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#settitle(Mission 35 <侵略への予兆>)
#navi(The Legendary Dark Zero)
ケルベロスが邪魔者を制するために作り出した氷の山はスパーダが戦っている間に少しずつ崩れていった。
氷塊が降ってきた際、タバサが咄嗟に作り出したエア・シールドによる突風の障壁は二人を包み込み、辛うじて押し潰されることはなかったのである。
原理としてはラグドリアン湖で水の精霊を倒そうとした際、水に触れないようにするのと同じだ。
その後、内部でキュルケが炎の魔法を使って氷を溶かし、何とか抜け出そうとしていたのである。
こんな閉鎖空間で大技は使えないため、発火の魔法で地道にやるしかなかった。タバサもその間、エア・シールドを維持し続けるために精神を集中させていた。
外の様子は氷に阻まれて見えなかったものの、音だけは氷を隔てて微かだが二人にも伝わっていた。
魔獣ケルベロスの咆哮はもちろん、スパーダの拳銃の銃声が何発も聞こえてくる。
外の音を聞く度に二人はいち早くここを抜け出して戦線に復帰しなければと発奮していた。
やがて氷の壁を溶かしきり、無数の小さな氷塊をいくつか溶かすと外の光が見えてきた。
ここまでやればもはや遠慮はいらない。キュルケはファイヤボールの魔法を放ち、一気に薄くなった氷を吹き飛ばす。
その衝撃で氷の山が崩れてしまったが二人はすぐ様外へと飛び出ていた。
「ふぅ~! やっと出られたわね!」
キュルケが歓声を上げ、杖を構えるタバサと共にいざケルベロスに挑みなおそうとした時だった。
――バウゥンッッ!!
「グガアァ!」
耳が裂けんばかりの鋭い轟音と共に、ケルベロスの呻き声が響き渡った。
二人が目にしたのはあのケルベロスの全身を覆っていたはずの氷がほとんど剥がされ、その巨体が吹き飛ばされていたのだ。
見ればスパーダがケルベロスの真正面に立ち、ルーチェの拳銃を構えたまま佇んでいる。
キュルケとタバサはケルベロスが倒れ伏してしまった姿に呆然とする。
自分達では歯が立たなかったあの巨体を、スパーダは拳銃だけで制してしまったのだ。
伝説の悪魔である彼は剣など使わずとも充分に力を示せることを改めて実感する。
(もっと、力を……)
勇猛なスパーダの姿を目にし、タバサの杖を握る手に力がこもる。
復讐を果たし、大切なものを取り返すために力を欲している彼女としてはスパーダが力を示すのを目の当たりにする度にその思いはさらに強くなっていた。
どうすれば更なる力が手に入るのか。どうすれば己の力を更に磨き上げられるのか。……どうすれば彼のように強くなれるのか。
飽くなき力を欲する欲求、渇望、願望、研鑽、羨望――様々な思いがタバサの中で渦巻いていた。
スパーダがケルベロスの魂を取り込む事で、戦いは終わりを告げた。
氷を操るケルベロスがいなくなったためか、足元に漂っていた冷気の霧が瞬く間に晴れていって地面が姿を見せる。
ルイズ達は凍り付いてしまった聖碑の石版を眺めているスパーダの元へと集まっていった。
「キュルケ! タバサ! 大丈夫なの?」
「ま、何とかね。タバサのおかげよ」
ルイズは氷の下敷きになっていたタバサとキュルケが無事であった事に一安心した。
スパーダの方も見やるが、彼はいつものように毅然とした涼しい顔を浮かべている。この様子ならばそう心配する事もないだろう。
