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#navi(The Legendary Dark Zero)
ルイズ達を乗せたゲリュオンは先に学院へと帰らせ、スパーダとタバサ、キュルケの三人はラグドリアン湖のほとりで夜を過ごしていた。
キュルケとタバサは焚き火を挟んでスパーダと向かい合う。その表情はいつになく真剣だ。
腰を下ろすスパーダは己の武器を全て地面に置き、二人の顔をじっと見つめている。
焚き火から発せられる淡い光は三人を照らし、地面に影を映しだす。スパーダの影は、本来の姿である悪魔のものと化していた。
「この周辺の土地はガリア王家が統治をしている直轄領」
最初に口を開いたのは、タバサの方からだった。
「かつての統治者はシャルル・オルレアン公。現ガリア王の弟……」
「君はその王族の一員というわけだ」
無表情に、淡々と言葉を口にする彼女にスパーダが反応した。
先ほどのいざこざの際、キュルケはタバサの実家が近くにあると言っていた。つまり、タバサはそのオルレアン公爵家の人間であり、ガリア王家に属する者であることもすぐに察せられる。
意外な出自の判明とはいえ、あまりスパーダは驚かない。タバサという名前はどうせ素性を隠すための偽名なのだと思っていたからだ。
だが、タバサはスパーダからの言葉にふるふると小さく首を振っていた。
「違う。オルレアン家は今、王族の権利を剥奪されている」
そこからタバサは無表情ながらも、普段の無口さとは裏腹で饒舌に、自らの身に起きたことを話し始めた。
キュルケは自分が代わりに話そうかと持ちかけたが、タバサは「いい」と返して自らの口で目の前にいる悪魔に告げようとしていた。
その姿が痛ましそうに見えて、キュルケは切なく俯いた。
彼女の本名は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。まごうことなきガリア王家の人間であり、オルレアン公爵家の公女であったという。
だが、タバサの口から語られた通り、今は王族としての権利は剥奪されている身だった。
五年前、タバサの祖父ガリア前国王が崩御する際、長男ジョゼフとその弟シャルルのどちらが新たな王として相応しいかで継承争いとなり、ジョゼフ派とシャルル派の二つに分かれたという。
その二人の王族についてはスパーダもトリステイン魔法学院の図書館である程度の情報は得ている。
ジョゼフという男は正統な王族の人間でありながら魔法の才能に恵まれず、とても王の冠を被るには器の釣り合わない、暗愚な人物だったらしい。
普段は政治も顧みず、表舞台に立たずにチェスなどの一人遊びに耽っているという。
そんな彼は〝無能王〟などと呼ばれて馬鹿にされているらしいが、ガリア王国が未だ破綻していない所を見ると、実際は裏の政治家としての能力は高いようである。
メイジとしてはまさに無能なのかもしれないが、それは人間の個人差があるために仕方があるまい。
魔法で政治を行なうことはできない。政治が行なえるのは人間が持つ能力そのものなのだ。故に、魔法が使えなくともジョゼフは政治家として活動することはできる。
そして、タバサ……シャルロットの父である次男シャルルは暗愚な兄に反して魔法の才能も人望も溢れていたそうで、誰もが彼こそが次の王に相応しいと考える者も多かったそうだ。
もっとも、そのシャルルには兄と違って欠点らしいものがまるでない。人間は決して完璧な存在でないことは、スパーダはよく知っている。
どんな人間であろうと、その人生には浮き沈みがある。それが無く美談しかないものは単なる作り話か、真実は隠されているのがほとんどだ。
そのシャルルという男の話を読んで、スパーダはこう思った。
(絵に描いたような偉人だな)
それこそ、作り話に出てくるような。
もちろん、そんなことを口にしてしまえばタバサは怒りだすだろうからやめておこう。
