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#navi(ゼロと魔砲使い)
&setpagename(第39話 機神)
その問いかけは、あまりにも重かった。
万単位の命を両側に乗せた天秤。現在釣り合っているそれを、どちらか取り除かねばならない。
どちらを選ぶも地獄。そして相手は、生きることではなく、その地獄こそを望んでいる。
その選択を突きつけられたとき、なのはははっきりと彼の狂気の有り処を理解した。
彼の狂気はこのような虐殺を企てたことではない。それはどんなに非道でも、そこにはきちんとした理由がある。
だが彼はもはや、長き思索と実験の果てに得られた結論を疑うことが出来なくなっている。
それこそが彼の狂気。変われないのではなく、変えることが出来ない思い。
ここにもはや言葉はない。そこにあるのは従うか拒絶するかの二択。
他の道はすべて封じられている。
なのはは考える。
はっきり言おう。選ぶ道などはじめから一つしか無い。
なのはの辞書に、守るべき者を犠牲にするなどという項目はない。故に道は撃破一択。
そして今のなのはにそれは可能な事実であった。
思考するのはその手段。
この世界において、なのはの魔法が持つ『非殺傷』の効果は、一部のマジックアイテムを破壊する力がある。特にこの世界特有の、魔力を固めたような存在にことのほか有効な。
魔法で生み出されたゴーレム、そして……風石。
非殺傷砲撃は、フネの燃料たる風石のみを破壊することが可能だ。
だがそこに、非情の言葉が届けられる。
「そうそう、一つ付け加えておかねばならぬ事があった……お前達が我々の撃破を選択したならば、下手な情けは無用。我々を塵一つ残らず破壊することだな。
何せこのフネは弾薬を満載している。下手な手加減をして墜落したら、この高さでも間違いなく誘爆するぞ」
それを聞いたアルビオン側の人間は、一様に思った。
――絶対何か仕掛けをしている――
あの狂王が、ここまでの大仕掛けで中途半端なことをするはずがない。自分たちが落とされた場合にフネが大爆発するくらいの仕掛けは絶対にしている。
そしてそこに思い至った人間の中に、当然なのはもいた。
(彼がこの場で嘘を言う理由はない……ましてや彼はおそらく私の砲撃の威力も、ご主人様の魔法の威力も聞き及んでいる……だとしたら)
なのはは思い悩む。
が……その時間は短かった。
元より道はないのだ。
悲しいことだが、ここでためらえば味方に無用な犠牲が出る。
そこまで考えたとき、なのはは自分の主が杖を取り出そうとしていることに気がついた。
「ご主人様?」
「なのは」
「ナノハ」ではなく、「なのは」。
それは微妙すぎる違いだが、何故かなのはには違って聞こえた。
「あなたの気持ちはうれしいけど、これは私のなすべきことよ」
それは揺るぎなき決意。すべてを見据えた意思。
それはなのはにも、いやというほど理解出来る心。
でも。
次の瞬間、なのはの敬愛する主は、くたりと崩れ落ちた。
なのはの、影からの魔法の一撃によって。
「本来なら私は、ご主人様の意思を尊重すべきだと思います」
気を失っている主に語りかけるように、なのはは独りごちる。
そして主の体を、周りにいる兵士に預けつつ、彼女は続ける。
「ですが、それがご主人様の命を縮めると判っていて、見過ごすことは出来ません」
なのはには判っていた。
虚無の魔法の術式をミッド式の理論で解析した場合、そこにはあるべきリミッターが掛かっていないことに。
それこそなのはの持つ最強攻撃、ブラスター3解放時のように、リンカーコアから必要な魔力を文字通り比喩でなしに搾り取ることに。
それが意味することは、やはり文字通りの、命を削る行為。
自分がかつてゆりかご事件の時に受けた後遺症の、何倍も重い障害。
そうなると判っていて、それを通せるなのはではなかった。
そしてジョゼフではないが、そうなった主が言葉による説得など聞き入れないことも、なのははもう理解していた。
それ故の強硬手段。
「皆さん」
主がその場にいる重要人物たちに保護されたのを確認したなのはは、なすべきことのために必要なことを語る。
「議論の余地などありません。私は、私にとって大切なもののために、狂王を討ちます」
その宣言と同時に、ジョゼフの方をにらむように見るなのは。
