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#settitle(Mission 36 <魔界への帰還>)
#navi(The Legendary Dark Zero)
タルブの村で一泊をした翌日、スパーダ達は休暇を過ごすシエスタと一時別れて魔法学院へと戻っていた。
レコン・キスタが近い内に侵攻してくる可能性が高い上、日食の日には裏で暗躍する悪魔達も攻めてくるかもしれない以上、それを迎え撃つ準備が必要なのである。
時空神像でルイズ達のためにバイタルスターなどの道具をいくつも作り、戦いに必要となるであろう魔具の確認もしなければならない。
また、スパーダは同志として共に戦うことを約束した土くれのフーケこと、ロングビルにもこのことを伝えていた。
修羅場を潜り抜けてきた実力者であり、巨大なゴーレムを作り出せる土のトライアングルメイジたる彼女の協力もあればなお心強い。
学院長オスマンの秘書として働いている最中だった彼女を呼び出し、詳細を話すと土くれのフーケらしい不敵な笑みを微かに浮かべてこう答えた。
「望むところよ。あいつらに復讐してやる良い機会だわ」
ロングビル――マチルダ・オブ・サウスゴータは自分が守ってきた多くの孤児達をレコン・キスタに奪われた。
己の大切なものを奪われた怒りは相当なものであろうことは明らかであり、これまでトリステインの貴族を相手に活動していた土くれのフーケとして、レコン・キスタに復讐を果たそうとしていたのである。
故にスパーダが伝えたレコン・キスタ侵攻の話を聞いた時、ようやく自分の怒りをぶつけてやることができるためにこうして意気込んでいるのだ。
もちろん、たった一人残された妹分であるティファニアを残して逝く気もないという。
学院に戻ってきたその日の夕刻、ルイズにとっては嬉しい出来事があった。
新調を依頼していた杖がようやく彼女の元に届いたのである。
これで魔剣士スパーダのパートナーとして、彼の力になれることにルイズの心は大いに奮い立っていた。
せっかく彼の助成もあって手に入れることができた力なのだ。その恩にも報いなければ貴族とは言えない。
「あまり調子には乗るなよ? 前にも言ったが、お前さんの力じゃ悪魔どもを倒すには力が足りないんだ」
テーブルの上に置かれた篭手のデルフが忠告をする。
「分かってるわ。もう間違いは犯さないわよ」
スパーダがルイズの部屋で所有している魔具の確認やルーチェ、オンブラの整備をしている最中に彼女の杖が届いていた。
椅子に腰掛け、布でルーチェの銃をしっかりと磨いている中で舞い上がりかけたルイズをデルフが諌めたのである。
ルイズもしっかりとこの間の件を反省しているようなのでスパーダからわざわざ忠告をすることもなかった。
「で、相棒。里帰りってのはいつにするのかね?」
「そうだな。日食の日の二日前には地獄門を開く」
故郷の魔界の地理に関しては熟知してはいるのだが、まずあの地獄門が魔界のどこに繋がっているのかが分からないのだ。
分身が封じられている領域に近ければ良いのだが、もしそれが遠ければ取りに行って戻るまでに時間がかかってしまう。
魔界ははっきり言って、人間界やこのハルケギニアなど比べ物にならない広大さを誇る魔の領域なのである。
閻魔刀で空間を両断することで無理矢理道を繋げることも可能だが、それでも離れ過ぎていては意味がない。
(スパーダの故郷、ね……)
ベッドの上に腰を下ろしたルイズは浮かない表情でスパーダの顔を見る。
相変わらず毅然とした冷徹な表情を浮かべているこの男は、元はその魔界で生まれ育った生粋の悪魔なのだ。
人間の世界を守るためとはいえ、生まれ故郷と決別した彼が今またその故郷へ戻ろうとしている。
1000年以上も帰ることがなかったであろう故郷の魔界に対して、スパーダはどんな思いを抱いているのか。
