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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
魔法学院の敷地内で『風』の塔と『火』の塔の間にある中庭、ヴェストリの広場。
そこは今、決闘の噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっていた。
貴族と平民……それも使用人の少女の決闘という、前代未聞の組み合わせ。
多くの観衆は始まる前から、ざわざわと話し合っていた。
「二年のギーシュが決闘するぞ! 相手は平民のメイドらしいが…」
「何でもミスタ・グラモンの不義がばれたことが原因で因縁を吹っかけられたそうよ…、可哀想に」
「いや、聞けばあのメイド、使用人の分際でギーシュを正面から非難したらしいぜ」
「そうさ! ギーシュ、あの生意気なメイドに立場を弁えさせてやれ!」
ギーシュは薔薇の造花の杖を弄びながら不機嫌そうにしていたが、声援を送られると気を取り直して片手をあげてそれに答えた。
こんな展開は不本意だったが、こうなってしまった以上は仕方がない。
観衆はかなり湧いているようだし、ここで華々しく活躍すれば貴族の矜持を守ったということで自分の評判も持ち直すだろう。
あの少女には気の毒だが、公然と貴族を批判した向こうにも非はある。
すこしばかり痛めつけて降参の機会を与えれば、こちらは慈悲深く振る舞った、あちらは貴族相手によく頑張った、ということでお互い面目が立つだろう。
ギーシュはそんなふうに算段を立てながら、薔薇の造花を掲げて宣言する。
「諸君! 決闘だ!」
その宣言を受けて、いよいよ始まるぞと周囲の興奮が更に高まった。
ギーシュは自分に歓声を送ってくれた者たちに腕を振って答えつつ、漸く決闘相手の方を向いた。
「……とりあえず、逃げずに来たことは誉めてあげよう」
「私は自分でしたことの責任を負わずに逃げたりはいたしません」
「ふん、相変わらず口の達者な平民だな、君は」
降参して非礼を詫びれば無かったことにしようと提案することも一瞬考えたが、この様子ではどのみち受け入れそうもない。
なにより、ここまで場が整っているのに今更やめるといっても観衆が収まるまい。
見ればあのメイドは貧相な皮の鎧らしきものを身に纏い、武器を携えてきたようだ。
だがそんなものなどメイジの前では問題外、蟷螂の斧も同然である。
実際にその斧を持つ敵と対峙した経験などなかったが、ギーシュはこの世界の常識としてそう考えていた。
観衆の大部分も同様であり、シエスタの武装を見て野次や嘲笑を飛ばしている生徒が大勢いる。
「武器か。平民どもがメイジに一矢報いようと磨いた牙……、
だが君のそれは随分と貧相なんじゃないかね?」
ギーシュのからかうような言葉に周囲からどっと嘲笑が巻き起こる。
シエスタはそれを黙殺するとギーシュを睨み返した。
「まあそんなちゃちな代物で僕に対抗できるというのならして見たまえ!
……ああ、ところで」
ギーシュは視線をシエスタから、その少し後ろについてきている亜人の方に移す。
「ルイズの使い魔君、君はそんなところで何をしているんだね。
これは僕と彼女の決闘だ、見物ならもっと離れていたまえ。
それとも…… 君が彼女に代わって決闘を受けるとでもいうのかい?」
半ば冗談だが、ギーシュはもし仮にこの亜人が決闘を受けても何ら問題はない、と踏んでいた。
いやむしろ、本当に交代してくれるならその方がいいかもしれない。
先程の授業や食堂での様子から見て魔法は多少使えるようだが、先住魔法使いの亜人とはいえ所詮は子ども。
あんな小さな子に、一体何ができようか。
加えて土壇場で代役を立てたとなれば所詮は平民、情けない奴だということで、向こうに非があるという印象がより強くなるだろうし。
それに対してディーキンやシエスタが何か返答する前に、観衆に混じっていたルイズが声を上げる。
「ちょっとギーシュ、何言ってるのよ!
ただでさえ禁止されてる決闘なんか吹っかけて、その上ディーキンまで巻き込もうっていうの?」
「おおルイズ!
いやいや、別に無理に君の使い魔と戦おうってわけじゃないさ。
もし本人がその気なら、貴族として堂々と受けて立とうというだけだよ。
……ついでにいえば、禁じられてるのは貴族と貴族の決闘であって、平民や使い魔との決闘を禁止する規則はないはずだが」
ぐっと言葉に詰まりながらも、更に何か言おうとするルイズをディーキンが制した。
「ルイズ、別にディーキンは決闘とかをする気はないの。
ディーキンはただ、ちょっとその、ギーシュさんにお願いがあるだけだよ」
「ほう、なんだね?
いまさらそのメイドを許せとでもいう気かい?」
「ああ、いや、そうじゃないの。
決闘するっていうのはシエスタが決めたことだし、やめてとか代わってとかいうつもりはないよ。
でもディーキンだって瓶を拾ったわけだから、シエスタだけに戦わせたくもないの」
「……つまり、何が言いたいんだね?」
怪訝そうな顔をするギーシュを見て、ディーキンはちょっと首を傾げる。
「ギーシュさんはさっき、ええと……、その、薔薇は女性のために咲くものだって話してたよね。
なら、あんただって仲良しの女の人がこれから戦うって言ったら何かしたいって思うでしょ?」
ギーシュはその言葉にぎくりとした。
名誉のためとはいえ、平民とはいえ女性を傷つけようとしていることは自分でも不本意で後ろめたく思っていた点だ。
もしや観衆の前でそれを追及してこちらの非を鳴らそうとでもいうのか?
「ま、まあ、それはそうだな。
………しかしだ! 今の場合には、いくらレディーと言えども―――」
それを見たディーキンは、(コボルド的には)にこやかな笑みを浮かべた。
ギーシュ自身にもやましい気持ちは十分あるらしい。
引っ込みがつかなくなって本人も不本意に思っているのだとしたら、やはりそう悪人ではないのだろう。
「アア、いや、何か勘違いされてるかもしれないね。
ええとね、つまり、何が言いたいかというと……、ディーキンは、シエスタにはそれに相応しい応援が必要だと思うの」
「………へっ? 応援?」
「そうなの、それに戦いの一部始終を見届けて、それを歌にして語る詩人もね。
ディーキンは、シエスタのために歌うよ。
戦いはしないけど、歌って応援するだけならいいでしょ?