「本来ならば、これは我が主たるヴァリエールの役目。されど、虚無の魔法は多大なる負担を求めます」
なのはは視線をジョゼフから、いったん数多の兵たちを見渡した後、主たるルイズに合わせる。
「今の我が主がかつてのように、あの大船団を討ち滅ぼすような大魔法を使えば、命に関わるのは必定。故に私がそれに代わります」
そこで再び視線をジョゼフに向ける。そしてそのまま、背後にいる人々に語りかける。
「申し訳ありませんが、皆私の周りから離れてください。私がその力を振るえば、この地はサハラのような、不毛な大地に変わってしまうでしょうから」
その言葉と同時に、なのはの姿が変わる。なのはの持つ最強最大の力を発する、リミッター完全解除の姿に。
そしてなのはの言葉に従って、アルビオン軍はその戦列を後退させる。
だが大軍の移動には時間が掛かる。
それ故、長い空白の時間が訪れた。
数時間にもわたる空白の間、なのはとジョゼフは、ただお互いを見つめていた。
二人の間には、もはや語る言葉はなかった。
おそらく二人とも、時の経過というものを意識していなかっただろう。
なのはの耳に、風魔法による伝言が届くそのときまで。
――退避、完了しました。
実際、短いその伝言が届いて、初めてなのははそれだけの時が経っていることを自覚したほどだ。
無言のまま、なのはは愛機にして相棒たる、レイジングハート=エクセリオンの先端をジョゼフの座す旗艦に向ける。
――巨大な、今までとは桁違いに巨大な魔法陣が、なのはを中心として展開される。
桃色の光を放つそれが展開されると同時に、なのは自身がその魔力光の色である桃色に輝き始める。
レイジングハートの先端に至るまで極光に染まったなのはが構えをとると同時に、周辺にも異変が起こる。
――大地が鳴動を始めた。
重力の軛を離れたかのように地が捲れ、岩が浮かぶ。
だが浮かび上がった岩は、力尽きたかのように砕け、その姿を細かい砂へと変えていく。
草も、わずかに生える木も、例外ではなかった。
なのは以外の何もかもが、砂へと還る。
桃色の光とともに。
その光景は、敵味方、すべての兵たちの心に刻み込まれた。
「滅びの、光……」
誰かが、ぽつりと言葉を漏らす。
その言葉は、さらなる言葉を呼び起こしはしなかったが、一つの認識をさざ波のように広げていった。
これは、地上の奇跡。神の断罪。
本来、地に生きるものに触れられるものではないのだと。
なのはは、慌てなかった。ジョゼフの艦隊は、かつてニューカッスルを襲ったものよりも遙かに大きい。
しかもそれを、完全抹消する覚悟で撃たねばならないのだ。
それも、ただの一撃で。
今のなのはが蓄積する力は、かつてヴィヴィオを救ったときよりも、ニューカッスルを救ったときよりも遙かに大きい。
もはやなのはの方を見ても、そこにいるのは人ではない。
桃色の極光だ。
いや。
桃光の巨人だった。
なのはを保護するように働くガンダールヴのルーンはなのはの体を正確に覆うように発動する。
そしてなのはの力の増大とともに比例して風船のようにふくれあがっていた保護力場が、特性的になのはの姿を拡大する形で形成されたため、まるでなのはが巨大化したかのように見えていたのだ。
その光景は、何重もの意味合いを持って、一つの終焉を象徴していた。
断罪の光がほとばしるとき、その眼前から逃れるものは何一つないであろう。
それを正面から見据えるものも。
それを背後から見据えるものも。
ただ、その時を、じっと待っていた。
そして、ついに時は満ちる。
限界の限界。
吸収しきれるだけの力を蓄えた、と、なのはも、レイジングハートも、そしてガンダールヴのルーンも認識した瞬間。
なのはは、改めて討ち滅ぼす相手に対して身構えた。
それを向けられたジョゼフは……笑っていた。
嗤っていた、ではない。笑っていた。
彼は確信していた。
これほどの脅威、これほどの重圧、そして、これほどの神話的光景。
間違いなくこれは伝説、いや、神話となる。
いかなる創造者の枷とて、この光景の前にはひとたまりもあるまい。
自分はもうその光景を見ることは叶わぬであろうが、間違いなく時代は変わる。
歴史が、山のような不動の歴史が、今こそ動く。
そのための道連れになる臣民たちは少々気の毒だが、それを気にするのは今更である。
所詮自分は狂王。それについてくることを決めた時点で、もはや手遅れ。
まあ、恨み言はあの世で聞くか。
