「The Legendary Dark Zero 34b」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「The Legendary Dark Zero 34b」(2012/09/09 (日) 18:23:02) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
&setpagename(Mission 34 <冥府の門を守る者> 後編)
#settitle(Mission 34 <冥府の門を守る者> 後編)
#navi(The Legendary Dark Zero)
「「きゃあっ!」」
魔獣の咆哮にルイズとシエスタが大きく腰を抜かしていた。
竜などとは比べ物にならないその凄まじい迫力と威圧感にタバサとキュルケも思わず怯んでしまう。
スパーダだけは腕を組んだまま吠える魔獣をじっと見上げていた。
咆哮を終えた三つ首の魔獣がズシン、ズシンとゆっくり前へ進み出てくる。体を動かす度に首枷に繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てている。
スパーダ達の前で足を止めた魔獣は鋭い目付きでこちらを見下ろしてくる。顔の長い三つの犬の顔は赤、青、緑とそれぞれ異なる色の目で睨みつけていた。
「立ち去れ! 人間ども!」
荒々しいながらも知性に溢れた人語を、魔獣ははっきりと口にした。
こんな恐ろしい魔獣が明確に人間の言葉を口にしたことに平民のシエスタはもちろんのこと、ルイズとキュルケも驚いていた。
人語を話す幻獣は既に絶滅したとされる韻竜が有名であるが、それ以外にここまで知性を持つ幻獣は滅多に存在しない。
タバサだけは魔獣が人語を話すことに何も感じず、身構えたままだった。
「ここは魔の領域へと続く冥府の門! 人間ごときが立ち入る場所ではない!」
一体どの首が喋っているのかは分からない。だが、魔獣は三つ首を突き出し、スパーダ達を威嚇してきていた。
裂けた巨大な口から覗ける鋭い牙に、ルイズ達は息を呑む。
あんなのに噛み砕かれればただではすまない。一噛みされただけで人間などただの肉塊と化すことだろう。
「貴様こそこんな所で何をしている」
スパーダは面と向かって魔獣に語りかけていた。
唸り声を上げる魔獣が、六つの鋭い目をスパーダへと向けてきた。
こんなに威圧感溢れる目で睨まれただけでメイジはおろか獰猛な亜人でさえ萎縮してしまいそうだというのに、スパーダは涼しい顔のまま逆に睨み返している。
伝説の悪魔であるスパーダにとって、この悪魔でさえ大したことはないのだろうか。
「……貴様は! 魔剣士スパーダ……!」
魔獣はスパーダの姿を目にし、驚愕と困惑に呻いた。
〝冥氷牙〟ケルベロスはかつてスパーダと共に魔帝の勢力に属していた上級悪魔だった。
本来は魔界へと堕ちてきた人間の魂を喰らっていたり、魔界の領域の一つである極寒の地の入り口近辺で番人の役目を果たしている。
魔界の三大勢力による覇権争いにおいては主に拠点防衛の任を与えられ、攻め入ってくる他勢力の悪魔達を絶対零度に達する凍てつく冷気の力で迎え撃っていた。
番人の役目を果たすだけあってその実力はかなりのものであり、並の上級悪魔でさえケルベロスの鉄壁の防御を超えるのは難しかったのである。
後衛をケルベロスに任せ、スパーダは前衛に赴いて敵の勢力を打ち倒すというのがセオリーであった。
人間界を魔帝が侵攻した際にはテメンニグルの門番の任を預かり、攻め込もうとする人間側の勢力を入り口でことごとく返り討ちにしていた。
当然、スパーダもテメンニグルを封じる際に一戦を交えたことがあった。
「何故、貴様がここにいる!」
「質問をしているのは私だ。ケルベロスよ。テメンニグルと共に封じた貴様こそどうしてこの世界にいる」
スパーダは腕を組んだまま冷然とケルベロスに語りかける。
ルイズ達はスパーダの言葉を聞き、この魔獣が悪魔であると把握していた。
事情の分からないシエスタだけは呆気に取られたままスパーダとケルベロスを交互に見つめる。