どうやら左手に装着している篭手のデルフのおかげのようだ。
「あ、あの……大丈夫、なんですか?」
閻魔刀を抱えながらやってきたシエスタは不安げにスパーダの身を気遣う。
何しろ、先ほどのケルベロスが放った全力の攻撃でスパーダの服は所々が凍ってしまっている。
まともに食らえば今の争いで砕かれてしまったオーク鬼達のような無残な最期を遂げることになっていたというのに。
「心配はいらん」
凛然と答えつつ振り向いたスパーダは恐る恐るシエスタが差し出す閻魔刀を受け取り、腰に収めた。
その時、スパーダは微かに目にしたシエスタの表情に不安と緊張が未だ残っている事に気付く。
それは先ほどのケルベロスに対してではなく、自分に対して抱いている事をスパーダは察していた。
「なぁーに。この俺が相棒へのダメージを和らげてやったからな。……ちと寒かったけどよ」
デルフが楽天的に答えると、シエスタはホッと安堵の溜め息を吐く。
「っていうかスパーダ。何なのよ、さっきの銃は? あんな物を持っているだなんて聞いてないわよ」
ルイズはスパーダの少し凍っているコートの裾に手を触れようとしたが、あまりの冷たさに手を引っ込めてしまう。
「ああ、ルイズは見てないから知らないのよね。ゲルマニアのペリ卿に特注で作ってもらったんですって」
スパーダの代わりに答えたのは、先日の実演を見ていたキュルケだった。
正確にはペリと名を名乗る魔界の銃工マキャベリーの作品である。ハルケギニアはおろか人間界の技術ですら作ることはできない一品だ。
「わざわざ銃を使わなくても、剣を使った方があの悪魔を倒すの速かったんじゃないの?」
「実戦でも使えるか確かめねばならなかったのでな」
ルイズからの指摘に答えたスパーダは聖碑の石版から視線を離さぬまま目の前まで進んでいく。
ケルベロスの攻撃のおかげで石版の表面はほとんどが凍りついてしまっており、真下の祭壇に至っては氷の中に閉じ込められていた。
災厄兵器パンドラを持ってきていれば氷を溶かす兵器に変形させていたのだが……。
「どうしたのよ、スパーダ。こんな石版がどうかしたの?」
やけに石版に食い入っているスパーダにルイズはもちろん、他の三人も疑問を抱かずにはいられなかった。
「キュルケ。祭壇の氷を溶かせるか」
「オッケー。タバサも手伝ってね」
スパーダからの要求に快く答えたキュルケは杖を取り出し、タバサと共に前へ進み出る。
先ほどのケルベロスとの戦いで消耗していたため、キュルケだけの力では大きな炎は起こせない。タバサの風の魔法で威力を増強しなければならないのだ。
「ねえ、一体何なの? あの石版がそんなに珍しいの?」
キュルケ達が氷を溶かす中、ルイズは再三、聖碑の石版に興味を持つスパーダに尋ねていた。
隣で佇むシエスタとしては何も無いただの遺跡であるはずのここにスパーダがこうも関心を示していることに不安を抱かずにはいられない。
「そういうわけではない。だが、あれはただの遺跡などではない」
「ど、どういうことなんです? 一体、あれは……」
スパーダの返した言葉にシエスタの不安はさらに大きくなっていった。
だが、スパーダは腕を組んで氷が溶かされていく聖碑の石版を凝視したまま、沈黙している。
普段以上に真剣な目付きに二人は呆気に取られていた。
「おい、相棒。あの石版……俺も嫌な力が感じられるぜ」
「それ以上を言う必要はない」
デルフも妙に真剣な口調で喋りだしたが、スパーダは一蹴して黙らせる。
(何よ? 一体、何を知っているっていうの?)
