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#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
第九十一話
不屈の希望
古代怪獣 ゴモラ
地底エージェント ギロン人
カオスリドリアス
カオスゴルメデ
高原竜 ヒドラ
大蟻超獣 アリブンタ
磁力怪獣 アントラー
地獄超獣 マザリュース 登場!
ようやく生まれた人間とエルフの間の希望の光を、再び絶望の闇が覆い尽くそうとしていた。
勝利まで、あと一息だったときに降り注いだヤプールのマイナスエネルギーの波動。その絶大なる威力は自然の摂理すら
歪めて、全滅寸前だった超獣軍団に新たな悪魔のパワーを与えた。
瀕死だったアリブンタとアントラーの目に紅い狂気の光が宿って蘇る。
死んだはずのサボテンダーの死骸が悪霊に操られるかのように再生し、新たな超獣マザリュースとなって蘇生した。
死の淵から帰ってきた超獣どもは、ヤプールの代行者として破壊活動を再開する。ティファニアのエクスプロージョンで
鎮火していた火がまた立ち上がり、エルフたちの誇りであった街が無に帰していく。
「わああっ! もう、だめだぁ!」
エルフたちは、死さえも武器として操るヤプールの悪魔的能力に絶望を感じて逃げ惑い始めた。彼らエルフの技術でも
死人を蘇生させることはできると言われているが、それはあくまでも治療の範囲内の話であって、蘇生可能なのは精々
仮死状態までが限界、体を両断された完全な死体を復活させることはできない。
アディールを闇に閉ざし、精強を誇った軍を壊滅させ、死んだ僕を再生させる。そのすべてが彼らに絶望しろと言っていた。
そしてもう一体、超獣ではないがヤプールが絶対の自信を持って地底から呼び起こしてきた怪獣がいる。
「ヌワァァッ!」
エースの巨体が軽々と弾き飛ばされて宙を舞い、建物を巻き込んで墜落した。
〔くそっ! なんてパワーだ〕
体がしびれ、受けた衝撃の大きさにショックを受けながらエースはつぶやいた。ただまっすぐに突っ込んできただけの
突進攻撃だったというのに、この計り知れないパワーは並の怪獣に出せるものではない。
瓦礫に手を突き、立ち上がろうとするエースの眼差しの先には、空に向かって遠吠えをあげる太古の恐竜。いや、大地の
怒りの化身ともいえる大怪獣の恐るべき姿があった。
〔古代怪獣……ゴモラ〕
才人は畏敬の念を込めてその名を呼んだ。
ゴモラ……ウルトラマンの歴史を聞きかじったことがある者ならば、その名を知らない者はいないと言っても過言ではあるまい。
その記録は、ドキュメントSSSP、初代ウルトラマンと科学特捜隊が活躍していた頃に遡る。ゴモラはその正式な学名を
ゴモラザウルスといい、一億八千万年前から一億五千万年前の地球上に生息していたといわれる恐竜の一種である。
太平洋地域を中心にかなり広い範囲にわたって分布していたと思われ、同種族の存在が南太平洋のジョンスン島を
はじめとして、日本や北米でも確認されている。
〔ハルケギニアの古代にも、ゴモラが生息してやがったとはな〕
才人は、エースのダメージの反動で痛みを感じ始めてきたのをごまかすように言った。前々から、ハルケギニアと地球は
よく似た星だと思ってきたが、以前にも火山怪鳥バードンが現れたことから考えても、何万年も前まではハルケギニアは
地球とほとんど同じ生態系を持つ惑星だったのだろう。
〔サイト、あいつはそんなに強い怪獣なの?〕
〔ああ、超獣じゃないのにヤプールが自信たっぷりに呼び出してきたのも理解できるぜ。ちくしょう、こいつが敵になるのは
勘弁して欲しかったぜ!〕
尋ねるルイズに、才人は舌打ちとともに答えた。ゴモラが強いかと問われたら、その答えはひとつ……強い!
