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「るろうに使い魔-31」(2012/11/18 (日) 23:02:26) の最新版変更点
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#navi(るろうに使い魔)
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
怖さが極限にまで達した、その叫びでルイズは起き上がった。
そして気がついた。いつの間にか夢の世界から脱し、いつもの学院のベットにいることに。
月夜の照らすベットの中、ルイズは目を覚ましたのだった。
「夢……?」
ルイズは、辺りを見回して呟いた。まだ胸は動悸で高鳴っており、息で激しく上下させていた。
身体は汗でびっしょりで、目からは涙の跡が残っていた。
「ルイズ…殿…?」
そして彼女の隣には、異変を感じた剣心が立っていた。
「ひっ…!!」
一瞬だけ、彼を見て怯えたような目をしたルイズだったが、なおも心配そうな表情をする剣心に、ようやく理性が戻ってきた。
「ケン…シン…?」
「どうしたでござる? 何か悪い夢でも見てたでござるか?」
宥めるように優しく頭を撫でてくれる剣心に、ルイズは自然と涙がこぼれる。
「何でもない…何でもないわよ……グスッ…」
本当に、最悪の悪夢だった。
今でも鮮明に思い出す。飛び散った血の跡、崩れ果てていく人々、悔しさで涙を滲ませて死んでいったあの青年、そして、それを冷徹な視線で見下ろす剣心……。
何より彼が、いつもニコニコ笑う彼が…あんな風に微塵の躊躇いもなく人を殺したことが、ルイズにとって大きなショックだった。
無意識に、ルイズは剣心の胸へと身体をあずけた。親が子供をあやすかのような、剣心の優しい言葉がルイズを暖かく包んでくれていく。
「大丈夫でござるよ。大丈夫…」
「うん…うん…」
そう頷きながらルイズは、改めて剣心の顔を見る。相変わらず、優しげで安堵させるような笑顔。夢で見た彼とはまるで正反対の様子に、ルイズはようやく心を落ち着かせることが出来た。
そして、ゆっくりと目を閉じた。こうやって剣心のそばにいれば、もうあんな悪夢は見なくて済む。そう感じたから……。
第三十一幕 『強さと優しさ』
その日の昼過ぎ、ルイズ達はトリステインの王宮へと足を運ぶことになった。
姫さま…否、正式にこの国の女王となったアンリエッタから、「至急参られたし」との手紙がきたのだった。
余りに急な出来事だったので、多少戸惑いはしたが、親愛なる女王からの頼みとあっては断るわけにもいかないと、早速ルイズは準備を始めた。
そんなわけで今、接客室の扉の前までルイズ達はやって来ていた。
「通して」
向こうから声が掛かったので、ルイズは恭しくも扉を開ける。
そこには、和かな笑みを浮かべるアンリエッタが、嬉しそうにルイズに抱きついて来た。
「ああ、ルイズ!! やっと会えたわ!!」
女王の対応とは思えないはしゃぎっぷりにも、あくまで冷静にルイズは対応した。
「姫さま…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」
「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」
歳相応の子供のように膨れっ面をするアンリエッタを見て、なら…とルイズは続けて言った。
「いつもの様に、姫さまとお呼び致しますわ」
「そうして頂戴。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」
やりきれなさそうに、アンリエッタはため息をついた。
ゲルマニアとの結婚が破談になった以上、親の後を継ぐ形で女王となったアンリエッタは、それはもう多忙な毎日を送っていた。
国内外問わず誰かしらに会っては、女王の威厳を保ちつつも要求や訴えを聞いたりしなければならず、ほとほと疲れ果てているのだった。
だからこそ、幼い頃からの友人に会えるこの時間は、アンリエッタにとってとても裕福なひと時だったのだ。
しばらくの間、そんな話を交えた後、アンリエッタは切り出した。