スパーダはおろかデルフさえも真面目になっていることにルイズもまたシエスタと同じように不安が湧き上がる。
この石版は一体、何だというのだ。
ただの遺跡でなければ、何の目的でここに建てられているのか。
何か、自分達では想像もつかない特別な力がこの石版にはあるというのか。
それを……スパーダは全て知っているというのか。
「ふぅ~! ざっとこんなものね」
タバサの協力で氷を溶かし続けていたキュルケは一息をつきつつ歓声を上げていた。
炎で氷が溶かされ、その下から円筒上の小さな台座が姿を現す。恐らく、ここに何かを祭っていたのだろう。
しかし、見た感じ何も特別面白そうなものはないみたいでキュルケの興味は薄れていった。
「どうしたの、タバサ?」
タバサが台座の隅で屈んでいるのを見てキュルケも覗き込んでみる。
「何かあったの?」
その元にルイズ達もやってくると、立ち上がったタバサは妙なものを抱え上げていた。
「何なの、それは」
タバサの抱えているそれは何とも奇妙な代物であった。
固定化がかけられているのか、鏡のように磨き上げられた白銀の塗装は日の光を照り返すほどに輝いていた。
篭手のようにも見えるがそれにしてはかなりの大きさだ。大人の腕をすっぽりと覆ってしまいそうである。
おまけにその形状も変わっており後部の左右からは羽状、上部には湾曲した爪状の突起が後ろに向かって突き出ているなどかなり手の込んだ装飾が施されていた。
「変わった形ね~」
「どうやって使うのかしら」
ルイズ達は不思議そうにその物体を見つめて触れたりしている。もちろん、それ以上のことは何もできない。
タバサも何かを感じているのか、じっと物珍しそうに見つめていた。
(ここにも奴の品、か)
だが、スパーダは氷に閉じ込められていた時からこの物体を目にしてそれが何であるかを即座に理解していた。
それをどう使うかも既に心得ている。
「スパーダ」
タバサから取り上げたその篭手のようなものをスパーダはすんなりと右腕に装着する。
「下がっていろ」
一同はその言に従い、聖碑から10メイルほど離れていく。
あれもマジックアイテムのようなものなのか。スパーダは今度は何かしでかすつもりなのだろう。
剣だった時のデルフにしろ、ルイズは見ていないがルーチェとオンブラの銃にしろ、手に入れた代物はすぐに試そうとするのが彼の性分らしい。
「相棒? そいつもまさか……」
デルフが語りかけた途端、スパーダは右腕の篭手をまだ凍り付いている聖碑の石版に突きつけていた。
スパーダが篭手内部の引き金を引くことによって先端には桃色の光が生み出され、低い唸り音を響かせている。
魔力が収束していくことで、徐々にその光は大きくなっていた。初めは握り拳程度の大きさだった光はその倍にまるで膨れ上がっている。
そこまで大きくなった所で、スパーダは内部の引き金を離した。
「きゃっ!」
閃光を発し、ルイズ達は思わず目を腕で覆った。
そんなに強い光ではなかったため、すぐに視線を戻す。
そこではスパーダが右腕に装着する白銀の篭手から一筋の光線を放っていた。
石版の表面を覆う氷に放射されていくその光は熱を持っているのか氷を徐々に溶かしていく。
スパーダは腕を動かしては光線を当てる場所を変え、少しずつ氷を取り除いていった。
「何か、変なやり方をしてるわ」
「そうねぇ。何をやっているのかしら」
スパーダはあの白銀の篭手から発せられる光線で氷を剥がしているが、何故か所々に点のような氷を残しており、それに光線を当てようとはしない。
明らかにわざとやっているようであるが、ルイズ達にはスパーダの意図がよく分からない。
「彼は的を作ってる」
じっと観察していたタバサが彼の意を察したようにぽつりと呟いた。
「的を?」
またルーチェ、オンブラの射撃でも行うのというのか。わざわざ自分で的を作ってまで試そうだなんておかしな話だ。
既にあの二つの拳銃の性能は実証されているというのに。
「相棒の銃に比べると何かえらく地味だな」
左腕のデルフが肩透かしを食らったように呟く。