「スパーダは人間の世界を救ってからずっとその世界にいたのよね。……その、魔界に戻ることもなく」
「ああ」
今度はオンブラの銃を布で拭きながらルイズからの問いに頷く。いつものように平然としていて、一見何の感慨も抱いてなさそうな態度だった。
「久しぶりに故郷に戻るってどうなの? その魔界にスパーダは何か思い入れとかはあるの?」
「魔界は弱肉強食の過酷な世界だ。少なくとも、このハルケギニアのように心安らげる時間はない」
魔界には血に飢えた悪魔達がウヨウヨしているのだ。そんな奴らと四六時中、戦わなければならないだなんてルイズには想像もつかない。
人間であればものの数時間で耐え切れずに命を落としてしまうかもしれない。
「それに私は魔界と決別した身だ。今さら戻った所で、もう私のいられる場所などありはせん」
人間界を救うためにスパーダは魔界の全てを裏切ったのだ。魔界の住人達はそんなスパーダを逆賊として始末しようとするだろう。
もしもずっと彼が魔界に留まっていれば、牙を剥いてくる同胞達を斬り捨てていかなければならない。
彼の命が尽きるまで。絶えず、永遠に。
それは人間の世界に留まっていようが変わらない。
彼はどこにいようが、悪魔達と戦い続けなければならないのだ。
「だが――」
拭き終わったオンブラを手の中でクルクルと回し、スパーダは言葉を続けていた。
「悪魔である以上、故郷には惹かれるものだな」
自嘲じみた笑みを口端に浮かべ、オンブラをテーブルに置く。
たとえ決別したとはいえ、スパーダは魔界への思いを完全に捨て去ってしまったわけではなかった。
テメンニグルも地獄門も、魔界へと通じる道はその気になれば断ち切ってしまうこともできたかもしれない。
だが、それをスパーダはしなかった。
彼も悪魔である以上、故郷である魔界そのものを心の底から断ち切ることはできなかったからだ。
「相棒も何だかんだ言って、望郷の念は捨てられないってことだなぁ」
篭手のデルフもスパーダの思いを理解し、感嘆に呟く。
(でも、本当に帰るべき場所がもうないだなんて……)
たとえ故郷への思いは捨てられずとも、スパーダはもうかつての同胞には誰一人として受け入れられない異端の存在。
魔界に戻れば待っているのは、更なる闘争の日々を送るしかない。
そんな一人ぼっちのスパーダをルイズはとても不憫に感じていた。
アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式が執り行われる日まで、残すところ四日となった。
トリスタニアの王宮では婚礼の式の準備のために大忙しであり、花嫁であるアンリエッタは今頃、式で着ることになるドレスを身にまとっていることだろう。
もっとも、アンリエッタ自身は結婚など望んではいない。だが、国の未来のために彼女は愛してもいない男に嫁がなければならないのだ。
結婚式などというある意味平和な行事で多忙な王宮に対し、スパーダ達もまた別の意味で多忙であった。
ルイズはこの数日、新調した杖を使ってスパーダの指導の下、爆発魔法〝バースト(炸裂)〟の特訓に勤しんでいた。
来たるアルビオンのレコン・キスタ――そして、魔界の侵攻に備え、スパーダのパートナーとしてサポートを行えるように、
今までは失敗に過ぎなかった己の魔法を自分の新たな力としてさらに使いこなさなければいけなかったのだ。
おかげで彼女は、精一杯考えてきた結婚式で詠み上げる詔をスパーダに聞かせることをすっかり忘れてしまったわけだが。
その日の昼過ぎ、スパーダ、ルイズ、タバサ、キュルケの四人は再びタルブの村へと足を運んでいた。
正確には近郊の森の中にある広場。そこに建つ遺跡――地獄門である。
スパーダとルイズは召喚したゲリュオンの馬車に乗って地上を走り、タバサとキュルケはシルフィードで空を飛び交い、この場所を訪れていた。
魔界へ己の真の力を封じ込めた分身を取りに戻るスパーダを見送るためだ。
主達を降ろしていた竜と巨馬は、広場の中心で並び佇んでいる。