〔くるぞっ!〕
〔くそっ! 待ったなしかよ!〕
雄雄しい叫び声とともに、ゴモラは突進攻撃を仕掛けてきた。トリケラトプスに似た、三日月形の角を振り立てて、地響きと
砂煙とともに突撃している様は小山が飛び込んでくるようだ。あれをまた食らったら危険だ! エースは受け止めるのを
あきらめて、空高くジャンプした。
「トァーッ!」
空振りに終わったゴモラの突撃が、その勢いのままで市街地に突っ込んだ。するとどうか、強固な石で、しかもエルフの
魔法で固定化に近い補強を受けているはずの住宅群が、砂糖菓子を潰すようにもろくも叩き壊されていくではないか。
〔な、なんて破壊力なの!〕
百聞は一見にしかずというが、実際目の当たりにすると、そのケタ外れの破壊力には戦慄するしかない。超高層ビルでも
これを食らったら一発でコナゴナだろう。アントラーの破壊力もすごかったが、ゴモラの攻撃力はその上を確実にいっている。
これが、古代怪獣ゴモラの力。恐竜の一種でありながら、怪獣と同格といわれるわけは、非常に強靭な肉体を持ち、恐竜の
枠組みからはみ出してさえいるため。古代において広大な生息範囲を成し得た理由も、天敵となる恐竜がいなかったからだとも
言われるくらいなのだ。
単純なパワーで捉えれば、ウルトラ戦士が戦ってきた数百の怪獣たちの中でもトップクラス。
ただし、いかつい外見に反して本来の性質はおとなしく、普段の行動は鈍くて他者に危害を加えるようなことはまずない。
だが、一度怒らせて凶暴性を目覚めさせてしまうと抑えようがなく、手当たり次第に破壊を繰り返す凶悪怪獣となってしまう。
このゴモラが昭和四十二年に生きたままの状態でジョンスン島で発見され、日本に空輸された。しかし、途中で逃げ出し、
怒ったゴモラは大阪市街で大暴れし、こともあろうに迎え撃ったウルトラマンをも撃退してしまった。このとき、ウルトラマンは
得意の格闘技でゴモラに挑んだのだが、ゴモラはウルトラマンを圧倒的にしのぐパワーで完膚なきまでに叩きのめし、
悠々と土中に逃げ去ってしまった。ウルトラマンがここまで手も足も出ずにパワーのみで一方的に敗れたのは、才人の
知る限り他に例はない。
そのゴモラが、今こうして敵となっている。しかも、ヤプールのマイナスエネルギーを注ぎ込まれたことで暴走している。
〔ただ眠っていただけなのに、無理矢理起こされて戦わされるなんて……ヤプールめ、ひどいことを。だが、戦うしかない!〕
やりきれない思いはしたが、ウルトラマンAはゴモラを倒すために構えをとった。
だが、エースの敵はゴモラだけではなかった。いや、より以上の危機はエルフたちにこそ迫っていた。
「きゃぁぁーっ!」
〔くっ! アリブンタか!〕
少女の悲鳴を聞きつけて振り返ったとき、そこには街を叩き壊しながらエルフたちに迫っていくアリブンタの姿があった。
狙っているのは一つしかない、少女たちの生き血だ。たとえマイナスエネルギーを得ても飢えは満たせていない。
このままでは、多くの少女たちがアリブンタのエサにされてしまう。エースは、いったんゴモラを置いてでもアリブンタを
止めようとジャンプしようとした。しかし、エースの背後から砂煙が吹き付けられ、視界を封じられて動きを止められてしまった
エースを、巨大なハサミがくわえ込んで投げ飛ばした。
〔くそっ! 今度はアントラーか〕
不意を打たれた。マイナスエネルギーで完全に蘇ったアントラーは、鈍重そうな外見からは想定できないほどの足の速さで
エースに迫り、そのアゴのハサミで首を刈ろうと狙ってくる。
むろん、エースはそれには乗らず、アントラーの突進の勢いを利用して投げ技をきめてやるが、頭から地面に叩きつけられたにも
関わらずアントラーにはほとんどダメージが見えない。それどころか、逆方向からはゴモラが建物を壊しながら迫ってきて、
エースは前後から完全に挟撃されてしまった。
〔挟み撃ち……か〕
ヤプールは、この二体でエースを葬るつもりらしい。しかも、アントラーの磁力光線がある限り、飛んで逃げることもできない。
エースの体には長引く戦いで疲労とダメージが蓄積し、才人たちにもダメージが伝わるくらいに万全とはほど遠い。果たして、
この二匹の凶獣を相手に勝つことが出来るだろうか。いや、勝てなくとも、このままではエルフや人間たちを助けることができない。
「ハッハッハッハッ! ようやく最初から貴様たちに勝ち目などなかったことに気づいたか!」
そのとき、勝ち誇った声がアディールに響き渡った。
何者だ!? ヤプールか? いや、この声は確か!
エースが、耳の奥にしまいこんでいた過去の戦いの記憶を呼び起こしたとき、街の中に緑色の複眼を持つ星人が巨大な姿で現れた。
「フハハハハ! 久しぶりだな、ウルトラマンA!」
「ギロン人、やはり貴様だったか!」
「ハッハッハッ、貴様に復讐したがっている宇宙人はごまんといることを忘れるな。さあて、今度もまんまと罠にはまったな。
貴様らはバルキー星人どもが我々の主力だと思っていたようだが、奴らはただの露払いにすぎん。連中を相手に手の内を
見せすぎたな。おかげで、俺は無傷であの光もやりすごすことができたぞ。残念だったなあ」
「くっ!」
ティファニアの渾身のエクスプロージョンも、無駄な努力だったとあざ笑うギロン人に対してエースたちは歯噛みしたが、
ヤプールの非情な姦計に一杯食わされたことを認めざるを得なかった。
「貴様、仲間がやられていくのを黙って見ていたのか」
「仲間? 笑わせるな、あんなゴミどもなどいくらでも替えが利くわ。死ねば死んだで、利用の方法はいくらでもあるしな。
そんなことにこだわっているから、貴様は余計なエネルギーを使ってしまったのだ。そんなことを言うならば、ほれ、貴様の
仲間どもを見てみるがいい」
「なに! なっ!?」
ギロン人の指差した先を見てエースは驚愕した。なんと、エースとともに超獣軍団と戦っていたゴルメデとリドリアスが
マイナスエネルギーの黒い波動に侵されて苦しんでいる。それどころか、ゴルメデの頭部に赤い結晶体のようなものが
生えてきて、リドリアスも腕に長い爪が生え、角が生えた凶悪な顔つきに変貌していくではないか。
「貴様、彼らになにをした!?」
「別になにも? だが、アリブンタとアントラーにエネルギーを与えたとき、奴らが近くにいて影響を受けてしまったようだな。
しかしこれは我々にとってうれしい誤算だったようだ。マイナスエネルギーの波動が、奴らの遺伝子に眠っていた記憶を
呼び起こしてしまったようだな」
眠っていた記憶、その言葉で才人とルイズははっとした。リドリアスたちの、あの変異した姿は、始祖の祈祷書の
ビジョンでブリミルたちが戦っていた変異怪獣たちと同じ。あの謎の光に取り付かれて暴れていた頃に戻ってしまったというのか!