彼がそう思い、断罪の時を待っていたその時。
なのはが覚悟を決め、非殺傷解除された極限の一撃を解き放たんとする、まさにその時。
――天が、割れた。
それは比喩などではない、文字通りのことだった。
虚空に走る、闇の線。
どおおんという音のように感じられる、音としてはもはや聞こえない重低音の振動。
巻き起こる突風。叩き付けられるような、上からの風。
その風圧は、すべての兵をなぎ払い、すべてのフネを地に墜とした。
もしフネが、常のような航海高度をとっていたら、その一撃で全滅したことは間違いない。たまたま会談のために、地表すれすれ、着底寸前にまで高度を下げていたが故に、安定を崩しただけですんだ。
かなり激しく揺さぶられたものの、転覆したフネはいなかった。
地に腹をこすりつけ、損傷を負ったフネは多数出たが。
両用艦隊故、水中船同様の構造をとるこれらのフネは地に降りられない。
それがかえって被害を押さえることになった。
空高くでも、地に泊まっていても、多大なる被害を受けたことは間違いない。
地表ぎりぎりで木の葉のように風に逆らわずに吹き飛ばされたが故の僥倖であった。
「一体、何事だ……」
危うくフネから投げ出されそうになる寸前、シェフィールドによって保護されたジョゼフは、急に暗くなった空を見上げて、心の底から――おそらく生まれて初めて――驚愕した。
空に、巨大なフネが浮かんでいた。
間違いなくかつてのレコン・キスタ旗艦となったレキシントンを越えている。
加えて、そのフネは明らかに全身金属製であった。
ハルケギニアに総金属製のフネは未だない。
そんな巨大な存在が、いきなりどこからか出現したのだ。
これはもはやジョゼフの知識を越えていた。
文字通りの、想定外。
ふと気がついて、この場のもう一人の主役たる、タカマチナノハの方を見る。
ついでにシェフィールドに命じ、彼女の言葉を拾う。
集音の魔道具を発動させたことにより、なのはの話し言葉や周辺の音がジョゼフに届くようになる。
そんなジョゼフの耳に飛び込んできたのは、なのはの驚愕の声。
だが、その言葉の内容からすると、その驚愕の意味はジョゼフのそれとは大きく違っていたようだ。
彼女はこう言っていた。
「嘘……何で、アースラが?」
そう、彼女はどうやら、あれがなんだか知っているようだった。
(我が計略はやり直しだな。彼女から話を聞かないことには)
そう思い、ジョゼフは拡声の用意をシェフィールドに頼もうとし……続いて起こったことにさらなる驚愕をすることになった。
宙に浮かぶ巨大な黒鋼のフネから、光が飛び出してきた。
一瞬落ちるような動きの後、ひとかたまりの光は、金色と虹色、二つの光に分かれる。
やがてだんだん大きくなる光は、なのはの方へとかなりの速度で近づいていく。
そして、それに反応した存在が二つ。
一人は自分の傍らの人物。
ビダーシャルが、いきなりかの光に向かって突撃していった。
見れば、他のフネに乗っていたエルフの戦士たちもそれに続いている。
一方、アルビオンの側からは、一頭の竜が飛び立っていた。
背に二人の人間を乗せている。
よく見てみれば、それはあまりにも特徴的な服装をした人物……教皇聖下その人であった。だとすればもう一人はヴィンダールヴであろう。
神の右手に操られた竜が、教皇を乗せてかの光……ひいてはなのはの元に向かっている。
それを見たジョゼフの口から、思わず言葉が漏れた。
「いかん、出遅れた」
思わずシェフィールドも絶句してしまい、さらに一歩出遅れたのはここだけの話。
時は少し戻る。
「緊急! 高町一等空尉の魔力反応感知! 座標確定しました!」
「突入演算開始! あと、全要員に呼び出しを!」
八神はやて副提督は、提督代理として座っていた提督席から立ち上がると、矢継ぎ早に命令を下していく。
長い待機状態にあった時空航行艦アースラが、ゆっくりと、しかし迅速確実にその目を覚ましていく。
わずかの間にブリッジ要員は完全充足状態になり、アースラの全機能が覚醒する。
そして艦橋に到着したクロノははやてに代わって提督の位置についた。
「計測魔力増大中! これは……まるで充填中のアルカンシェル並みです!」
「魔力総量SSSオーバー!」
次々と上がってくる報告からは、不安しか生じない。ただの人間でしかないなのはが、人の限界をぶっちぎった魔力を放出しているというのだ。