彼女にとっては、愛すべき父親なのだろうから。
話を戻すことにしよう。
二つの派閥に分かれたガリア王国であったが、最終的にはジョゼフが王位に就くことになった。
弟、シャルルをその手にかけて。
表向きの理由は反乱を企図したことによる暗殺ということであったが、あれだけ多くの人々に愛されていたはずの父がそんなことを企むはずがない。
兄のジョゼフは王座が欲しいばかりに、有能な弟を疎ましく思い、その命を奪ったのだ。
ジョゼフが戴冠をしたのも実際は異なり、やはり弟のシャルルに王位が譲られていたという話もガリアの貴族達の間で囁かれてもいた。
きっと、ジョゼフは弟の家族……すなわちシャルロット達の命を盾にして王位を奪ったのだ。そのために口封じとして弟を暗殺したのだろう。
それだけでは飽き足らず、今度はその娘のシャルロットまでも狙ってきたのだ。
父が殺されてからすぐに母と共に宮廷へ呼びつけられたシャルロットは晩餐会の席に招かれたが、そこに用意されていた料理には毒が盛られていた。
シャルロットの母は娘をかばい、自らその料理に手をつけたのである。
それはただの毒ではなく、水の先住魔法で作られた心を狂わせる毒が仕込まれたものであった。以来、シャルロットの母は心を病み、実家の屋敷に軟禁されてしまっているのである。
王族の権利を剥奪されたシャルロットはジョゼフの娘が団長を勤めるガリアの暗部・北花壇騎士団へと入団させられ、さらにトリステイン魔法学院へ厄介払い同然に留学させられた。
そして、何かしらの厄介事が起きればその都度呼び戻され、任務中での死を目的とした危険な仕事を押し付けられ、こき使われているのだという。
今回のラグドリアン湖の件はもちろんのこと、たまに魔法学院からいなくなるのもそれが理由だ。
こうしてシャルロットは自らの名を捨て、タバサと名乗っているのである。
だが、彼女とてこのままで終わりはしない。
「わたしは父を殺し、母にあんな仕打ちをした伯父を許さない」
淡々と、まるで物語を聞かせるかのように喋り続けていたタバサの言葉。彼女の心に刻まれている冷たく鋭い感情をスパーダははっきりと感じ取っていた。
「そのための復讐か」
スパーダの悪魔絡みの仕事についていくのも、仇を倒すために己の力を高めるためなのだ。
力を手に入れるためならば、どんな危険が待っていようと、決して臆することはできない。
「でも、いつか母様の心を元に戻してあげたい。わたし達メイジの力ではどうにもならない」
「だから、ダーリンがさっき使った秘薬でこの子のお母様を治してもらいたいの」
無二の親友自ら口にする話を黙って聞いていたキュルケが、言葉を引き継いだ。
二人の瞳にはスパーダに対する懇願の意が宿っている。特にタバサはようやく見つけられた治療の手段に大きな期待を抱いていた。
それこそ、母が治るのであれば悪魔にさえ魂を売り渡すと本気で考えるほどに。
スパーダはじっと自分を見つめてくる二人の顔を見回し、しばしの間熟考していたがやがてゆっくりと腰を上げた。
「とりあえず、その母親とやらを見てやろう。……だが、その前に少し休め」
水の精霊や悪魔達と戦い、消耗していたであろう二人を気遣い、スパーダは勧めた。
スパーダの言う通り、朝になるまで眠りについた二人はすぐ近くにあるタバサの実家の屋敷、旧オルレアン公邸へと彼を招いた。
ラグドリアン湖から歩いて一時間とかからない距離に彼女が生まれ育ったであろう屋敷がひっそりと建っていた。
さすがに国の王族が住んでいたというだけあって、立派な造りであったが、同時にどこかうらぶれている雰囲気が漂っていた。
(なるほど、確かに剥奪されているな)
正門に刻まれていたの紋章はまごうことなきガリア王家の紋章。だが、その紋章にははっきりと×状に傷がつけられている。
タバサの言う通り、王族ではあるがその権利を剥奪されている意味である不名誉印だ。
(きゅい、きゅいーっ! お姉様、お帰りなさいなのねー!)