変異してしまったリドリアスとゴルメデ、カオスリドリアスとカオスゴルメデは破壊衝動に突き動かされるように暴れ始める。
「やめろ! 正気に戻るんだ」
「ムダだ、ヤプールのマイナスパワーを甘く見るな。さあ、新たなヤプールの僕どもよ、存分に破壊を楽しむがいい」
凶暴化してしまったリドリアスとゴルメデは、目を狂気に染まった赤色に変えて暴れまわる。すでに理性は失われて
いるようで、あれだけ献身的に守ろうとしていた街を手当たり次第に破壊している。
「こっちに来るぞ、逃げろ!」
向かってくるカオス怪獣たちから、街に残っていたエルフたちは一目散に逃げ始めた。あの二匹はもう味方ではない。
悪霊に取り付かれて狂わされてしまった。そのことも彼らの絶望を助長し、道は我先に逃れようとするエルフたちで
あふれ、無理して飛んで逃げようとした者たちが空中で衝突して群集の上に墜落する惨事が多発した。
このままでは、あの二匹のために大勢の犠牲者が出てしまう。狂ってしまった二匹の前に、唯一正気で残っていた
ヒドラが立ち向かっていくが、カオスゴルメデが口から火炎熱線を吐いて襲い掛かってくる。ヒドラも口から高熱火炎で
応戦するが、空中でぶつかって相殺しあった爆風は一方的にヒドラに向かい、ヒドラは吹き飛ばされて建物に衝突してしまった。
だが、それでもヒドラは翼を羽ばたかせて立ち上がり、戦おうとする。
〔やめろ! もういい、無理をするな〕
テレパシーを使ったエースの呼びかけにもヒドラは答えず戦おうとする。カオス怪獣とアリブンタの行く先には子供たちがいる、
それは子供の守り神であるという地球の伝説にある幻の鳥のような、気高くも痛々しい光景であった。
しかし、ヒドラの力ではカオスゴルメデを足止めするだけで精一杯だった。アリブンタとカオスリドリアスは悠然と進撃を
続けて、カオスリドリアスは翼を広げて飛び上がった。その先には、海が、そして東方号がある。まずい! だが止めようがない。
破壊されゆく街をギロン人は高笑いしながら眺めて言った。
「アディールを壊滅させれば、残ったエルフどもも絶望してたやすく御すことができるだろう。超獣どものエサにするもよし、
奴隷を欲しがっている宇宙人どもにくれてやるもよし。だがまずは、貴様はそこでなぶりものになりながら、守ろうとしていた
エルフと人間どもがアリブンタのエサになっていくのを見ているがいい」
「待て! そうはさせんぞ!」
ギロン人を止めようとするエースだったが、その前にゴモラが立ちふさがる。ヤプールに操られたゴモラは、大蛇のような
尻尾を振り回してエースを吹き飛ばし、さらに背後からアントラーが大アゴでエースをはがいじめにして締め上げてきた。
「ウッ、グァァッ!」
「その二匹の包囲からの脱出は不可能だ。慌てずとも、貴様はあとでじっくりと始末してくれるさ。今度はゾフィーは
助けに来ないぞ。フハハハ!」
アントラーの怪力で締め上げられるエースの全身を激しい痛みが貫く。こんなところで立ち往生している場合ではないのに!