やがて石版の氷のほとんどを剥がしきったスパーダは光線の放射をやめ、最後に意図的に残した10ヶ所の氷の的を凝視していた。
これで全ての準備は整った。この篭手――魔具の真価は標的が多数存在する時にこそ発揮できるのだ。
かつてテメンニグルでも同型の代物を見たことがある。あれは塔内部の道の一角を封印するための仕掛けとして利用されていたはずだ。
魔力を無数の矢として放出し、多勢の敵を射抜くために生み出された魔銃。
災厄兵器パンドラと同じく魔界の銃工マキャベリーが作り出した一品。
――魔閃弓アルテミス。
今、デルフが地味だとぬかしたがならばその真価を試してみるとしよう。
そのためにこうしてわざわざ的を作ってやったのだ。
スパーダは再びアルテミスの銃口に魔力を溜め始める。先ほどと同じように銃口に生み出された光が収束し、大きさも調整されていった。
先ほどは標的を定めずに溜めた魔力を一点に集中させて放出させたが、今度は違う。
視界に映る20の氷の的を意識しつつ、溜めた魔力を分割させていく。
ただそれだけで良い。無理にスパーダ自ら狙いをつける必要はない。
「何っ!」
「きゃっ!」
アルテミスの銃口に集まっていた光が放出と同時にさらに小さな20の光へと分裂していった。
その光から射出される魔力の矢が尾を引いて次々と氷の的目掛けて飛んでいく。
分裂した魔力の矢は的確に氷の的を射抜き、次々と撃ち砕いていた。
当然、これだけで済ませるつもりはない。自分で作った的はもうないが、的がなくてもアルテミスの力は行使できる。
スパーダが頭上にアルテミスを掲げた途端、各所のパーツが瞬時に変形し展開された。
展開されたパーツが露になった右手を包む銃身を軸にして勢いよく回転し、次々と光球が上空に打ち上げられていく。
ルイズ達は天高く打ち上がった光球を呆然と見上げていた。
やがて上空で四散した光球から無数の光が地上へと降り注ぐ。
アルテミスのパーツを収納していたスパーダは空を見上げ、細かい雨のように降りかかる光を凝視していた。
スパーダの周りに降ってきた光は次々と大地に突き刺さっては小さな傷痕を残していく。
何故かスパーダ自身には落ちてはこず、必ず彼を中心にしてその周りにだけ光の雨は降り注ぐ。
「すごい……」
ルイズ達は思わずその光景に目を奪われ、息を呑む。
彼が悪魔である以上、やることなすこと不思議なことばかり。平民であるシエスタはもちろんのこと、貴族でありメイジであるルイズ達の心を度々捉えていた。
「こいつはすげえな! 良い花火になりそうだ!」
侮っていたアルテミスの力を見せ付けられたデルフは興奮し、歓声を上げていた。
(まあまあだな)
魔具も重要な戦力の一つであるため、ここで手に入ったのは幸いだった。ルーチェとオンブラやパンドラのことも含めてマキャベリーには感謝せねばなるまい。
アルテミスの実証が済んだため、スパーダは何の感慨もなく振り返るとルイズ達の元へと戻っていった。
「ちょっと! 一体、何なのよそれは! 何で」
「そうだな。〝破壊の魔銃〟とでも言っておこう」
アルテミスの力を目の当たりにして驚くルイズにスパーダは手短にそう答える。アルテミスの理論をここで話した所で時間の無駄だ。
「ここにはもう用はない。村へ戻るぞ」
「あ! 話はまだ終わってないのよ! 待ちなさい!」
足早に広場を去ろうとするスパーダの後をルイズは慌てて追いかけ、後の三人も続いていった。
ルイズは何としてもスパーダから全てを聞き出さなければならないと感じ取っていた。さもなければ必ず後悔してしまう。
「何なのよ! あの石版もそのマジックアイテムも色々知ってるんでしょう!? あたし達にも話しなさいよ!」
「今ここでは話せん」
スパーダはちらりと肩越しに振り返ると、広場の奥に建つ聖碑とシエスタ達が呼ぶ門を……己の故郷へと続く扉を見つめていた。
タルブの村へと戻ってきた頃にはすっかり日が傾き、空は赤茶けていた。
スパーダ達はシエスタの生家で泊めてもらうことになり、シエスタの両親は遺跡に居座っていた幻獣――ケルベロスをスパーダが打ち破ったことを
