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ウルトラマンゼロの使い魔
第四十四話「怪獣パンドンの復讐」
地獄星人ヒッポリト星人
双頭合成獣ネオパンドン 登場
『ブニョもやられたか』
アルビオン大陸の『レコン・キスタ』の拠点の城、そのクロムウェルの居室で、ヤプールが
ため息まじりにつぶやいた。それを聞いているのはクロムウェルと、シェフィールド。
シェフィールドは壁際に控えて、人外たちの会話を観察している。
『超獣が育ち切るまでのつなぎとはいえ、こうも口だけが取り柄の能無しばかりでは、いい加減
うんざりしてくるな』
「全くですな。その上で、次は如何なる手を打たれるおつもりで? 我が支配者様」
クロムウェルが同意しつつ尋ね返すと、ヤプールはこう答えた。
『もうその辺の雑魚を遣わせるのは飽き飽きした。そこで、次はわしも一目置く実力者を
ゼロどもにぶつけることにする』
「何と! 支配者様が一目置くと!」
驚くクロムウェル。シェフィールドも関心を示した。宇宙人たちはどれも、ハルケギニアの
人間の力を大きく超えた怪物たちなのだが、その中でもヤプールが評価する者とは、一体どれほどの
大怪物なのだろうか。
『ふんッ! ようやく出番か。もっと早くから、私に任せておけばよかったのだ』
考えていると、突然第三者の声が室内に響いた。そして空間の一部が揺らぎ、宇宙人がテレポートしてくる。
原色バリバリの毒々しい体色。頭部には十字型の三本の突起。口は長い口吻で、腹部には赤い発光体。
宇宙人でありながら尻尾が生えている。この宇宙人の名を、クロムウェルが唱えた。
「ヒッポリト星人! 支配者様の許可もなしに、勝手に入ってくるのではない!」
と怒るクロムウェルなのだが、ヒッポリト星人はつまらないものでも見るかのように一瞥しただけで、
クロムウェルを無視する。
『私は宇宙で一番強い生き物、ヒッポリト星人だ。私の手に掛かれば、ウルティメイトフォースゼロを
片づけることなど造作でもないことなのだ。私の手腕のほどを、よぉく見ているがいい』
この場の全員に向けて傲然と言い放つと、次いでヤプールに指を突きつける。
『その次はヤプール人、貴様らだ! 今は協力してやっているが、この星を頂く段になったら、
貴様らも排除してくれるからな。楽しみに待っているがいい』
どう考えてもいらぬ挑発をするヒッポリト星人に、シェフィールドは正気を疑った。所詮表向きの
同盟とはいえ、わざわざ関係をこじらせるようなことを言う必要はあるまい。よほどの馬鹿か、
もしくはそれほど力に自信があるのか。
「貴様ッ! 支配者様に何という口の利き方を!」
一方で、クロムウェルは激昂しヒッポリト星人に攻撃を仕掛けようとした。しかし腕を振り上げる前に、
ヒッポリト星人の目から放たれた怪光線に撃たれて弾き飛ばされる。
「ぐはぁッ!」
『愚か者めが! 貴様のような使い走り如きに、この偉大なるヒッポリト星人の相手が務まると思ったか!』
どこまでも傲慢な振る舞いを見せるヒッポリト星人は、倒れ伏したクロムウェルに侮蔑の
言葉を浴びせた。ヤプールはクロムウェルに少しも気遣うことなく、ヒッポリト星人に告げる。
『その力、期待しているぞ。では、貴様のお得意の地獄をこの星の人間どもに味わわせてやるのだ』
『言われるまでもない! 既に地獄の始まりの一手は打ってあるのだ。虫けらどもが地獄の中で
死に絶えていく様を、とくと見せてくれようぞ! グワッハッハッ……!』
ヒッポリト星人は機嫌よく高笑いすると、その身体が薄れて消え去っていった。
「ハルナの件以降、侵略者どもの動きがパッタリなくなったな。円盤生物の生き残りの一件だけたぁ」