「本当にありがとうルイズ。あの勝利はあなたのおかげで手にしたのよ。――貴方にも、この勝利の献上を、厚く御礼を申し上げますわ」
そう言って、今度はアンリエッタは、剣心の方を向いて会釈する。
「いえ…私は何も…殆ど手柄を立てたのはケンシンの方で……」
ルイズは少し気まずそうな表情をしたが、それを察するかのようにアンリエッタは彼女の手を取った。
「隠し事なんて、しなくとも大丈夫よ。報告書にもちゃんと記載されているんだから」
まあ、しょうがないと言えばそうだった。あの奇跡の光の間近にいたのは、他ならぬルイズ達だったのだから。
「でしたら…もう隠し事は出来ませんわね」
ルイズは仕方なく、今回の出来事についての『真実』を語り始めた。
『始祖の祈祷書』について、『虚無』の力に目覚めた事について、そしてその結果が、あの奇跡の光を生んだことについて。
アンリエッタはルイズの話を一通り清聴した後、ゆっくりと視線をルイズに向けた。
「あなた達が成し遂げた戦果は本当に…このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類を見ないほどです。本来ならルイズ、あなたには小国と大公の地位を与え、使い魔さんには貴族の地位と爵位を献上してさしあげたいものですが…」
そう言って、アンリエッタは申し訳なさそうな顔をした。
「これで私が貴方達に恩賞を与えたら、ルイズの功績を白日の元に晒してしまうでしょう。…それは危険です」
剣心もそれに頷いた。ここでルイズが『虚無』と知れたら、間違いなく志々雄に目をつけられるだろう。…いや、もう既に手遅れかもしれない。
それだけではなく、必ず自国の上層部も、彼女を利用しようと企むものも出てくるはずである。
「だからルイズ。誰にもその力を話してはなりません。これはここだけの秘密よ」
剣心は志々雄、で思い出したのか、早速その事をアンリエッタに話そうとしたが、その前にルイズに先を越された。
「恐れながら姫さまに、わたしの『虚無』を捧げたいと思います」
「…ルイズ殿」
決心したように、ルイズはアンリエッタに向かって言った。アンリエッタは、少し困ったような顔をしていった。
「いいのですルイズ……。貴方はその力のことを一刻も早く忘れなさい。そして二度と使ってはなりませぬ」
「神は…、姫さまをお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!!」
なおも引き下がらず、ルイズはまくし立てた。その目は必死で、純粋がゆえに危ない目。力に酔うあまり、ブレーキを踏むことを知らない、かつて剣心がしていた目と同じだった。
「母が申しておりました…過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」
「私は…姫さまと祖国の為に、力を捧げたいと思っておりました。しかし、いつもわたしは失敗ばかり…『ゼロ』なんて二つ名がつけられ、与えられた任務すら満足にこなせず…それゆえに…あんな悲劇まで起こして…」
ルイズは、悲しみに言葉を震わせていた。アンリエッタも、少しその瞳に寂しさをのぞかせた。まだ、ウェールズを死なせてしまった自責に今も苦しんでいるのだ。
彼女のその目には、いつの間にか涙がたまっていた。
「だから…わたしはこの力を…陛下のために…」
「分かったわルイズ。もういいから…」
そう言って、アンリエッタはルイズをひしと抱きしめた。
「貴方はわたくしの、一番のお友達。ならばわたくしも、あなたの言葉を全面的に受け止めます。だけどルイズ、『虚無』の使い手だということは、口外しないでください。あなたの安全のためにも…」
「姫さま……」
端から見れば、二人の確かな友情を確認する場面。それを剣心は、何かを思うような風で見ていた。
とても志々雄の事について、話せるような雰囲気じゃなかった。
それからアンリエッタは、ルイズを正式な女官として任命し、さらにトリステインのあらゆる場所を行き来出来る『許可書』をルイズに渡した。
それはつまり、ルイズは女王の権利を直に使うことが出来るということだった。