(きゅい……怖いのね。悪魔がシルフィのこんなに近くに……)
シルフィードは隣で荒々しく息を吐きながらその場で蹄を鳴らしているゲリュオンに怯えていた。
スパーダはパンドラやアルテミスなどの魔具を手に、故郷へと続く門を真正面から見上げる。
タバサとキュルケも改めて目にする魔界へと続く門に妙に緊張した様子だ。
「入り口が開いた瞬間に、悪魔が出てくるなんてことないわよね?」
「その時は私達で制するまでだ」
ルイズの懸念に答えたスパーダは携えていた魔具を全て地面に置いていく。
さらに正面に右手をかざすと、掌から透けるように出てきた様々な色の光球を浮かべていた。
水色――紫――白。
円陣を組む三つの光は静かに、スパーダの目の前で浮かんでいる。
それらはやがて徐々に膨れ上がり、それぞれ形を変えていった。
ルイズ達は沈黙したままその光景をじっと見守り続ける。
白色の光は毎度おなじみの、デルフリンガーが憑依している左手だけの篭手。
水色の光はケルベロスの魂が姿を変えた魔具、リングに鎖で連結されている装飾が施された三又のヌンチャク。
紫の光はネヴァンが姿を変えている魔具、紫電を纏うコウモリの翼に似た刃を有した巨大な鎌。
デルフを除く二つはルイズ達も初めて目にする代物であった。
先日、スパーダの語った話によればこれらの魔具を動力源にして地獄門は動くということだが、一体どれを使うのだろう。
「いよいよ魔界の扉を開くのか! 待ってたぜ!」
篭手のデルフはスパーダと共に魔界に行くことを望んでいたのか、相当に意気込んだ様子であった。
(ここに置いてあったのだから、こいつにするか)
スパーダは足元のアルテミスを拾い上げると、宙にデルフらを浮かべたまま地獄門の台座の前へと立つ。
持ってきたアルテミスはスパーダの手の上で光に包まれ、先ほどのデルフらのように光の球へと圧縮されていった。
光球を台座の上に浮かべて設置した途端、それまで何の変化もなかったはずの台座上部の表面から光が溢れ出す。
台座の上に浮かぶアルテミスの光球から発せられる魔力が糧となり、地獄門の起動装置が稼動を始めたのだ。
無機質な石版の表面に浮かんでいる幾筋もの線の模様が淡い光を発しだす。
「これで、準備ができたわけね」
後を付いてきたルイズ達は動き出した地獄門から悪魔がいきなり飛び出てきた時のことを考え、杖を手に身構えていた。
その時、タバサは背後に異様な気配を感じ取る。
「ふふっ……まさか、こんな所に魔界への扉があるだなんて」
突如、響き渡った妖艶な女の声に三人は驚き、背後を振り返った。
「ア、アンタは!」
ルイズにとっては思い出したくもないが聞き覚えのある声であり、こんな場所にいるはずのない者が自分の目の前にいることに愕然とする。
「な、何よ。あの女は」
キュルケやタバサにとっては初めて目にする存在だった。
宙に浮かんだままのデルフやケルベロスの間に立っていたのは死人のような土気色の肌に赤い髪を揺らす裸婦――ネヴァン本人であった。
同じく宙に浮いていたはずの大鎌は既に跡形もなくなっている。
自ら魔具から本来の姿へと戻っていたネヴァンは周囲にコウモリ達を侍らせ、地獄門を興味深そうに見上げている。
(気に入らないわね……)
一目で悪魔だと理解できたが、キュルケはネヴァンの妖しい美貌に対抗意識を抱いてしまう。
それは自分だって〝微熱〟のキュルケと呼ばれ、自慢の美貌とスタイルで何人もの男達を魅了してきたし、時には際どい格好で男達を出迎えるなどということもやってきた。
キュルケはそれだけ女としての自分には強い自信を持っている。
だが、ネヴァンが発する妖艶な美貌や色気など、ありとあらゆる点で自分と酷似しているのが気に食わなかった。むしろ向こうの方が上かもしれない……。
髪も赤いし、自分以上に余裕のある態度など、キュルケは自分という存在を外側から目にしてしまったような複雑な気分であった。