焦る気持ちとは裏腹に、身動きのとれないエースにじりじりとゴモラが迫ってくる。このままでは……絶対の危機に陥った
エースを、悪魔たちの冷たい眼差しがせせら笑いながら見つめていた。
初代ウルトラマンが、いずれも単独では勝てなかった強敵を相手に絶望的な戦いを強いられているエース。
仲間との非情な戦いを強いられているヒドラ。ヤプールは、彼らが絶命するときを心待ちにしながら、次元の闇から
愉快げに見物している。
が、今はそれらよりもヤプールは楽しみに観戦しているものがあった。
「くっはっはは! エルフと人間の和睦だと? そんなものがなんになる。ゴミどもが結託したところでゴミのままよ。
貴様らにこれからほんとうの恐怖というものを見せてやる! 貴様らすべて、暗い水の底に沈むがいい!」
アディールから追い出され、海の上を漂う大勢のエルフたち。陸からはアリブンタが迫りつつあり、空からはカオスリドリアスが
滑空してきている。精霊の力を得ている彼らといえども、すでに先ほどのバルキー星人を葬った魔法で精神力を完全に
使いきり、浮くだけでもやっとになってきている。
空から狙われる恐怖と、溺れる恐怖がエルフたちを襲う。かといって、超獣の迫り来ている陸には戻れない。そのとき、
海上に東方号から魔法で増幅された声が響いた。
「アディール市民の皆さん! この船に避難してください。この船はちょっとやそっとじゃ沈みません! 早く!」
はっとして、エルフたちは洋上に停泊している巨大船を見た。あの島のような巨艦なら、確かに海に漂っているよりは
安全に違いない。宇宙人や超獣の攻撃にさらされ、傷ついてはいるが喫水線が下がった様子は欠片もなく、船体が
並外れて丈夫なのもわかる。それに、最悪の場合でも浅瀬に各坐してしまえば沈むことだけは絶対にない。
我先にと、エルフたちは東方号に殺到した。飛ぶだけの魔法も使えなくなっている者のために、舷側からタラップだけでなく、
縄梯子やロープなどがありったけ下ろされる。そして這い上がってきた人たちを、モンモランシーたち女子生徒が船内に
誘導していった。
「慌てないで、ひとりずつゆっくり奥に進んでいってください! 大丈夫です。何万人でも、入る余裕はたっぷりありますから!」
新・東方号の元は世界最大の戦艦と空母であったのだから、余剰スペースは売るほどあった。大和型戦艦の乗員数は
通常二千五百名、しかし航空機格納庫等を合わせればその何倍も乗せられる上に、全体が強固な装甲で覆われている。
無理をすればアディール市民全員を収容することはなんとか可能だろう。実際、太平洋戦争末期に日本海軍は戦艦を
輸送船代わりにして、主砲の周りから航空機格納庫まで物資で詰め込みきった作戦をおこなっている。
しかし、いかに世界最大の巨艦といえども怪獣の攻撃の前には無力だ。海中からの攻撃こそなくなったものの、今度は
空からの攻撃が襲い掛かってきた。空中を高速で飛ぶカオスリドリアスは、東方号にエルフたちが避難してきているのを
見ると、口から光線を吐いて攻撃してきた。
「きゃあっ! ど、どこをやられたの! はやく報告しなさい!」
「ミス・エレオノール、落ち着いてください! 艦首甲板に損傷、火災が発生しています。早く消し止めろぉ!」
東方号艦首の木製の甲板がめくりあがり、火と煙を吹いている。大和型戦艦といえども重量の節約から、装甲には
薄い部分もあり、特に長い艦首は弱点ともなっている。
悲鳴をあげるエルフたちをなだめながら、水精霊騎士隊と銃士隊は消火と迎撃に当たっていった。
「あちちっ! 誰か水の使い手って、もう誰も魔法使えないんだっけか」
「しょうがない。みんな! ありったけのバケツを持ってくるんだ。それを飛べる使い魔を持ってる人に渡して、海水を
汲み上げてこさせよう。あとは全員でバケツリレーだ!」
「あーっ、あんな下らない訓練を実戦でやることになるとはな。つくづく、ぼくらは体を動かす仕事に縁があるらしい」
ぶつくさ言いながらも、ギーシュたちは延焼がこれ以上広がらないようにするための努力を始めた。
また、再度接近をしようとするカオスリドリアスに対しては、銃士隊が生き残っていた機銃を総動員して弾幕を張る。
当たっても効きはしないだろうが接近を阻めさえすれば御の字だ。ミシェルは、一部の人数をそれに割くと十人ばかりを
集めて別命を下した。
「ようし、ここは連中にまかせてボートを出せ! 格納庫にあったぶんをありったけだ、急げ!」
まだ洋上には多くの市民が取り残されている。中には精神力が切れて、立ち泳ぎだけで必死に耐えている者もいて、
放っておいては溺死者が大量に出てしまうだろう。元は大和と武蔵の格納庫に残されていた、大型のカッターと呼ばれる
ボートが次々に海上に投下される。
「これで全部か! よし、泳ぎに自信がある者は私に続け」
「副長!? 危険です。ここは私たちが!」
「馬鹿者! 我々が一番の危険を買って出ないでどうする! ボートを操るには一人でも人手がいるんだろう」
自分だけ安全な場所で指揮をとろうなどと彼女は考えていなかった。それに、もう指揮がどうとか言ってられるほど
落ち着いた状況ではない。銃士隊がこの百倍いても足りないであろう今、各人がそれぞれの判断で行動するしかないのだ。
「飛び込め!」
東方号の甲板から海中へ、ちょっとしたビルほどの高さから彼女たちは飛び降りた。海面に上がると、手近なボートに
這い上がって、モーターの代わりにつけられている推進用の魔法装置のスイッチを入れる。
一人でも多くを助けるんだ! 人間もエルフも、命の重さに違いはない。どちらも、ヤプールなぞにむざむざ踏みにじらせて
なるものかと、ミシェルたちは目を皿のようにして洋上に漂うエルフたちを見つけてはボートに引き上げていった。しかし、
懸命な救助活動にもまた、ヤプールは水溜りに落ちてもがく蟻に石を投げつけて喜ぶ子供のように、無慈悲な攻撃を
仕掛けてきた。
「フフフフ、こざかしい水澄ましどもめ。お前たちがいくらあがいても無意味だということを教えてやる。超獣マザリュースよ!