夜の帳が降りたトリスタニアのチクドンネ街。『魅惑の妖精』亭の裏口前の路地で、才人、
人間態ミラーナイト、グレンウェールズの三人が宇宙人とヤプールの動向について話し合いをしていた。
何故店の中でしないのかと言うと、美形の顔をしているミラーとグレンには店の女の子が
絶え間なく纏わりつこうとするので、落ち着いて話が出来ないからだ。そこで才人の休憩も兼ねて、
こうして外で立ち話しているのである。
「まッ、ハルナの時に大分ぶっ飛ばしてやったしな。向こうさんも、そろそろ戦力が底を
ついてきたってとこだろうなぁ」
グレンが楽観視して笑うが、それをミラーが咎める。
「油断はなりませんよ。ヤプール人の本来の戦力である超獣が未だに姿を見せてないのですから。
ヤプール自体は今も力を蓄えて、機を窺ってることでしょう。配下の宇宙人も、全て倒した保証は
ありません。まだまだ予断は出来ない状況です」
「分かってるって。ヤプールめ、いつ本格的に攻めてきたって、俺たちウルティメイトフォースゼロが
叩き潰してやるぜ! なぁゼロ」
『もちろんだ。奴らがどんなたくらみをしてたって、俺たちは負けねぇ!』
「俺だって、みんなの力になるぞ!」
グレンの呼びかけに、ゼロと才人が気勢を上げた。と、グレンがふとあることを思い出し、つぶやく。
「ところでハルナって言やぁ、あの嬢ちゃん、何だって胸にあんなのつけてたんだ?」
『あぁ、あれか……。何だったんだろうなアレ』
グレンとゼロが言っているのは、春奈が密かに着用していた胸パッドのことだ。しかし、
そもそも服を着る必要を持たない二人は、パッドの意味を分かっていなかった。
「胸につけてるって、何の話だ?」
「それがよぉサイト……」
「グレン」
パッドの存在を知らない才人の問いに説明しようとしたグレンを、ミラーが制する。
そしてゼロも含めて、注意した。
「いいですか? 彼女の名誉のために、その話は口に出してはいけません。特に、サイトには
絶対にバラさないように。分かりましたね?」
「お、おう……」
真顔で、異様な雰囲気で忠告するミラーの迫力に気圧されて、グレンとゼロはたじろぎながらうなずいた。
「なぁ、何の話……」
「何でもありませんよ。今のは忘れて下さい。二度と掘り返さないように」
才人もミラーがはぐらかしていると、フードを被った女がこっちに向かって小走りで駆けてきて、
グレンにぶつかった。
「おっと、わりぃな。大丈夫か?」
グレンが謝って振り返ると、女は三人に慌てた声で尋ねた。
「……あの、この辺りに『魅惑の妖精』亭というお店はありますか?」
「え? それならここですけど……」
答えた才人は、女の声に聞き覚えがあることに気づいた。女も気づいたらしい。そっとフードの
裾を持ち上げて、三人の顔を盗み見る。
「姫さま!」
「女王さんじゃねぇか」
驚く二人の口を、ローブに身を包んだアンリエッタがしっ! と塞いだ。そしてグレンの後ろに
身を隠し、表通りから自分の姿を見られないよう息を潜めた。
「あっちを捜せ!」
「ブルドンネ街に向かったかもしれぬ!」
表通りからは、息せききった兵士たちの声が聞こえてくる。アンリエッタは再びフードを深く被った。
「……隠れることのできる場所はありますか?」
アンリエッタは小さく尋ねる。才人が返答する。
「俺とルイズが暮らしてるここの屋根裏部屋がありますけど……」
「そこに案内してください」
才人たちはアンリエッタをこっそり屋根裏部屋まで連れてきた。アンリエッタはベッドに
腰掛けると、大きく息をついた。
「……とりあえず一安心ですわ」
「俺は安心じゃないですよ。いったい、なにがあったんですか? またお忍びか何かですか?