と、玄関に近づこうとした一行の前に降りてきたのはタバサの使い魔、シルフィードであった。
嬉しそうに鳴きながらタバサに頭をすり寄せ、主人は使い魔の頭を優しく撫でた。
ふと、その視線がスパーダに向けられるとびくりと竦みあがりだす。
(きゅいっ! お姉様、悪魔と一緒にいたのね!?)
シルフィードは歓迎と同時に悪魔に対する驚きを露にしていた。主人がスパーダの素性を知ってから、「彼は怖くない」などと言いつけてきたのだが、やはり悪魔は怖い。
それから一行は玄関から屋敷の中へ入るが、誰も出迎えはいない。早朝で誰もまだ起きていないのではなく、本当に人気がないのだ。
……いや、一人だけ出迎えの者が現れた。
「おかえりなさいませ。お嬢様、ツェルプストー様」
深く、恭しく一礼したのは執事らしき老僕だった。
どうやらこの屋敷に勤める執事らしい。彼以外の使用人はいないようだ。
その執事の出迎えに、タバサとキュルケは軽く会釈をする。再び面を上げた執事はスパーダの方を怪訝そうに見やっていた。
「ただいま、ペルスランさん。こちらはスパーダ・フォン・フォルトゥナ。あたし達がお世話になっている魔法学院の教師よ。ラグドリアン湖でたまたま会ったの」
キュルケがペルスランという執事にスパーダのことを紹介しだす。
勝手に家名付け、および教師として紹介されてしまったことにスパーダは呆気にとられた。
ペルスランはそれに納得した様子を見せる。
「おお、さようでございますか。わたくし、このオルレアン家の執事を務めておりますペルスランと申します。シャルロットお嬢様がお世話になっております」
と、スパーダに一礼をしてきたペルスラン。スパーダは僅かに一瞥をしただけだった。
それから一行はタバサを先頭にして屋敷の中を進んでいく。
「さっきのは何だ? 私は教師ではないぞ」
「いいじゃない。ダーリンだって元は貴族でしょう? それに男子達に剣を教えてるんだから、教師と対して変わらないじゃない」
道中、スパーダはキュルケに小声で話しかけるとそう面白そうに返された。
もう自分は貴族などではないとはいえ、フォルトゥナを治めていた時は一応、貴族としての名前も持っていた。
もっとも、正式にはどんなものであったかはまるで覚えていないのだが。
やがてスパーダ達は屋敷の一番奥の部屋の前へと辿り着いた。
タバサがその扉をゆっくりと二回ノックするが、中からは返事がない。
扉を開け、中へ入るとそこはあまりにも殺風景な部屋であった。そこは中々に広い部屋で、開け放たれた窓の外には庭園が見え、穏やかな朝日が射し込んでくる。
だが、ここにあるのは一つのベッドと椅子、そしてテーブル以外に何もありはしない。無駄に広い部屋だった。
そのベッドの上には一人の女性が横になって蹲っているのが窺えた。
執事のペルスランは部屋のすぐ外で控え、三人はベッドへと近づいていく。
その時、ベッドに横たわっていた女性が目を覚まし、スパーダ達の存在に気付くなり突如叫び声を上げた。
「……何者! また、王家の回し者ね!」
起き上がり、スパーダ達を拒絶するのはやつれ果てた女性だった。
タバサと同じ青い髪は全く整えられておらずにボサボサに伸ばされ、病によって痩せこけた顔は二、三十年は老けたように見えてしまう。
そのあまりにも見るに耐えない姿に、キュルケは思わず顔を背けた。
だが、タバサは切なげにその女性を――己の母を見つめていた。もう五年間、本当の母の姿を目にしてはいない。
子供のように怯え、わななく母は狂気に満ちた瞳を爛々と光らせて喚き続ける。
「この無礼者どもめ!! 夫を亡き者にするだけでなく、わたしのシャルロットまでも奪おうというのね! 誰がお前達にシャルロットを渡すものですか!」
タバサの母、オルレアン公夫人は己の腕の中に抱いていた人形を庇う。
ずっと肌身離さずその手に抱いていたのであろう。その人形は所々がすり切れて綿がはみ出し、さらには目などの部品が外れかけてしまっていた。
(重症だな……)
スパーダは狂気に支配されているオルレアン公夫人を見つめ、溜め息を吐く。
ルイズやロングビルが飲んでしまった惚れ薬とやらも水の先住魔法そのものである精霊の涙とやらで作られたから、あれだけの効力を発揮したのだ。
この夫人の体を侵している毒とやらも相当な効き目であることは明白である。
それによって完全に精神を崩壊させられてしまっている。あの人形を自分の娘にしか見ていないなど、もはや正気の沙汰ではない。