「我は封ぜられし禁断の地より、知らぬ間にこの異界の地へと召致された。かの地で我に与えられし任はこの地では果たせぬ。
よって、我自ら我らが魔の領域へ続くこの冥府の門の番の任を果たすこととしたまでのこと」
どうやらネヴァンと同じ状況のようだ。何らかの理由によってケルベロスもいつの間にかこのハルケギニアに降臨されたようである。そして、初めに現れたのがこの場所だったのだろう。
(冥府の門の番人……か)
少々事実とは異なるが、人間界の伝承どおりの行動をしていることに嘆息する。
「ちょっと、スパーダ。こいつ知り合いなの?」
腰が抜けて立つことができないルイズが尋ねる。
「立ち去れと言ったはずだ。人間風情が!」
突然、ケルベロスが牙を剥き出しにルイズに向かって傲然と吠えかかってきた。
「ひっ!」
ルイズはもちろんのこと、同じように腰を抜かすシエスタもケルベロスの怒気に縮み上がっていた。
スパーダのような冷徹な悪魔、ネヴァンのような妖艶な悪魔と違ってケルベロスはとても荒々しい悪魔だ。
確かに悪魔は恐ろしい。……だが、こちらには如何なる悪魔よりも強く、頼りになる悪魔がいてくれているのだ。
その悪魔のパートナーである自分が恐れ戦くわけにはいかない。
「何よっ! 誰が逃げるもんですか!」
立ち上がったルイズはケルベロスに向かって強気に叫んだ。
「駄目です! ミス・ヴァリエール! 逆らっちゃいけません!」
力なき者がより強い悪魔に楯突いてはならない。それは人間でも同じこと。
ケルベロスの気配を感じ取っていた時から、シエスタは自然とこの恐怖に得体の知れない本能で従っていた。
だが、ルイズはシエスタの手を振り払ってさらにケルベロスに噛み付いた。
「あんたみたいな野良犬なんか、スパーダがいてくれれば怖くないんだから!」
「……愚弄する気か! 魔剣士に庇護されし人間め!」
たかが人間風情に上級悪魔である己を侮辱されたことにケルベロスは激昂した。
悪魔は基本的に非常に高いプライドを持つ者が多い。特にケルベロスのような武人気質を持ち合わせている者は挑戦や挑発的行為には敏感なのだ。
力なき人間のくせに、力ある虎の威を借る狐のような真似をするなど尚更である。
(こ、怖くないんだから……。スパーダが守ってくれるんだから……)
足ががくがくと竦み、全身から冷や汗が滲み出てくる。
牙を剥くケルベロスに面と向かっていたルイズは表面上は強がってはいたものの、内心は恐怖でいっぱいだった。
スパーダやネヴァンは人間の姿をしていたが、このケルベロスはまるっきり竜よりも恐ろしい魔獣の姿なのである。
これだけ近くにいるだけで恐怖を感じないわけがないのだ。
怒りに燃えるケルベロスが前足を大きく振り上げ、叩きつけようとしてきた。
表皮に張り付いた薄い氷が日の光に照らされ、まるで宝石のように光り輝いている。
「「きゃっ!」」
ケルベロスの爪が振り下ろされた途端、スパーダはルイズとシエスタの体を抱えて大きく後ろへ跳んだ。
叩きつけられた前足を基点に地面から無数の鋭く巨大な氷の柱が発生し、地を這いながら一直線に突き進んでくる。
タバサは左に、キュルケは右にそれぞれ動いて氷柱の波をかわした。
大地を凍てつかせながら突き進む氷の波はオーク鬼の氷像をいくつか巻き込んでいき、広場の入り口の手前でピタリと止まり、砕け散った。
「あまり奴を刺激してくれるな」
「だって……」
冷気に覆われた地面に着地したスパーダが抱えたままのルイズを嗜める。
ルイズはムスッと拗ねた顔でむくれていた。
「まあいい。ひとまず奴から離れるぞ」
「待ってください、スパーダさん! ミス・タバサとミス・ツェルプストーが!」
同じように抱えられているシエスタが必死に声を上げた。
ケルベロスの先制攻撃をかわした二人はそのまま二手に分かれて攻撃に移っている。
「食らいなさい!」
まずキュルケが杖の先からトライアングルのメイジに相応しい、太く渦巻く炎の帯を放った。
だが、ケルベロスはその巨体には似合わぬ俊敏さで攻撃をかわし、体を素早く反転させながら広場の中央へと飛び退く。