ディーキンはバードだからね、それがディーキンがシエスタにできる一番いいことだと思うんだよ」
「あ、ああ……!なるほど!」
ギーシュはディーキンの要求を理解すると、内心ほっと胸を撫で下ろした。
(なんだ、所詮は子どもだな。
結局ただ単に応援したいってだけか、僕の考え過ぎだったようだ!)
もちろんディーキンは、弱点を追及される事を免れて露骨に安堵したギーシュの内心をその表情や態度から簡単に読み取った。
どうやら自分の要求はすんなり通りそうだ。
「もちろんあんたの事もちゃんと歌に入れるし、ディーキンはウソを歌ったりしないって約束するよ。
あんたが勝ったら、名誉を守るために戦った貴族の歌を作ってみんなに聞かせてあげるつもりなの。
どうかな、ディーキンの応援を認めてくれる?」
この少年の名誉…というか見てくれと体面に固執した性格からすれば、自分を称える歌を作ってもらえるというのは願ってもない話だろう。
ディーキン自身、この戦いの様子は後で歌にしようと思っていたので別に問題ない。
その主役がギーシュになるかどうかは、また別の問題だが。
「ほう……、君の歌がどの程度のものかは知らないが、気が利いた申し出じゃないか。
たかだか平民との決闘に武勇を称える歌とは大げさだが、本式で実にいい!
もちろん歓迎しよう、いい歌を作りたまえ!」
周囲の観衆も、この思いがけない話の展開に喜んで一層沸き立った。
所詮はどの程度の腕があるのかも定かでない子どもの申し出とはいえ、亜人の作る歌など滅多に聞けるものではない。
退屈な学園生活に降ってわいた娯楽に、より一層の余興が添えられたのだ!
「……ディーキン、あんた一体、何を考えてるのよ?」
ルイズは歓声の沸き起こる中、ひとり困惑したような顔で呟いた。
先程、ディーキンはギーシュやあのメイドを説得して止めるために食堂から出ていったとばかり思っていた。
先程の授業中に自分を止めてくれた時のように。
なのに止めるどころかギーシュを称える歌などを作って歌う約束をするなんて、一体なぜ突然そんなことを言い出したのか。
正確には勝った方を称える歌を作るという話だったが、平民では貴族に勝てるわけがないではないか。
食堂ではあのメイドと仲が良さそうだったのに、これではまるでギーシュの味方をして、あのメイドを徹底的に晒し者にしてやろうとしているみたいだ。
説得しに行った先で、あのメイドとひどい仲違いでもしたのだろうか?
(けど、仮にそうだとしても……)
あのディーキンが、果たしてそんなことをするだろうか。
まだ召喚して丸一日も経っていないし正規の契約もしてはいないが、ルイズはディーキンの事を既にかなり深く信頼し、良いパートナーを得たと考えている。
ギーシュの馬鹿げた行動に同調して無力な平民を嬲るようなことをしているとは思いたくないし、思えない。
それに一緒になって決闘の場にやってきて、今も近くに並んで立っている様子。
そしてあのメイドが時折ディーキンに向ける視線からすれば、仲が悪いとは思えない。
というか……、何だかあのメイドがディーキンを見る様子には、説明しにくいがルイズにとって微妙にイライラするものがあった。
だがそんなことを深く考えているような状況ではないので、思考を切り替える。
「……つまり……、何か、理由があるの―――よね?」
こんな悪趣味な決闘など、場合によっては自分もディーキンに口添えして止めてやろうと思っていた。
だが何故かそのディーキンが止めようともせず、今の状況になった。
ならばその選択を信じて、最後まで見届けてみよう。
「相変わらず見てて飽きない子だけど、ちょっと意外ねえ。
メイドと一緒に出てきたときには、てっきりギーシュを止めるのかと思ったけど」
「……………」
キュルケもまた、観衆に混じってこの決闘の様子を見ていた。
彼女は抱えた本を開くでもなくじっと決闘が始まるのを見守っている傍らの友人と、今朝知り合ったばかりの亜人とを交互に見やって首をひねる。
「……意外といえば、あなたも。
こんな騒ぎを自分から見物に来るなんて思わなかったわ」
自分は野次馬根性で見にきたが、この友人はどう考えてもそういうタイプではない。
大方騒ぎには加わらず、人がいなくなって静かな間にこれ幸いと本でも読んでいるだろうと思っていたのだが。
なぜか、誘ったわけでもないのに自分から進んで広場へ同行してきたのである。
「興味がある」
「そりゃまあ、興味があるからこそ来たんでしょうけど……。
あなたがこんな決闘もどきみたいなことに興味があるとは思わなくて」
それに対してタバサは、自分の大きな杖を持ち上げてディーキンの方を差し示す。
「彼が出ていったから」
「え………、ディーキン君?」
小さく頷く友人を見て、キュルケはますます意外に思った。
自分もこの広場へやってきた時に、あの子が決闘の場にいるのを見て思っていたよりも面白いことになりそうだと期待したものだ。
しかしこの友人は、そもそもここに来た理由があの子が出ていったからだ、という。
まあ確かに、あんな変わった亜人が関わるというのならばこの無関心そうに見えて意外と好奇心旺盛で知識欲の強い面もある友人が見に来ても不思議はない。
だがタバサの物言いからすれば、彼女はディーキンが決闘に関わることを最初から確信していたことになる。
自分だってあの子には充分興味があるし、しばしば様子を伺ってもいたが、そんなことは分からなかった。
一体なぜ、あの子のことをそんなに気にかけているのだろうか?
(まさか、春が来た?
……とかいうことは、いくらなんでもないわよね……)
いや可愛いのは認めるけど。
だがトカゲだ。
確かにこの友人は今までろくに男に興味を示したことが無かったが、
だからといってまさかそんなディープな趣味があるわけが―――
「……ない、わよね……?」
「何?」
「い、いえ、何でもないわ! 気にしないで。
それより、その、ええと……、ディーキン君に興味があるのよね?