幻想と現実の境界から、愚か者どもに死をくれてやるがいい!」
その瞬間、アディールにまるで赤ん坊の泣き声のようなけたたましい鳴き声が響き渡った。さらに、覆う闇の結界が揺らめいて、
洋上の闇の中から蜃気楼のように巨大な超獣が浮かび上がってきた。死んだサボテンダーがマイナスエネルギーで
再生された超獣マザリュースだ。
「ひっ、あっ!? 空に、超獣が浮いてる!」
水面を漂うエルフたちの真上に、糸で釣られているかのように超獣が無音で不気味に浮きながら、ぎょろりと輝く黄色い目で
こちらを見下ろしている。その気味の悪すぎる光景に、エルフや銃士隊は背筋を凍らせた。だがむろん、ただ驚かせるためだけに
ヤプールが超獣を出現させるはずはない。マザリュースは、その不気味な容姿からは不釣合いに、おぎゃあおぎゃあと赤ん坊の
ような声をあげながら、豚のように大きく広がった鼻から白い毒ガスを噴射してきた。
「うわぁぁっ!」
「ぎゃぁぁーっ!」
「く、くそぉ、なめるなぁっ!」
逃げ場のない海上に無数の悲鳴があがり、流れてきたガスから逃れようとさらに多くが必死に泳ぎまわる。
一方で、数人わずかに精神力を残していたエルフが海水で水の矢を作って反撃を試みた。しかし、エルフたちの攻撃は
マザリュースの蜃気楼のような体に当たりはするものの、すべてすり抜けてしまって効果がまったくなかった。
「あいつ、実体がないのか!」
エルフたちは愕然とした。実体がない幻のような相手なら、どんな魔法も効きようがない。しかし、超獣のほうは確かに
存在するといわんばかりに、毒ガスだけでなく、口から火炎弾まで吐いて、確かに実体のある攻撃を仕掛けてくるではないか。
これが、今回出現したマザリュースの特性であった。かつてのマザリュースは異次元エネルギーを固定化している最中の
出来かけの状態で、毒ガスや火炎を撃つことはできたが幻にすぎなかったのに対し、今回サボテンダーという肉体を
ベースにして生まれたこいつは、実体を限りなく”ない”状態に近づけて存在することができる。いわば、幽霊とゾンビの
中間体のようなものであった。
「ハッハッハッ! 逃げろ逃げ惑え、それができるのも今のうちだぞぉ!」
闇を背にして、赤ん坊の声を撒き散らしながら浮遊して襲ってくるマザリュースはまさに悪夢そのものであった。
ガスから逃げ惑い、火炎弾から逃れるために水中に潜って顔を出さなくなったエルフも少なくない。銃士隊のボートも、
一艘、また一艘と転覆させられてはせっかく助けたエルフたちが海中に投げ出されていく。
東方号も無事ではない。対空機関砲は牽制の役割しか果たせず、何の害にもならないことがわかったカオスリドリアスは
再接近して光線を食らわせてきた。
「ぎゃああっ! あちぃっ! 水っ、水ーっ!」
「暴れるな! よせっ、海に飛び込もうとするんじゃない」
鎮火しかけた火災が再度発生し、まともにあおりを受けた水精霊騎士隊の少年が服とマントに燃え移った火を消そうと
暴れ狂い、ギーシュたちがバケツの水をぶっかけてやっと消し止めた。しかし火傷はかなりひどく、何人かが担架を
持ってきて、モンモランシーたち女生徒の救護班が水の秘薬を使いながら運んでいく。
「おぇ……だ、だめよ。これくらいで気をやったら、わたしたちだってこんなときのために訓練してきたんじゃない!」
「モンモランシー、頼む。なんとか助けてやってくれ!」
「わかってるわよ。わたしはあんたたちを殺してやりたいとは常々思ってるけど、葬式をあげてやりたいと思ったことは
一度もないんだからね」
遠まわしに皮肉をぶつけながらも、負傷者は彼女たちの手によって運ばれていった。が、負傷者がそれで終わりで
すむはずがない。水精霊騎士隊、銃士隊、エルフの騎士団と次々にやられて運ばれていき、交代の人員はいないために
甲板で戦う人数はどんどん減っていく。
しかし、消し止めては火をつけられるいたちごっこでもやめるわけにはいかないのだ。いまや、この東方号の船内のみが
唯一残された避難場所なのである。実際、カオスリドリアスの光線は甲板をえぐり、火災を引き起こしてはいるが、
装甲を貫通して船内にダメージを及ぼしてはいない。さすが、元は世界最大の戦艦であり宇宙人の侵略兵器であった
といえるが、火災を放置しては船内の換気がうまくいかずに酸欠状態を引き起こしてしまう。
「必ず、必ずウルトラマンがなんとかしてくれる。だから、それまでぼくらはなんとしてでもここを守りきるんだ!」
他力本願ではない。人にはそれぞれ分と役割というものがある。ならば、そこで全力を尽くしてできることをやりきらねば。
次々と仲間が倒れていく中で、ギーシュはすすだらけで消火作業を続けているギムリたちに叫んだ。
だが、カオスリドリアスの攻撃は止まらない。口から吐かれる破壊光線は絶対的な威力を持ってこそはいなかったが、
それゆえにじわじわとなぶりものにするような破壊をもたらしてくる。東方号は今はなんとか持ちこたえているが、それも