「この淫乱女ぁ!! 何でこんな所にいるのよぉ!」
激昂し杖を振り上げたルイズは憎きネヴァンに向けて叩きつけんばかりに振り下ろそうとした。
ネヴァンは余裕の態度を崩さず腰に手を当て、ルイズ達を見やっている。
「落ち着け。奴は敵ではない」
スパーダがルイズの手を掴み制止してきた。もちろん、納得できないルイズは怒りが収まらずに暴れだす。
「離してよ! 何でこんな所にこいつがいるっていうのよ! スパーダが倒したんじゃなかったの!?」
「あの悪魔を倒した? どういうことなの」
事情がよく分からないキュルケが顔を顰めた。
「少し前に仕事で懲らしめて味方につけただけだ。今は心配はいらん」
同志として力を貸してくれることを約束したネヴァンは少なくとも、スパーダがいる限りは敵にはならない。
「敵ではない?」
ウィンディ・アイシクルの呪文を唱え終わっていたタバサが杖を構えたまま尋ねる。
スパーダはすぐに頷き、タバサはこの女悪魔もゲリュオンなどと同じように彼が従えているのだと理解していた。
「そんな小娘達の子守りをしているだなんて……本当、魔剣士スパーダの名が泣くわ」
ルイズ達を見回し、つまらなそうに鼻を鳴らしたネヴァンはそのままつかつかとスパーダの前まで歩み寄ってくる。
「よりによって、何でこんな奴を味方にするのよ!」
近づいてきたネヴァンにルイズは歯を剥き出しにして憤慨し、今にも飛び掛りそうな気迫を見せていた。
が、前にネヴァンに半殺しにされたことを思い出し、それ以上手を出すことができないでいる。
キュルケもタバサもネヴァンの悪魔としての殺気を感じてか、油断なく杖を手にしたまま後退っていた。
「……まさか、この私に子守りをしろとでも言うのかしら。スパーダ?」
「そこまでする必要はない。私が戻るまでの間、この門と周辺の監視をしてくれていればそれで良い」
顎をしゃくり、起動し始めた地獄門を指し示す。
ネヴァンはちらちらとルイズ達の顔を見やり、呆れたように溜め息を一つ吐いた。
「念のためにこいつも残しておこう」
そうスパーダが告げた途端、彼の足元の影から黒い煙のようなオーラが湧き出し始める。
「ちょっと! 何よ!」
スパーダの影から突如、飛び出てきた水溜りのような漆黒の影はルイズの足元を通り過ぎてネヴァンの右側へと移動した。
その影が上に伸び始めると、徐々に人の姿を形作っていく。
「あ、あたし!?」
目の前で変化した影の姿にルイズ達は狼狽し、逆にネヴァンは感嘆に唸りながら滑稽なものでも目にするかのように微笑していた。
スパーダから切り離されたドッペルゲンガーはよりにもよってルイズの姿を真似て姿を現したのだ。
もっとも、感情豊かな本人と違ってドッペルゲンガーは人形のように無表情であり、どことなくタバサとよく似た雰囲気を醸しだしていた。
おまけにドッペルゲンガー自身の魔力が黒い煙となって全身から絶えず湧き続けているのが異様に感じられる。
「あらあら、実にそっくりだこと」
「こっちの方が大人しそうだな」
「何ですってぇ!? アンタ達ぃ!」
嘲笑するネヴァンと嘆息するデルフの言葉にルイズはブチ切れたが、スパーダに腕を掴まれて止められたままであり、杖を振り下ろせずジタバタしていた。
「スキルニル……?」
ドッペルゲンガーの特性を目にしたタバサは、小型の魔法人形であるアルヴィーの一種、古代の人形のスキルニルを想像する。
スキルニルは血を吸わせることで対象に化け、姿だけでなく能力まで複写するという代物であり、タバサも以前に任務で使ってみたことがある。
それと同じ能力を持っている悪魔なのだとタバサはすぐに理解していた。
以前、土くれのフーケの事件の際に目にしたことがある存在なのだが、タバサはおろかルイズもキュルケも気づくことはなかった。
数分後、ようやくルイズを落ち着かせたスパーダは留守をネヴァン達に任せ、いよいよ地獄門を開きにかかる。
左手に篭手のデルフを装着していたスパーダは起動装置の台座に手を触れ、強く押し込む。
