
群れの中の男子生徒何人かが、明らかに、官兵衛に対して敵意の視線を向ける。それに官兵衛は。
「(やっぱ美人とは関わり合いになるべきじゃないな)」
と、そう思うのだった。
「しかしそれにしても……」
「(ゼロのルイズ?)」
官兵衛はふと、キュルケが先程口にした聞きなれない単語に、疑問符を浮かべた。ルイズの二つ名であろうか。
そういえば、昨晩戦ったギーシュも、青銅という二つ名を名乗っていた。メイジらにはその個人特有の二つ名があるのだろう。
ゼロのルイズというのもそれに違いない、官兵衛はそう思った。
しかし何故であろう。それにしては、キュルケのルイズに対する言い方が引っかかった。
それは二つ名のような胸を張れる呼称とは違う、侮蔑の含まれた何か。
そう、自分がかつて『暗の官兵衛』と呼ばれていたように。
『ゼロのルイズ』。その呼び名に、彼は自分と似たような何かを感じとっていた。
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