スパーダは右手に持っていたパンドラを床に置くと、夫人に近づいた。すると、先ほど以上に極端に怯えきっていた。
「ひっ……!! 夫を亡き者にした汚らわしい悪魔め! それ以上近づくことは、許さないわ!! シャルロットはわたしの大切な娘よ!!」
その狂気でありながらも気丈な発言と行動がまるで一致していない。
おまけに正気ではないとは言え、的を得た言葉にスパーダは僅かに肩をすくめる。
スパーダはじっと夫人の狂気と恐怖に満ちた瞳を凝視していたが、やがて興味が失せたように踵を返し、パンドラを持って先に部屋を出て行った。
残った二人もその後を追っていったが、タバサだけは「また会いに参ります……母様」と寂しそうに呟いてから部屋を後にした。
一行は客間へと移動し、スパーダは備えられていたソファーへと腰を下ろす。所持していた武器も傍に立てかけていた。
「どうかしら? ダーリンのホーリースターって秘薬は効きそう?」
隣に立つキュルケとタバサはスパーダに縋るような視線を投げかける。
一息を吐き、天井を仰ぐスパーダは瞑目したまますぐには答えを返さない。
二人、特にタバサはスパーダの答えを期待と不安が入り混じった表情で見つめ、待ち続ける。
「五年間、あの状態だったのだな」
ようやく発せられたのは、タバサに対する問いだった。
スパーダは瞑目したままだったが、タバサは小さく頷き肯定をする。
「君の母親を侵している毒とやらは彼女の肉体に留まりながら、心を狂わせる力を持続させているわけだ。つまり、このまま放置していては治らない」
ここでスパーダはタバサの方へ顔を向け、毅然とした目付きで見つめていた。
「ホーリースターを使えば、彼女の体を蝕んでいる毒を全て浄化させることができるだろう。あれぐらいの毒ならば問題はない」
その言葉にタバサの表情が微かに輝いた。キュルケに至っては、まるで自分のことのように喜びを露にしている。
客間の隅で控えていたペルスランは、スパーダが夫人の心を取り戻す手段を握っていることを知り、驚きと安堵の表情を浮かべていた。
「だが、あの二人に使ったのが最後のストックだ。学院に戻らねば作れん」
それでもタバサは自分の母を救うことができる手段を見つけることができて心から安心と嬉しさを感じていた。
ペルスランはシャルロットが久々に見せてくれた笑顔に思わず、目元に涙を滲ませる。
「良かったわねっ! タバサ! これであなたのお母様も元に――」
「しかし」
キュルケが思わずタバサに抱きついたが、そこでスパーダが毅然とした表情を崩さず、両腕と膝を組んで言葉を続けた。
「私は君のためにホーリースターを作ってやるつもりはない」
冷徹に吐き出されたその言葉に、喜んでいた三人は愕然とする。
「どうして!? この子は五年間もお母様とまともに会うことだってできなかったのよ! それをようやく、元に戻せるチャンスを見つけたっていうのに! ひどいわ!」
「だからこそだ」
キュルケは思わず噛み付いたが、スパーダは態度を変えぬまま冷たく返していた。
スパーダに拒否されたことに納得できない様子で睨んでくるタバサの顔を見つめ返したまま、スパーダは続けた。
「ミス・タバサ。……いや、シャルロット。お前の望むことは何だった」
突然の問いかけであったが、タバサは考えるまでもなく即答する。
「わたし達を陥れた者達への報復。そして、母様をこの手で助けてあげること」
自分が望むのは、父の無念を晴らすための復讐。そして母の救済。
母は心を狂わせられる前、仇討ちはするなと言ってきたが、それは守れなかった。何としてでも自分の力でそれは果たさねばならなかった。
「そうだ。確かにお前はそう言った。そのためにこの五年間、ありとあらゆる苦難を乗り越え、努力を重ね、孤軍奮闘していたのだろう」
ここで一度言葉を切り、スパーダはゆっくりと腰を上げた。その視線はタバサから外さないままだ。
タバサもまた、スパーダの瞳から視線を逸らさなかった。
「その努力を中途で投げ出す気か?」
タバサに対する咎めの言葉に、キュルケでさえ面食らった。
「確かに私がホーリースターを作り、彼女に使えばそれで全ては解決するだろう。だが、君は母を助けるために何をしたことになる」
「何をしたって、タバサは……」
スパーダの言葉にキュルケが思わず呻いた。
タバサも思わず熟考する。スパーダがホーリースターの秘薬を作り、母を治してもらう。では、その時自分は……?