オーク鬼達の氷像と己の力によって作られた氷柱が巨体によって薙ぎ倒され、砕け散っていく。
本来、ケルベロスを拘束しているはずの鎖が解けているためにあそこまで素早いのである。ああ見えてケルベロスはかなり身のこなしが鋭いのだ。
「我に挑むか。力なき人間よ」
「あら。人間だからって、弱いとは限らないのよ!」
傲然と言い放つケルベロスに対し、キュルケは余裕の態度で答え杖を突きつけた。
「まずは氷を剥がす」
杖を構えながらぽつりと呟くタバサは既にエア・ストームの詠唱を終えていた。
得意とするウインディ・アイシクルやジャベリンなど、水のスペルを足した魔法は氷を操るケルベロスには効かないだろう。
おまけに身に纏う氷が鎧となっており、普通に攻撃しただけでは本体そのものにダメージを与えられない。
ならばその鎧からひっぺがしてやるのみ。
「後悔するぞ! 小娘が!」
ケルベロスの三つ首が一斉に二人の少女に牙を剥き出しに威嚇してくる。
二人のメイジと、三つの首を持つ魔獣。それはある意味では三対二に等しい状況であった。
「くどいようだが、絶対にここを動くな」
スパーダはケルベロスから遠ざかるように広場の隅へと非戦闘者である二人を運ぶと念押しに釘を刺す。
ケルベロスに恐怖するシエスタは震えながらもこくりと頷いた。
「分かってるわよ! もう!」
いくら何でもしつこい忠告にルイズも気を悪くし、声を荒げてしまう。
それぞれの返答に頷き返したスパーダは自らも戦場へ赴くべく踵を返す。
相手がケルベロスと分かった以上、タバサとキュルケでは力不足だ。ゲリュオンの時とは違いケルベロスの力はスパーダが一番よく分かっている。
予定を変更し、スパーダも二人に加勢をすることにした。
リベリオンに手をかけようとしたが、柄に触れる寸前で思い立ったようにピタリとその手を止める。
(……ちょうど良いな)
せっかくここで悪魔が、しかも力のある上級悪魔と対面したのだ。
先日、手に入れたばかりの新たな品を試すのにちょうど良い。
「持っていろ」
「ス、スパーダさん!?」
スパーダが取り始めた行為にシエスタは我が目を疑った。
彼は愛用のリベリオンを地に突きたてただけでなく、腰の閻魔刀までも外すと振り向かぬままシエスタに押し付けてきたのだ。
閻魔刀を渡されたシエスタはそれを抱えながら、どうすれば良いのか分からずにおろおろとする。
「ちょっ! ちょっと! どうして置いてっちゃうのよ!」
ルイズもまた、自ら剣を捨て去ろうとしているスパーダの行動が理解できずに食って掛かった。
剣はスパーダの命とも言うべきもの。それを自ら捨てようだなんて、一体何を考えているのだ。
篭手のデルフでも使う気なのか? だからといって剣まで捨てることなんてないのに。
「待ちなさいよ! スパーダ!」
ルイズは必死に呼び止めようとするも、スパーダは無視して手ぶらのままケルベロスと交戦している二人の元へ堂々とした振る舞いで歩き進んでいった。
「何よ、あれ?」
道中、スパーダはコートの内の腰に両手を回して何かを取り出していた。
「じゅ、銃……ですかね?」
スパーダの手に握られた白と黒の大柄な二丁の拳銃。
先日彼がそれを初めて使う所を二人は目にしておらず、詳細を何も知り得てはいなかった。
「あんな銃……いつの間に持ってたのよ……」
ルイズの記憶では確か、スパーダの銃はゲルマニア最新式の火打ち式の銃だったはず。
もっとも、弾は彼の魔力から作られているそうなので残弾を心配することはないのだとか。
――オオオォォォォンッッッッ!!
緑の目を光らせるケルベロスの首が天に向かって恐ろしい咆哮を上げる。
大気中の水分が一気に凝縮、極低温にまで氷結されることで大小様々な無数の氷塊が雨のように降り注いできた。
――オオオォォォォンッッッッ!!
青の目を光らせるケルベロスの首が口を大きく開くと、その大きな口の奥から次々と岩のように巨大な氷塊が吐き出された。
戦艦の砲弾のごとき勢いで、しかも戦艦とは違って速いペースで次々と放たれる。
――オオオォォォォンッッッッ!!