すると、地獄門の表面の中心が妖しい光を発し始めた。
その光はまるで紙に水が染み付き広がっていくかのごとき様で外側へと大きくなっていく。
ちょうど人一人が通れるほどの大きさまでなった所で、スパーダは台座から手を離した。
地獄門の表面には紛れもなく穴が開けられていた。妖しい光が発せられるその向こう側は石版の反対側ではなく、全く別の世界映りこんでいる。
だが、こちら側からでは穴の光で霞んでしまってよく見えない。
「う……」
地獄門に穴が開けられた途端、ルイズ達は鼻と口をマントで覆って不快に顔を歪めていた。
少し吸っただけで吐き気が込み上げてきそうな嫌悪、不快が一気に湧き上がってくる。
「何、これ……?」
「……たぶん、魔界の瘴気」
ぽつりと呟くタバサは地獄門に開けられた穴から異質な空気がこちらに流れ込んでくるのを察していた。
魔界とハルケギニアでは環境がまるで異なっているのだ。魔界は文字通り地獄そのものであるため、人間がその毒にも等しい空気を吸い込んでしまえば下手をすればそれだけで気を失ってしまう。
(故郷の空気が、私を満たすか……)
腕を組むスパーダは穴を通ってくる微量な魔界の瘴気を浴び、自嘲していた。
やはり自分は悪魔なのだ。人間にとっては毒でしかない故郷の空気がいかに懐かしく、そして素晴らしいものであると感じるとは。
「やっぱり、魔界の空気は美味しいわねぇ」
ゲリュオンの傍で預けられたケルベロスを手に見届けていたネヴァンも、久しぶりに味わうことになる魔界の瘴気に満足した様子であった。
故郷の空気に浸っている場合ではないため、スパーダは気を取り直すとルイズ達に懐から取り出したバイタルスターを渡していった。
バイタルスターだけではない。デビルスターにアンタッチャブル、スメルオブフィアーもそれぞれ一つずつルイズ達に持たせていく。
「よく考えて使え。いいな」
「分かった」
スパーダからの言葉にタバサが答える。
「なるべく速く戻れるようにする。私がいない間、決して無理はするな」
「スパーダも絶対に戻ってくるのよ! あなたが帰るべき場所は、あたし達の所なんだから!」
秘薬をポケットに押し込んだルイズは口元を覆っていたマントを外し、パートナーの帰還を宣言していた。
魔界にはもうスパーダが帰るべき場所はない。だが、このハルケギニアにはパートナーであるルイズ、そしてキュルケやタバサといった仲間が彼を受け入れてくれるのだ。
たとえ彼が悪魔であろうと、心は人間だ。そのような者と共に生き、その帰りを待つことに何の問題があるのか。
スパーダはそのルイズの言葉に面食らった様子であったが、すぐにしっかりと首肯していた。
「約束しよう。必ず君の元へと戻ることを」
それを最後に、跳躍したスパーダは地獄門の穴へと飛び込んでいった。
「きっと帰ってくるのよ!」
ルイズは地獄門の穴に向かって今一度、スパーダの帰還を願って叫びかけていた。
「やめときなさいよ、タバサ。あたし達が行ってただで済むはずがないわ」
「……分かってる」
魔界に続いている穴をじっと食い入るように見続けていたタバサをキュルケが諌止する。
だが、タバサはそれでも諦めきれないといった様子で杖を強く握り締めていた。
あの穴の向こうにあるのはハルケギニアとは全く異なる混沌の世界。そして、そこに住まう血に飢えた悪魔達がひしめいていることだろう。
その悪魔達を狩ることができれば、母を救えるホーリースターを作れるだけのレッドオーブが手に入るかもしれない。
しかし、魔界は悪魔達の庭そのもの。このハルケギニアで活動する下級の悪魔達よりも格上の悪魔達がウヨウヨしているはずなのだ。
そんな奴らと長時間戦い続けるだけの力はタバサにはない。故にルイズ達と同様にスパーダの帰りを待つしかないのである。
――ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!