「あなたにしか解決できない事件が持ち上がったら、必ずや相談いたします。それまで表向きは、魔法学院の生徒として振舞ってください」
それからアンリエッタは、何やら袋のようなものを取り出すと、それを剣心の方へ見せた。
中には、金銀財宝、宝石などがたくさん詰まっており、輝かしい光を覗かせていた。
「是非受け取って下さいな。本来ならあなたには『シュヴァリエ』の称号が与えられるのに、それが適わぬ無力な女王の、せめてもの感謝の気持ちです」
そう言って、アンリエッタは宝石袋を剣心に手渡そうとした。勿論受け取ってもらえると思っていたルイズとアンリエッタだったが、剣心は優しい笑みのまま、その手を押し戻した。
「気持ちだけありがたく頂戴するでござるよ。けど何も無理することはござらん。拙者はただの平民で使い魔。それだけでござる」
この対応には、少し呆気にとられたアンリエッタだったが、それでむざむざと引き下がれるわけもない。
「それでも貴方は、わたくしとこの国の為と忠誠を示してくれました。それには報いなければなりません」
「いや、拙者は何も、この国の忠誠とかのために戦ったのではござらんよ」
「……え…?」
この剣心の言葉に、ルイズとアンリエッタは唖然とした。まさか彼の口からそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかったからだ。
しばし呆然としたまま、アンリエッタは当然の疑問を口にした。
「では…何故…あなたは…?」
「タルブには、拙者にとって大事な人たちがそこにいた」
物憂げに話す剣心に、ルイズは少し複雑な表情をした。多分剣心は、シエスタのことを思い出して話しているんだろうなと思うと、何だか嫌だった。
「目の前の人々が大勢、それも拙者の知る人が苦しんでいる。それを放っておくことは拙者には出来なかった。だから剣をとった。ただそれだけのことでござるよ」
そう言って、改めて剣心は宝石を持つ手を押しやった。それを返す力は、アンリエッタには無かった。
「では貴方は、わたくし達を、この国を…これからも守っては下さらないと…?」
「そうまで言ってはござらんよ。何か困り事があったら、拙者は力になるでござるよ。国事ではなく、姫殿個人の頼みとしてで」
「随分複雑な事を仰るのですね……」
力なく項垂れていたアンリエッタだったが、意を決したのか、仕方なさそうに顔を上げた。
「分かりました…貴方がそう仰られるなら…仕方ありませぬ。この話は…無かったことに…」
まだどこかで、諦めきれないような様子でもあったが、彼の意見は曲げられないと悟ったのか、アンリエッタは観念したように言った。
「どうしてあんな事言ったのよ! 姫さまが悲しそうにしてらしたじゃない!!」
王宮を出た後、ルイズは咎めるように叫ぶ。
当然といえば当然だ。今の剣心はルイズの使い魔。主人が忠誠を誓うのなら使い魔も忠誠を使うのが普通だというのに、「国の為に戦ったわけではない」? それがルイズには理解できなかった。
しかし剣心は、ルイズの方を振り返って尋ねた。
「ルイズ殿は、あの時何故タルブに行ったでござる?」
唐突の質問に、疑問符を浮かべるルイズだったが、仕方なさそうに答える。
「何故って…決まってるじゃない。『虚無』の力が本当に顕れたのか、確かめたかったのよ」
「その時ルイズ殿は、国の為とか考えてタルブへ行ったでござるか?」
ルイズは、それを聞いて少し首をかしげた。そう言われるとそうだ。思い返してみれば、『虚無』の事で精一杯で、そんなことを考える余裕は無かった。
ただ、一刻も早く剣心の元へと行きたかった。自分も力になれるんだって、教えたかった。そんな想いだけは、なぜかハッキリと覚えている。勿論剣心には言わないが。
ただ、顔には少し出ていたのか、それを見た剣心は優しく言った。
「それでいいのでござるよ。力というのは、小さな何かを守れるだけでいい。力の向ける先の規模をいたずらに大きくしても、意味がないでござる」
「何よ…分かった風な口聞いて…私が『虚無』をどう使おうと勝手でしょ!!」
ルイズが口を尖らせた。そしてどこか悲しかった。どうしてそうまでして、自分のすることに反対するのか…と。
しかし、ここで剣心はルイズと向き合い、はっきりとした口調で言った。