でも、兵隊があんなに騒いでるなんて……」
才人の問いに、こう答えるアンリエッタ。
「ちょっと、抜け出してきたのだけど……、騒ぎになってしまったようね」
「はぁ? この前誘拐されたってのに? そりゃ大騒ぎになりますよ! 姫さま、今じゃ
王様なんでしょ? そんな勝手なことばかりしていいんですか?」
声を荒げる才人を、ミラーが諌める。
「サイト、やめてあげなさい。女王様は、軽率に行動される方ではありません。何かお考えが
あってのことですよね」
ミラーの取り成しにうなずくアンリエッタ。
「そうです。大事な用がありまして……。ルイズがここにいることは報告で聞いておりましたけど……、
まさか、グレンたちもいらっしゃったとは」
「偶然ですね」
「とにかくルイズを呼んできます」
部屋を出ようとする才人を、アンリエッタが引き止めた。
「いけません」
「ど、どうしてですか?」
「ルイズを、がっかりさせたくありませんから」
「ルイズに会いに来たのでないなら、いったい何の用でここに?」
ミラーの質問に、アンリエッタは三人を見回して告げる。
「使い魔さんに、明日までわたくしの護衛をお願いしに参ったのです」
「お、俺? なんで俺なんすか? 護衛なら魔法使いや兵隊がいっぱい……」
「今日明日、わたくしは平民に交じらねばなりません。また、宮廷の誰にも知られてはなりません。
そうなると、使い魔さんぐらいしか、思いつきませんでした」
「そんな……、ほんとに他にいないんですか?」
「ええ。あなたはご存知ないかもしれませんが、わたくしはほとんど宮廷で一人ぼっちなのです。
若くして女王に即位したわたくしを好まぬものも大勢おりますし……裏切り者も、おりますゆえ」
才人はワルドのことを思い出した。
「わかりました。他ならない姫さまの頼みでしたら……」
引き受けようとする才人の言葉を、ミラーがさえぎる。
「いえ、ルイズの使い魔のサイトが長時間姿をくらましてたら、彼女が心配するでしょう。
ここはグレン、あなたが女王様をお護りしてさしあげなさい」
「え? 俺だけ?」
腕を組んでなりゆきを見守っていたグレンが、変な声を上げた。
「別に嫌って訳じゃねぇけど、ミラーちゃん、お前も一緒じゃ駄目なのか?」
「あまり多くの人数で動くのは、目立っていけません。護衛は一人が無難なところでしょう。
だったら、ウェールズ皇太子の身体のあなたが、女王様も気兼ねなく出来て適任ですよ。
女王様も、グレンでよろしいでしょうか?」
「は、はい。何の不満もありません……」
アンリエッタは頬をやや赤らめて了承した。
「まぁそういうんなら、引き受けるぜ。よろしくな、女王さん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します……。ともかく、出発いたしましょう。いつまでも
この辺りにはいられませんわ」
「どこに行くんだ?」
「街を出るわけではありません。その辺りの宿に身を隠しましょう。とりあえず、着替えたいのですが……」
「そうですね。兵士と遭遇した際にバレないように、変装された方がいいでしょう。お手伝いします」
ミラーが提案すると、才人がルイズ用に用意した平民の服をアンリエッタに貸した。しかし
サイズが違いすぎるので、シャツが張り詰める。上のボタンを二つほど外して、いささか
目のやり場に困るがようやく自然になった。
「おぉ、過激な……」
『お前ら、はしたねぇぞ』
「んなこと言われたって……」
才人とグレンが鼻をおさえていると、ゼロにたしなめられた。一方でアンリエッタはミラーに
髪型を変えてもらい、化粧も施されて変装を終えた。
「これで、顔をよく知らなければ女王様とは分からないでしょう。私たちはここに残って、
兵隊が尋ねてきたら、偽の情報でも渡して捜査を足止めします」
「ご協力、感謝いたします」
「グレン、しっかりと女王様をお護りしてあげるのですよ」
「分かってるっての。さッ、女王さん、行こうぜ」