――グギャアアアッ!!
――キシャアアアッ!!
穴の向こう側から激しく轟いてくる銃声に異形の雄叫び。
もうすぐそこで、スパーダは魔界の住人達と一戦を交えているのだ。
ハルケギニアへと続く次元の穴はこのまま開け続けることにした。
スパーダが現世に戻る時もこの穴を通らなければならないために維持し続けなければならないのだが、それで悪魔達がハルケギニアに足を踏み入れられてはたまったものではない。
だが、留守を預けたネヴァンら同志達に迎え撃つよう任せたため、穴を通った瞬間に返り討ちにされる。
これで心置きなくスパーダは分身の元へ向かうことができるのだが……。
「出会い頭に襲ってくるなんて、とんでもない奴らだな」
スパーダの左手に装着されたデルフが呆気に取られて呟く。
「それが悪魔の性分だからな」
ルーチェの銃を手の中でクルクルと回すとコート内の腰に収める。
スパーダの周りに転がるのは、たった今ルーチェの拳銃と幻影剣で一掃した有象無象の下級悪魔達である。
地獄門が繋がっていたその場所は、見渡す限りの荒れ果てた大地だった。
所々に毒々しい瘴気が溢れ、岩だけしか存在しない不毛の大地。天を覆う禍々しい暗雲はまるでそれ自身が意思を持っているかのように静かに蠢いている。
ハルケギニアや人間界とは全く異なる殺伐とした光景。この場所そがスパーダの故郷である魔界であり、幾多も空間を隔てて存在する領域の一つに過ぎない。
「しかしまた、ここへ来ることになるとはなぁ……」
デルフにとっては実に6000年ぶりとなる、悪夢の世界への来訪だった。
かつて始祖ブリミルが足を踏み入れ、すぐに逃げ帰ってきた混沌の世界。今、この場に存在するだけで息が詰まりそうになる。
人間のように口などなくても、デルフはそう感じてしまうのだ。
「で、これからどっちへ行くっていうんだ?」
「場所が場所だ。まずは他の領域への道を作らねばならん」
ここは魔界全体から見れば、本当に何の価値もない辺境の領域である。強いて言うならば、戦いに負けて傷ついた悪魔達が死に損なって逃げ込んでくる場所だった。
その傷ついた者達同士が争いあい、生き残った者が戦場へ返り咲く資格を持つ。そして、弱肉強食の争いを生き残った者は己が喰らった悪魔達の力を取り込み、より強力な存在となる可能性があるのだ。
だが、ここでさえ魔界の中ではまだまだ過酷とは言えない上層の領域なのだ。
スパーダの分身が封じられている領域との距離はかなり遠い上に深い場所にある。そこまで道のりは険しく、こんな辺鄙な場所よりさらに過酷な領域を通らねばならない。
いかなる手段を用い、悪魔達との戦いを回避したとしても丸一日はかかってしまうだろう。