「ルイズ殿は、『虚無』の力の全てを理解したのでござるか?」
「…それは…まだだけど…」
あの時、最大級の『爆発』を放ったはいいが、あの力をもう一度発揮できるかというと、自信はない。それにまだ覚えたのは、その『爆発』一つきりだ。
まだまだ不明な点は数多い。もしかしたら、もうあんな力は二度と出ないかもしれない。それが、ルイズにとって一番の不安だった。
「理解できてない力を、ルイズ殿は使いこなせるのでござるか?」
「そんなの…やってみなきゃ…」
「例え使えたとしても、その力を向ける本当の『意味』を知らなくては、いつか掛け替えのないものを失ってしまう」
真摯な目を向け、諭すように剣心はルイズに言う。
「その代償というのは、ルイズ殿が考えているよりも遥かに大きい。それは失ってからじゃ、遅いのでござるよ」
「……何でよ…」
暫くの沈黙、ルイズは俯いたままの感じで固まっていると、やがて搾り出すような声で言った。
「…ケンシンだって…見たでしょ…わたしのせいで…ウェールズ殿下が死んでしまったとこ…」
「ルイズ殿…」
「なのに…どうして…」
ルイズは身体を震わせていた。拳を握り締めて悔しそうに歯を食いしばって。そして、怒りとも悲しみともつかないような声で叫んだ。
「どうして分かってくれないの!!!」
「…ルイズ殿…」
剣心なら、分かってくれると信じてた。ルイズの今の意思と信念を。
なのに、彼の口から出たのは、理解してくれるとは程遠いような言葉ばかり。まるでいけないことをしたかのように諭す剣心の言葉に、ルイズはただ悔しかった。
そしてルイズの頭の中には、あの夢…恐ろしかった悪夢がふと蘇る。
あの羅刹とも言えぬ瞳を浮かべて、優しそうな青年を切り捨てた、あの剣心の姿を…。
一度脳裏をかすめたら、もう止まらない。ルイズはただ叫んだ。
「何よ! ケンシンだって本当に間違いを犯さなかったって言い切れるの!!? その手で人を殺してこなかったって、心の底からそう言えるの!!」
「…ッ!!?」
その言葉に、ルイズも一瞬驚くぐらい…剣心は驚愕の色をその目に浮かべた。
「………」
そして今度は、少し寂しそうに目を伏せ口を閉ざす。そんなしおれた態度がまた、ルイズを無性にイライラさせた。
「もういいわよ…ケンシンなんか知らない!! バカ!! どっか行っちゃえ!!」
やり場のない怒りをぶつけるかのように、ルイズはそのまま剣心を放って何処かへと走り去っていった。その後ろ姿を剣心は、ただ遠い目をして黙って見つめるだけだった。
ルイズの今の言葉のせいで、ふと昔の出来事を思い出したのだ。
(このバカ弟子が!!!)
頭の中で、かつてケンカ別れする前との師匠の怒号が蘇る。
動乱巻き起こる幕末の時代。そこに自分の飛天御剣流で幕を閉じようと、師匠に言ったら大反対された。
あの時は、自分の何がいけなかったのか、全然分からなかった。
(目の前の人々が苦しんでいる、多くの人が悲しんでいる!! それを放っておくことなど、俺には出来ない!!!)
この言葉の意味に間違いはない。それは今でもそう思っている。ただ、力の使い方を理解しきれてなかったのだ。
確かに、彼女は恐ろしい才能があるのかもしれない。いずれは『虚無』の力を、ちゃんと理解して使いこなせるかもしれない。
でも、それはあくまでも才能の話。中身はどこにでもいる普通の優しい十六歳の少女なのだ。精神的にまだ成長しきっていない今の状態で力を振るうとどうなるか、その末路を剣心は身にしみて良く分かっている。
心とその頬に十字傷を負った、剣心だからこそルイズには自分の二の舞を踏んで欲しくない。なのに…。
「師匠の気持ちが、少し理解できたでござるよ」
昔と似ているあの直向きさと素直さ。そしてそれが自分の信念だと思い込んで周りを見れない不器用さと頑固さ。本当に自分そっくりだ。
剣心は、あの頃の過去に思いを馳せながらも、見えなくなる前にルイズの影を追った。
「どうしてよ…ケンシン……」
ルイズは、トボトボとした歩調で宛もなく街をさ迷い歩いていた。
街は今、戦勝祝いのおかげでいつもより賑わっており、あちこちに酔っ払った人々で騒がしかった。
(分からないわ…ケンシンが…)