シエスタの口から聞かされると、娘が世話になったことを含めてすっかりスパーダに対して敬服していた。
シエスタの弟達はケルベロスを倒したというスパーダにすっかり懐いている。
一件落着ということで、各々は夕食の準備ができるまで休息を取ることになった。
ルイズ達はシエスタの家で待機しており、スパーダが右腕から外していたアルテミスを預かっている。
スパーダは外へ出ると村の側に広がる草原へと足を運んでいた。
夕日が草原の彼方に山の間に沈んでいく。そこは広大な草原と小高い丘が連なっており、スパーダも思わず感嘆する景色だった。
「なあ相棒よ。例の石版のこととか娘っ子達に話さないのかい?」
「安々と人前で話せることではない。お前も今日はよくやってくれた。戻っていいぞ」
左腕に装着したままのデルフが話しかけてくるが、スパーダはデルフを魔力に変えて体内へと戻していた。余計なことを喋ってもらっては困る。
それからすぐ、草原の中にシエスタの姿を見つけるとスパーダは傍へと近づいていく。
(スパーダさん……)
草地に腰を下ろしていたシエスタは気配を感じ取り、それがスパーダであるとすぐに分かってしまった。
びくりと震え上がり、自分の隣に立つスパーダを恐る恐る振り向き見上げる。
得体の知れない本能のおかげでスパーダさえも恐れるようになってしまったシエスタはいつものように屈託なく話すことができないでいた。
力無き者が力ある者に気安く話しかけるなど、無礼な行為なのだ。
その本能に自然と従っていることにシエスタは自己嫌悪を感じていた。
認めたくなどなかった。今、ここにいる人が、自分を人間と認めてくれた人が、自分と同じかもしれないだなんて。
それだけで彼を恐れてしまうなんて。
「私もブラッドと同じだ」
唐突に口にしたスパーダの言葉にシエスタは目を見開き、愕然とした。
「私を恐れるのも仕方のないことだ。だが、それで己を否定することはない」
スパーダも既に分かっていた。シエスタが悪魔の血を目覚めさせたことでその血に宿った悪魔の本能も目を覚ましたことに。
本来、下級悪魔は己より力のある格上の悪魔を恐れるもの。それが弱肉強食の魔界の住人達の性分だ。
悪魔の血を宿すシエスタもその本能に従い、スパーダやケルベロスなどの上級悪魔を恐れていたのである。
自然とスパーダが悪魔であることを察してしまったのだ。
「申し訳ありません。スパーダさんは本当はとても良い人なのに。……わたし、とても失礼なことを」
「気にするな」
「スパーダさんは怖くないんですか? ……悪魔であることを知られても」
「私を拒む者がいるのであればその前から消える。それだけのことだ」
躊躇いなく冷徹に答えるスパーダにシエスタは驚く。
スパーダは人間の血が混ざっている自分とは違い、曾おじいさんと同じ純粋な悪魔。自分なんかとは考えも違うのだ。
「わたし、やっぱり怖いんです。……得体の知れない何かがどんどんわたしを変えていきそうな気がして」
膝を抱え、顔を埋めるシエスタ。
「もしも自分が悪魔の血を引いていることで誰かに拒絶されたらと思うと……。学院のみんなやこの村の人達……それまであったはずのものが失われでもしたら……」
「そうなるまでに己を認めさせてやればいい」
スパーダの言葉にシエスタは顔を上げ、振り向く。
彼の左目に付けたモノクルが夕日の照り返しを受けて微かに煌いている。毅然とした顔で彼は沈みゆく夕日を見つめていた。
「君は紛れもなく人間だ。だが己を否定し続けていれば、他の者に人間である己の存在を認めさせることもできはしない。
君が人間であることをその時までに他の者に認めさせ続けていれば、たとえ君の真実を知ったとて拒まれはせん」
現にスパーダもルイズ達やオスマンにも認められたのだ。悪魔ではなく、人間として。
「人として生き続けたいのであればそのようにするがいい」
踵を返し、スパーダは村の方へ戻ろうとする。
「あ、あの……!」
立ち上がったシエスタはスパーダの背中に向かって呼びかけた。
スパーダは振り向かぬままその場で立ち止まってくれた。
「も、もしも……わたしの行く所が失くなったら……その、スパーダさんのお傍にいても良いですか!?」
