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#navi(ルイズと無重力巫女さん)
閉じられていた記憶の奥深くから゛何か゛が這い出てこようとしている。
それはまるで、巨大な人食いミミズが獲物を求めて出てくるように、おぞましい゛恐怖゛を伴ってやってくる。
何故こんな時にそんな事が起こるのかは知らないが、予想だにしていなかった事に彼女はその体を止めてしまう。
自分が誰なのか知らない今でさえ大変だというのに、自分の体に起った異変に彼女が最初に感じたものは二つ。
前述した゛恐怖゛と―――――手の届きようがない゛不快感゛であった。
まるで無数のテントウムシが体の中を這い回っているかのような、吐き気を催すむず痒さ。
その虫たちが、何時か自分の体を滅茶苦茶に食いつぶすのではないかという終わりのない恐怖。
脳の奥深くからせり上がってくる゛何か゛に対し、最悪とも言える二重の気持ちを抱いている。
彼女は焦った。此処が戦いの場でないなら受け入れるしかないが、今の状況だと非常に不味い。
ただでさえ自分の身が危ないというのに、一時的に戦えない体になればやられるのは絶対だ。
やめろ、思い出したくない。突然すぎる記憶の氾濫を拒絶するかのように、彼女は赤の混じる黒目を見開く。
戦いの最中である為下手に体勢を崩すどころか、自分の頭を抱える事すらできない。
自分の名前すらも知らないはずなのに、何でこんな事が起こるのか?それが全く分からない。
腰を低くし、風に拭い去られた煙の先にいた霊夢と――その傍にいたルイズという少女を見ただけだというのに…
「なぁおい…あいつ、何かおかしくないか?」
少し離れた所から聞こえる誰かの声が、必要も無いのに耳へ入ってくる。
しかし言葉自体は的中している。今の彼女は確実におかしい―――否、おかしくなり始めていた。
何も知らないはずの自分の記憶という名の海底から、得体の知れぬ゛何か゛が物凄い速度で水面から顔を出そうとしている。
それに対し何の手だても打てず、ナイフを手にしたままその場を動くことすらできない。
歯痒さと不快感だけが頭の中を掻きまわし、彼女に゛何か゛を思い出させようとしている。
もはや体勢を維持することもできず、その場に崩れ落ちてしまうのではないかという不安が脳裏を過った瞬間―――
――…貴女―…過ぎ…――…ハクレイ…
頭の中に、何処かで見知ったであろう女性の声が響き渡った。
所々で途切れているが、初めて耳にする声とは到底思えないと彼女は感じた。
ずっと昔に、ここではない場所で知り合い離れ離れになってしまった親友とも言える存在。
あるいは互いに対立し合い、決着がつかぬまま勝手に行方をくらました好敵手なのか。
二つの内どちらかが正解なのだろうが、今の彼女にとってそれはエキュー銅貨一枚や一円玉よりも価値のない事である。
しかし…謎の声が最後に呟いた単語らしき言葉は何なのだろうかと、小さな疑問を感じた。
ハクレイ…ハクレイ…何故だろう、どこかで聞いたことのある言葉だ。
今まで聞いたことは無かったが決して初耳とは思えぬ単語に対し、彼女は心の中で首を傾げてしまう。
――――……い…抗…うとも…貴…は…人間。霊…を…る…価…い…
そんな事をしている間、またも女の声が聞こえてくる。
劣化したカセットテープに収録されたかのように、何を言っているのかすら分からない。
自分の身に降りかかる異常事態に彼女は冷静になれと自分自身を叱咤する。
何か伝えたいことがあるのだろうが分からなければ意味が無いし、何より声の主は誰なのかも良く知らない。
ひょっとするとこれは単なる幻聴で、自分は疲れているだけなんだ。未だに揉めている霊夢達を見つめながら、彼女は呟く。
一体何が起こっているのか分からないが、今するべき事はとっくの昔に知っている。
それを実行に移す為、グチャグチャに混ざった頭の中を整理するために深呼吸しようとした直前…
「アッ―――――――」
今までその姿を伏せていた恐怖と不快な゛何か゛が、スルリと彼女の中に゛戻ってきた゛のだ。
何時の頃からか脳の奥底に幽閉されていたソレは、自由を取り戻した言わんばかりに彼女の脳内を駆け巡る。
恐らく深呼吸しようとして力を少し抜かしたのが原因だったのだろうか。今となっては知る由も無い。
ただ、今の時点で断定できることはたったの一つ。
彼女は喪失していた自身の゛記憶の一部゛を…恐怖と不快で構成された゛何か゛としか形容できないソレを思い出したのである。
マヌケそうな声を小さく上げた彼女には、蘇った記憶に対抗する術を持っていない。
きっと彼女以外の者たちにも言える事だろうが、一度思い出した記憶は滅多に消える事はない。
そして、ここへ来てから最も嫌悪感を感じたそれ等が力を持ったのか、彼女の瞳に映る光景を塗り替えていく。
丁寧に描いた風景画を塗りつぶすようにして幾筋もの赤い光線が周囲を駆け巡り、古ぼけた旧市街地を染め上げていく。
彼女の目に映るソレはワインのような上品さなど見えず、ただ鉄の様な重々しさが乱暴に混ぜ込まれている。
この赤には情熱や闘志といった前向きな要素は無い。あるのは暴力的で生々しい陰惨な雰囲気だけが入っていた。
病気に苦しむ老人たちの集会場であった廃墟群が、そんな色であっという間に覆い隠されてしまう。
突如目の前の景色が変わってゆく事に対し、彼女は尚も動けずにいた。
いや、動こうとは思っていたが体がいう事を聞かず、あまつさえ先程まで何ともなかった眼球すら微動だにしない。
まるで拷問用の特殊な椅子に座らされたかのように、不可視の何かに体を縛られ見たくも無いモノを見せられている。
(な…何が始まろうとしているの…?)