いつまで持つかわからない。
カオスリドリアスは変わり果てた姿で、人間とエルフたちに牙を向けてくる。その凶悪な様を見つめ、ティファニアは
悲しげな目に涙を浮かべていた。
「やめて、あなたたちはそんなことをするのを望んではいないでしょう。目を覚まして、正しい心を取り戻して、お願い」
しかしティファニアの願いも虚しく、ヤプールに洗脳されたリドリアスは破壊光線で東方号をじわじわと削っていく。
同じようにゴルメデは懸命に食い止めようとするヒドラをもついに、口から発する破壊光線『強力怪光』で倒してしまった。
〔ヒドラ! くそぉっ!〕
横目でヒドラが倒されるのを見ていた才人は、助けに行けなかったことを歯噛みした。ヒドラは胸に強力怪光を
まともに受けてしまい、白煙をあげながら体を痙攣させている。あれでは、もう……
ヒドラを倒したカオスゴルメデは、今度は強力怪光を街に向けて放ちはじめた。かろうじて戦火を逃れていた街並みが
爆発の渦に飲まれて粉々にされていく。さらに、その石くれや粉塵は逃げようとしているエルフたちの頭上に降り注いで、
さらなる恐怖とパニックをまねいた。
それでも、エースは彼らを助けにはゆけなかった。エースを襲う二大怪獣、ゴモラとアントラーの脅威はそれほどだったのだ。
「ジュワァァッ!」
アントラーの牙を掴んだまま、力づくで持ち上げて投げ飛ばした。だが、間髪いれずに突進してきたゴモラの頭が
エースの腹の下に潜り込み、鼻先の角が鋭く食い込んでくる。
「ヌッ、ウォォッ!」
必死に抵抗しようとするエースだが、ゴモラはそのままエースの体を頭で持ち上げて、かちあげるようにして放り投げてしまった。
背中から地面に叩きつけられて、舗装された道路に大きなひび割れが走る。人間であれば、あばらの何本かは確実に
へしおれていたであろうほどの衝撃を受けてもエースは立ち上がるが、その足は震えてすでに力は少ない。
〔くそっ、首だけの力なのに、なんてパワーだ!〕
エースの体重だって決して軽くはないのに、それをまるで感じさせない圧倒感こそ、ゴモラのゴモラたるゆえんのようなものであった。
力強く響き渡る雄たけびをあげ、疲れを知らないように飛び掛ってきて、その度に隕石のような突進力がエースを襲う。
すさまじすぎる野生のパワーは、超能力などに頼らなくても充分すぎるほどにエースを圧倒していた。初代ウルトラマンも、
ゴモラを倒せたのは、すでに科特隊の攻撃によって角や尻尾を失って弱りきった後から挑んだからで、ゴモラが万全だったら
一度目同様負けていた可能性も大きい。接近戦では、とてもではないがゴモラには勝てない。
かといって、距離をとっての光線技での戦いに移行するのはアントラーが妨害してきた。緒戦でエースがゴモラの
リーチの外からメタリウム光線を放とうとしたときである。アントラーが虹色磁力を放ってくると、メタリウム光線のエネルギーが
拡散して消滅してしまったのだ。
〔そんな! 磁力光線にこんな使い道があったなんて!?〕
才人は初代ウルトラマンが戦ったアントラーは使用しなかった磁力光線の能力に驚愕していた。これでは、どんな光線も
発射前にすべて打ち消されて無効とされてしまう。唯一、ゴモラの弱点である飛び道具がないという攻めどころも役に
立たなくなった今、ゴモラはなんのためらいもなく突撃してくる。
「フゥワァッ!」
受け止めようとすれば弾き飛ばされ、避けるにもスピードがあっておもうにまかせない。おまけに、勢いを殺すために
接近戦を仕掛けようとすれば、鋭い爪に牙と角だけでなく、ひじの鋭いとげを活かした技『ゴモラ肘鉄』が襲ってくる。
ただ単なる怪力ならば、どくろ怪獣レッドキングや用心棒怪獣ブラックキングのほうが上だといわれるが、ゴモラは
全体的にバランスがよくて、どのリーチでも隙がない。
さらに、ゴモラにはそれ以上の恐るべき武器があった。
〔このっ! 尻尾がっ!!〕
距離をとろうとするエースを、くるりと背を向けたゴモラの長くて太い尻尾がすごい速さで飛んできて打ち据える。
それは鞭というよりも竜巻で巻き上げられた大木が叩きつけてくるといった感じで、とてもではないが受け止めるなどと
いったことができるレベルではなかった。
〔これが、初代ウルトラマンを倒したゴモラの……ルイズのお仕置きが優しく感じるぜ〕
才人は擬似的ながらも全身を貫く痛みにのたうちたいのを、毒ずくことでなんとか我慢していた。苦痛の大半をエースが
カットしてくれているというのにこの痛み、生身だったら全身内出血で青黒くなっていることだろう。
〔ちょっとサイト、あんた……こんなときに昔を蒸し返すんじゃないわよ。最近はこっちも我慢してあげてるのに、まだ根に持ってるわけ……?〕
〔うっせ……最近は鞭をやめて平手に変わっただけだろうが。お前、絶妙に痛いポイントわかってるからな〕
〔ふん、あんたはわたしだけを見てればいいの。モンモランシーは甘いけど、わたしは厳しい……んですからね!〕