あなたはその……、あの子が決闘に参加すると思ってたの?」
タバサは少し首を傾げたが、小さく頷く。
「そうかもしれない、とは思ってた」
「そ、そう、じゃあ残念だったわね。
あのメイドが負けるところなんて見ても仕方ないでしょうし…。
だけど、あなたがそれでもまだ熱心に見てるのは、あの、ええと―――」
何やらいつになく歯切れが悪い友人の様子に僅かに怪訝そうにしながらも、タバサは首を小さく横に振った。
「あのメイドが負けるとは限らない」
「……え? それってどういう――――」
「ただの勘。気にしないで」
タバサはそういって話を打ち切ると、決闘場の様子に注意を戻す。
キュルケには悪いが、もしも自分の憶測通りならば彼に断りなく勝手に話すわけにもいかないだろう。
確かにディーキンが決闘に参加するつもりなのではないかと思っていたので、彼が自分は加わらないと宣言したときは少しがっかりした。
しかし、彼の歌で応援したいという言葉を聞いて、先程聞いた話を思い出したのだ。
『ディーキンの魔法は、その先住の魔法とかってやつじゃないの。
どっちかっていうとあんたたちと同じような……、
ええと、ディーキンの住んでたとこだと秘術魔法っていうんだけどね、歌の魔法なんだよ』
だとすればつまり、そういうことなのだろう。
彼は後で詳しい話を聞かせてくれるとも言っていたが、実際にこの目で見られるチャンスを逃したくはない――――。
「……… すぅ――――」
シエスタは、周囲の野次を無視するように目を閉じて静かに深呼吸をすると、腰に帯びたロングソードをそっと撫でた。
片手持ちにも両手持ちにも対応でき、ククリやハンドアックスなどの軽い武器よりずっと威力がある広く普及した実戦的な軍用武器だ。
明らかに分不相応な強力な魔法の武器を貸すのは問題があるだろうが、さりとてシエスタ自身の持つ短剣や手斧では少々心もとない。
ついでにいえば長剣のほうが決闘するに際して(ディーキンの美的感覚では)短剣や手斧より格好良く見える。
という考えから、ここに来る前にディーキンが自分の荷物袋の中を漁って探し、シエスタを説得して貸しつけたものである。
ハルケギニアに来る少し前にボスと一緒に探索した遺跡で拾い、いずれ換金するつもりで無造作にしまっておいた武器類の中に混じっていたものだ。
魔力も帯びていないし高品質でもない古い品で、今のディーキンにとっては屑鉄に等しい代物だが一応作りはちゃんとしている。
何よりロングソードはありふれた武器で、シエスタのような村娘でも旅する際の護身用に所持していてもあまり不自然ではなさそうなのが都合がよかった。
予備の武器としてはダガーを持ち、ククリとハンドアックス、それにライト・クロスボウは部屋に置いてきている。
クロスボウなどの飛び道具で杖なり腕なりを撃つというのは、実戦ならば平民がメイジに勝つ現実的な方法の一つなのだろうが…。
剣ならば腹や柄、鞘などで殴るといった手加減を選択できるが、飛び道具を使うのは危険が大きすぎる。
シエスタには素早く正確に小さな的を狙えるような腕はないのだ。
狙いが逸れて腹にでも当たったら、あるいは的が外れて周囲の観衆に当たったら、大惨事を招きかねない。
「――――― ふぅ………」
息を吐いて背後のディーキンの方をちらりと見ると、お互いに軽く笑みを交わす。
先程、彼は「自分が『歌』で応援すればシエスタは勝てる」といっていた。
それがどういう意味なのかは分からなかったが……。
『とにかく、シエスタは自分と、できたらディーキンのことも信じて、正しいと思うことだけを頑張ってやってくれたらそれでいいと思うの。
それできっとうまく収まるよ、偉大な物語ってみんなそうなるんだから!』
彼が笑顔で胸を張ってそう断言するのを聞いたら、問い質す気もなくなったのだ。
歌で応援すれば勝てるなどと、客観的に見ればふざけているのかとしか思えないような話である。
現実が見えていない子どもの甘い幻想だというのが普通の感覚であろうことは、シエスタだってわかっている。
だがそれでも、何故か彼の言葉は信じられるものだと思えたし、その純粋な言葉に対して説明しろと詰め寄るようなことはしたくなかったのだ。
状況は大して何も変わってはおらず、これからメイジ相手に勝てそうもない決闘をしなくてはならないというのに。
先程一人でいた時には強く感じていた不安も恐怖も、不思議と今は感じなかった。
「さてと、では始めるかな」
ギーシュはまた一通り周囲の歓声に答えた後、そういって2人の方へ向き直った。
シエスタは頷いて一礼すると、剣の柄に手を掛ける。
ディーキンもこくりと頷くと、ひとつ咳払いをしてリュートを手に取った。
そんな両者を余裕の笑みで見つめつつ、ギーシュは薔薇の杖を振る。
その動きに応じて花びらが一枚宙に舞い、瞬く間に甲冑を身に纏った女戦士の人形に変化するとギーシュとシエスタの間に立ち塞がった。
身長は人間と同じぐらい。
甲冑も含めて全身が真新しい青銅でできているようで、それが陽光を受けて煌めく様子はなかなか様になっている。
(オオ……、あれがこっちのゴーレムなのかな?)