ルイズは、涙が出そうになるのを堪えた。どうしてあんなにも、剣心は否定したのだろう。それが分からない。
再び昨夜見た夢を思い出す。あの冷たい無表情で人を斬り殺した剣心。そして今の剣心。
(どれが…本当のケンシンなのかしら……)
ルイズは分からなかった。どっちが彼の本性なのか、それがさっきルイズを苛立たせた原因でもあった。
「うおっ!!」
「きゃっ!!」
そんな様子で歩いていると、ふと誰かにぶつかった。ルイズは気にせずそのまま行こうとすると、その誰かに腕をつかまれた。
「いてぇな、待ちなよお嬢さん。人にぶつかって謝りもしねえで通り抜けるって法はねえ」
どうやら酔っ払った傭兵の一団の様だった。酒を手に持ってそれを何度も煽っている。相当出来上がっているようだった。
ここで傭兵の一人が、ルイズのマントを見て貴族だと気づいたようだったが、男は掴んだ腕を離そうとしなかった。
「今日は戦勝祝いのお祭りさ。無礼講だ。貴族も兵隊も町人もねえよ。ほら貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに俺に一杯ついでくれ」
男は下卑た笑みを浮かべながら、ワインの壜をルイズに突き出す。無論ルイズは嫌がった。
「何よ、離しなさいよ無礼者!!」
それを聞いた男が、途端に怒りで顔を歪ませた。
「なんでぇ、俺にはつげねえってか。おい! 誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんでぇ! 『聖女』でもてめえら貴族でもねえ、俺たち兵隊だろうが!!」
そう叫んで、男は荒々しくルイズの髪を引っ掴もうとした。しかし、その手を今度は別の誰かに掴まれた。
「あっ…」
いつの間にか現れ、颯爽とその男の腕を掴んだ彼、剣心は、和かな顔をして男に詫びた。
「いやぁ、連れがすまない事をしたようでござるな。ここは一つ拙者が謝るから、どうか穏便に」
「んだとぉ!! てめぇ、やるってのか……」
遂に男がキレて剣を抜こうとしたとき、途端に剣心の目の色が変わった。
さっきまで蝿一匹殺せない軟弱そうな顔から、急に虎すら睨み殺しそうな獰猛で、それでいて冷たい目に。
「………なっ…!!」
男は身震いをした。長年兵隊をやっている経験と勘が、それを如実に教えてくる。コイツの目はヤバい…と。
(何だ…? コイツは…!?)
自分達よりもっと知らないどこか。想像を絶するような闇と地獄を生き抜いてきた瞳。戦意を丸ごと削ぐかのような気迫に、男たちはすっかりと萎縮してしまっていた。
「……ちっ、覚えてろよ!!」
結局のところ、そう言って渋々と、だが逃げるように男たちはその場を後にした。剣心は、いつもの朗らかな口調でルイズに向き直った。
「大丈夫でござるか?」
「あ…」
ルイズは、只々キョトンとしていた。さっき拒絶してしまったから、てっきり剣心は怒っているんじゃないかと、そう思っていたからだ。
しかし、剣心のいつもの表情と態度は、そんな感じを微塵も感じない。
「あ…あの…その…」
「無事なら、それで良かったでござるよ」
いつもの優しい笑顔をルイズに向け、剣心はそう言った。それを見て、思わずルイズは少しモジモジする。
また助けられた。そのことについてお礼を言おうとして、その前に剣心はルイズの手を取って歩いた。
「折角来たことだし、少し周りを見てみるのはどうでござる?」
「…え? う、うん!」
彼なりに気を使っての言葉なのだろう。それが素直に嬉しかったルイズは、何も言わずにその手に繋がれて歩いていった。
「…ねえ、ケンシン」
「おろ?」
連れられながら、ふとルイズは顔を見上げる。返事をしながら振り向いてくれた剣心は、いつもルイズが見ている、優しく柔かな微笑みをした剣心だった。
異性と手をつないでいるのを妙に意識しながらも、やっぱりその笑顔を見ると、何ていうか…えも知れぬ安心感が湧き上がってくるのだった。
「…ううん、何でもない」
何も言わない。今はただ、この気持ちだけを信じていたい。そう思うルイズなのであった。
剣心と一緒に歩いていくと、その内段々と楽しくなってきたルイズは、そのまま賑やかな街並みを眺めていた。
こうやって異性と街を練り歩くなんて、初めてのことだった。今はすっかりそのことで楽しさ一杯であり、ルイズの心をウキウキさせる。