赤の目を光らせるケルベロスの首も同じように口を開けると大きく息を吸い込み始めた。
喉の奥から青白い光が収束し冷気までもが湧き出したかと思うと、猛烈な氷のブレスが一直線に放出された。
三つの首はそれぞれ異なる手段でタバサとキュルケに容赦ない攻撃を仕掛けてきた。
しかもそれぞれが独立した動作を取るために時間差はもちろんのこと、三つ同時に繰り出すというとんでもない手数で攻めてくるのである。
「くっ!」
呻くキュルケは吐き出された氷の砲弾をフレイム・ボールで迎撃しようとしたが、相手の方が勢いが強すぎて力負けしてしまう。
慌てて避けようにも頭上からは氷の雨が降り注いでくる。避けきるのは極めて難しい。
炎の魔法で迎撃しようものなら、絶えず吐き出されている氷弾を食らうことになってしまう。
「アイス・ウォール!」
氷のブレスを飛び退きかわしたタバサがそのままキュルケの傍までくると、瞬時に呪文を完成させて杖を地面に突き立てた。
二人の正面に地面から現れた分厚い氷の壁がケルベロスの氷弾を阻む。氷と氷が衝突し、強烈な衝撃音と共に氷の壁が砕け散った。
「炎よ!」
キュルケが頭上に杖を振り上げ、杖の先から紅蓮の炎が放射される。
降り注いできた氷の雨は次々と溶かされ、ただの水と化していた。二人の体にボタボタと水が降り注ぐ。
もちろん、この程度で安心などできない。敵の攻撃を凌いだだけで、こちらからはまともに反撃ができないのだ。
「所詮、その程度か。やはり人間の力などこの程度よ」
鋭く唸りを上げながらケルベロスが傲然と呟く。
未だケルベロスの体は氷の鎧で覆われている。これを剥がさなければそもそも肉体を傷つけることは叶わない。
かといってキュルケが炎の魔法をぶつけて溶かそうとしてみてもケルベロスの魔力から生み出された氷の鎧は想像以上の頑強さであり、
渾身の力で作り出した炎の魔法を叩き込まなければビクともしないのだ。
(硬すぎる……)
タバサもまた、ケルベロスの氷の鎧を剥がすのに悪戦苦闘していた。
先ほどから回避の合間にエア・カッターを何度も放っており岩のように固い氷を削り取ろうとしているのだが、こんな小技ではいくらやってもかすり傷程度にしかならない。
タバサが得意とする風の魔法は硬い皮膚を持つ幻獣や亜人に対して相性がとても悪い。それこそ岩のように硬い氷の鎧をまとうケルベロスは尚更だ。
駄目元で特大のジャベリンもぶつけてみた。本気を出せば鉄の鎧をも容易く貫く巨大な氷槍はエア・カッターより多少は大きな傷を付ける程度の効果しかなかった。
死角を見つけてそこを突こうと思案してみたが、結局は表面を覆う氷から剥がさなければ話にならない。
己の力がまるで歯が立たない事実に、思わずタバサはぎりと唇を噛み締める。
自分は誰にも負けることはできない。母を救い、仇をこの手で討ち取るためにも、たとえ敵が恐ろしい悪魔であろうが負けるわけにはいかないのだ。
だが、己の力がこうも役に立たず、太刀打ちができない現実にタバサは痛烈な悔しさを感じていた。
「我に牙を剥いた報い、その身を持って思い知れ!!」
赤、青、緑――三つ首の六つの目が鋭い眼光を放ち、ケルベロスの巨体は二人目掛けて飛び掛かってきた。
タバサはキュルケを抱えてフライで急速に宙へ飛び上がり、ケルベロスの突進をかわす。
「ダ、ダーリン?」
そのまま前に向かって降下するタバサに抱えられるキュルケが驚き、声を上げた。
見ればスパーダがルーチェ、オンブラとかいう二丁の拳銃を手に歩み出てきているのだ。
これから戦う敵が何者であろうと全く動じず、悠然と歩いてくるその姿は歴戦の武人に相応しい風格を漂わせている。
彼がこうも早く出てきたということは、自分達がこれ以上戦っても意味がないということに他ならない。
「案ずるな。まだ出番はある」
口惜しそうに無念の表情を浮かべるタバサの傍で立ち止まったスパーダは一声をかけていた。
「ようやく貴様が出るか。魔剣士スパーダ」
聖碑の石版の手前でその身を反転させたケルベロスは、スパーダが出てきたことに唸りだす。
以前、テメンニグルの入り口で一戦を交えた時は軽くあしらわれるだけあしらわれて侵入を許してしまった。
あの時のスパーダは魔界とテメンニグルを封じることを最優先に行動していた。故にケルベロスに付き合う暇などなかったかもしれない。
だが、まともに戦わず相手にされないことは上級悪魔であり、純然たる武人であるケルベロスにとっては屈辱でしかなかった。
片目を潰され復讐を企てていたというベオウルフまでとはいかずとも、いずれはその雪辱を晴らさんとしていただけあってこの異世界でスパーダと遭遇したことは不幸中の幸いであった。
人間ごとき力なき者を相手にした所で何も面白くはない。やはり力ある強者同士がぶつかり合うことこそ、悪魔の戦いだ。
「かつては不覚を取ったが……今一度、決着を果たさん!」
三つ首の牙を剥き出しに威圧すると前足を高く振り上げ、大地を叩きつける。再び巨大な氷柱が波となり、スパーダ達目掛けて直進してくる。
横へ避けたタバサとキュルケに対し、スパーダは地面を蹴り付け真上へと跳躍していた。
そこへ狙いをすましていた青の目のケルベロスの首が連続で巨大な氷弾を吐き出してくる。
「危ないっ!」
広場の隅でルイズと共にスパーダ達を見守っていたシエスタが悲鳴を上げる。
ルイズもハラハラしながら見届けていたが、あの程度の攻撃、スパーダならば必ずどうにかすると信じていた。
(あんな犬ころなんか、スパーダの敵じゃないんだから!)