「人目のある場所では、わたくしのことは『アン』とでも呼んでくださいまし」
「そっか、分かった。じゃあアン、行こうぜ。兵士がこっち来てるみたいだ」
アンリエッタはグレンの後に続いて、こっそりと妖精亭から抜け出した。
それからグレンとアンリエッタは、粗末な木賃宿の一室を借りた。『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋以下の
ボロ部屋だった。
「ひっでぇ部屋だな。これで金取んのか。俺はジメジメしてんのが嫌いなんだがなぁ」
「素敵な部屋ですわ。少なくともここには、寝首をかこうとする毒蛇はおりません」
「ヘンな虫は沸いてそうだぜ」
「そうですわね」
微笑んだアンリエッタは、煤だらけのランプに魔法で火を灯し、グレンと並んでベッドに腰掛けた。
「さて女王さん。わりぃけどウェールズはまだおねむなんで、俺が代わりに時間潰しの話し相手を務めるぜ」
グレンが冗談交じりに言うと、アンリエッタはこう返す。
「すみませんが、わたくし、女王と呼ばれるのはあまり好みではないのです。ルイズたちのように、
姫、とお呼びいただけますでしょうか?」
「そうなのか? でも俺が姫さんって呼んでるのはもう別にいるからなぁ……。あんたと
面を合わすことはないだろうけど、一応区別はつけたいしな。なげぇけど、アンリエッタ姫さんでいいか?」
「構いませんが……グレンの世界にも、わたくしと同じ立場のお人がいるのですね」
ぼやくグレンに尋ね返すアンリエッタ。
「エメラナっていうお姫様さ。まだ若いけど度胸もある、みんなから愛されるいい女だぜ。
アンリエッタ姫さんみてぇにな」
と言うと、アンリエッタは顔を曇らせる。
「わたくしは、そのエメラナという方とは違います……」
「そうか? 街の人たちは、あんたを『聖女』なんて呼んでるじゃねぇか」
「確かに表では皆口をそろえてわたくしをそう呼びますが、ルイズからの報告では、手厳しい
言葉ばかり聞きますわ。アルビオンを下からただ眺めあげるだけの無能な若輩と罵られ、
アルビオンへの遠征軍を編成するために軍備を増強しようとすればきちんと指揮できるのかと
罵られ、果てはゲルマニアの操り人形なのではないかと勘ぐられ……、まったく、女王なんかに
なるものではないですわ。誰からも愛される、あなたの世界のエメラナ姫が羨ましいです」
「そうか……そっちも大変なんだな」
相槌を打ったグレンは、アンリエッタに問いかける。
「アルビオンと、ホントに戦争するのか?」
『レコン・キスタ』から度重なる侵略行為を受けたトリステインは、ゲルマニアと同盟を組み、
空に浮かぶ大陸に攻め入ろうとする戦支度を着々と進めているところだった。グレンを始め、
ウルティメイトフォースゼロはそれに複雑な思いを抱いている。
「するもなにも、わが国は今、真っ最中ですわ」
「そうじゃなくて、今度はこっちから攻め込もうってんだろ? ……戦争じゃ、多くの人間が
死ぬのは避けられねぇぜ」
「おっしゃる通りですが、このままでは、我が国土は蹂躙されるばかりです。こちらから、
侵略者の傀儡を征伐しなければ、終わりは来ないでしょう」
と語るアンリエッタだが、グレンは押し黙る。
「……戦争はお嫌いですか?」
「そりゃあな。喧嘩は好きだが、何の罪もねぇ人たちが戦いに巻き込まれんのはごめんだ。
……俺たちがさっさと、アルビオンの陰で糸を引いてる連中を片づけられりゃあ、
アンリエッタ姫さんを困らせることもねぇってのに……」
ヤプール人は異次元人。常に異次元に身を潜めているため、こちらから打って出ることは不可能に近い。
ヤプールの厄介さの原因の一つだ。後手に回らざるを得ないウルティメイトフォースゼロは、
被害の発生を未然に防げないことに忸怩たる思いを抱いているのだ。
己を責めるグレンを、アンリエッタは励ます。
「グレンたち皆さんは、ハルケギニアのためによく戦ってくれてるではありませんか。感謝こそすれ、
