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#navi(つかいまのじかん)
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マチルダが担任になって2週間。
「手本をよく見てください」
2年1組教室では、東方風の書道の授業が行われていた。
「できた!」
半紙に流麗な文字で『希望』と書き上げたりんは、早速マチルダに見せに行く。
「上手ではありませんか、ミス・ココノエ!」
「えへへー♪」
マチルダに褒められてりんは満面の笑顔になり、
「では次は好きな言葉を書いてみてください」
「はーい♪」
そう答えて嬉しそうに自分の席へ戻っていく。
(だいぶ馴染んできましたね)
「ミス・サウスゴータ」
後方からの呼び声に振り返ったマチルダの前には、たどたどしく『希望』と書かれた半紙を手にしたルイズが立っていた。
「ミス・ヴァリエール……」
マチルダはルイズを席に戻らせると、彼女の手を取り指導する。
「貸してみてください。こう……」
その様子を見ていたりんは、黒板に貼り出そうとしていた半紙を破り捨てる。
「リン!?」
驚愕したキュルケの声にも構わず、りんは改めて半紙に文字を書いてマチルダの元に駆け寄る。
「せんせー、できたー」
「あら」
りんの声に再度振り返ったマチルダは硬直した。
「はい♪」
とりんが見せた半紙に書かれていた言葉は……、
『中出し希望』
「ミス・ココノエーっ!! 何を書いているのですか、何を!!」
叫び声を上げつつ、マチルダは教育上不適切な言葉が大書された半紙を破り捨てた。
「だって好きな言葉をかけって言ったもーん」
そう笑みを浮かべてりんは立てた指をその場でくるりと回し、
「何なら先生の『初めて』貰ってあげようか?」
と悪戯っぽく舌を出したりんの言葉に、無言で赤面するマチルダ。
「ん?」
「まさかミス・サウスゴータって、ほんとにまだ処--」
「きゃーっ! きゃーっ!」
ルイズの爆弾発言を大声を上げて遮ったマチルダ。
一方、意味がわからず首をかしげていたキュルケはルイズに質問する。
「ルイズ、何? 『初めて』って?」
「あのね……」
笑みを浮かべてキュルケの耳元に口を接近させるルイズ。
放置すれば実にあけすけな「初めて」に関する説明がされるのは明確なので、再度マチルダはルイズを制止する。
「言わないでくださいーっ!!」
マチルダが慌てて振り返った拍子に体が当たり、机上に置かれていた水入れがひっくり返ってしまった。
「きゃーっ! 服が!」
「紙が……」
「あああ、すいません!!」
「もうっ! 先生の馬鹿ーっ!!」
と、教室内は大騒ぎになってしまったのだった。
「かんぱーい」
「ちーっす」
トリスタニアの歓楽街にある酒場では、マチルダとその旧友達が集合し酒宴を開催していた。
「どーよ、ワーウルフ隊は?」
「あー、もー最悪。毎日終馬車」
「うちなんか研修担当がすげーやな奴でさあ」
「まだいいじゃん。俺んとこ新卒1人だぜー」
「いーよな、サウスゴータは。魔法学院って休みが多そうで」
「なー」
愚痴を吐き出し合ううちにマチルダへ羨望の視線を向ける友人達だったが、
「馬鹿言わないで!! 教師ってめちゃくちゃ忙しいのよ!?」
「そーかあ?」
「まず初任者研修が済んだら、今度は週10時間・年間300時間以上の校内研修、さらに校外研修教育総合センターでの研修、教育学会への参加。授業のやり方もわからないままいきなり40人任されて! 昼は生徒に振り回され、夜は明日の授業の予習に教材の準備! 毎日6時起きで、夜中遅く帰ってきたら何もできずに寝るだけよ!!」
力説……と言うより一気にまくしたてたマチルダに友人達は、
「何つーか……、自転車操業?」
「学校の先生が呑むと荒れるって、わかるな……」
と少々同情が入った視線でマチルダを眺めていたが、
「なあなあ、美人教師とかいねーの?」
「いないわ、そんなの。可愛いけど生意気でエッチな子ばっかりよ!」
「可愛くて生意気でエロい女教師って、お前それ最高じゃん!」
「合コンやろーぜ、合コン!!」
「いや、そうじゃなくて……」
「サウスゴータ」
口々に言い出した友人達の誤解を解こうとマチルダが言いかけた時、その中の1人・メンヌヴィルが彼女の肩を叩いた。
「押し倒せ! そーゆータイプの女は1度やっちまえばめろめろだ」
「流石メンヌヴィル! 2年で童貞喪失した狼男!」
とサムズアップしたメンヌヴィルや友人達に対し、マチルダは内心こう呟いていた。
(人生喪失するから!)