失望したように短く溜め息を吐くスパーダ。
「君はその場合、何もしたことにはならん。全てを私だけに任せ、自分は見物するだけだ。君の母である以上、君が自らの手で救うことに意味がある。
彼女が君でも救うことができなければ私が救ってやっただろうが、あれは君の手でもできることだ」
スパーダが力を貸すのは、人間では手の打ちようがない時だけ。可能な限り、人間の手で目的を成すことにこそ真の価値がある。
「でも、あの秘薬は」
「時空神像でホーリースターを作ることは一向に構わん。受け売りだが、私が教えてやっても良い。
だが、私が力を貸せるのはそれだけだ。そのために必要な物は自らの手で手に入れろ」
キュルケが縋りつくが、スパーダは構わずに続けてそう告げた。
つまり、スパーダはこう言う訳だ。悪魔達を狩ることで得られるレッドオーブを集め、自分の手でホーリースターを作り出し、それで母を救えと。
スパーダは懐を探り、先ほど彼女達が倒していた悪魔達からこっそり回収していた無数のレッドオーブを取り出し、タバサへと差し出した。
「それが今回の報酬だ。どれだけ集めれば良いかは、自分で時空神像に聞くがいい」
スパーダの掌の上で浮かび、ぼんやりと輝きを放つ赤い結晶の塊。それをじっと見つめていたタバサは無言で受け取る。両腕で抱えなければならない程の大きさと量であった。
「私は母様を救える手が見つかっただけでも構わない」
だが、そのためにはこれからあの悪魔達と戦い続けなければならない。奴らは決して油断はできない狡猾で残忍な存在。
少しでも気を抜けば自分が奴らの餌食となる。そうならないためにも、これまで以上に気を引き締めなければならない。
それに奴らと戦うことで、己の力を更に高めることになる。一石二鳥だ。
「ならば努力は最後まで惜しむな、雪風よ。これはお前に与えられた試練だ」
スパーダからの言葉にタバサは改めて決意を固め、強く頷いた。
「タバサ。あたしも手伝ってあげるから、いつでも呼んでちょうだいね」
キュルケがタバサの頭をそっと撫でていた。
それからタバサは今回の任務の報告のためにリュティスへと向かい、スパーダ達は戻ってくるまでこの屋敷で待たされた。
そこでキュルケはペルスランから聞いていたというタバサの身の上話をスパーダに話していた。
シャルロットは元からあんな性格だったのではなく、昔は快活で明るかったのだという。それが今では心を閉ざし、あんな人形のように変わってしまったのだ。
タバサの悲惨な境遇にキュルケは胸が痛むような思いで同情したという。
(想像もできんな……)
スパーダもタバサの幸せだったであろう過去を思い浮かべ、同じく哀れんでいた。
今では本当の人形のように変貌してしまったことから相当な苦しみと哀しみを味わったであろうことは考えるまでもない。
そして、タバサという名前は夫人が抱いていたあの人形のものであり、タバサが幼い頃に多忙だった母が寂しい思いをさせぬようにと自ら選んで贈ったそうである。
あの人形をタバサは妹のように可愛がっていたそうだが、今ではもう見る影もない。
やがて、それほど時間をかけずにタバサは戻ってきた。
一行は学院へ戻るためにシルフィードに乗り込もうとする。
「フォルトゥナ様。どうか、シャルロット様をよろしくお願いいたします」
シルフィードが離陸する寸前、執事のペルスランはスパーダに向かって厳かに一礼をしていた。
完璧にスパーダを魔法学院の教師として、そしてキュルケが勝手に付けてしまった貴族の名を信じ込んでしまっているようだ。
スパーダはペルスランを僅かに一瞥を返し、無言で頷く。
(その名を名乗るのもいいか)
魔法学院へ戻ってきた時、一時限目の授業が始まる直前だった。
先に戻るように命令をしていたゲリュオンはスパーダ達がシルフィードで戻ってくる一時間前に到着しており、既に馬車には誰も乗っていなかった。
(きゅいーっ! この悪魔も怖いのねーっ!)