「あの女悪魔に娘っ子達を任せて大丈夫なのかね? 娘っ子がケンカ吹っかけたら返り討ちにされるぜ?」
「奴には本気を出さんように念を押してある」
言いながら、スパーダは僅かに腰を落とすと左手のデルフを腰だめに構えていく。
虚空の一点を見据え、左手へ己の力の全てを集中させる。さらにこれまでデルフの能力で吸収し蓄積してきた魔力を全て解放させていった。
篭手から徐々に眩い光が生じ始め、スパーダの左腕を包み込んでいく。
「おおっ!?」
瞬時に前へ踏み込んだ瞬間、構えていた左拳を一気に前へと突き出していた。思わずデルフは狼狽する。
全神経と魔力を集中させて繰り出された正拳突きは空を抉る螺旋を纏いながら何もない空間へと叩き付けられる。
篭手から解放された魔力が凄まじい爆発を巻き起こし、拳による一撃で生み出された衝撃と共に空間の壁をぶち破っていた。
砕かれた空間の破片が周囲に飛散し、霞となって消えていく。
「力技だねぇ。他に道はないのかよ? 俺っちを使ってくれたのは嬉しいけどよ」
「それでは時間がかかる」
強引に空間の壁を粉砕し穴を開けたスパーダはにべもなく答える。
本来は魔鏡という一種の扉を介して隣接した他の領域を行き来したりするのだが、スパーダは無理矢理、目的地に近い他の領域への道を作ったのだ。
真っ当なルートで行くと大きく迂回することになるので、一直線に近道で進むにはこうするしかない。
――スパーダ。
――スパーダ。
――スパーダ。
穴の向こう側から姿を現す悪魔達は、スパーダを見るなり次々とおぞましい怨恨と憎悪の声を上げてじりじりと迫ってくる。
どこへ行こうが、何千年もの時が経とうが恨まれ続けることには変わりない。それだけ魔界を裏切ったことに対する悪魔達の怒りと怨讐は深いのである。
「相当恨まれてるのな」
デルフが呟くが、スパーダは無言で再びルーチェを手にし、その銃口を迫りくる悪魔達へと向ける。
さらに彼の左右には無数の赤い魔力の刃、幻影剣が浮かび上がった。
スパーダが引き金を引くと同時に、銃弾と剣の雨が降り注いでいく――。
「バーストっ!」
地獄門の広場でルイズは振りかざした杖を振り下ろし、魔法を放っていた。
狙ったのはちょうど地獄門に開けられたままとなっている魔界へと続く次元の裂け目である。
――グガアァ!
裂け目から這い出てきた悪魔を無数の爆発が襲い掛かる。
規模こそ小さいが、十数回にも渡って巻き起こった爆発の連鎖は下級の悪魔を仕留めるにはちょうど良い威力であった。
スパーダとの特訓で磨き上げた魔法、〝炸裂(バースト)〟の実戦練習として、地獄門から這い出てくる悪魔達は良い的となる。
「相変わらず面白い力を使うわね。……けれど」
妖艶な声と共にネヴァンが右手を突き出し、指先から稲妻を放った。
――ギャアアッ!!