ナイフを手にしながらもそれをただ握りしめる事しかできない彼女は、唯一自由である心の中でそう思う。
そんな事をしている間にも目に映る世界は息つく暇もなく変化していく。
地平線の彼方へと沈もうとした太陽の姿がいつの間にか消えており、空が明かりを失っていた。
太古から夜空の明かりを務めてきた双月は未だその姿を出しておらず、代わりに見えるのはどこまでも広がる黒い闇。
地上の赤と決別するかのようにハッキリとしたその闇からは、ただただ不気味さだけが伝わってくる。
一体どれだけの黒いペンキを垂れ流せば、今の彼女が見ているほどの闇を表現できるのだろうか。
まぁ、深淵のように最果てすら見えぬ闇をペンキなどで再現する事は限りなく不可能であろう。
何故なら、この闇を見ている唯一の存在は目も体も動かぬ彼女だけなのだから。
そして彼女自身誰かに命令されようとも、この光景を再現する気はこれぽっちも無かった。
(一体何が起こっているの…?)
儚い黄昏時から怖ろしい程に単調な赤と黒へと変わりゆく世界の中で、彼女は一人戸惑う。
最も、普通のヒトならとっくの昔に錯乱していてもおかしくはないが。
とにかく今になって遅すぎる戸惑いを抱き始めた彼女には、この事態に対し打てる手など皆無に等しかった。
―――……聞くけど…どう…して貴……と一緒に普通の……生を……ると…ったのか…ら?
そんな彼女に追い討ちを掛けるかの如く、再び頭の中に女性の声が響く。
別にこれといった痛みも感じず、囁きかけるようにして自分に何かを離したがろうとする謎の――――…いや。
(違う…私は知っている、この声の持ち主は゛誰゛なのかを)
そんな時であった。石の様に体が固まった彼女がそう思ったのは。
先程頭の中に入り込んだ記憶が何かを思い出させたのか、それとは別の原因があるのかは知らない。
ただ彼女にとって、声の゛主゛が自分にとって軽んじる程度の存在ではないと瞬時に理解していた。
――――所…詮貴女は…の巫女。…この娘を立派な…に育て上げる事こそ…が今の貴女の…
再び聞こえてくる声は、最初の時と比べある程度聞き取りやすくなっていた。
しかし、ノイズ混じりのソレが鮮明になってゆくにつれて、彼女の脳内で再び゛何か゛が浮かび上がる。
まるで海底を泳いでいた人間が呼吸をする為に水面目指して泳ぐように、それはあまりにも急であった。
ただ、最初に感じた゛何か゛とは違い、それからは恐怖とかそういうモノは感じられない。
むしろその゛何か゛は、今の彼女のとってある種の救いを提供しに来たのである。
―――――その娘は…逸材だというのに……普通の人と同じ…人生を歩ませ…なんて、宝……持…腐れ……
赤と黒の世界に佇む彼女は、尚も頭の中で響く声にある感情を見せ始める。
それはおおよそ―――例え声だけだとしても、他人に向ける代物とは思えないどす黒い色をした感情。
ゲルマニアにある工業廃水と同じような色をしたソレを声だけの相手に浮かべる理由を、彼女は持っていた。
そう。最初に自分の頭の中を混乱に陥れようとしたソレとは違う、二度目の゛何か゛が教えてくれたのだ。
゛全ての原因は、オマエの頭の中に響き渡る声の主にあるのだ―――゛…と。
自分の身に何が起こっているのかという事に関して、彼女が最初から知っている事は何一つ無い。
彼女はただ自身が誰なのかも知らず、自分自身に戸惑いながらここまで生き延びた。
気づけば森の中を何に追われ、小さな少女に介抱されたと思いきや、その子を抱えてまた逃げて…
そうこうしている内に人気の多い場所へと足を踏み入れたと彼女は、自分とよく似た姿をした少女と遭遇した。
自分よりも感情的で、猫の様に一度掴めば狂ったように手足を振り回す彼女の名前は――――霊夢。
何故自分が;霊夢の名前を知っていて、瓜二つの姿をしているという事は勿論知らない。
最初に出会った時は明確な怒りをもって霊夢を殺そうとしていたが、今はもうその気にならない
たが今になって自分がとんでもない勘違いをしていた事に、彼女は気づいていた。
自分の中に渦巻く怒りが「殺せ」と叫んでいたのは、霊夢の事ではなかったという事に。