ディーキンは少し驚いたが、すぐに昨夜読んだ本の内容を思い出して人形の正体にあたりをつけた。
シエスタは、こちらの魔法に慣れているので予想していたのか特に驚いた様子はない。
フェイルーンにもゴーレムはいるが、例によってハルケギニアのそれとは大分異なる存在だ。
製作に長い時間と費用を要するが多くの魔法を受け付けない永続的で強力な人造であり、命令に従って自律的に行動して魔術師の護衛や要所の防衛などを行う。
対してハルケギニアのゴーレムは主に魔法で即席に作られて用いられる一時的な存在で、自律的な思考能力を持たない操り人形であるらしい。
フェイルーンの定義では、ゴーレムというよりアニメイテッド・オブジェクトに近いものだといえそうだ。
アニメイテッド・オブジェクトがかなり高等な呪文であるのに対して、一系統に特化しているとはいえ駆け出しのメイジでさえ類似した呪文を使えるとは。
ただ、アニメイテッド・オブジェクトがその場にある物をそのまま操作して人造に変えるのに対し、今の人形は花びらを変化させて作り出していたようだ。
その場に適当な素材が無くても常に安定して同じ性能のものを作り出せるのは利点だろうが、製作と操作で二重に魔法を使うのは無駄が多い気はする。
単純にどちらが上というものではないが、とにかくハルケギニアとフェイルーンでは魔法体系が大きく異なるのだということを改めて実感させられた。
必ずしも錬金で一から作らなくてもその場にある素材をそのままゴーレムに仕立てることもできるのだろうとは思うが……。
そういえばアンダーダークの遺跡で己の意思を持つセンティエント・ゴーレムに出会ったことがあったな、とディーキンは思い返す。
その中にはブロンズゴーレムもいて、大きさはあのワルキューレと大差ない程度だったがかなり熟達した動きと高熱の火炎を放つ能力をもっていた。
もしワルキューレにあのブロンズゴーレムと同程度の強さがあるのなら、シエスタが勝つのは相当厳しいだろう。
だが、いくら魔法体系が違うとはいえ、そんなレベルの代物を駆け出しのメイジが容易に作れるとは思えない。
あれは『造り手』アルシガードと呼ばれる古のデュエルガーのウィザードが作った、非常に特殊な人造である。
そのアルシガードは遺跡の奥深くでデミリッチになっていたのを発見したが、向こうから襲ってきたのでやむなくボスと一緒に滅ぼしてしまった。
まあなんにせよちょっと硬そうな相手が出てきたし、ああいう手合いにはククリのような軽い武器ではやや対処が面倒だ。
あらかじめ剣を渡しておいてよかった。
そんな風にディーキンが思考している間に、ギーシュはもったいぶった様子で一礼するとシエスタに声を掛けた。
「申し遅れたが僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。
僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
シエスタは素直に頷く。
「ありません。
私の名はシエスタです、平民なので二つ名はありません。
私はメイジではありませんから、剣で戦います。構いませんでしょうか?」
ギーシュはそれを聞いて鼻を鳴らした。
「ふん、もちろん構わないさ。
生意気な態度だが、なかなかいい覚悟なのは認めよう。
ならばこの青銅のゴーレム『ワルキューレ』にその平民の磨いた牙で太刀打ちできるか試してみたまえ!」
杖を突きつけてそう宣言するギーシュに対し、シエスタは落ち着いて借り物の剣を抜くと人形に向けて身構えた。
そこへ、ディーキンが後ろから口を挟む。
「アー、ディーキンもいいかな?
ディーキンはバードだから、歌で応援するよ。文句はない?」
「ん……? ああ、さっき許可は出しただろう?」
ちょっとくどいようだが、後で卑怯だと言われても困るので今一度しっかり確認を取っておいた方がいいと思ったのである。
「まあせいぜいいい曲を謳ってくれたまえ、彼女が降参しないうちにね!」
ディーキンは頷くと、早速リュートを準備して勇気を掻き立てるような勇ましい旋律の曲を演奏しだした。
同時に、曲に合わせてよく響く声で歌を謳い始める。
美しい声とはいえないが、魂に沁みわたるような言い知れぬ崇高な響きを持ち、不思議と惹き付けられる奇妙な歌――――――。
所詮は幼稚な亜人の子の歌だろう、と滑稽な道化的余興を期待していた周囲の観客からも感心したような声が漏れた。
ルイズやキュルケ、タバサなどの面々もディーキンの歌を聞くのは初めてで、同じような反応をしている。
だが、シエスタにとっては違っていた。
「―――――! あっ……、」
その歌を耳にするや、シエスタは目の前の対戦相手の事も忘れて驚愕に目を見開いた。
他の者にとってはまだ始まってほんの数秒。
内容もちょっと想像していたイメージとは違うけど、思ったより随分といい歌じゃないかという程度で、さして特別なことはない。
だが、シエスタにとってはまったく違っていたのだ。
一音一音、調べを聞いている時間が圧縮されたようにひどく長く感じられる。
現実にはたった数秒しか続いていない歌が、体と心の内側に深く、長く響き、魂の奥底を震わせていく。
体が、心がどんどんと軽くなり、戦いに不要なものがすべて心身から抜け落ちてゆく。
心身の隅々にまで歌が沁み通り、四肢に力が、心に勇気が漲ってくるかのよう。
(……それに、それに――――!)
この曲の調べに使われているものはシエスタにとっては忘れがたく、聞き違えようもない「あの」言葉に違いなかった。
今のシエスタの心を震わせるものは、恐怖ではなく勇気と歓喜に変わっていた。
(きっと神様が、あの人を遣わして私を助けてくれたんだ)
やっぱりこの世にあやまちがまかり通るなんてありえないんだ。
シエスタは、今こそ心からそう信じた。
「………何をぼんやりと余所見しているんだね?