そんな内、一つの宝石店にルイズは目を止めた。キラキラさせた沢山の飾り物に、ルイズは思わずわあっ、て声を上げる。
「いらっしゃい貴族のお嬢さん! 『錬金』で作られたまがい物じゃございません、珍しい石ばかりですよ!!」
宝石店の商人が、ここぞとばかりに声をかけた。ルイズは少し頬を赤らめて、若干上目遣いで剣心を見る。
「ゆっくり見たいでござるか?」
剣心のその答えに、ルイズはコクリと頷いた。
改めて見ると、正直貴族が身につけるものとしては、どこか安っぽいものばかりが多く占めていた。
だけどルイズは特段気にした様子もなく、その中から貝殻を掘って作られたペンダントを手に取った。どうやら余程気に入ったらしい。
「欲しいでござるか?」
「…うん、でもお金を余り持ってきてないわ」
急使だったためにお金をそんなに持ってこなかったルイズは、今入っている財布の中身を確認してがっくりと肩を落とす。
そんなルイズを横目に、取り敢えずと言った風に剣心は尋ねた。
「これ、いくらでござる?」
「それでしたら、お安くしますよ。四エキューにしときます」
それを聞いて剣心は、考えてるように顎に手を当てると、おもむろに懐から袋のようなものを取り出した。
その中に入っているのは、かつて皆で宝探しに行った時、手に入った端金の貨幣だった。
誰もいらないというので、剣心が持つ形になっていたが、それでも結構な額が入ってあった。ほとんど薄汚れてはいたが使えないというわけでも無い。
剣心は勘定をしながら、貨幣を数えていると、ぴったり四エキューを商人に手渡した。
「まいどあり!」
剣心は、その買ってあげたペンダントをルイズに渡した。
ルイズは、ポカンとして剣心を眺めていたが、やがて嬉しさで頬を緩ませた。
剣心が、自分のために買い物をしてくれた。それがルイズにとって、すごく嬉しかったのだ。
ルイズは、ペンダントを掛けて剣心の方を向いた。
「どう?」
「似合っているでござるよ」
簡単なお世辞だったのだろうが、ルイズは更に顔を赤くした。心臓は高鳴っていき耳から直に聞こえてくる。
剣心にバレないかな…そんな事を考えながら、ルイズは先頭を切って歩いていく剣心の後ろ姿を見た。
買ってくれたペンダンドをいじりながら再び一緒に歩いていると、今度は剣心の方から声をかけてきた。
「…聞かないでござるか?」
「え?」
「だから、拙者の過去のことを…」
何のことだか一瞬よく分からなかったルイズだったが、少し寂しそうな剣心の表情から、その内容をすぐに察した。
「ああ、あのこと…」
ルイズの夢に現れた、もう一人の『剣心』。確かに何故あんなことになったのか、その理由は、聞きたくないといえば嘘になる。
でも…それでもルイズは、今の剣心を信じたかったルイズは、それを生半可な気持ちだけで聞いちゃいけないことだというのも分かっていた。
「ううん、いいの。今はまだいいわ」
きっとあれには理由があるのかもしれない。だからルイズは、剣心が自分から話してくれるまで待つことにしたのだ。それが、恐らく一番いいことなんだろうと思いながら。
「ケンシンが話してくれるまで、私は待つわ。そうすることにしたから」
それを聞いた剣心は、少し嬉しそうに目を伏せ、頷くようにお礼を言った。
「ありがとうでござる。ルイズ殿」
「いいのよ。私はケンシンのご主人様なんだからね」
ルイズは胸を張ってそう言った。いつもそうだ。ケンシンはいつでも自分のことを気にかけてくれている。
そもそもあの言葉も、剣心は自分のためを思ってこその言葉だっていうのも、ルイズは分かってた。
でも、あの夢を見たせいで、どっちが本当の剣心なのか混乱してしまっていたのだ。
(だけど、もう迷わない)
過去に、人を斬った事もあるのかもしれない。けどルイズは、それでもやはり今の優しい剣心の方を信じたかったのだ。
ルイズは、ゆっくり剣心の隣で歩く。手を繋いで、楽しげに。
「ねえ、今度はあの店に行ってみましょ!」
「…そうでござるな」
せめて一時ぐらい、精一杯楽しみたい。ルイズはそう思った。
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