案の定、スパーダは放たれてきた氷弾の上に難なく飛び乗り、次々と飛来する氷弾に飛び移っていく。
一歩間違えば直撃してしまう危険があるのに、スパーダは恐れることなくそれを実行し、ケルベロスとの距離を詰めていく。
その間、銃を握るスパーダの両手には徐々に赤いオーラが纏わりついていくのが分かる。
ケルベロスの赤い目の首が収束させた氷のブレスを薙ぎ払うようにして吐き出し、さらに青い目の首は絶えず氷弾をスパーダ目掛けて撃ち出してきていた。
スパーダは氷弾を足場にしつつケルベロスの怒涛の攻撃を次々とかわしていく。
(相変わらずの手数だな)
氷弾が確実に直撃してしまいそうな状況になった時、スパーダは宙を舞ったまま素早くルーチェとオンブラを交差させて構えていた。
既に充分過ぎるほどの魔力が彼の両手へと集められていた。
二つの銃口が交互に鋭い銃声と共に、赤い閃光と火を噴きだす。
次々とあり得ない速度による射撃で、〝光〟と〝影〟の名を冠する拳銃はスパーダの魔力を銃弾として放っていた。
放たれた銃弾は目の前まで迫っていた巨大な氷弾の表面を砕き、削っていく。さらに着弾の衝撃によって徐々に勢いを失っていった。
普段のケシ粒ほどの魔力を固めて放つ銃弾より三倍もの魔力が込められており、当然ながらその威力は段違いだ。射撃の反動によってスパーダの体も宙に浮かぶほどである。
以前使っていたゲルマニアの短銃では不可能であった超連射、そして集められた魔力に、ルーチェとオンブラの銃は難なく耐え切っていた。
当然、その引き金を短時間で休みなく、何十回も引き絞れるのは悪魔であるスパーダだからこそ成せる技である。
「Well done.(上出来だ)」
さすがに魔界の銃工、マキャベリの入魂の作品なだけはある。その出来栄えに満足し、思わず笑みをこぼしてしまった。
ルーチェ、オンブラによる超連射によってケルベロスが吐き出した氷弾は完全に勢いを失い、地上へと落ちていく。
スパーダはそれを足場にし、さらに宙へと飛び上がり、ケルベロスの頭上へと舞い上がった。
身を翻し体を逆さの体勢にさせると腕を交差させたまま真下に向かって更なる連射を行なう。
(ん? あれは……)
ケルベロスの氷の鎧を頭上から削っていたスパーダは高所から聖碑の石版を目にし、怪訝に眉を顰めた。
先ほどまでは凍り付いていたケルベロスが鎮座していたおかげで分からなかったが、どうやら石版の真下には祭壇のようなものがあったらしい。
その台座も完全に凍り付いてしまっていたが、その氷の中に閉じ込められていた物にスパーダは目が付いていた。
「我らの修羅なる一時に水を差すな! 人間風情が!」
横合いより飛んでくる巨大な火炎球がケルベロスに直撃し、激昂する。
赤と青の目の首は続けて地上に着地したスパーダに怒涛の攻撃を繰り出していたのだが、緑の目の首はというと……先ほどからタバサとキュルケの攻撃によって顔と左腕の氷がほとんど剥がされていた。
戦法を変更したタバサはキュルケの放つフレイムボールを自分の風の魔法で包み込むことで火力を増強させることにしたのだ。
火は空気があるからこそ燃焼する。そしてその空気に含まれる酸素が濃ければさらに炎の力は増す。
キュルケが単体でかつ全力でフレイムボールをぶつけることでようやく氷の鎧に明確な効果的なダメージを与えることができたのだが、
そこにタバサの風魔法を混ぜることによって威力がさらに増し、氷の鎧の下の黒い表皮を露とさせたのである。
「……身の程知らずめ!」
だが、スパーダとの対決を邪魔されたケルベロスにとってはそんな二人は邪魔者に過ぎなかった。
怒りに燃えた緑の目が鋭く光る。大気中の水分が一瞬にして無数の小さな鋭い氷の刃と化し、二人に向けて飛ばされる。
「アイス・ウォール!」
己の得意とするウィンディ・アイシクルと全く同じ技だっただけにタバサの反応は速かった。
何十という氷の刃が現れた瞬間に氷の壁を作り出し、二人はそれを盾とする。