「メイドとしてなら構わん」
即座に返してくれた答えにシエスタは嬉しさを感じずにはいられなかった。
「だが、そうならぬように力を尽くせ」
再び歩き出したスパーダの後を、シエスタは主に付き従うように付いていく。
やっぱり彼も紛れもない人間なのだということに改めて感じ入っていた。
深夜、シエスタを含む村の者達が寝静まった頃。
スパーダは自分に宛がわれた部屋にルイズ達を集めていた。
結局、ルイズ達に深夜になったら全てを話すということを伝えてその時を待っていたのである。
念のためにタバサによって部屋の壁や扉などにサイレントの魔法をかけたため、音が外に漏れることはない。
「それじゃあ話してちょうだい。あの石版は一体何なの?」
腕を組んだまま椅子に腰掛けるスパーダと向かい合い、仁王立ちするルイズが単刀直入に問いかける。
「ダーリンがあんなに気にするくらいだもの。何かあるんでしょう?」
キュルケもタバサも同じように例の〝聖碑〟と呼ばれている石版の詳細について気になって仕方がなかった。
悪魔であるスパーダは気にかけるのだから、曰く付きな恐ろしいものではないかと薄々感じているくらいである。
「あれは聖碑などではない。……〝地獄門〟だ」
「地獄門?」
かつてスパーダが領主として治めていた地、フォルトゥナ。
そこで暗躍していた悪魔達の手により建造された人間界と魔界を繋ぐ力を持った巨大な装置であり、門なのだ。
昼間、あの広場で目にしたあの石版はサイズこそ小さいが紛れもなくその地獄門に間違いなかった。
「あれが、魔界に続く出入り口なの?」
話を聞かされたルイズ達は驚きを隠さずにはいられなかった。あの一見、何の変哲もない石版がそんな恐ろしいものだったなんて。
「私が封印したものよりは小さいがな。だが、あの地獄門でもある程度の数の悪魔達も、ケルベロスのような強力な悪魔ですら通ることができる」
スパーダが告げる真相にルイズ達は息を呑む。
「このアルテミスは動力源として使われていたのだろう。……動いていなかったのは幸いだが」
スパーダは箱の上に置かれた魔銃アルテミスを顎で指す。
もしも地獄門が起動していれば今頃、悪魔達は魔界からあの門を通って直接ハルケギニアに押し寄せて来たのだろう。
タルブの村などとっくの昔に全滅していたのかもしれない。
「で、でも……どうしてスパーダが封じたものがここにもあるの?」
「分からん。だが、悪魔の手により建造されたのは間違いない」
シエスタによると、あの地獄門は六十年前にブラッドがいなくなってからすぐにあれが見つかったという。
ブラッドがタルブを訪れていたのは地獄門を建造するための暗躍だったのだろう。そのための動力源であるアルテミスを用意したのもそうだ。
だが、入り口そのものは開かれなかった。アルテミスが動力源として設置されていなかったからだ。
ブラッドがハルケギニアを侵略されないように細工をしてくれたのだろうか。……さすがにスパーダでもそれ以上のことは分からない。
「当然、スパーダはあの地獄門を壊すんでしょう?」
そんな恐ろしい物が放置されていては、いずれあそこを通って悪魔達が攻めてくるかもしれない。
スパーダならばあんな厄介な物を放っておくはずがないとルイズは考えていた。
「うむ。だが今すぐにではない」
「どうして? 放っておいたらあそこから悪魔達が溢れて来るんでしょう?」
キュルケが納得できずに尋ねる。
すると、スパーダは膝を組みだし今まで以上に深刻な面持ちになって一同の顔を見回した。
「……今のうちに、お前達に伝えよう」
重々しく口を開いたスパーダにルイズ達は真顔になって彼を注視し、耳を傾ける。
「今度、日食があるのを知っているな」
「ええ。確か、姫様の結婚式の二日前よね」
「十三年ぶりの皆既日食」
スパーダの問いにルイズとタバサがそれぞれ答える。
「その日にアルビオンのレコン・キスタが攻めてくる可能性が高い」
「レ、レコン・キスタが!?」
スパーダが口にしたとんでもない言葉にルイズは吃驚していた。サイレントの魔法を施していなければ部屋の外に漏れていたであろうほどの大声だった。