「じゃーなー」
「おー、またなー」
「合コンなー」
そんな別れの挨拶で酒宴はお開きになり、歓楽街を後にしたマチルダは教員寮の自室に帰宅した。
照明を点けると早速机に向かい、翌日の授業の準備を行う。
(ええと明日は、トリステイン語と算術と……)
ティーカップ片手に教科書・帳面をめくる。
(忙しいですね)
それはマチルダの偽らざる本音だった。
魔法学院をはじめ教育機関の大半を監督する役所からは学習指導要領が送られてくるものの、その通りに進む事など皆無と言っていい。理解度も各生徒で違うため、遅れている生徒には遅れの度合いに応じた後押しの必要がある。
作成する時間を捻出してその生徒に合った印刷物をやらせたり、多忙な時間の合間を縫って個別指導の時間を作ったり……。
しかしやらなければ授業についてこれない生徒が出るために、睡眠時間を犠牲にこなしているのだ。
翌朝、職員室で机に向かっていたマチルダは大欠伸と共に体を伸ばした。
「大丈夫ですか、ミス・サウスゴータ」
「あ、大丈夫です」
眠そうな表情で紅茶をティーカップに注ぐマチルダに、コルベールが心配そうな様子で尋ねた。
マチルダは笑みを浮かべて答えたものの、
「熱っ!」
と服の上に盛大にこぼしてしまった。
「本当に大丈夫ですか?」
「あっ、すいません、すいません!!」
コルベールに服を拭いてもらうと、マチルダは溜め息を吐きつつ自分の席に戻っていった。
そんなマチルダのために自分の机から本を取り出そうとしたコルベールだったが、
「ミスタ・コルベール」
シュブルーズがそう声をかけて制した。
「駄目ですよ、手を出しちゃ」
「ですが……」
「苦労して経験しないと身に付きませんよ。彼女のため、ここは黙って見守りましょう」
と優しげな笑みをマチルダに向けていたコルベール・シュブルーズだったが、次の瞬間2人の笑顔は悪意あるものになる。
「……と言うよりも、『我々の苦労を思い知れ』ですね」
「ようこそ、教員(こっち)の世界へ」
マチルダは背中を向けていて2人の表情を伺う事は不可能だったが、それでもうすら寒いものを感じ悪寒に襲われたのだった。
(面白い授業で時間内に理解させれば、後押しする必要は無いのですが……)
そう考えて努力しているマチルダではあるが、まだそれが可能なほどの技術を持っていないため、結局授業は教科書通りの退屈なものになりがちだった。
そして数日後、
「えー、どうしたの、リン?」
りんの悲惨な点数の算術テスト答案を手に、キュルケは心配そうな表情で首を傾げた。
「いつも算術はいいのに……」
困った様子も見せず笑うりんを、ルイズは呆れた表情で指差す。
「笑ってる場合じゃないでしょ」
「ミス・サウスゴータになってから下がった?」
キュルケの言葉に、3人に背を向け黒板を消していたマチルダがぴくりと反応する。
(何とかしなくては……)
その日の放課後、
「リーン、帰ろー」
とルイズがりんを誘ったものの、
「あー、あたし駄目。サウスゴータ先生が個人授業するから残りなさいってさー」
「………!」
りんの返事にルイズの表情が険しくなった。
一方キュルケもりんの笑顔の意味に気付いて、
「もしかして、わざと悪い点を!?」
「何の事~?」
「信じられない!」
声を荒げたルイズは、凄まじい勢いでりんに対しまくし立てる。
「あんな処女、どこがいいの!? 今日の授業も空回って痛々しい! 先生なんか好きになっても報われないわよ!」
そんなルイズをりんは、
「はいはい、お姫様。また今度遊んであげるから」
とルイズを抱きしめて額にキスをした。
……が、ルイズに頭部を殴打され、机に突っ伏す羽目になったのだった。
「行くわよ、キュルケ! もうリンなんか誘ってあげない!」
そう言い残し教室を出ていったルイズを、キュルケは慌てて追いかける。
「待って……、ルイズ! どうしたの?」
「……リンが男の子だったらよかったのに」
「……ルイズも報われないねえ……」
「うっ、うるさいわねーっ!」
そんな会話を交わしつつ、2人は学院を後にした。
「……ですから、答えは『2』と」
一方、教室ではマチルダによるりんへの個人授業が行われていた。
「わかりましたか? 算術は積み重ねですからね。ここで理解しておかないと先に進めませんよ」
「はーい♪」
ひと通り終わったところで、りんは座る場所を椅子から机に移し、脚を投げ出すような姿勢を取った。
「ねー、せんせー、今度のテスト100点取ったらご褒美くれる?」
「ええ、いいですよ。ケーキでも何でも」
「えーと、じゃあ……」
少し考えた後でりんが口にした要求は、またもマチルダの予想の斜め上を行っていた。
「ご褒美にエッチして♪」
「またあなたは! 意味もわからないのにそういう……」
赤面しつつ視線を逸らしたマチルダだが、りんは見透かすような目で、
「『わからない』? わかってると思いたくないだけじゃない?」
と問いかけた。
(――『そーゆータイプの女は、1度やっちまえばメロメロだ』)
メンヌヴィルの言葉が脳裏をよぎった。
「ミス・ココノエ……、下着が見えていますよ」
「『見せてる』の♪」
悪戯っぽい笑みを浮かべたりんに、マチルダは出席簿による一撃で返答する。
「いったーい!」
「わかっているのなら、なお言うものではありません! ほらもう帰って帰って!!」
そう言って下校を促したマチルダにりんは、
「何よ! 先生の馬ー鹿馬ー鹿処ー女ー!!」
と悪口雑言を口にして帰っていったのだった。
(ミス・ココノエ!!)