不満なんてありません。それにわたくしは、わたくしたちの守護者の皆さんのお力になりたいのです。
いつまでも助けられっぱなしではいられません」
「アンリエッタ姫さん……」
「それと、もう一つ……わたくしは、敵にかどわかされそうになった際に、多くの人を犠牲にしました。
わたくしはその自分と、そうさせた人たち……ウェールズさまが負け戦に身を投じようとも
守り通そうとした誇りを踏みにじった者たちが、どうにも赦せないのです……」
レコン・キスタを隠れ蓑にするヤプールが、卑劣にもウェールズの遺体を利用し、アンリエッタを
誘拐しかけた事件。その際に、何人もの人間が命を落とした。ウェールズも、グレンファイヤーが
助けていなければ、死を汚されたまま朽ち果てていたことだろう。
つぶやくアンリエッタの肩が震える。グレンは慰めようとしたが、自分がどこまで行っても
ウェールズではないことを思い返し、その手を止めた。
夜が明けて、昼。中央広場、サン・レミの聖堂が十一時の鐘を打つ中、ウェザリーの劇団も
その舞台に立った劇場の前に、一台の馬車が停車。中から初老の男性が降りてきた。その正体は
トリステインの司法を担う高等法院長リッシュモン。しかしそれでいながら、アルビオンに金で
トリステインの情報を売り、工作員を手引きする売国奴なのであった。操られたウェールズや
ウェザリーの劇団などを招き入れたのも、彼である。
そんなリッシュモンは、普段劇場をアルビオンの密使との密談の場にしているのだが、
今日はアンリエッタの突然の失踪について質問をするために、いつもの密使と落ち合うよう
手配していた。アンリエッタの失踪は、自分の知らないところで行われたアルビオンの陰謀なのか、
はたまた第三勢力の仕業なのか、見極めて身の振り方を考えねばならないと、彼は焦っていた。
自分の保身のために必死なのである。
顔パスで劇場に入り、検閲のための専用の席に座る。場内の客は、若い女性に人気の演目なので
そればかりだが、今日は珍しく、最前列席に男性が座っていた。誰かの連れだろうが、気にするところではない。
演劇が開幕しても、待ち人はなかなか来ない。苛立ちを覚えていると、深くフードを被った女性が
隣に腰掛けた。リッシュモンは小声でたしなめる。
「失礼。連れが参りますので。他所におすわりください」
しかし女性は席を立たず、それどころかリッシュモンに話し掛けた。
「観劇のお供をさせてくださいまし。リッシュモン殿」
フードの中の顔に気づき、リッシュモンは目を丸くした。失踪したはずのアンリエッタその人であった。
「これは女が見る芝居ですわ。ごらんになって楽しいかしら?」
とぼけたように問うアンリエッタに、リッシュモンは落ち着き払った態度を取り戻して返答する。
「つまらない芝居に目を通すのも、法院長の仕事ですから。そんなことより陛下、お隠れになったとの
噂でしたが……。ご無事でなにより」
「劇場での接触とは……、考えたものですわね。あなたは高等法院長。誰もあなたが劇場にいても、
不思議には思いませんわ」
「さようで。しかし、接触とは穏やかではありませんな。この私が、愛人とここで密会しているとでも?」
リッシュモンは笑った。しかし、アンリエッタは笑わない。狩人のように目を細める。
「お連れのかたなら、お待ちになっても無駄ですわ。切符をあらためさせていただきましたの。
偽造の切符で観劇など、法にもとる行為。是非とも法院で裁いていただきたいわ」
「ほう。いつから切符売りは王室の管轄になったのですかな?」
アンリエッタは緊張の糸が途切れたように、ため息をついた。
「さあ、お互いもう戯言はやめましょう。あなたと今日ここで接触するはずだったアルビオンの
密使は昨夜逮捕いたしました。彼はすべてをしゃべりました」
アンリエッタは一気にリッシュモンを追い込んだが、リッシュモンは余裕の態度を崩さない。
「ほほう! お姿をお隠しになられたのは、この私をいぶりだすための作戦だったというわけですな!