キュルケとタバサも同様に驚いている様子を示す。
「ど、どうしてそんなことが分かるの!?」
「そうよね。不可侵条約を結んでいると言ったってそんなものどうにでもなるようなものだけど、どうしてレコン・キスタが攻めるのがその日だって分かるのかしら」
問いただすルイズとキュルケにスパーダも頷く。
「連中の裏には悪魔達の存在がある。レコン・キスタは奴らの手駒に過ぎん。……その悪魔の勢力も同時に攻めてくるかもしれんのだ」
「どうしてそんなことが分かるのよ?」
再度問うルイズに、椅子から立ち上がったスパーダは腕を組んだまま一行に背を向け、窓辺へと向かう。
ルイズ達はスパーダの背を見つめたまま答えを待った。
「我が故郷とこのハルケギニアは人間界と同じだ。普段はその境界線は厚いために直接侵攻される恐れはない。
だが……これまでの調べでこのハルケギニアと魔界は日食が起きている短時間だけだが、一時的にその境界が薄まるようだ」
スパーダが語る詳細に、ルイズ達は顔を顰めた。
「それってつまり……」
恐る恐るルイズが呟き、その後をタバサが引き継ぐ。
「日食が続いている間に、悪魔達はこっちに直接やってくる」
「それじゃあダーリンのマスターだった、あのムンドゥスみたいのが攻めてくるっていうの?」
「その可能性は高い。もっとも、レコン・キスタを操っているのは我が主ではなさそうだがな」
スパーダは魔帝の勢力下で活動していたのだ。自分がかつて属していた勢力の特徴など熟知していることだろう。
ルイズ達はムンドゥスが攻めてくることはないと知って、少しだけ安心する。……気休め程度にしかならないが。
「何にせよ、万が一の時にはお前達にも少し協力をしてもらいたい」
「あったりまえじゃない! あたしはスパーダのパートナーなんだから!」
新調中の杖もそれまでには手に入れていることだろう。スパーダのパートナーとして、彼をサポートするのが自分の役目だ。
この間みたいに悪魔との戦いを舐めてはまたその時と同じ結果になりかねない。ルイズはスパーダに言われたように自分の立ち位置を間違えないことにした。
「私も手伝う」
「当然じゃない。〝微熱〟の名にかけて、魔剣士スパーダと共に戦うことを誓うわ」
タバサとしてはその時に多くの悪魔達が狩れれば母を治すホーリースターを作るためのレッドオーブをたくさん稼げると踏んでいた。
それも目的の一つだが、もちろん魔界からの侵略に黙っているわけにはいかない。
まだ先の話だというのに、杖を握る手に力が入る。
「私も一度、地獄門を通って故郷に戻らねばならん。故にあれを今、破壊するわけにはいかない」
「え、ええ!? どうして!? 何でわざわざ魔界に行っちゃうの?」
スパーダが魔界に里帰りしようとしていることにルイズは驚きを隠せない。
「必要なものがあるからだ。これからの戦いのためにも、それを取りに行かねばならない」
魔界の奥深くへと封じたスパーダの分身。今のスパーダの力では魔界の勢力に対して短期戦を仕掛けることはできない。
特に、ムンドゥスに匹敵する最上級悪魔が現れるようであれば長期戦に持ち込んではハルケギニアに甚大な被害をもたらしてしまう。
スパーダはあの地獄門を通り、己の力を封じた分身を取りに行くことを決めていた。
もっとも、今あの地獄門を不用意に開けば悪魔達がなだれ込んでくるかもしれないのでもう少し様子を見てからだが。
ゆっくりと振り返ったスパーダは三人の顔を見回し、告げる。
「ハルケギニアの民達よ。私と共に、戦ってくれるな?」
重々しく威厳に満ちた声のスパーダにルイズ達は黙したまま首肯していた。
一瞬たりとも決して気を抜けない戦いが始まろうとしている。
相手は同じ世界を生きる人間ではなく、異世界からの侵略者。人間の力を遥かに超越した存在。
その恐ろしい者達との戦いを生き抜くためには自分達にできることを精一杯やるしかないのだ。
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