飛来する無数の氷の刃がぶつかり、パキンパキンという氷が砕ける音を弾けさせていた。
「な、何よ!」
攻撃が治まり、いざ反撃をしようとした二人であったがケルベロスは間髪入れずに左腕を叩きつけ氷の波を繰り出していた。
突き進む波が氷の壁にぶつかった途端、その流れが二手へと分かれる。そして、そのままタバサとキュルケを取り囲んでしまった。
「キュルケ! タバサ!」
広場の隅で見届けることしかできないルイズは何かが起きる度にそうして叫ぶことしかできなかった。
シエスタに至ってはスパーダから預けられた閻魔刀を抱えつつ恐ろしい悪魔の姿に怯え、震え上がるだけである。
「そこで控えていろ!」
鋭く唸るケルベロスが憤怒の叫びを上げると、氷の檻の真上に次々と無数の氷塊が現れ、落下させてくる。
追い討ちと言わんばかりの攻撃で檻もろともタバサとキュルケは氷塊の山に埋められてしまった。
氷の山を睨んでいたケルベロスの緑の目の首も、他の首からの攻撃を凌ぎ続けているスパーダへと向けだす。
「これで我らのみとなった……これ以上、人間どもに邪魔はさせぬ!」
スパーダはルーチェ、オンブラの銃撃で氷弾を砕きつつ氷のブレスをかわし続けていたが、そこに氷の雨という更なる攻撃が加わり、より素早く回避に専念することとなった。
更には振り上げた腕を叩きつけ、氷の波まで放ってくる始末。怒涛の連撃だった。普通の人間では全てをかわしきるのは至難の業だろう。
事実、スパーダはその氷の雨を何発か体に受けてしまっている。ダメージこそ小さいものであったが。
(さすがに凄まじいな)
以前はケルベロスとまともに相手をせずにテメンニグルに侵入したスパーダであったが、いざ正面から立ち向かおうとするとその手数の多さには脱帽してしまう。
故に本気を出さねばならぬとスパーダは感じた。ルーチェ、オンブラの性能をもう少し試すためにも、スパーダも全力を出さなければならない。
ここまでケルベロスが本気を出し、全力を尽くしている以上、それに応えるのが礼儀である。
「Show down.(ケリを着けようか)」
呟いた途端、スパーダは己の内に取り込んだ悪魔の力の一つを解放させる。
頭上と正面からはケルベロスの氷が迫っていた。立ち止まっていたスパーダに衝突し吹き飛ばし、押し潰すのは時間の問題である。
だがスパーダは腕を組んだまま立ち尽くし、それを避けようともしない。手にしたままのルーチェ、オンブラを構える様子もなかった。
「スパーダ! 避け――」
どういうわけか余裕の態度で堂々と佇んでいるスパーダに思わずルイズは叫ぼうとした。
だが、途中で声が途切れてしまう。表情に愕然とした色を浮かべ、ルイズは面食らう。
何故なら、スパーダが異様な残像を残しつつあり得ない速度で動き回っていたからだ。当然、あっさりとケルベロスの攻撃を避けてしまった。
しかも、走っているのではなく……あれは歩いている。全くの余裕の動作だ。
「貴様! その力は!」
スパーダが解放した力、そして発せられる魔力の波動に困惑と驚愕に呻くケルベロス。
一見するとスパーダはあり得ない速さで移動しているだけにしか見えない。
だが、ケルベロスはスパーダの立つ空間だけが切り取られ、自分達の存在する空間よりも流れが速くなっていることを見抜いていた。
明らかにスパーダは空間に干渉し、その流れを自分の思うように変化させている。だが、それは彼自身の力ではない。
スパーダが制御する力と魔力、それはかつてテメンニグルに共に封じられた上級悪魔ゲリュオンのものに間違いなかった。
どうしてスパーダがその力を操っているのかと狼狽するケルベロスだったがスパーダが残像を残したまま姿を掻き消したため、即座に魔力の波動を辿る。
「ぬっ?」
突如、甲高い澄んだ音色と共に無数の赤い何かが周囲から飛来し、ケルベロスを覆う残った氷の鎧に次々と突き刺さっては砕け散る。