彼女にただ事でない何かが起きているのは確実だ。
だが、焦っても何もならない。求める報告はただ一つ。
「座標確定! 時空間同調開始!」
「推定出現位置、大気圏内になります!」
待望の報告を受け、提督たるクロノは、一息おいて全体に指令を発する。
「これより本艦は、次元転移による強行突入を行う! 大気圏内突入になるため、かなりの反動が見込まれる。各要員は安全確保開始。完了次第、突入をかける。
なお、これは時空転移であり、突入時期によって相手側への出現時間が変動することはほぼない。急いだところで到着時刻は変動しない。確実に安全確保をせよ」
少ししてクロノの前に安全確保報告用のホロディスプレイが浮かび上がる。
画面上に緑色の四角がぽつぽつと浮かび始め、それは急速に光の塊になったかと思うと、完全な緑の一枚板となり、その直後「COMPLETE」の表示に変わる。
「準備完了! いつでも行けます」
「次元転移準備。転移直後から、観測班は出現環境観測開始。各種センサー・サーチャー展開準備」
「問題ありません!」
報告が完了し、すべての準備が整ったことを確認したクロノは、その命令を発した。
「転移開始! 高町なのは一等空尉を迎えに行くぞ!」
転移はわずかな時間で完了した。だが、いきなり大気という、流動性はあるがれっきとした実体あるものを押しのけて割り込んだため、アースラは大気圧という強大な反動にさらされていた。
強引に大気を割る衝撃が、空力をあまり考慮されていないアースラの船体を激しく揺るがす。
「光学センサー異常なし!」
「サーチャー射出機構に異常あり、射出シーケンス一時停止します」
「魔力センサー大破、サーチャーによる探査に切り替えを要請します」
次々に上がってくる報告を、クロノをトップとするブリッジ要員が次々に捌いていく。
やはり無理をしたツケは大きく、埋め込み式だった光学式外部カメラ以外のセンサー類がほとんど死んでいた。
やむなくサーチャーを展開させようとしたものの、射出用システムに軽微なトラブルが発生。
「こりゃ誰か外に出さないとあかんか……」
「しかし全く未知の世界に詳細分析なしでともいかないしなあ」
はやてとクロノが困った顔で相談する。
「うちの子たちがいれば頼んだところやけど」
はやてが自分の家族を思いつついう。はやての家族である守護騎士たちは、ほぼ完全に人同様であるが。同時にそれは人ならざる存在である。
プログラム体である彼女らは人同然であっても年をとらず、未知の環境に対しても圧倒的に強い。
特に病原菌などはほぼ完全に無効化出来るといってもよい。
そんな彼女たちは、今回常にはやての護衛として控えるザフィーラ以外全員が待機となっていた。
もともとクロノとはやてだけでもかなりの過剰戦力だ。それに加えてフェイトがいると、エース級の保有枠がほぼ一杯になってしまう。これに加えて守護騎士たちを引き入れるのはクロノでも無理であった。
というかフェイトを入れるのにもかなり無理をしている。
「仕方ない、ザフィーラを説得するわ」
ザフィーラははやての個人的な護衛であるため、こういう最前線の場でははやてから離れることを好まない。
命令することは簡単だが、はやてはそれをきつく戒めている。
それがはやての矜持であるが故に。
だが、そんな二人の懸念は強引にぶちこわされた。
「き、緊急!」
最優先での緊急報告がクロノの元に届く。
「フェイト執務官が、ヴィヴィオさんを伴って外に!」
「あのあほんだらっ!」
反射的にはやてが怒鳴る。ちなみにハラオウン執務官でないのは、クロノとの混同を避けるため、今回このような場合彼女は「フェイト」名義で通達することになっていたからである。
クロノも以前執務官であったため、万一の混同を避けるための処置であった。
「フェイトちゃんらしい気のせき方だけど、いくら何でもまずいやろ!」
「あいつらしいが、後で厳罰だな」
親友および妹の行状にため息をつく副提督と提督。だが今できることは全体の監督と馬鹿妹の監視くらいである。
だがその直後に入ってきた報告に、二人は蒼褪めることになる。
「サーチャー展開完了……空間魔力量異常! まるで魔力炉の中並みです!」
「な!」
それはクロノにとっても予想外の報告だった。
光学モニターは生きているため、アースラは眼下の様子は見て取れていた。