ルイズも強がっているが、ダメージは隠し切れなくなってきていた。それでも、エースがかばいきれなかった分のかなりを
才人が請け負い、ルイズにはそのまた溢れた部分しかいってないのだが、それだけゴモラのパワーが度を越している。
それに、ルイズは女の子だ。
カラータイマーが激しく鳴る中で、ゴモラはよろめくエースを容赦なく攻めていく。エースもパンチやキックで反撃するが、
ゴモラはまるで疲れることを知らないようだ。仕方ない、ゴモラは地底怪獣としての性質も持っており、陸上と同じくらいに
地底での行動も得意であり、かつては大阪の地底を自分の巣のように自在に動き回って科特隊を翻弄した。
ゴモラの尻尾攻撃がエースの顔面に炸裂し、目の前が真っ白に染まったような衝撃が襲ってくる。なんとか朦朧とする
意識を奮い起こすものの、左目の視力が失われていた。遠近感が失われて、ぼやける視界でゴモラの位置がつかめなくなった
エースはとっさに距離をとろうと後ろに下がった。
だが、下がったそこには罠が待ち構えていた。
〔し、しまった! アントラーが、いつの間に!?〕
気づかぬ間に忍び寄っていたアントラーが、背後からエースをその大アゴでがっちりとくわえこんでしまった。暴れるが、
万全の状態であるならば力づくで脱出もできるが、カラータイマーが点滅して大きなダメージも受けている今ではふりほどく
余裕があるはずもない。身動きのとれなくなったエースの前にゴモラが足で砂煙をあげながら助走をつけ始め、ギロン人の
勝ち誇った高笑いが響いた。
「ウルトラマンA! 今度こそ貴様の最期だな。そこで死ね!」
ギロン人の振り下ろした手を合図としたかのように、ゴモラは角を振りかざし、地響きをあげて突進してきた。猛牛、犀、
いいや動物に例えられるレベルではなく、火山弾が天空から大地に降り注いできて焼き尽くそうとするかのように、
数百メートルの距離をないも同然の速さで突進してきたゴモラは、エースの胴に頭から激突した。
「フッ! グォォォーッ!」
受け身をとることもできず、直撃を許したエースの体にとてつもない衝撃と痛みが襲い掛かった。骨がきしみ、内臓が
悲鳴をあげる。わずかに残っていた体の力が抜けるように消えていき、エースの目の光が点滅して消えかける。
だが、ゴモラの一撃はこれで終わりではなかった。ウルトラ筋肉を突き破って、エースの腹に深々と突き刺さった
ゴモラの角……ゴモラは地底を掘り進むとき、頭部の角から振動波を放って掘削をおこなっているのだが、そのゴモラの
三日月形の頭部が赤くスパークすると、突き刺さった鼻先の角から強烈なエネルギー振動波がエースの体内に叩き込まれたのだ。
「グアァァァーッ!」
地底の、高圧で固められた岩石をもたやすく粉砕する振動波が直接体内に叩き込まれる衝撃は言語を絶するものであった。
苦痛というレベルを通り越した感覚が神経を伝わって脳をも破壊しようとしていく。才人とルイズはそれぞれ、悲鳴をあげる
ことすらできないままのたうち、もしエースが痛みの遮断をおこなっていなかったらふたりとも精神が壊れていたかもしれない。
が、ふたりを守ったことでエース自身も失神は免れたが、ダメージは覆いようもなかった。
「ウ……オォォォ……ッ」
アントラーの拘束から放たれたエースががっくりとひざを突き、前のめりに崩れ落ちた。
静寂……刹那の静寂が場を支配する……だが、非現実に逃避したいと思われるそれも、ゴモラの勝利の雄たけびが打ち砕いた。
「ウ、ウルトラマンが……負けた」
わずかなうめき声だけのみで、地に伏したウルトラマンAはぴくりとも動かない。消えそうなカラータイマーの点滅と、目の
輝きだけが、エースが生きているのだということを示し……そして、もう立ち上がる力が残っていないことを伝えていた。
絶望……もはや、超獣軍団にとって恐ろしいものはなく、ギロン人は追い討ちをかけるように宣言した。
「見ろ! ウルトラマンAは我々が倒した。もう、お前たちを守るものはない。お前たちに残された道は、絶望して滅び去ることだけだ。
さあ、苦しみぬいて逝くがいい。ハッハハッハハァ!」
高笑いし、ギロン人も手のハサミからの光線『ギロン光線』で街を破壊し始め、ゴモラとアントラーも破壊に加わっていく。
エルフたちの阿鼻叫喚、それはヤプールに滅ぼされた星の断末魔がまたひとつ再現されていくことである。しかし、エースには
すでにそれを止める力は残されてはいなかった。
「ま、待て……」
「ファハハハ、ウルトラマンA。貴様はそこで、この街のものどもが皆殺しになっていくさまを見ているがいい。簡単に殺しは
するなとのことだ。己の無力を悔やみながら、最後に八つ裂きにされるのを楽しみに待っていろ!」
ギロン人はエースを足蹴にして笑いながら、超獣軍団に攻勢を強めるように命じた。
すでにさえぎるものはなく、ゴモラ、アントラー、アリブンタ、カオスゴルメデが街を壊す。海に逃れる人々にも、空から