先手は君に譲るからかかってきたまえ、それともいまさら怖じ気づいたのかい」
怪訝そうなギーシュの声ではっと我に返る。
慌てて視線をディーキンの方から戻すと、改めて剣を構え直した。
「いえ……すみません。では、行きます!」
ディーキンの奏でる勇ましい歌の調べは今も続いており、全身に今まで感じたことのないような力を尽きることなく送り込んでくれている。
体が羽のように軽く、両手に構えた剣もまるで自分の手の延長のようにしっくりと馴染んでいる。
一通りの扱い方は学んだとはいえ、自分は決して普段から頻繁に剣を使っているわけではないというのに。
目の前のギーシュやワルキューレの動きだって、やけに遅く見える。
負ける気が、しない。
#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
魔法学院の敷地内で『風』の塔と『火』の塔の間にある中庭、ヴェストリの広場。
そこは今、決闘の噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっていた。
貴族と平民……、それも使用人の少女の決闘という、前代未聞の組み合わせ。
多くの観衆は始まる前から、ざわざわと話し合っていた。
「二年のギーシュが決闘するぞ!」
「相手は平民のメイドらしいが……、一体どういう組み合わせだよ、そりゃあ?」
「何でもミスタ・グラモンの不義がばれたことが原因で因縁を吹っかけられたそうよ……、可哀想に」
「いや、聞けばあのメイド、使用人の分際でギーシュを真正面から非難したらしいぜ」
「そうさ! ギーシュ、あの生意気なメイドに立場を弁えさせてやれ!」
ギーシュは薔薇の造花の杖を弄びながら不機嫌そうにしていたが、声援を送られると気を取り直して片手をあげてそれに答えた。
こんな展開は不本意だったが、こうなってしまった以上は仕方がない。
観衆はかなり湧いているようだし、ここで華々しく活躍すれば貴族の矜持を守ったということで自分の評判も持ち直すだろう。
あの少女には気の毒だが、公然と貴族を批判した向こうにも非はある。
すこしばかり痛めつけて降参の機会を与えれば、こちらは慈悲深く振る舞った、あちらは貴族相手によく頑張った、ということでお互い面目が立つだろう。
ギーシュはそんなふうに算段を立てながら、薔薇の造花を掲げて宣言する。
「諸君! 決闘だ!」
その宣言を受けて、いよいよ始まるぞ、と周囲の興奮が更に高まった。
ギーシュは自分に歓声を送ってくれた者たちに腕を振って答えつつ、漸く決闘相手の方を向いた。
「……とりあえず、逃げずに来たことは誉めてあげよう」
「私は、自分でしたことの責任を負わずに逃げたりはいたしません」
「ふん、相変わらず口の達者な平民だな、君は。まあ、殊勝な心がけだと褒めてあげよう」
降参して非礼を詫びれば無かったことにしよう、と提案することも一瞬考えたが、この様子ではどのみち受け入れそうもない。
なにより、ここまで場が整っているのに今更やめるといっても、観衆が収まるまい。
見ればあのメイドは貧相な皮の鎧らしきものを身に纏い、武器を用意してきたようだ。
だがそんなものなどメイジの前では問題外、蟷螂の斧も同然である。
実際にその斧を持つ敵と対峙した経験などなかったが、ギーシュはこの世界の常識としてそう考えていた。
観衆の大部分も同様であり、シエスタの武装を見て野次や嘲笑を飛ばしている生徒が大勢いる。
「武器か。平民どもがメイジに一矢報いようと磨いた牙……、
だが君のそれは、随分と貧相なんじゃないかね?」
ギーシュのからかうような言葉に周囲からどっと嘲笑が巻き起こる。
シエスタはそれを黙殺すると、ぐっとギーシュを睨み返した。
「まあ、そんなちゃちな代物で僕に対抗できるというのならして見たまえ。
……ああ、ところで」
ギーシュは視線をシエスタから、その少し後ろについてきている亜人の方に移す。
「ルイズの使い魔君、君はそんなところで何をしているんだね。
これは僕と彼女の決闘だ、見物ならもっと離れていたまえ。
それとも……、君が彼女に代わって決闘を受けるとでもいうのかい?」
半ば冗談だが、ギーシュはもし仮にこの亜人が決闘を受けても何ら問題はない、と踏んでいた。
いやむしろ、本当に交代してくれるならその方がいいかもしれない。
先程の授業や食堂での様子から見て魔法は多少使えるようだが、先住魔法使いの亜人とはいえ所詮は子ども。
あんな小さな子に、一体何ができようか。
加えて土壇場で代役を立てたとなれば所詮は平民、情けない奴だということで、向こうに非があるという印象がより強くなるだろうし。
それに対してディーキンやシエスタが何か返答する前に、観衆に混じっていたルイズが声を上げる。
「ちょっとギーシュ、何言ってるのよ!
ただでさえ禁止されてる決闘なんか吹っかけて、その上ディーキンまで巻き込もうっていうの?」
「おおルイズ!
いやいや、別に無理に君の使い魔と戦おうってわけじゃないさ。
もし本人がその気なら、貴族として堂々と受けて立とうというだけだよ。
……ついでにいえば、禁じられてるのは貴族と貴族の決闘であって、平民や使い魔との決闘を禁止する規則はないはずだが」
ぐっと言葉に詰まりながらも、更に何か言おうとするルイズをディーキンが制した。
「ルイズ、別にディーキンは決闘とかをする気はないの。
ディーキンはただ……、ちょっと、その、ギーシュさんにお願いがあるだけだよ?」
「ほう、なんだね?
いまさらそのメイドを許せとでもいう気かい?」
「ああ、いや、そうじゃないの。
決闘するっていうのはシエスタが決めたことだし、やめてとか代わってとかいうつもりはないよ。
でもディーキンだって瓶を拾ったわけだから、シエスタだけに戦わせたくもないの」
「……つまり、何が言いたいんだね?」
怪訝そうな顔をするギーシュを見て、ディーキンはちょっと首を傾げる。
「ギーシュさんはさっき、ええと……、その、薔薇は女性のために咲くものだって話してたよね。
なら、あんただって仲良しの女の人がこれから戦うって言ったら、何かしたいって思うでしょ?」
ギーシュはその言葉にぎくりとした。
名誉のためとはいえ、相手が平民とはいえ、この自分が女性を傷つけようとしていることは実際不本意で後ろめたく思っていた点だ。
もしやこいつは、観衆の前でそれを追及して、こちらの非を鳴らそうとでもいうのか?
「ま、まあ、それはそうだな。
………しかしだ! 今の場合には、いくらレディーと言えども―――」
それを見たディーキンは、(コボルド的には)にこやかな笑みを浮かべた。
ギーシュ自身にもやましい気持ちは十分あるらしい。
引っ込みがつかなくなって本人も不本意に思っているのだとしたら、やはりそう悪人ではないのだろう。
「アア、いや、何か勘違いされてるかもしれないね。
ええとね、つまり、何が言いたいかというと……、ディーキンは、シエスタにはそれに相応しい応援が必要だと思うの」
「………へっ? 応援?」
「そうなの、それに戦いの一部始終を見届けて、それを歌にして語る詩人もね。
ディーキンは、シエスタのために歌うよ。
戦いはしないけど、歌って応援するだけならいいでしょ?