見ればそれらは魔力によって作られた長剣だった。赤黒いオーラに包まれたその剣からはスパーダの魔力をはっきりと感じ取ることができる。
かつてスパーダはこのような技を使っていた覚えがないケルベロスであったが、大した威力もない。これではケルベロスの皮膚に突き刺さっても針が刺す程度でしかない。
だが同時に銃弾の嵐も飛んできており、魔力の剣と共に確実に氷の鎧を削っていった。
「こしゃくなっ!」
三つ首が一斉に咆哮を上げ、ケルベロスは上体を高く持ち上げると一気に大地へと叩き付けた。
ケルベロスの巨体から充填された魔力が一気に解放され、それは極寒の冷気と化して周囲へ広がっていく。
既に周囲はかなり凍り付いていたが、この絶対零度にも達しかねない冷気によってさらに容赦なく凍結されていった。
さすがのスパーダもこれでは攻撃を中断して後ろへ退くはずである。
だが、その予想は大いに外れる事になる。
「こいつぁまた、大物とやり合っているじゃねえか。大したもんだぜ」
「何?」
三つ首の真下から妙な声が響き、ケルベロスは呻いた。
スパーダは取り込んでいるゲリュオンの空間干渉能力で自分の空間を切り取り流れを速くしていた。
その間、スパーダにとってはケルベロスはもちろんその攻撃もとてもゆっくりと見えていたため、走って避けることもなかった。
ルーチェ、オンブラの射撃に幻影剣も追加し、一気に氷を剥がしていったのである。
ケルベロスはスパーダを退かせるために全力で放った冷気を拡散させたが、スパーダは退いてなどいなかった。
(さすがに全ては防げんか)
篭手のデルフを装備したスパーダはケルベロスの放った冷気の魔力を吸収しつつ、一気に懐へと飛び込んでいたのだ。
コートが少し凍りついてしまったものの、デルフに吸収された分スパーダ自身には大したダメージになってはいない。
スパーダは落ち着いて、ルーチェの銃口を氷が剥がれたケルベロスの胸元に突きつける。
今度はいつもの十倍もの魔力を注ぎ込んでみることにする。
銃全体に赤黒いオーラが炎のように纏わりつき、バチバチと雷光が激しく散りだしていた。
「貴様!」
スパーダに気付いたケルベロスが声を上げるが、スパーダは容赦なく引き金を引き絞る。
「グガアァ!!」
雷鳴が轟くかのような轟音と共に、至近距離から強烈な赤い閃光を伴い放たれた銃弾がケルベロスの胸に炸裂する。
あまりの強烈な衝撃に耐えられず、ケルベロスは苦悶の雄叫びを上げながら体を大きく仰け反らせながら吹き飛ぶ。
「ひええっ! こいつぁおでれーた! その玩具はよ!」
装備したままのデルフも興奮したように叫びだす。
スパーダは銃口から硝煙の棚引くルーチェを構えたまま踏みとどまっていた。
さすがに今度ばかりは反動が強かった。後頭部まで跳ね上がってしまったほどである。
まるで巨大な大砲を手にして撃ってみたようなものであり、さすがのスパーダも地上で踏みとどまらなければ反動に負けていたかもしれない。
だが、これだけの強力な魔力の弾を放ってもこの銃はやはりビクともしない。
スパーダは満足げに笑い、手の中でクルクルと回して弄ぶとそれを腰へ収めた。
聖碑の真下まで吹き飛ばされ、倒れ伏したまま呻き続けるケルベロスは堂々と腕を組み佇むスパーダを睨み続けている。
ふと、スパーダはゆっくり右手を横へと伸ばしだした。
「「きゃあっ!」」
広場の隅で観戦し続けていたルイズ達は悲鳴を上げた。
彼女達の前に突き立てられていたリベリオンがひとりでに地面から抜け出し、勢いよく回転しながらスパーダの元へと放物線を描きながら飛んでいったのだ。
主の手元へと飛来してきたリベリオンを、スパーダは振り向くことなく難なく掴み取る。
「……それが貴様の新たな剣か」
呻きつつも起き上がろうとするケルベロスはスパーダが手にしたリベリオンを目にし、感嘆の呟きを漏らした。
以前、彼が振るっていた愛剣とはずいぶん異なるが、それでも強い魔力を感じることができる。