一方その頃、職員室で机に向かっていたコルベールの耳に、遠見の鏡に映っていたニュースの音声が届いた。
『――今日、ラ・ロシェールの魔法学院で、新任の教師が首を吊って死んでいるのが見つかりました。仕事の事で悩んでいたとみられ――』
そんなニュースを、コルベールは心配そうに眺めていたのだった。
(楽しい授業、それができれば苦労はしません。私だって努力しています)
マチルダが教室に入っても、雑談に興じる生徒達のざわめきは治まらない。
「静かにー。ほら、鐘が鳴っていますよ。席に着いてください」
そう声を上げたマチルダだが、生徒達の騒ぎは一向に静まる気配が無かった。
(それなのに……。誰のためにやっていると思っているのですか)
かすかに表情が険しくなったマチルダにりんがちらりと視線を向けたが、マチルダは気付かなかった。
「(いいかげんに――)あ……」
マチルダが声を荒げかけた瞬間、何者かが机を激しく殴打する音が教室内に響いた。
1人を除いて、教室にいた全員が音のした方向を見る。
その先ではりんが拳を机に振り下ろしたまま他の生徒達に冷ややかな視線を送っていたが、すぐマチルダに対し笑顔でウインクした。
「……え……、あー、では始めます。教科書18ページ……」
マチルダがそう気を取り直して開始した授業は、その後滞り無く進んでいった。
「ミス・サウスゴータ」
職員室に帰ったマチルダに、紙束を抱えたコルベールが声をかけてきた。
「あの……、よろしければこれを使ってください。段階ごとの学習テストのプリント集です」
「えっ?」
コルベールから渡された紙束の濃密な内容に、マチルダは目を丸くする。
「いいのですか!? 助かります! 私今まで全部自分で作っていましたよ!!」
喜びを露わにしてそういったマチルダに、コルベールは微笑を浮かべつつ心中、
(死なないでくださいね……)
と考えていた。
それから数日後。
「ミスタ・グラモン、80点。ミスタ・グランドプレ、84点……」
教室では、マチルダが前日に行われた試験の答案用紙を返却していた。
「ミス・ココノエ、100点!」
マチルダの言葉に教室内の生徒達の大半が歓声を上げ、りんもそれにVサインで応える。
「頑張ればできるではありませんか!!」
「はいっ、サウスゴータ先生が教えてくれたおかげです!!」
そんなりん・マチルダの会話に、ルイズは歯が浮くと言わんばかりの表情になって顔を背けていた。
一方りんは立てた指の先を一舐めして、
「じゃあ先生、約束のご褒美ちょうだい♪」
と上目遣いで要求してきた。
「(ここでですか……)はい、わかりましたよ」
赤面しつつもそう言うとりんの前に屈み込む。
「……ミス・ココノエ、いい子ですね。大好きですよ……」
マチルダにそう耳元で囁かれたりんは、赤面して顔を隠してしまう。
「何あれ、馬鹿じゃない!? ねえ、キュルケ……キュルケ?」
そう言いつつキュルケに視線を向けたルイズは、彼女が答案用紙を手に沈んだ表情になっている事に気付いて首を傾げたが、
「あ」
名前の横に書かれた点数を表す数字が「100」である事に気付き、納得の表情になる。
直後、教室内に紙を引き裂く音が響いた。
「先生ー、キュルケちゃんがぐれたー」
「あーあ、ミス・ロングビルのせいだー」
「ええっ、ミス・ツェルプシュトー? なぜですかー?」
りん・ルイズの声にマチルダが慌てて視線を向けた先では、答案用紙を破り捨てたキュルケが窓枠に両肘を突いて涙目で頬を膨らませていた。
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