名前も知らず、何処で生まれ、今まで何をしてきたのかも知れない彼女はその足を動かす。
先程まで地面と空気に縛られていた足がすんなりと動き、未だ口論を続ける霊夢とルイズへ突撃する。
そのついでに使う必要のないナイフを捨て、空いた右手で拳を作った彼女は、自分が倒すべき゛紫の色の影゛を見据える。
今まで見える事のなかったソレは、記憶の一部を取り戻した事により今ではハッキリと見える。
実体すら定かではないその゛存在゛は寄り添うようにして霊夢に纏わりつき、べったりと寄り添っている。
まるでその体に貼りついて生気を吸い取らんとしているかのように、ゆっくりと蠢いたりもしていた。
不思議とそれを目にすると何故か無性に腹立たしくなり、誰かを殴り倒したくなる程度の怒りも込み上げてくる。
自身の怒りが殺せと連呼していたのは、霊夢の事ではない。
彼女は今にして思い出した――――殺すべきなのは、霊夢の後ろに纏わりつくあの゛影゛だという事に。
さっきまで体に纏わせていた゛曖昧な殺意゛が゛明確な殺意゛に変異し、それを合図に彼女は霊夢に殴り掛かった。
否…正確には彼女―――――偽レイムだけにしか見える事のない゛紫色の影゛へと。
◆
その攻撃は、場違いな口論をしていた二人にとって不意打ち過ぎた代物であった。
最も、ケンカすることを控えて警戒していれば回避できたという事は、言うまでもないが。
「っ…!?―――――――ワッ…!!」
やや泥沼化の様相を見えさせていたルイズとの会話の最中、偽レイムの方から濃厚な殺気が漂ってきた。
咄嗟にその方へと顔を向けた霊夢は、驚愕しつつも寸での所で相手の攻撃を回避する事ができたのである。
瞬間的に体を際メイル程後ろへずらした直後…相手の右拳が視界の右端から入り、左端へと消えていく。
「ちょっ――キャアッ!」
霊夢の隣にいたルイズは回避こそできなかったものの、偽レイムの攻撃を喰らう事は無かった。
その代わり、突撃してきた偽レイムにひるんでしまったのかその場で盛大な尻餅をついてしまう。
一方の偽レイムはそんなルイズに目もくれず、自分の一撃を回避した霊夢を睨んでいる。
霊夢と同じ赤みがかった黒い瞳は光り続け、それどころか先程と比べその輝きを一層増している。
まるでその目に映る相手が親の仇と言わんばかりに、彼女の両目を光り続けていた。
「人が話し合ってる最中に攻撃なんてね…私はそんな常識知らずじゃないんだけど?」
三メイル程度後ろへ下がった霊夢は、振りかぶった姿勢のままで停止した偽レイムの右手を一瞥する。
殺人的と言える速度を出したその拳に、既に汗で濡れている彼女の背筋に冷たい何かが走る。
それと同時に、偽レイムの体に纏わりついている気配が先程までのモノとは違う事に気づく。
最初に出会った時は、激昂していた霊夢とは違いやけに冷静な怒りに包まれていた彼女の偽者。
ところが、ルイズと口論した後のヤツは冷静さこそ失われてはいないものの、その怒りにハッキリとした゛殺意゛が含まれている。
まるで興奮していた切り裂き魔が、時間経過と共に落ち着きを取り戻し体勢を整えたかのように。
先程までの戦いやルイズに手を出そうとした時とは違い、今度はしっかりと自分の命だけを狙って殴り掛かってきた。
(何よコイツ…本気出すなら最初から出してきなさいっての)
今までとは打って変わって攻撃してくる偽者に毒づきつつ、本物は先程の攻撃を手短に分析する。
突然の奇襲となった相手の拳は結界を纏っていなかったものの、その威力事態は凄まじいのだとわかる。
もしも回避が一秒でも遅れていたら…と事すら考える暇もなく、霊夢はすぐに戦闘態勢を整える。
相手が襲ってきたのなら対応するしかないし、もとよりこの場で退治するつもりであったのだ。
(まぁ…色々とイレギュラーな存在が紛れ込んじゃったけど、今は目の前の敵に集中しないと駄目よね)
気持ちを瞬時に一新させた彼女は左手にもったナイフを握り締め、目の前にいる偽レイムと対峙する。
しかしその直後、襲ってくる直前まで隣にいたルイズか゛今どこにいるのか゛を知り、咄嗟の舌打ちが出てしまう。
(こういう時に限って、あぁいう邪魔なのがいるのはどうしてなのかしら…!)