私は陛下の手のひらの上で踊らされたというわけか!」
「わたくしにとっても不本意ですが……、そのようですわ」
リッシュモンは邪気のこもった笑みを浮かべた。ちっとも悪びれない態度に、アンリエッタは
強い不快感を覚えた。
「わたくしが消えれば、あなたは慌てて密使と接触すると思いました。『女王が、自分たち以外の
何者かの手によってかどわかされる』。あなたたちにとって、これ以上の事件はありませんからね。
慌てれば、慎重さはかけますわ。注意深いきつねも、その尻尾を見せてしまう……」
「さて、いつからお疑いになられた?」
「確信はありませんでした。あなたも、大勢いる容疑者のうちの一人だった。でも、わたくしに
注進してくれた者がおりますの。……信じたくはなかった。あなたがこんな……。王国の権威と
品位を守るべき高等法院長が、このような売国の陰謀に荷担するとは」
あまりの裏切りに、アンリエッタは目がくらむ思いでさえいる。幼い頃より自分を可愛がってくれた
人間の本性がこれとは……。しかし、立ち止まる訳にはいかない。自分の使命を果たすと、グレンに
誓ったのだ。毅然とした口調で、リッシュモンに告げる。
「あなたを、女王の名において罷免します、高等法院長。外はもう、魔法衛士隊が包囲しております。
おとなしく、逮捕されなさい」
リッシュモンはまるで動じない。そればかりか、舞台を指差して、さらにアンリエッタを
小ばかにした口調で言い放つ。
「野暮を申されるな。まだ芝居は続いておりますぞ。始まったばかりではありませんか。
中座するなど、役者に失礼というもの」
リッシュモンが手を打つ。すると、今まで芝居を演じていた役者たちが……、男女六名ほどであったが、
上着の裾やズボンに隠した杖を引き抜く。そしてアンリエッタめがけて突きつける。
若い女の客たちは、突然のことに震えてわめき始めた。
「黙れッ! 芝居は黙って見ろッ!」
激昂したリッシュモンの、本性をあらわした声が劇場内に響く。
「騒ぐやつは殺す。これは芝居じゃないぞ」
辺りが静寂に包まれる中、アンリエッタは静かにつぶやく。
「役者たちは……、あなたのおともだちでしたのね」
「ええ。私の脚本はこうです。陛下、あなたを人質にとる。アルビオン行きの船を手配してもらう。
あなたの身柄を手土産に、アルビオンへと亡命。大団円の喜劇ですよ」
「あいにくと、悲劇のほうが好みですの。こんな猿芝居にはつきあいきれません」
「命が惜しければ、私の脚本どおりに振る舞うことですな」
リッシュモンが脅しを掛けた時、劇場内に、場違いなあくびが響いた。
「ふぁ~あ」
「! 何だ! そこの男、勝手に立ち上がるんじゃない! 私の脚本の芝居中だぞ!」
見ると、最前列の男が伸びをしながら席を立っていた。呑気にも今まで眠っていて、状況に
気づいてないのか? ともかく、妨害が入ったことにリッシュモンは怒る。
しかしうつむき気味の男は、杖を突きつけられていることも意に介さず、リッシュモンに言い返した。
「あんたの脚本だぁ? じゃああんた、相当才能がねぇんだな。あんまりにも退屈なんで、
寝ちまったよ。これで金取ろうなんて、笑っちまうぜ」
「な、何だと!?」
「役者も下手くその大根ばっかりだ。ウェザリーの指導を受けた俺の方が、よっぽどいい演技するぜぇッ!」
男は一足飛びで舞台に上がり、リッシュモン配下のメイジたちに飛び掛かった。まさかの行動に
驚いたメイジたちが対応できないでいるわずかな間に、六人全員を素手で蹴散らした。駄目押しに、
杖もへし折る。
「ほらな。俺の方がいい演技だろ」
顔を上げた男……グレンが、リッシュモンに不敵な笑みを向けた。
「なッ、ウェールズ!? ……いや、貴様は噂に聞いた、ウェールズ似の流浪の傭兵、グレンか!