それから主が戻ってくるまで学院の外壁で人目につかず静かに佇んでいたゲリュオンだったが、降りてきたシルフィードはゲリュオンを恐れてその場から逃げるようにして飛び上がってしまった。
ゲリュオンは忠誠を誓う主を出迎えると、スパーダによって魂へと変化させられ彼の一部と化す。
「あんなに暴れていたのに、すっかり大人しくなっちゃったわね。今の悪魔」
先日のゲリュオンの姿を思い浮かべながら、キュルケが驚嘆する。
「中にはそういう奴らもいるというわけだ。ミス・タバサ、覚えておくといい。上級の悪魔達の中には、己の力を示すことで恭順を示すような奴もいる」
「分かった」
機会があれば、その悪魔達を使い魔のように従えることも可能となるのだろう。悪魔達にとって最も大事なのは力だ。
己よりも強い力を示せば、その相手を認めて自らの力を捧げてくれるというわけだ。
自分には既にシルフィードという一生のパートナーがいるのだが、新たな力が手に入るのであればそれも悪くないかもしれない。
(もっと、力を……)
授業をサボっていたタバサとキュルケは何事もなかったように一時限目の授業へ出席する準備を進めることにする。
その際、通りがかった生徒達、とりわけキュルケに惚れ込んでいる男子達はどこへ行っていたのかと尋ねてきたが、キュルケは軽くあしらっていた。
スパーダはルイズの部屋に戻ると、ベッドの上で毛布をかぶったまま蹲っているルイズの姿を目にする。
「……うぅ~、どこへ行っていたのよ」
パートナーであるスパーダが帰ってきたことをルイズは察し、そのままの体勢で声をかけた。
モンモランシーの眠り薬で眠らされている間の記憶はない。だが、その前に自分が何をしたのか考えるだけでも恥ずかしくなる。
貴族の……ヴァリエール公爵家の人間たる自分があんなはしたないことを……。
しかもその惚れた相手はこの悪魔。ルイズにとってはあくまで尊敬すべき相手だというのに……。
これでもしもスパーダにキスなんてことまでしたら、羞恥と怒りを入り混じった怒りは治まることがなかったかもしれない。
だからルイズは何もかもが恥ずかしくて、目を覚ましてから一歩も外に出られなかった。
「ラグドリアン湖にまだ悪魔達が蔓延っていたのでな。ミス・タバサ達とそれを狩っていた」
ルイズの問いかけに、スパーダはそのように誤魔化した。タバサの秘密をあっさりと喋ってしまうわけにもいくまい。
「そ、そう……。お疲れ様」
「授業には参加しないのか」
「気分が悪いわ……。午前の授業は休む……」
あれだけ恥辱にまみれた行為をしてしまったのだ。恥ずかしくて、外にも出られない。
「普通だったらあたし、スパーダにあんなことしないんだから。もうっ、早く忘れてしまいたいわよ」
「だろうな」
生返事をしながらスパーダはパンドラを時空神像の傍に置き、リベリオンと閻魔刀も壁に立てかける。
ルイズの性格は彼女と過ごしている間に把握しているため、プライドの高い彼女にとってはかなりの屈辱だったことだろう。
「ね、ねぇ、スパーダ。聞いてもいい?」
「何だ」
「どうしてあたしが、あ、あの、忌まわしい薬でおかしくなっちゃった時にあなたは何もしなかったの? それにミス・ロングビルにだって手を出さなかったし」
あれだけの誘惑をスルーしまくっていたスパーダの感覚がルイズには不思議に思えていた。
自分みたいな子供はまだしも、大人の女性であるロングビルにさえ手を出さなかったのだ。悪魔の感覚とは一体、どうなっているのだろうか。