再び這い出てきた悪魔が強力な稲妻で焼かれ、一瞬にして焼き焦がされる。
ネヴァンは己の髪を掻き上げ、得意げに笑っていた。
「これぐらいスピーディに片付けなければ、スパーダのパートナーなんて務まらないわ」
明らかにネヴァンはルイズを嘲笑している。所詮、人間に過ぎないルイズの力はネヴァンにとっては大したものではないのだ。
「何よ、何よ! これはスパーダがあたしに与えてくれた力なんだもん!」
ネヴァンの冷笑は己の力を見出してくれたスパーダをも侮辱するに等しい。激昂したルイズは杖を突きつけながら詰め寄っていた。
その隣には、ルイズの姿形だけでなく動きさえも写し取ったドッペルゲンガーが一緒になってネヴァンに杖を突きつけている。
片や怒りに満ちた顔、片や人形のように凍りついた無表情という滑稽な光景であった。
スパーダが魔界へと飛び込んでいった後、ルイズはこのままここでスパーダの帰りを待つことに決めていた。
ネヴァンは「スパーダを出迎えるのは自分だけで良い」とルイズを追い払おうとしたが、それでも引き下がることはなかったのだ。
パートナーである以上、自分だけが学院に帰って待つというわけにはいかないのである。
「あら、スパーダがねぇ……こんな小娘なんかを」
そして、ネヴァンは事あるごとにこうしてルイズを嘲ったりからかったりしてくるのだ。
「何よ! この淫乱女! あんたなんかその内あたしの魔法でコテンパンにしてやるんだからね! 覚悟しなさいよ!」
「まあ、一生無理ね」
己のドレスとショールを優雅に躍らせると、ネヴァンは地獄門の脇で待機しているゲリュオンの元へと歩いていく。
彼女に付き従うコウモリ達は預けられていたケルベロスのヌンチャクやパンドラの箱を運んでいる。
軽くあしらわれたルイズはその背中を忌々しそうに睨みながら、う~っと低い唸り声を上げていた。
「……本っ当。あの女、気に入らないわ」
広場の中央で佇むシルフィードの傍にいたタバサとキュルケは二人が争う姿を傍観し続けていた。
ルイズだけを一人残しておくわけにもいかないため、二人もスパーダが戻ってくるまで付き合うことにしたのである。
キュルケは口端を痙攣させながらこの光景を目にし続けていたのだが、あのネヴァンを見ているだけで腹が立つのだ。
ルイズが言ったように、いくらスパーダでもあんな女を従えるのはあまり納得ができない。
「でも強さは本物」
本を読みつつ、タバサはスパーダと古い縁があるらしいネヴァンをじっと見据えていた。
スクウェアクラスの風メイジが数人がかりで放てるほどの威力の稲妻を、あの悪魔は容易く操ってみせたのだ。
自分達が歯が立たなかったケルベロスと同様にあのネヴァンも相当な実力者と見て良いだろう。
スパーダがああして留守を任せられるのも納得できる。
ちらりと、タバサは空に浮かび大地を照らす太陽を見上げていた。
今はこうして爛々と輝きハルケギニア中に光をもたらしているが、これが明後日には二つの月がちょうど太陽を遮る形で重なり、日食となり闇がもたらされるのだ。
その日食が起きる時、魔界の悪魔達は大群を持ってこのハルケギニアへと攻めてくるという。
本当に攻めてくるのかはその時にならなければ分からない。だが、そうであったならばハルケギニアの歴史に残されているあらゆる戦争を凌ぐ戦いが巻き起こることだろう。
かつてスパーダが救ったという異世界が侵攻された時と同じように。
(絶対に生き抜いてみせる)
タバサがこれまで経験してきた任務よりも一層激しい戦いになる。
その戦いを生き抜くには、魔剣士スパーダの力が必要だ。自分達はかつてスパーダと共に戦った異世界の人間達のように彼と共に戦わなければならないのである。
――ホロン……ポロン……。
ゲリュオンに寄りかかりながら、ネヴァンは己の魂の一部を取り出し形にした大鎌をハープに変形させ、優雅に演奏していた。
未だ癇癪を起こしそうなルイズや腹立たしそうに睨んでいるキュルケの視線を感じていたが、意に返さずハープを弾き続ける。
(また刺激が味わえそうね)
ちらりと魔界への入り口が開き続けている地獄門を見やる。
スパーダが決別した魔界へ戻る理由はただ一つ。封印した己の力を取りに行くためだ。
全盛期のスパーダが己の剣を振るい、強大な悪魔達を相手に戦い抜いてきた姿を思い起こし、ぞくりと背筋を震わせる。
またあの時のスパーダの冷徹な悪魔としての姿と力を見れるのかと思い、ネヴァンは興奮していた。
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