素手で腕利きのメイジも圧倒する、メイジ殺しの……!」
「え? 俺ってそんなに有名になってんの? いやぁ、照れるな~」
舞台の上でカラカラ笑うグレンを直視し、リッシュモンは驚愕で固まった。アンリエッタが言う。
「本来彼をお連れする筋書きではなかったのですが、あなたの非道が許せないと、劇に加えることを
頼み込まれましてね。せっかくなので、こうして主演男優をお任せしたのです」
「何! 本来の筋書きではない……では!」
予感を覚えたリッシュモンが辺りを見回すと、おびえていたはずの女性客たちが隠し持っていた
短剣を抜き、一斉にリッシュモンを取り囲んで突きつけた。全員、銃士隊の隊員たちであった。
「お立ちください。悲劇のカーテンコールですわ。リッシュモン殿」
アンリエッタが冷たい声で告げると、グレンが打ち消した。
「違うぜアンリエッタ姫さん。こいつは勧善懲悪の大活劇だぜ!」
リッシュモンはゆらりと立ち上がる。そして高らかに笑いながら、ゆっくりと舞台に上る。
周りは銃士隊が取り囲む。怪しい動きをすれば取り押さえる態勢であった。
「往生際が悪いですよ! リッシュモン!」
「ご成長を嬉しく思いますぞ! 陛下は立派な脚本家になれますな! この私をこれほど
感動させる芝居をお書きになるとは……。しかしながら、私の脚本にはまだ続きがあるのです」
「何ですって?」
この状況で、まだ出来ることがあるというのか。アンリエッタは目を細め、銃士隊も警戒を一層強める。
「陛下、お喜びを。ここからは、あなたのお好みの悲劇ですぞ!」
リッシュモンはマントの裏から、両手で何かを取り出した。杖ではない。球体を乗せた
船のような形状の、奇怪な物体。銃士隊は虚を突かれ、一瞬固まる。
それが事態の分かれ目だった。直後に、劇場は激しい揺れに包まれる。同時に怪獣の鳴き声が、足元から。
「キィィィィッ!」
「!? やべぇッ! アンリエッタ姫さん、全員外へ!」
「は、はい!」
グレンが指示を飛ばして、銃士隊を外へ走らせるが、脱出し切る前に劇場の床が突き破られ、
二つの頭を持つ赤い怪獣がせり上がってきた!
「きゃあああぁッ!」
「危ねぇッ!」
崩落に巻き込まれそうになるアンリエッタへグレンが飛びこむ。そして、劇場は下から現れた
大怪獣に突き破られ、粉々に破壊された。
「キィィィィッ! キィィィィッ!」
劇場の瓦礫を蹴散らして、真っ赤な体色の双頭の怪獣がトリスタニアに踏み出す。当然街は大パニック。
その中で、子供が怪獣を指差してこう言った。
「あいつ、前に街に火を放った奴にそっくりだ! 復讐に来たんだ!」
子供の言う通り、怪獣の正体は、最初の宇宙人のハルケギニア侵攻の際に、ゼロに首を落とされて
敗れたパンドンの遺伝子を改良して再生させた強化体であった。
『生まれ変わったパンドン、ネオパンドンよ、行けぇッ! 人間どもに火炎地獄を見せてやるのだ!』
虚空の狭間に身を隠しているヒッポリト星人が、トリスタニアに進撃を開始するネオパンドンに命令を下した。
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