ディーキンはバードだからね、それがディーキンがシエスタにできる、一番いいことだと思うんだよ」
コルベールから、この世界にはフェイルーンでいうようなバードはおらず、“歌の魔法”についても知られていないことは確認済みだ。
ならばこの申し出は、特に警戒されることもないだろう。
ディーキンとしては、歌での応援を許可するという、ギーシュからの言質を取っておきたいのだ。
ディーキンとしては、ちょっとばかり詐欺臭い感もあるがまあ明らかに彼の方が悪いのだからこのくらいはよかろう、と考えていた。
彼は善良ではあるけれども、良くも悪くもそこまで正々堂々な性格というわけではないのだ。
罪なき人を助けるのに敵を騙まし討ちすることが必要なら、まあ、そうするだろう。
「あ、ああ……! な、なるほど!」
ギーシュはディーキンの要求を理解すると、内心ほっと胸を撫で下ろした。
なんだ、所詮は子どもか。
結局ただ単に応援したいだけとは、どうやら自分の考え過ぎだったようだ。
もちろんディーキンは、弱点を追及される事を免れて露骨に安堵したギーシュの内心を、その表情や態度から読み取った。
どうやら自分の要求はすんなり通りそうだが、もうひと押ししておこう。
「もちろんあんたの事もちゃんと歌に入れるし、ディーキンはウソを歌ったりしないって約束するよ。
あんたが勝ったら、名誉を守るために戦った貴族の歌を作ってみんなに聞かせてあげるつもりなの。
どうかな、ディーキンの応援を認めてくれる?」
この少年の、名誉……というか、見てくれと体面に固執した性格からすれば、自分を称える歌を作ってもらえるというのは願ってもない話だろう。
ディーキン自身、この戦いの様子は後で歌にしようと思っていたので別に問題ない。
その主役がギーシュになるかどうかは、また別の問題だが。
「ほう……、君の歌がどの程度のものかは知らないが、気が利いた申し出じゃないか。
たかだか平民との決闘に武勇を称える歌とは大げさだが、本式で実にいい!
もちろん歓迎しよう、いい歌を作てくれたまえ!」
周囲の観衆も、この思いがけない話の展開にさらに沸き立った。
所詮はどの程度の腕があるのかも定かでない子どもの申し出とはいえ、亜人の作る歌など滅多に聞けるものではない。
退屈な学園生活に降ってわいた娯楽に、より一層の余興が添えられたのだ!
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「……ディーキン、あんた一体、何を考えてるのよ?」
ルイズは歓声の沸き起こる中、ひとり困惑したような顔で呟いた。
先程、ディーキンはギーシュやあのメイドを説得して止めるために食堂から出ていったとばかり思っていた。
授業中に、また教室を爆破するところだった自分を止めてくれた時のように。
なのに止めるどころかギーシュを称える歌などを作る約束をするなんて、一体なぜ突然そんなことを言い出したのか。
まあ、正確には勝った方を称える歌を作るとかいう話だったが、平民では貴族に勝てるわけがない。
食堂ではあのメイドと仲が良さそうだったのに、これではまるでギーシュの味方をして、あのメイドを徹底的に晒し者にしてやろうとしているみたいだ。
説得しに行った先で、あのメイドとひどい仲違いでもしたのだろうか?
(けど、仮にそうだとしても……)
あのディーキンが、果たしてそんなことをするだろうか。
まだ召喚して丸一日も経っていないし正規の契約もしてはいないが、ルイズはディーキンの事を既にかなり深く信頼し、良いパートナーを得たと考えている。
ギーシュの馬鹿げた行動に同調して無力な平民を嬲るようなことをしているとは思えないし、思いたくもない。
それに一緒になって決闘の場にやってきて、今も近くに並んで立っている様子。
そしてあのメイドが時折ディーキンに向ける視線からすれば、仲が悪いとは思えない。
というか……、何だかあのメイドがディーキンを見る様子には、説明しにくいがルイズにとって微妙にイライラするものがあった。
だがそんなことを深く考えているような状況ではないので、思考を切り替える。
「……つまり……、何か、理由があるの―――よね?」
こんな悪趣味な決闘など、場合によっては自分もディーキンに口添えして止めてやろうと思っていた。
だが何故かそのディーキンが止めようともせず、今の状況になった。
ならばその選択を信じて、最後まで見届けてみよう。
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「……相変わらず見てて飽きない子だけど、ちょっと意外ね。
メイドと一緒に出てきたときには、てっきりギーシュを止める気なのかと思ったけど」
「……………」
キュルケもまた、観衆に混じってこの決闘の様子を見ていた。
彼女は抱えた本を開くでもなくじっと決闘が始まるのを見守っている傍らの友人と、今朝知り合ったばかりの亜人とを交互に見やって、首をひねる。
「……意外といえば、あなたも。
こんな騒ぎを自分から見物に来るなんて思わなかったわ」
自分は野次馬根性で見にきたが、この友人はどう考えてもそういうタイプではない。
大方騒ぎには加わらず、人がいなくなって静かな間にこれ幸いと本でも読んでいるだろうと思っていたのだが。
なぜか、誘ったわけでもないのに自分から進んで広場へ同行してきたのである。
「興味がある」
「そりゃまあ、興味があるからこそ来たんでしょうけど……。
あなたがこんな、決闘もどきみたいなことに興味があるとは思わなくて」
それに対してタバサは、自分の大きな杖を持ち上げてディーキンの方を差し示す。
「彼が出ていったから」
「え………、ディーキン君?」
小さく頷く友人を見て、キュルケはますます意外に思った。
自分もこの広場へやってきた時に、あの子が決闘の場にいるのを見て思っていたよりも面白いことになりそうだと期待したものだ。
しかしこの友人は、そもそもここに来た理由があの子が出ていったからだ、という。
まあ確かに、あんな変わった亜人が関わるというのならば、この無関心そうに見えて意外と好奇心旺盛で知識欲の強い友人が見に来ても不思議はない。
だがタバサの物言いからすれば、彼女はディーキンが決闘に関わることを最初から確信していたことになる。
自分だってあの子には充分興味があるし、時折には様子を伺ってもいたが、そんなことは分からなかった。
一体なぜ、この他人には概ね無関心な友人が、そんなことに気がつくくらいにあの子のことを気にかけているのだろうか?
(まさか、春が来た?
……とかいうことは、いくらなんでもないわよね……)
いや可愛いのは認めるけど。
だがトカゲだ。
確かにこの友人は今までろくに男に興味を示したことが無かったが、
だからといってまさか、そんな、ディープな趣味があるわけが……、
「……ない、わよね……?」
「何?」
「い、いえ、何でもないわ!
気にしないでちょうだい。それより、あなたは、ええと……、ディーキン君に興味があるのよね?