「正気を失っていたのだから当たり前だろう」
何とも真っ当な答えだ。だが、ルイズはあれだけ自分達をスルーしてきたスパーダにもう一つ疑問がある。
「じゃ、じゃあ……もう一つ聞いてもいいかしら? ス、スパーダってもしかして……その……えと……」
「はっきり言え」
「その……お、奥さんとかがいるの?」
あまりに突然な質問にスパーダは呆気に取られた。
「何だ、突然」
「だって、あんなにあたし達に言い寄られてもまるで関心がなかったみたいだもの。スパーダってもしかして、誰かとけ、け、け、結婚でもしていたのかしら」
聞くだけでも恥ずかしくなってしまう質問であったが、ルイズは何故かそのことを聞かなければならないような気がしていた。
スパーダは千年以上もの間、人間界で暮らしていたのだ。もしかしたら人間の女性と付き合ったりなんてこともあったのかもしれない。
あんなクールな性格なのであまり想像はできないが。
「……いや、まだないな」
椅子に腰掛け少し黙ってからスパーダは答えていた。その態度から、何か思う所があるのをルイズは感じ取っていた。
「まだってどういうことよ?」
「私は人間界に留まってから、色々な人間の女と巡り合って来た。だが、その誰ともつがったことも無い」
「そもそもスパーダの好みって、ど、どんな女性なのよ」
悪魔の好みというものが分からないルイズは恥ずかしながらも尋ねてみる。
「さてな。だが、これだけは言える」
ルイズはようやく体を起こし、未だ不機嫌な顔でスパーダを見やる。
「己の身の心も人生さえも捧げる覚悟がなければ、私と共になるのはやめておいた方がいい」
「どうして?」
「私は悪魔だ。悪魔と契ることは、その人間の全てを悪魔に捧げることになる。それこそ、その人間に何か夢があるならばその夢も目標さえも捨てなければならない」
つまり、悪魔と結婚をするというのは自分の人生を犠牲にするということなのだろう。
「私はそうした覚悟を持つ人間に出会ったことがない。中途半端な思いで迫られたとしても、良い迷惑だ。
それこそ君には自分の夢があるのだろう。その夢を台無しにするわけにはいかん」
スパーダはあくまで、その人間の思いを尊重しているのだろう。人間を愛するようになったとはいえ、自分が悪魔であるという自覚もある。
だから彼自身が進んで誰かを妻にすることでその人間の全てを奪うような真似をしたくないのだ。
たとえスパーダ自身の方から誰かを本気で愛するようになったとしても、その女性の思いを大事にして自ら妻にすることもないかもしれない。
「まあ、いずれはそうした覚悟のある女と共に生きたいものだ。見つかるかは分からんが」
(きっと見つかるわよ)
スパーダは人間として生きようとがんばっているのだ。いつかその努力が実り、人間として誰かと結婚できる日が来る。
そして、彼の血を引く子供が生まれることも。
その資格が自分にはないことをルイズは理解していた。
自分の人生を全て犠牲にできるほどの覚悟も度胸も、ルイズにはない。
おまけにスパーダは始祖ブリミルに匹敵するほどの偉業を成し遂げた偉人だ。何の偉業も成したことのない自分なんかが釣り合うわけがない。
(あたしの人生を見守ってくれるだけで充分だわ)
使い魔は一生のパートナー。たとえそれが悪魔だろうと、決して変わらない。
傍にいてくれるだけで、充分だ。
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