今日は本当にツイてない。自分の身やその周りで起こる色々な出来事全てが悪い方向へ向いてしまう。
下手に動けばルイズが死ぬかもしれないという状況の中で、霊夢は動き出せずにいた。
一方尻餅をついてその場を動けないルイズは、目の前にいる偽レイムを見上げていた。
鳶色の瞳を見開かせた両の目には確かな恐怖が滲み出ており、僅かだが体も震え始めている。
魔理沙の首を絞め、霊夢が介入しなければ自分を絞殺していた存在がすぐ傍にいるのだ。恐怖しない方がおかしい。
先程までは強気になって魔法を放てたものの、今の状況では呪文を唱えるより相手が自分の頭を殴り飛ばす方が圧倒的に速い。
魔法に詳しい故に長所と短所も知っているルイズだからこそ、その手に持ったままの杖を振り上げる勇気が無かった。
「あ…あ…あぁ…」
ジワジワと心を侵していく緊張と恐怖のあまりに大きな声を出せず、ガラスで黒板を引っ掻いたような掠れ声だけが喉から出る。
本当なら今すぐにでも叫び声を上げて逃げ出したい――そう思いつつも彼女の体は動こうとしない。
彼女にとって突然過ぎた敵の攻撃と、今すぐ殺されるのではないかという恐怖という名の縄に締め付けられている。
しかしそれ以上に、胸中に刻み込まれた一つの言葉が今の彼女をこの場に押し留めていた。
脳内に響くそれを発言した者は、ここへ至る道中にルイズと魔理沙を止めようとした八雲紫である。
―――――――――もし今後も怯えるだけなら、霊夢の傍につくような事はやめなさいな
相手を諭すように見せかけ、挑発とも言える人外の声は先程までのルイズに投げかけた一種の挑戦状。
霊夢を召喚した結果に起った異変を解決するにあたり、紫は今までの彼女では足手纏いと判断したのだ。
学院から離れた森の中でキメラに襲われた際、ルイズは戦うどころか杖を構えることなく臆している。
偉そうな事を言いつつも、いざとなれば年相応の子供となり、怯える事しかできない彼女の姿は大妖怪の目にはどんな風に見えたのだろう。
ともかくそれを「ドコで」見ていたのかは知らないが、霊夢にも感知できない「ドコか」で見て、その結論に至ったのかもしれない。
その言葉には、幻想郷で起きた異変を解決する為にも、今のところ必要なルイズの身にもしもの事が起きない為に、という配慮も見え隠れしている。
しかしルイズは、自分がこれ以上に霊夢達に守られるという事はなるべく避けたかったかったのである。
キッカケだけとはいえ、霊夢を召喚してしまった自分も原因の一端である事に間違いない異世界の危機。
ハルケギニアより小さいとはいえ、下手すれば返しきれない借りがある彼女達の居場所を奪ってしまうかもしれないのだ。
もはや戦いを傍観する側ではない。あの妖怪の前で宣言したルイズはなんとか勇気を振り絞って立ち上がろうとする。
(私だって…戦えるのよ!私を助けてくれたレイムやマリサみたいに)
紫の声が幻聴となって聞こえるなか、自らの恐怖と戦い始めたルイズは知らない。
時と場合によっては、その勇気が取り返しのつかない危機を生み出す原因なってしまう事を。
そして…戦いの場において恐怖に対し素直になるという選択肢も――――決して悪くないという事も。
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