その……、なんで、あの子が決闘に参加すると思ってたの?」
タバサは少し首を傾げたが、小さく頷く。
「そうかもしれない、とは思ってた」
「そ、そう、じゃあ残念だったわね。
あのメイドが負けるところなんて見ても仕方ないでしょうし……。
だけど、あなたがそれでも帰ろうともしないでまだ熱心に見てるのは、あの、ええと―――」
何やらいつになく歯切れが悪い友人の様子に僅かに怪訝そうにしながらも、タバサは首を小さく横に振った。
「あのメイドが負けるとは限らない」
「……え? それってどういう……」
「ただの勘。気にしないで」
タバサはそういって話を打ち切ると、決闘場の様子に注意を戻す。
キュルケには悪いが、もしも自分の憶測通りならば、彼に断りなく勝手に話すわけにもいかないだろう。
確かにディーキンが決闘に参加するつもりなのではないかと思っていたので、彼が自分は加わらないと宣言したときは少しがっかりした。
しかし、彼の歌で応援したいという言葉を聞いて、先程聞いた話を思い出したのだ。
『ディーキンの魔法は、その先住の魔法とかってやつじゃないの。
どっちかっていうとあんたたちと同じような……、
ええと、ディーキンの住んでたとこだと秘術魔法っていうんだけどね、“歌の魔法”なんだよ』
だとすればつまり、そういうことなのだろう。
彼は後で詳しい話を聞かせてくれるとも言っていたが、実際にこの目で見られるチャンスを逃したくはない――――。
・
・
・
「………すぅ――――」
シエスタは、周囲の野次を無視するように目を閉じて静かに深呼吸をすると、腰に帯びたロングソードをそっと撫でた。
片手持ちにも両手持ちにも対応でき、ククリやハンドアックスなどの軽い武器よりずっと威力がある、広く普及した実戦的な軍用武器だ。
ここに来る前にディーキンが自分の荷物袋の中を漁って探し、シエスタを説得して貸しつけたものである。
ハルケギニアに来る少し前にボスと一緒に探索した遺跡で拾い、いずれ換金するつもりで無造作にしまっておいた武器類の中に混じっていたものだ。
魔力も帯びていないし高品質でもない古い品で、今のディーキンにとっては屑鉄に等しい代物だが、一応作りはちゃんとしている。
何よりロングソードはありふれた武器で、シエスタのような村娘でも旅する際の護身用に所持していてもあまり不自然ではなさそうなのが都合がよかった。
貸したのは、強力な魔法の武器を貸すのは問題があるだろうが、さりとてシエスタ自身の持つ短剣や手斧だけでは少々心もとないな、という考えからだ。
ついでにいえば長剣のほうが、決闘するに際して(少なくとも、ディーキンの美的感覚では)短剣や手斧よりも格好良く見える。
ディーキンは、先刻シエスタにも力説したように、英雄はまず何よりも心構えだと思ってはいる。
でもバード的には、見てくれの格好良さも割と大事なのだ。
……別に野性的なハーフオークとか、渋いドワーフの親父とかをディスってるってわけではないけれど。
素敵なコボルドの詩人だっていることだし。
まあ、それはさておき。
シエスタはさらに、予備の武器としてダガーも用意していた。
ククリとハンドアックス、それにライト・クロスボウは部屋に置いてきている。
クロスボウなどの飛び道具で杖なり腕なりを撃つというのは、実戦ならば平民がメイジに勝つ現実的な方法の一つなのだろうが……。
剣ならば腹や柄、鞘などで殴るといった手加減もできるが、飛び道具を使うのは危険が大きすぎる。
シエスタには、素早く正確に小さな的を狙えるような腕はないのだ。
狙いが逸れて腹にでも当たったら、あるいは的が外れて周囲の観衆に当たったら、大惨事を招きかねない。
「―――――ふぅ………」
息を吐いて背後のディーキンの方をちらりと見ると、お互いに軽く笑みを交わす。
先程、彼は「自分が『歌』で応援すればシエスタは勝てる」といっていた。
それがどういう意味なのかは、よく分からなかったが……。
『とにかく、シエスタは自分と、できたらディーキンのことも信じて、正しいと思うことだけを頑張ってやってくれたらそれでいいと思うの。
それできっと、うまく収まるよ。だって、偉大な物語ってみんなそうなるんだから!』
彼が笑顔で胸を張ってそう断言するのを聞いたら、問い質す気もなくなったのだ。
歌で応援すれば勝てるなどと、客観的に見ればふざけているのかとしか思えないような話である。
現実が見えていない子どもの甘い幻想だというのが普通の感覚であろうことは、シエスタだってわかっている。
だがそれでも、何故か彼の言葉は信じられるものだと思えたし、その純粋な言葉に対して、説明しろと詰め寄るようなことはしたくなかった。
「……ふふっ」
その時のディーキンの様子を思い出して、シエスタは笑みさえ浮かべる。
状況は大して何も変わってはおらず、これからメイジ相手に勝てそうもない決闘をしなくてはならない、というのに。
先程一人でいた時には強く感じていた不安も恐怖も、不思議と今は感じなかった。
・
・
・
「さてと、では始めるかな」
ギーシュはまたひとしきり周囲の歓声に答えた後、そういって2人の方へ向き直った。
シエスタは頷いて一礼すると、剣の柄に手を掛ける。
ディーキンもこくりと頷くと、小さく咳払いしてリュートを手に取った。
そんな両者を余裕の笑みで見つめつつ、ギーシュは薔薇の杖を振る。
その動きに応じて花びらが一枚宙に舞い、瞬く間に甲冑を身に纏った女戦士の人形に変化すると、ギーシュとシエスタの間に立ち塞がった。
身長は人間と同じぐらい。
甲冑も含めて全身が真新しい青銅でできているようで、それが陽光を受けて煌めく様子はなかなか様になっている。
(オオ……、あれがこっちのゴーレムなのかな?)