マザリュースとカオスリドリアスが襲い掛かる。それはもはや戦闘ではなく、一方的な蹂躙であり虐殺であった。
しかし、一方的な戦況にも関わらず、ヤプールは異次元のすきまから不愉快な眼差しで地上を見下ろしていた。
「おかしい……これだけ追い詰めているのに、マイナスエネルギーの発生が少ない。おのれ、あの連中のせいか!」
ヤプールの視線の先……そこには、傷だらけになりながらも、なおあきらめずに戦っている人間たちの姿があった。
ボロボロになった東方号の甲板で。
「ふむ……ギムリ。残ったのは、あと何人だね?」
「おれを含めて、五人。ずいぶん寂しくなっちまったなあ……いや、医務室に運ばれてった連中が今頃女子に手厚く
看護されてると思うと、なんかうらやましい。はやめに怪我しとけばよかったな」
「なるほど、それも一理ある。しかし諸君、ここでいいところを見せておけば、あとでエルフのご婦人方にモテモテになるのは
うけあいだ。ここに残った諸君は、そのチャンスが濃厚にあるのだぞ!」
「なるほど! さすがギーシュ隊長。一生ついていきますぜ!」
荒れ狂う海原で。
「副長! これで三人目です。引き上げてください!」
「よし、海底にはあと何人残ってる?」
「五人です。今、ケイトとノリが引き上げに行ってます」
「よし、さすがエルフだ。先住の力で、これだけの時間水中にいたのにまだ息がある。しかし急げ、この海ではあと何分も
持たないぞ!」
「はっ!」
「最後の最後まで、命を救うことをあきらめない。そうだろう……だから、わたしたちも絶望はしないよ」
絶望しかないと思われる地獄で、時に笑顔さえ見せながら戦い続ける人間たちの姿が、エルフたちの心を闇に食われる
寸前から守っていた。彼ら、彼女らはその行動だけを見れば狂気とさえ見えたろうが、戦いの目的は敵を倒すことではなく
命を救うことだった。
生きたいと望む心は、人間もエルフも変わりない。そして、同じ命の危機の中でこそ人間の本性というものが隠さずに
露呈される。そんななかで人間臭さを失わずに、海中から溺者を掬い上げ、少しでも安全な避難場所に誘導しようとする
人間たちの姿を見て、演技だと思うような腐り方をアディールの市民たちはしていなかった。
「さあ早く、急いで!」
「すまん、感謝する……」
少しずつ、少しずつエルフたちは東方号の船内に避難していった。パニックに陥らずに、希望を保って。
ウルトラマンがいないことなど関係ない。なぜなら、それが彼らの使命なのだから。
しかしヤプールはそれらの努力を続ける人間たちよりも、東方号の頂上で声を張り上げ続けるひとりの少女を忌々しげに見ていた。
「皆さん、あきらめないでください! お子さんや怪我をした人を助けながら、慌てずに避難してくださーい!」
同じことを何回叫んだかはわからない。しかし、途切れずに続くその声が、恐怖に負けそうになるエルフたちを支え続けたのは間違いない。
ほとんど意思の力だけで体を支え、ティファニアはこれが自分の使命だと魂を奮い立たせる。何度も、何度も……体力の
限界などはとうに超えているはずなのに、ティファニアは叫び続けた。
だが、正直ティファニア本人にも、どうして自分にこれだけの力が残っているのかはわからない。いや、ティファニアは過去にも
一度、こんなふうに疲れを忘れて走り続けたことがあったのを思い出した。それは、森の中で過ごしていた頃、ひとりの子が
帰ってこずに、一晩中森の中を捜しつづけた時、あのときも不思議な力が何度も倒れそうになる自分を奮い立たせてくれた。
それが、大切なもののために困難に立ち向かおうとする心、勇気だということをティファニアはまだ知らない。けれど、その手の
中には、彼女の勇気に反応するかのように、輝石が静かな輝きと暖かさを放ち続けていた。
エルフの伝説に残る、奇跡の勇者の残していったという青い石。それは、まるでティファニアの心を試しているかのように
じっと沈黙し、同時になにかを待ち望んでいるように、常に彼女のそばから離れずに見守り続けている。
だが、希望を捨てずに立ち続けているティファニアにヤプールは狙いをつけた。超獣を動かし、目障りなものはすべて葬り去ろうと、
悪意の炎を燃え上がらせる。エースが倒れ、アディールを守る人々の最後の希望の灯火も、無残に吹き消されてしまうのだろうか。
空を闇に閉ざされたアディール。だが、闇をも小さなものと見下ろす大空の、太陽と月のあいだにひとつの星が輝き始めていた。
果てに広がる無限の大宇宙……そこに生きる者にとっては、数千年のときも一時の瞬きにすぎない。六千年の時を超え、
彗星が夜空に幾度も輝くように、この星に向けて再会を約束した青い光が向かいつつあることを、まだ誰も知らない。
続く
#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
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