たくさんの人と、何故か地上にいる外洋船の群れ、そしてその中心の砂地で、膨大な魔力を放っていたなのはの姿。
フェイトが暴走したのも、そのなのはの姿を見たからなのは容易に想像出来る。
たが、それ故に見落とした。
外部環境が、人が生きるには致命的である可能性を。
なのはが普通(というには微妙だが)に立っていられる世界なら、その要素はないものだと無意識に思い込んでいたのだ。
だが。
眼下の「人」がこの異常な魔力量に適応しているのなら。
そしてなのはもまたどうにかしてそれに適応していたのなら。
フェイトとヴィヴィオは、それと気がつかずに猛毒の霧に突っ込んだに等しい。
意外だが、ヴィヴィオはそれほど心配ないかもしれない。
聖王の器としてのレアスキル、聖王の鎧(カイゼル・ファルベ)。Sランクの砲撃すら防ぐというその防御力なら、このような環境異常にも耐性を持つ可能性がある。
しかもかのスキルは自動発動、彼女に危機が迫ったとき本人の意思を越えて発動する。
しかしその防御が及ぶのはあくまでも本人のみ。フェイトにはその力は及ばないのだ。
だが。
この事態は、意外な方向に展開した。
(え、なに、これ……)
モニターで見たなのはの姿に、待機していたフェイトは反射的にヴィヴィオを伴ってアースラから飛び出してしまった。
本来なら安全確認する前の未知の世界に飛び出すのは厳禁であったが、なのはがいる以上大丈夫、無意識的にそう思ってしまった。
だが、アースラからこの世界の空に出たとたん、フェイトは激しいめまいに襲われた。
ヴィヴィオも手の中から離れてしまう。そのヴィヴィオはフェイトの眼前で7色の光を放つと同時に、10代くらいの少女へとその姿を変えている。
聖王の鎧の自動防御。
そのことを知るフェイトは、少し安堵する。あれが発動するのなら、危険はあっても彼女が害されることはない。だが自分は……
そう思う自分の耳元に、思わぬ声が聞こえた。
「Emagency Mode」
それは自分の愛機、バルディッシュ・アサルトの声。
同時に自分のバリアジャケットが変形する。
何かと言われていた露出多めのデザインが、その隙間を埋めるかのように広がる。
ダイバースーツのように肌に密着したデザインなので、どことなくエロいのは変わらなかったが。
そして口元をカバーするようにマスクが展開され、さらに背中の部分に圧力を感じる。
肩越しに見てみると、なんと金色の光で翼のようなものが形成されていた。
ただ、この翼は静的なものではなく、まるでジェットエンジンのように光を噴出していた。
「バルディッシュ、これって」
「特定条件下で解放されるエマージェンシーモードです」
バルディッシュとは十年来のつきあいだが、フェイトはそんなモードがあるなどと全く知らなかった。
「いつの間に設定したの?」
そう思って聞いた質問の答えは、あまりにも意外だった。
「私が生誕したときより存在しています」
「え?」
意外すぎて、思わずそう聞き返してしまった。
「生まれたときからって……それじゃ、リニスが?」
バルディッシュの制作者は、プレシア・テスタロッサの使い魔であったリニスである。
だが、さらに意外なことに、バルディッシュはそれを否定した。
「いいえ、このモードの設計者は、プレシアです」
「母さん、が?」
その疑問に対する答えは、予想外でありながらひどく納得出来るものだった。
「このモードは、重大な環境変化に対して発動します。特に現在のような、過剰魔力環境に対しては製造者特権最優先で。これは、魔力炉の暴走などにより空間に過剰魔力が満ちあふれたとき、マスターを保護するための機構です」
それ以上の説明は必要なかった。
プレシアの真なる娘、アリシアは魔力炉の暴走事故による高濃度魔力中毒で死亡している。
そして時の庭園にも、魔力炉は存在した。
そういうことなのだろう。
思わぬ時に、思わぬ理由で、母に救われた。
それだけでフェイトの胸は一杯だった。
だが、そんな感動に水を差す無粋な声がした。
「フェイト、無事か? それと、その姿は?」
「あ、兄さん……提督」
思わず兄さんと答えてしまい……任務中なのを思い出して慌てて訂正するフェイト。
「とりあえず私もヴィヴィオも大丈夫です。この姿は、高濃度魔力環境に対応したエマージェンシーフォームです」
「エマージェンシー……いつの間に」
クロノもフェイトと同じ感想を持ったようだった。
「母さんがバルディッシュに入れておいたものだそうです」
「……そうか」
それだけでクロノには伝わったのがフェイトには判った。
クロノは少し遠くを見るような目をした後、表情を引き締めてフェイトに告げた。
「今更止めても止まらないだろうから、許可する。なのはのところへ行け。ただし、後で説教だ。それと、行く前にその術式を転送してくれないか? それがあれば、短時間で我々も外に出られる。
気づいていなかっただろうが、この世界の空間魔力量は、それこそ魔力炉の中心並みだ。そのエマージェンシーモードがなかったら、間違いなく姉と同じ死に方をしていたぞ」
「……気をつけます」
その場で術式を転送しながら、フェイトは答えた。そしてヴィヴィオとともに、眼下を見る。
モニターから見えていた莫大な魔力光は霧散している。高度的にまだ豆粒のようだが、
砂地の中心に、遠目にも判る親友の、そして母の姿があった。
転送終了の合図がなるとともに、二人は探し求めた人の元に駆けつけた。
だが、その光景は、地上からは全く別の意味に受け取られていた。
「なのは!」
「ママ!」
あまりの風圧に耐えきれなくなり、転がっていたなのはの元に文字通り飛んでくる親友と愛娘。
なのはもそれを迎えるように上体を起こして手を振る。
「フェイトちゃん! ヴィヴィオ!」
フェイトは少し見慣れない格好で、ヴィヴィオは聖王形態だったけど、そんなことは関係ない。
ようやく再会出来たのだ。
と、その時、なのはは遠目に見えていた艦隊の方から、こちらに向かう人の、いや、人々の姿に気がついた。
遠すぎてよくは判らないが、かすかに判別出来るシルエットからすると、その先頭にいるのはビダーシャルのようだった。
だとすると、あまり平和的な意図で向かってくるのではなさそうだった。
「二人とも、少しそこで待ってて!」
なのはの言葉に、反射的にその場にとどまるフェイトとヴィヴィオ。
なのはの様子が、明らかに戦闘モードに切り替わっていたからだ。少々突っ走り気味だとはいえ、この辺は十年来の呼吸である。
少しして、なのははこちらに向かってくるのが前方からだけではないことに気がついた。
後ろからも何かが近づいてき来るようだ。それほど親しんだわけではないが、それでも何度か聞いたことのある、竜が飛来するときの風切り音。
タバサがシルフィードに乗っているときに聞いた音だ。
そちらを見ると、やはり小さいながらも、こちらは判別のつくシルエットであった。
「聖下……何やってるんですか?」
思わずそうつぶやいてしまう。教皇聖下ともあろうお方がほぼ単身で突っ込んでくるとは何事だと言いたい。ましてや前方からエルフらしき相手が向かっているこの場に。
だが。
事実はなのはの予想の斜め上に着地していた。
近づくにつれて確認出来たエルフの集団は、なのはが何かをする前に、突然地にひれ伏した。
教皇聖下と彼を運んでいた竜およびその御者も、なのはたちの手前で地に降り立ち、平伏した。
あまりのことに一瞬思考が真っ白になって立ち尽くしてしまったなのはの前で、彼らはその言葉を放っていた。
「「「光栄でございます、大いなるものよ」」」
「始祖の御使いよ!」
とどめであった。
そんな彼らの視線は、宙に浮いたままのフェイトとヴィヴィオに向いていた。
視線を向けられた二人も、何のことかさっぱりである。
だがそこに、だめ押しが来た。
――聞け、地に在る者たちよ。
それは、なのはたちにはなじみのある『念話』だった。
だが、大半のハルケギニアの民には、全く聞き覚えのない、頭の中に直接的に聞こえてくる『声』。
その声は、この場にいるすべての人々の脳裏に響いていた。
そして『声』は続く。
――時が来た。救いの時が。戦いを止めよ。
――大いなる者の僕たるエルフたちよ。今こそ聖地の門が開かれる。
――天より訪れし黒き船にて、代表たる者が我が元へ来たれ。
――人の子らの王、虚無の担い手よ。その使い魔、もしくはそれに代わる者一名と共に、黒き船に乗り、我が元へと来たれ。
――黒き船の長よ、地の代表と共に、我が元に来たれ。汝らが望みし事は、それにて叶わん。
地に生きる者にとっては、それはどう考えても『神の声』にしか聞こえなかった。
……そして、それは同時に、機械仕掛けの神の降臨でもあった。
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