ディーキンは少し驚いたが、すぐに昨夜読んだ本の内容を思い出して人形の正体にあたりをつけた。
シエスタは、こちらの魔法に慣れているので予想していたのか、少し緊張したくらいで特に驚いた様子はない。
フェイルーンにもゴーレムはいるが、例によってハルケギニアのそれとは大分異なる存在だ。
製作に長い時間と費用を要するが、多くの魔法を受け付けない永続的で強力な人造であり、命令に従って自律的に行動する。
対してハルケギニアのゴーレムは、主に魔法で即席に作られて用いられる一時的な存在で、自律的な思考能力を持たない操り人形であるらしい。
フェイルーンの定義では、ゴーレムというよりはアニメイテッド・オブジェクトに近いものだといえそうだ。
アニメイテッド・オブジェクトはかなり高等な呪文であるのに、一系統に特化しているとはいえ、駆け出しのメイジでさえ類似した呪文を使えるとは……。
ただ、アニメイテッド・オブジェクトがその場にある物をそのまま操作して人造に変えるのに対し、今の人形は花びらを変化させて作り出していたようだ。
その場に適当な素材が無くても常に安定して同じ性能のものを作り出せるのは利点だろうが、製作と操作で二重に魔法を使うのは無駄が多い気はする。
単純にどちらが上というものではないが、とにかくハルケギニアとフェイルーンでは魔法体系が大きく異なるのだということを改めて実感させられた。
必ずしも錬金で一から作らなくても、その場にある素材をそのままゴーレムに仕立てることもできるのだとは思うが……。
そういえばアンダーダークの遺跡で己の意思を持つセンティエント・ゴーレムに出会ったことがあったな、とディーキンは思い返す。
その中にはブロンズゴーレムもいて、大きさはあのワルキューレと大差ない程度だったがかなり熟達した動きと高熱の火炎を放つ能力をもっていた。
もしワルキューレにあのブロンズゴーレムと同程度の強さがあるのなら、シエスタが勝つのは相当厳しいだろう。
だが、いくら魔法体系が違うとはいえ、そんなレベルの代物を駆け出しのメイジが容易に作れるとは思えない。
あれは『造り手』アルシガードと呼ばれる古のデュエルガーのウィザードが作った、非常に特殊な人造である。
そのアルシガードは遺跡の奥深くでデミリッチになっていたのを発見したが、向こうから襲ってきたのでやむなくボスと一緒に滅ぼしてしまった。
まあなんにせよちょっと硬そうな相手が出てきたし、ああいう手合いにはククリのような軽い武器ではやや対処が面倒だ。
あらかじめ剣を渡しておいてよかった。
そんな風にディーキンが思考している間に、ギーシュはもったいぶった様子で一礼するとシエスタに声を掛けた。
「申し遅れたが僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。
僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
シエスタは素直に頷く。
「ありません。シエスタです、平民なので二つ名はありません。
私はメイジではありませんから、剣で戦います。構いませんでしょうか?」
ギーシュはそれを聞いて鼻を鳴らした。
「ふん、もちろん構わないさ。
生意気な態度だが、なかなかいい覚悟なのは認めよう。
ならばこの青銅のゴーレム『ワルキューレ』にその平民の磨いた牙で太刀打ちできるか試してみたまえ!」
杖を突きつけてそう宣言するギーシュに対し、シエスタは落ち着いて借り物の剣を抜くと人形に向けて身構えた。
そこへ、ディーキンが後ろから口を挟む。
「アー、ディーキンもいいかな?
ディーキンはバードだから、歌で応援するよ。文句はない?」
「ん……? ああ、さっき許可を出したね。
まあせいぜいいい曲を謳ってくれたまえ、彼女が降参しないうちにね!」
ディーキンは頷くと、早速リュートを準備して勇気を掻き立てるような勇ましい旋律の曲を演奏しだした。
同時に、曲に合わせてよく響く声で歌を謳い始める。
♪
フーン、フ~ン、不運! フーン、フ~ン、不運! フーン、フ~ン、不運、不運、フ~ン、フ~ン、フーン!
緊張が昂ぶった! 音楽は高まった!
エグセラー・ヘンジオ・モーティバル・オヴァーマー、イレシア・メアシアル・サヴィアル・テリム……
この詩を歌う時は、英雄達に敬礼!
ディーキンは、英雄と戦う方法を知ってるの!
………
♪
声にしろ歌詞にしろ、それ自体は特に素晴らしいわけでもない。
しかし、何故か、魂に沁みわたるような言い知れぬ崇高な響きを持ち、不思議と惹き付けられる奇妙な歌だった。
所詮は幼稚な亜人の子の歌だろう、と滑稽な道化的余興を期待していた周囲の観客からも感心したような声が漏れた。
ルイズやキュルケ、タバサなどの面々もディーキンの歌を聞くのは初めてで、同じような反応をしている。
だが、シエスタにとっては違っていた。
・
・
・
「―――――! あ……、」
その歌を耳にするや、シエスタは目の前の対戦相手の事も忘れて驚愕に目を見開いた。
他の者にとってはまだ始まってほんの数秒。
内容もちょっと想像していたイメージとは違うけど、思ったより随分といい歌じゃないかという程度で、さして特別なことはない。
だが、シエスタにとってはまったく違っていたのだ。
一音一音調べを聞いている時間が、まるで圧縮されたようにとても長く感じられた。
現実にはたった数秒しか続いていない歌が、体と心の内側に深く、長く響き、魂の奥底を震わせていく。
体が、心が、どんどんと軽くなり、戦いに不要なものがすべて心身から抜け落ちてゆく。
まるで心身の隅々にまで歌が沁み通り、四肢に力が、心に勇気が漲ってくるかのようだ。
これこそ、バードの得意とする『勇気鼓舞の呪歌』の効果だ。
しかしながら、シエスタが驚いたのは、ただその効果に対してだけではなかった。
(……それに、それに、これは―――!)
この曲の調べのところどころに使われている、特別な“言葉”。
それは、シエスタにとっては忘れがたく、聞き違えようもないあの“言葉”に違いなかった。
今やシエスタの心を震わせるものは、恐怖ではなく勇気と歓喜に変わっていた。
きっと神様が、あの人を遣わして私を助けてくれたんだ。
やっぱりこの世に、あやまちがまかり通るなんてありえないんだ。
シエスタは、今こそ心からそう信じた。
「………何をぼんやりと余所見しているんだね?
先手は君に譲るからかかってきたまえ、それともいまさら怖じ気づいたのかい」
怪訝そうなギーシュの声ではっと我に返る。
慌てて視線をディーキンの方から戻すと、改めて剣を構え直した。
「いえ……すみません。では、行きます!」
ディーキンの奏でる勇ましい歌の調べは今も続いており、全身に今まで感じたことのないような力を尽きることなく送り込んでくれている。
体が羽のように軽く、両手に構えた剣もまるで自分の手の延長のようにしっくりと馴染んでいる。
一通りの扱い方は学んだとはいえ、自分は決して普段から頻繁に剣を使っているわけではないというのに。
目の前のギーシュやワルキューレの動きだって、やけに遅く見える。
そして何よりも、心に勇気が漲っている。
負ける気が、しない。
#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
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