「お前が望むのであれば、今度はこちらで相手をしよう」
リベリオンを肩に担ぎながらスパーダは静かに告げる。
「そうともよ! ついでにこのデルフリンガー様も相手になってやるぜ!」
左腕に装着されたままのデルフも威勢の良い声で意気込んでいた。
剣を手にしてこそスパーダは完全に本気になる。ケルベロスは剣を手にしたスパーダの力が如何に絶大であるかを知っていた。
そして、剣を手にせずともその力は凄まじいということをケルベロスは身を持って思い知らされた。
力は衰えても、〝魔剣士〟スパーダの実力そのものはまるで衰えていない。むしろ以前よりさらに磨き上げられている。
「……いや。貴様の力、我が身にしかと刻まれた。さすがは……魔剣士スパーダ」
故にケルベロスはその力を認めるしかなかった。
いくらケルベロスが力ある悪魔であり、純然たる武人とはいえ相手の力を見極められるだけの融通と柔軟はある。
力ある者に従うは世の理。今回は同じ悪魔であるスパーダの力を改めて認めたが、それが人間であっても認めたことだろう。
スパーダはリベリオンを背に収め腕を組むと、表情を一切変化させずにケルベロスを睨み続けていた。
「貴様がこの世界でどのように生きるか……我も見届けさせてもらう。我が牙の加護と共に!」
起き上がったケルベロスは粛然とした態度でスパーダへの忠誠を示す。
かつては同志として共に戦い、戦乱を生き残った。魔帝の人間界侵攻にケルベロス自身は侵略などはあまり積極的に意識しておらず、どちらかと言えば己に与えられた任務を果たすために行動していた。
敵意さえ示さなければ人間だろうと無闇に襲わず、人間に対して傲然とするのも力がないくせに強がって挑もうとする愚かな行為が、力ある強者として許せないからだ。それが悪魔であっても同じことである。
血に飢えた有象無象の悪魔共とは違い、ケルベロスも自分なりに義を重んじているのだ。
(変わらんな。相変わらず)
スパーダもケルベロスの性分が分かっていたからこそ、こうして素直に従ってくれたことに満足していた。
――オオオォォォォンッッッッ!!
真正面から正当な力を示した魔剣士に己の全て捧げることを決意した氷の魔獣は天に向かって雄叫びを上げ、その巨体を光へと弾けさせていた。
スパーダの目の前に、もはやケルベロスの姿はどこにもない。
あるのは青白い光球が静かに浮かび上がっているのみである。
スパーダがその光求をゆっくりと掴み取ると、掌の中に吸い込まれるようにして消えていった。
魂を捧げた以上、魔具として展開するのも良かったかもしれないが、今はまだ魂そのものを取り込むまでに留めることにする。
「何だよ。降参しちまったのか。呆気ねえなぁ」
本格的にさらに力を発揮しようとしていただけに、デルフは肩透かしを食らってしまった。
(これで四体か……)
ドッペルゲンガー、ゲリュオン、ネヴァン、そしてケルベロス。上級悪魔を四体も従えることになった。
これだけの数が集まれば中々に戦力は補強されることだろう。全員が実力のある悪魔である以上は。
近いうちに起こる日食の日、どこかの勢力が攻めてくるかもしれない。そのための戦力がこうして手に入ったのはありがたかった。
(後は、我が分身か……)
スパーダは目の前にそびえ立つ聖碑の石版をじっと睨むように見上げていた。
魔界の大勢力との戦いに備え、いずれは故郷の深奥に封じてきた己の分身を再び手にすることをスパーダは決意していた。
そのためにも魔法学院で魔界と人間界の繋がりに関して調べ、魔界に繋がる道を見つけることで故郷へ舞い戻ろうとしていたのである。
今まではその成果がまるでなかった。……だが、それが今ここで覆された。
目の前にあるこの石版こそが、故郷へと通じる道であり、門だからだ。
#navi(The Legendary Dark Zero)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: