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#navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―)
&setpagename(memory-30 「Revelation」)
さて、一方その頃、魔法学院を出発し、ラ・ロシェールへと向かっていたルイズは、馬を替えるついで、駅で休息を取っていた。
本来ならば今すぐにでもタルブへ向かいたいが、ラ・ロシェールまでの道のりは長く、馬を替える必要もある。
そして何より、ルイズ達の体力では丸一日馬を飛ばし続けるのは無理があった。
しかし、ずっと馬を走らせてきた甲斐もあり、ルイズ達は随分早いペースでラ・ロシェールへと近づきつつあった。
「……今さらだけど、なんであんたまでついてきてんのよ」
「す、すいません……」
駅に併設された旅人用の酒場、普段なら旅人達でにぎわうその酒場も、ラ・ロシェール近辺から避難してきた人々で溢れている。
そこのテーブルに肘を突き、ふてくされたような表情で、ルイズがシエスタを睨みつけた。
エツィオの件もあり、ほんとならあまり話したくない相手であったが、学院からここまで付いてきてしまったのだ。
振りきってしまえば、諦めて学院に戻るだろうと思っていたルイズは、何度も振り切ろうと試みたものの、
シエスタの乗馬の腕はルイズに勝るとも劣らないものであり、遂には振り切ることが出来なかったのである。
「あのね、これから向かうところは戦場なの、とっても危ないのよ?」
「は、はい……で、でも……」
「でも、なによ」
「わたしもエツィオさんのことが心配ですし……」
「ふん、なんだってあんなバカのことが……」
ふてくされたようにルイズが呟く。
シエスタは、しゅんと肩を落とすと、ぽつりと呟いた。
「エツィオさんは、大丈夫でしょうか……」
「……わかんないわよ、だから探しに行くんでしょ?
あのバカ……いっつもいっつも勝手なことばっかりして……どれだけ人を心配させれば気が済むのよ……」
唇を噛み、ルイズは小さく呟く。泣きそうになったが、ぐっと堪える。
「タルブは……、わたしの村は、どうなっちゃったんでしょう?」
「さっき、酒場の人に聞いたわ。……あんたの前で、こういうことはあまり言いたくはないけど、アルビオン軍に占領されちゃってるみたいね」
「そんな……。わたしたちはなにもしていないのに……どうしてこんなことに……」
それを聞いたシエスタは沈痛な面持ちで呟く。
戦で苦境を強いられるのはいつだって民草だ。以前聞いた、オールド・オスマンの言葉が蘇る。
どんな言葉をかけていいのかわからず、ルイズが俯いたそのとき。一人の男が、酒場の扉を開けて飛び込んできた。
「お、おい! 大変だ! 戦況が変わったぞ!」
勢いよく飛び込んできたその男は、宿の中にいた人々全員に向けて、そう叫んだ。
「戦況が変わった? 何があったんだ?」
「占領されていたタルブの村が奪還されたんだ! 誰かがアルビオンの総司令官を討ち取ったらしい!」
「なんだって! それは本当か!」
「ああ! 本陣のラ・ロシェールに首が届いたんだ! 貴族議会の議員だ! これよりトリステインが攻勢に転ずるぞ!」
酒場の中が色めきたった。避難民達は手を鳴らして立ち上がり、喝采の大声をあげる。シエスタもぱぁっと顔を輝かせた。
「ミス! 聞きました!? タルブが! わたしの村が解放されたんですって!」
「ええ! よかったじゃない!」
ルイズもその報せに、ほっと胸をなでおろしシエスタと喜びを分かち合う。
その時であった、報せを持ってきた男が興奮気味に叫んだ。
「話によると、総司令官を討ち取れたのは、あの『アサシン』がタルブに襲撃をかけたからだそうだ! アサシンがこの戦に介入したんだ!」
「アサシンですって!?」
アサシンと聞いて、ルイズの顔から、さっと血の気が引いた。顔を上げ、急いでその男を捕まえ訊ねる。
「ね、ねえっ! そのアサシンって、もしかしてエツ……っ、し、『死神』のこと?」
突然貴族に話しかけられたその男は、少々驚いたものの、興奮冷めやらぬと言った様子で楽しそうに話してくれた。
「あ、ああ、あの『アルビオンの死神』だよ。アルビオンで貴族派の連中を殺して回っていると聞いていたが……、まさかここまで追ってくるなんてな。
あいつはどれだけ貴族派が憎いんだ? 王家の亡霊という噂も、まんざら嘘じゃないかもしれないな」
「あいつは今どこにいるのっ!?」
「え? あ、あいつ?」
「エツ……っ! あ、アサシンよ! アサシンは今どこ!」
「さ、さあ……、でもまだタルブの村じゃないか? なんでも、そこに捕まってた傭兵達をまとめあげちまったって話だし……」
今にも掴みかからんと言うほどのルイズの迫力に、男は思わず口ごもる。
「エツィオ……!」
震える声で小さく呟くと、ルイズは駆けだした。シエスタはあわてて後を追う。
ルイズは外に飛び出すと、新しく用意していた馬に飛び乗った。
後ろから、シエスタがルイズの馬に取りついた。
「ミ、ミス! 急にどうしたんですか!?」
「離してよ! タルブに行かなきゃ!」
「ど、どうしてタルブに!」
「あんた、さっきの話聞いてなかったの!? アサシンがいるって言ってたじゃない! エツィオはそこにいるわ!」
ルイズが怒鳴った。シエスタは一瞬、ルイズが何を言っているのかわからず、きょとんとした表情になった。
「な、何を言ってるんですか? それって、『アルビオンの死神』っていうアサシンですよね? アルビオンで貴族派の人たちをたくさん殺してるっていうあの……。
あ、危ないですよ! そのアサシンが敵か味方かもわから――」
「ああもう! 何言ってんのよ! そいつがエツィオじゃない!」
そこまで言って、ルイズははっとした。
しまった……。そう思った時にはもう遅く、シエスタは信じられないと言った様子で首を横に振っている。
「え……? じょ、冗談ですよね? あ、あはは……、あのエツィオさんがそんな……」
「ぅ……」
ルイズは自分の迂闊さを呪った。
どう言って聞かせよう……。必死に考えるものの全く思いつかない。
居た堪れなくなってしまったルイズは、尚もひきつった笑みを浮かべ、首を横に振り続けるシエスタを置いて、何も言わずに馬を走らせる。
またも置いて行かれる格好になったシエスタは、慌てて馬に飛び乗ると急ぎルイズを追いかけた。
「ま、待って下さい! ミス! タルブへの道はわかるんですか!」
追跡部隊を振り切ったエツィオは、ようやく拠点であるタルブの村に帰還することができた。
今まで夜の闇にまぎれ、身を隠しながらここまで来たため既に日が登ってしまっている。
しかし、大手を振ってそのまま村の中へ……というわけにもいかない。
いつアルビオンが攻めてくるかわからない状況である。不用意に村に近づけば敵と間違われ攻撃されるかもしれない。
無所属であるアサシンの辛いところである。と言うわけで、エツィオはすぐには村に入らず、馬を降りて草むらの中へと身を隠し、村の裏手へと密かに回り込んだ。
草むらの影に隠れながら村の中を注意深く観察し、警戒に当たっている傭兵達の動きを見極める。タイミングを見測り、物陰に隠れながら村に入り込むと、
誰にも見られないうちに素早く物見櫓の梯子にとりついた。
物見櫓の梯子を登り切ると、そこには遠眼鏡で草原のアルビオン軍の様子を伺っているアニエスがいた。
エツィオが声をかけようとしたその時、背後に近づく気配を感じ取ったのか、アニエスはすぐさま腰に差した剣を抜き放ち、背後に立つ人物に突きつけた。
「誰だ!」
「おっと! 随分な御挨拶だな」
おどけるように両手を上げ、肩を竦めたエツィオは、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
いつの間にか背後に立っていたアサシンの姿にアニエスは目を丸くして驚いた。
「アウディトーレ! いつの間に!」
「ああ、ついさっきな」
「む……、ちょっと待て」
アニエスは眉を顰めると櫓の下を覗き込み、下にいた傭兵を怒鳴りつけた。
「おい! アサシンが戻ったなら戻ってきたと報告せんか!」
「はい? アサシンの旦那ですかい? いつ戻ったんですか?」
すると傭兵は、なんのことだかさっぱり分からないと言わんばかりに首を傾げる。
どうやら、アサシンが帰還したことに、隊の誰一人として気がつかなかったらしい。
報告を聞いたアニエスは背中にうすら寒いものを感じながら、背後のアサシンを見つめた。
「なに……? お前、まさか……」
「ん? なにかな?」
エツィオはいたずらっぽい笑みを浮かべると、楽しそうに首を傾げる。
そんな彼の態度が気に食わないのか、アニエスはむすっとした表情でエツィオを睨みつけた。
「……まあいい、それよりも、戻ってきたということは、きちんと成果はあったんだろうな?」
そんな非難めいた彼女の視線を受け流しながら、エツィオは手すりに近づくと、草原に布陣するアルビオン軍を見つめ、淡々とした口調で呟いた。
「ああ、ウィリアム伯は死んだ。ご覧の通りだ、もう連中はまともに戦えはしないだろう」
エツィオは草原のアルビオン軍を指さす、見ると指揮系統が麻痺しているのだろう、
アルビオン軍は陣形もまばら、兵達の様子もどことなく落ち着きが無いように見えた。
あの有様では突撃はおろか、進軍もままならないだろう。
それからエツィオは、懐にしまい込んでいた短剣を取り出した。
「あの寺院に祀られていた短剣だ、せっかくだから、始末した証拠に貰ってきたのさ」
「ふ、ふん……、どうやら口先だけではないようだな」
証拠の短剣を見たアニエスは、目の前にいるアサシンの技量に内心舌を巻きながらも、精いっぱいの強がりを言った。
そんな彼女にエツィオは肩をすくめながら、小さく笑みを浮かべた。
「まったく、きみも俺の主人みたいな事を言うんだな」
「主人?」
エツィオがそう言うと、アニエスは首を傾げた。
「そう言えばお前、会った時に『使い魔』だとか言っていたな、それは一体どういう――」
「そうだな、それは俺ともっと親しくなったら教えてあげるよ。……それよりもだ、迎撃の準備はどうなってる?」
エツィオはアニエスの追及を遮ると、村の広場へと視線を落とす。
アニエスはエツィオの横に立つと、広場の傭兵達を指さした。
見ると、傭兵達はバリケード作りや大砲の整備に余念がなく、忙しそうに走り回っている。
「防衛の準備は万端だ、マスケット銃、弓と矢、剣と槍、連中の物資を丸々鹵獲出来た。
大砲の弾も数こそ少ないが一通りそろっている、榴弾に鎖弾、葡萄弾だ。それに……」
アニエスはそこで言葉を切ると、エツィオの肩をぽんと叩き、柔らかな笑みを浮かべた。
「お前が戻ってきた。アテにさせてもらうぞ、アウディトーレ」
「きみに頼られるとは光栄だな、俺もやる気が出てくるってものさ」
エツィオが力強く頷いたその時であった。
周辺の警戒をしていた傭兵の一人が、こちらに駆け寄ってきた。
「隊長! 大変です!」
困ったような表情を浮かべている傭兵に「敵襲か!?」とアニエスが怒鳴った。
すると傭兵はそうではないと首を横に振ってみせた。
「いえ、それが困ったことが起こりまして。女の子が二人、村の中に入ってきちまったんです」
「なんだと?」アニエスが顔を顰める。
「非戦闘員がなぜこんなところに?」
「はい、なんでも人を探してここまで来たとか」
その報告にエツィオとアニエスは顔を見合わせた。
「人だって? 誰を探しているんだ?」
「それが、『エツィオ』って奴に会わせろとの一点張りなんですよ、うちの隊にそんな名前の奴はいないし……。どうしたものか」
ぽりぽりと頭を掻きながら困ったように傭兵が言った。
アニエスは腕を組むと、苦い顔をして、小さく舌打ちをした。
「『エツィオ』だと? ……知らん名だ。全く面倒なことになったな、何時戦闘が開始されるかわからんというのに……。
追い出すわけにもいかんし、かといってここに置いておくのもな。……どうする?」
アウディトーレ。と、アニエスが隣にいるアサシンに訊ねる。
しかし答えは返ってこない。不審に思ったアニエスは、フードの中を覗き込む。
見ると彼の顔は真っ青になっており、額には玉のような汗が浮かんでいる。
「アウディトーレ? どうした?」
明らかに動揺している様子のアサシンに、アニエスは首を傾げた。
その時であった。下にいた傭兵が慌てたように声を張り上げた。
「おい、こら! 勝手に入ってきちゃだめだ!」
「エツィオ!」「エツィオさん!」
場違いなほど高い鈴のような声が、未だ戦火の燻るタルブの村に響き渡った。
今が平時であれば、さぞ心地よく聞こえるであろうその声も、今のエツィオにとっては一番聞きたくない声であった。
エツィオは、ぎょっとして櫓の手すりから身を乗り出し、声が聞こえてきた方向を見る。
果たしてそこには、彼の『元』主人であるルイズと、シエスタの姿があった。
「そんな……」
駆け寄ってくる二人の姿にエツィオの膝が、がくんと折れそうになった。
戦火に巻き込むまいと最も心を砕いた人物が、自ら戦火に飛び込んできてしまったのだ。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、ルイズとシエスタは、櫓の梯子を登ると、愕然と立ち尽くすエツィオの元に駆け寄った。
「エツィオ! あんた――」
「どうしてここにいる!!」
ルイズが言い終わるのを待たずに、エツィオは大声を張り上げ、二人を怒鳴りつけた。
エツィオの激しい怒声に思わず二人は竦み上がった。
「そ、それは……あ、あんたが心配だからで……っ」
「あ、あの……わ、わたしもエツィオさんが……」
エツィオの迫力に半ば怖気付きながらもルイズとシエスタはもごもごと口を動かす。
そんなふうに立ちつくす二人に、エツィオはつかつかと歩み寄ると、突然二人の身体を抱きよせた。
「ちょ、ちょっと! エツィオ! な、なにすんのよ!」「え、エツィオさん!?」
「二人とも大丈夫か? 怪我はないか?」
突然抱きしめられ、顔を赤くしてあたふたと慌てる二人からエツィオは身体を離すと、無事を確かめるように交互に二人の顔を見つめた。
そのあまりに余裕のない彼の表情に感ずるものがあったのだろう。ルイズはこくりと頷いた。
「え、ええ、わたしたちは大丈夫よ、シエスタの案内で、うまく森の中を抜けてこれたから。敵に出会ったりはしなかったわ」
「ああ……そうか、よかった……本当に……」
それを聞いたエツィオは、安堵したように呟くと、がくりと膝を突き、力なく項垂れた。
大きく息を吐き、しばらく俯いていたエツィオに、ルイズが声をかけようと口を開く。
「エツィオ、あんたね――」
「……ルイズ」
「っ……!」
ルイズの言葉を遮り、エツィオがぽつりと呟き、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、ルイズはまるで心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に陥った。
口調こそ静かだが、恐ろしい程の怒気を含んでいる。
泣く子も黙る、というのはまさにこの事だろう。ルイズは完全にエツィオの放つ気迫に気圧され、口を開くことが出来なくなってしまっていた。
「……どうしてここにいるんだ?」
エツィオは静かに口を開くと、今度はシエスタに視線を向けた。
「シエスタ」
「ひっ……! は、はい……」
「学院から誰も出すなと俺は言ったはずだ。ちゃんとそれをオスマン殿に伝えたんだよな?」
いつも彼が見せていた優しい笑みとはまるで違う、静かな、だが激しい怒りを湛えた刃のような鋭い視線に射竦められ、シエスタは心底振るえ上がった。
おまけにシエスタは、オスマンに会わずにここまで来ていた。エツィオに対し反論する術を全く持ち合わせていないのである。
今にも泣き出しそうなシエスタであったが、エツィオは構わず追い打ちをかけた。
「まさかここまでのこのこと彼女を案内してきた、なんてことはないよな?」
「……え、えっと……あの……」
「頼む、違うと言ってくれないか?」
「……ご、ごめんなさい……わ、わたしっ……うっ……うぅ……」
容赦のないエツィオの叱責にシエスタはしくしくと泣き始めてしまった。
エツィオは沈痛な面持ちのまま、ハァ……と大きくため息をつき、ぼそりと呟く。
「きみを信じていたのにな……」
どうやらその一言がトドメになったらしい、シエスタは泣き崩れ、わんわんと泣き始めてしまった。
だがエツィオは、それすらも無視すると、今度はフードの中の視線を、ゆっくりとルイズに向けた。睨まれただけで、ルイズの身体が凍りつく。
シエスタが震えあがるのも無理はない、とルイズは内心思った。今の彼は、いつもの優しくて陽気なエツィオではなかった。
今、目の前にいるのは、数多の要人を闇へと葬り去ってきた、本物の暗殺者。こんなのに睨まれたら、誰だって恐怖に凍りつくだろう。年頃の娘ならなおさらだ。
「きみは? なぜここに?」
「わ、わたしは……へ、部屋に落ちていた手紙を見たの、た、タルブが戦場になるって……」
エツィオはぴくりと眉を動かすと、手紙をしまったはずのポケットへ手を伸ばし、中を探る。案の定、中には何も入っていなかった。
確かに入れたと思っていたのだが、どうやら彼女の言う様に、部屋で落としてしまっていたのだろう。
自分の不注意さに内心舌を打ちながら、ルイズをじっと見つめる。
「それで? 俺への手紙を見たとして、きみはここに何をしに来たんだ? まさか俺を探しに来ただなんて言わないよな?」
「そ、そうよ! あんたを止めに来たのよ! 悪い!?」
「悪いだと!?」
「ひっ……!」
再びエツィオが怒鳴り声をあげる、そのあまりの剣幕に、ルイズは思わず竦み上がった。
「ふざけるな! どうしてわざわざ戦場になんか飛び込んでくるんだ! ましてや戦いを知らないきみたちが! 戦うすべのない彼女までも危険に巻き込んで!
俺は何のためにこんなことをしていると思っている! きみたちにもしものことがあったら俺はっ――!」
「そこまでだ」
声を荒げ尚も怒鳴りつけようとするエツィオの肩を、不意にアニエスが掴んだ。
「……アニエス」
「落ち着け、そんな問答をしている場合ではなくなった」
「……どういうことだ?」
エツィオが訊ねると、アニエスは険しい表情で「あれを見ろ」と草原を指さした。
みると、一部の部隊が草原を引き返し、こちらに向かってきているではないか!
「なっ! どうしてこっちに来る! 背後にはまだトリステインの本隊がいるんだぞ!」
それを見たエツィオは歯噛みした。だが、すぐにその理由に気がついた。
櫓のすぐ近くを一羽のフクロウが旋回している。エツィオははっとした表情になると、即座に投げナイフをフクロウに向け投げ放つ。
ルーンの力も合わさった投げナイフは、まるで吸い込まれるようにフクロウの眉間に突き刺さる。
力なく地上へと墜落してゆくフクロウを見つめながら、エツィオは険しい表情で呟いた。
「くそっ……! 迂闊だった、敵の使い魔だ、俺の姿を見られたか……」
「……どうやら、連中は勝利よりもお前の首を選んだようだな。それほどまでにお前の存在が脅威なのだろう」
アニエスはそんなエツィオの隣に立つと、櫓の隅で立ちすくんでいるルイズ達にちらと視線を送った。
「とにかく、彼女らの安全確保が第一だ、小言ならあとでいくらでも聞かせてやればいい」
「……ああ、そうか……。そうだな」
エツィオは一度深呼吸をすると、ルイズ達に向き直り、肩に手を置いた。
「お説教は後だ、聞いただろ? ここは危険だ、俺達が出来る限り食い止める、その間に遠くへ逃げろ、いいな?」
「で、でも、あ、あんた……」
「でも、は無しだ、これ以上――」
俺を困らせるな。そう言おうとしたその時であった。
「敵部隊が来るぞ! 迎撃の指示を!」
下で待機していた傭兵が大声で叫ぶ。どうやら敵がすぐそこまで迫ってきているらしい。
「先に行っている、お前も急げよ」
アニエスはエツィオの肩をぽんと叩くと、梯子を伝い下へと降りていく。
エツィオは小さく頷くと、二人に視線を戻し、真剣なまなざしで見つめた。
「俺がいいと言うまでここにいろ、それまで絶対に櫓から顔を出すんじゃないぞ」
「いやよ! あんた、戦うつもりなんでしょう!? だったらわたしも――!」
「ダメだ! ここにいるんだ、いいな?」
ルイズに最後まで言わせず、エツィオは短く怒鳴りつけると、ついと立ち上がり、呆然としているシエスタに視線を向けた。
「シエスタ」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれ我に返ったシエスタに、「彼女を頼む」とだけ言うと、櫓の淵に足をかけた。
その時、ルイズの顔がふにゃっと崩れた。
「エツィオぉ……、あんたっ、死んだら、どうすんのよ……、イヤよ、わたし、そんなのイヤ……」
「俺は死なないよ、約束する。一緒に帰ろう、学院に」
嗚咽を漏らしながら呟くルイズに、エツィオは振り返らずに言うと、そのまま櫓から身を躍らせ、下に留めていた馬に飛び乗った。
突然騎乗された馬は驚いて馬首を上げるが、エツィオはそれをなんなく御すると、アニエスの元へと走らせた。
「もういいのか?」
「ああ。……すまない、俺としたことが」
同じく馬に跨っていたアニエスの隣に並ぶと、エツィオは小さく頭を振った。
「構わん、その代わり、後で事情を聞かせてもらうぞ、『エツィオ』」
「わかったよ」
口元に笑みを浮かべ、名前を呼んだアニエスに、エツィオは苦笑しながら頭を掻く。
それから真面目な表情になると、まっすぐにアニエスを見つめた。
「そのためにもだ。アニエス、力を貸してくれ」
「わかっている」
アニエスの言葉に、エツィオは力強く頷くと、馬の腹に蹴りを入れ、敵を迎え撃つべく整列した傭兵達の元へ駆け寄った。
「諸君! すまないが、君たちも力を貸してほしい!」
「おおッ!」
エツィオは腰のデルフリンガーを抜き放つと、天高く掲げ、雄々しく叫んだ。
「俺たちの手に勝利を!」
「勝利を!」「勝利をッ!」「おおおおおおおッ!!」
雄叫びは鯨波となり、戦場を揺るがす、その時だった。見張りの兵士が大声を上げた。
「敵部隊、来ました!」
「……来たな」
唇を噛みながら低く唸る、こちらへと行進してくるアルビオン軍を睨みつけ、即座に傭兵達に指示を出した。
「大砲用意! 弾種、砲丸!」
「大砲用意!」
指示を復唱しながら、砲兵達が大砲に砲弾を装填し、発射の準備を進める。
「装填よし! 撃てます!」
「まだだ! 引きつけろ! 角度そのまま!」
エツィオのタカの眼が、大砲の最大射程と最大効果範囲を即座に導きだす。
先鋒の部隊が、その範囲内に踏み込んだ事を認識したエツィオは、天高く掲げていたデルフリンガーを振り下ろす。
「砲撃開始ッ!」
「砲撃開始!」
号令と共に、大砲から砲弾が放たれる。
着弾。破裂した砲弾の破片で先頭を行進していたアルビオンの部隊が丸ごと吹き飛ぶ。
「銃兵隊! 構えッ! 第一射! 撃てぇ―――ッ!」
間髪いれずにエツィオは銃兵に射撃を命じ、かろうじて生き残っていた敵兵達に銃弾を浴びせかけた。
大砲と銃兵の連携に、なすすべなく壊滅した先鋒部隊を見て、傭兵達が歓喜の雄叫びを上げた。
そんな中、エツィオは呆然と左手を見つめた。そこにはルイズとの契約で刻まれた、ガンダールヴのルーンが光っている。
今、無我夢中で指示を出していたが、こんなに的確な指示を、自分は今まで出せた事があっただろうか?
エツィオは既視感とも違う、不思議な感覚を覚えていた。それははるか先の自分を重ね見るような、まるで予感とも言うべき、奇妙な感じだ。
遥か先、未来の自分は、こんなふうに軍勢を率いて、強大な敵と戦っている……。
突如、エツィオはぞくりとして我に返った。この奇妙な感覚は何だ? 戦場と言う過酷な環境のせいなのか? いや、言葉では説明がつかない。
どこか奥底に眠っていた才能、或いは能力が突然開花してしまったかのようだ。
これもルーンのもたらす力なのだろうか? そんな事を考えていると、横にいたアニエスが大声を張り上げる。
「次が来るぞ! 装填急げ!」
それからアニエスはエツィオの横に馬を付けると、彼の肩を掴み、激しく揺さぶった。
「エツィオ! どうした! ぼうっとするな!」
「あ、ああ!」
その声で我に返ったエツィオは、慌ててアルビオン軍を見つめる。
先鋒部隊の死体を踏み越え進軍してきた後続の部隊が、横一列に並び、こちらにマスケット銃を向けているのが見えた。
列の中心に立った士官が杖を振りあげ、号令をかけようとしている。
「全員伏せろ!」
エツィオが号令を出し、頭を伏せたその瞬間、アルビオン兵の一斉射撃が行われる。
運悪く顔を出していた数人の傭兵が銃弾を浴び、地面に倒れ伏す。
だが、傷つき倒れた彼らを気にかけている場合ではない。すぐさまエツィオは体勢を立て直し、傭兵達に向け叫んだ。
「装填の暇を与えるな! 砲撃開始!」
「砲撃始め!」
号令と共に、備え付けられた大砲が一斉に火を噴いた。砲弾はまっすぐに敵部隊の中心に向け突っ込んで行った。
そして先ほどの砲撃と同じ様に、敵部隊を丸々吹き飛ばす……はずだった。
放物線を描き、敵部隊の中心部へと飛んで行った砲弾が、敵部隊のはるか手前で炸裂してしまった。
砕け散った砲弾の破片のいくつかは、アルビオン兵を襲ったが、それでも先ほどの砲撃と比べれば、彼らに与えることができた損害は微々たるものだった。
「なんだ!?」
エツィオが顔を上げると。敵の指揮官であるメイジが杖を振っているのが見えた。巨大な空気の壁がまるで敵銃兵達を包み込むように展開される。
アニエスが苦い顔で叫ぶ。
「風の魔法だ! あれでは弾が通らん!」
「俺が行く! アニエス! 俺に構わず砲撃を続けろ!」
エツィオはそれだけ言うと、乗っていた馬の腹を蹴り、バリケードを飛び越え一直線に走り出した。
鞍の上で身を低くし、加速度を付けて敵陣の真ん中へと突っ込んでゆく。
「アサシン! 馬鹿め! 窮したか!」
こちらに突っ込んでくるアサシンの姿を見たアルビオンの指揮官は、装填を終えた銃兵を見て、杖を振りあげる。
「銃兵構え! 目標はアサシンだ! 撃てェ――――ッ!」
号令と共に、銃兵達が一斉射撃を行う。数十発もの銃弾を浴びた馬は堪らず嘶き声を上げ、地面にどうっと倒れ込む。
それを見た隊長は、占めたとばかりに唇の端を上げる。しかし、すぐにその顔は驚愕に凍りついた。
目の前には確かに、アサシンの乗っていた馬が倒れ伏している、しかし、その背に乗っていたはずのアサシンの姿がどこにもない。
どこに消えた? 慌ててアサシンの姿を探す。すると倒れ伏していた馬の影から白い影が飛び出した。
驚くべきことに、アサシンは一斉射撃の瞬間、馬の身体を盾にし、弾丸の雨をしのいでいたのだった。
「だっ、第二射構え! よく狙――!」
杖を振り回し、銃兵に号令をかけようとしたその瞬間、アサシンは手に持っていた大剣を振った。
その瞬間、驚くべきことが起こった、その剣は指揮官メイジが作り出していた空気の壁を、まるで絹の様に切り裂いたのだ。
「馬鹿な――!」驚愕し、そう叫んだ時には、アサシンは銃兵の列に躍り込んでいた。
アサシンはひるみ上がった銃兵からマスケット銃を奪い取ると、銃身を握り、今まさに発砲しようとしていた近くの銃兵の顔面を強かに殴りつけた。
その拍子に、その銃兵が手に持っていた銃があらぬ方向を向き、発砲される。不幸なことに、その弾丸は狙い澄ましたかのように他のアルビオン兵の眉間へと吸い込まれてゆく。
眉間に穴があいた銃兵が地面に倒れ伏した拍子に、手に持っていた銃が暴発、その弾がまたも味方に当たり、混乱から同士討ちが発生した。
それからエツィオは、持っていたマスケット銃の持ち主であった銃兵を捕まえると、彼の首に腕を回し、ぐいと締め上げる。
その瞬間、トリステイン側から一斉射撃が放たれた。雨霰のように降り注ぐ弾丸に、混乱していたアルビオン軍がバタバタと倒れ伏してゆく。
味方から放たれた弾丸は当然エツィオにも降り注ぐが、盾にした銃兵が全て防いでくれたお陰で無傷のままだ。
銃兵隊が壊滅状態に陥ったことを確認したエツィオは、猛然と敵の指揮官の元へ向け駆けだした。
「た、短槍隊! 応戦しろッ!」
こちらに向かってくるアサシンの姿に、恐怖に駆られた指揮官は、慌てて指揮下の槍隊を突撃させる。
しかし、アサシンはその槍衾を軽々飛び越え――、空中で右手に持ったマスケット銃を指揮官に向け、引き金を引いた。
「ぐあっ!」
突然の出来事に魔法を唱える事が出来ず、左肩を撃ち抜かれた指揮官メイジは、馬の背から放り出され、地面に仰向けに崩れ落ちた。
「う……ぐ……! あ……ああ……!」
落下の衝撃で朦朧とする意識の中、目の前に悠然と現れた白き影に、指揮官メイジは恐怖に凍りつく。
仰向けのまま、あわてて杖を振おうと試みるも、それよりも早く、アサシンが手に持っていた大剣を振い、杖を遠くへと弾きとばす。
もはやなすすべもない、恐怖に凍りつく指揮官メイジに、白衣のアサシンは、大剣の切っ先で、メイジのマントの裾を捲りあげる。
その下の軍服についた、彼の身分を示す徽章を見た。胸に光る佐官の徽章。昨夜、あの寺院にいなかった、仕留め損ねた指揮官の一人だった。
それを確認したアサシンは、目の前で恐れ慄くメイジに向け、手にしていた剣を振りあげ、彼の脳天目がけ躊躇うことなく振り下ろす。
「やめて――」
グチャリ、と肉と骨が砕かれる厭な音が辺りに響く。兵士達は、その光景に堪らず目を瞑る。
一瞬の間、戦場が静寂に包まれる。周囲にいたアルビオン兵が恐る恐る目を開くと、そこには脳天を割られ、変わり果てた姿で倒れ伏した、指揮官の姿があった。
返り血がべっとりと付いた大剣を手に、幽鬼のように佇むアサシンの姿に、その場にいたアルビオン兵達は、恐怖に思わず竦み上がった。
「うっ……」
その様子を櫓の上から恐る恐る見つめていたルイズとシエスタは、目の前で繰り広げられる光景に思わず口元を押さえていた。
櫓から見下ろす戦場では、エツィオが大剣を振り回し、アルビオン軍相手に大立ち回りを演じている。
迫りくる刃を紙一重で巧みにかわし、手に持った大剣で敵を次々に薙ぎ払い、時には足元に転がるマスケットすらも利用し敵を打ち倒す。
敵味方双方から降り注ぐ弾丸や呪文は、近くにいる敵兵を捕まえ無理やり盾にして防ぎ、敵兵からの攻撃すらもその場で利用し同士討ちにさせる。
しまいにはそんなエツィオの戦い方に恐れを為し、彼に近づこうとする敵兵がいなくなってしまったほどだ。
「あの……ミ、ミス? あれ、ほんとに……エツィオさん……なんですか?」
「わかんない……あんなエツィオ、はじめてみた……」
円陣を突破し、こちらの陣地へ駆け戻ってくるエツィオを見ながら、シエスタは震える声でルイズに訊ねた。
ルイズはふるふると首を振りながら呟くように答える。
「あのマント……」
そんな中、ルイズがエツィオの左肩のマントを見てぽつりと呟く。
ルイズはそのマントに見覚えがあった。そう、それはアルビオンでウェールズ殿下が最期に身に着けていた王家のマントだ。
ワルドに心臓を貫かれ、王家のマントが血で真っ赤に染まっていく瞬間を、ルイズは確かに見ていたのだった。
「殿下のだわ……」
「殿下?」
「アルビオンのウェールズ殿下よ、あのマントは、殿下が最期に身に着けていたものなの。あいつ……ほんとに……」
『アサシン』だったんだ……。とルイズが小さく呟く。
彼自身から告白されてなお、どこか信じきれてなかったルイズであったが、実際に目にした以上、否が応でも認めざるを得なかった。
「アサシン……」
ルイズにつられるようにシエスタがぽつりと呟く。
その時であった、地上の様子が俄かに騒がしくなる。何かと思い下を覗き見ると何やらエツィオもただならぬ様子で空を見上げているのが見えた。
ルイズとシエスタも何だろうと空を見上げる、そして目に入ってきた光景に恐怖で言葉を失った。
「竜騎士だぁーーー!」
空を見上げていた傭兵の一人が戦慄いた声で叫ぶ。
上空の竜騎士隊が村目がけて急降下してきたのだ。
「弾を替えろ! 葡萄弾用意!」
それを見たエツィオは、即座に大砲の砲手へと命令を飛ばす。
砲手達は慌てて大砲に葡萄弾を詰め込み、砲撃の準備を整える。
その時であった、ぶおん! と唸りを上げて、騎士を乗せたドラゴンが大砲に炎を吹きかけた。
火薬に火が付き、大砲が暴発を起こす、火だるまになった傭兵達が転げ回りやがてばたばたと倒れてゆく。
「くそっ!」
一つの大砲が潰されてしまったものの、まだ大砲は残っている。
悔しさに唇を噛みしめながらも、エツィオは残った大砲の砲手に号令を飛ばした。
「射角合わせ! よく引きつけろ!」
もう一騎の竜騎士が再び大砲に炎を吹きかけようと急降下を仕掛けてくる。
竜騎士が砲弾の降下範囲内に入る瞬間を見逃さずに、エツィオは剣を振り下ろす。
「撃てえ――――ッ!」
号令と共に、大砲が火を噴いた。
放たれた砲弾は空中で炸裂、無数の小さな弾丸がドラゴンと騎士に襲いかかる。
体中に無数の穴をあけられたドラゴンと竜騎士は無残な姿となって地上へと墜落していく。
だが、小さな勝利に酔っている暇はなかった、上空からは別の竜騎士がこちらへと向かってきているのが見える。
「装填急げ! まだ来るぞ!」
次いでアニエスが号令を出し、装填を急がせる。傭兵達が急ぎ大砲内の煤を取り、次弾を装填する。
「銃をよこせ!」
しかし、このペースでは間に合わないと悟ったエツィオは、近くにいた傭兵からマスケット銃をひったくると、こちらへと向かってくる竜騎士に向け狙いを定める。
左手のルーンが標準のブレを修正し、ピタリと銃口がドラゴンを駆る竜騎士に合わさる。
ずどん! とエツィオのマスケット銃が火を噴いた瞬間、竜騎士は左肩を撃ち抜かれ、たまらずドラゴンの背から転げ落ちる。
乗り手を失ったドラゴンはいずこかへと飛び去り、竜騎士は村の真ん中へと投げだされてしまった。
「ぐっ……、お、おのれ……!」
村の中に投げ出された竜騎士は、墜落のショックに身をよじりながらも、目の前に落ちていた杖を取ろうと手を伸ばす。
しかし、その手は無情にも、冷酷な刃によって切り落とされた。
「ぎゃああああああっ!」
突然振り下ろされた戦斧によって、手首から先を切りとばされた竜騎士はあまりの苦痛に絶叫をあげる。
何事かと見上げると、目の前には数人の屈強な傭兵が武器を手にこちらを見下ろしている。
すると一人の傭兵がずいと前に進み出て、手に持っていた武器を竜騎士に突きつけた。
「てめえ……! さっきの竜騎士だな?」
傭兵は怒りに震える声で唸るように呟く。
果たして、先ほど大砲を焼き払った竜騎士であった彼は、恐怖に凍りついた。
「くっ……来るな……! 来ないでくれ!」
「そうはいくか! この!」
恐怖のあまり這いずりながら後ずさりする彼に向い、いきり立った傭兵が手に持っていたメイスを振い、彼の膝を撃ち砕いた。
骨が砕かれる厭な音と共に、再び竜騎士の絶叫が辺りに響く、それが呼び水となったのか、彼を囲んでいた傭兵達は手に持っていた得物を振い上げ、次々竜騎士に打ち下ろした。
「くそっ! この野郎! よくも弟を!」
「死ね! このクソ野郎が! 死ね! 死んじまえッ!」
「ひぎっ……! も、もうやめ――! だずげっ……! ぎゃああっ……!」
戦斧、槍、剣、メイス、様々な武器が打ち降ろされるたびに、命乞いの声が小さくなってゆく。
その声が完全に消え失せ、ただの動かぬ肉塊に成り果てても、傭兵達の執拗な攻撃は止まらなかった。
「貴様ら! 何をやっている! 持ち場に戻れ!」
そんな彼らを見咎めたアニエスの怒号に、傭兵達は死体にツバを吐きかけると、しぶしぶ元の持ち場へと戻っていく。
「うっ……うぅっ……もう……もういやぁ……助けて……おとうさん……おかあさん……」
櫓の隅に蹲り、身を隠していたシエスタは、自分達の真下で行われた凄惨極まる処刑に、恐怖に打ち震えながらしくしくとすすり泣いていた。
ルイズはそんなシエスタの頭を抱きかかえ、震える声で呟く。
「大丈夫、大丈夫よ、エツィオがなんとかしてくれるわ、だからっ、泣かないでよぉ……」
そうやって必死にシエスタを慰めるルイズも、怖くて怖くて今にも泣きそうになっていた。
やっぱり、エツィオの言うとおりこんなとこに来るべきではなかったと心が恐怖に呑まれそうになる。
唇をぎゅっと噛み、『始祖の祈祷書』を握り締めた。
エツィオを死なせたくない、連れ戻したい、そう思ったからこそ飛び出したのではないか。
ルイズは恐る恐る櫓から顔を出し、地上のエツィオを探す。
瞬間、エツィオが素早く振り向き、キッとルイズを睨みつけた。『顔を出すな』、言葉にこそしないが、その表情はそう語っている。
まるで自分の行動を全て把握しているかのようなエツィオにルイズは慌てて頭を引っ込めながら、なによ! と思った。
勝手に飛び出しておいて、自分だけ戦ってるような顔しないでよ、わたしだって戦ってるんだから!
といっても、今の自分は何もすることが出来ない。
そもそもエツィオはルイズの目の届かぬ所で密かに問題を排除しているフシがあるのだ。何もできないのは当然と言えば当然であるのだが。
そんな彼が今こうして自分の前で苦境に立たされているにも関わらず何もできない事がどうしようもなく歯痒く、悔しかった。
とにかく恐怖に負けていては何も始まらない。ポケットを探り、ルイズはアンリエッタから貰った『水』のルビーを指にはめた。その指を握り締める。
「姫さま、エツィオとわたしたちをお守りください……」と呟く。
右手に持った始祖の祈祷書を左手でそっと撫でた。
結局、詔は完成しなかった。ここのところずっと気持ちが沈んでいたため考えようにも全く思い浮かばなかったのであった。
正直、今もそのことを思い出すだけで胸がムカムカしてくるが、今は戦場のど真ん中、この際そんな事は言っていられない。
とりあえず、祈れるものになら、始祖にも自分達の無事をお祈りしておこうと思い、『始祖の祈祷書』を手に取った。
ルイズは何気なくページを開いた。ほんとに他意なく開いた。
だからその瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した時、心底驚いた。
「たっ、大砲沈黙! 残り一つです!」
「敵竜騎士! 来るぞ!」
「全員伏せろぉーーーー!」
エツィオの悲鳴のような号令に、傭兵達が咄嗟に身をかがめる。
瞬間、最後の大砲が竜騎士によって焼き払われ、爆発、沈黙してしまう。
「くそっ!」
起き上がりながらエツィオが苦い表情で吐き捨てる。
最初は竜騎士相手に奮闘していた大砲であったが、やはり多勢に無勢、地上と上空からの波状攻撃に次々と沈黙、
そして今、最後の一つが焼き払われ、ついに全ての大砲が沈黙してしまっていた。
予想以上の規模の攻撃に、エツィオは愕然とした。指揮官を討ったにも関わらず、攻撃はやむ気配がない。
「どうする……!」
エツィオは唇を噛みながら、思案する、押されつつあるためか、兵達の士気も下がり始めている、このままでは制圧されるのも時間の問題である。
ルイズ達を逃がす事も考えたが、空に竜騎士がいる以上、彼女らの姿を晒させる訳にはいかない。
この苦境をどう切り抜けるか……、答えなど無いに等しかった。
ルイズは光の中に文字を見つけた。
それは……古代のルーン文字で書かれていた。ルイズは真面目に授業を受けていたのでそれを読むことが出来た。
ルイズは光の中の文字を追った。
序文。
これより我が知りし真理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒よりなる。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
その四つの系統は『火』『水』『風』『土』と為す。
こんなときなのに、知的好奇心が膨れ上がる。もどかしい気持ちで、ルイズはページをめくった。
神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。
神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
四にあらざれば零、零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無』と名付けん。
「虚無の系統……? 伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」
思わず呟いてページをめくる。鼓動が鳴った。
櫓の隅で、『始祖の祈祷書』を読みふけるルイズの耳にはもう、辺りの轟音は届かない。
ただ、己の鼓動の音だけが、やたらと大きく聞こえた。
これを読みし者は、我の行いと理想を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。
志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
詠唱者は心せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。
たとえ資格無きものが指輪をはめても、この書は開かれぬ。
選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ
以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』
このあとに古代語の呪文が続いた。ルイズは呆然として呟いた。
「ねえ、始祖ブリミル。あんたヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ、この『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ?
その読み手とやらも……、注意書きの意味がないじゃないの。ていうかあんた、何も持ってないアイツに読まれかかってたわよ」
そしてはたと気づく。読み手を選びし、と文句にある。ということは……。
自分は読み手なのか?
よくわからないけど、文字は読める。読めるのなら、ここに書かれた呪文も効果を発揮するかもしれない。
ルイズはいつも、自分が呪文を唱えると、爆発することを思い出した。あれは……、ある意味ここに書かれた『虚無』ではないだろうか?
思えば、モノが爆発する理由を、誰も答えられなかった。
両親も、姉たちも、先生も……、友人たちも……、ただ失敗と笑うだけで、その爆発の意味を、深く考えなかった。
すると、自分はやはり、読み手なのかもしれない。信じられないけど、そうなのかもしれない。
だったら試してみる価値はあるかもしれない。だって……今のところ、それしか頼るべきものが無いのだから。
頭の中がすうっと冷静に、冷やかに、冷めてゆく。先ほど眺めた呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶の様に、滑らかに口をついた。
昔、聞いた子守唄の様に、その呪文の調べを、ルイズは妙に懐かしく感じた。
やってみよう。
ルイズは腰を上げた
「ミ、ミス……なにを……?」
隣で泣いていたシエスタが、呆然とルイズを見上げる。
ルイズはアルビオン軍の艦隊が浮かぶ空の一点を見つめぽつりと呟いた。
「その……信じらんないんだけど……、うまく言えないけど、わたし選ばれちゃったのかもしれない。いや、なんかの間違いかもしれないけど」
「え? 何を言ってるんですか?」
「いいから黙ってて、……ペテンかもしれないけど、何もしないよりは試してみた方がマシだし、なんとかするにはこうするしかないみたいだし。
……ま、やるしかないのよね。わかった、やってみましょう」
ルイズのそのひとり言のような言葉に、シエスタは唖然とした。
「あ、あぶないですっ! ミス! おかしくなっちゃったんですかっ!? しっかりしてください!」
「うっさいわね! 静かにしてって言ってるでしょ! もしかしたらなんとか出来るかもしれないんだから!」
ルイズはシエスタを怒鳴りつけると、『始祖の祈祷書』を開いた。大きく息を吸って、目を閉じた。それからかっと見開き、『始祖の祈祷書』に書かれたルーン文字を詠み始めた。
「敵部隊! 突撃してきます!」
「バリケード! もうもちません!」
「食い止めろ! 櫓に取りつかせるなよ!」
バリケードを乗り越え突撃してくるアルビオン兵を切り払いながらアニエスが叫ぶ。
どうやら地上に降下した部隊のほとんどがタルブの村へと殺到してきているらしい、
エツィオや、アニエス率いる傭兵達が必死に抵抗をするが、次々と現れる増援に、トリステイン軍は崩壊を始めていた。
「エツィオ! 彼女らを連れて逃げろ!」
「きみはどうするつもりだ!」
襲いかかる敵兵を斬り伏せながらエツィオが叫ぶ。
「わたしたちも撤退する! ここはもうダメだ!」
「……わかった! すまない!」
エツィオは小さく頷くと、踵を返し櫓を見やった。そして『始祖の祈祷書』を手に、何やら詠唱している様子のルイズを見て唖然とした。
「ルイズ! 何をしている! 顔を出すな!」」
エツィオが大声で叫ぶも、ルイズは何も反応しない、ただ一心不乱に呪文の詠唱を行っているようだ。
そんな彼女のただならぬ様子に、エツィオは顔をしかめた。
「ルイズ……? 一体何を……っ!」
その時である、上空を旋回していた竜騎士の一騎が、物見櫓に向け急降下してきた。
エツィオは咄嗟にアサシンブレードの銃を使い、竜騎士を狙い撃つ。絶妙のタイミングで放たれた銃弾は、竜騎士のこめかみを正確に撃ち抜き、墜落させる。
乗り手を失った火竜は、一声鳴き声を上げると、物見櫓を掠め、飛び去ってゆく。
櫓の中からシエスタのものと思われる悲鳴が聞こえてきたが、ルイズは立ったまま一心不乱に詠唱を続けているのが見えた。
一体彼女の身に何が起こっているんだ? エツィオは妙な胸騒ぎを覚えながらも、櫓を駆け登った。
エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
ルイズの身体の中をリズムが巡っていた。一種の懐かしさを感じるリズムだ。呪文を詠唱するたびに、古代のルーンを呟くたびに、リズムが強くうねってゆく。
神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音は一切耳に入ってこない。
体の中で何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ、
誰かがそう言っていたのを、ルイズは思い出していた。自分の系統を唱えるものは、そんな感じがするのだと言う。
だとしたらこれがそうなのだろうか? いつも、ゼロと蔑まされていた自分……。
魔法の才能が無いと、両親や先生、姉に叱られていた自分……。そんな自分のほんとうの姿なのだろうか?
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
体の中に、波が生まれ、さらに大きくなってゆく。
ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ
体の中の波が、行き場を求めて暴れ出す。
しっかりと開いた眼で、空に浮かぶアルビオン艦隊を見据える。
『虚無』
伝説の系統。一体どれほどの威力なのだろうか。
誰も知らない。無論自分が知るはずもない。全ては伝説の彼方の筈だった。
ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……
長い詠唱ののち、呪文が完成した。
その瞬間、ルイズは自分の呪文の威力を、理解した。
巻き込む、全ての人を。自分の視界に映る、全てのものを、自分の呪文は巻き込む。
選択は二つ、殺すか、殺さぬか。破壊すべきはなにか。
目の前に広がるは、アルビオン艦隊。
ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点に向け、杖を振り下ろした。
エツィオは信じられぬ光景を目の当たりにしていた。今まで空の上に浮かんでいたアルビオン艦隊の……。
上空に光の球が現れたのだ。まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は大きく膨れ上がり……。
そして、包んだ。空を遊弋するアルビオン艦隊全てを包み込んだ。
さらに光は膨れ上がり、視界全てを覆い尽くした。
音はない。エツィオは堪らず腕で目を覆った。目が焼けてしまうと錯覚してしまうほどの強烈な光であった。
そして……光が晴れた後、アルビオン艦隊は炎上していた。旗艦『ゴライアス』号を筆頭に全ての艦の帆が、甲板が燃えていた。
まるで何かの嘘のように、アルビオン艦隊が、がくりと艦首を落とし、地面に向かって墜落していく。
地響きを立て、艦隊は地面に滑り落ちた。
エツィオは暫し呆然とした。辺りは恐ろしい程の静寂に包まれている。誰も彼も、自分の目にしたものが信じられなかったのだ。
そんな彼の前で、ルイズの身体がぐらりと揺れた。
「……ルイズ!」
冷静さを取り戻したエツィオはすぐにルイズの傍に駆け寄ると、すぐに彼女を抱きかかえた。
ルイズはぐったりとエツィオにもたれかかった。
「ルイズ! おい! しっかりしろ!」
「……うっさいわね、わたしなら大丈夫よ」
狼狽し、今にも泣き出しそうな表情で自分の顔を覗き込むエツィオに、ルイズはくすっと笑った。
体中を、けだるい疲労感が包んでいる。しかし、それは心地よい疲れであった。
何事かをやり遂げたあとの……、満足感が伴う、疲労感であった。
「今のは……今のは一体……?」
「伝説よ」
「伝説?」
ルイズはこくりと頷いた。
「説明は後でさせて、疲れたわ」
「わかった……。その前に、ここから逃げよう、今がチャンスだ」
エツィオはルイズをぎゅっと抱きしめながら、あたりを見回した。
アニエスを含めたトリステイン傭兵隊や、今まで彼らを攻撃していたアルビオン軍まで、全員が呆然と空を見上げている。
逃げるなら今をおいて他にないだろう。エツィオはルイズをひょいと抱え上げた。
それから、同じように櫓の隅で呆然としているシエスタに駆け寄った。
「シエスタ! 大丈夫か?」
「え? ……あ、あの。一体何が……」
「わからない、でも、逃げるなら今しかない、立てるか?」
エツィオが手を差し伸べ、シエスタを引き立たせる。
それから素早く櫓を降りると、村の隅に留めてあった馬を二頭拝借し、戦場の外へと向け駆けだした。
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